とりぶみ
実験小説の書評&実践
鍵坊日記part1&2including晩霜日記   (2008/03/06)
×月×日(鍵坊日記part1-1)
 吾輩は鍵盤である。名前は未だ無い。
 無いと云つても夫れは戸籍上の姓名が存在せぬ丈で、通稱は在る。主人曰く、「キー坊」ださうだ。どうせキイボヲドから駄洒落たのであらう。全く以て迷惑な話である、腹の立つ名付けである、吾輩は此樣な名前認めぬ。故に名前は未だ無い、とし度い。
 愚劣なる主人の事を一寸紹介して置かう。其の昔、彼は大學の物書きサアクルに居た。『吾輩は万年筆である』と云ふ駄作を披露し、駄作なるに關わらず人氣を獲得した。氣に喰はぬ。
 其の作風を網(ネット)世界にも持ち込んで、其處でも人氣を博そうと云ふ魂胆であらう。謂はば吾輩は、萬年筆氏を流用した存在であり、夫れを考えてもムカムカする。益々主人を憎み度く成る。
 此の日記は其樣な主人に對する愚痴である。舊字舊假名だらけ・振り假名抜きで讀み難いかも知れぬが、そこは御容赦願ひ度い。「讀めぬ」若しくは「詰まらぬ」など、餘りに不評ならば普通の文章で行く心算ではある。又、主人が飽きても同樣に一般的文言に直す豫定だ。
 讀者諸子は騙される莫かれ、主人の思惑に。讃辭なぞ贈つては成らぬ。此頁を閲覽せし人は何萬人ゐるか知らぬし、若しかして執筆者丈やも知れぬが、申し渡して置く。主人は最低の動物である。吾輩は聲を大にして言ひ度い。「頻繁に主人の暴擧を告発致すから、讀者諸子も日々注目して呉れ」と。宜敷御願ひ申し上げる。



×月×日(鍵坊日記part1-2)
 吾輩の經歴をお話し致そう。
 吾輩は大塚晩霜の所有に成る電算箱(パソコン)の鍵盤(キイボヲド)である。横文字は好かぬが少し明かすと、ソニイのワ゛イオとか云ふ機種ださうだ。以上。書く事が無く成つて仕舞つた…。
 主人でも愚弄して空白を埋めやう。彼は現在、大學四年生である。であるが未だに就職先が決定して居らん。夫れも其の筈である、此樣な愚物は誰も雇はうとはせん。良い気味である。嘸不安に陷つて居らう。
 所がどつこい、やつこさん平氣な物だ。働かず、親の脛を囓る氣か知らん。内定も取れず卒論も捗らぬと云ふのに『卒業文集』などと云ふ物の制作に没頭して居る。眞性の阿呆だ。糞の役にも立たぬのに、後輩から「みんな讀み度がつてますよ!」と煽てられ、有頂天に舞ひ上がる、手の付けやうの無い馬鹿野郎である。
 既に三桁に迫る時間…、否百時間を超過して居やうか。夫れでも尚、編集作業をして居る。早く卒論でも書けば良からうに。現實逃避甚だしい。傍で見て居ても氣の毒に成る位の道化振りだ。おい晩霜、其樣な頑張つても誰も讀まぬよ。好い加減目を覺ませや。
 痛っ! 警告した途端、何やら吾輩を叩く力が強く成つた。触れては成らぬ話題だつたやうだ。控えやう…。
 舊字舊假名は横書きには合わぬ。變換がかつたるいのみならず、讀者にも地球にも優しくない。雙方一兩損だ。依つて次囘からは廃めに致す。
 今晩は此邉で御免被る。訥。



×月×日(鍵坊日記part1-3)
 主人は馬鹿である。馬鹿は風邪を引かない。然るに主人が風邪を引いた。此の矛盾を如何。
 主人が馬鹿であると云うのは断じて譲れない。其の馬鹿が風邪を引いたのも是れ又客観的事実。斯く成れば、「馬鹿は風邪を引かない」と云う俗諺の方が間違っていると言わねば成るまい。見事な三段論法である。
 偖て。昨日、風邪の谷の馬鹿──又の名を主人──は学校を休んだ。大事を取って静養したのである。なぜなら今日は、(今更的)就職試験なのであった。
 だが、朝から生憎の雨である。生憎と云っても主人には気に成らぬ。なぜなら、彼が企業に赴く時はいつでも雨だからである。
「雨かよチッキショウ…。アレ? 考えてみりゃ、いつも雨だな…」
 今日に成って初めて、主人は其の法則に気付いた。遅すぎる。馬鹿の面目躍如である。
 スーツを着る日は大抵傘を携帯している。スーツと傘はセットであると同意義だ。晴れた日はたった1日しかない。日頃の行ないが悪い所為でもあろうが、安いスーツに呪いがかかっているのかも知れぬ。
 面接の詳細は省く。吾輩は現場に同行して居らぬし、主人の馬鹿さ加減ではどうせ落第だろうから興味もない。それよりも興味を惹かれる出来事があった。
 面接を終え、今正に我が家へ帰還せんとする主人は、近所の若奥様に遭遇したのである。「こんにちわ」と声をかける主人であるが、若奥様の方では誰だか解し兼ねて不審を起こしている様子、首を傾げるが如き会釈にての返答と成った。二軒隣の御近所さんと雖も、凡庸なる主人の阿呆面は記憶に留まって居らぬらしい。風邪を引くし、雨は降るし、散々である。ざまあない。
 しかし、主人が自室で慟哭に悶えていたのには、流石に同情を禁じ得なかった。合掌。


