とりぶみ
実験小説の書評&実践
○ Mr.XⅩ××× ×   (2007/09/27)
『まる ミスターエックス十世vsぺけかける ばつ』
もしくは
『フォー・ライティン・メンタル・クリニック』



【平家翔】
 こんにちは。
 どうぞよろしくお願いします。
 えーと。わたしのファンからの、熱いリクエストにお応えして、やってまいりまして。いえ。いえいえ、あの、ちがいました。そう、ここにはその、友人にですね、勧められて、来ました。はい。
 別に、わたし自身はわたしのことを特別な人間だとは思っていません。いたって普通だと思っています。だけど、友人がぜひにと拝み倒すものだから、ま、いちおう来てみました。
 特に何もないと思います。何も。何もない。何も変わったところなど。何も変わったところなどない。
 あああああああ。何もおかしくなんてない。おかしいのは、おかしいのはわたしの方じゃない。おかしいのは、そっちの方だ。おかし、おかしいのは、あああ、あああ。いいえ。別に興奮なんかしていませんよ。いいえ!全然!
 あんなにガバガバ出た石油~。今では水すら湧きもせぬ~。不毛の大地、枯渇の砂漠。掘っても掘っても何も出ぬ~♪アハハハハハハ。
 アハ。
 不調である。何も思い付かない。思い付いても書き留める気力が無い。先生、私はどうしたらいいでしょうか。

【ミスターX】
 のっけからイカれていていささか困惑するが、当院に来た理由は「文筆活動が思う通りにいかない」ということでよろしいかな。
 案ずるなかれ。この不調は、上げては下がり下げては上がる波濤のようなものである。この波頭がいつか盛り返すことを君は経験で知っている。株価の波は常に変動する。それを知っているから貴殿は以前のように慌てはしない。本当に切羽詰まっていたらそのような狂態を演じることも出来ないはずだ。本当に枯れた人間は、ただただ沈黙してしまう。貴殿の不調は、単なる下り坂。放っておけばそのうち必ず右肩上がりになる。
 もっとも、心電図でいうところの心拍停止すなわちご臨終にならなければ、だが。

【平家翔】
 その、ご臨終とやらになりそうで。近い将来好不調の波が震動を停止し、単一音を鳴らしながら水平線を描きそうな予感がするのです。このままでは作家生命が絶たれそうで。わたしから創作を抜き取ったら何が残りましょうか。皮しか残らない。煮ても焼いても食えぬ皮しか。抜け殻になってしまいます。それが怖くておちおち垢擦りも出来ません──もしかすると自分はもう皮だけかも知れない、じゃあせめて皮だけでも大事にしよう、と思ってここ一ヶ月ばかり風呂に入ってません。
 そんなわたしの惨状を見かねて友人に強制連行されてこの精神科にいらっしゃったわけですが貴様おれを治せるか。治せるものなら治してみろお願いします。

【ミスターX】
 まず聞くけど、スランプの原因、何か思い当たることはあるか。失恋したとか、職を失ったとか、信用を失ったとか、財産を失ったとか、髪の毛を失ったとか。

【平家翔】
 失った物と言って特に思い当たる物はありませんが。そうですね。童貞くらいでしょうか。

【ミスターX】
 それだ!

【平家翔】
 それですか。

【ミスターX】
 人生に於ける重大事。たとえば結婚や出産、入学や卒業、近親者の死。こういう物に出くわすと、人は変化を体験する。生活環境が激変すると心身の調子を崩したりすることもある。特に物書きなんてのは神経がキャシャだから、すぐ環境に影響される。だから君はあれだよ、童貞を失ったから物が書けなくなったんだよ。少年性?っていうのかな、それも一緒に喪失したのだ。大人として俗塵を浴び、純粋な精神を濁らせてしまったのだ。はい、原因わかった診察おわりー。帰った帰った次の人どうぞー。

【平家翔】
 いえ実は。童貞を失ったというのはウソです。一種の見栄です。まだ捨ててません。後生大事に守っていくつもりです。

【ミスターX】
 ウソつきやがったのか!

【平家翔】
 ごめんなさい。でも、環境の変化っていうのは心当たりがありますよ。

【ミスターX】
 ああごめん笹川のおばあちゃん、呼んだけど診察もうちょっと待って。──で、その環境の変化っていうのは具体的にどういう物かね。

【平家翔】
 本当は夜型人間なんですけど、仕事の関係上とにかく朝起きるのが早くなりまして。

【ミスターX】
 お仕事は何を。競馬の調教師とか漁師とか新聞配達とか?2時くらいに起きる感じの。

【平家翔】
 それはもう、朝じゃないでしょう。夜でしょう。わたしが起きるのは4時くらいです。

【ミスターX】
 朝の4時。4時か。某作家のクリエイティヴィティがピークを迎える時間だね。君にもあるかい、最も創作に没頭できる時刻ってやつが。

【平家翔】
 あります。ミッドナイト12時を境に前後3時間・のべ6時間ほどがわたしの習慣的な執筆タイムです。どういうわけかこの時間帯は指がキーボードの上を軽やかにダンスするんです。昨日でもない、明日でもない、今。日付変更線の上にいて、昨日と明日両方に片足ずつ突っ込んでいる、そんな状態。その時なぜか文章を大量生産できるのです。

【ミスターX】
 ふむ。古くなった昨日の自分を捨て、新しい明日の自分を迎えるための準備をする時間帯か。

【平家翔】
 というとなんだか詩的で聞こえはいいですが結局それって脱皮ですよね。ヘビみたい。

【ミスターX】
 絶好調時の君の文章って結局、言ってみりゃ脱ぎ捨てられた古い皮だね。日焼け跡のようにポロポロとむけ落ちた汚い薄皮、だ。

【平家翔】
 失礼な。

【ミスターX】
 だってそうだろうが。

【平家翔】
 そうかも知れません。すみません。

【ミスターX】
 はい、それじゃあ診察終わりです。不調の原因は環境の変化ってことで。解決策は、仕事を変えること。バイバーイ。

【平家翔】
 待って下さい!仕事を変えずに創作力を回復する方法が知りたいのです。だってね、ひどいんですよ本当に。わたし、『たりぶみ』というブログに週1で小説を掲載してるんですけど、今週はこんな作品を公開しようとさえ思ってたんですよ…?『古今東西──王者vs挑戦者』っていう…。

【ミスターX】
 どれだけヒドイ作品なのか、ちょっと朗読してみて下さい。案外、本人が思ってるほどヒドくないかも知れないよ?

【平家翔】
 じゃあ読みます。
 古今東西──王者vs挑戦者。
 作・ぺけかける。
「古今東西スマップのメンバー! 木村拓哉!」
「中居正広」
「香取慎吾!」
「稲垣吾郎?」
「草剛!」
「え…。森…、森くん?」
「ブー!」
「フルネームじゃなくてもいいだろ!」
「元メンバーだからダメ!」
「なんだよそれ! 絶対おまえが勝つように仕組んでるじゃないか! もっと人数多い題にしろよ!」
「じゃあ、古今東西米米クラブのメンバー! カールスモーキー石井!」
「う…ぐ…」
「どうした? いっぱいいるぜ」
「きたねぇよ! マニアじゃなきゃ石井しかわからねぇよ!」
「あなた頭あまみずですね」
「何? 甘味酢?」
「ノン!」
「水飴?? 何の話だ」
「雨水です。ウスイ、ってね」
「コノヤロウ! 殺されてぇのか!」
「古今東西、ボクの好きなAV女優! 春菜まい!」
「はっ!? なんだよその問題!」
「答えないのならば、この場で失格です」
「ちくしょう…。えーと、うーん、及川奈央?」
「あーごめん。あんま好きじゃない」
「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」
 翌日、河原の土手で阿呆の惨殺体が発見された。

【ミスターX】
 これはヒドイ。

【平家翔】
 でしょ?こんな物、正気じゃ公開できないですよ。だからこそ、こうして安易な文学談義をしているわけで…。文学を題材にした文学は安直だからなるべくなら書きたくないのに…。

【ミスターX】
 メタフィクションとの決別宣言をしてからたった二ヶ月だね。あらあら。でもさ、スランプならスランプで、こんな雑談なんかせず、過去作でも載せてお茶を濁せば良かったのに。

【平家翔】
 未発表作品の蔵出しとか、過去作のリメイクならまだしも、既発表品をそのまま載せるっていうのは気に食わないんですよ。

【ミスターX】
 それならそれで、早く『環状線』とか『恋人と別れる5の方法』とか『言葉仮』とか『金婚式』とか、中絶している作品を完成させればいいじゃないか。

【平家翔】
 だからぁ。筆が動かないんですよぉ。

【ミスターX】
 インポテンツだね。ご愁傷様(笑)

【平家翔】
 笑い事じゃない!

【ミスターX】
 だから、仕事変えろって。

【平家翔】
 ヤダ!

【ミスターX】
 変えろ!

【平家翔】
 ヤーダ!

【ミスターX】
 なんてワガママな野郎だ。
 ひょっとして一週間に一回っていう更新頻度がよろしくないんじゃないか。君は以前、毎日のように新作小説を書いていたじゃないか。

【平家翔】
 あの頃は我ながら変人でしたね。

【ミスターX】
 毎日更新してみろよ。週1だからダレるんだよ。執筆作業を習慣化してしまえば筆の切れ味が鈍ることはないと思うよ。

【平家翔】
 毎日更新はもう無理です。昔ほど暇じゃありません。女性関係のこじれで。

【ミスターX】
 もうちょっといい加減な気持ちで更新してみたらどうだい。君は普段ずぼらな癖に妙な部分で律儀すぎる。作品の完成度を高めようと気張るからいけないんだ。自分の仕事に対してなかなか納得しない。良くない傾向だ。

【平家翔】
 いえいえ、やっぱり何かしら読者の感興を引き起こす作品を書きたいもんですよ。自分の考えや、これぞ自分っていう思想を表白する芸術をね。

【ミスターX】
 バカだな。作家は「偉大な識者」である必要はない。現象に対して的確な答えを導き出す「偉大な解答者」である必要はない。
 ただ、「偉大な出題者」たれ。
 問題に対して取り組むよう、聴衆に喚起せしめるのだ。同意されようが、反対されようが、反応を獲得すれば成功である。「反応」が「反響」なら尚いい。

【平家翔】
 ああ、寺山修司も「私は大きな質問になりたかった」と発言していますね。

【ミスターX】
 スランプにあがく痴態を読者に見てもらって、「才能ないって大変なんだなぁ」とか、少しでも感じてもらえれば、それでいいじゃないか。君の、何とか言うブログ、君の文才が徐々に枯れていくさまをありのまま活写したドキュメントにしてしまえ。現代版の平家物語だよ。リアルタイムの没落を読者に哀れんでもらえ。よし、それでいこう。

【平家翔】
 イヤです。

【ミスターX】
 帰れ!


ポーラ   (2007/09/20)
夕暮れ
 安アパートの一室。窓から差し込む強烈な西日。室内、オレンジ色。
 チェンバロ、リコーダー、フィドル、リュート。めくるめく煌めく音楽。メリー・ゴー・ラウンドのバック・グラウンド・ミュージック。跳ねっ返る高い音。おもちゃ箱をひっくり返したようなキラキラ。サーカスのような。サーカスのような。サーカスのようなサーカスのようなサーカスのような。
 そこかしこに、おもちゃ。天井で回転するメリー。赤青黄色さまざまに明滅するイルミネーション。電飾。電飾電飾電飾。赤青赤青赤緑、紫黄白緑青。部屋の空気はオレンジ色。
 白い木馬。プラスチック特有のツヤで反射するたてがみ。装飾的な鞍。軍楽隊に追い立てられるような怯懦の瞳。
 セルロイド製の人形。表情は微笑。つぶらで黒目がちな眼、穏やかな口元。しかし無表情。微笑。しかし一切伝わってこない感情。
 フランス人形。すましたお顔で。イルミネーションの明滅で色々に変化する顔色。
 散乱する、つみき。カーペットの上の。つみき。血。
 クマのぬいぐるみ。フランス人形の腕に抱かれた。愛くるしい。それは薄汚れていて。友。恐怖を、痛みを分かち合ってくれるような。
 室内はオレンジ色。きらびやかな音楽。陽気なファンファーレ。楽しげでそれでいて寂しげな夜の遊園地の音楽。原色の光の洪水。ターン・オン、ターン・オフ、カラフルなライトの呼吸。
 フランス人形のような女の子。おにんぎょさんみたいに。整った目鼻立ち。ベッタリと床に座って。赤いチェックのワンピース。フリルのついたスカート。スカートから投げ出された足。足の先には赤い靴。ツヤツヤしていて光を反射。ベッタリと床に座って。左手にクマのぬいぐるみを抱っこして。右手を鎖に繋がれて。整った目鼻立ち。うつろな目。血のにじむ唇の端。青く腫れた右まぶた。
 室内はオレンジ色。メリー・ゴー・ラウンドのバック・グラウンド・ミュージック。アパートの窓外は夕焼け空。日が暮れる。男が玄関の鍵を開ける時、狂ったショーが始まる。



