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【書評】ジョルジュ・ペレック『人生 使用法』   (2014/05/18)
人生使用法 (フィクションの楽しみ)人生使用法 (フィクションの楽しみ)
(2010/10)
ジョルジュ ペレック

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 久しく文章を書いていないのですが、リハビリとして書評をしてみます。(書き上げてから勘定してみたら原稿用紙45枚に及んでいることが判明。興味のない方は里芋を剥いたりボトルシップを作ったりした方がマシです)
 取り上げますのは、フランスの作家ジョルジュ・ペレックが著した『人生 使用法』。パリの集合住宅を10×10の格子状に分割し、1部屋1章として全100章、室内を徹底描写する大長編小説です。書籍自体も巨大で、日本版では二段組で600ページ弱、加えて索引が100ページ強、辞典並のサイズの本です。
 批評家の中には、『ユリシーズ』『失われた時を求めて』『城』などと並ぶ二十世紀小説の傑作と賞賛する人もいるそうですが、私も同感です。「トマス・ピンチョンは一冊の小説の中に世界の全てを包括しようとしている」と評されますが、『人生 使用法』はまさしくそれで、「直方体の本の中に地球上のあらゆる事象が詰まっている」と言っても過言ではありません。いや、過言でした。しかしこの本を1冊持っていれば万巻に値します。いや、言い過ぎました。
 無人島に持っていく一冊として、井上ひさしは『広辞苑』を挙げていましたが、私は迷わず──いや、『吾輩は猫である』と迷いますが、『人生 使用法』を持っていきます。──すみません、意見がブレブレで。なにせリハビリなんでね、『人生 使用法』に関するまともな解説が読みたければ『人生 使用法』巻末の23ページに及ぶ訳者解説を読んで下さい。「税抜き価格5000円の本なんて高くて買えないよ」って方は、無料読み放題であるところの当解説で我慢しろ。我慢してよ。我慢して下さいお願いします愛してる。(ツンデレです)
 未読の方の中にはこう思う方もいらっしゃるかも知れない。「二段組で600ページって言ったら相当な長さだけど、それで『グイン・サーガ』100冊に匹敵するの。だって全100章でしょ。1章1章はかなり短いんじゃないの。短いってことは内容も薄いんじゃないの」と。そりゃ『グイン・サーガ』には匹敵しませんよ。たとえば第5章は1ページで収まる文量ですし、第16章に至っては半ページしかありません。しかしそれでも、『人生 使用法』は世界そのものに匹敵する巨大な小説なのです。およそまともな小説ではありません。エクリチュールそれ自体に於いても、類例のない製作法に於いても。
 元来ペレックは非凡な言語実験作家であります。約5000字の記録的な回文を書いたり、フランス語に於ける頻出アルファベット上位10位(E・S・A・R・T・U・L・I・N・O)+任意の1文字によるアナグラム詩を二百編近く書いたり、フランス語で最も使用頻度の高い「e」を一切使わずに書かれたリポグラム小説『煙滅』を物したりしています。「e」を使わないフランス語がどれくらい不自由かというと、私の記憶が確かならば、使える語彙が半分とか三分の一くらいになってしまうそうです。あと、英語で言うところの「the」も使えませんから相当に厳しい制約であり、まずまともな文章は書けないはずです。しかしペレックはほとんど自然な文体で三百枚超の長編を書き上げているのだから尋常ではありません。ちなみに『煙滅』日本版は「い段」抜きで訳出されていて、こちらも常軌を逸しております。それからペレックは、逆に母音がeのみの短編小説を書いたりしています。日本語でこれに当たるのはア段縛りでしょうか。一例を挙げるとすれば「まさか。馬鹿な。あなたがまた笑たから、我が頭はザワザワさながら貴花田。泣かなかたが、ただただ腹が立ただ」とても馬鹿っぽい。
 『人生 使用法』も、内容よりも形式において突出しており、すさまじい技巧が凝らされています。さまざまな物語(家族ドラマ・恋愛ドラマ・冒険小説・推理小説・犯罪小説・書簡・戯曲の台詞・おとぎ話・スポーツ・クイズなど)を網羅し、第三部門(刹那的な無名テクスト。広告・看板・レシピ・カタログ・辞書・クロスワードパズルなど)の図版が挿入され、ありとあらゆる「文」が散りばめられています。そして、「10次元2元直交ラテン方陣」「10次元疑似クニーヌ」「チェスのナイト問題」といった独自の技術や、「クリナメン」「引用(剽窃)」「イポグラフィック」「アクロスティッシュ」などの技法が駆使されています。(耳慣れないこれらの技法に関しては後述します)
 まともではない小説ですので、読者もまた、普段とは異なる姿勢で取り組まねばなりますまい。『人生 使用法』は、最初のページから最後のページへと直線的に進む「線的な読書」だけではなく、10×10の格子それぞれを関連づけていく「面的な読書」が可能です。これは他の本では味わうことの出来ない唯一無二の読書体験です。どこから繙いても良い小説──たとえばミロラド・パヴィチ『ハザール事典』やマーク・サポート『コンポジション№1』とはまた別種の……。言うなればジグソーパズルを埋めていくような快楽が存在します。ベルトコンベア式に流れてくる文章を雛鳥よろしくアホ面さらして口に運んでもらうのを待つのではなく、積極的にテクストに介入していくのが正しい読み方──というか、興味を持続できる読み方だと思います。漫然と目を晒すだけの読書法では途中で飽きて挫折するでしょう。
 何せ、小説全体を貫く筋はありません。(中心人物は存在するものの)定められた主人公が首尾一貫した活躍を見せてくれるわけではなく、大人数の登場人物によるさまざまな人生模様です。短編小説100篇の集合体とも言えます。ですから、小説に一本道のストーリーを求める方は『人生 使用法』を投げ出してしまうかも知れません。重量のある本なので投げ出すときは周囲に気を配って下さい。それから、「完全無欠のヒーローによる胸のすくような冒険活劇が読みてえんだよぉ!」という向きは『ルパンⅢ世』を観て下さい。
 筒井康隆が『着想の技術』の中で、虚構の中の人物についてこう指摘しています。
「(能の場合)シテひとりが虚構を演じ、ワキは文字通り傍にいるだけでいわばシテに劇的昂揚をあたえる為の背景としての役割しか持たない」小説世界においては、主人公と主人公に関係する人物以外は存在しないに等しく、その背後に控える数十億人の生命は空気以下の存在です。
「現実に『主人公』という人物は存在しない。各人が自らの人生の主人公であるとか、ひとりの人間をある特定の事件の主人公であるという言いかたはできるが、これは現実を虚構視した言いかた」確かに、現実世界に主人公はいません。絶大な権力を有した王者が死亡しても時間は流れ続けますし、世界は動き続けます。独裁者はその国の主人公かも知れませんが、他の国から見ればただの暴君、悪役です。
 『人生 使用法』はこの問題をクリアーしており、現実世界にかなり接近した状態と言えます。物語の牽引役は特権的な地位を与えられたヒーローではなく、各章の登場人物(その部屋の住人や縁のある人)各々であり、1000人以上の登場人物が現れては消えます。──1000人と聞けば「すごい!」と思われるでしょうが、名前だけチラッと出る人がほとんどなので「覚えきれない!」とビビる必要はございません。実質的な登場人物は動物も含めて200人くらいです。
 余談ですが、日本人の名前も登場します。山本元帥・東郷元帥・児島大将・桂太郎(Tazo-Katzura)ら実在の人物から、源氏・伊予の介(Yo No Kami)・空蝉・軒端荻といった『源氏物語』の登場人物や、ペレックが創出したウチダ・ハギワラ・フジワラゴモク(Fujiwara Gomoku)・アシカゲヨシミツ(Ashikage Yoshimitsu)といった架空の人物まで、十人以上の日本人が『人生 使用法』の中に住んでいます。なお、足利義満由来と思われる奇妙な名前の人は第3章の主人公です。
 さらに脱線します。「脱線こそは書物の生命」と、かの『トリストラム・シャンディ』にも書いてあったはずですので御寛恕いただきたい。
 引用させていただいた筒井康隆も、ペレックを愛好しています。『煙滅』(当時はもちろん未訳で、『失踪』の題で知られていた)の存在を知って刺激され、漸増リポグラム小説『残像に口紅を』を見事書き上げたり。新作の『創作の極意と掟』でも「実験」の項で『煙滅』について触れたり。そしてこれは偶然ではありますが、御大による『上下左右』という手書きの小説は、格子状になった集合住宅の時間経過を描写するものでした(単行本『バブリング創世記』所収。未文庫化)。そして『本の森の狩人』では『人生 使用法』の書評をやっています。以下抜粋。
「この本の568ページには建物の断面図があり、各室の居住者、前の居住者の名が書かれている。そこでおれのやったことは、この断面図の四倍拡大コピーをとり、そこへ要点を書き込み、関係のある居住者相互を線で結ぶことだった。これはずいぶん読解に役立ったから皆さんにもお薦めしておく」
 その拡大コピーがこれ→です。




