とりぶみ
実験小説の書評&実践
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    大塚晩霜
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    大塚晩霜
    昼寝担当。



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BNSラジオ 07:00~08:30   (2008/12/01)
Ver.1.03【57枚】
異郷おでかけ隊(後半部分)

【クイックリンク】
大仏口管理所/大仏前参道/日本寺本堂建設
大仏広場part1
大仏広場part2
中腹(薬師堂跡/乾坤稲荷/日本寺仮法堂/通天窟/大仏口管理所~西口管理所~北口管理所)
下山!part1(鋸山裏登山道/絶壁/洞穴/切り通し)
下山!part2(溜め池/車力道)
下界に降臨
家に帰るまでが遠足




(CM)
 おいでおいで。そこのおじいちゃん、おばあちゃん。鎌倉によっといで。
 鎌倉は老人にとってのディズニーランド。寺院はアトラクション。鶴岡八幡宮はシンデレラ城。大仏はミッキーマウス、そう、マスコットキャラクター。
 そんな「夢とお寺の国」に東京からひた走る横須賀線、目的地鎌倉に近づくに連れて老人密度が濃くなっていくのは当然の理。西方浄土へ一直線!!(不謹慎な表現)



 千五百羅漢道踏破。ようやくの事で仏像ロードが終わりを告げました。長かった。放送を聴いてるうちに眠くなっちゃった人も中には居るかも知れませんね。実を言うと、井出・絵理・マーの三人も少し食傷気味でした。千五百体もあるんですから、いちいちじっくり見てたら疲れます。キラリと光る仏像だけ、愛でました。つまり、新卒の書類に目を通す人事担当者と一緒ですよ。おメガネに適わなかった仏は書類選考の時点で即不採用って事です。
 さて。険しい道は終わりを告げ、大仏口管理所の前に出ました。大仏口管理所の向こうは駐車場になっていて、その先には海が見えます。日が傾きつつあるのでしょう、水がまぶしく光っています。光の海と評しても、少しも語弊はありません。少し黄を含んだ強い白色光が、三人の目をくらませます。
 細目をしてしばらく海を眺めていますと、睨まれていると思ったのでしょう、管理所の職員がビビりながら去って行きました。誤解です!…井出やマーのビジュアルでは、アブナイやつらと間違えられても仕方ありませんが。
 一行は大仏前参道へ。ゆるやかな下り坂になります。道幅も広く、上空の視界も開けていて、とても開放感のある参道です。参道脇にはつぼみをつけた梅が植わっており、のんびりした風情を否応なく高めています。
 小林一茶の句碑が建っていました。そりゃあ、天気はいいし梅は咲いてるモン、句を詠んでしまうのもうなずけます。ただし、マーも井出もISSAファンではなく、文学部の絵理も興味を示さなかったため、小林がどんな句を詠んだかは不明です。
 もう、絵に描いたようなのどかさです。なんて平和なんでしょう。この時は、アメリカがイラクを攻撃するなんて夢にも思いませんでしたね。
 三人はあたりをぐるぐる見回しながらゆっくりと大仏広場を目指して歩いていきます。と、進行方向を十二時とすると七時の方向、山の中腹・稜線の左端に変な物を発見しました。案内図で言えば、そうですね、不動滝の左側あたりになるのでしょうか。何やら巨大な仏像のような物が確認できました。三人はあいにく双眼鏡などを持っておらず、井出の視力(彼は読み書きが嫌いなので、目がいいのだ!)でも正体を判別できませんでした。鋸山へ行く機会がある方は、ぜひ探してみてください。「その正体は何であるか」が分かった方は、BNSラジオ『井出・田台・岡の異郷おでかけ隊』まで教えていただけないでしょうか。気になって夜も眠れます。快眠です。しかし、気になるのです。
 三人は謎の物体を不思議に思いながら少しずつ参道を下っていきます。途中、道ばたに、伐採された木が横たわっていました。ものすごい太さで、年輪を数える気も起きません。…それにしても、次から次へと新作ラッシュ、見る者を飽きさせないねー鋸山。
 参道の右側には杉が壁のごとくそびえていたのですが、しばらく行くと視界がワッとひらけました。低地に立派なお堂が建てられつつあります。以前絵理が訪れた時には基礎工事が行なわれていたそうです。絵理は土台を見て「ワールドカップに向けてサッカー場が造られるのかしら」と思ったそうです。
 実は建て替えとか補修工事とかじゃないんです。一から造り直してるんです。パンフレットによれば「登山者の失火によって貴重な国宝仏像と堂宇をすべて失ってしまいました」とのこと。タバコのポイ捨てで大規模な山火事が起きたのです。悲惨な話ですね。その登山者は無事に死刑となったのでしょうか、心配です。もし、この放送を聴いていたら一言「死ね」と申し渡しておきます。本気ですよ。
 それで本堂を建設してるんですが、焼失したのは「去る昭和十四年十一月」です、ずいぶんほったらかしでした。資金難だったのですね。今でも復興の寄付を募集していますが、思うように集まらなかったのでしょう。私がビルゲイツだったら三十万円ぐらいポンと出すんですが。
 しかし、二十一世紀になってようやく再建され始めたようですね。「お首つなぎ」もほぼ完了してますし、いやぁ良かった。拝観料六百円も、微力ながら復興に貢献しているのでしょうかね。
 なお、復興支援金を寄付すると、名前と出身地が表札になって掲出されます。大仏広場近くに何百何千と掲げられた札を丹念に読んだのですが、案外に外国人の名前が多く、取り分けミャンマーの方からの寄付が多かった。それから、那覇市から何度も来山している方も居ました。自分がお恵みに預かったわけではないのですが、なんだか嬉しくなりました。


(CM)
 鎌倉一の寺として名高い我が磐宗寺。ナンバー1・イン・カマクラ。(注:オカマクラブのトップではない)
 ここの名物は何と言っても天国ハイキングコース。棺桶に片足突っ込んだおじいちゃんおばあちゃんたち、天国へまっしぐら!そんな感じでしょうか。なんとも不謹慎なネーミングですみません。
 その名に恥じぬ、途中で昇天してしまってもおかしくはないなかなか険しい山道ですが、ぜひ遊びに来て下さい。