別の夕暮れ
 すっぱだかにひん剥かれた女児の水死体がドブ川に浮かんでいたので橋の欄干から石を投げつけているとボブが来た。
「何してるの」
「石をぶつけようと奮闘中」
 ボブちらと水死体を見て手近の石を拾う。
「こうするんだよ」
 ボブの投げた石は女児の生白い腹に当たってポコンと跳ね返った。
「さすが」
「だろ?」
 ボブ二投目は鋭利な石を一投目より勢い良く投げつけてこれも命中、ガスが溜まってパンパンに張った女児の腹にめり込んだ。ほどなくその痕から立ち昇るのだろう耐えがたい悪臭が鼻腔を刺す。
「クサイ」
「ほんとクサイ」
 投石を中断して鼻を抑えつつ青黒く膨れ上がった女児の顔を見ているとはてなんだか見覚えがある。ジャンの妹ではないか。
 しばらくしてジャンがちょうど通りかかった。
「あれおまえの妹じゃねえ?」
「ああ。そうみたいだな」
 ジャンは欄干にもたれかかって水死体を静かに見下ろす。嗅覚が麻痺し始めたので的当てを再開する。ボブも無言で石を投げる。ボブの投げた石はおでこに当たり、腐肉がぐちゅりと削げた。
「やっぱりおまえの妹か?」
「そうだな」
 さっきからボブは顔ばかり狙っていてそれでいて石が眼窩に突き立ったりした時などはいかにも悔しそうに舌打ちをしていたがむごたらしくカパリと開いた口に石が飛び込んだ時ようやく本懐を遂げたらしく小躍りをして喜んだ。妹の口腔にすぽりと石が入った名場面にジャンも意欲をそそられたのか石を手に取ってダーツを投擲する事前動作のような仕草をする。慎重に放った。歯に当たってカチリと音がした。三人が三人とも思わず大きな嘆息を漏らし口惜しげに呻いた。
 ジャンはなおも石を投げ続けながら「クサいね」と言った。「そうだね」と簡単に相槌を打ってまた投石に没頭する。ボブはジャンに意地悪するため大きめの石をぶつけて死体を俯せに回転させようと試み始めた。させてなるものかと苦笑しながら死体が仰向けのうちにたくさんぶつけようと投擲のペースを少し早めた。
 日が暮れかかる頃にはとっくに石投げをやめて川下の美しい夕焼けを見ていた。ジャンの妹の口の中には石が三個入っていた。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
 タバコを捨てると川に火が点いた。重油まみれの水面がほむらでゆらゆらと揺れた。
「最後の一球」
 これから焦げるであろう妹にジャンが並々ならぬ熱意で石を投げつける。それを祈るような気持ちで黙って見守った。ジャンの投げた石は残念ながら口の中の石に拒まれて川に落ちた。
「今のは入ってたな」
「口の中に石がなければ」
 さみしく笑って橋を渡った。



また別の夕暮れ
 浜辺で、漁師のような格好の浮浪者が、ごきげんに歌いながら、焚き火をしていて、彼は赤ワインをチョクチョクたしなみつつ、時折、波打ち際を見やりながら、また何か漂着しないかな、なんて、狡猾そうな目を光らせながら、日焼けした肌を、海風にさらし、ワインと、ワインのような色の海と、腐った血のように赤黒い太陽が、神経中枢を痺れさせるほどに酔わせるこの宵、優しく真砂を洗う波の音が耳に心地よく、特に敬虔でもない彼でも、さすがに、神の存在を言祝ぎ、そして、ワインをたしなみながら、何かを食べているのだが、それはどうやら、表面がこんがりと焼かれた、香ばしい何かの肉で、中は生焼けで、どろどろに溶けた、チーズのようなそれを、うまそうに、そして、得をしたような笑顔で、むさぼっていて、それから、未熟な腐肉をナイフで削ぎ落とし、やはりこれもおいしくいただくのだが、めまいのするような結構なうまみが、数日間ろくな物も食えず飢えていた彼の味覚を幸福にさせるし、至福の瞬間、これ以上ない喜びは、緑色に濁った球体をかじり、中身をチュウチュウと吸い出し、とろみのある液体を、いや、体液かな、それを口に含んで舌の上で転がしたのち、舌なめずりして唇の周りを拭うことであり、肉をつまんでいる手とは逆の、あいた手で祈りの真似事をし、神に感謝を捧げるのは、この浜辺に打ち上げられた、未開封のワインボトルと、この肉とを、彼にプレゼントしてくれたことに対してであり、ごきげんに歌いながら、焚き火をしていて、何かを食べているのだが、それはどうやら、表面がこんがりと焼かれた、香ばしい何かの肉で、香ばしい何かの肉で、香ばしい何かの肉で、どろどろに溶けた、チーズのようなそれを、うまそうに、そして、どろどろに溶けた、得をしたような笑顔で、むさぼっていて、むさぼっていて、とろみのある液体を、むさぼっていて、中は生焼けで、これ以上ない喜びは、やはりこれもおいしくいただくのだが、腐った血のように赤黒い太陽が、香ばしい何かの肉で、至福の瞬間、めまいのするような結構なうまみが、舌なめずりして唇の周りを拭うことであり、そして、それはどうやら、それから、海風にさらして、そして、むさぼっていて、どろどろに溶けた、そして、それから、ワインと、ワインと、どろどろに溶けた、そして、どろどろに溶けた、おにんぎょさんみたいに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、そして、そして、うまそうに、うまそうに、そして、うまそうに、うまそうに、うまそうに。


金色の宵   (2007/09/06)
 暑い夏だった。
 空は青く、高かった。カンカン照りの太陽に照らされた町は、まぶしく光っていた。家々の屋根が、ひとつひとつ、ギラギラと輝いていた。夏の日差しは町全体に行き渡り、隅々まで届いていた。
 町の背後、ゆるやかに隆起する小山は、鬱蒼と茂った森に覆われていた。強い陽光に曝された世界で、こんもりと盛り上がったそこだけが黒い。太陽の干渉を見事に撥ねつけていた。
 森の中には小さな神社がある。木々に天を覆われた、冷涼たる空間。少年たちはそこに居た。
「もーいーかぃ」
「まーだだよ」
 セミの声がすさまじい。まるで森全体を天ぷらにしている真っ最中なのではないかと思えるほどの大音声だ。森の中は日陰だから涼しいが、外は大変な暑さなのだろうな。
 夏休みにこのメンバーで集まるのは初めて。普段は学校の休み時間を一緒に過ごすメンバーだけど。
 夏休みがもう終わる。
「もーいーかぃ」
「まーだだよ」
 ジャンケンで負けて鬼になったよっちゃんを狭い境内に残し、ぼくたちは森に散る。ぼくは崖の近く、町を見渡せる場所にひそむ。
「もーいーかぃ」
 よっちゃんの張り上げた声は、消え入るほど小さくなっている。
「まーだだよ」
 よっちゃんの声よりもさらに遠い声で誰かが返事をする。──ぼくは黙っている。声を出せば居場所がわかってしまうから。
「もーいーかぃ」
「……」
 ついに誰も返事をしなくなる。ぼくは大きくひとつ息を吐き、おとなしく木の幹に寄り掛かって座る。木の葉がなく、眺望のひらけたこの場所で、町を見下ろす。
 決して大きくはないこの町。大好きだ。色とりどりの屋根。町役場。通学路。本町通り。ぼくたちは放課後、あの辺りを一緒に歩く。
 太陽は町や道その他天下にあることごとくに光を塗りたくる。余った光は反射して、また別の場所をまぶしく塗る。その別の場所を塗ってなおも余力があれば光は反射する。──日の光は自らの身を各所にこそぎ落としつつ、縦横無尽の跳ねっ返りを続ける。そうして徐々に薄められた日の光が、ぼくの眼下からこの森の中に滑り込んでくる。下から上に向けて光を放つ太陽。
 はるか向こうの低山の上、山より高く入道雲がそびえている。まるで絵本に描かれた雪山のようだ。凍てつくような白さで、陰になっている部分の灰色は寒々しい。そうして少しも動かない。手の届かない彼方にどっしりと存在している。とてつもない標高。見ているだけですがすがしい気分になる。
 あの雲に登れたらな、なんて妄想してみる。きっと爽快だろう。ズブズブと足がのめり込むほど柔らかくて、中はシャリシャリで、ひんやりと冷たい。妄想は深まる。ああ、あの遠い雪山の頂上で、登山隊の幻がテントを設営している。巨大な峰。無性にかき氷が食べたくなる。かくれんぼが終わったらもう一度みんなで駄菓子屋に行こう。
 あいかわらずセミの声がすさまじい。夏の終わりの到来を恐れ、刹那を懸命に生き抜こうとする声。陽気に思えるその歌声は、裏返せば悲愴だ。
 ぼくはかくれんぼに参加していることも忘れ、不快ではないさみしさに心ゆだねてしんみりとする。
 セミの一生について考えをめぐらせる。セミの命は短い。って、本当だろうか。ぼくは問う。セミの命は短いって本当だろうか。ぼくの心の中の、友だちの像が、それぞれ意見を述べる。
 よっちゃんが言う。本当だ、と。ササが言う。たった一週間で死ぬから、と。そのササに虫博士が反論する。幼虫は土の中で数年間を過ごすんだよと。ミッケがササを援護する。暗い土の中で何年も耐え忍ぶなんてかわいそう、と。ユカピーがミッケに同意する。ようやく明るい地上に出られたと思ったのに一週間で死んじゃうなんて…やっぱりかわいそう、と。立場の無い虫博士はドギマギしながら黙りこくる。
 セミの一生は忍従の一生か。ぼくは違うと思う。地中で暮らす生活は、人間の価値観からすれば悲惨かも知れないが、セミにとっては存外快適かも知れない。
 それに、彼らの最期の一週間は、どれくらい光に満ち溢れているだろう。この、夏という季節。すばらしい季節! 清少納言が讃えた時刻にセミたちはハレの舞台に登場、瞬時に大人へと変身する。古い自分を脱ぎ捨てると舞台には巨大な照明が点灯する。地上に向けて放物線を描く小便がキラキラと輝く。初めて日の目を見るセミたちの処女飛行。
 どこがかわいそうなものか。ヤツら、キラキラとまばゆい幸せに包まれて、傍若無人に贅沢の限りを尽くす。飛び、歌い、恋をする。あれだけ充実した日々を一週間も満喫して、何がかわいそうなものか。──短命? 仮に短命だとしても、夭折上等、一生のうちで最も輝かしい時代に死ねる。零落を知らず絶頂期で世を辞す、その生き方は多くの芸術家の理想とするところではないか。うらやましい。ああセミがうらやましい。彼らの最期は、贅を尽くした絢爛たる一週間だ。
 夏休みはいつまでも続かない。しかし人生は続く。ぼくたちはセミのようには成れない。夏が終わっても日々を過ごしていかなければならない。人生の夏休みが終わり、人生の晩秋が始まっても、容易に死ねない。消費していかなければならない……セミの、まばゆく輝く最期の一週間とは比べ物にならない、暗く濁った千週間を!
 俺は、光に満ちた時代に、光に満ちた景色を見ながら、子どもらしくもない、そんなことを考えていた。
 そのままの状態でどれくらい経ったろう。不意にガサッと草の鳴る音がする。
 ぼくは驚いて後ろを振り返る。目と口をぶざまに開けて。
 相手も驚いたらしく、ぼくの姿を認めて身体をビクッとさせる。
「ザニーくん」
「ユカピーかぁ」
 よっちゃんではなかった。ユカピーだった。ユカピー、俺の…。
「どうしたの?」
「よっちゃんが近づいてくるのが見えたから、逃げてきた」
「え、どこ。どこに隠れてたの」
「道祖神の近く」
「あ、あそこか」
「もうすぐこっちにも来るかもよ」
「え、マジで」
「逃げよ」
 ユカピーは飴のような目でぼくの顔を見てから忍び足で歩き出す。ぼくもユカピーのあとに続く。
 ユカピーのすぐ後ろを、ユカピーの背中を見ながら歩く。その背中にふとした違和感があり、直後、ハッと気が付く。Tシャツの下に透けて見える、ヒモ。ぼくは目をそらせる。顔が熱い。
 ユカピーのかかとを見ながら、何も言わず、歩く。ぼくはユカピーの小さな、しかし大きな変化に、きっと、とまどっていたに違いない。一方のユカピーも何も言わない。どうも緊張しているようにも思える。見られるのが恥ずかしいような、不愉快なような、そんな風な背中。
 ユカピーはどんどん歩いていく。ぼくも同じ歩調で続く。ふたりは一言も発しない。声を出せばよっちゃんに見つかってしまうかも知れない、という理由もあっただろうが、あきらかにふたりはお互いを意識し合っている。ぼくは、ユカピーの背中が見れなくて、どこに連れて行かれるかも知らず、ずっと下を向いたまま後についていく。
 ユカピーはやがて立ち止まり振り返る。ぼくも顔を上げる。そこはかくれんぼのスタート地点、神社のお社だ。
「座ろ」
 ユカピーは大胆にもお社の階段に腰掛ける。どうやら隠れる気が全く無いらしい。ぼくは人ひとり分スペースをあけてユカピーの隣に座る。ひさしぶりに話しかける。そう、ひさしぶり。歩いていたのは数十秒だが、ぼくにはその沈黙の期間がとてつもなく長く感じられたのだ。
「かくれんぼ、飽きた?」
 ぼくの方を見ずにユカピーは答える。
「ううん。でも、よっちゃんみんな見つけられないよ。かくれんぼだけで一日終わっちゃうのなんだかもったいない」
「そうだよね」
 これ以上、特に話は弾まない。
「みんな早く戻ってこないかな」
「うん」
 それ以上、特に話は弾まない。
「……」
「……」
 ユカピーはぼくのことが好きかも知れない。わからないけど。
 ぼくもユカピーのことが好きかも知れない。わからないけど。
 たぶん、ぼくとユカピーは、お互いに、好きだったと思う。でも、ぼくはそれを隠したがる。その感情を否定する。ユカピーもそうだろう。認めようとしない。自分の気持ちにすなおにならない。バカだ。ぼくたちはバカだ。ていうか子どもはバカだ。バカ? それともまじめなのか。クソまじめなのかも知れない。とにかく損してる。ぼくたち子どもはセミのように鳴かない。鳴こうが鳴くまいが、夏は終わってしまうのに。鳴かないうちに季節が変わってしまい、季節が変わってから初めて鳴く。冬になってから夏の終わりを嘆く。俺たちはあの時、何も話さなかった。
 そこへタイミング良くよっちゃんが現れ、意外そうな顔でぼくたちを見つける。ぼくたちはクスクス笑い、よっちゃんがどういう反応をするのか見守る。
「ザニーとユカピー見っけ。って、あれ? なんだよ隠れる気ないじゃんよー」
 よっちゃんは結局誰も捕まえられなかったらしい。
 ぼくたち三人は大声でみんなを呼ぶ。ササ・虫博士・ミッケ・アイちゃんがそれぞれ茂みからのそのそ出てくる。再会を果たしたぼくたちは笑う。嬉しそうに、実に楽しげに。そうしてみんなお社の階段に座る。一段目に男子三人。最上段にぼくとユカピー、そこに女子二人が加わる。ユカピーはおしりをずらしてぼくの方に詰める。肩が触れる。
 ぼくたち七人は他愛もない話をする。
 宿題の自由研究の話。学期初めの席替えの話。虫博士が私立中学を受験するという話。夏休みにどこに行ったか。などなど。その他、このメンバーでいつか海に行きたいね、なんて。
 直射日光を遮断する木の葉のドーム、緑色が目に濃厚だ。ぼくたちは穏やかな時を過ごす。アキばあちゃんの店にかき氷を食べに行くのも何だかもったいない気がしてくる。ここでこうしているのが、今一番幸せ。
 夏が大好きだ。あと何回、この季節を愛でられるだろうか。この太陽を拝めるのだろうか。大人になっても、この素晴らしい気持ちになれるだろうか?
「このままこの時間が永久に続けばいいのに…」
「本当に、そうだね」
 このメンバーで、この場所で、この季節に会うのは、おそらくこの夏が最期だろう。最期であると、なんとなくわかっていながら、誰もそれを言葉には出さない。また逆に、「いつまでも友だちだ」とか「いつでも会えるじゃん」なんていう気休めも言わない。みんな、子どもながらに感じ取っている。この夏が終われば掛け替えのない人生の一季節も終わることを。
 セミの声が、やむ。
 トンボが目の前を横切る。
 この夏は、今日、終わる。
 学校が始まれば毎日顔を合わせるようになるが、今日という日は、今日しかない。替えが利かない。来年の今日にも同じような幸福が味わえる保証は、全くない。
 みんな、黙る。刻一刻と今日が終わっていく切なさを、それぞれの胸の内に抱いて。
 世界は金色に輝き始める。盛夏に比べるとだいぶ日も短くなっている。だがそれでも、黄昏には早すぎる。まだまだ、今日は終わらない。今日は終わらない…。
 すると突然、電子音が鳴った。
 ササの腕時計のアラームだった。
 ササは気まずそうな顔をしながら腕時計を見やり、申し訳なさそうに、つぶやくように言った。
「そろそろ帰らなきゃ…」
 ぼくたちは現実世界に戻された。それはあまりにも唐突だった。あっけなく、夏は終わってしまった。
 俺は今でもササと交友があるが、今でもあの時のササを少しだけ恨んでいる。


