とりぶみ
実験小説の書評&実践
【書評】ギルバート・アデア『閉じた本』   (2017/05/25)

「だーれだ☆」
「いやオマエだろ」
「うふふ、よくわかったね♪」
「モロにオマエの声だし。そもそもこの部屋にはオレとオマエしかいないし。ほかの誰かだったら逆にコワイわ」
「さすが大塚くん、名探偵コナンもまっつぁおの推理力だね。『犯人はおまえだ!』」
「いやオマエだよ。オマエが犯人だよ」
「あいたー、そこまでわかってましたかぁ。そうでつ、あたしが目隠しをした犯人でつ」
「バカなんじゃないの」
「その塩対応。そこにシビれる! あこがれるゥ!」
「もういいだろ。もう取ってよ、この目隠し」
「ダメです。大塚くんは目隠ししたまま、ある本についてあたしと語ってもらいます」
「じゃあ誰が文章を書くんだよ、オマエか? 速記はおろかブラインドタッチも出来ないくせに」
「実は今、テープレコーダーを回してます。で、あとで録音を聴き返して、大塚くんかあたしがパソコンに入力するの」
「きみ、文字起こしって、したことあんの?」
「ないです」
「アレ超めんどくさいぜ。何度も何度もテープを巻き戻したりしてさ」
「がんばって☆」
「結局オレだのみじゃん。ヤダよ」
「そういや5月23日はキスの日だったらしいけど、誰かとキスした?」
「いや……。強いて言うなら、ウイスキーをチビリチビリやりながらしたかな」
「え! したの!? 誰と!?」
「コップとね」
「……」
「オマエは?」
「私もカレーライスとしたよ」
「(乾いた笑い)」
「じゃあ、パソコン入力してくれたらあたしがキスしてあげよっか」
「え」
「なに本気で照れてんの」
「マジで?」
「ちょっと。冗談だよ」
「約束だからな」
「なにこの超展開」
「オマエから提案したんだろうが。ハイ決まり。約束だからな」
「えー!!」
「で、何を語り合うって?」
「キスの話ゴメン。あれ冗談だから」
「(無視して)何?」
「冗談だからねっ!」
「はははは」
「もうっ。取り上げるのは、『閉じた本』です」
「閉じた本? どゆこと。オレは目隠しされてるわ本は閉じてるわで、だれも読めないじゃん。このブログ、『Fが通過します』とか『任意の点P』とか、特殊な造形の本も書評してきたけど、いよいよ点字図書に進出するのか」
「ちがうよ。大塚くんが『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を書評したとき、ちょっと触れてたじゃん」
「あー、そっちか。ギルバート・アデアの『閉じた本』か」
「そうそれ」
「だから今回こういうスタイルなわけね。ちゃんと読んだんだね」
「読んでなきゃ語り合えないでしょ」
「文字、読めたんだね」
「もー! そうやってすぐ人のことバカにするー!」
「でもアレ書評するのけっこう難しいぜ。ミステリーだから、ネタバレしないようにしなきゃならねえから」
「あとで『実験する小説たち』的な網かけ処理をすればいいんじゃない?」
「なるほど。パソコンだったら反転もあるしな」
「じゃあさっそく始めましょう」
「さっそくって割にはずいぶんページ食っちまったけどな」(入力者註=「原稿用紙4枚。おまえらムダ話が長すぎる。キスのくだりとかいらねえだろ!」)



「あたしが本を見ながら質問しますんで、大塚くんはそれに答えてください。思うところとかを」
「あいよ」
「まず、作者のギルバート・アデアって人、知ってましたか?」
「知ってたよ」
「ウソでしょ。知ったかでしょ」
「いや、マジ。この人、ペレックの『煙滅』を英訳したってんで名前だけ昔から知ってたんだ」
「まぁたペレックか。あたし、大塚くんのすすめてくれた『さまざまな空間』でさえ挫折したよ」
「まあ、合う合わないはあるから……」
「あれで初心者向けとか、一般読者への配慮が足りないよね。みんながみんな大塚くんみたいな変態ばっかじゃないんだから」
「(無視して)で、オリジナルの『煙滅』はアルファベットのEが無いんだけど、英訳もE抜きです。タイトルは『A Void』で、「void(空虚)」と「avoid(避ける)」のダブルミーニングになってます」
「急にていねい語になるのやめて」
「どうして」
「なんかそこだけ『資料を参照しました!』って感じで、やらせみたいになるから」
「読者に語りかけるときは敬語を使いますよ」
「今はあたしだけを見て」
「見えねーし。嫉妬してんじゃねーよ」
「嫉妬してませーん。じゃあ次。この本のあらすじを簡単に説明してください」
「第三者にちゃんと説明できるほど克明に覚えてないよ。それはきみがやってよ。本を手に持ってるわけだし」