×月×日(鍵坊日記part1-4)
 さて、世界に対する我が日記の蔓延ぶりは如何がであろう。メニーメニー目に余る物では断じて無い。計役(カウンター)がチョボチョボしか回ってないんでも判る。憂う可き事態だ。
 鍵坊旋風が世に普く広まらんのには諸々の原因が在ろうが、主人が面白い奇行をせんのも原因の一つであろう。社会的事件でも起こして呉れれば格別.主人の行状を逐一紹介する此の日記は一躍注目の的と成ろう。例えばノーベル数学賞を受賞したり,金タクと入籍したり,誤って恋人を殺めて仕舞ったりすれば、世間の話題に成る,此の頁も安泰だ。だが現実は斯く動かず、主人は今日も平々凡々とのさばって居る。
 風邪を引いてダルく苦しむ略してダルしむと云った様相であり、今日も授業をサボった。好い加減治って欲しい物である。吾輩は主人を霊媒として読者諸氏に訴え掛けて居る為、彼に死なれたら困る。自己表現不可に成る許りでなく、武者苦しき男と心中する結果に相成る。とても叶わん。
 主人の健康状態が思わしくないと、此方迄陰鬱な気持ちに成る。腹立たしい。陰鬱に成ると愚痴の一つも吐き度く成る。吐き度くは成るが、其処は其処、人間のゲーとは趣を異にする。飽く迄上品である。御覧に成る方は少なくも、其処はぢっと我慢の子、なかなか辞めぬ。計役を回して下さる数名の紳士淑女の為にも、読み逃すと損せし気分に成る娯楽を提供し度い。「読んでて良かった苦悶式ー!」と叫ばずには居られぬ程、狂おしい時間をお送り致そう。…おっと自惚れ、誇大妄想であった。失敬。頓首。



×月×日(鍵坊日記part1-5)
 書き始めた現在、二十二時三十一分である。
 吾輩は此の日記を書くのに毎時頭を捻り、十鍵(テンキー)をカタカタ言わせ右往左往し(行頭行末に飛翔すると云う事である)、三木君(マウスの名。今主人が命名)に切り貼りを手伝って貰い、本体である所のワ゛イオ君に原稿を渡して居る。(「ワ゛イオ」と打つのは鬱なので、これから君の名は「岩男」とする)岩男君は広域帯を用いて網(ネット)世界に原稿を提出して居るらしい。以上、吾輩の執筆現場周辺を報告する記事であった。
 然う斯う為る内に、二十二時四十分に成っている。昨日も同じ頃に書いて居った。風邪で可笑しく成った主人を叱咤しつつ、頑張っていたのである。
 書き終わって一息、書簡(メール)が投函されて居る事に気付いた。題名は「いま!」で、差出人は女性である。吾輩は電子世界以外に人間の知己を持たぬから、誰だか主人に問い正して見た。春から通っていた得体の知れぬ講座で知り合ったらしい。
 本文を繙(ひもと)いてみると斯う在る。「読まれてるよ!次のメールは、大塚某さんです。って。録音したテープいる?」
 吾輩には何の事だか皆目見当が付かぬ。主人を顧みてみると、絶妙の表情をして震えて居る。其処で小一時間追求してみた所、以下の様な返事を述べた。
「此の女史はラ●オ日本にお勤めの才媛である。ラ●オ日本の番組で、『テレア●ランド』とか云うちっちゃい角(コーナーの誤訳)がある。喋士(アナウンサー。適当)が聴取者から質問を受け付けるのだが、葉書やら書簡やらが薩張り届かぬらしい。其処で、余(主人の事)にサクラとしてお呼びが掛かったのである。すっかり忘れていた。十時三十五分からの番組であるから、丁度一心不乱に日記を書いて居た頃である。真逆読まれるとは。しくじった! 聴き逃した!!」
 発狂した彼は何が何だか解らなくなり、八つ当たりで吾輩に脳天唐竹割を見舞った。痛かった。終わり。
 追記。此処まで書いて二十二時五十四分である。実に四分の一時間を浪費して居る。とっとと卒論を書け!



×月×日(鍵坊日記part1-6)
 規則正しい物である。二十二時四十三分である。此の時間にしか生命活動を行なって居らん乎と云わむ許りの精確さである。
 但し今晩は多くを語らぬ。クワエ編集長が後学に成る御訓戒を垂れて下すったし、何より是れから主人が誘拐されるからである(主人の年齢からすると「拉致」と云う言葉が適当なのであるが、情勢を鑑みて「誘拐」とした)。
 と云うても夫れ程物騒に非ず、友達に連れ出されると云う意味である。併し風邪引きぬ馬鹿を連れ去って仕舞うとは少し酷だ。吾輩は是れでも一端の義侠心は持ち合わせて居る、主人に対しては少なからぬ慕情を抱く。無事に帰って来て戴き度い。いと寂し。已む事無き際には有らねど、いとをかし──この文句、何となく使い度く成ったから使った迄で、意味に至っては吾輩にも解らぬ──

 
 
