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3月11日   (2014/03/10)
 お久しぶりです。大塚晩霜です。ネット環境から長らく離れておりました。電脳世界とすっぱり縁を切り、検索は百科事典で済ませ、ネットバンキングは銀行で、ネットラジオはラジオで、ブログではなくうらみ日記を書き殴り、メールの類は伝書鳩で行なっていました。自宅にネット環境が、ない。21世紀人とは思えない生活を送っております。この文章もネットカフェから元気いっぱい発信しております。
 さて、「お久しぶりです」とは言ったものの、かつてこのブログを訪れていた方々はすでに亡くなっているかも知れませんね。なにせ前回更新から早4年以上が経過していますから。はじめましてと言ったほうがよいかも知れない。僕は元気です。

 今回掲載する作品は原稿用紙100枚の小説です。難しい言葉でフラグメント派っていうのかな? 断片的な記述の集積です。
 過去の拙作『エミリーとカレーライス』『大煉軒ラーメン』『1/6629722083』『カレーうどんとバットの相関関係』『〒ν八℃』『エメラルドの都』『奇跡の白鳥』を含みます。言ってみれば使い回し、今風に言えばリサイクル。
 手抜きの謗りは甘んじて受けます。でも、オマエ、ハジメマシテダロ? じゃあ、ベツニ使い回しでもヨクネ? というわけでお楽しみください。お久しぶりの準新作小説『3月11日』です。どうぞ!




【エピグラフ】
 山はくづれて河をうづみ、海はかたぶきて陸地をひたせり。土さけて水わきいで、いはほわれて谷にまろびいる。(鴨長明『方丈記』)

 見よ、わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつ、すべて肉なるものを天の下から滅ぼす。(『創世記』6章17節)

 一番大切な事は、目に見えない。(サン・テグジュペリ『星の王子さま』)

 カレー【curry】辛え!
 がれき【瓦礫】塵も積もれば邪魔となる。(筒井康隆『現代語裏辞典』)

 6種の緑黄色野菜と5種の果実の甘みがとけ込む、小さなお子さまも喜ぶマイルドな味わいです。(ヱスビー食品株式会社「カレーの王子さま」)


【取扱説明書】
 このたびは大塚晩霜専用作品『3月11日』を手に取っていただき誠にありがとうございます。読み始める前にこの取扱説明書をよく理解し、正しい使用法でお楽しみ下さい。
●概要:Cはカレーを食べようと思い、カレーを作り、カレーを食べ始め、カレーを食べ続け、カレーを食べ終える。●特徴:注意書きの多用。●効能:ダイエット。過食症予防。●用法・容量:食後1回服用。食前・食中のご使用はご遠慮ください。●副作用:吐き気、嘔吐、食欲不振、絶命。●使用上の注意:用法・用量を守って正しくお読み下さい。閲覧の際は部屋を明るくし、なるべく紙面から離れて下さい。この作品にはグロテスクな表現が含まれています。頭痛・めまい・吐き気・そこはかとない違和感・欠伸などの症状が現れたら即刻使用を中断し、精神科医またはお母さんに相談すること。●操作方法:開いているページの、最後の文字まで読み切ったら、次のページの最初の文字から再開して下さい(※続きがまだあります)。必要ならば紙を1枚めくって下さい。話が一段落するか、自分が飽きるまでは、以下同様の作業を繰り返して下さい。/オートセーブ機能はありません。ご自分でしおりを挟んで下さい。/途中のページを飛ばすと一気にエンディングまでたどり着けます。/●保管および取り扱い上の注意:お子様の手の届かない場所に保管して下さい。あなたの健康を損なうおそれがありますので吐きすぎに注意しましょう。自転車・自動車・ジェット機などの運転中に読むのは危ないですから絶対におやめ下さい。読んだ後は紙に包んでクズかごへ。


【問1】
 北緯35度43分14秒東経139度46分44秒座標に位置するホテルの504号室に男Aと女Bがいる。Aが存命中と仮定したときの年齢はBの年齢の2倍だが、Aが現在のBの年齢だったとき、AとBの年齢差は3倍だった。AとBの交合配列によって娩出時3006グラムの女Cが生じたとして、3月11日現在のCの年齢は、胸囲のサイズと腹囲のサイズ(いずれもセンチメートル換算)の差に等しく、また、Cの現時点での重量(キログラム換算)の50パーセントの値に等しい。重量(キログラム換算)は身長(デシメートル換算)と娩出時の体重(キログラム換算)の積である。Cは男Aと女Bの娘であり、同様に、男Aは男Eと女Fの息子であり女Bは男Gと女Hの娘である。Cに血を授けた者は父なる男Aと祖父なる男Eだけではなく、女B・女F・男G・女Hの血を少しずつ受け継いでいる。家系図は上下逆さにひっくり返したトーナメント表に見立てることが出来る。Cが「優勝」の場所に座を占めるとすると、Cの父母(AB)は決勝戦に当たる。Cの祖父母二組(EFGH)は準決勝で、四組の曾祖父母は順々決勝。このように、無数の枝葉末節からの血が収斂する終着点がCである。先祖は「父の父の父、そのまた父……」という一本道に遡る存在ではない。十五代前の先祖に至る道のりには15人しかいないわけではない。2の15乗、すなわち32768人の血族が背後に控えている。恐るべきスケールで眼前に広がる家系図。そして、思考の中でひっくり返したトーナメント表を通常見慣れたピラミッド型に戻してみたとき、その奇跡に感嘆せざるを得ないだろう。3万人以上が参加した大会の、その頂点を極めたのがこのCなのであり、1周4キロメートルのジョギングコースを、Cが時速7キロメートルで右回りに移動し、Bが時速3キロメートルで左回りに移動し、BとCが3回すれ違うのに要する時間を、Cが乗車した電車が西の方角に平均時速70キロメートルで移動すると、Cは会社説明会の会場がある駅へと到着する。Cが昼食にラーメンを食べて帰宅して1時間後、Bは巨大な交差点に差し掛かる。東西に走る片側4車線合計8車線の国道と、南北に伸びる2車線の道路が交わる交差点で、100メートル北には駅があり、交差点南西には銀行が建っている。Bが横断歩道を時速3キロメートルで北から南へ移動するとき、少年Dがガードレールに花束を供え、その場に屈み込む。菊の花4本から成る花束を包む透明なビニール袋はさながら満月から滴り落ちたような光沢を放射している。Dは(a)手を合わせ、(b)目を閉じ、(c)黙祷する。Dは行為cを20分の3分間維持し、BはDの当該行為を2メートル30センチメートルの距離から10マイナス1秒間見守る。Dは(c)(b)(a)の順で行為を中止し、その場に立ち上がる。Dの目の高さを地上から125センチメートルと定めると、BとDの視線はy=3/46x+125の傾きを持った直線で交わる。二者の視線が衝突した以上、年長者であるBがイニシアチブを取って行動を起こすべきであるが、Bは最善策を確定できない。√2秒後、飛び立つ鳩の躊躇を以てようやくBがDに言語による接触をするとき、BがDに掛けて上げるべき最初の言葉の音節数Sは0>S>10である。
B「悲しいね……」
D「どうして?」
B「悲しくないの?」
D「別に」
 爛熟した太陽が今しも融け落ちていく方角で車両用信号機の灯火が赤から青に変わるとき、BのDに及ぼした心的影響の値は0である。
B「だって、誰か亡くなったんじゃないの?」
D「うん。死んだと思う」
B「死んだと思う、ってどういう意味?」
 Dの仮定する理論によれば、「誰か死んだと思うんです。過去に。ここがまだ交差点じゃなかったころに。ここは明治時代、お墓だったかも知れない。もしくは戦国時代、足軽が討ち死にしたかも。ひょっとしたら平安時代、農民が病死したかも。それか、このあたりに人が住むようになる前に、たとえば原始人が、行き倒れをしてたり。そういう人を悼んでいます」であり、以後に想定されるBとDの会話は以下の通り。Bは豊富な経験を積んだ女性特有の饒舌を発揮する。
B「そっか。その理論で言えば、世の中はお墓だらけだね」
D「うん」
B「じゃあ、どこも歩けないね? お墓を踏んじゃいけないから」
D「そう。この世には死があふれている」
B「まだ小さいのに、そんなこと言うなんて、すごいねえ。でももうちょっとさ、子どもらしく楽しく笑ってた方がいいんじゃない? 人生は悲しいことばかりじゃないよ」
D「ううん。今日だって、誰かが昔死んだ日のはず。誰かの命日。僕の知らない、誰かの。悲しくはないけど、そんな縁起の悪い日に、笑ったりできません」
B「それはそうかも知れないけど、いちいち他人の命日を想像して暮らしてたら、毎日がお葬式気分になっちゃうよ。そりゃ死んだ人のことを忘れてはいけないけど、いっつも思い出してても、色々不都合だよ。たとえばさ、友だちの結婚式があっても、ずっと昔に死んだ人のことが頭から離れなければ、お祝い出来ないし。死んだ人に対して不謹慎になるからって、楽しいことがあっても笑っちゃいけないわけ? それじゃあ誕生日は二度と祝えなくなっちゃうじゃない」
D「誕生日は、その人が生きている間だけ、有効な記念日だけど。命日は、その人が死んでからも、永久に有効な記念日です。だから僕は笑えません」
B「おばさんのね、子どもがもうすぐ誕生日なの。だからそんな悲しいこと言わないでほしいなア。だからね、もう何でもない場所をお墓にしちゃうのはやめて。お墓ごっこは禁じられた遊びだよ」
D「でもここ、これから誰かのお墓になるかも知れないし」
B「これからお墓になるって、どういうこと?」
 このとき、次に想定されるDの返答を300文字以内でまとめよ。


【回答例】
 この小説を読んだ者は必ず死ぬ。信じなくても良い。ただ、死にたくなければ読まないのが賢明だ。死にたい者のみ読み続けよ。
 この小説を読んだ者は必ず死ぬ。その効果は私が保証する。心から、嘘偽りのないことを、誓う。だから、無理して読む必要はない。本を閉じたからといって臆病者の謗りは受けない。なぜなら読めば確実に死ぬのだから。それでも読み続ける者はよっぽど無謀な性格か、あるいは自死を望む者、もしくは単なる馬鹿である。
 読むのも読まないのもあなたの自由だ。だが一つだけ警告させて欲しい。本書を殺人の道具として利用するのはいけない。つまり、「殺したい相手に本作品を読ませる」という使い方は、決して、してはならない。


【3月11日(金)晴】
 会社説明会に行く。昼はラーメン。やっと発見できた思い出のラーメン屋だったが、思ってたよりはおいしくなかった。帰宅後、お父さんに昨日のデートを見られていたことが判明。お母さんがコンサートに出かけたので夜は自分で作ったカレーライス。生理が遅れている。少し不安。


【レシピ】
〈材料〉
・カレールウ:適量
・牛肉:400グラム
・玉ネギ:2個
・ジャガイモ:3個
・ニンジン:2分の1
・米:お皿一杯分(一合弱)
・コショウ:少々
・塩:少々
・水:700~800ミリリットル
・バター。またはマーガリン:10グラム
・ブイヨン:1個
・赤ワイン:150ミリリットル
・小麦粉:大さじ1.5
・サラダ油:大さじ3
・醤油:大さじ2