 『人生 使用法』の構造についてお話をします。
 上の図をご覧下さい。ペレックが女友達に描いてもらった絵を100分割した図です。これがそのまま小説の100章に相当します。1つの格子が1つの章、と。
 左上の4マスは画家ハッティングのアトリエ。横の列1・2は屋根裏部屋(女中部屋)。縦の列6・7(大きな楕円窓が6個、小さな丸窓が6個ついた奇妙な外壁)は階段で、1階部分は入口ホール。横の列10を占める空白は地下。地上9階地下1階、各階には10の部屋。1人1部屋と限られているわけではなく、医師ダントヴィルは居住区と診察室と待合室で3部屋、大富豪バートルブースは5部屋、テレビプロデューサーのロルシャッシュは2フロアぶち抜きで6部屋所有しています。1部屋で慎ましく暮らす家族もいます。
 ペレックはこのような方法を着想したきっかけの一つに、ソール・スタインバーグのペン画を挙げています。エッセイ集『さまざまな空間』にてこう語っています。
「正面壁の一部が取り払われていて、およそ23部屋の内部が見える(およそ、といったのは、奥の部屋もいくつかのぞいているからだ)。家具や描かれている行動のひとつひとつを調べて目録を作ってみるだけでも(とはいえ完全なものができるはずはないが)、まさに目もくらむばかりの思いがする」
 そして実際、目録を作ってしまいます。
「浴室が3つ。四階の浴室は空。3階では女が入浴している。1階では男がシャワーを浴びている。/暖炉が3つ。(…)
「10人の成人男性、そのうち/1人はグラスを傾けている/1人はタイプライターを叩いている/1人は(…)」
「少なくとも38枚、額入りの絵画あるいは複製画/黒人の仮面がひとつ/電灯が29個(シャンデリアの他に)/ベッドが10(…)」
 上に挙げたのはほんの一例ですが、事物の列挙に対するペレックの欲求はすさまじく、デビュー作『物の時代』から列挙列挙列挙。何一つ書き漏らすまいとする網羅の精神は『人生 使用法』でも遺憾なく発揮されており、これが一般読者の読了を阻害する原因となっている気がします。たとえば第73章の冒頭。(つらくなったら無理せず飛ばして下さい)
「マルシア夫人の店の一つめの部屋、息子のダヴィッドが受け持っている部屋は小さな家具でいっぱいだ。大理石張りのカフェの一本脚テーブル、入れ子式テーブル、膨れあがったクッション・スツール、ポンテ椅子(訳注:トランプ遊び「ポンテ」Ponteに用いられた特殊な背つき椅子)、マサチューセッツ州のウッズ・ホールのかつての宿駅に由来するアーリー・アメリカン・スタイルの腰掛け、祈祷台、撚り合わせ飾りの脚をつけたX字型のキャンバス地の折り畳み椅子等々だ。灰褐色のオランダ布を張った壁には、大きな頭の銅の釘留めの赤い革リボンが補強するグリーンの布に覆われた、奥行きも高さもまちまちの棚が数個据えられ、その上におびただしい数の小装飾品の施されたボンボン入れ、白のボール紙の細い円錐に載せて展示してある古い指輪、金の両替商の秤、トランス・カスピアン鉄道の掘削工事中に技師アンドルソーフに発見された肖像なしの硬貨のいくつか、聖母子像をあらわした細密画のページで開かれている彩色装飾本、シラーズの新月刀、青銅の鏡、ブール=ボードワンでのジャン=マリー・ロラン・ド・ラ・プラティエールの自殺を描いた版画(薄紫色の半ズボンに格子の上着をつけたその国民公会の議員はひざまずいて、短い手紙をなぐりがきしており、それによって自らの行為を弁明している。半開きになった扉を通して、カルマニョール服にフリジア帽姿の、長い槍で武装した男が見えるが、かれは憎悪に燃えるまなざしで議員をにらんでいる)、ひとつが悪魔を、もうひとつが神の家を表したベンボのタロットカード二枚、四つのアルミニウムづくりの塔と、バネ仕掛けの(…)」
 ああっ、書き写すの疲れた!どうなってんだコリャ、何だこのガラクタの山は?これぞペレックです。事物の列挙。まともに取り合っていたら挫折すると思いますので、流し読みするか、思い切って飛ばし読みするのも手だと思います。博物館だって隈無く鑑賞していたら後半バテるでしょう。全部読もうとしなくてもいいのです。──もちろん600ページ全編この調子ではありませんのでご安心下さい。ただ、どの章(部屋)もその室内に何があるのかの細密描写から始まっていることが多いのは確かです。読む気失せてきましたか。次行きましょ次。
 さて。全100章は如何なる順番によって配置されるのでしょうか。左上から順番に?横書きのテクストを読むように?左から右、一番右まで到達したら次の行の左から再スタート?それでは単調になると考えたペレックは、各章がモザイク状に入り組むように企てました。下の図をご覧下さい。



