とりぶみ
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【小説】レターライターラプソディー   (2017/05/16)
まえがき

 ジョルジュ・ペレックという作家は『La Disparition(煙滅)』というリポグラム小説で有名です(またその話かよ)。この小説はフランス語における最頻出アルファベット「E」の文字を一度も使わずに書かれた長編小説です。

 僕はこれに触発されまして、日本語の「ア段」と「イ段」を使わずに夏目漱石『夢十夜』の第二夜を再現する試みをしました。
 それがこちら→ 熱目漱雪ねつめそうせつ夢十夜ゆめじゅうよる』の変奏

 で、ペレックは、単母音の『Les Revenentes(戻ってきた女たち)』という短編小説も書いてます。『La Disparition』とは正反対に、母音を「E」しか使わない小説です。日本語訳は……さすがに今度こそ無理でしょうね。英訳はあるみたいですが。

 僕も『Les Revenentes』みたいな小説を書きたいなあ。でも本気で取り組んだら僕の知能指数では頭が爆発してしまうかも知れないなあ。
 頭が爆発すると部屋が汚れたり爆弾魔としてマークされたり近所の人から「うるさい」と苦情をお寄せいただいたりするかも知れないので結構困る。
 で、若かりし頃の僕が書いた短編ミステリーがちょっとそれっぽい。今回はこれを発掘しまして、頭が爆発しないよう代替品として公開するものであります。2000年1月の作品。






レターライターラプソディー

 あれは高校三年の春だった。
 俺は教室で女友達と話していた。その娘は赤く脱色した髪とぱっちりした瞳を持った印象的な女の子だった。明るく親しみやすい性格で、友だちがたくさんいた。当然男子からの人気も高く、机やゲタ箱にはしょっちゅうラヴレターが入っていたものだ。その日も一通の手紙が机の中に有った。ハートのシールで封じられた白い封筒だった。
 彼女はあきれた顔をして「わたしモテるね」と冗談ぽく言った。俺はからかいつつ、誰からの手紙かたずねた。その封筒には「○○(彼女の名前)さんへ」とあるだけで、差出人の名は無い。彼女は封筒を開けてみた。中から出てきた便箋はノートの切れ端だった。そこには赤インクで次のようなことが書いてあった。

   私からは貴方は高嶺花。頭が赤茶だから彼方から探したんだ
   艶やかな。姿は宛ら宝が輝き

   甚だ浴衣が絵になり
   タワわな躰が裸ならば重なり乍ら話し度い

   我が長き刀は温かな漣が硬さを強張ろす。
   赤き漣は貴方の嵐が、流したシャワー

   嗚呼貴方はただならぬ方
   あからさまな朝日があかさたな、
                         賀茂かも 岳庸たけつね

 俺たちは読み終えて失笑した。ストーカーの単なる嫌がらせ(彼女には実際、ストーカーが存在した)に思えた。彼女はどう感じたか知らないが、俺は欲求不満の下らない詩だと思った。難解な漢字をこけおどしに使った、ばかが書いた手紙だと思った。(結果的に俺は間違っていた)
 カモタケツネと云う名は、俺も彼女も知らなかった。教室まで手紙を出しにくるぐらいだから学校内の人間に違いないのだが、生徒はおろか教師・事務員にも「賀茂」はいなかった。俺は、ペンネームではないかなどと軽口を叩いて彼女を笑わせた。(この軽口は、実は正解に近かった)
 一通りの笑いの種にした後で、彼女はその手紙を破ろうとした。彼女は社交的だが万人と仲良くするわけではなく、陰気な男に接する態度は(彼女の名誉に対して失礼かも知れないが、正直に書くと)えげつなかった。俺はそういった男たちのラヴレターが彼女の手によって葬られる場面を何度も見てきた。
 いつもは苦笑しながら見守るのだが、その時は彼女を制止した。そうして手紙をもらった。俺の文学的好奇心がそうさせたのだ。
 学校が終わると俺は彼女と別れ、家路に着いた。「また明日」と言い合って…。

