とりぶみ
実験小説の書評&実践
)   (2007/07/19)
 彼は雪山で遭難した。変わりやすい山の天気に彼は成す術も無く襲われた。六合目あたりまで(彼が)下山したころ暗澹たる雲に覆われる天を彼は見上げた。チラチラと重い雪の落ち始めるのを彼は感じた。彼は嫌な予感を抑えながら山の麓を目指して(彼の)足を速めたが(遭難する前に下山するのは)間に合わなかった。たちまち量を増した豪雪に(彼は)(彼の)視界を遮られた。とてもじゃないが(彼は)登山道を確認する事が出来ない。(彼が)闇雲に歩けば(彼は)崖から転落するかも知れなかったし、横殴りの雪に(彼の)身をさらしていたら(彼の)体温の低下を(彼は)免れない。針葉樹の林に彼は(彼の)身を潜め、(彼は)山岳救助隊の助けを待つ事にする。(彼が)降雪を覚った時点で八合目の山小屋に(彼は)戻るべきだったと彼は後悔した。

「はい、こちら山岳救助隊。まだだ。まだ連絡は来ていない。解っている。彼が雪山のどこに身を潜めているのかさえ把握している。しかし要請がなければ我々は出動できないのだ。遭難を知らないはずなのに大の男が五人も雁首揃えて危険な雪山に出かけるのは不自然だからな」
「家族は何をしているんだ。早く捜索願いを届けないか」
「舞台は快晴から一転しての猛吹雪。そのうえ登山者は下山せず、音信も途絶えた。ならば遭難したのだと考えるのが当然なのにね」

 彼は寒さに震えながら木の根方にうずくまった。彼は凍死を避けるために(彼の)腕で(彼の)身体を抱きしめた。(彼が)眠ったら(彼は)死んでしまう事を彼は知っている。生き延びようとする(彼の)意志は(彼に)沈思黙考を強いる。彼は(彼の)家族の事を考えた。彼の父(厳粛な表情で黙りこくる彼の父の姿が彼には見える)。彼の母(不安に顔色を青くした彼の母の姿が彼には見える)。(彼の)母が(彼の)父に(彼の)捜索願いを届けようと泣き声で訴えているのを彼は想像した。彼の父は渋々彼の母の訴えを承諾し、警察に連絡するため電話の受話器を手に取り、そして──彼は考えるのが面倒になって途中で辞めた。

「やっと家族から連絡が入った。捜索願いだ」
「遅いよ」
「遭難者は三十九歳男性。蛍光オレンジの登山服に上下を包んでいるらしい」
「知ってるよ」
「前もって提出された登山計画書がここにある。これを読んで登山者の登頂ルートを予想し…っていう作業を本来は行なわなければいけないんだが、今回は省略する」
「さっそく出発だ」
「総員ベッドから起き上がり、出動準備を整えろ!」
「いかにも今仮眠から目覚めました、ってな寝ぼけ顔でな」
「よし、早くしろ。行くぞ。事は一刻を争う」
「お待ちかねだ」

 彼は山岳救助隊から捜索されている。彼はもはや寒さを感じる事が無かった。ただひたすら、彼は眠気に襲われている。
 彼は腰の痛みを感じた((彼が)楽しくない酒を呑んだ翌日は(彼の)腰のあたりに鈍重な痛みが停滞するのを彼は知っている。(彼が)窮屈な想いをして座るからだろうし、(彼が)居心地の悪さから煙草の量を増やすのも影響しているだろうと彼は思った)。彼は身体に雪を積もらせるのと同時に気だるい塵労に覆われていった。

「ちと衰弱が激しいな。我々が到着するまで体力が持つかどうか」
「まあ、主人公だから死ぬ事はあるまい」
「そうだな。死んでしまったら話が終わってしまうからな」

 彼は(彼の)上下のまぶたがくっつきそうになるのを無理にこらえて(彼の)どんよりとした瞳の中に無理に光を採り入れた(彼の瞳孔が捉えた景色は全く人の気配のない単色の風景。彼には彼を救おうとする山岳救助隊が三合目まで来ている事を知る由は無かった。彼は(彼の)心が徐々に折れ始めるのを感じ、(彼の)生への執着を少しずつ雪上に落とし始めた。彼は凍傷で(彼の)四肢の先端を破壊された。
 彼は彼の目を静かに閉じ、呼吸運動を停止した。