〈調理方法〉
 玉ネギを二つに切り、薄切りにします。ジャガイモは芽を取り、皮をむき、適当なサイズに切り分け、水につけておきます。ニンジンは皮をむき、イチョウ切りにします。牛肉は塩とコショウで下味をつけ、適当なサイズに切り分けます。
 フライパンにバターかマーガリンと、サラダ油を敷き、火で熱します。牛肉を炒め、赤ワインを加え、煮立ったら鍋に移します。
 フライパンで今度は玉ネギを炒め、キツネ色になったら鍋に移します。
 鍋にブイヨン・水を加え、煮立ったらアクをすくい取り、蓋をして弱火で約20分間煮込みます。
 フライパンでジャガイモを炒め、鍋に移します。
 鍋の中にニンジン・醤油を加え、蓋を取り、さらに15~20分間煮込みます。
 ジャガイモが柔らかくなったらカレールウを溶き入れ、1~2分間煮て火を止めます。
 炊きあがったご飯を皿に盛り、カレーをかけて出来上がり。


STEP1 Cはカレーを作ろうと思う
 晩ご飯はカレーにしようとCは思い立つが、それは朝から考えていたことではない。おやつを食べながら考えついたことだ。事実、昼頃はカレーのことなど微塵も考えることはなく、ラーメンのことばかり考えていた。
 Cは保育園時代に初めて食べたラーメンの味が忘れられなかった。うっすらとした記憶ではあるが、それは極上の物だった。
 Aに連れられてデパートへ買い物に出かけた時、その時たまたま入った一軒のラーメン屋。硝子の引き戸の中にはコの字型カウンターが見え、入り口上部にはクリーム色の看板に毛筆体で店名が書かれていた。店の中は狭く、水はセルフサービスだった。5名ほどの店員が忙しそうにカウンターの中で寸胴を掻き回したりチャーシューを切ったりしていた。
「熱いから気をつけなよお嬢ちゃん!」
 威勢良く出されたラーメンは熱々に湯気を立て、幼いCの顔をじっとりと湿らせる。良い香りだ。スープは白濁し、玉のような油が艶々と浮いている。器のふちにはパリッパリの新鮮なのりが二三枚並べ立てられ、半ば沈んだ麺の上にメンマ・コーン・味付け玉子・厚切りのチャーシューが乗っている。どれもうまそうだ。
 慣れない箸使いでCは麺を一本つまんだ。ちゅるりと吸い込んで、たちまち驚いて目を丸くした。こんなにうまい物がこの世にあるのか、と。ラーメンとは、こんなにもうまい物なのか、と。Cは夢中になって麺をすすり、レンゲですくったスープを飲んだ。喉ごし。胃袋が暖かくなる喜び。鶏ガラ・野菜・昆布から取ったダシをベースに、グツグツ煮込まれた豚骨から染み出した濃厚なエキスを加えた、とろけるようにトロトロなスープ。太く縮れた麺に絡み、渾然一体となって口の中へ躍り込んでくる。深く、重厚で、それでいて透明な味わい。固体のコシと液体のコクとが舌の上を滑る。うまい。こってりとしたチャーシューはむかつくほどの歯ごたえで、タレに漬け込んだ肉の旨みが凝縮されている。メンマとコーンはほのかな甘みを演出し、味付け玉子の感触がぷるぷると口の中をくすぐる。うまい。なんてうまいんだ!
 それ以来、Cはラーメンの魅力に取り憑かれた。好きな食べ物はと問われれば即座に「ラーメン」と答える。そのラーメン熱は成人するとより一層加熱し、あちこちの名高い店を食べ歩いた。
 しかし、どの店も初めて食べた店の味には敵わなかった。どのラーメンもCの舌を満足させる事が出来なかった。ラーメン博物館に出かけてみても、ガッカリするだけだった。誰もが舌を巻く名店でさえ、Cは頑なに否定してみせた。曰く、スープが濃い、もしくは薄い。曰く、麺が細すぎる、太すぎる、柔らかすぎる、堅すぎる。曰く、具が調和していない、香りが悪い、一口目が魅力的でない、後味が悪い、キレがない、コクがない、しつこい、あっさりしすぎている。エトセトラエトセトラ。
「またあのラーメンが食べたい」
 Cの中で、生涯初のラーメンは神格化されていた。今でもあれよりうまいラーメンにはついぞお目にかかれた事がない。
 そんなある日のこと。Cは会社説明会に参加した帰り道、ランチを食べようとブラブラしていると、一軒のラーメン屋が目に入った。動悸がした。
 記憶が鮮明に蘇るのを感じた。店の名前は覚えていないがその外観だけは微かに記憶している。確かに、あの店だった。間違いない。Cが初めてラーメンを食べた店。世界一うまいラーメンを作る店だ。
「こんな場所にあったのか……!」
 Cは奇跡的な再会に顔の筋肉を緩ませた。狂喜にほころぶ表情を隠し切れなかった。すぐさま「大煉軒」と刺繍されたのれんをくぐった。
 十数年前の記憶が昨日の事のように思い出される。硝子の引き戸は重くなったが、店内は変わっていない。あいかわらずコの字型カウンターで、あいかわらず水はセルフサービスだった。変わっていない。間違いない。初恋のあの店をついにまた見つけたのだ。
「へいいらっしゃい」
「ラーメンを」
「ありがとうございます。ラーメン一丁!」
 店の雰囲気も変わっていない。店員は入れ替わっていたり年を取ったりしているのだろうが、Cが子どもの時そのままの威勢だ。
 やがてCの永遠の憧れ──大煉軒の「ラーメン」が目の前に置かれた。ああ、変わっていない。全てあのころのままだ。スープの色も、てかっているスープの表面も、縮れた麺も、具も、丼の縁を飾るのりの位置まで変わっていない。世界一の、ラーメン。
 Cはニヤニヤしながらラーメンに箸を突っ込んだ。麺をグッと掴みあげる。ほかほかと立ち昇る湯気に顔がしっとりとする。あの頃と同じだ。違うのは、メガネが曇る事くらいである。
 ズズッ。Cは麺を口に運んだ。うまい! うまい……。うまい?
 世界一うまい? そんなにうまいか?
 その時のCの愕然とした表情は、ちょっと筆舌に尽くしがたい。一口食べたあと、噛む動きそのままにあんぐりとアゴを垂れた。両手で器を包むように触り、放心したようにチャーシューを見つめた。
 それほど、おいしくなかった。決して店の味が落ちたわけではない。十数年前と同じ味だろう。進歩も退歩もしていない。変わっていない。変わったのはCの舌だった。Cの舌は理想のラーメンを厳しく追い求める過程で相当に肥えていた。その舌からすると、このラーメンは子どもだましの味に感じられた。
 それから、何と言ってもCの心が原因だった。Cの中で大煉軒のラーメンは神格化され、不当に誇大化されていた。天上界の料理のように崇めるあまり、もはやそれは地上に存在する事の許されないラーメンに変貌していた。そのため、当然の成り行きだが、現実と理想でギャップが生じたのだった。
 今まで、他の店の良い所が見えていなかった。たとえ最上の味に出会ったとしても、初めて食べた有りもしないラーメンと比べてしまい、手放しに「おいしい」と評価する事はなかった。しかしそれは思い込みによる幻想だったのだ。大煉軒のラーメンに盲目的な陶酔をし、自分自身で創り出した妄想。ようやく恋のカラクリに気が付いた時、Cは愕然とした。
 物憂げにレンゲでスープをかきまぜながら、Cはよく利用するラーメン屋の事を考えた。その店は味はあまり良くなかったし、「Cの心の中のラーメン」と比ぶべくもなかったが、値段が安いし、近所だからという理由で足繁く通っていた。
 そういう場末のラーメン屋を、正当に評価してやれる気がしてきた。レンゲにたぷたぷ満ちたスープをなめながら、Cはそう思うのだった。
 午後2時、Cは帰宅した。長年の習慣で、まずは居間の仏壇の前に座り、鈴を鳴らし、手を合わせる。するとそこへ、AがCに声を掛けてきた。
「オイいち子。お父さんめちゃくちゃ感動したぞ」
 Cは呆れたようにため息を吐き、手を自分の膝に置き、困り顔でAの相手をする。
「どうしたの?」
「昨日のことなんだけどね」
 昨日CはCが通う大学の先輩とデートをして来た。その場面をAに目撃されたのだと思い、叱るような口調で言う。「なぁに。またデートのぞいたの」
 AはCをよく尾行する。いつの間にか後ろについてきているのでCは気を抜けない。たとえば友だちとのショッピング。映画。大学の飲み会。果てはデート、温泉旅行まで。いつ見られてるのかCにはわからなかったが、うちに帰ってきてからAに「あの男はやめた方がいいな」なんて言われるので驚く。Cは「大事な娘を見守ってくれてるんだろうけど、監視されてるみたいだし、お父さんは大好きだけど、さすがにちょっとやめてほしい。もう慣れたけど」と思っている。
 Cの詰問に対し、バツが悪いのか、Aはちょっと言葉に詰まった。
「いやさ、確かに、行ったけどさ……」
 すぐ白状した。
「そりゃ、おまえが心配だからであって……」
 Aの言い訳はいつ通りだった。Cは苦笑いする。Cは怒るに怒れない。Aの心底申し訳なさそうな声は、情けなくて、ぶきっちょで、とても暖かみがあって、しかも少しいじらしかったからだ。AはCのことを本当に大切に思っている。
「で、何に感動したの」
「おまえホラ、駅で待ち合わせしたあと、横断歩道を渡ったろ」
「渡った渡った」Cはここでちょっと違和感を感じ、少し大袈裟に目を剥く。「えぇ~っあん時からいたのぉ!?」
「うん」子どもみたいに無邪気な返事。
「それで?」
「すっごく人がいっぱい居たじゃないか」
「そうだね。よく私たちのこと見失わなかったね」
「それでな、そん時な……。あー。ちょっとアルバムを持って来なさい。おまえの七五三の時の」
「何それ。何か昨日のデートと関係あるの」
「あるある。大いに。いいから持って来てよ」
「めんどくさいよ」
「頼むよ」
「どうしても今持って来なきゃだめ?」
「だめ」
「しょうがないな。どこにある?」
「リビングの本棚の、下の方の段にある」
 Cは居間で写真アルバムを探し、分厚いアルバム数冊あるうちの一冊Cの幼少時代を収めたのを抱いて茶の間に戻る。
「お父さん、これ?」
「ああそれそれ。多分。七五三の時の写真、ある? 7歳の時の。八幡宮の」
「7歳……。ああ、これね」着物でおすましをし、千歳飴を手にした、可愛らしい7歳のC。「この写真がどうしたって」
「その写真、後ろの方に縁日の露店が写ってるだろ」
「写ってるね。たこ焼き屋さんが」
「竹串を持ったテキ屋のあんちゃん、いるだろ」
「いるね」
「こいつと今日すれ違ったぞ」
「えぇ~っ!?」Cはただ驚くばかりだった。
「おまえは東口を銀行の方に向かったろ」
「向かった向かった」
「そのあんちゃんは、銀行の方から駅に向かって歩いてたんだ。で、お互い、横断歩道を渡る時に、すれ違ったってわけ。最接近時のその距離、なんと、たった15センチ」
「本当に~!?(この写真の男の人と、私が今日、あの横断歩道上で行き交ったってわけ?)何それ。なんかすごいけど。本当なの」
「本当。確かめた。信じるだろ」CはAを無条件に信じる。「ちなみにこの写真のあんちゃん、今では日雇い労働者をやってる」
「でもそれが何で感動するわけ?」
 Aは、いつになくまじめに、滔々と述べ立てた。Cは終いまでおとなしく聴いた。
「奇跡的な再会じゃないか。作られた再会じゃない。小説みたいに、偶然を装った遭遇じゃない。仕向けられた筋書き通りの邂逅じゃない。こういうさ、お互い見ず知らずの人間がさ、長い年月を挟んで、たまたますれ違う。これってすごいことじゃないか。なぁ」Aは少し言葉を切ってから、また続ける。「知り合い同士、意外な場所で不意に出会うと心地よい驚きを感じる。不思議な巡り合わせに興奮する。でもな、当人同士は全くそれと知らないまま、こういう奇跡的なすれ違いをするっていうのも、すごいことだと俺は思う。しかもな、今日いち子は元テキ屋のあんちゃんとすれ違ったわけだけど、こういう類のすれ違いって、実は今まで何度も体験してるんだぜ。特に人の多い場所に行くとな。知らなかっただろ」
 言われてみれば有り得そうな話だ。
「いち子とあんちゃんの再会、お父さんはめちゃくちゃ感動した。なんだか不思議な気持ちになった。神のいたずらというか、いいやそんな物じゃない、もっと大きな、何と言えばいいのかな、とにかく、世界の広さと狭さ、その両方を感得した。ある人とある人がさりげなく接触をしていたりする、そこに却って感動がある。いち子が今日、全然気付かぬまま体験したこの現象、他の人たちも全然気付かぬまま、何度も体験してるんだろうね。毎日、何十年ぶりの奇跡的再会を果たす赤の他人同士が、何人いることやら。しかも当人同士はそういう奇跡的再会に全く気付かないんだ。そういう真理を発見して、お父さんは戦慄するほど感動した。想像すればするほど、すごいなって思う。世界の人口は今や60億を超えている。しかしそのうち実地に顔を合わせられる人間の数なんてたかが知れてる。生きている間に、言い換えれば同じ時代・同じ空間の中に活動しているって、これってすごいことじゃないか。ものすごい確率の巡り合わせなんだから」
 なるほどCは名状しがたい感動に襲われた。それって、すごいことだ、と、思う。Aが教えてくれなければ、Cは今日のこの運命的なすれ違いをちっとも知る術がなかっただろう。
 でも、それとは全然関係ない事だが、Cには気になる事が一つあった。
「それでさ、」抑制された、しかし強い口調でCはAに問う。「お父さんさ、私たちを、どこまで尾行したの?」
「そりゃおまえ、そこでさ、うちに帰ってきたよ」Aはあきらかに落ち着きを失った。
「ウソでしょ」
「え。ウソじゃないよ」
「ウソ。見たでしょ」
「え。見てないよ」
「何それ。何を見たか聞いてもないのに、どうしてそんな慌てて見てないよなんて言うの。やっぱり見たんでしょ」
「う……」
 Aは少時沈黙する。やがて「ちょっとね。一瞬ね」
 Cは勢い良く立ち上がり、「やっぱり! お父さんのエッチ!」空気が揺れるほどAを怒鳴りつけた。Aは苦笑しながら逃げていった。仏壇の位牌がカタカタ揺れた。
 Cは苦笑し、自室に移動した。音楽を聴きながら漫画を読み、スナック菓子をつまんだ。晩ご飯はカレーを作ろうと思った。カレーはご飯・ナン・うどん・まん、何にでも合う。カレーうどんを食べたいと思ったが、お昼にラーメンを食べたばかりだったので二食続けての麺類は避け、カレーライスを作ることにした。


