とりぶみ
実験小説の書評&実践
【書評】『ジャック・ルーボーの極私的東京案内』   (2014/05/23)
ジャック・ルーボーの極私的東京案内ジャック・ルーボーの極私的東京案内
(2011/07)
ジャック ルーボー

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 書評第2弾を書こうと思います。どの本を取り上げるか色々悩みました。『人生 使用法』は私の好きな小説ベスト3のうちの1つでしたし、言及すべき要素が大量にあったので必然的に長い文章が書けましたが、さて。
 決めました。ウリポつながりで、『ジャック・ルーボーの極私的東京案内』(田中淳一訳)を俎上に載せます。
 ジャック・ルーボーはウリポのメンバーで、ジョルジュ・ペレックの親友。本職は数学の教授で、文学においては詩が専門です。日本の和歌の研究家でもあります。小説も書いていますが邦訳はオルタンス3部作の1作目『麗しのオルタンス』しか刊行されておらず、言うなれば専門的な職業作家ではありません。だからこそ余り衆目に触れることのない(=商売っ気のない)破天荒な作品が書けるのでしょう。
 本格的に『極私的東京案内』に取り掛かる前に、『麗しのオルタンス』がどれほど人を食った小説か、本文を少し引用してみましょう。
「筆者(われわれ)という言葉で私が言わんとしているのは、あくまでもこの物語の語り手であり、(略)私ことジャック・ルーボーは、ここではたんにペンを持つ者にすぎなく、この場合は黒のフェルトペン〈パイロット・レーザー・ポイント〉細字であるが──キャップの先端に黄色でシメされているのが細字で、逆に白い丸で示されているのが太字。細字の方が高価なのだが、仕方ない──、そういうわけで、私は文法用語で言うところの謙譲の複数として筆者(われわれ)という言葉を使うのである。ちなみにこの小説では、まもなく明らかになることではあるが、その前にここで言ってしまうと、語り手の一人が物語の登場人物となっている。彼は早くも第2章から登場し、様々な物語と同じく、私と名乗る。しかし、どうか彼を本書の著者である私と混同なさらないようお願いする次第である」
 小説が始まってかなり早い段階でこの有り様です。メタフィクションを嫌悪する人にとっては厳しい出だしと言えましょう。ルーボーは(邦訳が2冊しか出ていないので速断に過ぎるかも知れないけど)脱線が大好きなようです。私も大好きです。
 さて、『極私的東京案内』に取っ組み合います。本文は80ページほど、訳者あとがきが17ページ。奥付やら何やら含めても110ページちょいちょいの薄い本です。だけど、定価は2800円+税。なぜなのか。部数の捌けない本だから高値にする、水声社商法なのか。いいえ、そんな失礼な。本文が黒・赤・紫・緑・紫・黄の6色で刷られているからです。(黄は実際には黄土色。紫が2回繰り返されているのは私のうっかりミスではなく、暗い紫と明るい紫が使われているので)
 なんでまたこんなカラフルな多色刷りにしてしまったのか。それにはルーボーの脱線好きな性格が関係しています(『麗しのオルタンス』をパラパラめくってみても判りますが、ルーボーはカッコ付きの文章(注釈とか脱線(場合によってそれは六重のカッコ(ちょっと尋常ではない(さすがウリポ(潜在文学工房)成員)ですね))に及ぶこともあるそうです))を挿入するのが大好きです)。その性癖を『極私的東京案内』では、(1)整理番号をつける、(2)活字の大きさを変える、(3)活字の色を変える、(4)行頭の位置を変えることで、視覚的により判りやすい形式にしたのです。(ただし日本語版では「読みにくいから」という理由で(2)の活字の大きさはそのままです)
 なお、20ページでは青・オレンジ・ピンク、21ページでは薄茶・ピンク・本物の黄色、29~32ページでは水色・黄緑色も使われています。厚さの割りに高額である理由はその特異な印刷によるようです。ざっと見た感じ、黒よりも赤や紫の方が多用されているような気がします。
 というわけでちょっと値が張ります。しかし、手元に置いておきたくなる本ですし、内容も繰り返し鑑賞できる面白さなのでその筋の方々は買って損はしません。