「おい。死んだぞ」
「馬鹿な。死んだふりだ。死なれたら困る」
「話が終わってしまうではないか」
「そうだそうだ。生きているに決まっている」
「頼む。生きていてくれ」

 木の根方にうずくまった彼は(彼の)蛍光オレンジの登山服を雪の粉にまぶされていった。彼は周囲の銀世界と同化しつつある。彼は木々を激しく揺らす風雪にも影響されることなく静かにただ静かに動かなくなった。
 彼は山岳救助隊が四合目まで到達した事を知らなかったし、知ったところでもはや(彼は)頑張る事は出来なかった。彼は(彼の)生命を維持する気力を完全に喪失した。彼は助けが到着するまで(彼の)命の火を灯す事が出来なかった。

「え」
「死んで、る?」
「いやいやいや」
「有り得ないって」
「みんな、つらいけど、現実を見ようよ。彼は死んでいるよ。お話はおしまいだよ」
「信じられん。こんなアッサリ死なれたら、話にならないではないか」
「そうだ。文字通りお話にならない。我々が出動したのは何の意味があるのか。若者を死の直前に我々が救い出す、スリルと興奮に満ちた話ではないのか。このまま死ぬようならばもっと違う話になるはずだ。人生の最期を目前にした主人公の独白にするだろう、普通」
「いいや。これはきっと、山岳救助隊は間に合いませんでした、って話だよ」

 彼は山岳救助隊が五合目付近を歩いていることを知らなかった。一切の生命活動を放擲した彼はもはや何事も知覚しない。彼は温度を色を音を認識する術を失った。彼は物質世界からの如何なる干渉をも感じない。彼はあれほど寒がっていたのに今はもう寒くもなく、かと言って当然ではあるが暑くもなく、眠気も(彼には)ない。彼は脳の最期の数分間(人間の脳は肉体の死後も数分は活動すると言われている)を(彼の脳で)味わい始めた。彼は死んでしまった彼の死につつある脳で(臨死体験をした人間がそうであるように)死後の世界を体感し始めた。
 彼は死んだ。

「本当に死んだのか? だとすれば、我々山岳救助隊の存在意義が無くなってしまう。彼一人が出演して、勝手に一人で死ねば良かったではないか」
「だよなあ。その方が自己との対話を通した荘厳な悲劇になっただろうに」
「実は死んでなかったって事にしておけば…」
「はっきり書いてしまっているからね。もう元には戻せないよ」
「どうせこれは小説だろ。ならば、どんな勝手も許されるはずだ」
「無茶はよせ。神に背くつもりか。一度死んだ者は、二度と蘇らない。これは自然界のルールであり、かつ小説のルールだ。この法則を破れば作品の生命自体が死んでしまう」
「一人だけイイコぶるな。主人公が話の途中で死んでしまうのは想定外の事態だ。あってはならない事なんだ。話を続けるためには是が非でも生き返らせなければならない」
「俺も生き返らせる案に賛成だ」
「奇跡的に生きてた。この八文字を次の行に挿入すれば…」

 彼は完全に死んでいた。彼は(彼の)体温を見る見るうちに下げていく。彼は気温と同じ温度に冷えていった。彼は(彼の)人生を振り返らず、彼を取り囲む森林と同化もしなかったし、彼の脳内で神との対話が行なわれているのを(彼が)感じる事もなかった。彼はすでに彼の形をした蛋白質の塊だった。

「おい。やはりダメだ。なんだこの話は」
「わかったぞ。あいつは本当の主人公じゃない。単なる目標物だ。我々こそが本物の主人公なのだ。もしくは、仮にあいつが本当の主人公だとしても、その死により主人公の座が我々に移譲したのだろう。我々が遺体を発見する過程がこの小説の本筋なのだ」
「なるほど。そうだ。そうに違いない」

 やがて、彼はようやく山岳救助隊に発見された。

「おいおい。話が続いてるぞ。彼が依然として主人公だ。死体が主語になってるぞ」
「命を持たぬ存在──つまり、無生物が小説の主語になる事は珍しい事ではない」
「無生物が主観を持った主人公に成り得るのは俺の知る限り擬人化の技法を用いた小説だけだ」
「いやいや、死人が主役を張る可能性も有り得ない話ではない。前例がある。こういう主人公は幽霊となったり思念体となったり、死してなお象徴的役目を果たすものだ」
「そうか。やっぱり彼は厳然として小説の中央に存在しているんだな。わっ、もしかしたら生きているのかも。俺達が彼を発見した瞬間に息を吹き返すんじゃ」
「まだ蘇生に望みを託しているのか。忘れろ。彼が蘇る可能性は万に一つも無い」
「ちぇっ」