 はい、めちゃくちゃですね。第1章の位置が座標(6,6)で、第2章が(7,8)、第3章が(6,10)。全くの偶然に頼って?もしくは意図的に出鱈目な章立てにした?いいえ、進行には「チェスのナイト問題」という技法が使われています。(※この「チェスのナイト問題」は正式な名称が定まっていないようですが、本稿ではこの名称で押し通します)
 チェスには「ナイト」っていう馬の形をした駒があります。将棋の桂馬と似た特殊な動きをします。このナイトを使って、チェス盤8×8計64マスを、一度通った場所を二度と通ることなく全て踏破するというゲームが古くから愛好されていましたが、ペレックはこのナイトの動きを『人生 使用法』の進行に使用しました。かくして『人生 使用法』の進行は、単調ではない、されど法則性がないわけでもない順序で繰り広げられることになりましたとさ、めでたしめでたし。
 あいや待たれい。一言附しておきます。8×8の格子だと数千の解が存在するらしいのですが、ペレックの用意した格子は10×10。仕方なく自力で解いたそうです。8×8でも大変なのに……。言語遊戯だけでなく、本当にゲーム狂。現代に生まれたらネトゲ廃人になってたんじゃないでしょうか。そんなペレックが導き出したナイトの動きは以下の通りです。

perec 03

 『人生 使用法』が6部構成になっているのもストーリー進行に準じているわけではなく、このナイト問題が深く関わっています。本人曰わく、
「作品が六つの部に分割されているのも同じ原理に由来している。つまりナイトが正方形の四辺の経由を完了するごとに、新たな部が始まる」
 言ってる意味、わかりますかね。第1部を例に取ると、ナイトは3章で右辺、7章で上辺、12章で左辺、21章で下辺にそれぞれ到達しています。これにて第1部・完、22章から第2部、ということです。第2部になったからっつって時代や舞台が変わるわけではないのですが。別に6部構成にする必要もなさそうだけど「どんな法則が適用されているのか」研究家向けのヒントって事だったんでしょうね。自分でバラしちゃいましたけどね。
 でもこれ、作者本人がバラしてくれないと困る事情もあるんです。章立ての図をもう一度ご覧いただき、左下隅にご注目下さい。「??」ってなってますね。ここ本当は「66」だったんです。65から66への移行が法則性にのっとっていないでしょう。ナイトの動きだったら65から左下隅に飛ぶはずです。こりゃなんだ。ペレックのミス?いいえ、これは「クリナメン」という技法なのです。
 クリナメンは元々古代ギリシア哲学者エピクロスだかルクレティウスだかが提唱した欠陥原理。簡単に言えば「原子は落下する際に神秘の力でちょっと進路を逸れる」みたいな概念です。ぜんぜん簡単じゃないですね。フランシス・ベーコンは「美は乱調にあり」と書いていますし、清少納言も「満月より少し欠けた月の方が好き♪」みたいなことをブログに綴っています。そういうことです。「完全」に「美」はない、と。「不完全」こそが「美」だと。(※蛇足になりますがペレックは清少納言が大好きで、感情の介在しない日常的描写について「この領域でのぼくの師匠はある日本女性、清少納言」と語っています)
 ペレックが所属した「ウリポ(潜在文学工房)」という言語実験グループの前身「コレージュ・ド・パタフィジック」はこのクリナメンを創作の現場に応用し、礼讃しました。法則からの逸脱こそが創造力の飛躍を生み出すという考え方です。これをペレックも利用しました──法則に1から10まで支配された機械的な作品とならぬように。結果、直前の第65章、ブリキ製の古いビスケット缶に印刷された絵(四角いビスケットの端っこをかじる少女)が、本来の第66章を消失させました。作者本人がバラしてくれたから良かった物の、この秘密を墓の中まで持ってかれてたら、後世の研究家は「なんで66章が欠けてるんだろう??」永久に首を傾げていたでしょう。
 クリナメンの精神は『人生 使用法』のその他さまざまな部分に行き渡っておりますが、まあ、ここではクリナメンの精神に則って割愛します。