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 さて、内容。ルーボーが東京に滞在した際の印象をまとめたエッセイです。原題「Tokyo infra-ordinaire」はペレックの「L'infra-ordinaire」へのオマージュで、ペレックのそれ同様“日常以下の事物に対する観察”を志向しています。記述は時系列順ではなく、複数回の滞在(1994・1995・1996年・2000年)をごちゃ混ぜにしてあります。
 整理番号(段落)は全部で86。段落はたいてい枝分かれをし、そこからさらに枝分かれをすることもあります。言うなれば第1部第2章第2節第1項第1目、みたいな感じで。第3番と第10番は(段落それ自体を1次、分岐先を2次とすると)6次まで展開しています。
 第1番から第41番までは、新宿周辺で浮かんだ雑感を書き留めています。和歌、メトロ詩、看板、コインランドリー、フルーツゼリー、ボールペン、自動販売機、三叉句、富士山考──外国人視点だから面白いのではなく、普段は気に留めることのない並以下の事物を観察しているから面白い。(「メトロ詩」はウリポのジャック・ジュエによって考案された詩形式。メトロ乗車中に作られる詩で、一区間で一詩句。「三叉句」はルーボーの考案した詩形式)
 第82番から第86番までは締め括りのソネット。
 そして第42番から第81番までは本書の中核を成す「日常下の東京」。山手線29駅それぞれの印象を綴っています。途中下車する場合もあれば、電車から下りない駅もあります。駒込の六義園内にある藤代峠(56番)においては30ページに及ぶ別のエピソードが唐突に挿入され、「めちゃくちゃ」という印象を存分に与えてくれます。
 別エピソードは「A TOTO」「B てんとう虫」「C 大名時計博物館」「D 公園と庭」の4つで、特にTOTO東京センターショールーム見学記は本書の白眉と言えます。ウォシュレットへの賛辞、輸出カタログを機械翻訳、トイレの選べる色に対応して文字の色を8色に使い分け、高機能トイレの21種類に及ぶ機能の列挙など、ウリポ好きにはたまらない爆笑物のエクリチュールが頻出します。
 地下鉄にてんとう虫が迷い込むセンチメンタルなエピソードも良い。肩にとまったてんとう虫にルーボーは感情移入をし、「マルナ」という名までつけるものの、電車が停まってドアが開くと彼女は飛び立ち、他の乗客と一緒に階段へと姿を消す。そのときのルーボー「私はこのときになって、『つかの間の出会い』のひととき、私が彼女にとってなんであったかを理解する。ただ単に座席だったのだ!」
 エピソードABCD直後の第57番・田端からは分岐が極端に減り、黒字ばかりになります。これ以後の記述で何と言っても特筆すべきは品川から乗ってきて渋谷で下りるまで同席のルーボーをコケにしまくる女子五人組。ルーボーから「品川女子軍団」と名付けられてはいますが、「得も言われぬ奇抜な服装」であることと渋谷で下車したことを考慮するなら、横須賀線か京浜東北線で上京してきたコギャルでしょうね。
 その他、日本人教授が「ヴィトゲンシュタイン」と言ったのが「ビート芸者」に聞こえたり、「田端はタバタ・キャッシュ(フランスのポルノ女優)を思い出させる」「(新橋駅前)被り物をした老婦人が、機関車を背にして、目の前の地べたに野菜を置いて売っている。うしろの土手にある大きな背負い籠は、遠い郊外の菜園からそれを運ぶのに使ったのか?/ジャパニーズスタイルのSDF〔ホームレス〕が彼女の左手に座って、ビニール袋の底からなにやら魚っぽいものを箸でとりだして食べている。一かけもこぼさない。とことん日焼けした顔色、長髪、黒い山羊ひげ、だれにも目をくれない」「運河の水は、サントリー販売機の新開発製品『ビックル』にやや似た色をしている。乳状だが、さらに汚れた灰色と茶席の抹茶の泡に濁り酒少々を加えたようで一段とすごい」など、ユーモアを湛えた文章が目白押しです。
 目白押しの次の駅・池袋でルーボーが綴ったメトロ詩の第4詩句は「駅と駅の間で 運転手は他のなにやらとともに次の駅名を二度告げる ぼくはなんとか聞き取ろうとする『おおッか、おおッか、でス』と言っているみたい」であり、名状しがたい気分に襲われました、おおッか晩霜です。ごきげんよう。



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