 大仏広場!ででーん。遂に着いたぜ大仏広場!
 喉が渇いたからジュースを飲もうかと思ってると、マーは一人先駆けて大仏撮影に邁進。井出と絵理は大仏めがけて走る事無く、まずは売店を覗いたり、売店脇の聖菩提樹やお願い地蔵をゆっくりと観賞しました。
 聖菩提樹。お釈迦様は菩提樹の下で悟りを開きました。その曰わく付きの菩提樹の、分木です。平成元年にインド政府より贈られました。気候の差があるからか、かなり弱っています。枯れかけてます。
 お願い地蔵。売店で売っているミニ地蔵に自分の名前を書いて奉納すると、願いが叶うそうです。お願い地蔵の周りを尋常ではない量のミニ地蔵が囲んでおり、古く色あせたミニ地蔵は無造作に積まれていました。
 おや。遠くでマーが「早く来いって!写真撮るんだからー」と怒鳴っています。そろそろ行かないと叩きのめされそうなので従います。
 大仏に近付いてみると、さすがにデカい。総高三十一.五メートルです。奈良東大寺の大仏が総高十八.一八メートル・鎌倉高徳院の大仏が総高十三.三五メートルである事を考えると、そのケタ外れの大きさがよくわかります。大野甚五郎&門弟二十七名が三年かけて造った大作です。その彫刻作業には想像を絶する苦労があったと思います。
 しかしね、あれなんですよ。あんまり感動しないんです。確かにデカくてすごいんですが、石仏だからでしょうか、安っぽい感じがします。それに加え、江戸時代末期に風食でかなり崩壊したんですって。修復されたのは昭和四十四年。言われてみれば、大仏の所々にヒビ割れが残ってます。やっぱり、奈良の大仏の神々しさには届きません。大野氏&門弟の仕事には敬意を払いますが、大野作品としては残念ながら一級品ではない。
 記念撮影の前に、まずは賽銭箱へ小銭を放ります。井出は小銭入れから中身を無造作に掴み取り、バラバラと投げ入れてました。たいへん羽振りが良い。そして、銅鑼のように小振りな鐘をゴーンと突き、お願いをしました。「世界平和。プッシュが死にますように」と祈りましたが、叶いませんでした。御利益は無さそうです。
 それではマーお待ちかねの写真撮影。大仏の周りは二メートルほどの水堀になっていて気やすく近づけませんが、それでも絵理は「なるべく大仏様の近くに寄り添うんだいっ」と、水堀べりに立ちました。パチリ。鎮座まします大仏様と、その膝元にゴミのごとく小さく控えた二人組、奇妙なスリーショット写真の出来上がりです。
 ここでちょっと、マーからのメッセージを再生します。えい。
 ──えーとこれ、もうマイク入ってんの?しゃべっても?コホン。どうも、田台マーです。この写真を後日BNSラジオのスタッフたちに見せたところ、二種類の反応がありました。
 その一「どここれ海外?」海外じゃないです。俺たちは海外渡航経験がありません(ガイジンこわい)。当然パスポートを持ってませんから、たとえ死んでも天国への入国は元気いっぱい拒否される予定です。仏の国へ密入国しようと思ってます。その時は夜露死苦たのむぜ観音様。
 その二「ちっちぇー!」大仏に比べて人間があまりに小さいので、おそらくほとんどの人が「ちっちぇー!」とブッ飛んだことでしょう。俺も思ったくらいですから。実際、人間としての度量は小さいです。驚くほどチンケな男です。なので、「写真も器もちっちぇー!」と言われても否定は出来ません。…なんだか目から液がほとばしってきましたが、「でっけー!」でなかったのが救いです。「君って観音様みたいなツラしてるんだね」なんて誤解された日には、成仏しても成仏し切れません。俺は観音様ではありません。観音様から生まれてきた男です。(※卑猥な表現)
 ちなみにアレは普通です。「おっきいよね」と言われた事もありますが、その時はニコリともせずに「今までおまえとつきあった男がちっちぇーんだろ!」と冷たく突き放してやりました。──突き放しつつ、突き合った昼下がりの記憶から引用。
 逆に「先っちょが小さい」と言われてヘコんだ経験もあります。その言葉に落胆する俺を見て気の毒がったのか、「あっ、でも、いいカタチだよ!ちょうどイイとこに刺さるっていうか…」と慌てて取りつくろってくれました。それがまた逆に「え、とがってるくらい先細り?」とダメージを大きくしてくれました。小さなアレでも大きな愛があれば!が持論です(言い訳)。おっきくなりたい。俺からは以上です──
 ありがとうマー。サイテーな野郎だね。


(CM)
 淫欲寺広報部観光課からのPRコマーシャル、シリーズその一。わたくし係長の道満と主任の童珍がガイドツアー形式でお送りします。
 淫欲寺はアトラクションが盛りだくさんの楽しいお寺。お寺なのに巫女さんがいたり、十字架型の鳥居が立っていたり。それでは実際に境内を歩いてみましょう。
 と、さっそくお稲荷さんのお社を発見しました。現世利益を求める衆生がお賽銭箱に群がっています。大繁盛大繁盛。
 あら。和尚がこちらを睨み付けています。拙僧たちもお賽銭を奉納せねばならぬ雰囲気。しょうがないので投げ入れます。コマーシャルの成功を祈り、もちろん、一円。
 たった一円で御利益があるのか。ありませんよ、普通は。これは社員割引なのです。拙僧たちは一円投げ入れるだけで一万円分の御利益があるのです。一般の方々はちゃんと札束を投げ入れて下さいね。
 決して金をケチったわけではないのです。決して。…だ、誰だ今ケチって言ったヤツは!?で、出て来い!(半泣きの逆ギレ)