 閑話休題。『人生 使用法』の構造についてここまでで「集合住宅に10×10の格子を重ね合わせた」「チェスのナイト問題を利用することで章立てがモザイク状になった」という2点を解説しました。そもそもペレックはなぜ、10×10全100章(マイナス1)の小説を企てたのでしょうか。100という数字は確かにキリがいいですが、女友達に描いて貰った絵は階段さえ縮小すれば9×9に見立てられますし、8×8ならチェスのナイト問題を自力で解くという酔狂に注力しなくても済んだはずです。
 10×10の格子を採用した理由、それは「10次元2元直交ラテン方陣」によって作品を自動的に組み上げようと目論んだからです。これもまあ、説明が面倒臭いんですが、まずはペレックの所属するウリポが自動産出法の研究に熱心だったという話から始めて、おいおいラテン方陣の解説や10次元だの2元だのに取り組みますか。取り組みませんか。どっちですか。否、ウリポの話を始めてしまうと論旨の車輪がフランス国内からポルデヴィア公国まで脱線していきそうなのでクリナメンしておきます(便利な言葉だ)。「10次元2元直交ラテン方陣」の説明、サクッと行きましょう。
 ラテン方陣っていうのは(ウィキペディアによれば)「n行n列の表にn個の異なる記号を、各記号が各行および各列に1回だけ現れるように並べたものである」そうです。意味わかりますか。具体例を示した表を見せられないと厳しうございますね。これでございます。
    1243
    2314
    3421
    4132
 どの行にも、どの列にも、同じ数字(記号)は繰り返し使われていない。「数独(ナンバークロス。ナンクロ)」というゲームがありますが、あれもラテン方陣の一種です。こういう数学的な遊びはジャポニカ学習帳「算数」の裏表紙で「魔法陣」として紹介されていた記憶がありますが、魔法陣は行・列(横・縦)だけでなく対角線(斜め)も重複無しだった気がしますのでそれよか易しいですね。
 じゃあ「10次元」って何なの。4次元ポケットとか4次元殺法とかそういう類?これはですね、ウィキペディアで言うところの「n」に当たる数が「10」だと。それが「10次元」です。上の表だと「4次元」ですし、数独だと「9次元」です。
 「2元」っていうのは、「ラテン方陣を構成するn個の要素が1種類ではなく2種類あるぞ」ってことです。うまく言えないなあ……。「2つのラテン方陣が重なってますよ」って言えばいいのかしら?困ったときは図示図示!さっきの4次元ラテン方陣(数列のみ=1元)に文字列を追加して、4次元2元ラテン方陣(数列と文字列=2元)を作ります。
    1D 2C 4B 3A
    2A 3D 1C 4B
    3C 4B 2A 1D
    4B 1A 3D 2C
 解りましたか。解らなくても解った気でいて下さい。全ては私の説明不足に起因しますのでとっとと先に進みましょう。で、「直交」ってのは、一段階難しさのレベルが上がって、記号の列が全て、同じ配列ではなく異なる配列になる、と。──これも図で説明した方が早そう。下に掲げる2種類の3次元ラテン方陣をご覧下さい。
    123   132
    231   213
    312   321
 どちらもちゃんとラテン方陣してますが、左の方陣は文字列が(1,2,3)(2,3,1)(3,1,2)の3種類しかありません。対して右の方陣は(1,3,2)(2,1,3)(3,2,1)(1,2,3)(3,1,2)(2,3,1)の6種類あると。右の方の混ざりっぷりを「直交している」と言います。言うそうです。
 正直その、直交させなければラテン方陣って比較的簡単に作れます。たとえば6次元。
   123456
   234561
   345612
   456123
   561234
   612345
 今キーボードを叩いてマッハで作りました。同じ数字の並び方(123456)を1つずつズラしただけです。直交させなければ機械作業でイッチョアガリな簡単なお仕事でございます。
 長らく数学の世界では10次元のラテン方陣を直交させるのは不可能とされてきました。しかし1960年、アメリカの数学者たちがその方法を発見しました(ちなみに2次元と6次元は直交させられないそうです)。この新発見をウリポのあるメンバーがグループに紹介し、「物語の自動産出法にどうにか使うことは出来まいか」と提案しました。この提案がある日、ペレックの頭の中で「10×10の格子を重ね合わせた集合住宅の図」と重なり合ったとき、『人生 使用法』の構想は結実しました。
 ペレック自身はこんな風に説明しています。
「ABC3人の人物が活躍する3つの章からなる物語があるとしよう。これら3人の人物に2連からなる特性を授けよう。一方で帽子、他方で手に持つことのできる事物を」「第1章、Aはケピ帽とスーツケース、Bはベレー帽とバラ、Cは山高帽と犬。第2章、Aはベレー帽と犬、Bは山高帽とスーツケース、Cはケピ帽とバラ。第3章、Aは山高帽とバラを手にし、Bはケピ姿で犬を散歩させ、Cはベレー帽を被ってスーツケースを担ぐだろう。さて残るは、このような継起的変化を裏付ける物語を作り上げることだけだ」「『人生 使用法』では3つの要素の2つの連ではなく、10の要素の2つの連の21倍なのであり、それらが同じように配分され、各章の構成要素を決定している」
 なんじゃこりゃーワケわかんねーという感じかも知れませんが、困ったときの図解説明、というわけで下の図をご覧下さい。