Latex Solar Beef[censord]   (2007/08/30)
(もしくは八郎の娘の好物)


 アレが大好物。私はアレを×××いっぱいに×××るのが大好き。
 アレが何かって? アレとは、バナナ…ではなく、キュウリ…ではなく、ナス…ではなく、ニンジン…ではなく、大根…ではなく、苦瓜…ではなく、アイスキャンディー…ではなく、ロリポップ…ではなく、ソフトクリーム…ではなく、きりたんぽ…ではなく、つくね…ではなく、ウインナー…ではなく、ホットドッグ…ではなく、フランクフルト…ではなく、牛肉の心臓…ではなく、頭を伸ばす亀…ではなく、毒牙で噛みつく蛇…ではなく、コックコックと首を上下させるニワトリ…ではなく、変幻自在にうねる象の鼻…ではなく、背中を這い回る毛虫…ではなく、土の中を潜るミミズ…ではなく、蜂がお尻から出して人を刺す針…ではなく、髭の生えた龍…ではなく、幻の珍獣ツチノコ…ではなく、控え目にくっついている足…ではなく、腫れ上がった指…ではなく、下にくっついている舌…ではなく、海のギャングのウツボ…ではなく、ぼってりとしたナマコ…ではなく、アワビを切り刻む包丁…ではなく、斬る刀…ではなく、断ち割る剣…ではなく、刺すナイフ…ではなく、突く槍…ではなく、殴る警棒…ではなく、叩く棍棒…ではなく、打つ角材…ではなく、ピュッピュ飛ぶ水鉄砲…ではなく、放たれる矢…ではなく、撃つピストル…ではなく、一掃するマシンガン…ではなく、発射するバズーカ…ではなく、照射されるレーザービーム…ではなく、爆発するダイナマイト…ではなく、落とす爆弾…ではなく、突進する魚雷…ではなく、飛んでいくミサイル…ではなく、母なる宇宙に向けて打ち上げられるロケット…ではなく、夜間飛行に離陸するジャンボジェット…ではなく、空に咲く花火…ではなく、ローセカンドサードトップオーバートップへと徐々に高まるシフトレバー…ではなく、夜の交通整備にぶん回される真っ赤なコーンライトや、三角コーン…ではなく、闇を拓く懐中電灯…ではなく、血気の走る電信柱…ではなく、感度良好のアンテナ…ではなく、バイブレーター機能のある携帯電話…ではなく、コンセントに差し込まれるプラグ…ではなく、カーッと熱を出すランプ…ではなく、先端に火の点いた松明…ではなく、白い煙を吐き出すタバコ…ではなく、吸えば液体が出てくるストロー…ではなく、勢い良く水を噴くホース…ではなく、畑に水を撒くじょうろ…ではなく、ネコが目を背けるペットボトル…ではなく、乳酸菌飲料の入ったビン…ではなく、口に含むと歯磨き粉の出る歯ブラシ…ではなく、ピュッと点す目薬…ではなく、薬液を注ぎ込む注射器…ではなく、タプタプした薬を湛えた試験管…ではなく、黒板に白い放物線を描くチョーク…ではなく、すべすべした白い紙の表面を撫でる、先っぽの黒い鉛筆…ではなく、沼の深さを測る定規…ではなく、ねじ穴にねじ込むドライバー…ではなく、貞淑の氷を砕くアイスピック…ではなく、筋骨逞しい大工が板に穴をこじ開けるキリ…ではなく、枝を突き出した大木…ではなく、巨大な石柱ではなく、真っ赤な東京タワー…ではなく、文化人の反対を押し切っておっ立ったエッフェル塔…ではなく、風向き次第でどちらへも靡く旗…ではなく、尻軽がスタンプラリーで集めるハンコ…ではなく、伸び縮みするチューブ…ではなく、管楽器奏者が吹く笛…ではなく、管の中に唾液の溜まるラッパ…ではなく、歌手が口を近づけるマイク…ではなく、天に掲げて掻きむしるギター…ではなく、頭の大きなこけし…ではなく、ホームランを量産するバット…ではなく、ホールインワンを決めるゴルフクラブ…ではなく、ポケットに落とすために球を撞くビリヤードのキュー…ではなく、Bullめがけて投げ込むダーツ…ではなく、次の走者に手渡すバトン…ではなく、妙に堅いスティック…ではなく、下肢を支えるステッキ…ではなく、黒光りする革靴…ではなく、差す時が濡れる時の傘…ではなく、錠にピタリと合う鍵…ではありません。アレはアレです。
 私は××くんと××な××××を××した。それは、本当に××な×のする××××××。彼の熱い×はナメクジのように××り、私の×や×××の上を××××り、××の奥まで××してくる。××を××××××と××られてくすぐったい。
 「××××・××××」という×××映画がある。××の×に×××がある女の話。彼女の気持ちが私にはよくわかる。××××を××るための×に、××××以外の、××××のを、××××なんて。なんて×××××ことだろう。なんて×××××だろう。
「××。××よおまえの××の××」
 ××くんは×を×し、いつくしむような優しい×で私を××めた。私は彼の×に×を×し、うっとりとその優しい×を××げた。×をとろとろに××されて、×も××げに×××と××ける。ふたりの×と×には、×を×××っていたなごりが、その××を残念がるような××が、×××のように××が×を×けた。
 私はもう、××くんを××たくて××たくてたまらない××に×××れた。
「私も、×××よ…。おいしい×××、××させて…」
 私は×××の上に彼を×××らせ、×××の××××を××した。モゾモゾと、×××の中から×××を×××そうとした。もう×××くなってるのが、××でわかる。
「すっごく×い…」
 ×が×××しちゃいそうなくらい、×いの。×××、×××と××ってるのがわかる。××を××たみたいな、とても××られないような、××の××。私の××××に××と××××いてくる。ああん…早く××××いたい。
 ××くんも×××ない様子で、×××を×××ごと一気に××した。××になる、彼の×××。その××に、私の×××が×××××ていた。×××の×が××に××たような、××い×××××な×××。×××にくっつくように××した×××。
 私は××くんの×××××をぢっと見つめた。×××××も私をぢっと見つめてきた。××を××××××××あげると、××のような××がますます×くなっていく。××××んだ。××××から、××して×××く×っていくんだ。
 もう、たまんない
「×××」
「あっ」
 小さな×××イ×を×げる××くん。やだ、私、×の×の××な××、××に×れちゃった…。
 引き続き、×を×で優しく××してあげながら、私は××に××をした。×××みたいな×が、××××にフィットする。××××と××××を××るよりも××する。まるで、×と×みたいに、×る×と××××られる×がピッタリ××感じ。つるつるした××が、×に×××いい。
 そのまま×××××××ってあげる。×××とした×××は、××の××。私のやらかい×××にビクビクと××してる。なんか×てきた。××××。×な×。こんなの、ほんとは××××だめだよね。だって××××する×から×てきてるんだもん。それを××××うに××××ゃうんだから、私ってばすっごい×××…。
 私、今、どんな×××な×をしてるんだろう。だって××××お××××を×に×××るし、それで××××ってる! ××くんに××されないかな…。×××いで、彼の××を×××った。そしたら、彼も、××××さに×を×××ていた。×××ないぞっ☆ お互いに、こんな××は×の×には××られないと思う。こんな×、××に見られたら××××くって×××ゃう。お母さん、娘のこんな×を×たら、どう××かな…? そう××と、×い×してるみたいで、ますます××して来ちゃった。×××に×××が××してきて、×を×××て×××ない×になってる感じ。××くんは、そんな私の××な××を××××うに見つめている。すっごく××××い…。
 でも、だって、××××んだもん。この×××××××××んだもん。私は××深くまで××えた。××××に×××っと××る×の×の×××。×の×で×××い×が×ってる。×××××××してやると、×××はますます×く×く×くなって、×の×を×××る。私の×××で××××××になった×××は、×を×られたように××××。
「××××。××××よぉ…」
 ×きた×××××を×××××××ながら、私は×の××んだ×で××くんを×た。彼も××そうな×で私の×××××を××っている。××××いんだね。私も××××よ。
 ××くんの××は私の×××に×××ていた。あんまり××××からついつい×××が××されちゃう。私ってば××××みたい。もしくは×××。大人の女とは思えない××××は、私自身にも××だった。私って、こんなに××××だったんだぁ…。
 もう、×××××を××しちゃうくらいに××××す。××××××××、××な×を××ながら、×を××させる。×が××らないように×の×まで。××ることならこのまま×××××××たいくらい。
「×××。×××。クプ、クプ。×××、×××、×××、×××」
 ×を×すと、××××っと×を×く。ああ、なんて××××だろ。もう、××××なっちゃいそう…。


One More Day   (2007/08/16)
One more day
They said we'd be home for Christmas but I'm still here today
One more day
I went to see the first lieutenant, he said shut up and wait
One more day, no word

もう一日
あいつらは「クリスマスには帰れる」と言ってたけど、俺は今日もここに残ってる
もう一日
俺は中尉に会いに行ったが、黙って待ってろと言われた
もう一日……、言葉がない

