とりぶみ
実験小説の書評&実践
【書評】ヒース・リア『砂漠ではキリンが雨を呼ぶ』   (2014/06/08)
Masai GiraffeMasai Giraffe
()
不明

商品詳細を見る

 今回はヒース・リア『砂漠ではキリンが雨を呼ぶ』を取り上げます。
 本好きの方々のためにあらかじめ申し上げておきますが、今回の書評スタイルはスタニスワフ・レム『完全な真空』、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『八岐の園』の数編、クラフト・エヴィング商會『らくだこぶ書房21世紀古書目録』と同系統です。「ん?同系統?」と思った方は読まない方が身のためです。あらかじめ申し上げておきました。

 Heath Lear(1967-2012)はイギリスの作家。件の作品は彼が生前に発表した2作品『回転式妖術にたかる蠅』と『ナミビアで何が起きたか』の合本です。前者に関してはゴンパー社の初版The Fly Who Gathers around the Revolving Magic, Gomper, 2001を、後者に関してはミニットメー書房の改訂版What Happened at a Village in Namibia, revised ed., Min May Bookstore, 2004を底本にしています。いずれの著作も未邦訳です。
 アフリカのナミビア共和国を舞台にした冒険小説で、作者ヒース・リアが実地に体験した事件に材を得ているそうです。土着的な宗教に支配された現地の空気をマジック・リアリズムの筆致で鮮やかに描き出しています。主要人物は15人に及び、ヒース・リア本人と思われるキャラクターも単なる一登場人物として扱われています。
 小説の梗概を簡単に紹介します。マークⅠという名称のイギリス人旅行団体が、大型車でナミブ砂漠を縦断中にガス欠で遭難し、未開人の集落に保護されます。その集落はナミビア共和国から独立した自治区で、「ポニュケレ・ドレルシュカフ」という国名を名乗っていました。支配者層はいずれも怪しげな妖術に長けた連中。マークⅠの面々はアフリカの異様な風習に翻弄されます。──レーモン・ルーセル『アフリカの印象』の現代版といった趣き。グローバリズムとエコロジーに対する批判が展開されます。
 それだけの話なら普段だったら書評をしないのですが、私が今回わざわざこの小説を取り上げたのは、章立てにウリポ的な手法が用いられているからです。そのヒントは第15章、村での祭の場面、兄弟の会話に隠されています。(小説212-213ページ。翻訳は評者による)
「しかしながら、この小さな体で、いつもの栄養失調とは無関係に、決して疲れることなく踊っていられるのは、一体どういうことでしょう。驚くべきこと!」
「彼らはきっとラリっているからでしょう。ドラッグと同じです。一発打って酩酊している状態と選ぶところはありません」
「ビートルズ『リヴォルヴァー』、ピンク・フロイド『夜明けの口笛吹き』、キンクス『サムシング・エルス』、ローリング・ストーンズ『サタニック・マジェスティーズ』」
「何ですか、唐突に」
「サイケデリック・ロックの名盤」
「今あなたはそれを言う必要がありましたか」
「私が今言っておかないと、後になって何かを言う誰かもいるから。しかしながら、酒だけでこんなにも狂えるものなのでしょうか」
 この、サイケデリック・ロックの名盤が小説の筋に影響を与えています。まず、各章の名前はビートルズが1966年に行なった『リヴォルヴァー』のセッションに準拠しています。

 第1章「Mark I」
 第2章「Got To Get You Into My Life」
 第3章「Granny Smith」
 第4章「Taxman」
 第5章「Rain」
 第6章「Doctor Robert」
 第7章「You Don't Get Me」
 第8章「Paperabck Writer」
 第9章「I'm Only Sleeping」
 第10章「Miss Daisy Hawkins」
 第11章「Why Did It Die?」
 第12章「Yellow Submaline」
 第13章「Laxton's Superb」
 第14章「A Good Day's Sunshine」
 第15章「Here, There, And Everywhere」
 第16章「He Said, He Said」
 
 ビートルズに詳しい方はこう思うことでしょう。「曲順ぜんぜん違うけど。それから『リヴォルヴァー』には「Mark I」だの「Granny Smith」だの「Miss Daisy Hawkins」だの言う曲は収録されてないよ」と。まあまあ慌てなさんな。これはアルバムの曲順ではなく、セッションで取り上げられた順序になっています。ビートルズは「Mark I」を4月6日に演奏し、「He Said, He Said」を6月21日に録音しています。一部の曲名はワーキング・タイトル(製作中の仮題)であり、正式に採用された曲名とは異なります。たとえば「Mark I」は「Tomorrow Never Knows」のワーキング・タイトルです。なお、「Taxman」と「Paperabck Writer」だけは位置が逆になっています。登場人物の1人(大衆作家志望)に焦点を合わせるために入れ換えた、恣意的な操作だと思われます。
 『リヴォルヴァー』は収録曲の題名だけでなく、アルバム名もなかなか決まらなかった1作です。ビートルズ来日公演中にポール・マッカートニーが警官の回転式拳銃を見て思い付いた『リヴォルヴァー』に決定するまで、複数の案がメンバーによって提出されました。それらの仮題も小説内に取り込まれています。ざっと解説すると──

