とりぶみ
実験小説の書評&実践
【書評】?『?』   (2014/05/23)
 書評第3弾はハリー・マシューズ『シガレット』を取り上げ、第4弾でレーモン・クノーの何かを取り上げようと思ってましたが、「コイツ、ウリポしか読んでないんじゃね?」と思われたら心外なので、ちょっと変化球を投げておきます。
 今回取り上げる本、著者名と書名は伏せておきます。一体誰の本なのか推測してみて下さい。ヒント?ウンベルト・エーコも「変則書評三篇」でこのタイプの本を取り上げていた……と書けば、察しの良い人は「あーあれのことか」とお気づきになるでしょう。
 おそらくこの作品は現在の日本国内で(単行本に限らず、雑誌や新聞やチラシ類も含めて)最も流通している印刷刊行物でしょう。日本の全国民が所有しているといっても良いくらい増刷に増刷を重ねた大ベストセラーです。『坊っちゃん』だってそんなに売れていません。この本の熱狂的なファンの中には、一人で数十冊所有する強者もいます。その人気は不動であり、これだけの市場飽和状態にも関わらず、中古であっても1000円で取り引きされています。
 人気の秘密はやはり「印刷のきめ細やかさ」これに尽きると思います。かのブックデザイナー祖父江慎だってこんな無茶はしないぜ、ってくらい高度な(度を越した)さまざまな意匠が書物全体に凝らされています。電子書籍が意外にも盛り上がらなかった一因として「日本人は現物──紙そのものが好きだったんだ」という背景が挙げられるかも知れません。この作品の生命は、内容よりもその形態に充溢しています。誰しもが手元に1冊置いておきたくなるよう、な。
 改訂を重ねており、現在は第5版。第5版発行は2004年11月1日ですが何刷を数えているかはわかりません。寸法は縦76mm、横150mm。ページ数は少なく、2つ折り版で全4ページ。国立市の印刷所が製造したことを示す文字列が表表紙から裏表紙を跨いで書かれています。
 まず表紙。黄色っぽい地に寒色系の模様が重ねられたデザイン。大書された著者名・作品名・出版社名は深凹版印刷によりエンボス加工のような手触り。背景には花模様が散らされ、書名の背後にはユーリオンと呼ばれる花模様が配されています。著者名の上には限定版らしく通し番号が振られています。下部の額縁模様の中には、見る角度によって淡い薄紫色に光る潜像模様が確認できます。同じく小口側には真珠のような光沢のインクが塗られています。中央やや右下には落款が押されており、円の中には篆書体で漢字が四文字、そのうち「総」の字の「心」の部分はちんこの形をしています。この落款には特殊発光インクが使用されており、ブラックライトで照らすと鈍く光ります。
 書物を開けると見開きでアルファベットが並びます。美しい中抜きの書体で、未読の方にはネタバレになるので多くを語り得ませんが、これは一種の文字落とし(リポグラム)であって、アルファベット26字のうち実に18字を使用せずに文章を作り上げています。そのうちNが4回と最も使用頻度が高く、その他3種類のアルファベットが2回ずつ使われています。左のページには美しい挿し絵が描かれており、湖に映る山岳と、その遥か手前に桜を植えた図案です。右のページ左下には表紙とはまた別の落款が捺されていますが今度はちんこはありません。それから、いわゆる「隠れミッキー」が無数に(完全に確認できるものだけでも7、一部だけ見えるものも含めると24)散りばめられており、この辺りの婦女子への訴求力も本作の人気の一旦を担っていると言えるかも知れません。その他、海賊版防止の観点から、複製を困難にする仕掛けが随所に施されています。潜像模様によって秘められた単語があったり、桜の花弁の中にカタカナが3文字隠されていたり、並大抵の印刷機では潰れてしまうであろうマイクロ文字がたくさん書かれています。一例をあげれば、中抜き処理をされた「N」の中に本文と同じ文言が2度繰り返されています。
 さて、裏表紙です。著者近影でしょう、大きな肖像画が描かれています。夏目漱石のニセモノのような風貌ですが、微笑みを湛えた優しそうな紳士です。その下には表表紙と同じシリアルナンバーが刻印されています。右上には、これはもう正気の沙汰とは思えないのですが、ここでもまた本文の文言が極小の文字で呪文のように繰り返されています。なんたる執念、如何なる犠牲を払ってでも作品の完成度を高めようとするその姿勢には鬼気迫るものすらあります。こうまでしてでも著者が伝えたかったメッセージということなのでしょう。しかしこれは顕微鏡が必要なレベルだよなぁ。老眼の人にはとても確認できやしない。だからと言って、弱視者に冷たいかと言えばそうではなく、目の不自由な方のための点字が用意されていたりもします。この辺りのツンデレぶりも本作の人気につながっていることでしょう。背表紙は粋を凝らした透かし彫りで、日に透かすとここにも著者近影が浮かび上がります。繰り返しによるクドクドしさを減ずるためか、裏表紙の肖像とは若干異なる描画です。間違い探しをすればきっと良い暇潰しになることでしょう。
 この本、読んでみたいですか?ならば1万円を握り締めて本屋さんにGO!カード決済のネット書店では手に入れることはできません。時代はリアル志向です。リアル書店に足を運び、電子書籍リーダーでは読むことのできないテクストの快楽に耽りましょう。
「読んでみたいけどさ。そろそろ著者名と本のタイトル教えてよ。買うから」
 買う?買わなくてもいいですよ。1万円で週刊少年ジャンプを1冊買えば、おまけでこの本が9冊もらえるはずですから。



この記事に対するコメント

■ めちゃめちゃ検索かけちゃいました...それと気がつくまでは
初めてコメントいたします。木原善彦氏の著作を読んでからブログを拝見しております。
紹介されている作品が一体何なのか、「それ」と気がつくまでは、ネットで色々と調べてしまいました。

三年も前の記事へのコメント失礼致しました。
感動とも違う、不思議な読了感に思わずコメントしてしまいました。
【2017/10/29 01:17】 URL | おとい #-


■ コメントありがとうございます!
おといさん。
お手間を取らせてしまい、なんかすみません……。
エイプリルフール記事ということで許していただければ、と思います。(※5/23の記事)

「木原善彦氏の著作」とは、『実験する小説たち』ですね。
あれ最高ですよね。特に126ページの図が最高ですよね。
きっとあの図を描いた人はすっごく優しくてイケメンで、
高学歴高収入高身長、決してウソをつかないとてもいい人なのでしょう。

ちなみに、ウンベルト・エーコは『ウンベルト・エーコの文体練習』の中で、
「イタリア銀行『50000リラ紙幣』『100000リラ紙幣』、ローマ、イタリア銀行造幣局、1967年」を
ボクと同じような感じで書評しています。
ヤツのほうがボクよりも先です。
いわば今回のイタズラはエーコのせいです。
検索のために生じた時間的損害・精神的苦痛に関しては、
彼に苦情を寄せていただければ幸いに思います。
すでに物故者なので、イタコに口寄せしてもらうか、
損害賠償請求書を七夕よろしく笹に括り付けて燃やしていただければよろしいかと存じます。

繰り返しになりますが、コメントありがとうございました。
最近はぜんぜん書評をしていませんでしたが、
おといさんのおかげでやる気スイッチが押された予感。
【2017/10/29 21:38】 URL | 大塚晩霜 #-



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