 写真撮影を済ますと、なんだか尿意を催してきました。そう言えばしばらくご無沙汰です。絵理はロープウェー山頂駅で致して以来放出してませんし、井出とマーに至っては山麓駅が最後のトイレタイムでした。ここまでたどり着く間、一軒も厠は在りません。行きたくなって当然です。 というわけで、便所に移動します。ガマ石横のWCへ向け、階段を少し下ります。ガマ石は蛙のような形をしている天然自然の巨石です。言われてみればそう思えますが、言われてみなければそうでもない感じ。
 階段を下りてトイレに着くとビックリ。なんと、トイレ入り口にも「浄財」と記された賽銭箱が。使用料を取るわけではなさそうですが、そこまでガメツイか日本寺。
 賽銭箱には驚きましたが、このトイレはものすごく最先端を走っています。赤外線による自動洗浄なのはもちろん、きちんと清掃されているし、ギリシャ調と和風とが調和したようなこじゃれたデザインです。そして何より、水洗や洗面所の水に雨水を利用しています。なんてエコロジカルなんだ。
 用を足し便所を出ると、変わった仏を見付けました。賽銭箱は、この仏のために設置されてたのですね。すみません日本寺さん誤解してました。
 便所の入り口に飾られたこの仏は、武器を持ってやたら怒ってます。木彫りでちっこいけど、あせかき不動より強そうです。「きれいもきたないも区別はない」っていう悟りをひらいて仏になったらしく、言わば便所の守り神。しかし妙な悟りをひらいたものです。「悟りをひらく=変人になる」って事ですな。
 売店に戻り、ようやくの事でジュースを購入。通常百二十円のジュースが特別価格百三十円です。下界より少し高めの値段ですが、山の上という事を考えれば良心的な値段設定です。井出におごってもらっちゃいました。ゴチになりやす。
 ジュースを飲みつつ、ニコチンを補給し、楽しく談笑。保田方面の景色を眺めたり、太平洋上を優雅に飛行するトンビを見守ったり、食い散らかされたみかんの皮が南側斜面に捨てられているのを発見したり、とてもゆったりした時間を過ごしました。じつに、じつにぜいたくな時間でした。
 その後は自由行動となりました。
 マーはすっかりカメラマン気取り、写真撮影に精を出しています。堀を覗いたり、木の撮影を色々な角度から試みたり。一枚にかける彼のこだわりが、素晴らしい映像記録となって思い出のアルバムに結実しました。ラジオ収録には役立ちませんでした。ごくろう!
 井出は絵理と一緒に景色を眺めたり、この旅の充実ぶりを振り返りました。しみじみと語る彼は、いつもと違ってシリアスな感じ。彼の運転と突発的ヤンチャがなければ、この旅はここまで快適ではなかったでしょう。ありがとう!
 そして、絵理。かつて柔の道を志していた彼女は、広場の芝生で前方回転受け身を試みました。結果は惨敗。腰を強打し、服は汚れました。今の自分と昔の自分とでは鮮度に違いがある事を、そろそろ認めてほしいです。しかし、彼女の企画立案が無ければこの旅は始まりませんでした。おめでとう!
 おまえら…、おまえらってやつらは…、ホントに最高だよ!
 と、茶番はここらへんにしておいて次に進みましょう。思い思いの時を過ごした三人は、日も沈みつつあるしそろそろ帰ろうと決断します。山の空気がオレンジ色を含み始め、多少冷え込んできています。上着を持ってきて良かった。
 どう帰ろうか、という軍事会議が開かれました。車は浜金谷寄りのロープウェイ乗り場駐車場です。保田駅から電車で地元まで直行という戦法は通じません。一旦下山して国道を歩いて駐車場まで作戦や、ロープウェーまで戻っちゃう作戦などが考えられました。
 添乗員の絵理は「保田駅まで歩き、電車に乗り、浜金谷駅で降りよう。内房線は運行本数が少ないから急いで行こう。今から向かえば、ちょうど○○分発の列車に間に合う」と、事前調査と照らし合わせてプレゼンします。しかしマーは「ゆっくり行きたくね?」と一蹴。井出は「どうでもいい」の一点張り。結局、マー案「北口管理所を抜け、もう一つの鋸山裏登山道を通る」が採用されました。実権はマーが握っているようです。なんとも絵理の政治力弱し。
 三人は金谷下山口からの下山を決めました。金谷下山口は頂上付近にあります。つまり、「下山する」ってのに再び登ります。酔狂ですね。
 しかし!しかしだよアータ。ただ登るだけでは詰まりません。登るだけならサルでも出来ます。「なるべくナイスなルートを選び、少しでも多くの名所を巡りたい」と思うのが人情。大仏広場から東口管理所前を通過し、日本寺仮法堂やらを拝見してから金谷下山口に至りたいと思うのが自然の成り行き。さっそくそのコースに踏み込みます。


(CM)
 淫欲寺広報部観光課からのPRコマーシャル、シリーズその二。わたくし係長の道満と主任の童珍がガイドツアー形式でお送りします。
 さて、本堂に向かう道すがら、最もホットな話題となったのが「メガネ」についてです。童珍さんはメガネをかけた女性が好きだそうです。
「拙僧の大学の後輩にもメガネフェチいますよ。そいつがまた、スゴいんです。エロ動画をメガネ委員長とかメガネ図書委員とか分類してますからね。同じだろーって感じですが、違うそうです。すごいこだわり」
 そんな話の流れから、メガネ美女をナンパすることに。童珍さんを煽るわたくし。
「あ!前方からメガネ美女が!」
「童珍さん、あの子なんてどうですか?」
「お、二人も来ますよ!!」
 たくさんのメガネ美女たちとの出会い。なかなかラッキーです。
 まあ、ここはお寺。シェクシー眼鏡はおらず、いるのはもちろんババァばかり。
「(ババァを指差して)あ!前方からメガネ美女が!」
「(ババァを指差して)童珍さん、あの子なんてどうですか?」
「(二人組のババァを指差して)お、二人も来ますよ!!」
 なかなかラッキーです。



