とりぶみ
実験小説の書評&実践
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【小説】殺さんでするロサンゼルス観光⑪   (2017/08/09)
連載第11回
 コンプトンで自転車をいただく
 自転車に乗る

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回




コンプトンで自転車をいただく
 デブのアパートは悪名高いコンプトンにあった。ロサンゼルスの南に位置するこのエリアは、アメリカ屈指の暗黒街。地区全体がストリートギャングの巣窟であり、ヒップホップグループN.W.A.の出身地として有名。非常に犯罪率が高く、観光客が無防備に歩いていたら数分でカツアゲされる。下手したら殺される。
 速やかにこのエリアから脱出しようと思い、俺は整備士に電話をし、愛車ハチロクを配車してもらった。悪目立ちしてしまったかも知れないが、徒歩で移動するのは自殺行為だから仕方がない。ギャングたちを刺激しないよう、安全運転でハチロクを発進させた。
 路上には紙くずや空き缶が散乱し、塀にはスプレーによるグラフィティーアートが描かれている。平屋の建物が多く、大規模な建物があるとすればそれは大抵2階建てのオンボロアパートだ。
 いるわいるわ本場のギャングスタが。ほとんどが有色人種で、いわゆるヒップホッパーの恰好をしている。ダボダボのユニフォーム風シャツ。スタジアムジャンパー。オーバーサイズのジーンズ。ナイキのスニーカー。ティンバーランドのブーツ。頭や口元に巻いたバンダナ。ベースボールキャップ。彼らは昼間っからブラブラしていて、ラップかバスケットボールかスケートボードしかやることがないご様子。
 レトロクラシックのオープンカーとすれ違った。一般向けには販売してなさそうな紫色の車体で、ハイドロでホッピングしそうだ。まるでキューバに来たような錯覚を受ける。本革仕様のシートにはギャングスタが満載されており、ウーハーで重低音を強調させたウェスト・コースト・ヒップホップに合わせて首を上下させている。
 NBAロサンゼルスレイカーズのユニフォームを着た若者が、BMXでサイクリングをしている。BMXはマウンテンバイクのように頑丈な自転車で、主に競技用に使われる。前輪をクルクル回すトリックのために、ブレーキワイヤーが特殊な構造をしている。
 レイカーズはチンタラ走っており、そんなに運動が得意そうでもない。
「この自転車、ほしいなあ」
 発作的な欲望がわいた。
 俺は車を急加速させ、BMXに思いっ切りぶつけた。レイカーズは吹っ飛ばされ、路上を転げ回った。俺はゆっくりと車を降りた。BMXが損傷していないか軽く確かめ、またがった。ペダルを踏む。そんなにスピードの出る自転車ではない。
 レイカーズは立ち上がれず、ウンウン路上でうめいている。すると、周囲からファックやファッキンという言葉が、日本の夏にセミが鳴くのと同じくらいの語数で聞こえて来た。
「ワッツァファック」
「ファッキュー」
「ファッキンメーン」
「ファッキョーメン」
「ヨーマザファカ」
 後にも先にもこんなにファックと言う単語を耳にしたことはない。縄張りでやんちゃしたファッキンジャップに腹を立て、地元ギャングスタたちが一斉に集合。ボール争いをするスポーツ選手のように群がって来た。ファック、ファッキンの大音声と共に黒人の軍勢が突撃してくる様子は圧巻であった。NFL(アメフト)のランニングバック(特攻隊長)になった気分だった。
 相手は20人はいただろうか。ピストルやサブマシンガンを撃ってきたり、シャコタンのクラシックカーで轢こうとしてきたり、本気で俺を抹殺しようとしているみたいだった。こっちが自衛のために撃ち返しても、誰も怯むことがない。相当怒っているようだ。俺は血だらけになりながらBMXを立ち漕ぎした。2階のベランダから甲高い声で罵りながら、闇雲に発砲してくる女もいた。彼らの強い絆を感じ、少し感動した。自転車を漕ぎながらで狙いにくかったが、ピストルをバンバン撃ってベランダの女を排除した。
 敵は思った以上に手ごわかった。激しく出血し、逃げ切れないなと思った俺は、いったん床屋の中に逃げ込んだ。店の奥、ソファーを遮蔽物にして身をひそめ、911に電話した。これはアメリカにおける緊急電話番号で、警察・消防・救急が呼べる。俺は警察に電話をし、片言の英語で状況と床屋の名前を告げた。
 ギャングどもは床屋に押し入ろうと試みるが、俺は入口に向けてこまめに弾幕を張った。緊迫の籠城戦だった。
 そうして5分ほど頑張っていると、遠くからサイレンの音が飛んできて、警察が現場に到着。白人っぽい声色による「手を上げろ!」「動くな!」などの怒声が聞こえたが、ギャングたちは頭に血が上っているため警察と銃撃戦を開始した。
 おかげで床屋の店内は静かになった。俺は栄養機能食品をかじりながら、そっと入口に近づき、外の様子を窺った。
 パトカーは2台しか駆けつけておらず、警官も4名しかいない。それに対し、ギャングは10名ほどに減少していた。きっと半数近くはパトカーのサイレンが聞こえた段階でトンズラこいたんだろう。
 警官はさすがプロである。数の上では圧倒的に不利だったが、的確にギャングたちを射殺していく。いいぞ、もっとやれ。あ、1人倒れた。やっぱり人数差が響いてくる。警察側もどうしても無傷と言うわけにはいかない。1名、殉職。俺は敬礼しながら店の戸を押し、倒れていたBMXを起こした。夢中で銃撃戦を繰り広げるギャングと警察官に「お勤めごくろうさまです」と慇懃につぶやいて、BMXのベルを鳴らしながらその場を後にした。