【問2】
[仮定]カレー+うどん=カレーうどん
[結論]黄金バット≠金属バット
[証明]
 {(カレー)+(うどん)=(カレ)-(うどん)}ならば
{(カレ)=(カレー)+2(うどん)}…この式を①とする

 {(カレー)+(うどん)=(カレーうどん)}ならば
{(こうもり)+(かさ)=(こうもりがさ)}
→{(こうもり)=(こうもりがさ)-(かさ)}…この式を②とする

 ①より、彼は1皿のカレーと2杯のうどんの和によって造られる。
∴ 彼 ≒ \1000 …この式を①’とする

 ②より、{(こうもりがさ)-(かさ)=(こうもり゛)}になるはずだが、実際の解は(こうもり)
∴ こうもり ≒ こうもり゛ …この式を②’とする

 ①’②’より、彼はゴールデンバット5箱分程度の値打ちで、こうもりは哺乳類だがこうもり゛は鳥類かも知れない。ということは、彼は両切りタバコ100本程度の価値しかなく、黄(中略)
 証明の途中で、何がなんだかわからなくなってしまったが、「黄金バットは不死身の怪人」で「金属バットは打ち身の殺人」だから、似て非なる。
∴ 黄金バット≠金属バット


STEP2 Cはカレーを作る
〈材料〉
・ターメリック&カルダモン&ナツメグ&クローブ&コショウ&トウガラシなどの香辛料を調合した粉に小麦粉や油脂や調味料などを加えた乾燥した泥のような塊:適量
・屠殺された牛の死肉(鮮血に染まった細胞):400グラム
・玉ネギの頭部:2名分
・ジャガイモの遺体:3体
・ニンジンの死骸:2分の1(下半身)
・稲の卵:5000粒
・蔓性低木の粉砕された実:少々
・NaCl(塩化ナトリウム):少々
・ジハイドロジェン・モノオキサイド(一酸化二水素):700~800ミリリットル
・牛乳から抽出した脂肪。または人造バター:10グラム
・肉片や骨の煮出し汁を固形化した物:1個
・古びて赤く変色したぶどうの汁:150ミリリットル(致死量)
・粉砕された小麦:大さじ1.5
・植物の脂肪を工場で圧搾精製した混合油:大さじ3
・蒸し殺しにした大豆から醸成した液:大さじ2
 ──Cにとってカレーは食べるための物体であり、かつて生命活動を行なっていた動植物ではない。生き物ではなく、食べ物。そこに命の面影はない。噛み砕き、飲み下し、消化吸収して栄養とするための物質である。
 玉ネギは頭蓋から真っ二つに断ち割り、遺族が確認しても本人と判別できないほど薄べったく解剖する。ジャガイモは生爪を剥がし皮膚を剥ぎ取り包丁でめった刺しにし、液状の一酸化二水素にさらして充分に溺死させる。ニンジン(下半身)も皮膚を削り取り、さらにバラバラにする。屠殺された牛の死肉(鮮血に染まった細胞)は塩化ナトリウムと蔓性低木の粉砕された実でコーティング加工したのち、生前のつぶらな瞳を想起しながら切り刻む。
 重金属製のフライパンに牛乳から抽出した脂肪(または人造バター)と植物の脂肪を工場で圧搾精製した混合油を敷き、火で熱する。屠殺された牛の死肉(鮮血に染まった細胞)の肉片を痛めつけ、古くなって赤く変色したぶどうの汁を加え、煮立ったら五右衛門風呂に移す。
 同じく玉ネギの頭部を傷め、ぐったりとミイラ色に褪せてきたら釜茹での刑に処す。
 肉片や骨の煮出し汁を固形化した物と一酸化二水素を加え、煮立ったら死体から滲み出た体液をすくい取り、重厚な蓋で監禁して弱火で約20分じわじわと煮込む。
 地獄の業火で灼熱となったフライパンの上でジャガイモの遺体を悼めたのち、血の池に送還する。
 阿鼻叫喚の地獄絵図となった死の沼の中に、ニンジンの下半身の断片・蒸し殺しにした大豆から醸成した液も加え、蓋を取って食材の苦悶の表情を眺めながらさらに15~20分間苦しめる。
 ジャガイモの遺体が柔らかくなったらターメリック&カルダモン&ナツメグ&クローブ&コショウ&トウガラシなどの香辛料を調合した粉に小麦粉や油脂や調味料などを加えた乾燥した泥のような塊を溶き入れ、1~2分間煮て火を止める。
 稲の卵を皿に盛り、カレーをbukkakeて出来上がり。
 ──料理とは、結局はそういう行為。しかしCは気付いていない。Cにとってカレーは食べるための物体であり、かつて生命活動を行なっていた動植物ではない。