「じゃあ、カバー裏の説明文を読み上げます──『事故で眼球を失った大作家ポールは、世間と隔絶した生活を送っていた。ある日彼は自伝執筆のため、口述筆記の助手として青年ジョンを雇い入れる。執筆は順調に進むが、ささいなきっかけからポールは恐怖を覚え始める。ジョンの言葉を通して知る世界の姿は、果たして真実なのか? 何かがおかしい……。彼の正体は? そしてやって来る驚愕の結末。会話と独白のみの異色ミステリ』──だってさ」
「どなたが書いたか存じあげませんが、見事なあらすじですね」
「あたしではありません」
「知ってます」
「このあらすじに書いてある通り、小説のほとんどが会話なんだよね」
「それで今回の書評も、こういう体裁なわけだ」
「ちょっと独白も入るけど、そこは文字が斜めになってる」
「それはイタリック体っていうんだ。独白っつっても、作家の方の独白ね。名前なんだっけ?」
「ポール」
「で、代筆する方が」
「ジョン」
「まんまビートルズだな(笑)」
「レノンじゃなくてジョン・ライダーだけどね」
「関係ないけどさ、明日『サージェント・ペッパー』のスーパー・デラックス・エディションが届くんだよね。うれしいな♪(入力者註=「ホント関係ない。入力するのめんどいからヤメロ」)──その独白ってさ、実は作家が心の中で思い浮かべてる事じゃなくて、彼が書きつけてる日記の文章そのものなんだよね。目が見えなくても字は書けるから、たどたどしくても
「あー!」
「ん?」
「ネタバレしたぁ!」
「ああ、そっか。まあ、入力するとき白文字にすればいいだろ」
「それもそうだね」
「ていうかこのままの調子で続けていくと、読むに堪えないものになる気がする……。俺は目隠しされてて本を読めないんだから、しっかり引っ張っていってよ」
「はい、じゃあ続けます。いちおうメモしてきたんだ。何を聴くか、って」
「何を聴くって、ビートルズの『サージェント・ペッパー』のスーパー・デラックス・エディションに決まってるじゃないか」(入力者註=「殺すぞ」)
「ちがうよ。えーと、1番。もう訊きましたが、作者のギルバート・アデアって人、知ってましたか。2番。この小説と似ている小説はありますか。3番。こういう形式にした意義はどのあたりにありますか。──では2番。この小説と似ている小説はありますか」
「『実験する小説たち』にも書かれていたけど、ニコルソン・ベイカーの『もしもし』だろうね。全編テレフォン・セックスの話。独白もなくて、延々と男女の会話(入力者註=「地の文もほんの少しだけあったはず」)。これはニコルソン・ベイカーの作品で最も売れた作品で、それはなぜかと言うと当時の大統領だったクリントン(入力者註=「長すぎるので以下割愛。またの機会に」)」
「『実験する小説たち』では──えーと、JR? スクラップブック?」(入力者註=「『スクラップブック』はエヴァン・ダーラ『失われたスクラップブック』を指す」)
「JRだね。ウィリアム・ギャディスの」
「よく覚えてるね」
「えっへん」
「読んでもないのに」(入力者註=「ウィリアム・ギャディス『JR』を」)
「うぐ」
「で、ウイリアム・ガディス? のJRとは似てない? あと、『これもオススメ』で、あと何作かすすめられてなかったっけ。そっちとは似てないの?」
「『こちらもオススメ!』ね(入力者註=「細かすぎて引くわ」)。プイグの『蜘蛛女のキス』と……あと何だっけな~、なんかもう1作あったんだけどな~(入力者註=「ウィリアム・ギャディス『カーペンターズ・ゴシック』」)。とりあえず、『蜘蛛女のキス』はアレよ。ほとんどが会話なんだけど、たまに手紙やら報告書やらリストやら入ってきたり、主人公2名以外の対話が入ったりするから、ガッチガチの対話ではないね。あとは俺が思いつくのはレーモン・クノー『イカロスの飛行』だけど、これも主人公は2人きりではない。そういう意味で、『閉じた本』に一番近いのはやっぱり『もしもし』じゃないだろうか。厳密に言えば、『閉じた本』も最後の方で警察が登場するけど
「あ。またネタバレ」
「はいはい、すんません」
「あと、解説では、会話だけの小説として井上夢人『もつれっぱなし』が挙げられてます」
「すげーな。井上さん、そんな小説も書いてたんだな。オレは例の『99人の最終電車』と、岡嶋二人時代の『ツァラトゥストラの翼』しか読んだことないが」
「うーん、意外」
「何が?」
「会話だけの小説って初めて読んだんだけど、ほかにもたくさんあるんだね。すっごく変わった形式ってわけじゃないんだね」
「まあ、もともと戯曲が会話だけの文学だったわけだから」
「ギ曲?」
