とりぶみ
実験小説の書評&実践
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    大塚晩霜
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【小説】殺さんでするロサンゼルス観光⑧   (2017/07/31)
連載第8回
 アパートに招待される
 ベースジャンプ
 コンビニでの死闘

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回




アパートに招待される
 高級車を盗み出す仕事をやり遂げると、ウェルカミングワンドは俺をバイクに乗せ、コリアタウンの西に移動した。どうやら仕事の成功を祝って乾杯するため、自宅に俺を招待してくれるらしい。
 周辺の景色に呪術めいた記号が増殖した。ハングル文字の書かれた看板だった。まるで韓国そのものであり、通りにも店にもアジア人がうようよしている。フィリピン人であるウェルカミングワンドも、アジアのコミュニティを求めてここに在住しているのかも知れない。
 ビバリーヒルズなどとは比ぶべくもない、普通の住宅街に差し掛かった。時速150キロメートルで爆走していたバイクは80キロまで減速し、やがて一軒のアパートの前で停車した。ガレージのシャッターが開くと、バイクは徐行運転で中に進んだ。
 ウェルカミングワンド専用のガレージには、今乗って来たバイクを含めて2輪車が3台。2人乗りのスポーツカー2台。4人乗りのセダン1台。計6台の乗り物が収まっていた。俺はまじまじと彼のコレクションを観察した。スポーツカーのうち1台は紫色で、ホイールは$マークだった。あまり良い趣味とは言えないと思った。しかし、これほどまでに車を集めるのはうらやましかった。全て自分のお金で買った車なのかどうかは、クエスチョンマークが点灯したが。
 俺がまじまじとマシンを眺め、時々ため息をついたりして頻りに感心していると、ウェルカミングワンドは1台1台について詳細な解説を加えた。自動車用語と思われる、聞いたこともない単語が頻出した。俺はぽかんとしたまま、耳を傾けているふりをした。マシンのスペックについてはさっぱり理解できなかったが、1つ気付いたことがある。彼が「ファック」という単語を、まるで空気を吐呑するような感覚で多用することだ。「ファック・ザ・ポリス」のようにネガティブな意味で使うのはもちろん、「ファッキン・スーパー・カー」のようにポジティブな意味でも使った。日本における「クソ」と似ているかも知れない。例を挙げれば、「いけすかないヤツ」という意味で「クソ野郎」、「すごくかっこいい」という意味で「クソかっけー」と言うように。ただ、日本語の「クソ」よりも英語の「ファック」はかなりドギツイ言葉であり、あえて翻訳するなら「おまんこ」か「おめこ」だろう。マンコおまわり。おめこスーパーカー。公の場で口にするのははばかられる。
 自慢の愛車についての解説を一通り終えると、ウェルカミングワンドは自室に俺を招じ入れた。カーテンを閉め切った室内は暗く、スナック菓子の袋や読みかけの雑誌で乱雑に散らかっていた。自家用車を複数台所有している人の住む場所とは思えなかった。あのスポーツカーも、俺のハチロク同様、きっとどこかで盗んできたものだろうと思えた。
 システムキッチンにはワインやウィスキーなどの酒瓶が豊富に置いてあった。俺たちはそれぞれ好きな酒を選んでグラスに注ぎ、「チアーズ!」と叫ぶと、グラスの中身をグイグイ喉に流し込んだ。グラスが空になるとすぐにおかわりを追加した。何杯も何杯も、立て続けに琥珀色の液体を摂取した。
 2人とも足元がおぼつかなくなり、よろよろと室内をさまよった。体温が上がり、目の周りが熱くなり、耳が遠くなり、視界がふわふわした。
 ラジオをつけるとレディー・ガガが歌い始めた。
 ウェルカミングワンドはクローゼットで着替えを始めた。俺はその間手持ちぶさたになったのでソファーに座ってテレビをつけた。アニメが放映されている。俺はリモコンを操作し、チャンネルを次々に変えた。幾度かのザッピングの末、辿り着いたのはニュース番組。ハリウッド大通りの中継映像で、2人組のクソッタレが暴れている様子を生放送で伝えていた。2人は銃を乱射し、戦う意思のない哀れなクソッタレをエンドレスで殺し続けていた。2対1で。
「これ今まさにハリウッドで起きているんだよな。治安悪いなあ」
 俺はテーブルの上にあった水タバコの吸引具に手を伸ばした。日本の雑貨屋で見かけた事があるので、吸い方は心得ていた。ホース状のパイプをくわえ、火を使うと、水がコポコポと泡を出した。煙を灰に溜めた。しばらく呼吸を止めたあと、ゆっくり息を解放すると、濃い煙が口からエクトプラズムのように出た。その動作を何回か繰り返すと、なんだか妙に笑えてきた。タバコじゃなくてマリファナかも知れない。
 空軍の軍服に着替えたウェルカミングワンドが、俺の隣に座り、水タバコを使った。彼もニヤニヤし始めた。俺たちはしばらく世間話をした。ウェルカミングワンドは相変わらずファックを連発した。
 俺たちは再びガレージに移動した。1番のお気に入りなのであろう、レーサータイプのバイクにウェルカミングワンドはまたがった。クラクションを鳴らし、後ろに乗るよう促した。
 ガレージを出庫すると、バイクは南へ向かった。




