とりぶみ
実験小説の書評&実践
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    大塚晩霜
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One More Day   (2007/08/16)
One more day
They said we'd be home for Christmas but I'm still here today
One more day
I went to see the first lieutenant, he said shut up and wait
One more day, no word

もう一日
あいつらは「クリスマスには帰れる」と言ってたけど、俺は今日もここに残ってる
もう一日
俺は中尉に会いに行ったが、黙って待ってろと言われた
もう一日……、言葉がない

──Todd Rundgren "One More Day (No Word)" より







 その場所にそびえていたのは、敵地との境界線近くに組まれた高見やぐら──やぐらと称するよりもむしろ堅牢な鉄塔と称すべき建造物だった。
 地上三十メートルに位置する詰め所はアパートの一室のようになっている。簡易キッチンがあり、簡易トイレがあり、冷蔵庫・エアコン・電子レンジ・掃除機・洗濯機・無線機があり、ベッドがあり、見張り台には机とイスがある。テレビはないが、その他の生活器具は万全。
 数百メートル先の川を渡ると敵の領地。その向こうは見晴らしの良い平原、さらにその奥に丘陵。背後自陣には森。
 男はそこでたった一人の偵察任務に従事している。敵影が接近したら本部に連絡する役目だ。赴任してから、まだ三日。
 交代人員がいないため、昼夜問わず番をする。食事を作りながら見張り、食事を食べながら見張る。排泄をしながら見張り、自慰行為をしながら見張る。彼の一日は全て見張りもしくは見張りながらの行為に終始する。
 ただし、一瞬も気を抜けないとは言っても、睡眠は取らねばならない。無音震動アラームを三十分間隔でセットし、座ったまま合計三時間の睡眠を取る。
 まともな睡眠ではない。三時間の間にアラームが三十分間隔で作動するということは、眠りを六回も破られる計算になる。これでは身が持たない。赴任三日目にして彼はもう寝不足だ。
 しかし戦地の真っただ中。最前線を守る責任感・死と隣り合わせの緊張感。深い眠りに落ちればそれが即ち死の眠りとなる可能性が多くあった。それに、数日に一度、時間を定めずに本部からの呼び出しがある。しっかり職務をまっとうしているかどうか確かめるための抜き打ち検査だ。この時、ちゃんと応答できなければ厳罰が与えられる。敵が迫っていようがいまいが、どちらにしろ持ち場を離れられないのだ。
 もしも敵の接近を見逃したら彼は逃げ遅れて命を落とすだろう。そしてもし、彼が気づかぬ内に敵が前線を突破して我が陣地に進行したら自軍は甚大なる被害を受けるだろう。彼の責任は重大である。
 彼は今日も双眼鏡で地平線の辺り、山の稜線の辺りを睨んでいたが、敵の姿はちっとも見えなかった。ほっとする。ほっとすると同時に退屈だ。今日もか。今日も変わり映えの無い日か。敵が攻めて来ず、突然の無線連絡も無いのならしっかり眠れば良かった。
 彼は双眼鏡から目を離し、部屋を見回しながら想う。一人用の狭い部屋だが、ああ、せめてもう一人仲間がいてくれれば。順番に寝ずの番に立てば交互に充分な睡眠が得られるだろうし、話相手も得られる。
 ああ。せめてもう一人仲間がいてくれれば。前線に配備された偵察係が自分だけでなかったなら。これほどの退屈を感じずに済んだだろう。
 日が高くなった午前、彼は見張り台を離れ、無線機で定期報告の暗合文を発信した。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 それから一週間変わり映えの無い日が続いた。仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 それはあきらかに徒労だった。彼はこれまでの人生で、この一週間ほど無駄な時間を過ごした経験は無い。無為の日々。しかし危険な任務。彼の神経は次第にすり減っていった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 いつ敵の襲来に見舞われるか判らぬ恐怖と不安。緩まぬ事の無い緊張感と併行して流れるやるせないまでの倦怠感。前線に派遣されてから二週間。どっと疲れてきた彼は、アラームの鳴動間隔を三十分ごとから一時間ごとにセットし直した。
 物資は毎月ヘリコプターが落として行く。落下傘にくくりつけられた荷物がやぐら付近の地上に降下する。一ヶ月分の食料品以外にも、歯磨き粉・石鹸・トイレットペーパーなどの日用品や、電化生活を支える巨大な蓄電池、その他男が要求する物品の数々が遺漏無く届けられる。
 遺漏無く? はたしてそうだろうか。タバコはたんまり届いた。双眼鏡を固定する三脚架も届いた。しかし、要求した物品のことごとくが届いたか?