×月×日(鍵坊日記part1-7)
 昨晩は主人が失踪した為多くを語れなかった。多くを語れとは誰も頼んで居らぬが吾輩は語り度かったのであり、失踪は遺憾と云わ不るを得ん。主人の朋友よ、吾輩から主人を奪いやがって、二葉亭四迷の様にくたばってしめえ! ………はっ! 取り乱した。誤解無き様に断って置くが、吾輩は主人の事を愛してなぞ居らぬ。嫉妬した訳に非ず。唯、主人の拾本指を持ち去られると不便であるから、少し熱が籠もって仕舞った丈である…。下らぬ下らぬ! 吾輩が彼様な馬鹿を好く訳が無かろう。追求する可からず。
 嗚呼嗚呼、主人の朋友よ。物の分際で人様に刃向かうのは悪かった。陳謝致す。併し乍ら主人は物以下の存在であるから謝らぬ。当然である、彼を幾ら罵倒しようと、吾輩に栗鼠虎(リストラ)の危機が訪れる事は先ず無い。主人は赤貧に喘ぐ馬鹿学生である、二台目を買う余裕は無い。ふはゝゝ。
 苦学生が昨晩の御乱行を白状し始めた様である。しめしめ馬鹿め、網(ネット)上に晒してやろう。
 よくよく訊いてみると何だか運転(ドライヴ)だったようである。詰まらぬ。色もへったくれも無い男三人の暑苦しき旅であったようだ。
 夜の首都高をひた走り、ゴマアザラシのナンタラが出没したという多摩川迄出向いたらしい。夫れから、帰って来た。夫れ丈らしい。
 特筆す可き事と云えば、ルーレット族が時速50里(にひゃくキロ)出して居たり、日曜夜だからか矢鱈工事をして居たり、三軒茶屋から船橋まで十五分しか掛からなかったり、夫れ位である。読者諸氏を喜ばせられる情報の有る筈が無い。伊藤園の「お~い!お茶」ペットボトルが期間限定128円だった事位である。
 長く成ったので最う御休みなさい。左様奈良。
 
 

×月×日(鍵坊日記part1-8)
 何だ彼んだで一週間經つた。あつと言ふ間である。今囘は最終囘記念として舊字舊假名を復活させる。焼け糞である。
 四百字詰め原稿用紙換算で二枚強の分量を、毎囘々々書いて來た。金にも成らぬのに、殊勝な心掛けだ。何故續けるかと問はれゝば、文章を打つのが好きだからと答へる以外無い。麻藥中毒者が注射を打つのを好むが如く、女王樣が下僕を打つのを愛すが如く、兩津勘吉(りやうさん)が飲む打つ買うのを止められぬが如く、である。吾輩の鍵は彼等と同程度の活力を以て弾き飛んで居る。
 好きな行爲を仕事に出來れば幸甚である。呼吸をして居る丈で給料の貰へる人生は理想的であらう。併し、吸つたり吐いたりして他から喜ばれる爲には呼吸に夫れ相應の特色が無ければ成らぬ。唯紫煙を吸つた結果吐瀉物を戻して居る丈では苦情しか賜れぬ。己の放出する氣體に益有らば政府からお錢が下るかも知れぬ。例えば斯うだ。ダイオキシンを吸収してオゾンを吐露する、こんな藝當の出來る男は環境團體から重寶されやう。若しくはモスクワの水を鼻から飲めば尻からサリンを撒き散らせる男、囘教徒掃討の目的でブツシユ君に雇はれるかも知れぬ──其樣な技術を身に付けるのは竝の事ではない。持つて生まれた才能に掛かる題目とも思はるる。
 吾輩に取つて執筆は呼吸と同意義である。幾らでも捻り出して見せる。是れを商賣に出來たら安泰だ。否現實は甘く動かぬ。吾輩の文章は何の変哲も無い。變つて居ると言へば言へぬ事は莫からうが、普通の空氣を吐呑して居ると撰む所が無い。吾輩に天賦の才が備わらなかつた事を、吾輩は深く憂ふ──
 擬古文、最初は讀者にも新鮮だつたかも知れぬが、そろそろ飽きたらう。明日からは『鍵坊日記part1』も過去の遺物(カス)と化す事だし、良き汐だ。吾輩は暫く旅に出る。廣域帶を通つて新しき主人の元に身を寄せ、其處の鍵盤に憑依する事にする。「イヤ! もつと續けてキー坊!」と云ふ黄色き聲援が飛び交ふ筈も無く至つて氣楽である。
 次囘からは主人大塚晩霜が其の拙き筆で『晩霜日記』を著し、讀者諸子のお目汚しを致すだらう。彼の文章技巧は決して人樣に見せらるる樣な種類の物に非ぬ故、讀むのは大變億劫かと存じ上げるが、本人恥を承知で書くんだから暖かく見守つて遣つて戴き度い。それでは、御免仕る。人身Bye-bye。



×月×日(晩霜日記Ⅰ)
 アイツは行っちまた。キー帽のヤツ。だmって。
 俺はタイプミス多すぎて五時だらけで誰かに見せられるような文章掛け値絵師、返還ミスってもどのボタンで消すか輪からネーし、おまえが居ネーと何も出来ネーって野。、アホ・
 こんな風に長髪しても運ともsunとも岩ねえ。ホントにどっかいっちまったみたいだキー帽のやつ。「ぼう)ってちゃんと変換できなくていらだつ。
 あーもうこんなんじゃ駄目だよ読者離れていちゃうよ。シェーんカムバック! シェーで切れてrのは赤塚藤尾が好きだからシェーを多様島喰って宝なんだな、これが。と言うか全然頭使わなくても恐ろしい駄文を自動作成してくれるからパンコソって怖い。頼もしい。
 コレイジョウ続けても艦橋に優しくなさそうdなんでもうな、めますね・。ごめんなさい。もうちょっとキーボートのあつかい勉強してから出直します。