 三人は幅広な階段を大股で下りて行きます。休憩もしっかり取っちゃったんでみごと復活です。無料駐車場を脇目に見つつ、のっしのしと進んで行きます。
 じゃれ合いながら少々歩くと、薬師堂跡に着きました。建物の基礎部分しかありません。何コレ?拍子抜けです。まさに「跡」です。
 立て札を読むと、愕然としてしまいました。なんだかやるせない気持ちにさせられました。ここには本来、数々の国宝を納めた薬師堂が建っていたそうですが、火事で全焼したそうです。もちろん、国宝もろともですよ。火事の原因は、そう、登山者のタバコぽい捨てです。頭に来ますね…。喫煙者なんか全員死んでしまえばいいんです!単なる脅しじゃなく、本気ですよ!──自分も喫煙者だという事を忘れてました。前言は撤回したいと思います。
 立て札を読み終えて再び歩き出そうとすると、視界右上に何やら人工物が見えました。それが乾坤稲荷である事はすぐ知れました。小高い場所に建っています。本来ならば正面の階段を登るのがセオリーです。しかし、大仏広場からおいでになりますと、稲荷に直接至れます。三人の立っている場所からお社までは斜面になっているのです。急な階段を登るより、斜面を登った方が簡単そうです。そこで井出と絵理は木の葉の敷かれた道なき道を登り始めました。しかしマーだけは階段へ一目散。目立ちたがり精神からでしょうか、はたまた人と違う事をしたかったのでしょうか。あほです。わざわざ十数段の階段を駆け上がったマー、息切らしてます。どうしようもねえヤツだ。ていうかコイツら全員どうしようもねえ。突発的行動が多すぎます。
 肝心の乾坤稲荷は特筆すべき物でもありません。普通のお稲荷さんです。取り立てて書くとすれば、高所にあるのと、ジメジメしてることぐらいです。なお、雰囲気はあまり良くありません。夜中に一人で訪れたら呪われそうです。
 稲荷を辞す時は全員階段を利用しました。非常に奥行きの無い階段で、しかもすり減っていて、なおかつ緑色に苔むしています。慎重に歩を進めなければ滑ってオケツを強打する事でしょう。特に、井出は滑りやすい革靴。靴の接地面を少しでも増やそうと半ば横向きになりながら下りていきます。
 コエーコエー鳴き声を出していた絵理も無事に下り終わり、一行は再び歩き始めます。しばらくすると人くさい場所に出ました。竹垣や建物を確認できます。日本寺仮法堂に着いたようです。ここまで、道も歩きやすく、あっと言うまでした。
 なかなか見どころが多い。
 四方竹。竹がやたら生えています。どうやら鋸山の名産のようです。そういや大仏広場の売店に竹製の杖が売っていました。ちょっと心ひかれるアイテムでした。この竹で作っているのですね。ボロい商売です。
 頼朝蘇鉄。かの征夷大将軍・源頼朝が手ずから植えたソテツだそうです。歴史に強い方はご存じかも知れませんが、頼朝は千葉県に来た事があるのです。ご存じ無い方のためにプチ講義しますと。「時は西暦一一八〇年、世界は核の炎に包まれた!源頼朝は平氏打倒を目指して挙兵!しかし神奈川県石橋山で敗北、船を使って安房国・現在の千葉県に落ち延びるのであった。その後、頼朝は安房で次々と武将を仲間にしながら鎌倉へ。そこを本拠地として平氏といくさを繰り広げたのである!」つまり、敗走中に寄って植えたソテツなのですよ。すげえ、樹齢八百年を超えておりますな。超巨大です。日本最大のソテツなんじゃないでしょうか。自らの重みに耐えきれないようで、至る所に突っかえ棒がしてあります。
 鐘。なんだか重要文化財らしく、打っちゃいけないようです。鐘を打つ丸太がグルグル巻きにして固定してあります。無惨なり。
 日本寺仮法堂。仮と言いながらもなかなか立派なお堂です。座禅を体験できたりするらしいですが、人が居た試しがありません。もっと早い時間に来ないとダメなようです。開け放たれていますので中を覗いてみると、そこは薄暗くて宗教の香りがプンプンします。すさまじい感じです。ここで座禅を組んだら五秒で悟りがひらけそうです。
 「あと、達磨石はどこ?」絵理が見たがります。ちょっと見渡すと、ありました。「えーアレがそうなの~?」期待はずれのため息が漏れます。ガマ石と同じような物で、「あー言われてみればダルマだな」と。それくらいの物体です。
 さて、いよいよここから登りまくります。一路、北口管理所です。心字池から蝸牛石の行程は今回はパスです。
 キレイな石段を黙々と登ります。キレイはキレイだし、整ってるんですが、なんだか疲れます。自然の勢い、三人は口数が少なくなり呼吸が多くなります。
 途中、右手に墓場のあるのが見えました。「○○家累代之墓」的な、普通のお墓です。ここに葬られる方って、やっぱり鋸山関係者とかお偉いさんとかなんですかね。うらやましい。あんまり墓参りしてもらえなさそうだけど、それもまたうらやましい。うらやましすぎてヨダレが垂れます。
 と突然、井出が駆け上がり始めました。疾走感あふれる彼のフォーム。絵理とマーも追いますが、及びません。それ以前に、なぜ走るのか理由が分かりません。相変わらず意味不明な男です。結果的に、このダッシュはのちのち正解だったのですが。
 そうこうする内に通天窟に着きました。鋸山フェチの絵理も初めてここに来ました。「大仏西口管理所→大仏広場→日本寺仮法堂→無字門→保田駅」というルートがメジャーですから、通天窟はどうしてもレアスポットとなります。ここに来られただけでも今回の旅は貴重です。
 薄暗い場所です。ほら穴のように成っていて、上部にはエライ年代物の看板が掲げてあります。看板には毛筆の字体で「通天窟」と浮き彫りが施してあります。もちろん右から左に向けて書かれています。
 ほら穴の中はなんだか怖いです。数体の仏像が安置してありますが、暗く、陰気な印象を与えます。お天道様と無縁の場所である上に、日は傾きかけているし、加えてあまり人の来ない所ですので、恐ろしい。
 左手には般若心経を刻んだ石碑がそびえています。読めません。しかし絵理が「ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみっだー」と読み始めると、井出とマーは驚きの目を絵理に注ぎました。絵理は嬉しそうです。井出とマーは尊敬のまなざしを与えたのではなく、実際には奇異を見る目をしたのですが。
 さて、再び無言のまま石段を登ると、いつの間にか大仏口管理所にたどり着きました。見た事のある光景に、三人の感想は「あれだけ歩いたのに、まだここかよ…」でした。これから千五百羅漢道を逆流すると思うと鬱です。
 気を取り直し、休まず進みます。ここからは登るのに夢中で会話はほとんどありませんでした。ヤツら、せっぱ詰まってやがります。
 「弘法大師護摩窟→天台石橋→西口管理所」という道順を行きます。最初に通った時は気付きませんでしたが、道の脇・雨が流れるミゾに何者かのフンがあります。それも無数に。きっとサルの落とし物でしょう。なぜか階段の真ん中には致してません。教育を受けたのでしょうか、偉いですね。
 大した事件も無く西口管理所に到着しました(面白い事してくれよ、レポートの甲斐が無いんだよ)。ここで一分ほど休憩です。三人ともハァハァ言ってます。絵理なんてなぜか汗だくです。額に光る物は日頃の運動不足を如実に顕しています。なお、休憩中、トンビが頭をかすめて行きました。ちょっとビックリ。
 まだまだ明るいですが、日は確実に暮れつつあります。辺りに人影はなく、だいぶさみしくなってきました。小休憩を終えて、とっとと歩き始めましょう。
 百尺観音を目指す道で、マーがポツリと漏らしました。「俺、この道、アキレス腱伸ばしながら歩いたんだよな…」もう、そんな余裕は無いようです。ごくごく普通に歩いています。
 昼ごろ通った道ではあるし、疲れ切っているし、三人はいよいよ無言です(何か喋れっての!レポートしにくいんだよ)。ようやく北口管理所に着きました。管理人の姿はすでにありません。ロープウェーの最終便は五時発なので、居なくても不思議ではありませんね、直帰でしょう。三人は管理所を抜け、いざ鋸山裏登山道へと挑むのでした。