 「Abracadabra」アブラカダブラ。重要な呪文として登場。
 「Pendulums」振り子。スミスおばあちゃんの魔法器具として登場。
 「Fat Man And Bobby」デブとボビー。デブは呪医ロバート、ボビーは呪殺師。
 「After Geography」地理学後。ローリング・ストーンズ「Aftermath(余波)」を「After Math(数学後)」とわざと誤読してモジったパロディ。小説中には多分使用されていない(ナミビアの地理学的記述?)
 「Beatles On Safari」サファリ旅行中のビートルズ。ビーチ・ボーイズ「Surfin' Safari」のパロディか?小説中では冒頭のサファリ旅行に影響している(と思われる)。
 「Magic Circle」魔法陣。重要なアイテムとして登場。
 「Four Sides Of The Circle」円の四面。王妃の持つ四面の円盤として登場。
 「Four Sides Of The Eternal Triangle」永遠の三角形の四面。この「永遠の三角形」とはいわゆる男女の三角関係のことで、ジョニーの不倫に顕れている。

 ピンク・フロイドとローリング・ストーンズのアルバムは、物語の要素として曲順通りに溶かし込まれています。『夜明けの口笛吹き』全11曲は小説の第1章から第11章に、『サタニック・マジェスティーズ』全10曲は小説の第5章から第14章に、それぞれ織り込まれています。参考までに各曲の邦題と原題を記しておきます。

 ■ピンク・フロイド『夜明けの口笛吹き』
「天の支配」Astronomy Domine
「ルシファー・サム」Lucifer Sam
「マチルダ・マザー」Matilda Mother
「フレイミング」Flaming
「パウ・R・トック・H」Pow R. Toch H.
「恋の聴診器」Take Up Thy Stethoscope And Walk
「星空のドライヴ」Interstellar Overdrive
「地の精」The Gnome
「第24章」Chapter 24
「黒と緑のかかし」The Scarecrow
「バイク」Bike

 ■ローリング・ストーンズ『サタニック・マジェスティーズ』
「魔王讃歌」Sing This All Together
「魔王のお城」Citadel
「イン・アナザー・ランド」In Another Land
「2000マン」2000 Man
「魔王讃歌(二部)」Sing This All Together (See What Happens)
「シーズ・ア・レインボー」She's A Rainbow
「ランターン」The Lantern
「ゴンパー」Gomper
「2000光年のかなたに」2000 Light Years From Home
「オン・ウィズ・ザ・ショウ」On With The Show

 キンクス『サムシング・エルス』は、マークⅠ構成員(つまり遭難者)の名前に引用されています。それはすなわち──
 1曲目「デヴィッド・ワッツ」からデヴィッド・ワッツ。
 2曲目「道化師の死」から姉妹の名字クラウン。
 3曲目「ふたりの姉妹」からサベラ&プリシラ。
 5曲目「ハリー・ラグ」からトムとハリー・ラグ。
 7曲目「シチュエイション・ヴェイカント」からジョニー&スージーと、彼らの名字ヴェイカント。
 10曲目「アフタヌーン・ティー」からドナ。
 13曲目「ウォータールー・サンセット」からテリー&ジュリーと、彼らの名字ウォータールー。
 
 ざっとこんな所です。ヒース・リアはこういった制約を下敷きにして小説を構築しました。一例を挙げれば第10章、ビートルズのセッションで10番目に取り上げられた「Miss Daisy Hawkins」(Eleanor Rigbyの仮題)を題名に戴いたこの章は、デイジー・ホーキンスという名の王妃が主役です。ここに『夜明けの口笛吹き』10曲目「黒と緑のかかし」と『サタニック・マジェスティーズ』6曲目「シーズ・ア・レインボー」が使われています。前者は座興のかかし人間として登場し、後者は王妃デイジー・ホーキンスの外貌描写に使用されています。
 このような制作方法について作者自身が語った言葉を引用し、本稿を締めさせていただきます。
「自力で構想したプロットの上に、任意の歌曲名を複数個置く。初めのうち、歌曲名はプロットと合致しない異物であるが、なんとか辻褄を合わせようとすると、独力では考えつかない飛躍が生まれる。小説において語られるエピソードは概ね事実そのままだが、魔術の場面の迫力はこの制作方法によって演出された効果と言って良い」



この記事に対するコメント


お気軽にコメントをお書き下さい











«  | ホーム |  »