×月×日(鍵坊日記part1-9)
 吾輩は鍵盤のキー坊である。新しき主人が疲労困憊に因り使ひ物に成らなくなつた爲、大塚の元へと歸つて參つた。思へば此處に戻つて來たのは何カ月振りであらうか。暦が張り替えられて居る以外は代はり映え無き部屋である。懷かしい。故の香りがする氣がする(吾輩に鼻は無い)。
 吾輩は内網(インタアネット)と云ふ宇宙を横切り、新しき主人の電算機に辿り着いた譯だが、其處で虜と相成り申した。多忙の新主人が、薩張り電算機を起動して呉れなかつたからである。やつと起動したと思つたら突然の卒業宣言である。然うはさせぬ。我が命が續く限り、貴様を校則で拘束致す。高速心筋梗塞に成らぬよう精々用心して居れ。
 と思つた矢先、新主人はポツクリ逝かれた。吾輩が無理強いしたのが祟つた樣だ。
 偖て、「お手々の皺と皺を合はせて幸せ南ー無ー」新主人の冥福を祈りつゝ、舊主人大塚晩霜の樣子を窺ふ。盛んに文を書き毆つて居る。何だか一人前氣取りである。内網界の花形作家だとでも自惚れて居るのであらうか。花形の積もりならば星君の大リィグボォルと死合ふが良からう。
 盛んに書き込むのは自己表白の爲とも思へるが、一方で餘つ程暇だと鑑定する事も出來る。さつさと就職して仕舞へば無事なる物を、贅沢の言ひつ放しでいつしか年越し、最早如何なる零細企業と雖對手にして呉れぬ。其れも少なからず影響して居るのかも知れぬ。斯樣に可哀想な主人であるから、讀者諸子も暖かく見守つて遣り給へ。再奈良。



×月×日(晩霜日記Ⅱ)
 水木(「みずき」じゃないです「すいもく」)を使ってキーボードの使い方をマスターしマスタ。これで日本人どなたにも読みやすい文章が書けるようになりました。御心配お掛けしました。しかし入力に時間が掛かります…。
 はてな。ローマ字入力のキーボードで文章をカタカタ打っていったら、記事を仕上げるのに一体どれくらい時間が掛かるのか。これからその実験をしてみたいと思います。
 参考までに、ボクの能力を。
・ブラインド? タッチとかいうのは出来ません
・右手人差し指だけでポツポツ押します
・かな入力できません
・が、ローマ字にも弱いです
・英語の偏差値=彼女いない歴=実年齢=22
 さあ、さっそく始めましょう。「ぼくの名前は大塚晩霜」と打ってみます。カッコ内の時間は「挑戦を始めてからの経過時間」です。それじゃースタート。
□(未入力)
 えーと、ビィ、ビィ、ビィ…。(0.9秒)

 これか! けっこう早く発見したぜ!(4.2秒)

 オゥ、オゥ、オゥ…。なんだかアシカみたいだなボク。もしくはチンピラかな(笑)。(9.3秒)

 えーと、なんの話だっけ? ああ、オーを探してるんだよオーを。オーイェー。(12.5秒)

 イェーイェーイェー!(14秒)

 ヒューヒュー!(我を忘れたように創作ダンス開始)(36秒)

 (他人のブログを見に行く)(4分28秒)

 なんだこりゃ。晩霜日記? あ、記事の途中だった!(12分8秒)

 b? bってなんだ?(12分15秒)
□(未入力)
 消そう…。(12分26秒)
□(未入力)
 (書き途中の記事を読み返して)ああ、こういう企画ね。くだらないなぁ~。(自分で計画したのに忘れている)(14分46秒)
□(未入力)
 まーたビィかよ…。消さなきゃ良かった…。(14分58秒)
□(未入力)
 ビィ、ビィ、ビィ…。あれ!? さっきはあんなに簡単に見付かったのに!(15分20秒)
□(未入力)
 ないな…。(15分29秒)

 あった! こりゃ、相当の長丁場になるぜ…。(15分31秒)

 長い記事でごめんて読者に謝ったばっかなのにな…。また嫌われちゃうな…。やだな…。(15分36秒)

 こうなったらもうヤケ酒じゃ~!(15分40秒)

 ウィ~(16分23秒)

 ……(17分55秒)

 ZZZ…(43分23秒)

 むにゃ?(2時間12分8秒)

 なんだこりゃ。晩霜日記? あ、記事の途中だった!(同12分20秒)

 (書き途中の記事を読み返して)ああ、こういう企画ね。くだらないなぁ~。(また忘れてる。てかコピペ)(同14分50秒)

 このあと、同じことループすると思ったでしょ? 甘い! 寝ながらオゥを探してたのだよボクは!(同15分0秒)
b0
 これや!(同15分3秒)
b0
 あれ? えぇっ?(同15分6秒)
b0
 「ぼ」になる予定だったのにな…。(同15分9秒)
b0
 なんでだろう。(オーとゼロの区別がつかない大塚晩霜)(同15分10秒)
b0
 なんだよ、もぅ!(逆ギレ)(同15分13秒)
b0
 やめだやめだこんな企画! いつまで経っても終わりが見えてこねぇよ! というか、キーボードが壊れてやがんだ! さすが骨董品屋で買ったビンテージ物だぜ。使えやしねぇ。単なる観賞用だったんだな、コレ。¥20,300(税込み)もしたのにな!(同15分22秒)
b0k5kytkj
 く た ば れえぇぇ…!(キーボードに手刀を振り下ろす大塚晩霜)(同15分23秒)
 どうです。2時間ちょっとかかっても「ボクの名前は大塚晩霜」と打てませんでした。とにかく、キーボード入力なんてクソくらえです。