 彼は蘇った

「おいおい蘇ったぞ」
「冗談だろ」
「彼が蘇る可能性は万に一つも無かったんじゃないか?」
「無い。はずだった。ん。いや。そうだな。言い直すよ。無かった。あの発言の段階──あの時点では、無かったんだ。しかし今は『あの時点』ではない。万に一つも無いから万に一つも有るに変更された」
「あれだけ死んだ死んだしつこく喧伝してて、あっけなく蘇ったて」
「そんな馬鹿な話があるか」
「現にあるんだから仕方ない。『彼は蘇った』と書いてある」
「非常識だ!」
「ああ、常識を無視している!」
「待て待て。早まるな。句点がないぞ」
「まさか…」

ら良かったのに(と私は思った)。ホントに。

「ホントだよな…」
「なに同意してるんだよ!」
「めちゃくちゃじゃないか」
「あーあ、もうやってられねぇよ。なんだよそれ」

 だけど、そう思うだろ? 彼が蘇っていれば、話は正常に続くんだ。

「ちょっと待ておまえ誰だよ。俺たちに気易く話しかけるんじゃないよ」
「作者か? 手垢のついたメタフィクションじゃないか。手法が古いんだよ!」

 作者じゃないよ。

「じゃあ誰だよ!」

 Estava cuidando desse relacionamento em. vez de escrever coisas que nao iam a lugar algum.

「質問に答えろよ!」
「何語だよ」

 ポルトガル語。

「なんでいきなりポルトガル語を挿入するんだよ! 必然性がないよ!」
「とりあえず聞くけど、意味は?」

 意味? 意味は、「女性関係に夢中で執筆どころじゃなくなった。」

「やっぱりおまえ作者じゃねぇか!」
「手法が古いっての!」

 Prefer mantener esa relacion en vez de continuar escribiendo algo no tenia futuro alguno.

「今度は何だ?」

 スペイン語。

「ポルトガル語はどうしちゃったよオイ」
「仕方ないからとりあえず聞いてあげる…。意味は?」

 女性関係に夢中で執筆どころじゃなくなった。

「同じかよ!」
「バーカバーカ!」

 おまえら発言には気を付けろよ。特にカッコはもう使うな…。

「横柄な野郎だな」
「カッコって、(のこと?」

 やめろ! よせ!

「ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ?? (は出るのに、もう片方が出ない」

 悪い事は言わない! よせって!

「どういうことだ?」

 いわゆる「カッコ閉じる」は品切れです。

「バ…! バカヤロー!」
「ど、どうなっちゃうの??」

 カッコ内に書かれている文章は全て本筋の補足となります。君たちがいくら頑張ってもカッコを閉じない限り物語は進行しません。

「なんてこった」
「なんじゃそりゃ」
「前半でカッコを濫用しやがって。バランス良く文章の要素を配置するのが文筆家の技量って物だろうが。作家失格だね」
「いいやそれ以前の過ちだよ。カッコっていうのは元々、上弦と下弦、二組セットで使用する物だろ。ちゃんと数を揃えてストックして置くのは常識だよ」
「はっきり言って小学生以下の物書きだな」
「バーカバーカ」

 さ、さいなら!

「逃げるのかっ! 待て!」
「なんて無責任な!」
「まずいな…」
「このままじゃ物語は永久に終わらないってことか…?」
「カッコ閉じるを探せばいいんじゃないか?」
「そうだ! 探せ!」
「主人公はどうする?」
「そんな物に構っている場合か。我々の今現在の会話はカッコ内の出来事。カッコ内でいくらあがこうが、カッコの外──つまり本筋──は、時間が止まっている状態だぜ」
「我々が迷い込んでしまったこのカッコの中は、物語言説外の時空、いわゆる異次元空間だ」
「事態はそんなに深刻なのか? 主人公を無視して良いほどに?」
「そうさ」
「オゥ…」
「お母ちゃん…」
「カッコ閉じるを探せ!」
「そうだ、落ち込んでいる場合じゃない、探せ!」
「おい、さっそくだがここに一個落ちてたぞ。ほら。これ」
「でかした!」

