とりぶみ
実験小説の書評&実践
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【書評】ニコルソン・ベイカー『もしもし』   (2017/06/01)


「はい大塚です」
「ああもしもし。オレだよオレ」
「?」
「あれ?オレだよ。オレがわからないの?大塚くん」
「え。どちら様でしょう……」
「ホントはわかってるんだろ~?」
「ごめんなさい…本当にわかりません…」
「え~っ。ウソだろぉ、傷つくよなぁ」
「ヒントをください」
「ヒント?よく一緒に遊んだじゃん」
「うーん。具体的にはどういう」
「具体的に? ごはん食べに行ったり、カラオケ行ったり、あとアレだよ。アレ」
「温泉行ったり?」
「そう。温泉行ったりな」
「……んー。まいちゃん?」
「え」
「まいちゃんでしょ?ファイナルアンサー!」
「いや。あの」
「まいちゃんだぁ。元気してた?」
「えっと。うん」
「すっごくひさしぶりじゃん!声変わっちゃったからわからなかったよ!」
「そ、そうだね。ひさしぶり」
「声変わり?」
「え。そう。そうなの」
「何年か前に不倫旅行して以来だね。どしたの」
「えっと……。交通事故、起こしちゃってさ」
「え!だいじょうぶ!?」
「で、ぶつけた相手がヤクザのベンツでさ……」
「えっ!」
「しかも妊婦が乗ってて……」
「そっか。まいちゃんはだいじょうぶだったの?」
「えーと。オレ……あたしは大丈夫だったんだけど」
「よかった。で?」
「で?って。だから、交通事故、起こしちゃってさ」
「それでアレか。ムラムラして僕に連絡したと♪」
「ちが」
「じゃあ、またテレフォンセックスでもする?」
「いや、そんなことしてる場合じゃ」
「どこか悪いの…?」
「いや別にあたしは大丈夫なんだけど」
「それは良かった。じゃあさっそく始めよっか。うれしいなぁ!」
「」
「ニコルソン・ベイカーの『もしもし』ばりの、知的で激エロのテレフォンセックスにしようね!」
「?」
「?」
「??」
「反応ニブイけど、覚えてない?前におしえたよね」
「あー。何だっけ。ド忘れしちゃった。もう1回おしえてくれる?」
「いいよいいよ!ひさしぶりだもんね。ニコルソン・ベイカーは、わかるよね?例の『実験する小説たち』でも1章を割いて取り上げられてるし」
「いえ…」
「まったく覚えてない?もしかして交通事故の後遺症?」
「そうかも…」
「ちゃんと医者行った?」
「行ったんだけどね…」
「なんか元気ないな」
「そ、そんなことないよ」
「そうだ。今度会ったらまた、おとなのお医者さんごっこ、やろうよ。そうすりゃ一気に元気になるよ!」
「うん…」
「さて。前回はギルバート・アデア『閉じた本』を書評しました。これは会話だけの小説でね。変わってるなー、オリジナルだなー、って話をしました」
「(鋭い口調で)会話ばかりの小説? 他にもあるでしょ。井上夢人の『もつれっぱなし』とか」
「へえ。まいちゃん、意外と小説のこと知ってたんだね。まあ、『もつれっぱなし』は前回の書評でふれてますけどね(笑)」
「あとは清水義範の『解説者たち』とか」
「(真面目な声で)清水義範?だったら『ビビンパ』とかもそうでしょ。他にもいっぱい書いてるよね」
「『ビビンパ』は会話だけの小説ではありません」
「うわ。失礼しました」
「あとさ、今、こう思ったでしょ。『解説者たちってなんだっけ。そんな本、知らねえぞ』って。で、かろうじて知ってる『ビビンパ』の名前を出した。と」
「読心術やめてください。──だけどそれは短編でしょ。『閉じた本』は長編だよ(笑)」
「長編で言えば、福永信の『一一一一一』も会話ばかりの小説だよね。実質的には対話になってないけど」
「あー、『イチイチイチイチイチ』ね。それね!語り手が一方的にしゃべり、聞き手が相槌を打つだけのヤツね(ちゃんと読んでないけど…)。福永さんは相当に実験的な作風だよね!」
「福永信は、『アクロバット前夜』という小説もかなりキテる。横書きなんだけど、普通の読み方(1行目を読んだら、改行して、2行目を読む)ではなく、ひたすら横に読み続ける──1ページ目の1行目→2ページ目の1行目→3ページ目の1行目──それを120ページほど続けて、ようやく1ページ目の2行目に戻れるという。死ぬほどページをめくり続ける羽目になる小説」