 ペレックはこういう10次元2元ラテン方陣を用意しました。そこに様々な42の要素「家具」「装飾品」「壁面」「ゲーム・玩具」「音楽」「動物」「花」「食糧」「飲料」「数」「時代」「年齢/性別」「体勢」「動機」「色彩」などを散りばめました。(例:要素【絵画】は、「1=裸の壁」「2=デッサン」「3=版画」「4=水彩画・グワッシュ」「5=タブロー」「6=複製」「7=図面・地図」「8=写真」「9=ポスター」「10=絵はがき」)
 ちなみにこのラテン方陣は上に示したものだけでなく、左右を反転させたり、他に何種類か(10種類?)使われています。この操作には「10次元疑似クニーヌ」という手法が採用されておりますが、「クニーヌ」の説明は私には上手に出来ませんので詳しくはレーモン・クノー『棒・数字・文字』所収「潜在文学」を読んで下さい。ごく簡単に説明すれば、セクスティーヌという定型詩を数学的に置き換える手法のことで、発案者クノーの名を織り込んでクニーヌ、と。「10次元疑似」ってのは、「10次元なんですが……実は人為的な操作が必要だったので『疑似』です」ってな意味です。たぶん。
 ラテン方陣によって諸要素は各章にばらまかれ、その制約に沿って作家は辻褄の合う物語をこしらえていく──ペレックは半ば自動的に物語が生成されるような装置を発明しました。レーモン・ルーセルの諸作もそうですが、人間の想像力は制約によって束縛されるのではなく、逆に人知の及ばぬ領域へと飛躍するものです。
 これらの要素を一つだけでも意識的に追っていくと、二次元的な読書が可能となります。すなわち「線的な読書」ではなく「面的な読書」が。私が実際に行なったのは、原稿用紙を100分割にして10×10のマス目を作り、1章読み終えるごとに要素要素をマス目に書き込んでいくという読書法です。下の図が私が実際に完成させた読書の痕跡です(クリックで拡大)。
 筒井康隆も入居者の相互関係を書き入れながら読んだそうですが、私のこの書き込みの神経質的な細かさは頭イカれているとしか思えない。我ながらとんだ酔狂に耽ったものです。しかしこれ、最初はまっさらに近かった原稿用紙が、章を追うごとに徐々に文字で埋め尽くされていくその様子、ジグソーパズルが完成していくような快感がありましたよ。3章くらいで挫折した方、ぜひお試しあれ。こんなに細かく記録しなくても、たとえば何か1つにテーマを絞って「現在その部屋には誰が居るのか」「どんな物語が展開したのか」「どんなテーブルがあるのか」などを書き留めていくだけでも他には無い読書体験を味わうことが出来ることでしょう。

