とりぶみ
実験小説の書評&実践
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    大塚晩霜
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【小説】殺さんでするロサンゼルス観光⑨   (2017/08/03)
連載第9回
 ハリウッド

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ハリウッド
 気が付くとウェルカミングワンドの姿は消えていた。俺は仕方なく、ロサンゼルス観光を再開することにした。あえて訪れていなかった場所、お楽しみとして取っておいた、映画の都ハリウッドへ。スマホによれば、歩いて数分でハリウッド大通りにぶち当たる。
 太陽の方角へテクテク歩を進めると、あきらかに観光客が増えてきた。やがて交通量の多い大通りに出たとき、「ああ俺はハリウッドに来たんだな」と実感した。
 ハリウッド大通りの両サイドには、星形のプレートが埋め込まれた歩道が延々と続く。「ウォーク・オブ・フェイム」と呼ばれる有名な観光地だ。星の中には、芸能界で功績のあった人の名前と、その人が活躍したジャンルを表すシンボルマーク(カメラは映画界、レコードは音楽業界、テレビはテレビ業界、マイクはラジオ業界、マスクは演劇界)が書かれている。プレートの数は2500以上あるらしく、すべてを見て回るわけにはいかない。日本人の俺にとっては、映画と音楽の著名人しかわからない。しかし知っている名前に出くわすと嬉しくなるものだ。ミーハーだとは思ったが何枚も写真を撮影してしまった。化粧品で有名なマックス・ファクターがあったのには驚いた。俳優のメイクでもしていたのだろうか。
 観光客の出入りがひときわ激しい「ハリウッド&ハイランド」は、映画館・ホテル・レストラン・ブティックが集まるショッピングモール。この辺りには有名映画──ディズニーやスターウォーズのキャラクターが沢山いる。趣味でコスプレをしているのかと思いきや、ツーショット撮影でチップをねだるストリートパフォーマーだった。それから、ストリートダンサーや、自作CDをプレゼントし「ツイッターやフェイスブックで拡散してくれ」と頼んでくるミュージシャンの卵もいる。こいつらも、好きにさせておくとチップを要求してくるから油断ならない。銃をちらつかせれば悲鳴をあげて逃げていく。
 そこから西に進んでいくと、東南アジアを思わせる建物が北側に見えてくる。「チャイニーズシアター」(頭に「TCL」とか「グローマンズ」とか付くこともあるが、これは「味の素スタジアム」「田中浩康スタジアム」と同じノリなので気にしなくて良い)。映画の都ハリウッドにはいくつも映画館があるが、その中でも一番有名な映画館だ。と同時にロサンゼルス屈指の観光スポットであり、常に観光客でごった返している。アジアンテイストの外観も見ごたえはあるが、何といっても映画館前の前庭が有名だ。ウォーク・オブ・フェイムの星形プレートとは別に、特別な敷石が何枚も埋め込まれている。セメントタイルに、スターの名前と、そのスターの手形や足形が刻まれているのだ。映画ファンなら誰もが知っているスーパースターたちばかり。アルパチ、ブラピ、ジョニデ、シュワちゃん、C3PO……。スターの手形に自分の手をはめて大きさ比べをするのも楽しい。 
 路肩に、屋根の無いマイクロバスが駐車していた。セレブの豪邸を見学して回るツアーバスらしい。ハリウッドを出発し、ビバリーヒルズやロデオドライブ、サンセットストリップ、デヴィッド・リンチの映画で名を知られたマルホランドドライブなどを巡るようだ。山出しのお上りさんである俺は、ツアー料金も特に気にせず、すぐさま参加を決定した。
 自分の運転に比べるとバスはやきもきするほど低速だった。そして音声ガイドは英語だった。同乗した客たちはなるほどと言った顔で説明を聴きながら、カメラのレンズを左右に向けている。俺は説明を聴き取れなかった。さっぱりわからなかった。とどのつまりさっぱり面白くなかった。この退屈が1時間近く続くのかと思うとうんざりした。俺は運転手を後ろからしこたま殴りつけ、運転台から引きずり下ろした。おならの大合奏みたいな悲鳴が車内に充満した。おびえる乗客たちを無視したまま、観光ツアーを引き継いだ。