【おことわり】
 この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係がございません。
 本作品の著作権は大塚晩霜に帰属し、許可無く内容の一部または全部を転載・放送・販売・レンタルする事は法律で禁じられた遊びです。また、個人的に楽しむ場合を除く無断複製・覚醒剤使用・万引きは絶対におやめ下さい。
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【問3】
(以下の文章を読んでから設問に答えよ)
 放課後、Dは銀行の前に立っていた。銀行の前には大きな交差点がある。そして長い横断歩道がある。
 横断歩道。Dは憂鬱な気持ちで横断歩道を眺める。片側四車線の道路、すさまじい交通量。普通車だけでなくバスやトラックも通る。まるで荒れ狂う河川だった。
 やがて、車の波が途切れる。
 歩行者用信号が青になる。
 しばらくして点滅する。
 赤になる。
 大河の向こう岸に、足の弱そうな一人のおばあさんが見えた。彼女は横断歩道に近付く。牛歩どころか蝸牛にも喩えられるような遅々とした歩み。横断歩道の直前で立ち止まる。青なのに渡らない。他の歩行者はどんどん渡るが、おばあさんだけは立ち止まっている。Dは不思議に思い、彼女を見守った。信号が点滅する。赤になる。おばあさんの鼻先に激流が出来上がる。
 渡らないのかと思ってなおも見つめていると、彼女は次の青になってようやく動いた。きっと、賢明にもこう考えたのだろう、「途中からでは渡りきれない。向こう岸に辿り着く前に信号は変わってしまうに違いない。青になった瞬間、渡り始めよう」と。
 やがて、車の波が途切れ、歩行者用信号が再び青になった。おばあさんは今度こそ渡り始めた。
 スタートは完璧だった。カーレースのスタートのように、見事な立ち上がりだった。他の歩行者に遅れを取るものではない。しかし、その最高速度は驚くほどに遅い。Dは不安になった。渡り切れるのか。駄目なんじゃないだろうか。途中で赤になってしまうのではなかろうか。Dは心配になる。心配だ。一緒にスタートした人たちがとっくにゴールしているというのに、おばあさんはまだ半分も渡れていない。誰かおばあさんの手を引いてあげればいいのに。ああ。Dは不安で心配だ。しかしそれでも、Dは、銀行の前から動かない。動けない。
 おばあさんはやっとのことで中央線を越えた。今は上り車線の右折レーンの前だ。急いで。急いで。Dは、心の中で、小声で叫ぶ。横断歩道上を行き交う人の量が徐々に減っていく。おばあさんよりもずっとあとに渡り始めた人たち悉皆が対岸に到着する。おばあさん。おばあさん。濁流に飲み込まれてしまう。早く。急いで。信号が赤になっちゃう。
 ついに信号が点滅し始めた。残すところ、まだ3車線。とても渡り切れるペースではない。誰かが助けてあげればいいのに。誰かが。しかし誰も助けない。誰も彼女を顧みない。見ることすらしない。
 信号が赤になった。不吉な色。向こう側の四車線、下り車線の車たちは、じっと待たされた鬱憤を晴らすかのように一斉に飛び出す。おばあさんの背後で、車が恐ろしい音を駆動させながら通過していく。
 新しい歩行者たちが、横断歩道の前に集まり出し、信号の変わるのを待ち始める。誰もがおばあさんに好奇の目を向ける。しかし足を動かそうとする者はいない。誰もおばあさんを助けようとしない。ただ見ている。見殺しにしている。そして、Dも銀行の前から動かない。動けない。
 手前側の四車線、上り車線の車も唸りを上げて横断歩道上を通過し始めた。Dの視界を機械の塊が右から左へすっ飛んでいく。Dとおばあさんとの間の視界を断続的に遮る。車と車の間から、おばあさんの小さな姿が垣間見える。
 けたたましくクラクションが鳴る。1台のセダンがおばあさんの直前で停車した。そしてクラクションの数が増える。ワゴンが急停止した。おばあさんはペコペコ頭を下げながら苛酷な旅路を急ぐ。しかし急いだところで歩く速度が増すわけではない。渡り始めた最初から、彼女は必死に歩いていたのだ。
 あともう少し。もう少しでこちら側に着く。もう1車線を越えれば、安全な歩道だ。その瞬間。
 サラリーマンが短く鋭く叫んだ。若い女性は悲鳴を上げながら顔を覆った。目の前で起こった惨劇に誰もが息を飲んだ。
 一番左の車線を猛スピードで走ってきたダンプカー。ワゴンの死角からひょっこり現れたおばあさんに、全く気付かなかった。ダンプはおばあさんを、轢いた。撥ねた、ではなく、轢いた。車体にぶつかったのではなく、巨大なタイヤで蹂躙した。何かが砕ける大きな音がした。
 ダンプカーは少しも速度を緩めることなく通過した。そして走り去った。まるでゴミか何かを踏んだような様子だった。運転手はおそらく事故に気が付いていない。轢き逃げをしたという認識すらないだろう。
 後続車両が急ブレーキを踏んだ。おばあさんの前で停止した。
 今ならまだ間に合うかも知れない、手遅れになる前に各自が各自の義務を果たせば。
 事故を目撃した歩行者たちが助けに駆けつける。おばあさんの周りを取り囲む。二三名が我先に携帯電話を取り出し119番に掛ける──と、Dは思っていた。当然そうなるだろうと。
 急ブレーキを踏んだ後続車両は、おばあさんを踏まないよう巧みによけながら、ほんの少し隣の車線にはみ出しながら、通り過ぎる。その後ろの車も、前の車に倣って徐行運転で通過する。さらにその後ろも、さらにまたその後ろも。左車線を慎重に走る車両の列、そのにょろにょろとした歩みは、潰れた虫の死骸を避けて歩く感覚と似ていた。吾人が虫を踏んだとき「うわっ」と思うのは、殺してしまったことへの罪悪感ではなく、小さな命への嘆きでもなく、靴が汚れたことに対する落胆に他ならない。
 歩行者は誰も動かない。哀れんでいるそぶりは見せるが、行動は起こさない。誰も。我先に携帯電話を取り出した数人は、横たわるおばあさんを、真剣な表情で撮影している。そして車の流れは決して途切れない。決して。
 横臥したおばあさんの身体の下に血溜まりが出来る。徐々に体液が滲み出す。彼女は何も声を出さないが、まだ生きている。ごほごほ咳き込んでいる。咳をすると激痛が襲うのだろう、ごほごほ言う度に全身がびくびくと痙攣する。そしてその度に口から黒い血が噴き出す。あまりにも惨い、目を背けたくなる惨状だった。サラリーマンが額に手をやる。ハンチングをかぶった初老の男が何か大声で喚く。年増女が吐き気をこらえて胸を押さえる。
 この、異常事態。誰もがおばあさんを可哀想だと思っているのに、誰も実際の行動に移らない。誰もが不快感を露わにしているのに、誰も当事者を助けない。誰も。Dも。
 徐行で巧みに通過していく車両の列は、徐々に通過速度が上がっていた。隣の車線にはみ出す幅も減じていった。そうなれば当然の帰結として、やがて、おばあさんが倒れているのに気が付かない車が、やって来る。
 おばあさんの身体の上を、セダンが通過した。その瞬間、おばあさんが弱々しい声で鳴いた気がした。それは彼女の断末魔の肉声だったかも知れないし、潰された肺から絞り出された空気が、自然現象として声帯を震わせただけだったかも知れない。
 セダンを運転していたドライバーは、何かに乗り上げた感覚を、絶対に感じたはずだ。絶対に気付いたはずだ、決して荷物などではなく、生き物の肉体を轢いたことを。それでもセダンは停止することはなかった。逃げ去った。全く気付かなかったダンプカーの運転手とは異なり、自分の意志で、逃げ去った。罪の意識を痛烈に味わい、「今轢いたのが人間ではなく、犬でありますように!」と強く祈りながら、逃げ去った。
 おばあさんは咳き込む事もなくなった。もう、死んだだろう。仮に生きていたとしてももう助からないだろう。もはや、おばあさんは生前のおばあさんではなく、死んだおばあさんだった。
 もう1台、セダンが通過した。おばあさんは死んだ。死んでいた。死んだおばあさんだった。
 さらにもう1台、セダンが通過した。もはや、おばあさんは死んだおばあさんではなくなり、おばあさんの死骸になった。
 トラックが通過した。バスが通過した。セダンが通過した。ミニバンが通過した。トラックが通過した。軽自動車が通過した。軽自動車が通過した。信号はいまだ変わらず、数限りない車両がおばあさんの死骸の上を通過した。どの車も、全く止まらなかった。路面の違和感にもブレーキを踏むことはなかった。もはや、おばあさんの死骸はおばあさんの死骸ではなく、「犬か猫か何だかわからないが、何かの死骸」だった。実際それは、肉の原型をとどめておらず、さまざまなタイプのタイヤに踏みにじられて、見事なまでにぺしゃんこになっていた。体液は全て搾り尽くされ、骨は粉々に砕かれ、布切れの下にどす黒い染みが残るだけになっていた。死骸ですらなくなった。
 車の流れが止まった。
 歩行者用信号が青になった。
 人々は、おばあさんの名残にちらちら目を落としながら、向こうへ渡っていった。向こうから渡ってきた人々は、おばあさんの名残だとは知らず、布切れの上を平気で歩いた。
 信号が点滅し始めた。クラスメートが3人、小走りにこちらへやって来た。銀行の前でやや緊張しているDを見て、にやにや笑っている。悪意にまみれた、笑み。赤になる直前、信号機の光は消え、彼らの足下には、正体不明の布切れ。
 (設問1)布切れを中心点に据え、Dとクラスメート3人の関係性をベン図で示せ。
 (設問2)Dがクラスメートにいじめられている確率を求めよ。
 (設問3)3月11日から起算したときの、Dの余命を求めよ。(ただし数値は日数とする)


