とりぶみ
実験小説の書評&実践
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    大塚晩霜
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寄せ書き   (2007/07/26)
 転校することになった山田は、クラスのみんなから寄せ書きをもらった。二十五センチ四方のサイン色紙。山田はそれを、段ボールだらけの自室で漫然と眺めている。
 中央には横書きで「山田牧夫くんへ」と大書されている。その「山田牧夫くんへ」を取り囲むように、縦書きの一行メッセージがクラスの人数分、放射状に書き込まれている。いわゆる傘連判状の体裁である。
「がんばれよ。小田大輔」
「がんばってね。鈴木美枝子」
「手紙、待ってます。渡辺長太」
「忘れないぜ。野村聖章」
「今までありがとう。田中真子」
「むこうに行ってもがんばって。松本珠美」
「楽しかったぜ。また会おうな。森川薫」
「あっちでもがんばれ。石井和重」
「手紙ください。金子妙」
「ありがとう。がんばってね。岩崎凛々」
「がんばってください。竹内実朝」
「一生わすれません。高橋一平」
「がんばってください。坂本千香」
「楽しかった。ありがとうございました。安藤宏典」
 社交辞令がほとんどである。頑張れが多い。そんなに何を頑張れというのか。それほどまでに俺はこの学校で頑張っていなかったというのか。山田は悩む。
 社交辞令がほとんどである。しかし「また会おうな」と言ってくれたのはわずかに一名だ。二度と会う気がなくても、少しは名ごり惜しい素ぶりを見せるのが儀礼というものではないか。そう考えるとクラスメートからのメッセージは社交辞令にもなっていない。空白を埋めるための記号である。頑張れくらい漢字で書けるだろうに、その手間さえ惜しいと見える。そういえば文字のことごとくがヘタだ。きれいな字を書くはずの女子ですら八百屋のようにぶっきらぼうである。書道の段位を持っているはずの坂本のこの殴り書きはどうしたことだ。
 「山田牧夫くんへ」の「夫」の字の真下からまっすぐ垂直に縦書きされた、おそらく仕方なくその位置を占めたであろう担任のメッセージは、事もあろうに「さようなら」だ。このいいかげんさはどうだ句点すら無い。別れ間際に教師からこのような扱いをされる生徒は滅多にいないのではないか。
 「山田君は楽しかったです」という意味のメッセージを書いたのが約三名。じゃあもっと話しかけてくれよと山田は思う。ろくに話したこともなかったのによくもヌケヌケと。
 もう顔を合わせることもないという遠慮の無さから無茶を書いてきたのが若干名。
「バーカバーカ。小松肇」
「山田枚夫は犯しのホームラン王です。島田滋朗」
「。原春宗」
「ちょんまげに関する素朴な質問はご遠慮ください。今井暢彦」
「ウンコー。前田逸平」
 山田は情けない気持ちになる。なんだこの寄せ書きは。クラス全員が、教師までもが、義務感から仕方なく字を列ねた落書き。こんな物ならもらわない方がましだ。そもそも誰が企画したのか。学級委員あたりが発案したのだろうか。人をイヤな気にさせて得々としているのだからタチが悪い。
 情けない気持ちで、手にした色紙を所在なげに眺めていた山田だが、ふと、右上隅に小さく書かれたメッセージを発見した。
 控え目に書かれた横書きのそれは、文字列の放射の中に入れなかったため最後に書き加えられたように思えた。あるいは、クラス全員がメッセージを書き込み終えるのを待ってから書かれたようにも思えた。その、文言とは…
 「ずっと
  好き
  でした」
 山田は絶句した。目を見張った。三行に分けてコンパクトに圧縮されたそれは思いがけない愛の告白だった。胸が高鳴るのがわかった。
 メッセージのみで、書いた本人の署名はない。誰からのメッセージなのかすぐには判らない。が、山田には何となく心当たりがあった。心当たりというか、ほのかな期待が。
 山田は慌ただしく学級連絡網を引っ張り出し、寄せ書きと見比べた。連絡網に記載されたクラスメート全員の名前と、寄せ書きの署名を、ひとつひとつ照らし合わせてみる。
 寄せ書きは一定方向に向けて書かれていない上、その順番もてんでバラバラだ。出席番号順ではないし男女が入り混じっている。まさに傘連判状。誰が首謀者なのか判然としない。