(CM)
 淫欲寺広報部観光課からのPRコマーシャル、シリーズその三。わたくし係長の道満と主任の童珍がガイドツアー形式でお送りします。
 当寺ではおみくじが売っています。どれどれ、買ってみましょう。気合いを入れて箱を振ります。お、出た。ごっそり出た。
「あのー、こんなに出ましたけど?」
 巫女に助けを求めると、彼女は目をかっぴらいて驚愕の表情。ナイスリアクション。が、「そういう場合はこうしろ」と指図することなく無言のままです。これは自己解決しろって事ですね。仕切り直してもう一回。今度もわんさか出ましたが、そのうちの一枚を選んで番号を巫女に告げます。
「四十七番お願いします」
「よんじゅうななばんー」
 超棒読みです。この巫女の無愛想にも困った物です。犯すぞ!



 下山!まず一言、やたら整備されてません。行きに利用した登山道よりもひどい。ここを下っていくと思うと、不安を感じるやら楽しみやら…。どちらかと言えば不安です。足を踏み外したら死にます。太陽の色は黄色よりも赤に近くなってきました。三人は顔を見合わせ、コクリとうなずき合い、下山を覚悟します。
「行くか」
「おう」
「さらば、鋸山!」
 ちょっとしたクサい青春ドラマの出来上がりです。
(ここからは丁寧語を廃します。軽口も控えます。下山時、彼らは言い知れぬ不安を感じていました。その時の心境を表現するための演出ですので、なにとぞご了承下さいませ)
 鋸山裏登山道を行く。マー・井出・絵理の順番で、滑りやすい階段を一歩一歩確実に下りていく。慎重だが、足の動きは急がせる。なにせ、日が暮れかかっているのだ。
 膝が笑っている。一日中上り下りしていたのだ、無理もない。慣れない動作で、脚部はすっかり力を失っていた。のみならず、急な下り坂を落ちるように下りていくのである。膝に負担が来て当然だ。
 三人とも、黙々と下りていく。時折、「うわっ」とか「あぶねっ」とか、足を滑らせた者が声をあげるが、その他に音は存在しない。辺りは静寂に包まれている。それが三人の不安な気持ちをより一層助長させた。
 道とは呼べないような道を少し下って行くと、ノボリが立っていた。大自然の中に真っ黄色の旗。違和感アリアリである。「おいでやす鋸山」とか書かれた、ハイキング・観光推奨のノボリである。ここは分岐点であった。左側の道は下り坂に成っており、右側の道は上りに成っている。標識が朽ちかけていてよく分からないが、左側は浜金谷方面へただ下りるだけ、右側は石切場跡・溜池・洞穴を経由して浜金谷へ至る道のようだ。三人はヘトヘトであったが、面白そうな所をみすみす見落とすほど疲弊してはいない。覚悟を決めて右側の上り道を選ぶ。せっかく下りてきたのにまた上るのは悲しい事だったし、かなりワイルドで歩きにくい道だった。それでも三人は、崇高なる精神的娯楽のために肉体に苦痛を強いるのであった。
 しばらく上ると建物が見えてきた。そう言えば、山頂展望台に「この下には民家があります。物を投げないで下さい」という看板があったと記憶している。こんな所に人が住んでいるのか。茶でも一杯、馳走になろうかのう。
 ………残念ながら、ここ、ただのトイレみたい。
 トイレを見捨てて先に進むと、真っ白な吊り橋が正面に横たわっていた。この橋は山頂展望台から見えた。転落者救助用通路もしくは民家のための橋と思っていたが、ハイキングコースの一部だったとは知らなんだ。上を歩くと、吊り橋はギシギシと揺れた。予想通りの反応である。落ちたってたかが知れてる高さであるし、スリルは少なかった。
 橋を渡ったあとの道が大変だった。階段と言うよりは斜面と言うべき段差である。そればかりではない、湿っている。なんと、わずかながら残雪まである。滑りやすさ満点である。山のぬしが仕掛けたトラップとしか思えない。
 三人はゆっくりゆっくり下る。転ばぬ事に全神経を集中させる。マーは“先駆者”として慎重に歩を進め、井出は“革靴”の恐怖と戦いつつ、絵理は“私が滑って転げ落ちたら、前の二人も道連れにしちまう”責任を背負っていた。三人が三人とも、「絶対転ぶまい」と神経を尖らせたのである。それでも、一人一回ずつはズルリと滑って転びかけた。恐るべき坂である。
 幸い、さしたる惨事も起きず、全員が坂を下り切った。ここからは多少ゆるやかな坂になる。
 しばらく坂を下ると、切り立った絶壁の雄大な眺めが目に入った。思わず口がポカンと開いてしまう、見る者を圧倒する絶景である。垂直に切り立ったその断崖は、所々がえぐられている。そのくぼみは正確な長方形である。どう考えたって自然の造形ではない。──三人は石切職人たちのすさまじい重労働を思いつつ、あきれるほどの景色にしばし心奪われたのであった。
 「自然の額縁」と銘打たれた景観もあった。立方体にくり抜かれた部屋のような場所に,木が生えているのである。確かに、額縁の中に収まった絵画のようだ。そのロマンチックなシチュエーションもさることながら、なぜあのような場所にあれだけ立派な木が植わっているのかが不思議である。
 「どうやってあんな高い場所を掘る事が出来たのか」という議論になった。「頂上から吊り下がって掘ったんではなかろうか」「やぐらを組んだに違いない」「よじ登ったんだろうよ」各人勝手に予想を立てた。しかし、誰の予想も正しくない。元々は斜面だった所を、上から順番に切り崩していったんだよ。切り口が垂直に成っているのはそのためだ。いくらなんでもあんな高い場所を掘れるわけないだろ、段々と絶壁になっていったんだよバカども!
 議論を終えて旅路を急ぐ。だいぶ冷え込んできた。山特有の冷涼とした空気が三人を包む。駐車場に到着した時は暖かい陽気だったので、「上着は置いて行こうか」とさえ思ったのだが、念のため持ってきて正解だった。
 また道が分かれている。左が正規ルートで、右を行くと石切場跡へ行けるようだ。しかし、時間も体力も無い。さすがに左の道を選んだ。行きたかったし、三人の性格からすれば確実に行くはずなのだが、その余裕が無いほどに追いつめられていたのである。見学を断念し、先を急ぐ。
 先を急ぐ。のだが、その先に立っていた標識の誘惑には勝てなかった。どうやら洞穴があるらしい。なんだか面白そうだ。先ほどは妥協したが、これは疲れていても行かねば成るまい。
 小高い丘に上がると、正面に洞穴はあった。…絶句、すごすぎる。絶壁は先ほども見たが、遠くから見るのと目の前で見るのとでは雲泥の差である。垂直に切り立った壁面は空中に伸びるかのごとくそびえ立ち、圧倒的威圧感をもって立ちはだかっている。深く掘り下げられた洞穴は濃い闇を滞らせ、まるで地獄に通じているかのような空気を醸し出している。これを見るためだけでも、鋸山へ来る価値は充分にある。長い年月をかけて人がこれを掘ったかと思うと、めまいに似た感覚を覚える。これぞ自然と人間の調和、絶壁の雄大さと職人の意匠とが奏でるハーモニー。三人は「すげぇ…」しか言葉が出ないほど驚嘆した。
 洞穴の底から三人が立っている丘まで、数え切れない量の石が地面を埋め尽くしている。どれも同じ大きさの四角錐。切り出されはしたが、途中で破棄された石だろう。
 洞穴には下りる事が出来る。ロープが張ってあるが、立入禁止の表示は特になく、簡単にくぐる事が出来る。ただ、下りはしなかった。疲れていたし、正直に言えば恐ろしかったのである。ホラーな洞穴だ。改めて石切職人達の激務を思う。おそれおののきつつ、三人は洞穴を背にした。あのような異様な光景はかつて見た事がない。ただただ異様な場所であった。なお、ここの壁面には安全祈願の大仏が彫りつけてある。大きさは三十センチ四方といった所だろうか、とても小さい物だ。行く機会があれば是非探してみてほしい。
 洞穴のすぐ近くは休憩所に成っていた。ベンチが置いてあり、広々とした広場である。だが休んでいる暇はない。太陽の光は刻々と弱くなっている。標識を頼りに、浜金谷を目指す。
 しばらく行くと、行き止まりのようになっている。壁が行く手を阻んでいる。絶望的な気分に成った。もしや、道を間違えたか。
「行けなくね?」
「マジかよ」
 こういう場合、進路を決定した者に批判が集中する。標識に従って進路を決定したのは案内役の絵理である。絵理はもちろん焦った。
「と、通れるよ」
 案内役の絵理は、いかにも「知っています」といった風に進んで行く。本当は知らないくせに。虚栄心は醜いものである。
 井出とマーはしぶしぶ後に続く。すると、壁の中が通路に成っている。ビルとビルの隙間を思わせる“切り通し”である。T字型になっていて、正面に標識がある。右を下っていけば良いようだ。濡れているが歩きやすい道である。絵理は正直ほっとした。