perec 09

 また、要素「引用1」「引用2」「本」こそが、この『人生 使用法』という作品を世界そのものに匹敵する小説たらしめています。『人生 使用法』の空間は『人生 使用法』というタイトルの本の中で閉じることなく、外部と接続することで、それはそれは巨大な広がりを獲得しています。
 小説本編が終わり、100ページ以上の索引や作中事件の年表などが終わり、作品それ自体が幕を閉じる間際、こう書かれていて読者はギョッとします。
「この作品には、ときとしてわずかに改変された、つぎの作家たちからの引用が含まれている」と断った上で、30人の作家の名前が列挙されるのです。アガサ・クリスティー、フローベール、カフカ、スタンダール、ジュール・ヴェルヌら超大物から、外国文学好きにおなじみのジョイス、ボルヘス、プルースト、ロレンス・スターン、ラブレー。フランス文学に親しんでないと耳馴染みの薄いクノー、ビュトール、ルーセル、ジャリ、それからアンタ誰だよっていうマイナー作家の面々、しまいにはフロイトやペレック本人の『煙滅』まで。あたしゃシオドア・スタージョンなんて『人生 使用法』読まなければ一生手に取ることもなかったよ。この仕掛けはまさしく『人生 使用法』を中心に各宇宙へと伸びる30本の接続コード。これにより、「線的な読書」「面的な読書」に続く第3の読み「立体的な読書」が可能となります。たとえばメルヴィル『白鯨』は「本」の要素4としてラテン方陣に溶かし込まれ、『人生 使用法』の23・25・26・32・46・50・52・60・67・79の各章にほのかに漂っています。具体的に言えば『人生 使用法』の第23章に登場する猫「ピップ」は『白鯨』に出てくる黒人少年の名ですし、「書庫の脚立の側木の一つにはめ込まれた金貨」はエイハブ船長がマストに打ち付けたスペイン金貨(第36章)を連想させます。第25章にはスマトラ、第26章にはナンタケットやケープコッドなど『白鯨』の舞台となる地名が記され、第32章では『白鯨』の中でも印象深いアイテム「追い剥ぎグラス」がそのままの状態で配置されます。
 こうなってくるともう、読者というより研究家といった方が近い、尋常ならざる読み方となります。
 本国フランスでは各作家のどの作品の何ページからどんな文章が『人生 使用法』に引用されているのか、だいぶ研究が進んでいるようです。私も『百年の孤独』は自力で解明しました。間違ってたらあいすみませんが、その成果をここで発表しておきます。本邦初公開。(『百年の孤独』は現在刊行されている新潮社のガルシア=マルケス全小説版を使用。ページ数もそれに準じます)
 ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』は「本」の要素7として『人生 使用法』の5・16・37・48・62・66・80・84・91・94の各章に引用されます。
 第5章。浴室のフルロが、337ページの浴室のメメに対応か。ここだけ自信ない。
 第16章。老クレスピ嬢の名前は、78ページのピエトロ・クレスピから採られている。
 第37章。『百年の孤独』の舞台である架空の地、アンデスのマコンドがモロそのままに記載されている。
 第48章。コップに入った義歯は、92ページと411ページのメルキアデスの義歯。黄色い小さな花が咲くのも一緒。
 第62章。アルタモン夫人が右手に巻いた黒いガーゼの細い包帯は、アマランタが火傷の手に巻いた黒いガーゼの繃帯。136・150・174・180ページ。
 第66章。マルシア夫人の骨董店の店先に飾られた15世紀のスペインの鎧は、13ページでホセ・アルカディオ・ブエンディアが磁石を引きずって発見した「15世紀ごろの出来の甲冑」。
 第80章。バートルブースの失明は、289ページのウルスラの失明。
 第84章。ニック・パーテュサーノの額にある十字架の形をした灰色の染みは、258ページでアントニオ・イサベル神父が若者たちの額に灰で描いた消えない十字のしるし。
 第91章。マルシア夫人の地下倉にある「サンスクリット文字の銘が刻まれた黄金の17匹の小魚」は、408ページでアウレリャノ(バビロニア)が習うサンスクリット語と、仕事場にあった17個の金細工の魚。
 第94章。「ニシンダマシの椎骨の首飾り」は、アマランタ・ウルスラが自分で細工した「鰊の骨の長いネックレス」(444ページ)と、同人が商売をしようと企てた「魚の骨のネックレス」(462ページ)。
 あー疲れた。あーしんどい。これにて『人生 使用法』の手法について大概のことは言い尽くしました。あとは消化試合……。「耳慣れないこれらの技法に関しては後述します」と宣言した手前、放っておくわけにはいかない「イポグラフィック」「アクロスティッシュ」について補遺補遺補遺、補補遺の補遺、軽く触れたらこの書評は完結です。もう一息。
 イポグラフィック。これは他の語に隠された音声のことで、日本語だと掛詞が近いのかなぁ?適切な例がちょっと急には浮かびませんが、画家でありウリポのメンバーでもあるマルセル・デュシャンのレディ・メイド作品『L.H.O.O.Q.』は、流れるように読むと「彼女の尻は熱い」を意味するフランス語と同じ発音になる、ってのはイポグラフィックの一種でしょう。
 このイポグラフィックが『人生 使用法』で援用されているのは第59章、画家ハッティングの24の画題。ここに、ペレックの所属していた「ウリポ」の音と、構成メンバー23人の名前が混ぜ込んであります。日本語訳でもそれは再現されていて、たとえばレーモン・クノーの名前は21番の画題「(…)医師会から抹消の令、文句の言えない医師ラジョワ」に見えます(「令、文句の」)。以下、全員分の解題。メンバーの並びはABC順で、画題2~24に順番に対応しています。ただしマシューズとメタイユだけ順序が入れ替わっています。
 ウリポ「投げ売り、ポンコツの」
 アルノー「ノアにある能力」
 ベナブー「交渉の便危し」
 バンス「イザーク・ド・バンスラードの」
 ベルジュ「述べる熟練の」
 ブラヴィエ「便所の裏塀
 ブラフォール「金庫の裏掘る
 カルヴィーノ「泳いでカルヴィの浜に着く」
 チェンバーズ「野辺(シャン)留守にして」
 チャプマン「愚痴や不満を」
 デュシャン「丸する杜撰な答えで」
 デュシャトー「も甘受、シャトー=ラトゥールを」
 エティエンヌ「天津へ遅延ぬきでの」
 フールネル「優雅に竈(フール)に入れる
 ラチス「不埒すぎると小作を詰り」
 リヨネー「読む折りを狙う」
 レスキュール「賄賂断れず、気許すオランダ人たち」
 マシューズ「やはり魔性頭ぬけた」
 メタイユ「サン・ミシェルみたいよ
 ペレック「屁理屈こねて」
 クノー「文句の言えない」
 クヴァル「乗る前に曰く、ヴァルジャンが」
 ルーボー「宿借る暴挙」
 シュミット「周密な肖像を」
 それでは次に、アクロスティッシュ。日本語で言うところの折れ句のことで、詩などの行頭を拾っていくと隠された意味が立ち現れる言語遊戯のことです。在原業平の和歌「から衣きつつなれにし妻しあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」の各句の最初の音を拾うと「かきつばた」になるのが有名です。沓冠歌はその発展形。あとはルイス・キャロルがアイザ・ボウマンに捧げた詩とか。2ちゃんねるの「縦読み」もそうですね。(余談ですが我が日本には「八重襷(やえだすき)」と呼ばれる超絶技巧の拡大版アクロスティッシュもあるのでお暇な向きはネットで検索してみて下さい。高橋康也編『遊びの百科全書①言語遊戯』もお薦め。絶版ですが)
 このアクロスティッシュが『人生 使用法』で援用されているのは、(第87章、列挙されている地名を縦読みするとホテルの名前となる仕掛けもそうですが)第51章の通称「概要」と呼ばれる詩においてです。60詩行×3の中に「ame(魂)」という語が織り込まれています。フランス語原文は(空白も含めて)1行60語で、最初の「a」が、右上から左下に向けて斜めに横切る形で配置されています。ざっくばらんに書けば、1行めから順に「....a」「...a.」「..a..」「.a...」「a....」となるように「a」が配置されています。「m」も「e」も同様。──日本語訳はどうなっているかというと、実はたった今これを書いていて気が付きましたが、各詩行最後の字を拾っていくと「たましい」という語が45回繰り返されていてぶっ飛びました。酒詰先生、ホントすげぇな……。英語版がどうなっているか俄然気になったので確かめてみたら、多少のズレは生じているものの、「e」「g」「o」でアクロスティッシュやってました。どこの国でもペレックを翻訳しようなんて企てる人は文字に対する執念がすさまじい。
 なお、この第51章は折り返し地点であると同時に特権的な章であり、作品における中心紋と呼んで差し支えのない重要な章です。通称「概要」の詩行それぞれに『人生 使用法』の中で語られるエピソードの概要を含んでいます。たとえば「9 二人妻しかたないわと伯爵妻、夫トルコの捕虜だった」は第10章のグレッチェン伯爵、「10 女社長断たれて悲し田園に暮らす楽しみほんの束の間」は第23章のモロー夫人、「11 塵バケツおろす少年ひと思案自作小説進行停止」は第34章のジルベール・ベルジュ、「12 オーストラリア諸国漫遊女旅ともは伊達者粋な甥」は第79章のオリヴィア・ロルシャッシュ。各詩行がどの章のどんなエピソードについて語っているのか、それを記録していくのも「面的な読書」の一種としてお薦めです。ちなみに私は詩行21・46・65・97・123・170がどのエピソードを指しているのか、いまだに確信が持てていません(見当はついているのですが)。それと、お気づきでした?9~12の短歌めいた文章、文末の音を拾うと「た」「間」「止」「い(甥)」=「たましい」となっていたことを。
 第51章は『人生 使用法』の「概要」でありながら、同時に、第51章(座標2,10)に住む画家ヴァレーヌの描こうと企てる細密画(建物の事物の全て──人物や過去や物語もひっくるめて)でもあります。フランスのサイトで拾ったドット絵がこれに近いので参考までに貼っておきます。