STEP3 Cはカレーを食べ始める
 カレーの下にはご飯がある。ご飯の下には底の深い平皿がある。底の深い平皿の下にはテーブルクロスがあり、テーブルクロスの上には底の深い平皿の他に水の入った透明なガラスのコップと銀色のスプーンがある。テーブルクロスの下にはテーブルがある。テーブルの下には絨毯がある。絨毯の下には床がある。床の下には他人の住む部屋がある。他人の住む部屋の下には別の他人の住む部屋がある。別の他人の住む部屋の下には別の他人とは別の他人の住む部屋がある。別の他人とは別の他人の住む部屋の下には建物の基礎部分がある。建物の基礎部分の下には地球がある。地球の下には宇宙がある。つまり、宇宙の上にある地球の上にある建物の基礎部分の上にある他人の住む部屋の上にある別の他人の住む部屋の上にある別の他人とは別の他人の住む部屋の上にある床の上にある絨毯の上にあるテーブルの上にあるテーブルクロスの上にある底の深い平皿の上にあるご飯の上にあるカレーに、Cは銀色のスプーンを沈める。カレーライスをすくい、口中に運ぶ。スプーンを口から離し、カレーライスを咀嚼する。カレーとご飯と具がCの口の中で躍る。
 ニンジンは自然な甘味で口腔を満たす。かわいらしいおいしさと言っても良いかも知れない。
 柔らかく煮られた牛肉は噛むごとに肉のうまみが広がる。肉汁とカレーのアンサンブルはホッペが落ちそうになるほどの美味だ。
 また、ふっくらと炊けたごはんのおいしいこと。口をモグモグ動かせばカレーや具と渾然一体となり、味覚と触覚の両方を喜ばせる。
 ホクホクとしたジャガイモは歯に優しい感触。咀嚼されて小さくなり、静かに食道を通過しておなかに転がっていく。
 カレーは甘辛く、うまい。香辛料の効いた深い味わいが食欲をちくちくと刺激し、スプーンを使う手の動きを促進させる。
 調理中にCを泣かせたタマネギは、今や飴色の風味を彼女の舌の上に運ぶ。砂糖水を染み込ませた天の羽衣が味蕾をおっとりと撫でるような趣きだ。
 Cは、カレーライスの味に満足したが、口の中で何が起きているのかまでは心付かない。Cにとってカレーは食べるための物体であり、かつて生命活動を行なっていた動植物ではない。生き物ではなく、食べ物。そこに命の面影はない。噛み砕き、飲み下し、消化吸収して栄養とするための物質。Cは無数の死骸がグチャグチャに混ざり合ったカレーライスを食べている。多くの命を犠牲にして出来上がったカレーライスを。彼女の体内に溶け込んでいく霊魂。
 ニンジンは臭い唾液にまみれ、酵素の塗られた歯ですりつぶされる。すりつぶされる時、歯垢をこすりつけられる。きったなくグジョグジョになる。そんな事は、自分の口の中を覗けないCに知る由もない。
 牛肉はかつて野蛮なウシだった。胃が四つあり、ひどく臭うゲップを吐く動物。蠅の飛ぶ薄暗い小屋で寝起きする卑しいおデブ。そんなウシの死肉にCは接吻している。のみならず口に入れている。ウシさんは残酷に噛み絞められ、悲惨な交通事故に遭ったごとくブチャブチャにねじり潰れる。Cはその事実に目もくれない。
 米は稲科植物の実。新しき生命を宿した卵だ。5000人もの赤ん坊の姿蒸し。岩石剥き出しの岩山のようなCの歯に圧殺され、声にならない叫びをあげる。5000人の赤ちゃんが一斉に泣きわめく断末魔の大合唱。Cにはそれが聞こえない。
 ジャガイモは胃の中でドロドロに溶解している。それはまるで、ゲロのよう。否、まさしくゲロそのもの。腹をかっさばいて観察してみれば一目瞭然だが、ゲロで胃袋が満たされているのと同じだ。だがCの考えはそこまで及ばない。清潔な食材は胃腸の中でも清潔なままだと信じている。種種雑多の飢えた細菌が群がり、ウネウネ下品にかじりついているのに。
 カレー本体は、色つや・軟度・湿り気、どれを取ってもまるで排泄物のような泥濘。たくさんの命の断片が化合されている。これはそのうち、腸内にはびこるおびただしい数の細菌に侵食されて、カレーみたく茶色い大便となって排出されるのだろう。Cには想像できない。口の中を豊潤な香りで満たしてくれたこのカレーが、いつか芳醇な匂いで便器を満たすだなんて。
 そして、タマネギ。タマネギにだって、かつて命があった。2個あるうちの片方は、実はCの元カレだ。しかしCはそれを覚えていない。食べ続けるうちに、思い出すだろうか。
 Cは23歳。出産時の体重は3006グラムだった。大学の工学部環境学科に在学している。賃貸マンションの四階にBと二人で暮らしている。週末は近くのショッピングモールでお買い物。携帯のメモリーは百余件。クラシック音楽を好んで聴く。『不思議の国のアリス』や『オズの魔法使い』や『星の王子さま』が好き。自動車の運転が苦手。勝負下着の色はドぎついワインレッド。
 と、そういった経歴はたいして意味を成さない。彼女の現在の経歴はさして問題ではない。もっと話すべき経歴がある。
 彼女の前世はイカだった。サメに食われる最期だった。その前はチューリップだった。その前はキリギリスだった。さらにその前はカバだった。カバの前はカエデだった。これは寿命で枯れた。
 彼女の主な経歴を片っ端から並べると、ヒト・イカ・チューリップ・キリギリス・カバ・カエデ・アブラムシ・スギ・ダンゴムシ・ペンギン・しめじ・ヤク・タバコ・松・サンマ・ニワトリ・レタス・オミナエシ・ウマ・(中略)・スズメ・ナマコ・パセリ・セロリ・ネコ・ムカデ・ポプラ・ミカン・ハチ・チョウ・トムソンガゼル・シイタケ・シジミ・ウツボ・柿・ウミガメ・トマト・カナブン・ラクダ・麦・カツオ・イヌ・イカ(1回目)・オオカミ・リュウグウノツカイ・サイ・モミ・サンゴ・カブトムシ・トンボ・ベニテングダケ・タイ・ゼンマイ・バオバブ・トリカブト・カラス・テントウムシ・トンビ・サルスベリ・ヤドカリ・インパラ・(中略)・バショウ・タンポポ・カタツムリ・ヌー・ジュゴン・ユリ・タカ・ウニ・ネギ・ブナ・フジツボ・カタクリ・ヒト(1回目)・ミズナラ・クスノキ・ヒノキ・カイコガ・アサリ・藻・ブタ・ワラビ・ゾウリムシ・エビ・ユキノシタ・ネズミ・(中略)・ハエ・ハエ・カ・カ・カ・カッパ・パ・(中略)・ファブロサウルス・インドスクス・ミフネリュウ・ウルカノドン・(中略)・藻・知られていないシダ植物・ゾウリムシ・ミズケムシ・三葉虫・三葉虫・アメーバ・三葉虫・藻・アメーバ・藻・藻・藻・藻・藻・藻……。その他、ミミズ・酵母菌・サルモネラ菌などは何度経験したかわからない。
 Cはネコ時代にセミを捕食した。そのセミは現在、ゴムの木に生まれ変わり、Cの家のダイニングルームを飾る鉢植えとなっている。そんなことCは知らない。
 柿期のCを育てていた人は、Cの果実とカニを一緒に食べて腹痛を起こした。その人は歳月を経てサツマイモになった時、未就学児のCに収穫された。そんなことCは知らない。
 スズメだったCを分解したウジ虫は、現在Cの所属するゼミの担当教授となっている。少し厳しいが芯は優しい人だ。そんなことCも教授も知らない。
 Cは以前にも人間だった時代がある。ヒノキ・クスノキ・ミズナラ、木として生涯を3回繰り返したあとの事だ。その時の彼女はシャミシュという名の女性だった。
 ある日シャミシュは敵対する部族の戦士・サラギンと情熱的な恋に落ちた。ふたりは他人の目を避けて森に入り、たくさんたくさん話した。
「じゃあね」
 いよいよ帰る段になってサラギンがお別れのあいさつに手を振ると、シャミシュは名ごり惜しそうに近寄ってサラギンの手のひらに自分の手のひらを重ねた。シャミシュはサラギンの目を見つめたまま、相手に合わせて手を動かす。彼女は湿り気のあるシーツのような肌をしていた。彼女の手のひらはラバーのようにサラギンの手に吸い付く。
「ちっちゃな手だね」
「そうかな。サラギンの手がおっきいんだよ」
 ふたりはそう言いながら、手と手を見つめた。ふたりはしばらく黙った。
 ようやくサラギンが意を決したように、言った。
「くちびるの大きさは、どうかな……」
「え……」
 その意味を問い正す間もなく、サラギンはシャミシュのくちびるに自分のくちびるを重ねた。忘れがたい甘い記憶は時間の流砂に漂白された。生物の肉体は砂のような原子が無数に固化して出来上がっている。死ねばサラサラと流れ落ちるだけだ。
 遠い過去に関わった生き物の生まれ変わりが、彼女の生活のあらゆるシーンに登場する。そういう事をまったく知らず、Cは魂の破片を満載したスプーンをゆっくりと口に運ぶ。臭い唾液にまみれたニンジン、ゲップを吐くウシの死肉、5000人もの赤ん坊の姿蒸し、まさしくゲロそれ自体であるジャガイモ、そして、下痢気味の大便のようなカレー。
 世界のために、もう一度。「遠い過去に関わった生き物の生まれ変わりが、彼女の生活のあらゆるシーンに登場する」そういう事をまったく知らず、Cはカレーを食べている。タマネギを食べている。タマネギと化したサラギンを食べている。


【学習の手引き】
 (読解)
1.この文章を読んだ最初の印象をまとめておきましょう。
2.作者が言おうとしている主張は何なのか、クラスで話し合ってみましょう。
3.班ごとに「ポスト構造主義チーム」と「ニュークリティシズムチーム」に分かれ、この文章の経済的価値(末端価格)を論じてみましょう。
4.きのうの夜、あなたは何を食べましたか。近い過去を思い出すのはボケ防止につながります。
 (表現・言語)
口腔…口蓋と舌の間の空間。
アンサンブル…(音楽などの)調和。一体感。
咀嚼…食べ物を噛み砕く行為。
味蕾…舌の表面近くにある味覚の受容器。直径約50マイクロメートル。
酵素…物質の化学的分解を行なうタンパク質。
泥濘…ぬかるみ。
豊潤…ゆたかでうるおっている。
芳醇…(酒の)かおりが高く、味にコクがある。


STEP4 Cはカレーを食べている
 CとBの住む賃貸マンションは2LDKで、Bは南東八畳の和室に寝起きし、Cは北西六畳の洋間に起居している。Cが今カレーを食べている部屋はダイニングである。
 ダイニングの南はカーテンが引かれているがベランダに続く窓。窓と同じ面左側の壁には額入りの風景画が掛けられていて、画題は渋滞する車列と憔悴した人々の行列。西側の壁には3月と4月の暦の上に桜の写真を配したカレンダーと、映画『モンティ・パイソンの人生狂想曲』のポスターが貼られている。
 南東隅にはテレビ台の上にテレビ、テレビ台の中にDVDプレイヤーや各種説明書。テレビ向かって左隣にくずかご。南西隅には観葉植物であるゴムの木の鉢植え。
 西側には背が壁に接するように小型のソファー。
 部屋の中央やや北側にはカレーを載せたご飯を載せた底の深い平皿を載せたテーブルクロスを載せた正方形に近い長方形のテーブルが長辺を東西にしてベージュ色の絨毯の上に置かれている。テーブルの北側には肘掛け付きの椅子が二脚南を向いていて、Cはそのうちの西側の椅子に座っている。
 和室に通じる東の引き戸の横には本棚があり、料理本・ファッション雑誌・古新聞・広告チラシの束・Aが愛読していた『大菩薩峠』全巻・写真アルバムなどが並んでいる。
 本棚の横には小型のタンスがあり、その上には風邪薬・胃腸薬・頭痛薬・傷薬・かゆみ止め・のど飴・湿布・絆創膏・ピンセット・包帯・ガーゼ・テープ・体温計などが収められた救急箱が置かれている。救急箱は久しく使われていないため指で撫でればうっすらとホコリが取れるだろう。健康は、普段は気にならないが、失ってからようやくその有り難さに気付く。健康と空気は似ていて、人は溺れたとき初めて酸素のありがたみを知る。平凡な日常が掛け替えの無い時間だと実感されるのは不穏な非日常が唐突に訪れた時だけだ。
 タンスの中にはハサミ・カッターナイフ・のり・メジャー・ホッチキス・クリップ・画鋲・セロテープ・ガムテープ・輪ゴム・サインペン・ボールペン・メモ用紙・ハガキ・切手・封筒・電卓などの文房具、爪切り・耳かき・綿棒・孫の手・老眼鏡・乾電池・工具セット・懐中電灯・印鑑・預金通帳・替えの電球・殺虫剤・ゴミ袋・ライターなどの生活雑貨が入っている。これら文明の利器は幾多の先人たちによって一つずつ発明され、少しずつ改良された。今ではその名前さえ忘れられた天才たちのひらめきと、それに続く賢人たちの工夫によって、数々の道具はCの生活を豊かにしてくれている。
 タンスの中には何の役にも立たないガラクタも入っていた。廃業したバッティングセンターのコイン、有効期限を過ぎた割引券、パチンコ玉、二度と訪れることはないであろう靴屋のポイントカード、何かのねじ、子どもの頃に通院した歯医者の診察券、そして、ホワイトバンド。
 ホワイトバンドは「ほっとけない世界のまずしさ」というキャンペーンに使用された白いリストバンドだ。腕に着用することによって「私は貧困問題に深い関心があります」という意思表示になった。「貧困問題の解決を世界の最優先課題にしよう」と訴えるアイテムだった。
 それは2005年の初夏に突然始まった。若者文化のアイコンである芸能人やスポーツ選手が着用し、話題となった。
「あれは何?」「あのリストバンドは何?」「あのかっこいいリストバンドは何?」「かっこいいよね」「オシャレだよね」「で、何?」「世界の貧しい国を救いたい、その気持ちが私にはあります、っていう意思表示だって」「へー」「アフリカとかヤバイもんね」「ヤバイヤバイ」「ほっとけないよね」「ほっとけない」「私もつけよう」「私も」「私も世界の貧しさ、ほっとけない」「みんなで参加しよう」「そうしよう」「世界の貧しい国を救いたい」「その気持ちが私にはあります」「世界の貧しい国を救いたい」「その気持ちが私にはあります」「世界の貧しい国を救いたい」「その気持ちが私にはあります」「そうです」「その気持ちが私にはあります」「私にもあります」「あります」
 ホワイトバンドは大きなムーヴメントとなり、コンビニでも販売されるようになった。意識の高い若者たちはこぞってこれを購入し、腕に巻いて町を歩いた。Cは高校二年生の時にこれを週7回装着していた。
「世界のまずしさ、ほっとけない」「世界の貧しい国を救いたい」「その気持ちが私にはあります」
 冬のある日、友だちと遊びに出掛ける際、Cはホワイトバンドを仕方なく外した。よそ行きのオシャレにマッチしなかったためだ。それ以来、装着頻度は週に6回ペースとなった。しかし「私は貧困問題に深い関心があります」というCの意思は揺らがなかった。
「世界のまずしさ、ほっとけない」「世界の貧しい国を救いたい」「その気持ちが私にはあります」
 装着頻度は徐々に減じていった。春が来る頃には週5回になった。それでもCの「私は貧困問題に深い関心があります」という意思は揺らがなかった。
「世界のまずしさ、ほっとけない」「世界の貧しい国を救いたい」「その気持ちが私にはあります」
 ただし、ホワイトバンドの売り上げは発展途上国への援助に使われるわけではなかった。たとえホワイトバンドを着用していたとしてもそれはただの意思表示に過ぎなかった。Cの着用頻度も、冬が終わる頃には週3回になった。しまいには着けなくなった。ホワイトバンドはタンスの中に投げ込まれた。
 1年と経たず、コンビニからホワイトバンドは姿を消した。
 2008年10月末、キャンペーンは終了し、事務局は解散した。
 慢性的な栄養不足に苦しむ人の数は全世界で八億七千万に上るという。おいしくカレーライスを食べている最中のCには想像が出来ない飢餓。苛酷な重労働で命を落とす幼児、言葉を発する前に息の根を止める嬰児、誕生日を迎えられない乳児、デビュー日にこの世を引退する産児。数字や文字では到底表しきれない死の数々。成人するまで生き延び、しっかり教育を受けていれば、ハサミ・カッターナイフ・のり・メジャー・ホッチキス・クリップ・画鋲・セロテープ・ガムテープ・輪ゴム・サインペン・ボールペン・メモ用紙・ハガキ・切手・封筒・電卓などの文房具、爪切り・耳かき・綿棒・孫の手・老眼鏡・乾電池・工具セット・懐中電灯・印鑑・預金通帳・替えの電球・殺虫剤・ゴミ袋・ライターなどの生活雑貨を発明する天才へと成長したかも知れないのに。
 どれほどの数の天才が日の目を見ずに一生を終えて行ったことだろう。土くれの中から採掘される宝石は稀であり、幸運にもその才能を見出される天才はごく一握り(マイク・タイソン、ボビー・フィッシャー、ウィル・ハンティング、盲人トム、ジャマール・マリク……)。その一握りからこぼれ落ちたその他大多数の天才の皆々様は、埋もれた才能を埋もれさせたまま土に還る。奴隷として一生を終えた男、結婚の道具として取り扱われた女、貧困にまみれて死んだ乳幼児、生まれて来なかった水子たち……その中に、どんな天才が潜んでいただろう。世に浮上しなかったのが全人類の損失につながるような、超弩級の天才もきっと居たはずだ。
 ホワイトバンドによって「世界のまずしさ、ほっとけない」「世界の貧しい国を救いたい」「その気持ちが私にはあります」と意思表示をしたところで、実際の行動に移すわけではなかった。別に救わなかった。「救いたい」と思っているだけだった。もっと正確に言えば「救われればいいなと思っています」「私ではない誰か他の人の手によって」だった。とどのつまり、ファッションだった。意識の高い若者たちにとってアフリカの貧困はテレビやインターネットの中のファンタジーでしかなかった。声高に「忘れてはならない」「ほっとけない」と言っていたが、結局は忘れたし、ほっといた。
 忘れてはならない、と人は言う。忘れなければいいのか。忘れなければその他に何もしなくていいのか。ただ覚えていれば手をこまねいていてもオッケーなのか。──Cは行住坐臥Aのことを思い続けているわけではない。大学の先輩とデートをしている間はAのことを忘れる。忘却は咎められるだろうか。否。いちいち他人にとやかく言われなくても、CはAのことを完全に忘れたりはしない。忘れられるものではない。なぜならCはAの娘なのだから。
 Cはカレーを食べながらAのことを考えたりはしなかった。
 Cはカレーを食べながらBのことを考えたりした。遅くなるBの帰りに思いを巡らせた。