──Todd Rundgren "One More Day (No Word)" より







 その場所にそびえていたのは、敵地との境界線近くに組まれた高見やぐら──やぐらと称するよりもむしろ堅牢な鉄塔と称すべき建造物だった。
 地上三十メートルに位置する詰め所はアパートの一室のようになっている。簡易キッチンがあり、簡易トイレがあり、冷蔵庫・エアコン・電子レンジ・掃除機・洗濯機・無線機があり、ベッドがあり、見張り台には机とイスがある。テレビはないが、その他の生活器具は万全。
 数百メートル先の川を渡ると敵の領地。その向こうは見晴らしの良い平原、さらにその奥に丘陵。背後自陣には森。
 男はそこでたった一人の偵察任務に従事している。敵影が接近したら本部に連絡する役目だ。赴任してから、まだ三日。
 交代人員がいないため、昼夜問わず番をする。食事を作りながら見張り、食事を食べながら見張る。排泄をしながら見張り、自慰行為をしながら見張る。彼の一日は全て見張りもしくは見張りながらの行為に終始する。
 ただし、一瞬も気を抜けないとは言っても、睡眠は取らねばならない。無音震動アラームを三十分間隔でセットし、座ったまま合計三時間の睡眠を取る。
 まともな睡眠ではない。三時間の間にアラームが三十分間隔で作動するということは、眠りを六回も破られる計算になる。これでは身が持たない。赴任三日目にして彼はもう寝不足だ。
 しかし戦地の真っただ中。最前線を守る責任感・死と隣り合わせの緊張感。深い眠りに落ちればそれが即ち死の眠りとなる可能性が多くあった。それに、数日に一度、時間を定めずに本部からの呼び出しがある。しっかり職務をまっとうしているかどうか確かめるための抜き打ち検査だ。この時、ちゃんと応答できなければ厳罰が与えられる。敵が迫っていようがいまいが、どちらにしろ持ち場を離れられないのだ。
 もしも敵の接近を見逃したら彼は逃げ遅れて命を落とすだろう。そしてもし、彼が気づかぬ内に敵が前線を突破して我が陣地に進行したら自軍は甚大なる被害を受けるだろう。彼の責任は重大である。
 彼は今日も双眼鏡で地平線の辺り、山の稜線の辺りを睨んでいたが、敵の姿はちっとも見えなかった。ほっとする。ほっとすると同時に退屈だ。今日もか。今日も変わり映えの無い日か。敵が攻めて来ず、突然の無線連絡も無いのならしっかり眠れば良かった。
 彼は双眼鏡から目を離し、部屋を見回しながら想う。一人用の狭い部屋だが、ああ、せめてもう一人仲間がいてくれれば。順番に寝ずの番に立てば交互に充分な睡眠が得られるだろうし、話相手も得られる。
 ああ。せめてもう一人仲間がいてくれれば。前線に配備された偵察係が自分だけでなかったなら。これほどの退屈を感じずに済んだだろう。
 日が高くなった午前、彼は見張り台を離れ、無線機で定期報告の暗合文を発信した。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 それから一週間変わり映えの無い日が続いた。仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 それはあきらかに徒労だった。彼はこれまでの人生で、この一週間ほど無駄な時間を過ごした経験は無い。無為の日々。しかし危険な任務。彼の神経は次第にすり減っていった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 いつ敵の襲来に見舞われるか判らぬ恐怖と不安。緩まぬ事の無い緊張感と併行して流れるやるせないまでの倦怠感。前線に派遣されてから二週間。どっと疲れてきた彼は、アラームの鳴動間隔を三十分ごとから一時間ごとにセットし直した。
 物資は毎月ヘリコプターが落として行く。落下傘にくくりつけられた荷物がやぐら付近の地上に降下する。一ヶ月分の食料品以外にも、歯磨き粉・石鹸・トイレットペーパーなどの日用品や、電化生活を支える巨大な蓄電池、その他男が要求する物品の数々が遺漏無く届けられる。
 遺漏無く? はたしてそうだろうか。タバコはたんまり届いた。双眼鏡を固定する三脚架も届いた。しかし、要求した物品のことごとくが届いたか?
 否。テレビが届かない。ラジオが届かない。雑誌も新聞も届かない。友人からの手紙も。家族からの手紙も。恋人からの手紙も。任期満了を告げる報せも当然届かない。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 いつまでこんな生活を続けなければいけないのか。慢性的な寝不足と、強い重圧と緊張に徐々にくたびれていく神経。いつからか男は、数時間ごとに泣くようになった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 時は容赦なく経つ。そのうち、別段悲しくなくても、自然と涙が出るようになった。缶詰を開ける。するとなぜか涙が出る。濡れタオルで身体を拭く。するとなぜか涙が出る。水を飲む。なぜだか知らないが目から涙が滲み出る。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 本部からの呼び出しが恋しくなった。人との会話に飢えた。皮肉なことに、数日に一度だった本部からの呼び出しは、一ヶ月数回に減っていった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ち、半年が経ち、一年が経った。変わり映えのしない三百六十余日。敵は来ない。味方も来ない。男の住むやぐらに来るのは野鳥と月に一度のヘリコプターだけ。ひょっとすると戦争はもう終わってしまっているのではないか。これは上官からのイヤガラセではないのか。男は、不仲だった上官との確執を思う。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 毎月定められた日に来ていたヘリコプターが、その月は遅れた。男は今か今かとヘリの到着を待った。敵地監視そっちのけで、自軍領地の方角を見張り続けた。雷のようなプロペラ音が聞こえた時、男はやぐらを降りて、地上で諸手を振った。ちから一杯。聞こえるはずはないのに、行かないでくれ行かないでくれと懇願しながら。
 ヘリコプターの操縦士は、男の姿に全く気付かなかったのか、はたまた気付かぬふりをしたのか、あたかも自動操縦のような動作で物資を落とし、悠々と去って行った。男はくずおれた。
 物資袋の中には食料品の他には何も入っていなかった。親しい人からの手紙はもちろん、日用品すら入っていなかった。食料品も、たった3種類の缶詰と水だけだった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 その翌月の物資輸送はさらに遅れた。ヘリが飛来した時、男はやぐらを急いで降りるあまりハシゴから足を踏み外し、腰を強打した。しばらく立てなかった。這うようにして物資の詰まった袋に近づいた。
 男はその日、やぐらの上に登らず、赴任して初めて、地上で一晩を明かした。缶詰をひとつ、手近な石で壊して開け、中身を手づかみで食べた。恋人を想い、ぬめった手で自慰をした。あの子はもう他に男を作っただろうな。
 翌日には再びやぐらに登り、また同じ一日を過ごした。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」。前日、無線機での定期報告を怠ったのだが、それに関して何もおとがめが無かった。どういうことだ。定期報告はしなくても良いのか。男は自分の存在価値を心底疑う。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 抜き打ち無線は三ヶ月以上途絶えていた。男は次第にいい加減になっていった。戦地の、しかも最前線にいるということすら忘れたかのように、緊張感を喪失していった。禁固刑に服している囚人のように無気力な日々を過ごした。一度しかない人生を、浪費していることへの絶望。無音震動アラームをやぐらの上から投げ捨て、一日八時間の惰眠を貪るようになった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 有り余った時間の捨て場所に窮した彼は、度々やぐらを降りて地上を歩き回るようになった。一度などは川を渡って敵地を歩き回ったことさえある。どんな臆病者でも、これほどの長期間「イジョウナシ」ならば、さすがに平和ボケするのも無理はない。
 戦時下とはとても思えなかった。ここが戦争の最前線であるとは信じられなかった。しかし事実はやはり、交戦中なのだった。男の住まうやぐらは要所である。一旦戦闘が始まれば激戦になるのは疑いなく、そうなれば両軍ともに甚大なる被害が生じるのも明らかで、然るがゆえに両軍から意識的に無視されている地区なのだった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 半年ぶりの抜き打ち無線時、彼は運悪く近くの森を散歩していた。定期報告時に不在の理由を問われた。小便をしていたと取り繕うが、大目玉を食らった。
 男は激しく泣き声を上げながら、暗合を用いない直截の言葉で、上官に訴えた。
「畏れながら申し上げます。も、もしかしてせ、戦争は終わってるんじゃ。戦争は終わっているのではありませんか。わ、わたくしをだまそうと。みんなでグルになって。そ、そうだ。ききききっとそうだ。戦争はとっくに終わっているのに、みんなでわたくしを困らせようと、こ、こんなイタズラを。きっとそうであります。そうなのでしょう。そうなのでしょう上官。上官はわたくしを憎んでいらっしゃるのです。上官はわたくしが憎いのであります。そうでしょう。きっとそうだ。きっと。きっと」
 まともに相手にされず、任期の延長だけ告げられ、無線は切られた。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 それから一ヶ月、変わり映えの無い日が続いた。鳥のけたたましい鳴き声に驚かされた以外は。
 仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 無為の日々。抜き打ち無線すら途絶えた。彼はもはや発狂寸前だった。何事か起きなければ、必ず発狂していただろう。
 その何事かが、起きた。赴任してから二年三ヶ月目の、暑い夏のことであった。
 ある日、司令部に、待ってましたとばかりの陽気な声で連絡が入った。
「敵影確認。小一個隊。ただちに応援求む」
 あまりに唐突なことだった。そして、緊急事態をまるで祝福するかのような男の欣喜雀躍とした声に、司令官はハッキリと不快感を露わにした。
 この方面に徴兵されて軍事訓練を受けていた新米の兵士たちは、この有事に急遽駆り出された。緊張が走った。入隊して間もない、子どものような兵士たちは、皆一様に不安を顔中に漲らせていた。
 五十人からなる偵察兼応援部隊が現場に駆けつけると、やぐらはメタメタに崩れていた。近くには、敵兵はおろか、やぐらを守る駐屯兵の姿も無かった。遅かったか、と、兵士の誰もが思った。
 五十人は手分けして駐屯兵の行方を捜索した。どうせ死んでいるだろう。このやぐらに在駐していた駐屯兵の救われない状況を知っていた兵士の一人は、心の中でそっと、「これでようやく彼も呪縛から解放されたな」と、切ない哀悼を捧げた。
 トイレが地上に落下していた。ドアが閉まっている。もしかして中に駐屯兵が居るかも知れない。逓信兵がドアを開けた。
 すると、ドアに仕掛けられた起爆装置が作動したのだろう、爆弾が炸裂した。トイレは大破し、ドアを開けた逓信兵の身体は吹き飛んだ。
 その爆音を合図にしてか、森から銃弾が飛んできた。二等兵が被弾して絶命した。部隊は大いに慌て、総員が地面に伏せる。
 敵方から発射される弾丸の数は少ない。どうやら少数の敵兵がスナイパーライフルを用いてゲリラ戦を展開し始めたらしい。
 上等兵が地面に身体を伏せたままロケットランチャーを森に向けた。死の恐怖、そして戦争の恐怖に負けまいとする鬨の声を挙げて、敵の潜んでいるあたりに砲撃する。
 発射。尻から火を噴いてロケット弾が飛んでいく。
 着弾。森の暗がりが閃光で照らされる。
 爆発。舞い上がる木の葉と飛び散る枝。立ち昇る一条の煙。
 静かになった。敵方からの銃声は止み、森は死んだように沈黙した。
 数名の勇気ある兵士たちが恐る恐る爆心地に近づいた。
 命中していた。──敵に? いや。そこには、あの駐屯兵が瀕死で横たわっていた。腹が破れ血にまみれ、泥まみれの顔で笑っていた。笑っている。満足そうに笑っている。
 それを見た兵士たちは茫然と立ち尽くし、ただ、言葉を失った。
 ──悪貨は良貨を駆逐する。流通量のバランスは崩れ、貨幣の価値は下落する。同様に、退屈は人生を蹂躙する。有り余った暇は時間の価値を忘却させる。余剰な時間は充実した活動を阻害する。男は、膨大な時間の塊に圧殺された。
「ホンジツ、ゼンセン、シシャ、サンメイ」


不良。雨の日。捨て犬。   (2007/08/09)
 「垂乳根の」と来れば「母」である。
 「拝啓」と来れば「敬具」である。
 「祇園精舎の」と来れば「鐘のこえ」である。
 同様に、「犯人の体型は」と訊ねられれば「中肉中背」であり、「志望動機」を問われたら「御社の社風が自己の性格に最適」、「おかゆい所はございませんか」と聞かれたなら「ありません」と答えるのが常道だ。これらは暗黙の了解だ。紋切り型の問答だ。これ以外の受け答えは、ない。あってはならない。これ以外の受け答えは規則違反である。
 そして当然ながら学園生活にも厳密な法則性がある。どこぞの令嬢の登下校は執事が外車で送迎である。バッサリ髪を切れば失恋である。スニーカーのヒモが切れたら不吉な予感である。林間学校で最初に眠ったらオデコに肉の字である。空き地で野球をすれば必ずカミナリおやじの家の窓が割れる。窓でなければ高価な盆栽が壊れる。遅刻ぎりぎりトーストをくわえたまま走っていたら曲がり角でゴッチンコしかもそれは本日転校して参りましたテヘヘみんなヨロシクな同級生でア~おまえは今朝ぶつかったヤツゥのあいさつのあと席は隣になるのである。──体育館裏に呼び出された場合だけは例外、愛の告白かボコボコにシメられるか天国地獄の二者択一となる。
 この通り、世の習わしは連動している。甲の現象が発端となって乙の現象が引き起こされる。甲から乙。甲から丙では決して無い。「バッサリ髪を切ればオデコに肉」とはならない。当たり前だ!
 しかしそんな当たり前がくつがえされた。
 シトシトと雨の降る、夏にしては肌寒い日のことである。
 その日、日直だった私は、放課後、先生にプリント印刷を手伝わされていた。印刷機のトラブルで時間が掛かってしまい、下校する頃には日も暮れ始めていた。
 公園を通りかかると、ベンチのそばで、一人の生徒が傘も差さずにしゃがみこんでいた。長倉先輩だった。
 長倉先輩は不良である。
 しかし不良ではあるが、同類のチンピラ連中とつるむことのない、一匹狼のような存在だった。どことなく男気のある、言ってみればバンカラ気質の前時代的な不良だった。
 かがんでいる長倉先輩の足下には「拾って下さい」と書かれた段ボール箱が置かれていた。箱の中には不安そうな顔をした子犬。
 一匹狼の不良。雨の日。捨て犬。またとない格好の素材である。ここから導き出される答えはもちろん「普段は怖いと思っていた不良が雨の日に子犬を助けていて知られざるその優しさに胸キュン」である。
 しかし。
 私の気配に気付き、こちらを振り向いた長倉先輩は、口の周りが血だらけだった。
 長倉先輩は子犬を食っていた。