自転車に乗る
 盗んだBMXで走り出す。のんびりとしたサイクリング。思えばこうして街をゆっくり見ることもなかったな、と、しみじみ思う。ロサンゼルスの低所得者層の生活がつぶさに観察できた。
 汚い洗濯物、電柱に吐かれた吐瀉物、破壊された公衆電話、燃費の悪そうな年代物の車、赤茶色に錆びたまま放置された廃車、古タイヤの山、怪しげな子袋を並べた露店、壁が褪色したクリーニング店、解体されないままのガソリンスタンドの廃墟、タトゥーパーラー、ストリップクラブ。
 そして、高速道路下のデッドスペースで暮らすホームレスたち。ビニールシートで作ったテント、コンロ代わりに使われているドラム缶、どこかのスーパーから勝手に持ってきたのであろうショッピングカート、ショッピングカートに満載されたビニール袋。観光客は決して見ることのない、ロサンゼルスの裏面だ。
 視線をポイ捨てするように路上観察をしながら、俺はペダルを踏む力を徐々に強めていった。文字通り、コンプトンを見捨てた。
 派手にすっ転んでもあまり痛くないことにかこつけて、公道を走りながら、トリック(BMXの技)を熱心に練習した。もちろん、何度も転び、倒れた。頭から地面に叩きつけられたり、肩からアスファルトの上を滑ったりもした。しかし、死を恐れない大胆さで練習したからなのか、俺の運転技術はめきめき上達した。重心を後ろに倒してウイリー状態で走ったり、ジャンプしたり、バニーホップ(ウィリーとジャンプの複合技)をやったりした。しまいには高く高くジャンプできるようになり、プロのBMXライダーのような動きができるようにまで成長した。
 相当な無茶もやった。スケートボードのグラインドの要領で、ガードレールや階段の手すりを滑った。停車中の車にジャンプして乗り、屋根の上で飛び跳ねまくった。しまいには、向こうから走って来る自動車目がけて全力疾走し、タイミングよくジャンプ、ボンネットに乗ることに成功した。──成功するまでに、何度も何度も失敗し、その度に瀕死の重傷を負ったが。
 と、そこへ、同じくBMXに乗ったクソッタレが現れた。彼は俺に気を留めず、ひたすらトリックを決めまくっていた。俺は彼の後を追った。単純に、一緒にサイクリングがしたかったのだ。2台のBMXは前後して同じ方向へと走る。
 彼は正真正銘プロのBMXライダーだったのか、とにかくすごい動きをした。ジャンプしてからの360度ターンをする。傾斜を利用してバックフリップ(後方宙返り)をする。タイヤ幅と同じくらいの細い手すりの上を綱渡りの要領で、しかも路上でのそれとほぼ変わらない速度で走行する。BMXに乗ったまま連続ジャンプで壁を上る。立体駐車場の屋上から飛び降りる(しかも2回転バックフリップのおまけつき)。極めつけは壁面を走る壁走りで、体の軸が地面に対してほぼ平行の状態で数メートルを走り抜けた。信じられない動きだった。地球より強い重力の星からやってきた宇宙人のようだった。俺は彼の動きを真似ようとしたが、たいてい派手にクラッシュした。
 ここロサンゼルスでは、クソッタレはクソッタレを殺す。殺すのが当たり前であり、先に殺さなければ殺されてしまう。そういう社会だ。しかし彼は、金魚のフンのようについてくる俺のことを、微塵も気にしなかった。いつ拳銃を抜くやもわからぬクソッタレが必死こいて追っかけてくるのに、全くの無防備だった。無視しているというより、BMXに夢中すぎて、俺のことなど眼中になかったと言った方が正しそうだった。
 事実、スーパーカーに乗った別のクソッタレが通り魔的に彼を殺したときも、彼は全く怒ることなく、さも「少し転んじゃったよ」とでも言わんばかりに平然とサイクリングを再開した。
 彼にとっては街全体がスケートパークだった。民家の屋根から屋根へと次々に飛び移ったり、貨物列車の荷台に飛び乗った。まるで忍者だった。俺は地上を走行して彼の姿を追ったが、彼が連続ジャンプで高層ビルの壁を上っていった時は、ただ見上げることしか出来なかった。とてもついていけないと思い、俺はあきらめて彼の姿を見送った。最後まで、彼の瞳には俺の姿は映じていなかった。
 俺は自分のガレージまで戻ってきて、自転車を入庫した。



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