(CM)
 淫欲寺広報部観光課からのPRコマーシャル、シリーズその四。わたくし係長の道満と主任の童珍がガイドツアー形式でお送りします。
 明らかにアルバイトと思われる巫女から授かったおみくじをひらくと、あら、小吉。ついさきほど「なかなかラッキーです」と二度ほど言いましたが、どうだったのでしょうか。我々が間違っていたのか、おみくじが間違っているのか。
 童珍さんに至っては「凶」です。おいしすぎます。
「いいなー!『凶』の字は、「メ」が囲いから出たがってるんです。つまり、メ出たいんです。ね。まあ、気休め程度の慰めですけど」
 いつもひとこと多い。



 先ほどから幾度も「溜め池○○○m」とか書いてあり、気になっていた。その溜め池が、ついにヴェールを脱いだ。「どんな池なんだろう、楽しみ!」とほのかに期待していたのだが、なんだか水たまりみたいな物である。小学校の観察池程度の物である。洞穴を見た後では、どうしてもインパクトに欠ける。
 幾何学的な形をしているので人工的に掘ったのだろうが、何のために作ったのだろう。水が汚すぎるのである。飲料水にはならないだろうし、行水も出来まい。切り出した石を洗ったりしたのだろうか。石切資料コーナーでもっと勉強すれば良かった。(人生の法則:あの時勉強していればなァ…という後悔の気持ちは、いつだって、取り返しが付かなくなってから初めて起こる)
 池端に鳩サブレの空き缶が置いてあった。「コイのエサ」とインク書きされている。恐る恐るフタを明けてみると、中身はカラだった。てっきり腐ったミミズでも詰まってるかと思っちゃったぜ。それにしても、この池、コイが棲んでるのか。生物の居る気配は全くしないけど。
 溜め池からしばらく歩くとまたもや分岐点である。右の道を進むともう一つの洞穴に通じているようである。しかし、洞穴で行き止まりに成るから引き返さなければいけないし、さっき見たし、そんな余裕はすでにない。というわけで、満場一致で左の道を下って行くことになる。
 しばらく下っていくと左側に平坦部がひらけている。第二休憩所である。とても雰囲気が良い場所だ。井出は立ち小便をし、「休んでいかないか」と上目遣いで二人を誘う。しかし、マーは「もう日が暮れそうだぜ」と言い、絵理もそれに同調する。「言われてみりゃそうだ」ってんで井出も歩き始める。
 ここ石切場跡から下界までは車力道である。車力とは、切り出した石を荷車に乗せて運んだ人たちの呼称である。女性も活躍し、一日三往復とかしてたらしい。こんな所を荷車がかよったかと思うと、なんだかゾッとする。たびたび事故も起きたようである。そりゃそうだ、重い石をしこたま積んで,こんな悪路で荷車を引けば。石畳には荷車のブレーキ跡が無数にある。当時の労働条件の悪さと言ったら、想像を絶する悪さだったのだろう。犯罪者にたとえるならアル・カポネくらい悪かったのだろう。
 この車力道、頂上付近の分岐点にノボリが立っていたように、観光協会がハイキングコースとして再生を図っているようだ。頑張っていただきたい、特に舗装を。秘境めいた現状も魅力的だけど。
(ここでちょっと心温まる息抜きタイム。優しい口調復活。ふと、マーがカメラを取り出しました。久しぶりの撮影です。旅の空気・せっぱ詰まった雰囲気をデジタル化しようと、絵理を激写。しかし、頼んでもいないのにサタデーナイトフィーバーで決めポーズ。被写体が余裕シャクシャクだと、景色までもがやたら歩きやすそうな散歩道に見えてきます。シャクです。マーは「俺たちの苦労・大変さが伝わらねえだろ。もっとありのまま、臨場感のある、疲れた表情をしろよ」とご立腹。絵理は注文通りヘトヘトな表情を作りますが、神がかり的なわざとらしさが表出されていて、採用には至りませんでした。マーはあきらめて再び先頭を歩き始めます。息抜き終了。)
 なんだかずいぶん木々が増え、森めいて来た。鬱蒼とした森は三人の心をますます不安にさせる。空気はうまい。
 森の中を行くと、すぐに第三休憩所が見えてきた。ショボい。無視して通過すると、今度は石置き場が見えてくる。石切場から運んだ石を、一旦ストックしておく場所である。昭和時代に切り出したと思われる房州石が、今でもそのまま放置されている。石置き場を横目で見つつ進むと、第四休憩所があった。やたら休憩所の間隔が縮まっている。そして、どんどんショボくなっていく。
 だいぶ下りてきている事に気付いた。傾斜がキツいので、ちょっと歩くだけでも相当な高低差となる。太陽の光が直接当たらない高度になってきた。下界は確実に近付いているが、日の目はすでに見えない。西の空が紫色に変色していく。やたらさむいしさむしいしむさい──三人はいよいよ不安になる。彼らの唇は焦りと不安で固く閉じたままである。誰一人口を聞く者は無く、重い沈黙が彼らを支配する。──このまま日が暮れて夜になり、暗くなったら、どうしよう。野宿か──薄暗いし疲れたし、無事に下界へ辿り着けるのだろうか。もしや遭難してしまうのではないか。鋸山で遭難、シャレにならない。カッコ悪すぎる。それは是が非でも避けたい。果たして三人の運命やいかに!?


(CM)
 BNSラジオをお聴きのみなさん、おはようございます。私、美濃部と申します。個人的な告知をさせて下さい。
 事の成り行きから、ペンフレンドの青柳さんとミャンマー旅行をすることになりました。頻繁に文通はした仲ですが、実地に会うのはこれが初めてです。ちょっと不安です。
 そこでBNSラジオをお聴きのみなさんにお願いです。もし私が無事に帰ってこられなかったら犯人は青柳さんです。間違いありません。その時はどなたか警察への通報をよろしくお願いします。が、青柳さんが行方不明になった場合、それは本人の意思による自発的失踪ですのでどうぞ探さないであげて下さい。(※ 捜索願いはアーティストの意向により割愛させていただきます)