公開処刑   (2007/08/02)
 テレビの前のみなさん、こんばんは。広大な敷地面積を誇るマサクール・パークから生中継です。実況を務めるのはわたくし鎌田。解説は中世拷問史に詳しい作家の谷口さんにお越し頂いています。谷口さん、よろしくお願いします。
「よろしくお願いします」
 さて。我が国今世紀初となる公開処刑がこれからいよいよ執行されますが、お楽しみの前にまずは公開処刑の歴史と解禁に至るまでの経緯についてお話し下さい。
「はい。江戸時代以前はご存じの通り公開処刑はポピュラーなものでした。まず、市中引き回しの末の打ち首獄門。縛り上げた罪人を馬に乗せて町中をひねもす連れ回し、充分見せしめにしたあと、刀ですっぱり首を斬り落としました。胴体は埋葬し、首は防腐加工の塩漬けにされ、台に載せて見せびらかされました」
 首実検ですね。武士による切腹とはどう違いますか。
「あれは強制自決です。本来は腹を真一文字に割いたのち、刀を翻して心臓目がけて斬り上げるのが一人前の侍の所作です。首を落とす介錯人は、心臓を自ら斬り上げられぬ腕の未熟な者のために存在する、いわばお手伝いさんです。本当は己一人で一連の動作すべてを完遂しなければなりません」
 なるほど。勉強になります。斬首刑のほかにはどんな処刑方法がありましたか。
「江戸時代は切捨御免といって、侍が手続きを踏まずに町人を成敗する権利がありました。これも公開処刑の一種でしょうね。とにかく刀を用いた斬首が盛んでしたが、一部では火刑や磔刑もありました」
 火あぶりの刑と、はりつけの刑ですね。まるで魔女狩りやイエスの受難などの西洋における死刑制度を思い出しますが、日本でも行なっていたのですね。
「伝説の大泥棒・石川五右衛門は釜茹での刑にされたと伝えられています。五右衛門風呂の語源ですね」
 日本国以外の公開処刑はどうでしたか。ギロチンの刑とか。
「海外には残酷な公開処刑がたくさんありました。特にスペイン暗黒時代の宗教裁判が世に名高いですね。異端者には考え得る限りの苦しみを与えてじわじわ殺そう。そういう残酷な手法です。たとえば、巨大な車輪と車輪の間で圧死させる車刑、縛り付けた罪人を溺死させる溺刑、受刑者の各足と二頭の牛をロープにつないで左右に引き合う股裂き刑、などなど…。中世暗黒時代のキリスト教教会は拷問処刑のスペシャリストでした。特にトルケマダ裁判長の発明した数々の拷問器具は有名で、彼は世界中の死刑執行人たちの憧れの的です。それから、中東では観客参加式の石打ち刑が古来より現在まで脈々と受け継がれています」
 それは楽しそうですね。昔ながらの伝統を保護していくのはとても大切な事です。
「この石打ち刑は姦通罪に問われた女性に対して執行されます。顔だけ出して土中に埋め、その顔めがけてみんなでよってたかって死ぬまで石を投げつけるという」
 姦通って言うのは不倫の事ですよね。イスラム文化圏は女性の浮気にとても厳しく、発覚したら厳罰を以て臨むと伺いましたが、本当なのですね。それにしてもいいですねえ、石打ち刑。ゲーム性にあふれていますし、共同作業という事で参加者は一体感を味わえますし、我が国でも好評を博すのではないでしょうか。
「石打ち刑に関しては国民からリクエストが殺到しているようです。実現は時間の問題でしょう」
 とても楽しみですね。
「はい。それでは次に、法律改正の動きについてお話しします。東京時代中期、世界全体の死刑執行数の実に約九割を中華人民共和国が占めていたってご存じですか」
 え。あの中国ですか。社会主義国家だったころの。
「そうです。先進国のほとんどが死刑制度を廃止していたというのも統計には影響しているのでしょうが、なにより中国がそれだけ活発に殺しまくっていたという事です。もともと人口が多いとは言え、圧倒的な死刑回数でした。人口抑圧のために簡単な罪でも重罪としていたそうです。銃殺が主だったようですよ」
 なるほど。そのころの中国を見習って、今の日本の法制度が整えられたのでしょうね。公開処刑が復活してきた背景が段々と見えて参りました。
「我が国でも前世紀あたりから人口が爆発的に増え、住みにくい世の中になってきました。貧富の差が激しくなり、犯罪も増加しました。それにともなって死刑囚の数も激増したのですが、人知れず彼らを葬ってしまうのはもったいないですし、それだけの数の罪人をただ死なせるのも惜しい。そこで、中世以前の公開処刑を一般化し、なおかつエンターテインメント性を盛り込もうではないか──そういう動きがここ十年の間に国会で活発となってきました。自然の趨勢として、昨年ついに法案が可決されました」
 反対の声も大きかったと聞きますが。
「野党からは猛烈な反発がありましたね。しかし世論はあらゆる情報の開示を求めていますから、賛成多数で比較的すんなりと国会を通過しました」
 で、法案成立後初となる公開処刑の執行です。ずばり、見どころはどういった所でしょう。
「何と言っても筆頭に挙げられるのは今回の死刑囚の人気度ですね。名の知られた凶悪犯よりも、国民から死を臨まれていた人物。死んで欲しい人アンケートでは毎年首位を独走、ぶっちぎりの得票数で選ばれたこの…」
 芸能リポーターの支那戸。わたくしの先輩です。
「彼の死は国民の総意ですからね」
 お茶の間のみなさんもテレビの前でその時を今か今かと待っている事でしょう。申し訳ございません、お時間までもうしばらくお待ち下さい。
 支那戸死刑囚の簡単な経歴を一応。支那戸は査丸大学社会学部を卒業したあと我が極西テレビに入社、報道部に配属されます。数々の芸能スキャンダルをスクープして知名度を高めたのち、今から五年前にフリーのジャーナリストとして独立。有名人に対する行きすぎた身辺調査や突撃インタビューが大いに反感を買う中、プライバシー侵害のカドで逮捕・立件されました。
「たしか、一審で死刑宣告を受けたんですよね」
 一発判決でしたね。支那戸は上告しましたがすぐに棄却されました。
「当たり前ですよ。鎌田さん、彼はどんな人物でしたか」
 当時からいけすかない先輩でしたね。キライでした。そりゃあ、報道に関するイロハを伝授してもらったり、ゴハンをおごってもらったり、かわいがってもらいましたが、今から思うと恥ずかしい。いくら無理強いされてのご相伴だったとはいえ、暴君的な支配下に置かれていたとはいえ、もっと勇気を出して交際を断るべきでした。いや本当にお恥ずかしい。
「直属上司の威光を笠に着て鎌田さんを舎弟あつかいしていたのでしょう。逆らえなかったのは当然ですよ。あなたに非は無い」
 そう…そうなんですよ。もし歯向かっていたらわたくしの私生活も盗撮盗聴されていたかも知れませんからね。なんなのでしょうか、ああいう人種は。
「病気ですよビョーキ。田代まさしという伝説の悪人と同じ症状でしょう」
 やっぱりそうでしたか。思った通りだ。おかしいと思ったんですよ、だってあんなに常軌を逸した行動…。百回殺しても足りないくらいです。国民のみなさまが怒るのも無理はございません。
「鎌田さん、それからもうひとつ、大きな見どころがあるんです」
 人気ナンバーワンの支那戸が出演するというだけで注目度は尋常では無いというのに、さらにお楽しみがある、と。それは何ですか。
「処刑方法が直前までは内緒だという事です。一昔前までは、日本国内における死刑は絞首刑・いわゆる首吊りのみでした。しかし法律の改正によりあらゆる死刑が選べるようになりました。記念すべき公開処刑一回目は、どんな方法が採られるのか。マニアならずとも気になるポイントですね」
 処刑方法は誰が決めるのですか。
「基本は被害者や被害者の遺族の希望を優先します。予算的に難しい計画でなければ、どんなに無茶でどんなに残酷な刑であっても申請できます。実行が不可能だったり、特に希望がなかった場合は昔ながらの絞首刑が採用されます。ただ、絞首刑は絵ヅラが汚く、食事時の放送にはあまり向かないため、被害者には極力創意工夫のある処刑企画案を提出するよう裁判所が指導しています」
 この生中継番組は今後毎週放送して行くわけですが、次々に出演者が決定していますよ。処刑の仕方も順に提案されているようです。谷口さん、どんな死刑が人気があるか、わかりますか。
「犯人に家族を殺された人の多くは、同じ目に遭わせて欲しいと提案しますね。アメリカの電気イスや薬物投与・ガス室などの古典的な手法を望む人も少数ながら居ます。変わった所では、餓死・バックドロップ百連発・くすぐって笑い死にさせる・大量の生きたゴキブリを飲ませて腹から食い破らせる、などが提案されています」
 餓死は時間が掛かりそうだから生中継向きではなさそうですね。観察ドキュメンタリーとしてまとめられそう。ところで、支那戸の処刑方法は誰が企画したのですか。
「不特定多数の被害者が居る場合、いくつかの案の中から投票によって決定されます。支那戸はそれこそ全国民から恨まれていますから、特例としてハガキでの公募となったようです。死刑運営委員会に届いたハガキの総数は、なんと百万枚超」
 いかにこのイベントが熱望されていたかが窺えますね。
「中には『死刑は廃止するべきだと思う』なんてイタズラの手紙も含まれていたようですが、ほとんどの方が真剣に考えて送ってきたそうです。委員会の人たちも感心していましたよ。没となったアイデアでも、たとえば『宇宙空間に放り出す』なんてものもありました。これ、窒息死より先に、全身の血液が瞬時に沸騰して死ぬと言われています」
 面白そうですねえ。夢があるなあ。
「ふふふ。支那戸に対する実際の処刑方法はどうなるか。今からわくわくしますね」
 あ。いよいよ時間が迫ってきました。視聴者のみなさん、お待たせ致しました。公開処刑執行まで残りわずかです。支那戸死刑囚は今一体どんな気持ちなのでしょうか。現場の及川さん?
「及川です。鎌田さーん。ぼくがどこに立っているか、わかりますかぁ?」
 高い場所のようですね。どこかの屋上ですか。
「そうでーす。ぼくは今、地上二十メートル、第六屠殺場の屋上に立っていまーす」
 第六屠殺場というと、おもに拷問専用の処刑場ですね。となると、ははあ、ピタゴラ装置による最新式の処刑ですか。
「いいえ。残念ながら違うんです。視聴者のみなさんが選んだ処刑法は、コレ。突き落としでーす」
 突き落とし。屋上から突き落とすわけですか。それはまた単純な…。谷口さん、突き落としですって。
「いや、驚きました。わたしもピタゴラ装置式処刑だと予想していました。ピタゴラ式は最もテレビ向きであり、公開処刑の目玉とされていましたから」
 ですよねぇ。遠くの仕掛けが作動し、鉄球や大鎌が囚人の命を狙う。見た目も楽しく華やかですし、スリリングかつエキサイティング。
「それが、まさか突き落としとは。全く予想していませんでした。この単純明快な処刑スタイルは、人類の文化が未発達の頃に行なわれていた原始的な処刑スタイルですよ」
 どうやらわけありですね。何か理由があるのでしょう。
「あ、支那戸が姿を現しました。支那戸が姿を現しました。四名の執行人に付き添われ、手錠姿でこの屋上にやってきました。支那戸さん、今の心境を一言!」
「……」
 意外と元気がありませんね。いつものように悪態をついてくれるかと思いましたが。
「昨日は眠れましたか。遺書は書きましたか。死刑台のエレベーターとか聞きましたか」
「うっさいんだよ!」
 おお、吠えております。支那戸が吠えております。自分の悪行三昧を棚に上げて喚き散らしております。突撃リポートと称し、これまで何度と無く芸能人を困らせてきたのに、いざ自分が取材されると逆上しております。なんて勝手な男でしょう。
「ははあ。わかりましたよ。なぜ刑の執行が突き落としなのかが。一年ほど前、アイドルが投身自殺をしましたよね。あれでしょう」
 あ、なるほど。わたくしにもわかりかけてきました。みなさんもご記憶に新しいかと思いますが、昨年の一月、アイドルの××さんが所属事務所のビルから飛び降り自殺をしました。
「実に嘆かわしい事件でしたな。わたし、あの子のファンだったんですよ」
 忘れられない事件ですが、その時の支那戸の行為も忘れがたい非道でした。まだ遺体も片づけられていないというのに彼はズカズカと事務所に潜入し、スクープを求めて突撃取材を敢行したんです。事務所側も突然の惨事で大混乱しているというのに、マイクを突き付けて「恐縮です! でも、話して下さい。サァ! サァ! しゃべれ!」と。極悪非道ですよ。
「彼には死を悼む気持ちがまるで無い。そして、悲しみに暮れて茫然としている方々の心を容赦なく踏みにじる。鬼畜です」
 支那戸の罪は数多いですが、あの時の取材は特に許せませんよね。おそらく、あの取材に対する不快感が、国民のみなさまに突き落とし刑を選ばせたのでしょう。不肖鎌田、国民のみなさまの義憤を強く感じ、身の引き締まる想いです。突き落とししかございません!
「鎌田さーん」
 はいはい及川さん?
「ぼくは今、落下地点にスタンバイしていまーす。間もなく刑が執行されますよー。」
 いよいよですね。お待たせしました。我が国今世紀初となる公開処刑、執行のお時間です。
(第一カメラ:第六屠殺場を遠距離撮影)
 それでは参りましょう。
 カウントダウン、五秒前。
 よーん。
 さーん。
 にー。
 いーち。
 ゼロ! 執行!
(第一カメラ:屋上から右側の宙に向けて打ち出される人影。空中でもがきながら落下)
(第二カメラ:コンクリートの地面にしこたま叩き付けられる支那戸)
 やりました。お聞きいただけましたか、骨の砕ける衝撃音を。ご覧下さい、この支那戸のぶざまな姿を。
 まだ息はあるようです。全身を複雑骨折させ、鮮血に染まり、ピクピクと痙攣しております。カメラさん、顔を映せますか。あ、こめかみ当たりから頭蓋骨が割れ、灰白色の脳漿が少しハミ出していますね。白目を剥いている。あはははは。あ、及川さんが駆け寄ってきました。
「恐縮です! 支那戸さん、今のお気持ちは?」
「……」
「恐縮です!」
「……」
「うーん。どうやら口を聞くことが出来ないようです」
 及川さん。もしかして口を閉ざしているだけかも知れませんから、蹴ったり殴ったりして無理矢理しゃべらせてもらえます?
「かしこまりました。おいっ!」
「……」
「このっ!」
「あ…ぐ」
「しゃべれ!」
「うっ。うぐっ」
「このっ。クソッ。これでもしゃべらんか!」
「うぅっ、ううぅ…」
「ハァハァ…。ちょっとダメみたいですね。脳みその一部が飛び出しちゃってますから、言語中枢が破壊されてしまっているかも知れません」
 結構です。ありがとうございました。それでは、リプレイを見てみましょう。
 まず、第三カメラからの映像です。突き落とされる直前の支那戸を落下地点からズームアップ。ご覧下さい、このこわばった表情。いかに緊張しているか見て取れますね。
「下から見上げるとそれほど高く感じませんが、いざ屋上に上ると高さに震え上がるものです」
 そうですよね。この程度の高さで、人って死んでしまうんですよねぇ。……あっ。すごい顔。
「これは突き飛ばされた瞬間の表情です。ぶざまですねぇ」
 本当にそうですねぇ。目をカッと見開き、恐怖に顔が歪んでいます。どうして人間は口が開いているとバカそうに見えるのでしょうか、不思議なものです。
(第一カメラが捉えた映像のスローモーション再生)
 ああ、すばらしい画ですね。人が落下しているとはとても思えない、どこか風情すら漂う自由落下運動です。支那戸の身体は地面に向けてグングン加速しているはずですが、スローで見ると一定の速度でふんわり降りているように錯覚しますね。
 しかしこちらをご覧ください。支那戸の目玉の結膜部分に取り付けた小型カメラからの映像です。スローではなく、実際のスピードでどうぞ。
(第四カメラ・支那戸視点からの映像)
 ちょっとゾッとする映像です。グングン迫る地面! カメラが地上めがけて落ちているのではなく、巨大な壁があちらから向かってくるようにも思えます。これは怖いですねぇ。支那戸は目を開けていましたから、この恐怖を実体験したわけです。いいザマです。
(第二カメラが捉えた映像のスローモーション再生)
 そしてこれが第二カメラからのスロー映像、支那戸が地面に叩き付けられる瞬間です。頭から落ちて即死しないよう重心調整のウエイトをつけていたので見事胴体の前面から落ちています。うわー、生々しい。水袋が破裂したかのような血の噴出です。地面とは反対方向、つまり天空に向けてブワッと持ち上がる赤い液体。口から耳から、裂けた肉の隙間から、おびただしい量の血が吐き出されています。
 解説の谷口さん、わたくし、墜落死は落ちた瞬間は無血で、その後じわじわと体液が体外に流出するものだとばかり思っていましたが、墜落の瞬間も案外すごい量の血が噴き出すんですね。
「人体の六十パーセントは水分だそうですが、それが実感できる映像ですね。映像には映っていませんが、接地角度から言って、腹も破れているはずですよ。血液の他にも胃の内容物や便が飛び出していることでしょう」
 なるほど。皮が弾けて中身が絞り出された風ですね。視聴者のみなさん、血に混じって細かい骨の破片も飛び散るのがご覧いただけますでしょうか。ものすごい衝撃です。物理学界の権威・伊刈信長博士によると、落下の衝撃は時速百キロで走るダンプカーとの衝突に匹敵するそうです。
 ダンプカーに潰されるイメージを喚起させる、わかりやすいリプレイ映像が用意できました。ご覧下さい。
(画面が横になり、支那戸は空中を走っているような姿勢になる。画面右側から巨大な壁が迫り、支那戸はグチャリと潰される)
 落下する支那戸と並行して移動した第五カメラ、その映像を左に九十度傾けてお送りしました。
 スロー再生でもう一度。
 はい。走り幅跳びで飛距離を伸ばそうとする陸上選手のように、支那戸は宙を蹴っています。支那戸の姿は画面中央に据えられたままですから、地面が支那戸に向かって突進してくるように見えますね。その衝撃はダンプカーの比ではありません、なにせ衝突してきた相手は地球ですから。重量がまるで違います。人体を粉砕する破壊力にも納得がいく映像ですね。
 ──さあ、いかがだったでしょうか。生中継でお送りしました、我が国今世紀初となる公開処刑。お楽しみいただけましたでしょうか。来週以降もみなさまの嗜虐性を必ずや満足させる出演者が続々登場いたします。ご期待ください。
 おや? 現場が少し騒がしくなってきましたが、何かあったんでしょうか。
(観覧席が映し出される。観客は声を合わせて何かを叫んでいる)
 おおー。お聞きいただけますでしょうか。観覧席からの壮絶なまでのアンコールが。刑の再執行を要求しています。公開処刑第一回目から、いきなりのアンコールです。
「これはやるでしょう。救命処置」
 谷口さんの言葉通り、今、満を持して医師団が出て来ました。すさまじい大歓声です。谷口さん、ここでアンコールの仕組みについて教えて下さい。
「はい。公開処刑におけるアンコールは、死にかけの受刑者を最先端の医療技術で蘇生させ、もう一度処刑する制度です。アンコールを行なうかどうかは、死刑運営委員会本部の判断によって決定されます」
 死刑ですから、死ぬのが前提なわけですよね。受刑者が瀕死の状態もしくは心肺停止状態になったとしても、蘇生させられるものなのでしょうか。
「凄腕の医師ばかりですからね。肉体が原型を留めている限り、どんな重傷の患者でも──たとえば腕がもげたり脚部が胴体にスッポリめり込んだり、頸椎が完全に破壊されたりしていても、そうですね、まあ三十分もあれば意識を取り戻してですね、ある程度の障害は残るとしても、また苦痛を存分に感じられる五体そろった身体になるのではないでしょうか」
 医学の進歩はカラ恐ろしいですねぇ。──さあ、施術が始まりました。あ、これ、患部に直接手を突っ込まれて藻掻き苦しんでいるみたいですが、麻酔は使いませんか。
「それはもちろん。麻酔の効果が残ってしまったら、フラフラしちゃって刑の再執行に臨めないではないですか(笑)」
 あ、それもそうですね、失礼いたしました(笑)。ところで、応急処置を施したとして、しゃべれるまでに回復するものでしょうか。
「今回は脳漿が散っていますから、ひょっとすると高度な言語活動は難しいかも知れません。しかし、あの程度の外傷なら、ある程度のコミュニケーションを交わせるまでには回復するはずです」
 もし、少しでもしゃべれるとしたら、今の支那戸は何とコメントするでしょうか。
「もう許してくれぇ、じゃないですかね。まあ、許しませんがね」
 お茶の間の皆様、応急処置が済み次第、ゲーム再開です。もうしばらくお待ち下さい。──えー、と、お待ちいただく間、アンケートにお答え下さい。アンケートの質問は『二度目の死刑は何が良いか?』です。二度目の死刑は、何が良いか。極西テレビにどしどし回答をお寄せ下さい。お待ちしております。
 うーん。もう一度突き落としを見たい気もしますけどねー。個人的にはピタゴラ装置式処刑も見てみたい。
「何度もアンコールすればいいんですよ」