 その夜、退屈だったので手紙を読み返し始めた。学校では難語は読み流したのだが、今度は辞書を引きながら読んだ。すると、気になる箇所がいくつか浮上した。
 ・「高嶺花」は「たかねのはな」という意味のようだが、なぜ「の」を抜いたのか。
 ・「強張ろす」は「こわばらす」という意味のようだが、なぜ「ら」を「ろ」に変えたのか。
 ・句読点の振り方がおかしい。
 ・名前だけにカナを振ったのは、読み間違いされたくないからか。
 などと色々疑問が浮かんだ。そして最後の一節、「あからさまな朝日があかさたな」とは何の比喩なのか、真剣に考察した。いつしか俺は本腰を入れて分析していた。暗号を解くようでおもしろかった。
 「あかさたな」が気になった。これは五十音のア段である以外に、いったいどんな意味があるのか。百科事典を開いたり、漢字に置き換えて考えてみたりした。しかしそれは、木を見て森を見ない行為だった。文章全体を眺めると、他の部分もほとんど母音はアだったのだ!(「あかさたな」それ自体は無意味で、ア段構成の暗示機能だったわけである。)俺は興奮した。非常にこった文章だと思い、仔細に点検した。
 点検の初め、手紙全体がア段で徹底してないのは残念だと感じていた。そこで、何気なくア段になっていない箇所だけを点検してみた。すると俺の興奮は、すぐに恐怖へと変化した。笑えなかった。印を付けたのがその箇所だ。


 わたからはあなたはたかばな。あたまがあかちゃだからかなたからさが
 あやかな。がたはさながらたからがかがや

 はなはだかたがえに
 たわわなからだがはだかならばかさなながらはな

 わがながかたなはあたたかなさざながかたさをこわばろす
 あかさざなはあなたあらが、ながたしゃわあ

 あああなたはただならかた
 あからさまなあさがあかさたな、


 印を付けた部分と句読点だけ抜き出し、漢字に直すとこうなる。
「死ね。死んで。好き故に凛々しい君を殺す。君の死、死ぬ日、」
 俺は愕然とした。ぞっとした。偶然にしては出来過ぎている。「高嶺花」に「の」を入れなかった事、「強張らす」を「強張ろす」と書いた事は、間違いではなく故意にしたことなのだ!
 たちの悪い嫌がらせだと思ったが、万が一ということもある。俺は彼女に電話した。彼女は、出なかった。夜はだいぶ更けていたので、「彼女はもう寝てしまったのかも知れない。明日学校で教えればいいか」と判断し、しばらくして床に就いた。
 次の日、彼女は学校に来なかった。彼女どころか担任も来ない。級友たちは陽気に騒いでいたが、俺だけは不安に襲われた。もしや、と思った。
 かなり遅れて担任がやってきた。彼は神妙な面持ちで、みんなに語り始めた。彼女は来ない、登校中、路地に連れ込まれ、殺害された、と。
 級友たちは信じられないといった感じで少時沈黙していたが、一人の女子がわっと泣きだしたことによって騒々しくなった。俺だけは黙ったまま、頭の中に渦巻く文字列に支配されていた。

 彼女が亡くなった翌日、俺は殺害時に現場をたまたま通りかかったという友だちと話した。犯人に就いて教師たちは口を閉ざしていたが、その友だちの話によると俺の隣りのクラスの男だそうだ。失恋したため逆恨みをしていたらしかった。名前は「賀茂岳庸」ではなかった。「賀茂岳庸」は偽名だったのだ。
 俺はこの偽名を不審がった。わざわざカナまで振った理由がわからなかったのだ。しかし「カナを振らなかったら」と考えてみた時、恐ろしい事実にたどりついた。不謹慎だが、その時は答の発見で嬉しくなってしまうほどだった。それは…。
 「賀茂岳庸」を「カモガクヨウ」と読むことで謎は解明される。再びア段になっていない箇所に注目し、今までの文章と結ぶと「…君の死、死ぬ日、木曜」となる。恐るべき予告状、彼女の死んだ日は、正に木曜だったのだ!

 彼女の死は悲痛な出来事だった。学校側が隠蔽したので新聞沙汰にはならなかったが、同期生はみんな知っている事件だ。俺本人はというと、これを書いている位だから悲しみからはもう立ち直った。そして不思議なことに、この恐ろしい手紙を書いた男に畏敬の念を抱き始めた。忌まわしい殺害予告状だが、これを知る者が書いた本人と亡くなったあの娘と俺だけではもったいないと思い、公にすることに決めた。人殺しを肯定するわけでもストーキング行為を是認するわけでもないが、彼の執念だけは認めてやってもいいと思う。
 そいつは今、少年院にいる。



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