 入り組んだ坂道をバスらしからぬ速度で上っていく。周囲はプール付きの大豪邸ばかりだ。高級住宅地ハリウッドハイツ。映画スターなどの有名人や大富豪が暮らしている。東京の山の手もそうだが、どうして金持ちは高台に居を構えたがるのだろう。下界を見下ろす優越感があるからだろうか。
 俺自身は、この辺りに住んでみたいとは微塵も思わなかった。ちょっと一泊させてもらうくらいなら良いが、何カ月も寝起きする気にはなれない。確かにベランダから見える眺望は素晴らしいものだろう。しかし、付近に店などはないから丘を下りて買い出しをしなければならない(もちろん日用品の買い出しは執事やメイドがするのだろうが)。道は狭く急坂で曲がりくねっており、見通しも悪い。はなはだ移動に不便だ。
 俺は何度か高級車と出合い頭の衝突をした。付近に暮らすセレブだろう。スピードを出している俺が悪いのだが、とりあえず中指を突き立てておいた。
 バスは坂を登り続け、どの家が誰の家かろくにわからぬまま、住宅地を脱した。そのまましばらく運転を続け、ハリウッド・ボウルに至って停車した。乗客はここぞとばかり座席から飛び降り、方々に逃げ惑った。安心して。俺は無益な殺生はしないよ。
 ハリウッド・ボウルは野外劇場で、日本でいえば日比谷野外音楽堂のような格。真昼間であるからか、公演は行なわれていない。俺は遠慮なく客席に進入し、そして無人のステージによじ登ってみた。このステージにビートルズやモンティ・パイソンが立ったのかと思うと感慨深いものがある。ステージ上で「ツイスト・アンド・シャウト」を歌い、「アルバトロス!」と叫びながら客席を練り歩いた。
 一通りごっこ遊びを楽しんだ後、俺は劇場の外に駐車している車を物色した。ピカピカの白いボディー、アメリカサイズのSUVが、エンジンを掛けっぱなしで停車していた。水色のアロハシャツを着たデブが運転席でスマホをいじっている。もしもし、アイドリングストップにご協力ください。ドアを開け、運転手の頭をハンドルに叩きつけてから引きずり下ろし、地球環境を守る名目でカージャックをした。これで街へ戻りがてら、カーディーラーを見かけたら売り払って小遣いの足しにしよう。
 すると、順調に走り始めてほどなく、差出人不明のメールが届いた。
「俺の車を取ったな。おまえはすぐに霊安室行きだ、マザファッカー」
 立て続けに、もう1通メールが届いた。
「気を付けろ。誰かがおまえに7000ドルの懸賞金を掛けたぞ」
 意味がわからなかった。気味が悪かった。SUVの持ち主がヒットマンでも雇ったというのか。ふとカーナビを見ると、現在地がドクロマークになっている。他の犯罪者がレーダーを見れば、俺は白丸ではなくドクロマークに見えるのか。いたずらにしては出来過ぎている。
 嫌な予感は的中した。レーダー上に丸が3つ入ってきた。それぞれ2時の方向、10時の方向、4時の方向から出現した。それはドクロマーク目がけて、つまり、俺めがけて急接近する。俺は7時の方角に向けて走っていたが、やがて丸3つは俺が走行中の路線に合流し、まるでレースをするように7時の方向に走り始めた。あきらかに俺を追ってきている。7000ドルを目当てにしたバウンティーハンター(賞金稼ぎ)どもだろう。懸賞金はいたずらや脅しなんかではなく、現実に掛けられていた。
 俺がカージャックした車は高級そうだが所詮はSUVであり、それほどスピードが出ない。追手との距離は徐々に縮まっていく。
 俺自身がゴール地点であるレース、1着は平べったい緑色のスーパーカー。サイドミラーに映るその姿を、目視で確認した。サブマシンガンを乱射してきた。バックドアに数発被弾し、左後輪がパンクした。スーパーカーは速度を調整してSUVに横づけし、運転席に銃弾を浴びせた。俺はたまらず急ハンドルで路地に逃げ込み、これ以上の逃走は不可能と判断して車を乗り捨て、全力疾走で安全な場所を探し求めた。そうこうするうちに他のバウンティーハンターもすぐそばまでやって来た。