「うへぇ。そりゃすげぇ。奇書だな。最初の1行目はまだしも、10行目とかは油断すると9行目や11行目に接続しちゃいそうだな」
「のちに、『アクロバット前夜』の内容はそのままに縦書きに改めた『アクロバット前夜90°』も刊行されたよ」
「いや、ごめん。まいちゃんがそんなに小説に強いとは知らなかった。でも、そろそろ話をアデアの『閉じた本』に戻していいかな?」
「あと、諏訪哲史の『りすん』ね。Listen。これも会話ばかりの小説」
「もうホントすみません。自分、調子乗ってました。その人の名前は初めて聞きます」
「知らないの?芥川賞取ってるよ」
「へー。すごい。芥川賞ってあれですよね、知ってます。スウェーデンで言えばノーベル賞みたいなもんでしたっけ??」
「いや違うけど。バカなの?」
「やだなあ(笑)いまさらですか」
「諏訪哲史は『アサッテの人』で第137回(2007年上半期)の芥川賞を取ってるの。ポストモダン小説だよ」
「ポストモダン小説ってなんでしたっけ?郵便局がらみのヤツ?」
「(無視して)その時の他の候補は、円城塔『オブ・ザ・ベースボール』や川上未映子『わたくし率イン歯ー、または世界』なんかだったわけだから、相当にビザールな作品の実り豊かな年だったと言えます」
「ビザールね。あれね。知ってます。おいしいよね」
「で?」
「で?とおっしゃいますと?」
「『閉じた本』とか『もしもし』について話したら?」
「あ。ああ。主導権をこちらに返していただける、と。でも、まいさんほどの読書家の方にお話をしても、釈迦に説法になるかと」
「オレ、国内の小説しか読まないから」
「ああ。そうでしたか。ホントもう、僕の知ってるまいさんではない、遠い存在になってしまったんですね」
「おう。交通事故の後遺症かもな。治療費かかるかもな~?」
「そうですか。それは頑張って下さい。で、前回は『閉じた本』を書評しました。──そのとき言い忘れたんで今回言っておきますが、『閉じた本』の訳者である青木純子さんは他にもパヴィチ『風の裏側』、B.S.ジョンソン『老人ホーム』とかも翻訳してるんですよ。実験小説ファンには非常にありがたい存在であり、農作物で言えば無洗米くらいありがたい人ですね」
「その書評ってのはどこかの雑誌に載ってるの。それともネットに公開されてんの」
「ネットです」
「サイト教えてよ」
「『とりぶみ』って名前のブログです。あ、ワタクシ大塚晩霜と申します」
「大塚伴奏ね。アンダストゥッド」
「『閉じた本』を書評した際に『もしもし』にふれまして。近いうちに書評しようかと思ってたんです」
「それな。どんな小説なの?」
「カバー裏の紹介文を読み上げます。『全編これ二人の男女の電話の会話からなるおかしなおかしな「電話小説」。しかもこの電話は会員制のセックス・テレフォン。二人は想像力の限りをつくして自分たちが何にいちばん興奮するかを語り合う! 全米でベストセラーとなった本書のテーマは、いわば想像の世界における「究極のH」。』だそうです』
「で、何を論じてくれんの」
「この本がベストセラーになった背景をですね、ちょちょっと解説してですね。そのあとは我々で実際にテレフォンセックスに興じようかと。よろしいですか?──ワタクシ、正直もうそんなエッチな気分じゃなくなってしまったんですが」
「とっとと解説してよ」
「はい、すんません。まず、この『もしもし』はニコルソン・ベイカーの4作目です。──ニコルソン・ベイカーといちいち言うのは大変なのでここからはニコベーと略します。で、このニコベー、デビュー作の『中二階』が代表作で一番有名です。微に入り細を穿つ表現が最大の特徴で──対象を超細かく描写するせいで、顕微鏡で覗いているような、ハイパーリアリズムの鉛筆画のような、スロー映像のような、そんな印象の文章を書くんですね。詳しくは次回の書評を読んでください」
「あいよ」
「1作目2作目の細密描写により、ニコベーは作家としての名声を確立します。3作目は未訳なんで読んでないんですが、自伝的エッセイで、やっぱり細密描写らしいです。──で、4作目。お得意の細密描写でまた来るかと思いきや、予想外の電話小説だった、と。しかも実質的にはポルノだった、と」
「ポルノ? エロ本ってこと?」