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 それでは、エピローグへ参りましょう。この小説に主人公はいないのか。100部屋が平等均一に描写され、特権的な役割を持つ人物は存在しないのか。存在します。バートルブースという大富豪がそれです。ハーマン・メルヴィル『代書人バートルビー』とヴァレリー・ラルボー『A.O.バルナブース全集』から合成されたキャラクターで、その名前だけでなく、バートルビーからは無気力、バルナブースからは旅好きの大富豪というそれぞれの性格を受け継いでいます。
 バートルブースの物語はペレックが1969年末に海洋画のジグソーパズルを組み立てていたときに着想した物語です。この物語は最初2ページほどの梗概でしかありませんでしたが、やがて『人生 使用法』のジグソーパズル的性質と結びつき、建物のマス目の多くを埋めることとなる中心的物語に発展しました。索引の「バートルブース,パーシヴァル」の項に書かれたページだけをたどっていき、ジグソーパズルにその生涯を「浪費」した大富豪の物語を読むだけでも、『人生 使用法』は極上の中篇小説となります。
 有り余る遺産を受け継ぎながら何事にも興味の持てないバートルブースは、ある途方もない計画に人生を費やそうと決意します。それはまさしく人生の無駄遣い以外の何物でもない非生産的な試み。彼はまず10年かけて水彩画の技法を修得する。次の20年で世界各地の港を旅して2週間に1枚のペースで海洋画を描き、その絵を旅先から職人に郵送してジグソーパズルに仕立ててもらう。帰国後はジグソーパズルに没頭し、2週間で1枚、20年かけて500枚のパズルを組み立てる。完成したパズルは別の職人によって特殊な圧搾機で当初の海洋画に復元され、復元された絵画は20年前にそれが描かれた港に運ばれ、その場所で洗浄剤の溶液に漬けられ、何も書かれていない無傷の紙に戻される──何も、残らない。何たる無益な計画!
 一見完璧とも思えるバートルブースの計画は、一見揺るぎない構造を持つように思われる『人生 使用法』と同様、欠如──クリナメンに翻弄されます。職人の悪意によってパズルは段々と難しさを増し、2週間に1枚完成させるペースは徐々に遅れていきます。また、噂を聞き付けた絵画収集係の攻撃にさらされ、白紙に戻すという計画が妨害されます。そしてバートルブース自身は老いに蝕まれ、やがて失明します。
 最終章・第99章の舞台はバートルブースの書斎で、彼はパズルに取り組んでいる最中です。目の前のパズルはほとんど完成しており、あとはX型の穴が1つ残っているのみ。しかし残されたピースは、Wの形。彼はそのピースを手に持ったまま、絶望の中、死んでいます。強烈な皮肉。職人によるバートルブースへの復讐が成就した瞬間でした。
 時は1975年6月23日、午後8時頃。実は『人生 使用法』はバートルブースが死んだ瞬間に時間の流れを停止し、その瞬間の集合住宅各部屋を写生した作品なのです。人が死ぬ瞬間にも、他人はそれぞれの人生を謳歌している。旅行に出掛けたり、パーティーを行なったり、セックスをしたり。現実にもある人生の皮相と言えるでしょう。
 この「1975年6月23日、午後8時頃」という設定について、私は長らく誤った推認をしていました。ペレックがスタインバーグの細密画から受けた「夏の趣だ。晩の8時頃だろう」という印象を、『ユリシーズ』が取り扱う6月16日(俗に言うBloomsdayブルームの日)を多分に意識した一週間後に設定したのだろうと。でも、違った。実はその日付けと時刻とは、ペレックが愛人のカトリーヌ・ビネと結ばれた瞬間でした。最近知りました。ジョイスが6月16日を選んだのは後の妻ノラ・バルナクルと初めてデートをした日ですし、こういう類の作家は愛の記念日を自作の中に永久に封じ込めようとするものなのでしょうか。俺もセックスしたい。



この記事に対するコメント

■ マーク・サポート『コンポジション№1』
ペレック好きの者です。たいへん面白く拝読しました。ところで、マーク・サポート『コンポジション№1』というのが、検索しても出て来ないのですが、邦訳は出ているのでしょうか? 読みたいので、ぜひ教えてください。
【2014/05/19 10:42】 URL | 弟子迷人 #-