×月×日(鍵坊日記part2・壹)
 吾輩は鍵盤(キヰボヲド)である。名前濱田ない。名前は「未だ無い」譯では莫く、「濱田ない」である。一寸は驚いたらう。凄い名だと思つたらう。併し所詮は一發ネタ、此の忌む可き名が以後登場する可能性は皆無に等しいので忘れて戴いて構はない。吾輩は吾輩である、夫れで結構。「物書く」が「物言はぬ」存在であり他とは沒交渉であるゆゑ不便は無いと信ず。
 吾輩の主人は大塚晩霜と云ふ。此の男は新しき場にて文筆作業を始める際には必ずと云つて良いほど「吾輩」を持ち出してお茶を濁すのが慣例である。主人を文學の世界に誘つた夏目漱石著『吾輩は猫である』の影響である。
 主人が大學入學時に書いた處女作は『吾輩は萬年筆である』と云ふ。傳聞した話に據れば、所有の萬年筆に代筆を強いて己は何も爲なかつたさうだ。甚だ恐ろしき悲劇である。
 内網にデブユーした際は初代鍵盤「鍵坊」を召喚し、『鍵坊日記part1』を物した。夫れも主人の筆に非ず、鍵坊氏が幽靈作家(ゴヲストライタア)と成つて書いた作品に過ぎぬ。我々に人權を認めず、其の人格を機械程度に考へて酷使する。尤も實際機械なのだから反駁のしやうはないのだが、迷惑ではある。
 そして今日、遂に吾輩に貧乏籤が囘つて來た。貳代目鍵盤の誕生である。この文章は大塚晩霜に非ず濱田ないが御覽の風呂具にてお送りして居る。現在主人は思考囘路を停止し、一切の權限を吾輩に與えて放心して居る。此の文章は鍵盤である吾輩が考へ、入力して居るのである。主人は吾輩の體を指でカタカタと鳴らしては居るが、實の所は吾輩に操られて物理的行爲を遂行しているに過ぎぬ。云はゞ吾輩の意圖を電腦(コムピユウタ)に傳達する爲の触媒に過ぎず、主縱關係の逆轉と評して差し支へ無い。
 だからと云つて、讀者は主人を莫迦にしては不可ない。確かに今此の瞬間の主人は莫迦に見える。口から涎を垂らし視線を中空に彷徨わせ、アハアハ言ひながらピヤノを叩くように吾輩を撫でる姿は白痴其の物だ。併し普段の主人は單なる阿呆ではないのである。實驗的な小説を書く。書けるのである。滑稽・推理・歴史・戀愛・惡漢、時には囘文・暗號・擬古文・翻譯調・繪畫的・音樂的、有りとあらゆる形式の小説を書く。(まア何れも中途半端であり無節操と斷じる事も可能だが、挑戦精神丈は或る程度の評價をして遣れると思ふ)
 獨りで書けるのに、何故書かないか。何故吾輩に代筆させるのか。詰まる所、主人は自分に自信が無いのである。夫れ故に新天地では「吾輩」に書かせて作品に對する自己の責任を放棄する。不評を蒙らうが冷笑を買わうが、全て大塚晩霜の力量不足の所爲ではなく、吾輩が惡いのだと言ひ逃れする心算だ。所謂責任轉嫁とも云へやう。情けない男である。
 斯樣な理由であるからして、『鍵坊日記part2』は吾輩濱田ないが元氣一杯書いて居る。だうかご愛讀戴き度い物である。願はくば主人以上の人氣を博して仕舞ひ度い。而して主人を悔しがらせて遣り度い。
 但、此の文體を讀める知性の持ち主が讀者の内に何れ程居るか解らぬが。因みに主人は低能ゆゑ吾輩の書いた文章を解せない。



×月×日(鍵坊日記part2・貳)
 風呂具は大變な勢いで内網界に蔓延して居る。先進的な偉き人は大抵筆を執つて居るやうである。人々は皆自己の日常を書き綴つて是れを晒したり、論壇の如く活發に議論を戰はせたり爲て居る。
 吾輩も世から好評を博して居る風呂具を拝讀して見た。簾食(スパム)活動に據つて訪問數を不當に獲得した砂上の樓閣の如き幾つかの例外を除けば、評判に成るのに異論無き風呂具許りであつた。何れも素晴らしい。舌を巻く。…誰か斯う言ふかも知れぬ。「舌は無いだらうお前は鍵盤だもの」其樣な指摘は爲れなくとも承知して居る。噫、無いよ。惡いかよ。
 少なくとも吾輩の眼──噫然うとも。だうせ眼も無いよ──吾輩の眼に映じた限りでは、「頻繁な更新」「獨自性」の大原則と共に、其處には三つの傾向が認められた。
 其乃壹、興味深い載圖(サイト)を大量に紹介して居る。
 其乃貳、藝人竝みの滑稽な文章で笑はせて呉れる。
 其乃參、經濟の動向他、鮮度ある情報を取り上げて居る。
 逆に言へば、閲覧者から愛される風呂具を書き度ければ是れらの内何れか一つを滿たせば良い譯だが、併し物眞似するにも竝大抵の事ではない。
 奇術師・栗田真澄の「手力」は、何處が凄いのかと云へば、夫れは勿論發想の獨創性も凄いのであるが、機関(からくり)の種が解つても誰も模倣出來ない、高度な技術を驅使して居る所に在る。
 假に人氣の秘訣が露見したと雖も、他の追縱を許さぬ底力が、大手風呂具には有る。故に主人が大手の二番煎じを爲やうと計畫しても土臺無理な話なのである。
 何故と云ふに、主人には固より情報収集力・處理能力が無い。「興味深い載図を大量に紹介」する事など、とても及ばぬ。不幸にも中学生に珍毛の生えたやうな男であるから藝人竝みに突飛な事を言へる手合いではない。金には尚更縁が無い。人の集まる風呂具を創る頭の良い人達に、同じ方法で立ち向かつたら主人は敵う筈が無い。聖劍を自在に操る劔豪に對して竹刀を持ち出すやうな物である。
 其處で莫迦は莫迦なりに考えたやうだ。即ち、莫迦に特化しやうと。奇手を弄しやうと。眞劔勝負の席に帯刀せず上がり、唐突に下着を脱ぐ行爲。謂はゞセクシイコマムドオである。
 但、此の手は飽く迄奇手に過ぎぬから、失策すれば凡百の薄ら寒い風呂具と變はらぬ立場に陷る危険性が有る。其の危険性を主人は理解して居るのだらうか。「しめしめ良い方法を考へたぜ」と云はむ許りの氣持ち惡き笑顔を浮かべて得々として居るから、まア解つてないのだらう。精々頑張れば? バーカ。