 連絡網との照合にえらく時間が掛かる。探している名前をなかなか見つけられなかったり、あれ、こいつの名前はもうチェックしたかな? どこまで探したのかウヤムヤになってしまうことも多々ある。悪戦苦闘だ。
 癇癪を起こしてきた山田、しまいには面倒になり、クラスメートの名前を一人ずつ黒く塗り潰していくことにした。
「中野、出席番号三十二番」
 教師の右隣の名前から反時計回りに検べていく。
「小田、出席番号十五番」
 連絡網に印字された氏名も、色紙の方に署名された氏名も、どちらも塗り潰す。
「鈴木、出席番号二十五番」
 まず色紙の方の名前を消し、次いで連絡網の方にも線を引く。
「渡辺、出席番号八番」
 山田は色紙を右回りに動かしながらクラスメートの名前を一つ一つ抹殺していった。
「野村、出席番号三番。田中、出席番号二十六番。松本、出席番号三十番…」
 そうして色紙が一周し、ついでに教師の名前にも墨を入れると、色紙に書かれている名前は山田牧夫を除き、ことごとく葬り去られた。その時、連絡網の方には、山田の期待通り、山田の名前と、一人の女子の名前だけが残った。
 出席番号二十一番、山科魅夜。
 山田が密かに想いを寄せていた女の子だ。右上に書かれた無記名のメッセージはこの子からの物と決まった。
 山田は顔を真っ赤にして震えながら、連絡網の電話番号を見つめ続けた。山科魅夜の番号を完全に記憶してしまうほど何度も口の中で暗唱した。
 山田は勇気を振り絞り、山科魅夜に電話を掛けることにした。
 電話を掛ける決心はしたが、決心を実際の行動に移すのは容易ではなかった。ダイヤルしては受話器を置き、受話器を置いてはダイヤルをし、ダイヤルしては受話器を置く…。躊躇に逡巡を重ねて同じ行為を繰り返した。心臓の鼓動が激しさを増す。めまいがするほどの緊張状態だ。山田はなかなか電話を掛けられない。ダイヤルしては受話器を置き、受話器を置いてはダイヤルをする反復作業を、三十分も繰り返す。しかもそれは果てしなく長い三十分だった。極度の緊張状態が続いたので山田は何事も起こってないにも関わらず憔悴した。
 その優柔不断な反復の何十度目か、呼び出し音が鳴った。鳴ってしまった。山田は受話器を置くことができない。頭の中は大騒動となる。(ご両親が出たらどうしよう。)(何も言わず切るか。)(それとも間違い電話のふりをして謝るか。)(ああ。)(どうする。)(あっ、万が一本人が出ちゃったら!)
 魅夜ちゃんと話すために電話したのに、山田は魅夜ちゃんが電話に出るのを恐れた。
「もしもし山科ですが」
「……!」
 幸か不幸か魅夜ちゃん本人が出た。
「もしもし?」
「あ…」
「どちら様ですか?」
「あの…」
「はい?」
「山田、ですけど…」
「山田? さん?」
「あの、同じクラスの…」
「ああ」
 通話口から聞こえてくる魅夜ちゃんの返事は存外にあっけないものだった。山田が異常に興奮しているせいで温度差が生じているのかも知れないが。
 山田は黙ったままだ。黙ったままの山田に魅夜ちゃんは促す。
「何か?」
 山田はゴクリと唾を飲み下してから、死にそうな想いで切り出す。
「何ってほら、寄せ書きにさ…」
「え?」
「寄せ書きに…」
「寄せ書き?」
「うん。そうだよ」
「ちょっと待って寄せ書きって何のこと」
「え。いや、ほら、俺転校するじゃん。その…」
「山田くん転校するんだ? それで寄せ書き? クラスのみんなから?」
「そ、そうだよ」
「へえ。今どきそんな物を贈ってくれるなんてあったかいクラスだね」山田の顔色は見る見るうちに青汁のようになる。「良かったじゃん。まあ、わたしは書かなかったけど」魅夜ちゃんは一方的に喋り、相手に何かを言わせる隙を与えない。「あ、知らなかったんだよ、寄せ書きも転校も。ごめんね。そっか、山田くん転校か。元気でね。じゃあね」
 山田が何か言う前に電話はガチャンと切られた。
 一瞬の、沈黙。
 その瞬間、山田の目に映じる寄せ書きはほとんど白紙になった。文字の大半が蒸発した。同じ筆跡の「ずっと好きでした」と「ちょんまげに関する…」だけを残して。
 その一瞬間の死のような沈黙の直後、山田は涙をほとばしらせながら、送話口に向かって、断末魔の獣のように長々と吠えた。




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