■ Re: マーク・サポート『コンポジション№1』
 弟子迷人さん。
誰も読まないかと危惧していました。ご高覧ありがとうございます。

 さて。虚言癖があるので僕はチョイチョイ嘘をつきます。
芥川が『奉教人の死』の中で『れげんだ・ おうれあ』という架空の書物をでっちあげたように。
僕のおちゃめなデタラメにみんなよくだまされます。
 しかしご安心ください。
Marc Saport『Composition No.1』は実在する書物です。
(検索ヒットしないんですね。IT全盛のこの時代に…)
ちょっと学のあるところを見せようと思ってマニアックな1冊を取り上げてみました。
でも読んでません。現物を手に取ったこともありません。馬鹿を隠すための偽装です。


 いちおう、本のスペックを書いておきます。

 フランスの作家によって60年代に書かれた本で、未邦訳です。
きっとこの先も翻訳される可能性は薄いでしょう。
(『フィネガンズ・ウェイク』が全訳されるような狂気の国なので0%とは言い切れませんが)

 紙の束が箱に入っている体裁です。1枚に1つの話が完結。枚数はかなりの大分です。
コルタサル『石蹴り遊び』の箱入カード版や、
「【堂廻目眩】世界のふしぎな奇書・実験小説まとめ【戸惑面喰】」で紹介されている
ブライアン・スタンリー・ジョンソン『The Unfortunates』に近い(と思われます)。

 近年ロンドンのヴィジュアル・エディションズという零細出版社が復刊し、
iPadアプリ化もされているそうです。
 この出版社はジョナサン・サフラン・フォアの『Tree of Codes』も刊行しており、
女性二人で変な本ばっか作っています。
【2014/05/19 17:07】 URL | 大塚晩霜 #-


■ 
福住遊さん(@pereou)が、いつも「ペレック」で検索回覧してくださるおかげで、ここにたどりつけました!
カタカナで検索したので、ヒットなしだったのですが、後で試してみます。(といっても日本語で出てくれないと読めない人です)
iPadアプリ化とは羨ましい~。読みたいです。
100兆の詩篇も、ビューワアプリをつくってくださった方がいるのですよ☆
すみません、取り急ぎですが御礼申し上げます!
今度、こういう「奇書」特集も、第二弾期待しております☆
【2014/05/19 23:53】 URL | 弟子迷人 #-


■ 
福住遊さんのサイト「ジョルジュ・ペレック研究」には僕も大変お世話になりました。
福住遊さんがリツイートして下すったおかげで弟子迷人さんとの御縁も生まれたわけですし、
たいへんありがたく、感謝の言葉が見つかりません。ので沈黙しておきます。

マーク・サポート、僕も検索してみましたが
正しくは「Marc Saporta」みたいですね。
これサポータじゃないのか……?
申し訳ございません、小生ドヤ顔で間違えていたようです。
というか手元の本が間違っています。(責任転嫁)

100兆の詩篇ビューワアプリ、さっそく検索してみました。
そうなんですよ、あの本はハサミを入れられるわけがないので
漫然とパラパラめくって終わりになっちゃうんですよ。
ですからこれは助かりますね。ありがとうございます。
ウリポの話ができる知人友人が周りにいないのですごくうれしい!

小生読書家をうまく装っているものの事実は全く異なりますし、
普段は小説を書いていて書評は滅多にしないので次回があるかは不明です。
期待せずお待ちくださいませませ。
【2014/05/20 18:13】 URL | 大塚晩霜 #-


■ 手元の本とは~
Marc Saportaは、英語フランス語ならたくさん出て来ました!
その素敵そうな「手元の本」とはどんな本ですか~!
面白い出版社さん、きっとここですね!
http://www.visual-editions.com/our-books
「架空の書物」というのに、たいへん惹かれまして、
カルヴィーノのサイラス・フラナリーを、エディプスちゃん(@Not_Tonight_Oed )に教えてもらいました。
長い文章をお書きになるのは大変?でしょうから、ぼちぼちツイートしてください☆
楽しみにしています!
【2014/05/21 19:42】 URL | 弟子迷人 #-


■ Re: 手元の本とは~
残念ながら奇書ガイドとかではなく、
雑誌『Coyote』の特別編集号「TOKYO LITERARY CITY」です。
東京国際文芸フェスティヴァルの特集で、ジュノ・ディアスとサフラン・フォアの記事が読みたくて買いました。
そこにヴィジュアル・エディションズ社の仕事が掲載されていたのですよ。

「架空の書物」は僕も大好きですが
カルヴィーノは『宿命の交わる城』しか所持しておらず、
『冬の夜ひとりの旅人が』はチラ見しただけで未読です。
カフカといい、ことごとく期待を裏切ってごめんなさい…。

あと、諸事情あってツイートは頻繁にできません(今回もお返事遅れてすみません)。
でも、見捨てないで! よろしくどうぞ!!(涙)
【2014/05/23 16:31】 URL | 大塚晩霜 #-


■ 
いえいえ、聞きたがりですみませんでした!><
いい特集号があったのですね☆
でも、少ない(? ご謙遜を~)読書で、自分のツボをことごとく突いてきてくださって素敵です☆
ここに書いちゃいますが、コデックスも他のアカウントさんから教えていただいて(自分もそんなのばっかりです……)、気になっていました!
お持ちなんですね!!!!!(超うらやましい)
そんなに大きいとは!
このレベルで頻繁更新はツライでしょうから、どうかご無理なくです。
楽しみにしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
ゼッタイ見捨てませんよ(笑) というか放しません!
【2014/05/24 19:51】 URL | 弟子迷人 #-



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