 辺りは高級住宅街。俺は塀をよじ登り、一軒の豪邸に闖入した。植え込みの手入れが丁寧にされた華美な庭。そして、澄んだ水をたたえた肝臓型のプール。縁に半球のスペースが設けられているのは、もしかしてジャグジーだろうか。しかし見とれている暇はない。俺は植え込みを突き抜け、隣の屋敷に移った。さっきの豪邸とは全然別の個性があり、ここもまた美しい。長方形のプールがあり、バスケットのゴールもある。俺はバーベキューグリルの横を走り抜け、再び塀をよじ登る。奥へ奥へと急ぐ。少しでも道路から離れた場所へ。より遠くへ。バウンティーハンターが追跡をあきらめるくらい遠くへ。
 チラッとレーダーに目をくれると、やはりバウンティーハンターたちも車を降りて追ってきている。なんてこった、俺が何をしたっていうんだ。
 俺はとっくに息切れをしていたが、ただひたすらに豪邸から豪邸へと移動を続けた。限界を超えていたが立ち止まることはしなかった。肺が破れて血を吐いてでも逃げ回ってやろうと思った。
 背後で銃声が聞こえた。小さく遠い音だった。バウンティーハンター同士で小競り合いをしているのだろう。彼らは協力して俺を仕留めようとしているのではない。7000ドルを獲得できるのは、俺を最初に殺した者だけなのだ。
 邸宅が途切れ、道路に出た。車が通りかかったらすぐさま奪って逃走してやろう。耳を澄ませる。車の走行音を頼りに、見通しの悪いクネクネ道を下った。走行音に近づく。あまり聞きなれないモーター駆動音と、路面をガタガタ走る音が高まった。キャタピラ?
「ブルドーザーか。そんな物を盗んでも、逃走の役には立たない……」
 植栽の向こうから戦車が現れた。本物の。マジかよ。
 主砲が轟音を挙げた瞬間、俺の立っていた場所には煙が勢いよく膨張した。賞金7000ドルは戦車を操縦していたクソッタレが獲得。
 ──死から目覚めると、俺を追ってきたバウンティーハンターたちも、垣根を超えた瞬間、戦車の砲撃によって次々に煙にされていた。彼らは激怒し、殺されても殺されても立ち向かった。さっきまでいがみ合っていたが、戦車に対抗するため一致団結、ロケットランチャーを撃ったり手榴弾を投げたりする。しかし主砲が反動するたびあっけなく死亡した。
 俺があっけに取られていると、戦車は予想外のスピードでこちらに突っ込んできて、俺をキャタピラの下敷きにした。ご丁寧に前進後退を繰り返し、俺の肉体をミンチにした。俺のような小者を殺すには、砲弾はもったいないのだろう。
 ここにいたら命がいくつあっても足りない。俺は大急ぎでこの戦場から脱走しようと試みた。たまたま通りかかったクーペからハゲたオヤジを引きずりおろし、俺が代わりに乗り込む。大慌てでアクセルを踏み込むと、飛びついてきたオヤジを轢いてしまった。小太りのオヤジはシャーシと地面の間にはさまった。オヤジの武勇を呪いながら、祈るような気持ちで速度を上げた。オヤジは車体の下から抜け出ることなく、時速70キロメートルで引きずられた。振り落とそうと思ってハンドルを左右交互揺するように切ると、タイヤがオヤジの肉体を蹂躙した。ようやくオヤジを振り払ったとき、数百メートルにわたって血痕がベッタリと路面に付着していた。命に別条はないといいが。
 レーダーを一瞥すると、たくさんの丸がわらわらと戦場に集まって来る様子が見て取れた。どうにか戦車の暴走を食い止めようと、ロサンゼルス中のクソッタレが集まってきているようだった。彼らにとって、戦車の市街地出現は一種のお祭りだったのだ。
 阿鼻叫喚の爆発音が聞こえないエリアまで逃げてくると、俺は仕事探しのサイトにアクセスした。まだまだ金が必要だった。武器を購入したかったし、愛車を改造したかったし、アパートを購入したかったし、やりたいことはまだまだいっぱいあった。それから、ギャングとしての地位を上げたかった。いつか戦車を操縦できるような、いっぱしのクソッタレに。



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