ベースジャンプ
 酒が残っているのか、ウェルカミングワンドらしくもなく、運転はおぼつかない。何度も壁や電柱に激突し、その度に2人仲良く地面に投げ出された。
 傷だらけになりながら、ロサンゼルス国際空港に到着した。レトロプロダクトと6輪ベンツで訪れたとき以来の再訪。あの時のように関係者用の通用口から入るのかと思いきや、バイクは空港の敷地に隣接したゴミ捨て場から、ゴミのコンテナの傾斜を利用して大ジャンプをした。絶叫マシンが垂直落下した際の低重力状態。時間の進み方が遅くなる。バイクは高いフェンスを楽々飛び越え、滑走路に侵入した。
 駐機中のヘリコプターに乗り込んだ。ローターが回転を始めると、あっけなく離陸した。眼下に広がる滑走路。旅客機の離着陸が間近で見える。すごい大迫力。と言うか、こんなに迫力があってはいけないのでは。もはやニアミスとも言える近さだった。
 ヘリコプターは北へ飛ぶ。大きな屋内競技場の上空を通過すると、低所得者層向けの住宅が鱗のように地上を覆っているのが見えた。そして、ダウンタウンの高層ビル群。旅客機で飛んだ時はアクロバティック飛行だったが、今回はヘリコプターによる安定した空中旅行なので、俺は観光客の気分でウキウキと景色に見とれた。
 やがて前方にハリウッドサインが見えてきた。山頂付近に白い巨大な看板、H、O、L、L、Y、W、O、O、D。あの裏側で、俺だけ墜落死したっけなあ。
 見る見るうちに、ハリウッドサインが大きくなる。本来ならばトレッキングコースを長時間歩いてやっと辿り着く場所だったが、あっという間に到着した。ヘリコプターは看板の裏側、わずかな面積の平地に器用に着陸した。俺たちはヘリから降りた。へ~、看板の裏側ってこうなってるんだ。観光地らしい落書きがいっぱいされている。その多くは自分の名前や恋人の名前を書き記したものだった。もちろん「キルロイ参上」も。そして、ハシゴが架かっており、ウェルカミングワンドは有無を言わさずこれに登り始めた。俺も続いた。
 看板の上からの景色は筆舌に尽くしがたい絶景で、ロサンゼルスの都市を一望できた。俺たちは今一度祝杯を挙げ、瓶ビールを一気飲みした。タバコを吹かし、足下に横たわる大都市を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごした。
 ウェルカミングワンドがパラシュートを背負った。どうやらここからベースジャンプをするつもりらしい。この「ベース」とは、土台とか基地とかいう意味ではなく、Building(建築物)、Antenna(鉄塔)、Span(橋桁)、Earth(断崖)の頭文字略語だ。飛行機から飛び降りるスカイダイビングと違い、地上への距離がケタ外れに近い。パラシュートをひらくタイミングを間違えればすぐ死に直結する。その昔、なかなか映画に出演できないことを苦にした新人女優が、Hの文字から投身自殺したことがある。その二の舞にならねば良いが。
 ウェルカミングワンドはいともたやすく飛び降りた。一瞬で、地上まですでに数メートル。死ぬ! 俺は思わず悲鳴を上げた。と、彼は山の斜面に激突するスレスレで虹色のパラシュートを花開かせ、優雅に空中散歩を開始した。腰が抜けるかと思った。恐るべき蛮勇だと思った。
 ウェルカミングワンドの雄姿を俺はじっと見守っていた。しばらく虹色のパラシュートに視線を集めていると、突然、何が起きたのか、パラシュートから彼の体が分離され、彼はあっけなく墜落死した。
 彼は必死に斜面をよじ登り、ゼエゼエ言いながらはしごを上がり、俺の立っている看板の上に戻って来た。彼が息を切らしつつ語るところによれば、どうも俺も飛ばなければならなかったらしい。後ろを振り返ってもついて来ている様子がないから、これ以上距離が開くのを避けるため、死ぬのを覚悟で自分からパラシュートを切り離したらしい。
 ウェルカミングワンドはパラシュートを再び背負い、俺にも渡した。そんなご無体な。スカイダイビングなんてしたことないよ。
「このひもを引けばパラシュートひらくから」という簡単な説明のみで、彼はまた飛び降りて行ってしまった。せっかち過ぎる。
 死んだからって、別に。そう自分に言い聞かせ、俺も意を決して飛び降りたが、怖いのですぐに開傘した。ふんわりと宙に舞ったが、操作がよくわからない。とりあえず両手でひもを握っているので引いてみた。引っ張れば引っ張るだけ落下速度が落ちるようだ。右だけ引っ張れば右に旋回し、左だけ引っ張れば左に旋回するようだ。ウェルカミングワンドとの距離がグングン離れるので、ひもを引っ張るのはほどほどにした。
 俺たちは山の麓に着地した。ウェルカミングワンドは足から綺麗に着地したが、俺は足をもつれさせ、ぶざまに地面を転がった。