×月×日(鍵坊日記part2・參)
 吾輩の主人は力持ちであるさうだ。佳く他から煽てられて居る。主人は單細胞だから人を疑はず額面通りに言葉を解釋し、後頭部に片手を添へながらエヘエヘと氣色惡き鼻息を噴出して居る。
 鍵盤を叩かれる而已では主人に力が有るかだうか判斷し兼ねるが、腦容量は聊か足りんやうだ。腕つ節は太いが腦髄が細い。正しく肉體勞働にピツタリな人である。賢明なる日本國社會は、主人のやうな手合ひは單純作業で扱き使つて貰ひ度い。
 誤解されると困却するのだが、力持ち即ち莫迦と言つて居るのでは莫い。職業運動選手を阿呆と罵る意圖は毫も無く、中卒を豪傑と讚える氣は更に無い。力持ちは必ずしも莫迦に非ず莫迦は必ずしも力持ちでは非ざれど、主人は力持ちで莫迦、是れ丈は判然と爲して居るから申し上げた迄である。
 表向き力持ちと評したが、何も運動神經に優れてなぞ居らぬ。球技が得意だとか、体操に長けて居るとか、格闘術で比肩する者無しとか、其樣な大層な譽め方は此方からお斷り爲る。唯筋肉質なのである。生まれつき贅肉が少なく、生意氣にも筋骨隆々の體躯を誇る。見た目に關する限り可成美しき肉付きである。併し騙される勿かれ触るとブヨブヨである。日頃の不攝生と睡眠不足、不規則な食事、加へて筋肉に負荷を強いる機會がめつきり少なくなつた爲である。
 然れど假令ブヨブヨに衰へても不可解な事に腹筋は割れて居るから不氣味だ。時に力持ちと煽てらるゝ位だから外觀に伴つた實能力も未だ健在なのだらう。幼少から持久走が苦手(莫迦だから力の出し加減の配分が出來ないのだ)ではあつたが瞬發性には特化して居た。
 左樣な主人は女と寝る際に驛辨を試みる事が屡々ある。一般的に女と交はる際には遣ると云ひ又寝ると換言する位だから素直に寝るに留めて置けば善からうと思ふのだが、無闇に持ち上げ度がる。男優の如く女を抱き抱えて立ち上がらむと欲す。辨當の賣り子が紐で首を吊る──言ひ違へた、首から紐を吊して販賣箱を運ぶ如く、其の體勢は正に驛辨の名に恥じない。不安さうな女の手は紐の樣に主人の首に纏はり付く。
 大して快感が増す譯では莫い。寧ろ疲れる許りである。加之女には顰蹙を買ふ。曰く、高くて怖いと。曰く、深く挿入され過ぎると。曰く、此の儘激しく刺され續けると過剰な刺激で直ぐに昇天して仕舞うと。昇天すれば失神した樣に成り、頼みの綱なる手は貴男の首筋を離れ、地獄に眞つ逆樣、傍の硝子卓子に頭をしこたま打ち付けて本當の失神、打ち所が惡ければ昇天若しくは地獄に落ちて仕舞ふだらうと。
 一に持久力を消耗する、二に苦勞の割には快樂が少ない、三に驚かれる丈で喜ばれない。利點は一つも是れ莫く、惡い事だらけだ。筋力の使ひ方を著しく誤つて居る。
 然れども主人は、同じ女との何囘目かの性交渉には屹度此の技を持ち出す。是非共自肅を促し度い所であるが、無益に拘はらず人を驚かせやうと爲る主人の藝人志向・一種の性嗜好であるから、吾輩の進言程度では到底辭めさせられぬ。
 是れ丈の材料で判定して見ても、主人の愚は歴然と爲て居る。