寄せ書き   (2007/07/26)
 転校することになった山田は、クラスのみんなから寄せ書きをもらった。二十五センチ四方のサイン色紙。山田はそれを、段ボールだらけの自室で漫然と眺めている。
 中央には横書きで「山田牧夫くんへ」と大書されている。その「山田牧夫くんへ」を取り囲むように、縦書きの一行メッセージがクラスの人数分、放射状に書き込まれている。いわゆる傘連判状の体裁である。
「がんばれよ。小田大輔」
「がんばってね。鈴木美枝子」
「手紙、待ってます。渡辺長太」
「忘れないぜ。野村聖章」
「今までありがとう。田中真子」
「むこうに行ってもがんばって。松本珠美」
「楽しかったぜ。また会おうな。森川薫」
「あっちでもがんばれ。石井和重」
「手紙ください。金子妙」
「ありがとう。がんばってね。岩崎凛々」
「がんばってください。竹内実朝」
「一生わすれません。高橋一平」
「がんばってください。坂本千香」
「楽しかった。ありがとうございました。安藤宏典」
 社交辞令がほとんどである。頑張れが多い。そんなに何を頑張れというのか。それほどまでに俺はこの学校で頑張っていなかったというのか。山田は悩む。
 社交辞令がほとんどである。しかし「また会おうな」と言ってくれたのはわずかに一名だ。二度と会う気がなくても、少しは名ごり惜しい素ぶりを見せるのが儀礼というものではないか。そう考えるとクラスメートからのメッセージは社交辞令にもなっていない。空白を埋めるための記号である。頑張れくらい漢字で書けるだろうに、その手間さえ惜しいと見える。そういえば文字のことごとくがヘタだ。きれいな字を書くはずの女子ですら八百屋のようにぶっきらぼうである。書道の段位を持っているはずの坂本のこの殴り書きはどうしたことだ。
 「山田牧夫くんへ」の「夫」の字の真下からまっすぐ垂直に縦書きされた、おそらく仕方なくその位置を占めたであろう担任のメッセージは、事もあろうに「さようなら」だ。このいいかげんさはどうだ句点すら無い。別れ間際に教師からこのような扱いをされる生徒は滅多にいないのではないか。
 「山田君は楽しかったです」という意味のメッセージを書いたのが約三名。じゃあもっと話しかけてくれよと山田は思う。ろくに話したこともなかったのによくもヌケヌケと。
 もう顔を合わせることもないという遠慮の無さから無茶を書いてきたのが若干名。
「バーカバーカ。小松肇」
「山田枚夫は犯しのホームラン王です。島田滋朗」
「。原春宗」
「ちょんまげに関する素朴な質問はご遠慮ください。今井暢彦」
「ウンコー。前田逸平」
 山田は情けない気持ちになる。なんだこの寄せ書きは。クラス全員が、教師までもが、義務感から仕方なく字を列ねた落書き。こんな物ならもらわない方がましだ。そもそも誰が企画したのか。学級委員あたりが発案したのだろうか。人をイヤな気にさせて得々としているのだからタチが悪い。
 情けない気持ちで、手にした色紙を所在なげに眺めていた山田だが、ふと、右上隅に小さく書かれたメッセージを発見した。
 控え目に書かれた横書きのそれは、文字列の放射の中に入れなかったため最後に書き加えられたように思えた。あるいは、クラス全員がメッセージを書き込み終えるのを待ってから書かれたようにも思えた。その、文言とは…
 「ずっと
  好き
  でした」
 山田は絶句した。目を見張った。三行に分けてコンパクトに圧縮されたそれは思いがけない愛の告白だった。胸が高鳴るのがわかった。
 メッセージのみで、書いた本人の署名はない。誰からのメッセージなのかすぐには判らない。が、山田には何となく心当たりがあった。心当たりというか、ほのかな期待が。
 山田は慌ただしく学級連絡網を引っ張り出し、寄せ書きと見比べた。連絡網に記載されたクラスメート全員の名前と、寄せ書きの署名を、ひとつひとつ照らし合わせてみる。
 寄せ書きは一定方向に向けて書かれていない上、その順番もてんでバラバラだ。出席番号順ではないし男女が入り混じっている。まさに傘連判状。誰が首謀者なのか判然としない。
 連絡網との照合にえらく時間が掛かる。探している名前をなかなか見つけられなかったり、あれ、こいつの名前はもうチェックしたかな? どこまで探したのかウヤムヤになってしまうことも多々ある。悪戦苦闘だ。
 癇癪を起こしてきた山田、しまいには面倒になり、クラスメートの名前を一人ずつ黒く塗り潰していくことにした。
「中野、出席番号三十二番」
 教師の右隣の名前から反時計回りに検べていく。
「小田、出席番号十五番」
 連絡網に印字された氏名も、色紙の方に署名された氏名も、どちらも塗り潰す。
「鈴木、出席番号二十五番」
 まず色紙の方の名前を消し、次いで連絡網の方にも線を引く。
「渡辺、出席番号八番」
 山田は色紙を右回りに動かしながらクラスメートの名前を一つ一つ抹殺していった。
「野村、出席番号三番。田中、出席番号二十六番。松本、出席番号三十番…」
 そうして色紙が一周し、ついでに教師の名前にも墨を入れると、色紙に書かれている名前は山田牧夫を除き、ことごとく葬り去られた。その時、連絡網の方には、山田の期待通り、山田の名前と、一人の女子の名前だけが残った。
 出席番号二十一番、山科魅夜。
 山田が密かに想いを寄せていた女の子だ。右上に書かれた無記名のメッセージはこの子からの物と決まった。
 山田は顔を真っ赤にして震えながら、連絡網の電話番号を見つめ続けた。山科魅夜の番号を完全に記憶してしまうほど何度も口の中で暗唱した。
 山田は勇気を振り絞り、山科魅夜に電話を掛けることにした。
 電話を掛ける決心はしたが、決心を実際の行動に移すのは容易ではなかった。ダイヤルしては受話器を置き、受話器を置いてはダイヤルをし、ダイヤルしては受話器を置く…。躊躇に逡巡を重ねて同じ行為を繰り返した。心臓の鼓動が激しさを増す。めまいがするほどの緊張状態だ。山田はなかなか電話を掛けられない。ダイヤルしては受話器を置き、受話器を置いてはダイヤルをする反復作業を、三十分も繰り返す。しかもそれは果てしなく長い三十分だった。極度の緊張状態が続いたので山田は何事も起こってないにも関わらず憔悴した。
 その優柔不断な反復の何十度目か、呼び出し音が鳴った。鳴ってしまった。山田は受話器を置くことができない。頭の中は大騒動となる。(ご両親が出たらどうしよう。)(何も言わず切るか。)(それとも間違い電話のふりをして謝るか。)(ああ。)(どうする。)(あっ、万が一本人が出ちゃったら!)
 魅夜ちゃんと話すために電話したのに、山田は魅夜ちゃんが電話に出るのを恐れた。
「もしもし山科ですが」
「……!」
 幸か不幸か魅夜ちゃん本人が出た。
「もしもし?」
「あ…」
「どちら様ですか?」
「あの…」
「はい?」
「山田、ですけど…」
「山田? さん?」
「あの、同じクラスの…」
「ああ」
 通話口から聞こえてくる魅夜ちゃんの返事は存外にあっけないものだった。山田が異常に興奮しているせいで温度差が生じているのかも知れないが。
 山田は黙ったままだ。黙ったままの山田に魅夜ちゃんは促す。
「何か?」
 山田はゴクリと唾を飲み下してから、死にそうな想いで切り出す。
「何ってほら、寄せ書きにさ…」
「え?」
「寄せ書きに…」
「寄せ書き?」
「うん。そうだよ」
「ちょっと待って寄せ書きって何のこと」
「え。いや、ほら、俺転校するじゃん。その…」
「山田くん転校するんだ? それで寄せ書き? クラスのみんなから?」
「そ、そうだよ」
「へえ。今どきそんな物を贈ってくれるなんてあったかいクラスだね」山田の顔色は見る見るうちに青汁のようになる。「良かったじゃん。まあ、わたしは書かなかったけど」魅夜ちゃんは一方的に喋り、相手に何かを言わせる隙を与えない。「あ、知らなかったんだよ、寄せ書きも転校も。ごめんね。そっか、山田くん転校か。元気でね。じゃあね」
 山田が何か言う前に電話はガチャンと切られた。
 一瞬の、沈黙。
 その瞬間、山田の目に映じる寄せ書きはほとんど白紙になった。文字の大半が蒸発した。同じ筆跡の「ずっと好きでした」と「ちょんまげに関する…」だけを残して。
 その一瞬間の死のような沈黙の直後、山田は涙をほとばしらせながら、送話口に向かって、断末魔の獣のように長々と吠えた。