【レクイエム(*)】
 *Bonus track for Japan only
 ※アーティストの意向により歌詞・対訳の掲載は割愛させていただきます。
 コンサートの終演後、Bは喫煙所に入った。ガラス張りの個室の中ではすでに数人の男女がタバコを吹かしていて、彼らが吐き出す煙は溶いた墨のように室内の空気に溶けていく。Bは細いタバコを口にくわえ、ライターで火を点けようと試みる。何度か試みたが、ライターは火花を散らすだけで点火しなかった。ガス欠だった。Bは仕方なく同年代の女性に火を借りた。
 Bはタバコを吸いながら、コンビニでライターを買って帰ろうか否か思案した。まだ使えるライターが自宅にあるはずだった。自宅のダイニングルームに。ダイニングルームの本棚の横にある小型のタンスに。小型のタンスの抽斗の中に。
 Bはヘビースモーカーだった。しかしコンサート中は喫煙を我慢できたし、帰り道だって我慢できるはずと高を括った。そこで、ライターは買わずに帰宅しようと決心した。心の中で小さな決意を固めながら、人差し指でタバコの背を叩いて灰を落とした。
 ──しかし自宅ダイニングルームの本棚横の小型タンスの抽斗の中のライターは、やはりガスが切れているだろう。一旦帰宅してしまえばコンビニにライターを買いに行くのは億劫になるだろう。Bは一時的な禁煙を余儀なくされるだろう。ヘビースモーカーのBにとっては苦痛の時間となるだろう。ニコチン摂取を切望するBの心はコンロがIHではなくガスだったら良かったのにと悔やむだろう。タバコがあるのに火を点ける手だてがないイライラを感じながら、Bは風呂に入り、ベッドに入り、眠りの世界に入るだろう。
 一時的な禁煙の最中、少しくらいニコチンを断ってもどうにかなることをBは感じるだろう。点火用具さえ存在しなければ節煙どころか本格的な禁煙も可能であると考えるだろう。必要に迫られれば人は文句を言わず不便に甘んじるだろう。ライターが無ければタバコを我慢するだろうし、エスカレーターが故障中なら黙って階段を上るだろうし、パンが無ければケーキを食べるだろう──
 喫煙所にはひっきりなしに人が出たり入ったりした。一本目のタバコを吸い終えた人々は二本目に取り掛からず退室して行った。Bのタバコも火種がフィルター近くまで侵食した。Bは本日最後のタバコを最後のタバコと知らず吸い終え、灰皿にそっと投げ入れ、帰宅の途に着いた。


STEP5 Cはカレーを食べ終わる
 Cはカレーを食べ終わった。残った分は寝かせて明日また食べる。二日目のカレーはジャガイモからデンプンが溶け出し、肉や野菜からは旨味成分グルタミン酸(HOOC・CH2・CH2・CH・NH2・COOH)や糖分が染み出す。食べ物は何でも腐りかけがうまい(鴨は逆さにして数日間吊しておき、目からウジ虫が湧き始める頃がちょうど食べ頃)。
 さて、1メガカロリーのカレーライスは彼女の溶鉱炉で盛んな熱を放出しながら分解されていく。かつて牛肉・ニンジン・ジャガイモ・タマネギ・米だった食物は、原子レベルに細分化される。炭水化物は炭素と水に還元されていく。
 Cの肉体は酸素・炭素・水素・窒素・カルシウム・リン・ナトリウム・マグネシウム・カリウム・硫黄その他の元素(鉄・フッ素・塩素・ケイ素・亜鉛・ストロンチウム・ルビジウム・鉛・マンガン・銅・アルミニウム・カドミウム・錫・バリウム・水銀・セレン・ヨウ素・モリブデン・ニッケル・ホウ素・クロム・ヒ素・コバルト・バナジウム)から構成されている。Cが死ねばCの身体は原子単位に拡散し、Cを固形化した母なる自然へと還っていく。ちょうど、今日摂取した食材たちと同じように。
 この世はCの破片、以前Cの一部だった破片で満ちている。かつCの肉体は世界のあらゆる生命のおふるで構成されている。太古のCさえ含まれている。輪廻転生は原子単位で実際に起こっている。Cは普段それを意識せずに暮らしている。満腹感に一息つき、皿の後片づけを始めた。
 今Cがホッと吐いた息は、かたわらの観葉植物(元セミ)に吸気される。二酸化炭素(CO2)は光合成によって水(H2O)と化学変化し、炭水化物(CH2O)と酸素(O2)になる。
 植物が排気した酸素は誰かの鼻毛を優しく押し分け、肺腑から取り込まれ、心臓のポンプに押し出された赤血球によって全身を駆けめぐる。かつてCの体内を巡回した酸素原子は赤の他人の体内をくまなく愛撫し、卑猥な場所さえも通過し、やがて炭素ともうひとつの酸素と結びついて二酸化炭素となる。
 呼気された二酸化炭素は再び植物に吸われ、炭素原子1個と酸素原子2個に復元する。そのうちの酸素原子1個、もしくは2個ともが、Cの身体の中に戻る。同じ空気を呼吸し、同じ酸素をやりとりしている我々は、命の源を共有している。本当に、この世はCの細胞のかけらで満ちている。
 元来、世界はひとつだった。森羅万象は小さな小さな火の玉に凝縮されていた。途方もなく重たく質量の濃いその火の玉は、ある日突然バラバラに飛散した。その残りカスがこの世界。
 ビッグ・バンの時に撒き散らされたゴミがたまたま丸まって出来たCは、宇宙に浮かぶ無数のチリのうちの一片。Cの頭の中で起きている思考・意図・着想・苦悩は単なる電気信号。Cが何か想ってみても、実はそこにCの意志は含まれていない。Cの思索はすべて電気信号。電子と陽電子が対消滅して光子が生まれるように、たまたま起きた自然現象に過ぎない。今Cが皿を洗いながら聴いているエリック・アイドルの「ギャラクシーソング」も脳内電流の産物。出来るべくして出来た、宇宙のゴミの一部。

  人生に疲れ果てた時や
  物事に行き詰まった時
  人々が愚かに見える時や
  何もかもイヤになった時は
  自分の立ってるこの星の事を考えよう

  時速1400キロで太陽の周りの軌道を回る
  太陽こそは僕らのパワーの源
  太陽も僕も君も目に映る星も
  一日に160万キロメートル移動している
  天の川と呼ばれる銀河系のらせん状の腕の中で

  銀河系には1000億の星がある
  端から端まで10万光年
  中心の厚さは16000光年
  地球の位置では3000光年
  地球は中心から33000光年
  銀河は2億年周期で回ってる
  我々の銀河系は宇宙の中のいくつもの銀河のひとつ

  宇宙はどんどん広がっている
  あらゆる方向へと
  光の速度秒速1900万キロメートルで
  それはこの世で最高の速度
  だから自分が小さく思える時は
  生まれたことの不思議を思い
  宇宙のどこかの知的生命に祈れ
  地球人よりはマシだ