 誰かがほっとした声を上げた。
「人間めいてきたぜ」
 見れば土管がある。砂利道になっている。なんとか遭難せずに済んだようである。自然と足取りも軽くなる。
(ここからは丁寧語を復活させます。もう、ドッキドキの演出は要らない!)
 館山自動車道が見えてきました。まばらながら車がビュンビュン走っています。いざとなればよじ登ってヒッチハイクでもすっかー。
 道が二手に分かれています。T字路を右折するべきか左折するべきか。左折すると館山自動車下部をくぐるトンネルで、方角的には浜金谷方面です。しかし、どうやら工事中で通れない様子です。右折すると舗装された急坂です。こちらに折れるしかありません。
 舗装された急坂を、バタッバタッと大きなスタンスで下ります。舗装されているものの相当な急坂、脚に負担が来ます。近くに自転車でも放置してあれば三ケツで低所へまっしぐらなんですが。
 久しぶりにタバコに火を点けます。遭難の危機は免れたわけですから、自然と気が緩みますね。ただ、まだ安心は出来ません。この道は井出の車があるロープウェー山麓駅に通じているのでしょうか?どこかとんでもない場所に放り出されてしまうのではないでしょうか?──三人は拭い切れぬ不安を抱いたまま、それでも少し安心して、アスファルトの上を歩行して行きました。
 歩きタバコでずんずん高度を下げていると、犬を連れたおじさんが前から歩いてきました。人に会うのなんて久しぶりです。ちょっと感激です。せっかくですので、この道はロープウェー乗り場に通じているかどうか確認しておきます。人とのふれあいに飢えてますしね。
「あの、ちょっとすいません」
「はいはい」
「この道って、ロープウェー乗り場につながってますかね?」
「つながってるよー。…でも、もう営業時間終わってるんじゃないかな。頂上に行きたければこの道をずーっと登っていくと登山道があるから、そこから行くといいよ」
「い、いえ…(その登山道から下りてきたんだよっ!)」
「それか、明日の九時まで待つだね(笑)。ロープウェー動き始めるから」
「はは…(だから登らねえって!)」
「でも、今から登り始めれば夜には頂上に着くよ」
 このおじさん、どうしても僕らを登らせたいらしい…。たった今下りてきたばかりなのに、また車力道に追いやろうとするなんて、ひどいや。
 おじさんにお礼を言い、別れます。熊のごとく巨大な犬に引っ張られ、おじさんは登山道の方へと消えて行きました。こんな辺鄙な場所へ一人で散歩に来てるなんて、考えてみれば怪しい。
 とにかく、どうやら帰れることは帰れるようです。辺りには民家がチラホラ建ってますし、完全に山からは脱出できました。
「ここらへんに住んでいる人たちは通勤大変だろうね」
「いや、やっぱり漁師なんじゃないかな」
「どこの家でも犬を飼ってるな。犬ブームか」
「サルよけの番犬じゃないか」
 そんな会話をしていると、右崖下に小川のせせらぎが認められました。到底千葉とは思えません。長野あたりの美しい情景ですよコレは。
 時を経ず、「鋸山ハイキングコース」とか書いてある案内板を発見しました。その脇にはいかにもアスレチックチックな入り口があり、階段が森の奥に伸びています。──覚えてますか、下山して間もなく「おいでやす鋸山」と書かれたノボリの立っていた分岐を。おりこうさんは、おぼえてるよね。あの分岐を左に下ると、ここに出るのですね。
 と、さっきの犬連れおじさんが戻ってきました。散歩終了早っ!「その道を登っても頂上に行けるよ」まだ言ってます。なんだか道が入り組んできたのでついでにロープウェー乗り場までの道順を習います。結構まだ距離ありそうです。さよならおじさん。
 すっかり住宅地の風景となりました。ドーベルマン二匹が柵からカッコ良く顔を出していたり、コンクールなどにきっと出展しているであろう立派な盆栽などがありました。住宅地も抜けると今度は商店街に出ました。和菓子屋が商売してます。ちょうど腹が減ってますし、「せっかくだから地元の名菓を堪能して行こう」という事に決まり、立て付けの悪い引き戸を開けて中へ押し入ります。狭い店内です。ショーケースの中に、おまんじゅうやようかんなど色々な和菓子が並んでいます。
「すいませーん」
 呼ぶと中から人の良さそうなおじさんが出てきました。聞けば、どれでも一個八十円だそうです。うーん、迷いますねぇ。結局、一人二種類ずつ買いました。井出は豆大福・きんつば、絵理は茶まんじゅう・白あんの入ったようかん、マーはういろう・桜餅。お代は絵理に払ってもらいました。オゴってくれるなんて珍しい。ゴチ。
 店を出るとさっそく食べ回しをしました。甘い物は疲れた身体に心地良いですね。どの菓子も最高に美味しかったです、マジで。食べ終わった後で「写真撮っておけば良かった」ってマーが後悔しています。ホントだよあほ。
 思いがけず最高の和菓子に出会い、三人は疲れを癒されました。タバコに点火し、ゴミをまとめながら歩いていると、温泉旅館を発見。なんかフェアみたいのを実施中です。しかし、ひとっ風呂浴びていく気は起きないので素通りしました。やたらケバケバしい玄関でしたし。
 その後、国道沿いを十分ほど歩いたでしょうか、ようやくのことでロープウェー山麓駅駐車場にたどり着きました。駐車場入り口が閉門されてる事もなく、無事に車に乗れました。ドライバーの井出もさすがにお疲れ気味ですので、少時休憩を取ってから出発しましょう。辺りはすっかり暗くなっています。
「ギリギリだったなぁ」
 暗くなる前に帰って来られて、良かった。休憩を控えたり、石段を駆け上がったりして、正解でした──三人は山歩きが無事に終わったことへの安堵感を噛みしめました。そして、その充実を喜びました。口には出さず、おのおのの心の中で…。
 旅の終わりも近い。