 )

「え?」
「なんだこの奇妙な感覚は?」
「なんか、時間をすっ飛ばしたような…」
「おいおまえ、カギカッコ閉じるの忘れてるぞ」
「え、俺?」
「そうだよ。『ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??』っていうセリフの、最後のカギカッコ。ほら」
「ああ、ごめんごめん。今閉じるよ」

 」

「ちゃんと閉じろ。ソコツ者め。おかげで全部おまえの会話になっちゃったぞ」
「どれどれ。ブラケット──通称『大カッコ』で括ってみようか。 [ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??「え?」「なんだこの奇妙な感覚は?」「なんか、時間をすっ飛ばしたような…」「おいおまえ、カギカッコ閉じるの忘れてるぞ」「え、俺?」「そうだよ。『ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??』っていうセリフの、最後のカギカッコ。ほら」「ああ、ごめんごめん。今閉じるよ」]か…」
「しかしこの、奇妙な感覚は何だ? カギカッコの閉じ忘れだけに起因する物じゃなさそうだぜ」
「普通のカッコ──英語で言う所のパーレーンを閉じてないからじゃないか?」
「あっ、そうだよ、きっと。えいっ。……あれ?」
「閉じられないぞ?」
「おいおい、もしかしてこの、通称『丸カッコ』ってヤツ、閉じられないから、時空に歪みが生じてるんじゃないか? 奇妙な感覚の原因はそれじゃないか?」
「あ、そう言えば、カッコはもう使うな、って言ってやがったなあの野郎」
「作者!」
「らしきヤツ!」
「いないぞ」
「雲隠れしやがったな」
「おそらくそうだ。何らかの原因でカッコ閉じるが使えないんだ」
「気を付けろ。これ以降、カッコを使うな」
「承知」
「ちょっと待てちょっと待て。しっかりカッコ閉じてないぞ」
「ん? ああ、あそこか」
「例の『ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??』発言の直前な」
「ややこしいから、仮に『例のパーレーン』と呼ぼう」
「ごめん…」
「あれもおまえか。そうだったな。全く、うかつなヤツだな」
「ごめん…つい俺が、『カッコって、
「バカ! 引用するな! そこにもカッコは含まれてるんだから!」
「あ! そっか」
「本当にごめん…」
「もういいよ。過ぎたことは仕方ない。それより、二重カギカッコと普通のカギカッコを閉じるのを忘れるなよ」
「うん」

 』」

「これでよし」
「カッコ以外の記号も使えなくなったりしないのかな。今のところカギカッコは大丈夫なようだけど」
「どうだろう。気を付けなければな」
「しかしまあ、例のパーレーン、どうするよ。閉じないとどうなる」
「物語が永久に終わらないんじゃないか?」
「そう言えば主人公はどうなったかな」
「そんな物に構っている場合か。我々の今現在の会話はカッコ内の出来事。カッコ内でいくらあがこうが、カッコの外──つまり本筋──は、時間が止まっている状態だぜ」
「我々が迷い込んでしまったこのカッコの中は、物語言説外の時空、いわゆる異次元空間だ」
「事態はそんなに深刻なのか? 主人公を無視して良いほどに?」
「そうさ」
「オゥ…」
「お母ちゃん…」
「なんか今、既視感に襲われたんだが」
「うん。俺も」
「とにかくカッコ閉じるを探せ!」
「そうだ、落ち込んでいる場合じゃない、探せ!」
「おい、さっそくだがここに一個落ちてたぞ。ほら。これ」
「でかした!」

 )

「え?」
「なんだこの奇妙な感覚は?」
「なんか、時間をすっ飛ばしたような…」
「おいおまえ、カギカッコ閉じるの忘れてるぞ」
「え、俺?」
「そうだよ。俺が『横柄な野郎だな』って憤った後の、『カッコって、』っていうセリフの、最後のカギカッコ。ほら」
「ああ、ごめんごめん。今閉じるよ」