)   (2007/07/19)
 彼は雪山で遭難した。変わりやすい山の天気に彼は成す術も無く襲われた。六合目あたりまで(彼が)下山したころ暗澹たる雲に覆われる天を彼は見上げた。チラチラと重い雪の落ち始めるのを彼は感じた。彼は嫌な予感を抑えながら山の麓を目指して(彼の)足を速めたが(遭難する前に下山するのは)間に合わなかった。たちまち量を増した豪雪に(彼は)(彼の)視界を遮られた。とてもじゃないが(彼は)登山道を確認する事が出来ない。(彼が)闇雲に歩けば(彼は)崖から転落するかも知れなかったし、横殴りの雪に(彼の)身をさらしていたら(彼の)体温の低下を(彼は)免れない。針葉樹の林に彼は(彼の)身を潜め、(彼は)山岳救助隊の助けを待つ事にする。(彼が)降雪を覚った時点で八合目の山小屋に(彼は)戻るべきだったと彼は後悔した。

「はい、こちら山岳救助隊。まだだ。まだ連絡は来ていない。解っている。彼が雪山のどこに身を潜めているのかさえ把握している。しかし要請がなければ我々は出動できないのだ。遭難を知らないはずなのに大の男が五人も雁首揃えて危険な雪山に出かけるのは不自然だからな」
「家族は何をしているんだ。早く捜索願いを届けないか」
「舞台は快晴から一転しての猛吹雪。そのうえ登山者は下山せず、音信も途絶えた。ならば遭難したのだと考えるのが当然なのにね」

 彼は寒さに震えながら木の根方にうずくまった。彼は凍死を避けるために(彼の)腕で(彼の)身体を抱きしめた。(彼が)眠ったら(彼は)死んでしまう事を彼は知っている。生き延びようとする(彼の)意志は(彼に)沈思黙考を強いる。彼は(彼の)家族の事を考えた。彼の父(厳粛な表情で黙りこくる彼の父の姿が彼には見える)。彼の母(不安に顔色を青くした彼の母の姿が彼には見える)。(彼の)母が(彼の)父に(彼の)捜索願いを届けようと泣き声で訴えているのを彼は想像した。彼の父は渋々彼の母の訴えを承諾し、警察に連絡するため電話の受話器を手に取り、そして──彼は考えるのが面倒になって途中で辞めた。

「やっと家族から連絡が入った。捜索願いだ」
「遅いよ」
「遭難者は三十九歳男性。蛍光オレンジの登山服に上下を包んでいるらしい」
「知ってるよ」
「前もって提出された登山計画書がここにある。これを読んで登山者の登頂ルートを予想し…っていう作業を本来は行なわなければいけないんだが、今回は省略する」
「さっそく出発だ」
「総員ベッドから起き上がり、出動準備を整えろ!」
「いかにも今仮眠から目覚めました、ってな寝ぼけ顔でな」
「よし、早くしろ。行くぞ。事は一刻を争う」
「お待ちかねだ」

 彼は山岳救助隊から捜索されている。彼はもはや寒さを感じる事が無かった。ただひたすら、彼は眠気に襲われている。
 彼は腰の痛みを感じた((彼が)楽しくない酒を呑んだ翌日は(彼の)腰のあたりに鈍重な痛みが停滞するのを彼は知っている。(彼が)窮屈な想いをして座るからだろうし、(彼が)居心地の悪さから煙草の量を増やすのも影響しているだろうと彼は思った)。彼は身体に雪を積もらせるのと同時に気だるい塵労に覆われていった。

「ちと衰弱が激しいな。我々が到着するまで体力が持つかどうか」
「まあ、主人公だから死ぬ事はあるまい」
「そうだな。死んでしまったら話が終わってしまうからな」

 彼は(彼の)上下のまぶたがくっつきそうになるのを無理にこらえて(彼の)どんよりとした瞳の中に無理に光を採り入れた(彼の瞳孔が捉えた景色は全く人の気配のない単色の風景。彼には彼を救おうとする山岳救助隊が三合目まで来ている事を知る由は無かった。彼は(彼の)心が徐々に折れ始めるのを感じ、(彼の)生への執着を少しずつ雪上に落とし始めた。彼は凍傷で(彼の)四肢の先端を破壊された。
 彼は彼の目を静かに閉じ、呼吸運動を停止した。

「おい。死んだぞ」
「馬鹿な。死んだふりだ。死なれたら困る」
「話が終わってしまうではないか」
「そうだそうだ。生きているに決まっている」
「頼む。生きていてくれ」

 木の根方にうずくまった彼は(彼の)蛍光オレンジの登山服を雪の粉にまぶされていった。彼は周囲の銀世界と同化しつつある。彼は木々を激しく揺らす風雪にも影響されることなく静かにただ静かに動かなくなった。
 彼は山岳救助隊が四合目まで到達した事を知らなかったし、知ったところでもはや(彼は)頑張る事は出来なかった。彼は(彼の)生命を維持する気力を完全に喪失した。彼は助けが到着するまで(彼の)命の火を灯す事が出来なかった。

「え」
「死んで、る?」
「いやいやいや」
「有り得ないって」
「みんな、つらいけど、現実を見ようよ。彼は死んでいるよ。お話はおしまいだよ」
「信じられん。こんなアッサリ死なれたら、話にならないではないか」
「そうだ。文字通りお話にならない。我々が出動したのは何の意味があるのか。若者を死の直前に我々が救い出す、スリルと興奮に満ちた話ではないのか。このまま死ぬようならばもっと違う話になるはずだ。人生の最期を目前にした主人公の独白にするだろう、普通」
「いいや。これはきっと、山岳救助隊は間に合いませんでした、って話だよ」

 彼は山岳救助隊が五合目付近を歩いていることを知らなかった。一切の生命活動を放擲した彼はもはや何事も知覚しない。彼は温度を色を音を認識する術を失った。彼は物質世界からの如何なる干渉をも感じない。彼はあれほど寒がっていたのに今はもう寒くもなく、かと言って当然ではあるが暑くもなく、眠気も(彼には)ない。彼は脳の最期の数分間(人間の脳は肉体の死後も数分は活動すると言われている)を(彼の脳で)味わい始めた。彼は死んでしまった彼の死につつある脳で(臨死体験をした人間がそうであるように)死後の世界を体感し始めた。
 彼は死んだ。

「本当に死んだのか? だとすれば、我々山岳救助隊の存在意義が無くなってしまう。彼一人が出演して、勝手に一人で死ねば良かったではないか」
「だよなあ。その方が自己との対話を通した荘厳な悲劇になっただろうに」
「実は死んでなかったって事にしておけば…」
「はっきり書いてしまっているからね。もう元には戻せないよ」
「どうせこれは小説だろ。ならば、どんな勝手も許されるはずだ」
「無茶はよせ。神に背くつもりか。一度死んだ者は、二度と蘇らない。これは自然界のルールであり、かつ小説のルールだ。この法則を破れば作品の生命自体が死んでしまう」
「一人だけイイコぶるな。主人公が話の途中で死んでしまうのは想定外の事態だ。あってはならない事なんだ。話を続けるためには是が非でも生き返らせなければならない」
「俺も生き返らせる案に賛成だ」
「奇跡的に生きてた。この八文字を次の行に挿入すれば…」

 彼は完全に死んでいた。彼は(彼の)体温を見る見るうちに下げていく。彼は気温と同じ温度に冷えていった。彼は(彼の)人生を振り返らず、彼を取り囲む森林と同化もしなかったし、彼の脳内で神との対話が行なわれているのを(彼が)感じる事もなかった。彼はすでに彼の形をした蛋白質の塊だった。

「おい。やはりダメだ。なんだこの話は」
「わかったぞ。あいつは本当の主人公じゃない。単なる目標物だ。我々こそが本物の主人公なのだ。もしくは、仮にあいつが本当の主人公だとしても、その死により主人公の座が我々に移譲したのだろう。我々が遺体を発見する過程がこの小説の本筋なのだ」
「なるほど。そうだ。そうに違いない」

 やがて、彼はようやく山岳救助隊に発見された。

「おいおい。話が続いてるぞ。彼が依然として主人公だ。死体が主語になってるぞ」
「命を持たぬ存在──つまり、無生物が小説の主語になる事は珍しい事ではない」
「無生物が主観を持った主人公に成り得るのは俺の知る限り擬人化の技法を用いた小説だけだ」
「いやいや、死人が主役を張る可能性も有り得ない話ではない。前例がある。こういう主人公は幽霊となったり思念体となったり、死してなお象徴的役目を果たすものだ」
「そうか。やっぱり彼は厳然として小説の中央に存在しているんだな。わっ、もしかしたら生きているのかも。俺達が彼を発見した瞬間に息を吹き返すんじゃ」
「まだ蘇生に望みを託しているのか。忘れろ。彼が蘇る可能性は万に一つも無い」
「ちぇっ」

 彼は蘇った

「おいおい蘇ったぞ」
「冗談だろ」
「彼が蘇る可能性は万に一つも無かったんじゃないか?」
「無い。はずだった。ん。いや。そうだな。言い直すよ。無かった。あの発言の段階──あの時点では、無かったんだ。しかし今は『あの時点』ではない。万に一つも無いから万に一つも有るに変更された」
「あれだけ死んだ死んだしつこく喧伝してて、あっけなく蘇ったて」
「そんな馬鹿な話があるか」
「現にあるんだから仕方ない。『彼は蘇った』と書いてある」
「非常識だ!」
「ああ、常識を無視している!」
「待て待て。早まるな。句点がないぞ」
「まさか…」

ら良かったのに(と私は思った)。ホントに。

「ホントだよな…」
「なに同意してるんだよ!」
「めちゃくちゃじゃないか」
「あーあ、もうやってられねぇよ。なんだよそれ」

 だけど、そう思うだろ? 彼が蘇っていれば、話は正常に続くんだ。

「ちょっと待ておまえ誰だよ。俺たちに気易く話しかけるんじゃないよ」
「作者か? 手垢のついたメタフィクションじゃないか。手法が古いんだよ!」

 作者じゃないよ。

「じゃあ誰だよ!」

 Estava cuidando desse relacionamento em. vez de escrever coisas que nao iam a lugar algum.

「質問に答えろよ!」
「何語だよ」

 ポルトガル語。

「なんでいきなりポルトガル語を挿入するんだよ! 必然性がないよ!」
「とりあえず聞くけど、意味は?」

 意味? 意味は、「女性関係に夢中で執筆どころじゃなくなった。」

「やっぱりおまえ作者じゃねぇか!」
「手法が古いっての!」

 Prefer mantener esa relacion en vez de continuar escribiendo algo no tenia futuro alguno.

「今度は何だ?」

 スペイン語。

「ポルトガル語はどうしちゃったよオイ」
「仕方ないからとりあえず聞いてあげる…。意味は?」

 女性関係に夢中で執筆どころじゃなくなった。

「同じかよ!」
「バーカバーカ!」

 おまえら発言には気を付けろよ。特にカッコはもう使うな…。

「横柄な野郎だな」
「カッコって、(のこと?」

 やめろ! よせ!

「ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ?? (は出るのに、もう片方が出ない」

 悪い事は言わない! よせって!

「どういうことだ?」

 いわゆる「カッコ閉じる」は品切れです。

「バ…! バカヤロー!」
「ど、どうなっちゃうの??」

 カッコ内に書かれている文章は全て本筋の補足となります。君たちがいくら頑張ってもカッコを閉じない限り物語は進行しません。

「なんてこった」
「なんじゃそりゃ」
「前半でカッコを濫用しやがって。バランス良く文章の要素を配置するのが文筆家の技量って物だろうが。作家失格だね」
「いいやそれ以前の過ちだよ。カッコっていうのは元々、上弦と下弦、二組セットで使用する物だろ。ちゃんと数を揃えてストックして置くのは常識だよ」
「はっきり言って小学生以下の物書きだな」
「バーカバーカ」

 さ、さいなら!