 否。テレビが届かない。ラジオが届かない。雑誌も新聞も届かない。友人からの手紙も。家族からの手紙も。恋人からの手紙も。任期満了を告げる報せも当然届かない。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 いつまでこんな生活を続けなければいけないのか。慢性的な寝不足と、強い重圧と緊張に徐々にくたびれていく神経。いつからか男は、数時間ごとに泣くようになった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 時は容赦なく経つ。そのうち、別段悲しくなくても、自然と涙が出るようになった。缶詰を開ける。するとなぜか涙が出る。濡れタオルで身体を拭く。するとなぜか涙が出る。水を飲む。なぜだか知らないが目から涙が滲み出る。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 本部からの呼び出しが恋しくなった。人との会話に飢えた。皮肉なことに、数日に一度だった本部からの呼び出しは、一ヶ月数回に減っていった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ち、半年が経ち、一年が経った。変わり映えのしない三百六十余日。敵は来ない。味方も来ない。男の住むやぐらに来るのは野鳥と月に一度のヘリコプターだけ。ひょっとすると戦争はもう終わってしまっているのではないか。これは上官からのイヤガラセではないのか。男は、不仲だった上官との確執を思う。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 毎月定められた日に来ていたヘリコプターが、その月は遅れた。男は今か今かとヘリの到着を待った。敵地監視そっちのけで、自軍領地の方角を見張り続けた。雷のようなプロペラ音が聞こえた時、男はやぐらを降りて、地上で諸手を振った。ちから一杯。聞こえるはずはないのに、行かないでくれ行かないでくれと懇願しながら。
 ヘリコプターの操縦士は、男の姿に全く気付かなかったのか、はたまた気付かぬふりをしたのか、あたかも自動操縦のような動作で物資を落とし、悠々と去って行った。男はくずおれた。
 物資袋の中には食料品の他には何も入っていなかった。親しい人からの手紙はもちろん、日用品すら入っていなかった。食料品も、たった3種類の缶詰と水だけだった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 その翌月の物資輸送はさらに遅れた。ヘリが飛来した時、男はやぐらを急いで降りるあまりハシゴから足を踏み外し、腰を強打した。しばらく立てなかった。這うようにして物資の詰まった袋に近づいた。
 男はその日、やぐらの上に登らず、赴任して初めて、地上で一晩を明かした。缶詰をひとつ、手近な石で壊して開け、中身を手づかみで食べた。恋人を想い、ぬめった手で自慰をした。あの子はもう他に男を作っただろうな。
 翌日には再びやぐらに登り、また同じ一日を過ごした。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」。前日、無線機での定期報告を怠ったのだが、それに関して何もおとがめが無かった。どういうことだ。定期報告はしなくても良いのか。男は自分の存在価値を心底疑う。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 抜き打ち無線は三ヶ月以上途絶えていた。男は次第にいい加減になっていった。戦地の、しかも最前線にいるということすら忘れたかのように、緊張感を喪失していった。禁固刑に服している囚人のように無気力な日々を過ごした。一度しかない人生を、浪費していることへの絶望。無音震動アラームをやぐらの上から投げ捨て、一日八時間の惰眠を貪るようになった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 有り余った時間の捨て場所に窮した彼は、度々やぐらを降りて地上を歩き回るようになった。一度などは川を渡って敵地を歩き回ったことさえある。どんな臆病者でも、これほどの長期間「イジョウナシ」ならば、さすがに平和ボケするのも無理はない。