 」

「ちゃんと閉じろ。ソコツ者め。おかげで全部おまえの会話になっちゃったぞ」
「どれどれ。ブレイス──通称『中カッコ』で括ってみようか。 {ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ??「え?」「なんだこの奇妙な感覚は?」「なんか、時間をすっ飛ばしたような…」「おいおまえ、カギカッコ閉じるの忘れてるぞ」「え、俺?」「そうだよ。俺が『横柄な野郎だな』って憤った後の、『カッコって、』っていうセリフの、最後のカギカッコ。ほら」「ああ、ごめんごめん。今閉じるよ」}か…」
「しかしこの、奇妙な感覚は何だ? カギカッコの閉じ忘れだけに起因する物じゃなさそうだぜ」
「作者らしき何者かが『おまえら発言には気を付けろよ。特にカッコはもう使うな…』って言ったのと何か関係があるのかな?」
「そう言えば俺がカッコを閉じようとしたら、なぜだか『カッコ閉じる』が出なかったんだ」
「何か思い出した気がする。これってもしかして、カッコを使っちゃいけない言語遊戯か何かじゃないのか?」
「すごい混沌としてきたぞ。この小説、どうやって始まったっけ?」
「小説なの?」
「小説だったろう、たぶん」
「これが小説か?」
「メタフィクションってヤツだろ。小説の形式や約束事を破壊する、メタメタな手法だよ」
「メタの意味は『メタメタ』とは違うけどね」
「そんな事はどうでもいいよ。それより、何でまた、こんなスタイルで書かれているんだ、この作品は。こんな時代遅れの作品に出演する身にもなってみろってんだ」
「メタフィクションも、勃興した時は新鮮だったかも知れないけど、もう流行りゃしないよ」
「単なる言い訳だからね、メタって。従来の慣習を破壊すると言えば聞こえはいいけど、その実は安易な手口に逃げ込んでいるだけ。不真面目な創作態度だよ」
「文学にしろ映画にしろ、作るの楽だからね、こういう自己批判的芸術って」
「いくら滅茶苦茶になっても、論理が破綻しても、プロットに矛盾が出来しても、『いや、メタですから』って言えば許されると思ってやがる。結局それは、創造力の枯渇だよ」
「昔の人は偉かった。あの人たちは、メタフィクションを思い付かなかったんじゃなくて、手を出さなかっただけだぜ。メタフィクションの手法は反則だって知ってたんだ」
「禁忌を破るのって、最初は英雄扱いされるかも知れないけど、所詮は反則だわな」
「昔の人が偉くて、敵わないと思ったから、こういう手法に逃げ込んだんだろ、メタフィクション作家たちは」
「パンク・ロックの誕生と似てるな」
「どういうこと?」
「1970年代のロック界は、ハード・ロックやプログレッシヴ・ロックが隆盛を極めていた。両ジャンルとも、とても高度な演奏技術を要するスタイルだよ。そんじょそこらの不良少年にはマネできない。──だから、楽器のヘタな不良少年たちは、暴力的で廃退的なパンクを引っさげて、ロック界の先輩たちに噛みついたんだ」
「へー」
「ところで俺たちは何の話をしてるんだ?」
「俺たちって、何?」
「元々山岳救助隊じゃなかった?」
「そうかも知れない」
「我々は一体何を話してるんだ」
「どうやらこれは全て、カッコ内の言辞らしいぞ…」
「と、いうことは? どういうことだ?」
「カッコの中は、所詮、本筋の補足だ。物語の流れの外だ。いくら喋っても本流の埒外だ」
「いや、でも、カッコは全部無事に閉じたんじゃないだろうか」
「俺がカッコの外に飛び出して点検してくるよ」
「そんなことが可能なのか」
「どうせメタフィクションだよ。いい加減なもんさ。何したっていいんだから」
「あーあ。それを言っちゃった。それを言っちゃあおしまいだよ」
「自由どころの話じゃない、もう、ハチャメチャ。収集が付かない」
「やっぱり昔の人は偉かったな。必要最低限の規則がいかに重要か、知っていたんだから」
「とにかく、ちょっと外から眺めてくるよ、俺たちが閉じこめられたカッコの中を」
「行ってらっしゃい」
「気をつけて」
「ただいま」
「やに早いな。ひどい。常識からの逸脱とか、そういう次元の話じゃない」
「この際もうどうでもいいよ。で、どうだった?」
「便宜上、丸カッコを亀甲カッコ──つまり、【】で表示するぞ」
「うん」
「まず、『ん? あれ?? カッコが閉じられないぞ?? 【は出るのに、もう片方が出ない』のカッコはしっかり閉じている」
「ほう」
「そのカッコ内世界──仮にレベルⅠ世界と名付けよう──で、作者らしきヤツは『カッコ閉じる』の記号が品切れであることを告白している」
「全然覚えてない」
「無理もないよ。カッコ内の世界は異次元だもの」
「それから、その直前、『カッコって、【のこと?』で始まったカッコ内世界──レベルⅡ世界は、レベルⅠ世界をも内包している」
「なんだか難しいな」
「真剣に聞かなくてもいいよ。どうせ読者も真面目に読んでないだろうから」
「だな」
「で、レベルⅠ世界が閉じた後、そのレベルⅡ世界で俺たちは、作者らしきヤツの逃避を非難している」
「そうかい。ふあ~あ。──これ、あくびね。カッコが使えれば、『カッコあくびカッコ閉じる』って書くんだけどね、すまないね」
「なんかよくわからなくて急に退屈になってきた」
「ふむ、『なんかよくわからなくて急に退屈になってきた』こういう言い訳めいた事を書いて逃げを打てるのも、メタフィクションの便利な点だな」
「まあまあ、みんな続きを聞きなよ。さあ話して」
「レベルⅡ世界も、どこからかカッコ閉じるを発見することによってちゃんと閉じていた。目に付く範囲のカッコは全て閉じていた。一見、問題はなさそうに思える」
「そうかい」
「作者らしきヤツがポルトガル語やスペイン語を話したのは覚えてるな?」
「覚えてるよ」
「あれは、今現在俺たちが存在しているレベルⅢ世界で起きた出来事だから、だからこそ覚えているわけだ」
「あっそ」
「へー」
「じゃあ、レベルⅢ世界が小説の本筋ってことでいいの?」
「それが違うんだな」
「主人公が雪山で遭難した話は、レベルⅢ世界での出来事じゃないのか?」
「ちょっと待った」
「何?」
「誰が喋ってるんだかよくわからない」
「確かに」
「カッコの外に出て行ったのはどいつだ」
「元来、俺たちって何人いたんだろう」
「もう、黙れよ。カッコの外に出て行った方、続けて」
「ありがとう。続けるよ。結論から言うと、雪山遭難は、レベルⅣ世界だった。俺たちが今まで長々と喋ってきたのはレベルⅣ世界のカッコ内世界での出来事。要するに茶番だったわけだ」
「なんだって…!」
「し。続けて」
「これを発見した時は、俺もさすがに愕然とした…。実は、もうひとつカッコは在ったんだ。ここ
「あっ! 『彼は山岳救助隊に残念そうな表情で見つめられた』と、『おいおい。話が続いてるぞ。彼が依然として主人公だ。死体が主語になってるぞ』の間にぃ!」
「あ、あんな所に!」
「非常識だ!」
「悪意を感じるな」
「作者の悪意だ! 作中人物に対する、神としての奢りだ!」
「許せねぇ…」
「断固として許せない!」