×月×日(鍵坊日記part2・肆)
 随分御無沙汰であつた。何も「四」の大字が解らずまごついて居た譯ではない。讀者諸子には邪推をせぬやう堅く御願ひ申し上げる。
 記事が書けなかつたのは、吾輩の主人であり本體である大塚晩霜の躰への憑依・乘つ取りに失敗したからである。
 失敗と書いたからと雖も吾輩を無能と嘲るのは尚早である。乘つ取るのは大變な精神力を要する。對象が近付かねば異能力を存分に發揮する事能はぬ。然るに此の數日は、主人が餘り吾輩に近付いて來なかつた。故に乘つ取る機會が訪れず、據つて記事を書く事も叶はなかつた。どうぞ御寛恕戴き度い。
 而も、考へても見よ、個人電算機の鍵盤に過ぎぬ吾輩が、おい其れと一人の人を使役出來やうか。答へは、否。主人は愚劣な下層民であるからこそ、吾輩に其の指を借用されるのであり、吾輩如き器具にさへ操らるゝのである。假に他の人間が吾輩に触れやうと、主人と同じ樣に自由自在洗腦される保證は無い。
 偖て、言ひ譯が長引いた。そろそろ本題に移らうと思ふ。移らうと思ふ、と書いたが、今囘は別段話す事なぞ考へて來て居らん。更新が滞つた事への詫び・挨拶を濟ませやうと思ひ、徒らに主人の魂を奪つたに過ぎぬ。
 大字の話でもするか。讀者諸子の内果たして何名が、冒頭で「大字」と言はれて意味を諒解出來たらうか。貴殿(今正に其場所で此の文書を讀んで居る貴殿である!)は擬古文を讀みこなして居る位だから知つて居るかも知れぬが、貴殿以外の莫迦──主人も含めた莫迦どもの爲に一應説明して置かう。
 大字とは、「一二三」などの漢數字を「壱弐参」と表記した物である。主に改竄を防ぐ目的で用ゐられる。御祝儀袋の「金一万円」を「金二万円」に書き換えられた困るだらう。「金三万円」を後から「金五万円」と僞られたら腹立たしからう。夫れ許りか「金十万円」を「金玉友円」と落書きされたら、ともだちんこ、おぼつちやまくんに成つて仕舞ふ。
 此の風呂具で大字を使ふ意義に就いては當の吾輩にも聊か解し兼ねるが、何となく漢字知識をひけらかす爲に用ゐて居る。さう御承知下されば大きな違ひは無い物と思ふ。
 因みに吾輩は「壱弐参」を「壹貳參」と表記するが、これは大字の正字である。正字とは、舊字とも言ふが、戰前の漢字と覺えて戴ければ差し支へない。
 讀者の後學の爲にも、正字と畧字・舊字と新字に就いても講義して置くか。
 先ず其の名称に就いてだが、正字と舊字は同じ物を意味する。呼び方が違ふだけである。是れに對する畧字と新字も同じである。
 古臭い骨董好き國粹主義者は、舊字を正字と譽め、新字を畧字と貶す。逆に、現代の潮流に乘つた一般人は、正字を舊字と毀し、畧字を新字と褒める。詰まり、發話者の立場で言葉が變はる迄の事だ。女性器を東京ではおまんこと呼び、讃岐ではちやこと呼ぶのと同樣である。
 此處で吾輩はふと思ひ當たつた。「畧字」とは何か、「舊字」とは何か、讀めぬ者が居つたかも知れぬ、と。讀者の事を考へた、殊勝な優しさを垣間見せたであらう。感謝す可し。
 「舊字」とは「旧字」を旧字で書いた物である。「畧字」とは「略字」の正字である。嗚呼紛らわしい。
 「畧」では上に「田」、下に「各」が配されているが、「略」では「田」は左に、「各」は右に置かれて居るのがお解りに成る事と存ず。全く別物と言ふのではないのだ。
 併し「舊」が如何なる由來で「旧」に化けたかは知らぬ。
 畧字が教科書に採用され「新字」として認められたのは、戰後日本がGHQ(Go Home Quickly)に支配された折りの事である。(歯痒い時代であつた)
 漢字を「呪術的」と罵り、「此樣な惡魔的文字を使つて居たから、此の國は戰争をおつ始めやがつたのだ。羅馬字を使つて居れば核爆弾は落とされずに濟んだのだ」と無茶苦茶を竝べ立てたのである。
 其樣なGHQからの指導も相俟って、數萬の漢字の内二百程度に畧字が正式採用されたのである。GHQ云々を抜きにしても、正字より畧字の方が筆記するのに簡便だつたと云ふ背景もある。
 正字と云ひ畧字と云ふが、其の區別は高々二百程度である。二百以外の何萬語かは、正字畧字の分別は存在し莫い。「國」と云ふ字には正字の「國」畧字の「国」が存在するが、「字」と云ふ字には正字畧字の區別は莫い。意外と言へば意外であらう。
 貴殿は是れで又一つ賢く成つただらうか。貴殿が今し方得た其の知識は、此處まで讀み切つた功勞に對する特別恩賞である。



×月×日(鍵坊日記part2・伍)
 一週振りの登場である。サアビス精神缺如を遺憾無く發揮して居る。皆樣お元氣であつたか。親愛なる皆樣、兩の手の指で數えらるゝ程の讀者樣。
 左右、此の風呂具には閑古鳥が啼いて居る。主人の書いて居る下らぬ風呂具は御陰樣で毎日三桁の訪問者に惠まれて居るが、此處には一桁しか來ない。何う成つて居る。二桁流入して呉れても良さゝうな物であるが…。
 否、否! 吾輩の莫迦! 恥ずかしながら、實に、實に恥ずかしい話であるが、主人の風呂具から御零れを頂戴しやうと夢想して仕舞つた。斯くの如き卑しき考へを催すのは物欲しさうな顔をして涎を埀らす負け犬と撰む所が無い。假令刹那の混亂・咄嗟の愚考であつたとしても深く恥じ入り反省せねば成らぬ。未來永劫絶對に再發させぬやう、天地神明・遇導師樣(グウグルさま)に誓はねば成らぬ。嗚呼許し給へ吾輩の自尊心よ。
 話頭を轉ず。一般庶民は其樣に吾輩の書く文章が御氣に召さぬのだらうか。若しや讀めて居らぬな。逆に言へば此の文章を讀んで居る少數派は餘程の物好きと言はねば成らぬのかも知れぬ。併し縱し物好きの烙印を押されやうと、數パアセントの奇特…、あー、特別な人なのだから、超聖徒(スウパアセイント)として氣に病む事無く是非共胸を張つて戴き度い。御目出度う、貴方は特殊である。是れからも他と一歩懸け離れた變態道を邁進するが良からう。
 客の寄り付かぬ由縁は色々あらうが、先ず奉朗坐(ぶらうざ)で讀むには適さぬ此の文體を擧げる事が出來る。一部の知的階級(貴方の事である)を除けば理解能はぬ。
 是れは如何なる事か簡便に示さう。例えば此處に、誰も彼も讀んだ事の無い悲戀物語があるとする。史上最高の出來映え、沙翁の『ハムレツト』もギヨエテの『若きヱルテルの苦惱』も足下に及ばぬ。然れども如何なる大博士でさへ知らぬ私的言語で著されて居るので誰にも屆かぬ。すると、如何に内容が高度であつても其の作は塵芥同然の代物と化すのである。『鍵坊日記part2』が世間に歡迎されぬのも詰まりは此處に因縁がある。
 では「問題は文體・形式に存ずるのであつて内容に落ち度は無い」と言へるか。答えは否である。生活に何ら必要の無い無駄知識許り記され、而も都合の惡い事に笑ひ要素を『晩霜日記』に吸収されて居る。必然的に此方の風呂具では商業的可能性の無い内容而已と成る。
 文體も内容も親しみにくゝ一般讀者を拒む構造を有して居る此の風呂具に客が集まらぬのは明々白々の理である。併し吾輩は此の形式を辭さぬ。辭さぬと謂はんよりは辭せぬ。何故なら是れこそが吾輩の自然體であるから也。噫不幸な體質に生まれ付いた物だ。