「いちおう、すでに名声を確立しているニコベーの新作ということで、読書界からは純文学として受け入れられました。しかし、実際にはエロ本以外の何物でもなかった。エロ本を『真面目な文学作品だよ』と胸を張って読める──中学生が『フランス書院』をひもといて読書と言い張るのと似ています」
「ほう。そのあたりに、ベストセラーの秘密がひそんでそうだな」
「ってなわけで読書界で大変な評判になったわけですが、それだけじゃあ要するに読書界の中だけのムーヴメントですよ。ある事件がきっかけで、『もしもし』は全米で爆発的にヒットしたんです。普段読書をしない層までもが『もしもし』を手に取った。全米がヌイた!!」
「ある事件ってのは、何?」
「当時の大統領ビル・クリントンが、ホワイトハウスの実習生だったモニカ・ルインスキーさんと不倫したスキャンダル、覚えてます?」
「ああ、覚えてる」
「そのモニカ・ルインスキーさんがクリントン大統領に贈った本が、『もしもし』だったんですよ!」
「へー! 愛人関係にあったときに『ビルぅ、この本エロいからぁ、読んでみてよぉ』みたいな感じでね」
「それでまあ、幸か不幸か『もしもし』とニコベーの名は全米に知れ渡ったわけです。日本で言えば、チンコで障子を破る小説くらい話題になったんじゃないでしょうか」
「なるほど。そりゃ全米大ヒットになるわけだ。内容的にはどうだったの」
「部分部分は相当にエロいですよ。ただ、顔も名前も知らない男女が電話だけで相手の素性を探っていく知的な会話が大半を占めますので、文学作品としても面白いです」
「大塚くんはどのあたりがエロいと思ったの」
「男側の、ティンカーベルに対する情熱とか。あとは女側の妄想──壁にはまった状態でペンキ屋3人から尻にペンキを塗られたり凌辱されたりする場面では、実際にヌキましたね」
「ふんふん」
「ラストは、延々と何時間もやらしい会話を続けてきたあとでのフィニッシュ『ねえ、そろそろイくっていうのはどうかしら?』『うん、いいね。全面的に賛成だ。もう服は脱いでる?』『ちょっと待って。そうね、公式発表的には裸と言っていい状態ね。ブラはしたままだけど』『脚は開いている?』『コーヒーテーブルの縁に指をかけているわ』『そして右手はクリトリスを触っている?』『まあ、はしたないこと! でもそのとおり、答えはイエスよ。ついでに言うと、右手だけじゃなくて、クリトリスを両手の人指し指ではさむようにしているの』から始まる、互いが実際に会う所を想像しての電話口での細密描写。このあたりは実にニコベーしてますし、すばらしい盛りあがりです」
「ほぅ…実際に読んでみたくなったよ」
「いや、実際に読まなくても、これから僕とまいちゃんはテレフォンHするじゃない(笑)」
「あ、ごめん。オレまいちゃんじゃない」
「なんですと!?」
「いや、声でわかれよ。オレ男だよ」
「えー!?」
「バカから金を巻き上げようと思ってたけど、楽しかったからまあいいや。ありがとな」
「これはもしかして、俗に言う『オレオレ詐欺』ってヤツですか?」
「だったらなんだよ。ところでおまえのブログ、名前なんだっけ」
「あ……。『いつもの料理に軽くひと手間・マサイ族が教える時短テクニック』です……」
「『いつもの料理に軽くひと手間・マサイ族が教える時短テクニック』だな。ニコベーの次の書評、楽しみにしてるからな。がんばれよ」
「ありがとうございます…」
「それじゃあな」
「お気をつけて」
「(ガチャッ)」
「びっくりクリくりクリトリス。まいちゃんじゃなかったとは……」
「呼んだ?」
「わ!本物のまいちゃん!」
「Yonda?」
「新潮文庫のパンダ風! 誰もわからないよソレ!」
「なぁに大塚くん。どうして公衆の面前で局部を露出してるの。ここ、自分ちじゃないんだよ、電話博物館だよ?もしかして誰かとテレフォンセックスしてたとか。浮気?」
「ちちち違うよ!ちがうったら……。電話口の相手に急に『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』理由を問われたから、自分の竿と相談しながら哲学的に考察してただけだよ。信じてよ」
「なら許す。さ、次行こ次。次は、来場者がエジソンに成り代わり、ニコラ・テスラを電気イス送りにするアトラクションらしいよ」
「よし、行こうぜ。俺の直流電流がヤツの身体を発火させる……!」
 晩霜は糸電話を切った。



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