とりぶみ
実験小説の書評&実践
いっぱいいるお母さん   (2007/10/11)
「おはよう。朝だよ。もう起きなさい」
 これが僕のお母さん。
「おはよう。朝だよ。もう起きなさい」
 僕は眠い目をこすってのそのそと布団から抜け出す。僕は朝に弱いからお母さんに起こしてもらわないと寝坊してしまう。僕は寝起き特有のかすれ声で「おはよう」と返事をし、お母さんを押して、子ども部屋を出る。洗面所で顔を洗い、うがいをし、口をすすぎ、食堂へ。
 台所にはお母さんがすでに朝食を準備して待っていた。作るのが早すぎたのか、僕の起きるのが遅かったのか、目玉焼きとベーコンは冷めてしまっている。けれど問題ない。お母さんがアツアツに再加熱してくれる。トーストは僕が自分で焼く。
「松江地方、今日の天気は晴れです」
 お母さんの言葉に寝ボケまなこでうなずき、半睡状態で食事の準備を続ける。湯気の立つ目玉焼きとベーコンの皿をお母さんから受け取る。焼き上がったトーストにたっぷりのバターとイチゴジャムを塗る。お母さんから牛乳を取り出し、コップに注ぐ。デザートにバナナ。それらの食事をおぼんで食卓に運び、いざ「いただきます」。
 まず、きつね色に焦げたトーストをいただく。角っこをガブリとかじり取り、ニチャニチャと噛む。イチゴの酸い甘味。牛乳を一口含む。渾然一体となる食パン・ジャム・ミルク。牛乳で溶かしながらパンの破片を飲み込む。またガブリ。クチャクチャ。ゴクリ。その作業を繰り返し、トーストをたいらげる。
 そろそろ胃が起きる。少し重めの肉と卵に取りかかる。目玉焼きの上にウスターソースをかける。右端からハシで白身を切り分けて、カリカリに焼いたベーコンと一緒にいただく。胃が驚かないよう、少しずつ、食べていく。左端の白身は黄身と一緒に。噛み締めると卵のうまみがお口いっぱいに広がる。
 台所に立ち、沸騰したお湯で熱い紅茶を淹れ、ソースの風味が残る口中を洗い流す。身体が芯から温まり、目覚めた細胞が活動を始める。バナナを食べ、紅茶の残りをすすり、飲み下す。「ごちそうさま」をして食器を流しへ片づける。
 トイレに入る。歯を磨く。パジャマを着替える。朝の準備が着々と進む。時間割を確認してランドセルに教科書を詰めたところでちょうど、お母さんが七時を告げる。
 僕のお母さんはいっぱいいる。
「いってきまぁす」
 返事はない。
「いってきまぁす」
 僕はお母さんたちにあいさつする。
「いってきまぁす」
 返事はない。
「いってきまぁす」
 僕はめざまし時計・冷蔵庫・電子レンジ・ラジオに向かって声を掛けながら、ふと涙ぐむ。母親代わりの家庭電化製品に囲まれて、急にさみしくなる。
 僕のお母さん。どこにいるの? そしてたくさんのお父さん。あなたがたのうち誰が本当のお父さんなの? 僕はさみしい。とても孤独で不安で。
 お父さんお母さん。僕は本当にあなたがたの子どもなの? そうだとしたら、どうしてずっといっしょにいてくれないの? ひょっとして僕は、僕は家庭電化製品の子ども? 僕は家庭電化製品? 僕はあなたがたにとって家電と同様なの? 教えてよ。教えてよぅ…。
 靴を履く。102号室のドア。鍵を掛ける。
 学校に出かける。




この記事に対するコメント


お気軽にコメントをお書き下さい











«  | ホーム |  »