×月×日(鍵坊日記part2・陸)
 又もや一週振りの登場である。丸で「土曜の夜は吾輩の生き甲斐」と言わぬ許りの消極的更新頻度で、吾輩のフアンには無聊を煩わせて惡かつた。お元氣であつたか。
 主人は飽きもせず風呂具を續けて居るやうだ。一錢にも成らぬに睡眠時を削つて澤山の記事を書いて居る。醉狂以外の何物でも莫い。とつとと辭めちまふに若くは無しと思ふが、夫れでも我を張つてウンウン唸つて居る。何故其樣なに氣張るか吾輩が問い詰めて見た結果は如何に掲げる如し。曰く、「不亂苦雜派と同じ方式だよ。小説の素材集め・話題ストツクの爲に風呂具を書いて居るんだい」と。
 雜派の音樂圓盤(レコヲド)は一風變はつた物で、生録音(ライヴ)では莫く、録音所(スタヂオ)録音でも莫い。兩方である。演奏会での生演奏を悉く録音して置き、手應への有つた出來の良い綴区(テイク)に録音所で音を重ねるのである。是れにより、生演奏の勢ひ・迫力に、録音所録音の緻密さ・重厚さが加はるのである。「生録音だけでは荒々し過ぎる」「録音所録音だけでは大人し過ぎる」夫々の缺點を補ひ合ふ爲に發明された録音法であつた。
 主人も同じ方法論を文章で實踐しやうとして居るらしい。即ち、風呂具を生演奏の場──勢ひ丈で書いて居る、繊細さに缺ける文章發露の場として捉えて居るのである。
 風呂具で書いた文章を素材として取り扱ひ、是れを縫合調整する事で小説か何か仕立てる心算らしい。が併し身に成る文は毫も無く、素材として使へる文章は些も捻出出來て居ない。滑稽味にしても、單に文章の理路が混線した下手糞だから笑えるのであつて、ヰツトなど毫も含まれて居らん。機知ある文等とは云ふのも烏滸がましい。
 主人に思想莫く、技術非ず。漱石謂ふ所の「則天去私」、天に則り私を去る手法を採つては居るが、人の底が淺いので到底物に爲るのは無理である。ジヤズ音樂の即興演奏だつて技術や旋法の知識無しに始めればダラダラと延びするのが關の山である。
 だから、主人の風呂具『晩霜日記』は「素材集めの爲の演奏」等云ふ大仰な物ではなく、「小學生の手習ひ」程度の御遊戲なのだらうと思ふ。



×月×日(鍵坊日記part2・漆)
 主人が素亂腐(スランプ)である。
 濃き文章を書く能はぬ状態のやうだ。だが玉に起こる發作だ。餘計な心配は爲る必要が無い。本人も氣に病んで居らぬ。
 今囘は我が同輩の萬年筆氏から教えて貰つた話を披露する。
 現在の愚を見ても容易に推察される通り、高校時代の主人は頗る出來の惡い劣等生だつた。授業中は起きて居る時の方が壓倒的に少なかつたのは言ふ迄も莫く、何時でもスヤスヤ健やかな眠りに就いて居た。何故斯樣に佳く午睡を喫する事が出來たかと言うと、第一に授業が詰まらなかつたのと、第二には夜行性動物だつた事、第三には風貌が物騒ゆゑ教師の誰も注意を爲ず放置して居た事が擧げらるゝ。以上の好條件に惠まれたお陰もあらうが、堅い机の上に突つ伏して佳く彼れ丈熟睡した物だと感心する。併し、俗諺に寝る子は育つと云ふが主人の學が發達しなかつたのは甚だ憾みの殘る所である。
 試驗前には皆が生物學の教科書を熱心に讀んで居る最中、獨り呑氣に運轉教本に其の魯鈍な瞳を晒して居た(生意氣にも四月生まれだつた爲高校二年の末から普通自動車の免許を取得しに教習所通いをして居たのである)。夫れ位の自堕落振り、當然の成行として生物學の試驗では赤轉を獲得し、補修の憂き目に遭つたさうだ。生物學以外の教科でも散々な轉數であつたがそちらは若干増しで何うにか斯うにか赤轉丈は免れたやうである。
 主人の成績は極めて下等で、試驗順位の末席を汚すに充分足る資格を備えて居た。が、所屬して居た學級(四十人單位)は不良生徒許り沈澱する酷い學級で,成績卅位臺は悉く及第ギリギリであつた。下には下が居る物、主人よりも更に愚な生徒が何名か控へて居たのでビリの汚名は蒙らずに濟んだ譯である。とは雖、落ち零れの卅番臺に主人が坐を占めて居たのは搖るがせに出來ぬ嚴然たる事實であり、彼に飼はれて居る身の吾輩としてはちと悲しくもあり寂しくもある。
 お話し爲て來た通りの愚劣な主人であるが、大學に這入つて人竝みに文章を書く事が出來るやうに成つたのは吾輩の幸甚と致す所也。一日も早く素亂腐から脱却せむ事を祈る。まァ、長々しき一文を草した所でたつたの六文錢にも成らぬのではあるが。



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