「音楽じゃないよ。芝居の台本。小説よりもはるか昔からある形式で、登場人物の会話で成り立ってる。地の文はほとんどない。──戯曲では『地の文』って言わず、『卜書き』って言うけど」
「へー」
「あきらかに興味ないじゃない」
「じゃあ、3番。こういう形式にした意義はどのあたりにありますか。特に目新しい形式じゃなければ、こういう会話体の小説じゃなくても良かったんじゃない?」
「それ本気で言ってる?」
「いいえ」
「オレが語りやすくなるようにバカ装ってくれてんのね。ありがと」
「へへ。大塚くん、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』のときにこう書いてます。読みます。『小説は宿命的に、音声と結びついた芸術形態です。聴覚情報です。目で読むものですが、音として認識せざるを得ません。──速読術を身につけた人にとっては、音は無視されますが。その人たちだって文字そのものではなく、頭の中で自分なりに情景を思い浮かべているのです。絵画や映画のようにダイレクトに視覚情報が入ってきているわけではない。この特性を最大限に利用した小説がギルバート・アデアの『閉じた本』ですが、ここでは詳述しません」
「ですから今回、詳述してます」
「僕たちは、与えられた文字情報から、自分なりに頭の中で映像を作り出します。『彼女は世界一の美人だった』と書かれていれば、読者は頭のなかでそれぞれの『世界一の美人』を想像することになります。それはもう、千差万別になることでしょう。ベネズエラ人だったらミス・ユニバースの顔を思い浮かべるでしょうし、平安貴族だったら2千円札の裏に印刷されたブスを想像するかも知れません──2千円札の裏に印刷されたブスってのは紫式部に失礼だと思いますけど」
「自分の書いた文章を音読されると、なんだか恥ずかしいな。でもまあ、要するにそういうことだよ。『閉じた本』のすごいところは、読者がポールと同じ立場に置かれること。読者もポールも、ジョンの言葉を聴いて世界を認識するしかない。実際に現物を見ることはできないんだ。ジョンが『畑のすぐ上に満月がかかっている』と言えばそれを鵜呑みにするしかない。『時間は夜で、雲は無いんだな』と信じるしかない。『小説』という形式の特徴をこれ以上とらえている作品は他に無いと思うね。映像化不可能だ」
「ラジオドラマには出来そうだけど」
「出来そうだけど──独白部分はあれ、ポールの日記だからな。実際は文字そのものだから
「はいネタバレ」
「もう構うもんか。でまあ、ジョンいいやつだなあと思って読み進めるわけじゃない。しかし、なんだかおかしい。『トラファルガー広場にダイアナ妃の銅像が建ちましたよ』とか報告するあたりで違和感が生じるんだけど、こっちも日本人だし『まあ、そういうこともあるのかな』と信じるしかない
「ネタバレのオンパレードだね。──たしかに、あたしも最初は気づかなかったな」
「オレはピート・タウンゼントに言及するところで気づいたんだけどね」
「その人は実在の人なの?」
「実在も実在。「ザ・フー」っていうロックバンドのギタリストで、今でも現役バリバリ」
「ああ、そうなんだ」
「ジョンはこう言うだろ。『ピート・タウンゼントはファンに暗殺された』って。これでオレ、『ああ、ジョンはウソをついている。信頼できない語り手だ』って確信したよ。ピート・タウンゼントは、『閉じた本』が発表された1999年当時はもちろん、今でもピンピンしてんだもん」

「しかし見事だよね。徐々にわかっていくあたりがさ」
「ギルバート・アデアは、作家というよりもむしろ学者で、文学理論をガチで研究している人だから、小説の弱点や特性を見事に見抜いていたんだろうね」
「そういうわけで、そろそろ締めに。もう日付が変わっちゃう」
「コホン。オレはしょっちゅう『小説は小説にしか出来ない表現を追求すべきである』と主張してます。『閉じた本』はまさしく小説にしか出来ない表現に成功しており、もっともっと評価されて良い作品だと、個人的に思っております」
「読むのも楽チンだし、あたしにも読めた。みなさんにも自信を持っておすすめします。絶版だけど」
「というわけで、オレたちの今までの会話、全部パソコンに入力したぞ!」
「えー! いつの間に!? 目隠しされてたはずなのに」
「さ……。約束の、キ・ス……」
「えー! ほんとにするのー?」
「ほら、ほら。恥ずかしがらず……」
(俯瞰のショット:パソコンのモニターが青白い光を放つ暗い自室で、一人ブツブツつぶやいている大塚晩霜。哀れにもくちびるを突き出している)



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