 戦時下とはとても思えなかった。ここが戦争の最前線であるとは信じられなかった。しかし事実はやはり、交戦中なのだった。男の住まうやぐらは要所である。一旦戦闘が始まれば激戦になるのは疑いなく、そうなれば両軍ともに甚大なる被害が生じるのも明らかで、然るがゆえに両軍から意識的に無視されている地区なのだった。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 半年ぶりの抜き打ち無線時、彼は運悪く近くの森を散歩していた。定期報告時に不在の理由を問われた。小便をしていたと取り繕うが、大目玉を食らった。
 男は激しく泣き声を上げながら、暗合を用いない直截の言葉で、上官に訴えた。
「畏れながら申し上げます。も、もしかしてせ、戦争は終わってるんじゃ。戦争は終わっているのではありませんか。わ、わたくしをだまそうと。みんなでグルになって。そ、そうだ。ききききっとそうだ。戦争はとっくに終わっているのに、みんなでわたくしを困らせようと、こ、こんなイタズラを。きっとそうであります。そうなのでしょう。そうなのでしょう上官。上官はわたくしを憎んでいらっしゃるのです。上官はわたくしが憎いのであります。そうでしょう。きっとそうだ。きっと。きっと」
 まともに相手にされず、任期の延長だけ告げられ、無線は切られた。
「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 それから一ヶ月、変わり映えの無い日が続いた。鳥のけたたましい鳴き声に驚かされた以外は。
 仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」仮眠を取り、地平線を睨み、食事をし、無線を送る。「ホンジツ、ゼンセン、イジョウナシ」
 無為の日々。抜き打ち無線すら途絶えた。彼はもはや発狂寸前だった。何事か起きなければ、必ず発狂していただろう。
 その何事かが、起きた。赴任してから二年三ヶ月目の、暑い夏のことであった。
 ある日、司令部に、待ってましたとばかりの陽気な声で連絡が入った。
「敵影確認。小一個隊。ただちに応援求む」
 あまりに唐突なことだった。そして、緊急事態をまるで祝福するかのような男の欣喜雀躍とした声に、司令官はハッキリと不快感を露わにした。
 この方面に徴兵されて軍事訓練を受けていた新米の兵士たちは、この有事に急遽駆り出された。緊張が走った。入隊して間もない、子どものような兵士たちは、皆一様に不安を顔中に漲らせていた。
 五十人からなる偵察兼応援部隊が現場に駆けつけると、やぐらはメタメタに崩れていた。近くには、敵兵はおろか、やぐらを守る駐屯兵の姿も無かった。遅かったか、と、兵士の誰もが思った。
 五十人は手分けして駐屯兵の行方を捜索した。どうせ死んでいるだろう。このやぐらに在駐していた駐屯兵の救われない状況を知っていた兵士の一人は、心の中でそっと、「これでようやく彼も呪縛から解放されたな」と、切ない哀悼を捧げた。
 トイレが地上に落下していた。ドアが閉まっている。もしかして中に駐屯兵が居るかも知れない。逓信兵がドアを開けた。
 すると、ドアに仕掛けられた起爆装置が作動したのだろう、爆弾が炸裂した。トイレは大破し、ドアを開けた逓信兵の身体は吹き飛んだ。
 その爆音を合図にしてか、森から銃弾が飛んできた。二等兵が被弾して絶命した。部隊は大いに慌て、総員が地面に伏せる。
 敵方から発射される弾丸の数は少ない。どうやら少数の敵兵がスナイパーライフルを用いてゲリラ戦を展開し始めたらしい。
 上等兵が地面に身体を伏せたままロケットランチャーを森に向けた。死の恐怖、そして戦争の恐怖に負けまいとする鬨の声を挙げて、敵の潜んでいるあたりに砲撃する。
 発射。尻から火を噴いてロケット弾が飛んでいく。
 着弾。森の暗がりが閃光で照らされる。
 爆発。舞い上がる木の葉と飛び散る枝。立ち昇る一条の煙。
 静かになった。敵方からの銃声は止み、森は死んだように沈黙した。
 数名の勇気ある兵士たちが恐る恐る爆心地に近づいた。
 命中していた。──敵に? いや。そこには、あの駐屯兵が瀕死で横たわっていた。腹が破れ血にまみれ、泥まみれの顔で笑っていた。笑っている。満足そうに笑っている。
 それを見た兵士たちは茫然と立ち尽くし、ただ、言葉を失った。
 ──悪貨は良貨を駆逐する。流通量のバランスは崩れ、貨幣の価値は下落する。同様に、退屈は人生を蹂躙する。有り余った暇は時間の価値を忘却させる。余剰な時間は充実した活動を阻害する。男は、膨大な時間の塊に圧殺された。
「ホンジツ、ゼンセン、シシャ、サンメイ」




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