とりぶみ
実験小説の書評&実践
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【小説】殺さんでするロサンゼルス観光⑦   (2017/07/28)
連載第7回
 ウェルカミングワンド/グリフィス天文台
 高級車を盗み出す仕事

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回




ウェルカミングワンド/グリフィス天文台
 愛車ハチロクを出庫し、俺はさっそくロサンゼルス観光に出かけた。土地勘が皆無で、主要な観光地も知らないから、とりあえずあてどもなくドライブすることにした。
 ガレージの周辺エリアはとにかく陰気で、少し信号待ちするだけで気が滅入る。赤信号ではあるが交差点に進入した。そして今後、信号の一切を無視することにした。青だろうが赤だろうが渋谷に匹敵する規模のスクランブル交差点だろうが何だろうが、とにかく走り続けることにした。制限速度も「外国人ダカラまいる表記ヨクワカリマセン」という態度で無視した。もし行く手が渋滞していたら、たとえ急いでなくても対向車線を逆走した。──その後ずいぶんと交通違反をしたが、警察に追われたことは一度もない。交通事故は水を飲むのと同じ頻度で経験したが。
 だからと言って、ストリートレースの時みたく極限のスピードを追い求めたりはしなかった。周囲の景色を楽しむ余裕くらいはある、ほどほどの速度、大谷翔平投手の球速くらいの速度で車を転がした。
 周囲の車の流れとはあきらかに異質なハチロク。その挙動に何か感じるものがあったのか、1台のバイクが接近してきた。レーダーで確認すると、丸が表示されている。俺のようなクソッタレだ。
「まーた殺しに来たのか。俺は殺しはやらないよ、殺るなら殺れ」
 非暴力を貫き通そうと思い、ピストルは手にしなかった。
 ハチロクとバイクは並走した。攻撃してくる気配は一切ない。ツーリング気分なのだろうか、まるで先導してくれているようだった。この人もレトロプロダクトのように良い人で、友達になれるかも知れない──俺は愉快な気分になり、喜々としてバイクの後に従った。彼はヘルメットをかぶっておらず、整髪料で固めたオールバックの黒髪が陽に光っている。ミラーサングラス、ワインレッドの革ジャンを身に着けている。
 曲がり角を右折する際、そんなつもりはなかったがバイクに接触した。どちらも高速走行中だったため、バイクは派手に転倒し、ライダーは投げ出され路上に激しく打ち付けられた。
「これは怒っただろう……。殺されても文句は言えないな」
 俺はハチロクを停車させ、相手の出方を待った。すると、ライダーは何事もなかったかのように立ち上がり、バイクにまたがり、「気にしてない」と言わんばかりにクラクションを鳴らした。ピエロ風の、 パフパフ鳴る滑稽な改造ホーンを。
「やっぱり良い人だ。以前ハチロクを強奪した奴とは雲泥の差だ」
 俺たちは連れ立ってのドライブを再開した。周囲から徐々に店が減り、住宅が増えていく。青空がオレンジ風味を帯び、地上部分も黄金色にメッキ加工される。センターラインのない、ゆるやかで美しい坂道に入ると、そこは交通量の少ない閑静な住宅地だった。広い庭を有する豪邸ばかりが並んでいる。丘にある高級住宅地という連想で「これがいわゆるビバリーヒルズか」と思った。──後から知ったことだが全然違う地区であり、ビバリーヒルズとは何の関係もなかった。
 坂を上り切ると茶色い山肌が見えた。ロサンゼルスの犯罪者は、行く手が山と見るとすぐショートカットしたがる。決して舗装された山道をくねくね辿ったりはしない。バイクは道を外れ、斜面を上がり始めた。俺のハチロクも追走したが、当然ながら遅れを取り始め、しまいには木にぶつかって立ち往生した。「置いていかれるだろう。ここでお別れだな」と思った。さみしいが仕方がない。
 するとバイクは、せっかく上った標高を惜しむこともなくUターンし、俺の所まで直滑降で降りて来た。停車し、クラクションをパフパフ鳴らした。乗れ、というサインだった。
 ハチロクを乗り捨て、彼の後ろにまたがった。やかましい爆音を轟かせ、バイクは急発進した。すごく怖かった。いつ転倒してもおかしくない、命を粗末にした走り方だった。その走りは暴走族の比ではなく、むしろスタントマンに近かった。
 山頂に、宮殿のような建物が見えて来た。グリフィス天文台。ジム・キャリー主演の映画『イエスマン』で、ジョギングしながら写真を撮る同好会のシーンで使われた場所だ。俺たちは駐車場にバイクを停め、天文台の外壁に沿った回廊を歩いた。テラスの眼下にはさきほど通過してきた高級住宅地が広がり、遠くにダウンタウンの高層ビルが見えた。
 バイクの男はコードネームを「ウェルカミングワンド」と言い、フィリピン人だった。ギャングとしてのランクは中程度だったが、とにかくバイクの運転がうまかった。
 俺たちは義兄弟の契りを交わした。そして一緒に、闇に沈んだロサンゼルス市街が宝石で煌めくのを見た。夜空から星を振るい落とした夜景だった。