 地球は太陽系にある八つの惑星のうちの一つ。太陽系の中心である太陽は銀河系にある約2000億個の恒星のうちの一つ。銀河系は40条以上の銀河が集まった局所銀河群のうちの一つ。局所銀河群は乙女座銀河団を形成する四五十条の局所銀河群のうちの一つ。そして、乙女座銀河団も、乙女座超銀河団を形成する銀河団の一つに過ぎない。
 天国は遠い所にある。途方もなく遠い距離、ロケットでも届かない天の高くに。だが、すぐに着くだろう。なぜなら万物はロケットより速いスピードで天国に打ち上げられているのだから。地球は自転し、太陽の周囲を公転し、太陽系は銀河系の中で廻転し、銀河系も局所銀河群の中を飛び回る。足下の地面は秒速1万メートルで猥雑な曲線運動をしている。一本の樹木は立ち止まっていても弾丸より高速で運動している。重力は足をしがらみでくくりつけて振り回し、天国が近づけば束縛を突然解いて放擲してくれる。ハンマー投げ競技のハンマーのように。
 時間の粒子はCの身体を絶え間なく透過しCの身体の中から色素を抜いていく。命という名の色素を。Cの砂時計の中をめぐる赤い流砂は刻一刻と零れ落ちていく。華やかな色彩は褪せ、心は骨色に染め上げられていく。灰色の老人を嫌悪する必要はない。誰しもすぐに、あんな風に表白されるんだから。
 Cは皿洗いを終えた。自分の意志ではない眠気を覚えた。さっさと風呂に入って寝ようという意思、という微弱な電気信号がCの脳に走った。
 Cは脱衣をする。パンティーが足拭きマットに落ちる。
 Cは入浴をする。Cが身体を沈めた体積の分だけお湯が押し退けられ水位が上がる。
 Cは排便をする。洋式便器に座り、鍋の底に固まったカレーのような大便を排泄する。Cが排水レバーをクイッと持ち上げると、タンクから大量の水が猛烈な勢いで注ぎ、大便は地獄行きの穴へと飲み込まれていく。
 Cは消灯をする。世界から光が失せ、宇宙本来の暗闇となる。
 Cは就寝をする。ふかふかの布団の中で体温がほかほか上昇する。
 3月11日は何事もなく終わっていく。3月11日は、掛け替えの無い一日、無為に過ごすのが惜しまれる24時間、二度と体験できない1440分、決して取り戻せない86400秒だった。しかし、他の日も、たとえば翌3月12日も、掛け替えの無い一日、無為に過ごすのが惜しまれる24時間、二度と体験できない1440分、決して取り戻せない86400秒だった。そういうわけで、Cの3月11日は何事もなく終わっていく変哲のない一日だった。
 乙女座超銀河団に属する乙女座銀河団に属する局所銀河群に属する銀河に属する太陽系に属する地球の上で、Cは眠りに落ちる。Cの自我の底からエスが浮上する。それはビッグバンのように弾け、宇宙より広い自我へと膨脹し、Cに夢を見させる。


【成分表示】
●名称: ヒト
●商品名: 森井いち子
●原材料名: 水分、ミネラル、脂肪、糖質(砂糖・果糖)、食塩、蛋白質(バリン・アラニン・ロイシン・イソロイシン・メチオニン・フェニルアラニン・トリプトファン・プロリン・グリシン・アスパラギン・システイン・グルタミン・セリン・スレオニン・チロシン・アスパラギン酸・グルタミン酸・アルギニン・ヒスチジン・リジン)、酸化防止剤(ビタミンC)、香料(エゴイスト)
●寸法: 高さ1.53メートル×外径83・60・87センチメートル
●重量: 46キログラム
●内容量: 120リットル
●保存方法: 直射日光の当たらない暗所に保管。
●製造年月日: 1989年3月14日
●消費期限: 2019年3月13日
●生産者: 村尾伊蔵 & 森井佐美
※ 開帳後は消費期限に関わらずお早めにお召し上がり下さい。
※ 長期保存をする際は、脳と内臓を抜き取り、炭酸ナトリウムまたは炭酸ソーダの粉末をまぶして乾燥させたのち、防腐剤を詰めて乾燥。ホルマリン(0.012%ホルムアルデヒド溶液)を用いる場合は必ず監督者立ち会いの下で行なうこと。


【夢】
 紫の闇に沈んだ男の肌には明滅する光がチラチラ反射している。水堀を隔てた城外で、男は城の燃えるのをただ見つめた。芝生の上に座って。煙がシダ植物のように石垣を這い回るさまを。盛んな火炎が天上の星を掴もうともがく。まるで城壁の中は池になっていて、火がその水に溺れているような景色だった。苦しみ暴れる大紅蓮。城内に残っている者たちは猛り狂う濁流に飲み込まれ、超高熱の怪物に骨まで食い荒らされているだろう。阿鼻叫喚地獄が石垣を透かしてこの目に見えて来るようだ。
 王の取り巻きたちは逃げ惑い、階段の下で折り重なる。王妃の身の回りの世話をする召使いたちは煙に燻られ卒倒する。大臣は黒焦げになりながら神の名を連呼する。城の警備に常駐する兵士たちは大慌てに重き鎧を脱ごうとするが、熱を帯びた金属が肌に吸い付いて蒸し焼きとなる。料理人は丸焼きの肉塊に成った。掃除夫は熱さの苦しみに歯を食いしばり、余りに猛烈な顎の力で奥歯が粉々に砕ける。王子は激しく燃焼し、白い部分が見えるほどに炭化した。王妃は生焼けの皮膚を引きずりながら悶えている。そして俺の同僚の庭番は堅く閉ざされた鉄の門扉を叩きに叩き、ここから出してくれと哀願しながら死んでいく。彼らの断末魔の咆吼が夜空を赤々と焦がす。
 城に住む者どもの死に様を、一人ずつ、一人ずつ、男は眼前に浮かべる。目を背けたくなるような悲惨な光景だったが、男は恐れずに凝視し続ける。慈しむように、また、詫びるように。明鏡止水の心境で、静かに、穏やかに、想像の目を城内に巡らせる。
 俺は秋の収穫祭を物憂げに思い出した。城内は花で満ち、庭木は手入れされ、この日だけ特別に商売を許可された露店が軒を連ねた。城下町の住民が続々と訪れ、大地の恵みに感謝し、幸せな祭日を祝った。そして、前庭に設けた天幕の下に座す聡明なる我が主君・メラルウクス王に貢ぎ物を捧げて行った。
 民が次々に王と謁する中、小麦商人が少女を同伴して接見に訪れた。少女は商人の娘である。その美しさに目を留めた王は少女を近くに呼び寄せ、我が妾になれと耳打ちした。少女は請うような目で父を見る。父はただ黙って大きく頷いた。父の点頭に万事を悟った少女は、王の方に向き直って恭しく頭を下げる。王は初老らしい笑みに唇を歪め、五日以内に準備を整えて城に越してくるよう命じた。商人親子は深々と一礼し、御前から引き下がった。
 天幕の飾り付けを直していた俺は、事の顛末を耳にしてしまった。王の側室となるのだ、この少女は。俺が城の庭番になる前から妹のように可愛がっていたこのエイルロポータは。祝福すべき事ではないか。エイルロポータは城に住まって何不自由なく暮らす。彼女の父である小麦商人は王家御用達の特権を得る。我が尊敬すべき王は愛人を得る。素晴らしい事ではないか。しかし何だ、この気持ちは。俺のこの魂の震動は。
 男の瞳の中で炎が燃える。男の目には燃え盛る火柱が映っている。眼前に火柱が立ち上がった。陽気な笑い声で活気づいたあの日の城は、今や昼のような明るさで過激に炎上している。
 俺は小石をつまんで水堀の中に放った。ひとつ、またひとつ。ぽちょん。ぽちょん。淋しい水音が深い場所から聞こえてくる。
 王の求愛から3日経った黄昏時、エイルロポータは男の家の戸を叩いた。男が戸を開けると、彼女はただ俯いて突っ立っていた。何も言わない。もうすぐ王様から寵愛を賜るんだな、おめでとう、と男が声を掛けても何も答えない。とりあえず家の中に入れと勧めてみても首を振るだけ。首を振った拍子に彼女の顔の辺りから何か光る物が落ちる。不審に思ってエイルロポータの顔を覗き込もうとすると、彼女は泣き腫らした目で男を見た。そのまま立ち去った。
 そこで俺は、全てを諒解した。エイルロポータ。君が望むなら、俺は喜んで禁忌を侵そう。君が救われるなら、神にも背こう。君に幸せを運ぶのが天使でなくて悪魔ならば俺は喜んで魂を売る。俺のこの告白は、誰に届くとも知れぬ秘密の懺悔。遠い国のどなたでも良い。俺の悔恨の念を受け取ってくれ。受け取ってもらえれば、心の重荷が少しは下りるから。
「あなたの告白、しかと受け止めたよ」
 Cは男の頭を優しく抱き抱えた。
「消せ! 消せ!」
 男の目の周りには大量の目ヤニがこびりついていた。
「冷やすんだ!」
 Cは彼の目に優しく接吻し、目ヤニを吸い取った。
「海水でもいい」
 Cは乾燥した目ヤニを口中でふやかし、クチュクチュとしゃぶった。
「上空から散水しろ」
 Cは男の眼球に舌を這わせて香辛料臭い舌苔をこびりつかせ、男を人工的に泣かした。
「爆発した!」
 ああ、麗しの、エメラルドの都!
 ついにやって来た。とうとう到着した。オズの魔法使いの舞台、全てがまばゆいばかりのエメラルドグリーンで彩られているという、不思議な都に!
 高い高い城壁。都をぐるりと取り囲んだ黄土色の長大な壁。この内側に、憧れの美しい都市と、そして、大魔法使いオズの宮殿が、ある……。感動で思わず涙がこぼれそう。
 城門は重厚な扉によって堅く閉ざされている。門番に許可を得て開けてもらわなければならない。はやる気持ちを抑え、見学の手続きをする。
 書類に必要事項を記入し終えると、色メガネを渡された。ああ、物語そのままだ。嬉しくなってしまう。エメラルドの都はあまりにもまばゆく光り輝いているから、魔法のメガネで目を保護しなければ失明してしまうのだ。おっかなびっくり、それでもわくわくしながら、私はメガネを装着した。
 メガネ?
 これは、どちらかと言えばマスクだ。顔全体を覆う造りになっている。原作とは少し異なるようだ。
 全ての手続きを滞りなく完了し、いよいよエメラルドの都へ。鉄製の門扉が今、威風堂々重々しく道を譲る。
 驚いた。
 再び感動した。
 今度は本当に涙がこぼれた。
 エメラルドの都、想像以上の美しさだ。想像を絶する。
 辺り一面に粉末状の翠玉をまぶしたような、自然界には存在し得ない人工美。全てがエメラルドグリーンだ。宮殿も、塔も、家も、レンガ道も、ベンチも、芝生も。美しい。ただただ美しい。
 まさしくここは、おとぎの国だ。マンチキンと呼ばれる住人たち。彼ら侏儒の着ている服はメルヘンチックなデザインで、色は明るい緑色。道行く人は皆つぶらな瞳でニコニコ微笑みかけてくる。子どもたちは二階の窓から手を振ってくれる。頭の大きな、賢そうな子どもたちだ。
 全てがエメラルドグリーン。地面も、畑も、住民も、空気さえも。都市丸ごと宝石で製造されている。
 宮殿から緑青色の川が流れていて、その上に小橋が架かっている。橋の上から川面を見つめると目がくらむほどキラキラ煌めいている。羽の生えた魚が無数に泳いでいる。極彩色のウロコに覆われた鳥が水面を優雅にダンスしている。まるで夢のようだ。どうやらこの川を流れる美しい水こそが、この都に活気をもたらす魔法の根源らしい。
 川べりで人々が談笑し、洗濯をし、水遊びをし、のどを潤している。六本足の真っ青なカエルが跳ねている。五本の尾を振る犬。なわとびをする四つ目の女の子。三本の腕で器用にギターを弾く男の子。タコのような肢体で双頭を支える女の人。肩から生えた一本の足で逆立ちしてピョコピョン歩く男の人。みんな笑顔で歌っている。まるで夢のようだ。
 現実離れした光景に恍惚としていると、マスクをかぶった門番が見学時間の終了を告げに来た。わずか10分間の滞在。もう少し居たかったが、これ以上の長居は認められないらしい。私は残念に思いながらしぶしぶ都の外に出た。メガネを返却し、高い高い城壁を見上げる。薫り高い風を鼻腔に感じながら、私は惜別の感傷に浸る。
 闇がくたばる!