コンビニでの死闘
 ベースジャンプをやり遂げ、山を下りて来た俺たちは、息抜きがてら、コンビニ強盗をすることにした。
 それぞれが買い物を済ませたあと、ウェルカミングワンドがショットガンを店員に突き付けた。俺もピストルを構えた。店員はあんぐり顔中を口にして、ゆっくり両手を挙げた。ウェルカミングワンドは「早くしろ」と喚きながら、店員の背後の壁に向かってショットガンを発射した。ディスプレイされている酒瓶が砕け散り、タバコのカートンが穴だらけになった。店員は尋常ではない速度でレジの金をビニール袋に詰めた。断続的にショットガンが火を吹いた。俺も見よう見まねで雑誌に風穴を開けた。
 ウェルカミングワンドは店員の手からビニール袋を奪い取った。そして、ショットガンの銃身で店員を殴り倒した。
「さあ逃げるぞ」
 店の外に出ようとすると、ガラス戸に誰かが銃弾を浴びせた。俺たちは大急ぎで引き返し、カウンターの中に身をひそめ、外の様子を窺った。
 相手は警察ではなかった。レーダーを確認すると、丸が2つ。俺たちのような2人組のクソッタレだった。セダンを盾にし、店に向けて発砲している。同業他者と見ればすぐに撃ち合いを始める。ひさしぶりにロサンゼルスの暗黒面を感じた。
 店の入り口は狭い。一瞬の隙を突いてドアの外に出るのは困難だった。それは相手も同じことで、無理に店内に押し入ればたちまち俺たちの銃の餌食になる。必然的に、籠城戦になった。
 セダンから顔を出したアサルトライフルが、銃声を吼え立てる。ガラス戸はすっかりフレームだけとなり、銃弾がイナゴの大群のように店内へと飛び込んでくる。俺たちは防戦一方で、為す術がない。レーダーを確認すると、敵のうち1人が、死角からこっそりと入り口のすぐ横へ移動したのがわかった。壁越しに息をひそめ、俺たちを殺害するチャンスを狙っている。
 ウェルカミングワンドが手榴弾を放り投げた。数秒後、爆風でドア枠が吹き飛び、そばに居た敵も爆死した。これに激怒したのか、もう1人の敵がセダンの裏から手榴弾を立て続けに投げ込んできた。俺たちはたまらず店の奥にある事務所に逃げ込み、爆発から身を守った。
 敵は何度も店内への侵入を試みたが、その度にウェルカミングワンドが手榴弾やショットガンで退けた。何度かの攻防のあと、警察が現場に到着したこともあり、敵はついにあきらめ、セダンに乗って去っていった。俺たちは親指を立て、互いに勝利を祝し合った。
 大量の警官が踏み込んでくる前に、俺たちもこの場から立ち去らねば。店の出入り口に急いだ。するとその瞬間、視界がまぶしい光に包まれ、高熱の爆炎が立ち上った。敵の置きみやげ──俺たちの動きをレーダーで確認しつつ、タイミングを見計らって起動されたリモコン爆弾だった。俺たちは俺たちが撃った酒瓶のように、木端微塵に砕け散った。



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