「逃げるのかっ! 待て!」
「なんて無責任な!」
「まずいな…」
「このままじゃ物語は永久に終わらないってことか…?」
「カッコ閉じるを探せばいいんじゃないか?」
「そうだ! 探せ!」
「主人公はどうする?」
「そんな物に構っている場合か。我々の今現在の会話はカッコ内の出来事。カッコ内でいくらあがこうが、カッコの外──つまり本筋──は、時間が止まっている状態だぜ」
「我々が迷い込んでしまったこのカッコの中は、物語言説外の時空、いわゆる異次元空間だ」
「事態はそんなに深刻なのか? 主人公を無視して良いほどに?」
「そうさ」
「オゥ…」
「お母ちゃん…」
「カッコ閉じるを探せ!」
「そうだ、落ち込んでいる場合じゃない、探せ!」
「おい、さっそくだがここに一個落ちてたぞ。ほら。これ」
「でかした!」

 )

「え?」
「なんだこの奇妙な感覚は?」
「なんか、時間をすっ飛ばしたような…」
「おいおまえ、カギカッコ閉じるの忘れてるぞ」
「え、俺?」
「そうだよ。『ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??』っていうセリフの、最後のカギカッコ。ほら」
「ああ、ごめんごめん。今閉じるよ」

 」

「ちゃんと閉じろ。ソコツ者め。おかげで全部おまえの会話になっちゃったぞ」
「どれどれ。ブラケット──通称『大カッコ』で括ってみようか。 [ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??「え?」「なんだこの奇妙な感覚は?」「なんか、時間をすっ飛ばしたような…」「おいおまえ、カギカッコ閉じるの忘れてるぞ」「え、俺?」「そうだよ。『ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??』っていうセリフの、最後のカギカッコ。ほら」「ああ、ごめんごめん。今閉じるよ」]か…」
「しかしこの、奇妙な感覚は何だ? カギカッコの閉じ忘れだけに起因する物じゃなさそうだぜ」
「普通のカッコ──英語で言う所のパーレーンを閉じてないからじゃないか?」
「あっ、そうだよ、きっと。えいっ。……あれ?」
「閉じられないぞ?」
「おいおい、もしかしてこの、通称『丸カッコ』ってヤツ、閉じられないから、時空に歪みが生じてるんじゃないか? 奇妙な感覚の原因はそれじゃないか?」
「あ、そう言えば、カッコはもう使うな、って言ってやがったなあの野郎」
「作者!」
「らしきヤツ!」
「いないぞ」
「雲隠れしやがったな」
「おそらくそうだ。何らかの原因でカッコ閉じるが使えないんだ」
「気を付けろ。これ以降、カッコを使うな」
「承知」
「ちょっと待てちょっと待て。しっかりカッコ閉じてないぞ」
「ん? ああ、あそこか」
「例の『ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??』発言の直前な」
「ややこしいから、仮に『例のパーレーン』と呼ぼう」
「ごめん…」
「あれもおまえか。そうだったな。全く、うかつなヤツだな」
「ごめん…つい俺が、『カッコって、
「バカ! 引用するな! そこにもカッコは含まれてるんだから!」
「あ! そっか」
「本当にごめん…」
「もういいよ。過ぎたことは仕方ない。それより、二重カギカッコと普通のカギカッコを閉じるのを忘れるなよ」
「うん」

 』」

「これでよし」
「カッコ以外の記号も使えなくなったりしないのかな。今のところカギカッコは大丈夫なようだけど」
「どうだろう。気を付けなければな」
「しかしまあ、例のパーレーン、どうするよ。閉じないとどうなる」
「物語が永久に終わらないんじゃないか?」
「そう言えば主人公はどうなったかな」
「そんな物に構っている場合か。我々の今現在の会話はカッコ内の出来事。カッコ内でいくらあがこうが、カッコの外──つまり本筋──は、時間が止まっている状態だぜ」
「我々が迷い込んでしまったこのカッコの中は、物語言説外の時空、いわゆる異次元空間だ」
「事態はそんなに深刻なのか? 主人公を無視して良いほどに?」
「そうさ」
「オゥ…」
「お母ちゃん…」
「なんか今、既視感に襲われたんだが」
「うん。俺も」
「とにかくカッコ閉じるを探せ!」
「そうだ、落ち込んでいる場合じゃない、探せ!」
「おい、さっそくだがここに一個落ちてたぞ。ほら。これ」
「でかした!」

 )

「え?」
「なんだこの奇妙な感覚は?」
「なんか、時間をすっ飛ばしたような…」
「おいおまえ、カギカッコ閉じるの忘れてるぞ」
「え、俺?」
「そうだよ。俺が『横柄な野郎だな』って憤った後の、『カッコって、』っていうセリフの、最後のカギカッコ。ほら」
「ああ、ごめんごめん。今閉じるよ」

 」

「ちゃんと閉じろ。ソコツ者め。おかげで全部おまえの会話になっちゃったぞ」
「どれどれ。ブレイス──通称『中カッコ』で括ってみようか。 {ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??「え?」「なんだこの奇妙な感覚は?」「なんか、時間をすっ飛ばしたような…」「おいおまえ、カギカッコ閉じるの忘れてるぞ」「え、俺?」「そうだよ。俺が『横柄な野郎だな』って憤った後の、『カッコって、』っていうセリフの、最後のカギカッコ。ほら」「ああ、ごめんごめん。今閉じるよ」}か…」
「しかしこの、奇妙な感覚は何だ? カギカッコの閉じ忘れだけに起因する物じゃなさそうだぜ」
「作者らしき何者かが『おまえら発言には気を付けろよ。特にカッコはもう使うな…』って言ったのと何か関係があるのかな?」
「そう言えば俺がカッコを閉じようとしたら、なぜだか『カッコ閉じる』が出なかったんだ」
「何か思い出した気がする。これってもしかして、カッコを使っちゃいけない言語遊戯か何かじゃないのか?」
「すごい混沌としてきたぞ。この小説、どうやって始まったっけ?」
「小説なの?」
「小説だったろう、たぶん」
「これが小説か?」
「メタフィクションってヤツだろ。小説の形式や約束事を破壊する、メタメタな手法だよ」
「メタの意味は『メタメタ』とは違うけどね」
「そんな事はどうでもいいよ。それより、何でまた、こんなスタイルで書かれているんだ、この作品は。こんな時代遅れの作品に出演する身にもなってみろってんだ」
「メタフィクションも、勃興した時は新鮮だったかも知れないけど、もう流行りゃしないよ」
「単なる言い訳だからね、メタって。従来の慣習を破壊すると言えば聞こえはいいけど、その実は安易な手口に逃げ込んでいるだけ。不真面目な創作態度だよ」
「文学にしろ映画にしろ、作るの楽だからね、こういう自己批判的芸術って」
「いくら滅茶苦茶になっても、論理が破綻しても、プロットに矛盾が出来しても、『いや、メタですから』って言えば許されると思ってやがる。結局それは、創造力の枯渇だよ」
「昔の人は偉かった。あの人たちは、メタフィクションを思い付かなかったんじゃなくて、手を出さなかっただけだぜ。メタフィクションの手法は反則だって知ってたんだ」
「禁忌を破るのって、最初は英雄扱いされるかも知れないけど、所詮は反則だわな」
「昔の人が偉くて、敵わないと思ったから、こういう手法に逃げ込んだんだろ、メタフィクション作家たちは」
「パンク・ロックの誕生と似てるな」
「どういうこと?」
「1970年代のロック界は、ハード・ロックやプログレッシヴ・ロックが隆盛を極めていた。両ジャンルとも、とても高度な演奏技術を要するスタイルだよ。そんじょそこらの不良少年にはマネできない。──だから、楽器のヘタな不良少年たちは、暴力的で廃退的なパンクを引っさげて、ロック界の先輩たちに噛みついたんだ」
「へー」
「ところで俺たちは何の話をしてるんだ?」
「俺たちって、何?」
「元々山岳救助隊じゃなかった?」
「そうかも知れない」
「我々は一体何を話してるんだ」
「どうやらこれは全て、カッコ内の言辞らしいぞ…」
「と、いうことは? どういうことだ?」
「カッコの中は、所詮、本筋の補足だ。物語の流れの外だ。いくら喋っても本流の埒外だ」
「いや、でも、カッコは全部無事に閉じたんじゃないだろうか」
「俺がカッコの外に飛び出して点検してくるよ」
「そんなことが可能なのか」
「どうせメタフィクションだよ。いい加減なもんさ。何したっていいんだから」
「あーあ。それを言っちゃった。それを言っちゃあおしまいだよ」
「自由どころの話じゃない、もう、ハチャメチャ。収集が付かない」
「やっぱり昔の人は偉かったな。必要最低限の規則がいかに重要か、知っていたんだから」
「とにかく、ちょっと外から眺めてくるよ、俺たちが閉じこめられたカッコの中を」
「行ってらっしゃい」
「気をつけて」
「ただいま」
「やに早いな。ひどい。常識からの逸脱とか、そういう次元の話じゃない」
「この際もうどうでもいいよ。で、どうだった?」
「便宜上、丸カッコを亀甲カッコ──つまり、【】で表示するぞ」
「うん」
「まず、『ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ?? 【は出るのに、もう片方が出ない』のカッコはしっかり閉じている」
「ほう」
「そのカッコ内世界──仮にレベルⅠ世界と名付けよう──で、作者らしきヤツは『カッコ閉じる』の記号が品切れであることを告白している」
「全然覚えてない」
「無理もないよ。カッコ内の世界は異次元だもの」
「それから、その直前、『カッコって、【のこと?』で始まったカッコ内世界──レベルⅡ世界は、レベルⅠ世界をも内包している」
「なんだか難しいな」
「真剣に聞かなくてもいいよ。どうせ読者も真面目に読んでないだろうから」
「だな」
「で、レベルⅠ世界が閉じた後、そのレベルⅡ世界で俺たちは、作者らしきヤツの逃避を非難している」
「そうかい。ふあ~あ。──これ、あくびね。カッコが使えれば、『カッコあくびカッコ閉じる』って書くんだけどね、すまないね」
「なんかよくわからなくて急に退屈になってきた」
「ふむ、『なんかよくわからなくて急に退屈になってきた』こういう言い訳めいた事を書いて逃げを打てるのも、メタフィクションの便利な点だな」
「まあまあ、みんな続きを聞きなよ。さあ話して」
「レベルⅡ世界も、どこからかカッコ閉じるを発見することによってちゃんと閉じていた。目に付く範囲のカッコは全て閉じていた。一見、問題はなさそうに思える」
「そうかい」
「作者らしきヤツがポルトガル語やスペイン語を話したのは覚えてるな?」
「覚えてるよ」
「あれは、今現在俺たちが存在しているレベルⅢ世界で起きた出来事だから、だからこそ覚えているわけだ」
「あっそ」
「へー」
「じゃあ、レベルⅢ世界が小説の本筋ってことでいいの?」
「それが違うんだな」
「主人公が雪山で遭難した話は、レベルⅢ世界での出来事じゃないのか?」
「ちょっと待った」
「何?」
「誰が喋ってるんだかよくわからない」
「確かに」
「カッコの外に出て行ったのはどいつだ」
「元来、俺たちって何人いたんだろう」
「もう、黙れよ。カッコの外に出て行った方、続けて」
「ありがとう。続けるよ。結論から言うと、雪山遭難は、レベルⅣ世界だった。俺たちが今まで長々と喋ってきたのはレベルⅣ世界のカッコ内世界での出来事。要するに茶番だったわけだ」
「なんだって…!」
「し。続けて」
「これを発見した時は、俺もさすがに愕然とした…。実は、もうひとつカッコは在ったんだ。ここ
「あっ! 『彼は山岳救助隊に残念そうな表情で見つめられた』と、『おいおい。話が続いてるぞ。彼が依然として主人公だ。死体が主語になってるぞ』の間にぃ!」
「あ、あんな所に!」
「非常識だ!」
「悪意を感じるな」
「作者の悪意だ! 作中人物に対する、神としての奢りだ!」
「許せねぇ…」
「断固として許せない!」

 いやぁ~、みんなお待たせ♪

「てめぇ…!」
「作者!」
「現れやがったな」
「ぶっ殺す!」

 やっとカッコ閉じる入荷してきたよ。さぁ、閉じるよ☆

「な…!?」
「唐突!」
「やめ…」



「お、あれだ」
「あと少し、間に合わなかった」

 彼は山岳救助隊に残念そうな表情で見つめられた。彼は(彼の)身体で蘇生術を拒否した。

「すでに死後硬直が始まっている」
「凍結し始めているし」
「仕方ない。仏さんを家族の元に運ぼう」
「南無…」

 彼は袋に詰められ、回収された。彼はただ横たわっていた。無限の闇の中、彼は長い距離を移動した。
 彼は彼の身体の上に泣き伏せる(彼の)母と、そんな(彼の)母の姿を厳粛な表情でただ見守る(彼の)父とを感じることはなかった。
 木魚の音が音波となって(彼の)鼓膜を震わせたが、彼の聴覚はすでに音を音として知覚しなくなっていた。
 無限の闇の中、彼は長い距離を移動した。
 やがて彼は、(彼の)目の前が明るくなるのを感じた。

「あれ!?」
「目の前が明るくなった、だと!」
「もしかして生き返った??」
「まさか。そんなバカな」
「これってひょっとすると…」
「メタ、フィクション?」
「えぇ~っ、あの、悪名高い!」

 彼はそこに、天国の光を見たのであった。 (了)

「あぁ良かった。幸い、メタフィクションではなかったみたい」
「メタフィクションでさえなければ何だっていいよ」
「メタフィクション糞食らえ」



«  | ホーム |  »