とりぶみ
実験小説の書評&実践
不良。雨の日。捨て犬。   (2007/08/09)
 「垂乳根の」と来れば「母」である。
 「拝啓」と来れば「敬具」である。
 「祇園精舎の」と来れば「鐘のこえ」である。
 同様に、「犯人の体型は」と訊ねられれば「中肉中背」であり、「志望動機」を問われたら「御社の社風が自己の性格に最適」、「おかゆい所はございませんか」と聞かれたなら「ありません」と答えるのが常道だ。これらは暗黙の了解だ。紋切り型の問答だ。これ以外の受け答えは、ない。あってはならない。これ以外の受け答えは規則違反である。
 そして当然ながら学園生活にも厳密な法則性がある。どこぞの令嬢の登下校は執事が外車で送迎である。バッサリ髪を切れば失恋である。スニーカーのヒモが切れたら不吉な予感である。林間学校で最初に眠ったらオデコに肉の字である。空き地で野球をすれば必ずカミナリおやじの家の窓が割れる。窓でなければ高価な盆栽が壊れる。遅刻ぎりぎりトーストをくわえたまま走っていたら曲がり角でゴッチンコしかもそれは本日転校して参りましたテヘヘみんなヨロシクな同級生でア~おまえは今朝ぶつかったヤツゥのあいさつのあと席は隣になるのである。──体育館裏に呼び出された場合だけは例外、愛の告白かボコボコにシメられるか天国地獄の二者択一となる。
 この通り、世の習わしは連動している。甲の現象が発端となって乙の現象が引き起こされる。甲から乙。甲から丙では決して無い。「バッサリ髪を切ればオデコに肉」とはならない。当たり前だ!
 しかしそんな当たり前がくつがえされた。
 シトシトと雨の降る、夏にしては肌寒い日のことである。
 その日、日直だった私は、放課後、先生にプリント印刷を手伝わされていた。印刷機のトラブルで時間が掛かってしまい、下校する頃には日も暮れ始めていた。
 公園を通りかかると、ベンチのそばで、一人の生徒が傘も差さずにしゃがみこんでいた。長倉先輩だった。
 長倉先輩は不良である。
 しかし不良ではあるが、同類のチンピラ連中とつるむことのない、一匹狼のような存在だった。どことなく男気のある、言ってみればバンカラ気質の前時代的な不良だった。
 かがんでいる長倉先輩の足下には「拾って下さい」と書かれた段ボール箱が置かれていた。箱の中には不安そうな顔をした子犬。
 一匹狼の不良。雨の日。捨て犬。またとない格好の素材である。ここから導き出される答えはもちろん「普段は怖いと思っていた不良が雨の日に子犬を助けていて知られざるその優しさに胸キュン」である。
 しかし。
 私の気配に気付き、こちらを振り向いた長倉先輩は、口の周りが血だらけだった。
 長倉先輩は子犬を食っていた。




この記事に対するコメント


お気軽にコメントをお書き下さい











«  | ホーム |  »