 いやぁ~、みんなお待たせ♪

「てめぇ…!」
「作者!」
「現れやがったな」
「ぶっ殺す!」

 やっとカッコ閉じる入荷してきたよ。さぁ、閉じるよ☆

「な…!?」
「唐突!」
「やめ…」



「お、あれだ」
「あと少し、間に合わなかった」

 彼は山岳救助隊に残念そうな表情で見つめられた。彼は(彼の)身体で蘇生術を拒否した。

「すでに死後硬直が始まっている」
「凍結し始めているし」
「仕方ない。仏さんを家族の元に運ぼう」
「南無…」

 彼は袋に詰められ、回収された。彼はただ横たわっていた。無限の闇の中、彼は長い距離を移動した。
 彼は彼の身体の上に泣き伏せる(彼の)母と、そんな(彼の)母の姿を厳粛な表情でただ見守る(彼の)父とを感じることはなかった。
 木魚の音が音波となって(彼の)鼓膜を震わせたが、彼の聴覚はすでに音を音として知覚しなくなっていた。
 無限の闇の中、彼は長い距離を移動した。
 やがて彼は、(彼の)目の前が明るくなるのを感じた。

「あれ!?」
「目の前が明るくなった、だと!」
「もしかして生き返った??」
「まさか。そんなバカな」
「これってひょっとすると…」
「メタ、フィクション?」
「えぇ~っ、あの、悪名高い!」

 彼はそこに、天国の光を見たのであった。 (了)

「あぁ良かった。幸い、メタフィクションではなかったみたい」
「メタフィクションでさえなければ何だっていいよ」
「メタフィクション糞食らえ」




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