(CM)
「さすが土曜日。さっぱり部屋があいていない。昨日と同じボロ旅館、しかも昨日より各下の部屋に滑り込みイン。高級宿に泊まった初日を栄華の極みとして、日を重ねるごとにドンドン零落していく。この分で行くとカラオケボックス、遂には野宿になる日も近いかと思われる。帝国ホテルに泊まりたいよーなんなら金閣寺でもいいよー」という紳士淑女のみなさまを協力にサポート。ピラミッドや孔子廟、タージマハールへの不法投宿もお手伝いする、ジパング・トラベル・トラボルタ、ジパング・トラベル・トラボルタです。



 家に帰るまでが遠足です。井出先生、安全運転をお願い致します。
 世界はいつの間にか闇に包まれていました。「秋の日はつるべ落とし」と言いますが、早春の太陽も一度傾いてしまえば沈むのは早いものです。高速道路に上るまでは、しばらく一般道をひた走りましょう。
 「マジで楽しかったな。伊荻はバカだな」ハンドルを握りながら、井出が辛辣に言って退けます。絵理もマーも同程度の冷たさで「ほんとだな」と同調します。
 ──おいおいおいちょっと待て!見て下さい!道路右側に「チンコラ」という看板が光っています!大丈夫かそんな事書いて!赤と緑のネオンで、「チンコラ」だぞオイ!
 ……近くに来て、謎が解けました。どうやら、「パチンコラーク」という電灯が切れて、「チンコラ」と表示されていたようですね。一瞬ヒヤリとしました。「こいつぁあラジオで放送できねえ」とか思っちゃいました。
 旅はこれでおしまいです。この後、三人は地元へ帰ってイタリア料理を食いました。そこまで話してしまうと単なるグルメ番組に成ってしまうおそれがありますゆえ、このへんで旅の叙述は終わりにしたいと思います。長らくのご静聴、誠にありがとうございました。
 私は一生忘れないであろう。この、驚くほどに充実した素晴らしい遠足を。わずか一日でこれだけ様々な享楽を得る事は、めったにない。時間の流れが早かった。とても十時間の間に起きた出来事とは思えません。その最中に於いては「もう二十時間くらい経ったかな?」と感じ、今この日常から振り返るとたった五六時間の出来事に感じる…。宇宙的時間の推移はまぎれもなく十時間なのに。相対性理論であります。
 井出・絵理・マー…。三人はこの日の思い出を胸に、これからも末永くお幸せに付き合っていく。かけがえのない記憶を共有する仲間として。
「そういやぁ、若い時、鋸山登ったっけな!」
 いつか酒の席でしみじみと語り合う時が来るかも知れない。暖かな家庭を築き、井出は禿げ、マーは太り、絵理が馬鹿に成っている、そんな未来に…。

【アナウンス】
 次回の「異郷おでかけ隊」は東京都・沖の鳥島に出かける予定です。お楽しみに。


(CM)
 ラッシャー井出からの宣伝です。
 遠足翌日・翌々日とも、筋肉痛には襲われなかった。不思議なものだ。「一日置いて痛くなるのはオッサン」と言うが、まだまだオッサンじゃなかった。自分でも意外だ。つうか最近、十代の頃より顔が若返ってきてるのにビックリする。目なんていつの間にかフタエですよ。新垣ヒトエじゃないですよ。
 そのわけはコレ、晩霜製毒から発売されている「ヒロポン」のおかげ。たまった疲れも吹っ飛ぶよ。ラッシャー井出からおすすめ商品の紹介でした。




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