高級車を盗み出す仕事
 ウェルカミングワンドがスマホを取り出す。彼は悪徳カーディーラーの依頼を受注した。ビバリーヒルズの豪邸から、高級車を2台盗む仕事。俺もその仕事に加わることにした。
 ウェルカミングワンドはバイクにまたがり、クラクションをパフッと鳴らした。何度聞いてもこの音には笑ってしまう。俺がタンデム・シートに座ると、彼は必要以上にアクセルグリップを回し、猛スピードでグリフィス天文台を後にした。その際も正規のルートではなく、崖に近い山肌を下った。それはまるで源義経の鵯越の逆落としのようであり、生きた心地がしなかった。
 市街地でもアクロバティックな運転を繰り返した。一番驚いたのは、スロープの傾斜を利用して大ジャンプをし、空中で下から上に一回転するという曲芸。見事成功させたが、調子に乗って再チャレンジした2回目、飛距離が足りなかったため俺たちはすさまじい勢いで頭から地面に落ちた。毛髪が根こそぎ削り取られるかと思った。
 大きな道路をひた走ること数分、辺りはすっかり高級住宅地となる。会員制の高級ゴルフコース「ロサンゼルスカントリークラブ」の西、目的地に到着した。
 お目当ての屋敷は豪壮な鉄製の門で閉じられており、その門扉には電子ロックが施されていた。ハッキングし、ロックを解除しなければならない。ウェルカミングワンドが制御盤をイジり始める。俺は手持ちぶさたに、周囲を見張ったりタバコを吹かしたりして、電子ロックが解錠されるのを待った。
 数分後、ハッキングは成功し、門は電動で横に滑り開いた。俺たちは忍び足で邸内に侵入する。屋敷のポーチ近くに、クラシックスポーツカーのフェラーリと、ロールスロイスが並んで駐車していた。俺がフェラーリ、ウェルカミングワンドがロールスロイスに乗り込む。エンジンの始動音に気付いたのか、警備員が警棒を振り回しながら慌てて俺たちを捕縛しようとむしゃぶりついてきた。彼らの何人かを轢き、高級車2台は公道に飛び出した。
 パトカーのサイレンが聞こえる。通報されたのだ。どうすれば良い。これら高級車は最高時速こそ目を見張る数値が出たものの、加速力は低く、最高速に到達するまでにしばし時間を要した。ハンドリング性能も低く、カーブでしばしば横滑りした。逃走には不向きである。
 時間の問題ではあったが数台のパトカーに遭遇し、容赦のない体当たりを食らった。それでもおめおめと両手を挙げるわけにはいかない。俺たちは走り続けた。パトカーの追跡は熾烈を極めた。とても逃げきれそうにない。なんら解決策を思いつかなかった俺は、ただひたすらウェルカミングワンドの運転するロールスロイスの後についていった。
 ロールスロイスは一般道を外れ、丘の斜面を登り始めた。なだらかな傾斜を巧みに選び、複雑な経路を通ってグイグイと登っていく。俺も同じ経路に従った。パトカーは直線的に俺たちを追ってきたため、突き出た岩などにぶつかり、追跡不能となった。
 ウェルカミングワンドは丘の上で停車し、エンジンを切った。俺もそれに倣い、エンジンを切った。草むらから虫の鳴き声、空から鳥の囀りが聞こえる。静かだ。いつまでこうしていれば良いのか。俺は車を降りて彼に近づいた。彼は静かに座席に掛けたまま、警察無線を傍受していた。無線の声が俺たちの追跡を断念するまで、彼は黙ってじっとしていた。
 英語が不得意な俺は、ただ彼の出方を窺った。数分後、彼はコクリとうなずいて、エンジンを再始動させた。警察を完全にまいたということなのだろう。俺もフェラーリに戻ってエンジンを眠りから起こした。
 慎重に丘を下り、市街地に通じる幹線道路を爆走した。何度か事故ったが無事、カーディーラーに車を届けた。高級車はパトカーの猛烈な接触により傷だらけになっていたが、報酬は充分に支払われた。
 ──この仕事は銃を扱う必要もなく、比較的安全なので、その後、何度も引き受けることになった。俺が電子ロックのハッキングを担当することもあったし、単独で犯行に及ぶこともあった。
 繰り返すうちに、様々な攻略法を編み出した。相棒がハッキングに専念している間に、植え込みをよじ登って先に邸内に侵入し、高級車を2台とも門扉の前にスタンバイさせたり。逃走中に地上部分から地下鉄軌道内に進入、トンネルの中で捜査打ち切りを待ったり。車は立体駐車場の奥に一旦隠し、その場で服を着替えて変装、何食わぬ顔で立体駐車場から歩いて離れ、事態が沈静化するまでネットサーフィンをしたり。知り合いとなったハッカーに電話をして、指名手配の解除を操作してもらったり。あらゆる攻略法を編み出した。



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