【3月12日】
 そしてまた、掛け替えの無い一日、無為に過ごすのが惜しまれる24時間、二度と体験できない1440分、決して取り戻せない86400秒が始まる。
 この日Cは、母の車をおっかなびっくり運転し、喜寿を迎えた祖父と母と三人で川に出掛ける。駐車場で車を降り、川を目指して歩く。杖を突く祖父の足取りはおぼつかない。Cは祖父に合わせてゆっくりとゆっくりと歩く。左足を一歩前に出す、右足を左足の隣に揃える、右足を一歩前に伸ばす、左足を追いつかせる。非効率的な、非常に疲れる歩き方で歩く。
 やっと川辺に着く。駐車場からここまでは200メートルほどだが、5分ほどかかった。
 イヤな悪臭がする。数十年前には閑静な田舎だったこの町も、近代化が進み、川には生活排水が垂れ流されている。
 祖父は顔をしかめる。
「くさいな」
「ええ」
 祖父のたっての希望だから連れて来たのだが、連れてこなかった方が良かったかも知れないとCは思う。祖父の口から、川の現在を否定し、川の過去を語らう言葉があふれ出す。そう、それはあふれ出したと描写すべき口吻。やり場のない気持ちが、抑え切れず、口から音声となって飛び出す。
「私の小さいころは、この川でよく泳いだもんだ」
「へぇ!」
 泳ぐなど、今の風景からは想像がつかない。
 Cは幼いころにもこの川に来た事がある。その時は、今ほどではないものの、やはり汚れていた。水に入るなど、信じられない。
「ザリガニをつかまえたり、魚を釣ったりしたもんだ」
「生き物がちゃんといたんだね。知らなかったよ」
 今は、生物の棲む気配すらしない。ヘドロ色の液体が流れるだけの、排水路。
「こんな手すり、昔は無かったなぁ」
「無かったね」
 比較的新しい手すりに肘を突き、祖父はなつかしそうに川の流れを見守る。フフと笑うその口元には、町役場の河川事業に対する感心の色と、それとは別に、祖父にしかわからないさみしさが、確かにある。
「よく、鳥も遊びに来た。カモやカモメも」
 子ども時代を過ごした思い出の場所。清らかな流れと涼しげな音、水の心地よい冷たさ、夏の景色、生き物たち。そういった祖父の思い出は、ことごとく壊れて無くなってしまった。祖父の気持ちを思うと遣り切れなく、Cは口をつぐむ。
 Cが返事をせずに黙っていると、祖父はジッと川を見たまま、Cの方を向かないで言う。
「信じられないか。鳥が遊びに来たんだよ。私は一度だけ、白鳥が舞い降りるのを見たことさえある。本当だ。本当なんだよ」
 Cは祖父の代わりに泣きたくなる。毒に満たされたこの川に、再び白鳥が舞い降りることなど、来世紀になってもあるまい。
 すると、突然祖父は身を乗り出して川の一点を凝視し始める。
「見ろ! ほら! あそこだよ! 白鳥だ、白鳥だよ!」
 Cは驚いて祖父の指さす方向を見る。
「ごめんな! 人間たちが川を汚してごめんな! でも、そんな川にも、来てくれて、本当にありがとう。ありがとう。本当にありがとう」
 そこには、スーパーの袋が一枚、優雅に水面を運ばれている。目を悪くしている祖父は満面の笑みを浮かべ、下流に掃き捨てられていくゴミ袋の姿をいつまでも見守る。とても嬉しそうに、大切な物を愛でるように。
 Cは町役場に就職を決めるだろう。強い希望を示し、下水道課の配属になるだろう。43歳になったら、白寿を迎えた祖父と、自分の娘と、三人で川に来るだろう。駐車場で車を降り、川を目指すだろう。祖父の乗る車いすを押しながらCは歩くだろう。
 2分ほどで川辺に着くだろう。駐車場から川辺までは20年前よりもキレイに舗装されているだろう。市役所が排水の在り方を見直した成果で、かつて鼻を衝いた汚臭は消えて無くなっているだろう。代わりに土の香りがするだろう。
「おじいちゃん、川に着いたよ。どう、ヤな匂いする?」
「しねぇ」
 祖父はボソリとつぶやくだろう。それ以上の感想は出ないだろう。
「ねえお母さん。昔はそんなにくさかったの」
「そうだよ。でも、お母さんが頑張ったから、ここまできれいになったんだ」
「でも、まだきたないね」
 娘の言葉はCの胸を突き刺すだろう。水は濁り、空き缶や板が浮いているだろう。かつて祖父が見た川底は、とてもではないが拝めないだろう。これ以上川を浄化するにはもっと長い年月を要するだろう。川が自らの治癒力で回復するしかないだろう。人間の力では、ここまでが限界だろう。
「おじいちゃんの話だと、この川には魚がたくさん泳いでいて、白鳥が遊びに来たりしたんだって」
「うっそー」
 とても信じられないと言った顔をして、娘はCを見上げるだろう。
「もう何十年も前の話だけどね。おじいちゃんが子どもの頃の話……」
「どうしてこんなにきたなくなっちゃったの」
「人間が川を汚したから。洗剤や油にまみれた汚い水を流したから」
「どうしてそんなひどい事をしたの」
 Cは言葉に詰まるだろう。
「さぁ……どうしてだろうね」
 Cの努力は娘には伝わらないだろう。地獄のような川を生き返らせるCの事業は娘には評価されないだろう。しかし、それも仕方がないだろう。Cの娘は以前の惨状を知らずに訪れるのだろうから。肝心の祖父の反応もイマイチだろう。Cが為すはずの努力は無駄なのだろうか。役所上層部との、腸の痛くなるような数々の折衝は、無意味なのだろうか。
 Cは、祖父の喜ぶ顔を期待し、その姿を見る事を楽しみにし、そして自分の業績をほめてもらえると思い、ここを訪れるだろう。しかし、望みは一つとして叶わないだろう。叶わないばかりか、「自分が尽力して来た事は全く成果を上げていないのではないか。自分だけ満足していて、他者から感謝されるほど働いていないのではないか。私の20年間は、ただの自己満足だったのではないか」と考えてしまい、落ち込んでしまうだろう。
 Cたち三人は無言のまま土手を進むだろう。22年後の彼らからすれば22年前つまり現在とあまり変わらないであろう手すりに沿って。
 43歳のCが変わった変わったと思うであろう未来のこの川は、ただ匂いが消えるだけなのかも知れない。根本的な醜さは改善されないのかも知れない。腐ったリンゴの上皮を削って新鮮ですと偽るようなものかも知れない。Cは嘆くだろう、自分の無能さを、20年間の徒労を。「本物の白鳥が川に舞い降りる情景を祖父に見せたい」その一心でガムシャラに浄化事業を推進するが、理想の実現には至らないだろう。何と言っても時間が足りないだろう。一度破壊した物を復元するのは、並大抵の事ではない。
 Cは川へ来た事を後悔するだろう。祖父を連れてきた事を後悔するだろう。
「もう帰りましょうか」
 祖父は何も言わないだろう。娘は「帰る帰る」と連呼するだろう。以前の事情を知らなければただの川、娘が退屈するのも無理はない。Cはうなだれて、土手を引き返すだろう。
 と、その時。娘が素っ頓狂な声を上げるだろう。
「あーっ! 見て、見て!」
 向こう岸にほど近い水面に、白い物が舞い降りるだろう。Cは自分の目を疑うだろう。そして思い知るだろう。血の出るような20年間、己の血で川を清めるような20年間が、無駄ではなかったことを。
「おじいさん、見て下さい! 白鳥ですよ! 本物の白鳥がまた遊びに来てくれましたよ!」
 Cは興奮して祖父に話し掛けるだろう。腰をかがめ、喜色満面で、祖父の顔を覗くだろう。そこには祖父の嬉しそうな笑顔がある。
 ──はずだったろう。しかし、祖父は笑っていないだろう。惜しい事に、祖父はすっかり目を悪くしているだろう。
「そうか」
 白鳥の来訪に対する彼の感想は、その一言だけだろう。Cはグッと喉を詰まらせるだろう。
 結局、Cの目標「祖父に本物の白鳥を見せてあげる事」は達成されないだろう。彼らはそのまま帰路に着くしかないだろう。
 その晩、Cは悲しく沈んだままビールをあおるだろう。夫が心配そうに訊ねて来るだろう。
「何かあったの」
「うん」
「川で?」
「そう」
「何があったの」
「おじいちゃんを、満足させられなかった。私の仕事は、無意味だった」
 夫は妻であるCを気遣うだろう。「おまえは頑張ってるよ。川はきれいになったよ」
 Cは無言のまま、グラスの中身をグイッと干すだろう。
 その時、お風呂上がりの娘が駆け寄ってきて、はち切れんばかりの笑顔で言うだろう。
「お父さんお父さん! 今日ね、すごい事がね、あったの! 聞きたい?」
 そして娘は白鳥の事を得意そうに話すだろう。
 夫はニンマリとCに笑いかけ「ほらな。おまえの成し遂げた仕事は、本当に、すばらしい」ウインクしてみせるだろう。
 その時祖父は、座椅子で死んだように眠っているだろう。
 ──川から帰ってきたCは二日目のカレーライスを食べる。元テキ屋のあんちゃんは牛丼屋でカレーライスを食べる。


【問4】
[仮定]人間はいつかは死ぬ
[結論]この小説を読んだ者は必ず死ぬ
[証明]
  理想的読者・含意された読者・内包された読者・素養のある読者・批評家読者・原=読者の和集合を集合Rとすると、「この小説を読んだ者」は集合Rの部分集合R’である。
 「人間」を集合Hとすると、集合R’は集合Hの部分集合である。
 「人間はいつかは死ぬ」と仮定したとき、集合Hの部分集合R’の要素である「この小説を読んだ者」はいつかは死ぬ。
 地球上で何が起きようと、地球はその回転を止めない。
 よって、この小説を読んだ者は必ず死ぬ。Q.E.D.



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