とりぶみ
実験小説の書評&実践
マグロ漁師の憂鬱   (2017/05/14)
 2週間ほど前、元同僚と街でばったり遭った。5分後には乾杯していた。
 彼は2年ほど前に転職し、配属先が決まった瞬間から「やめたい」を呼吸しながら、それでも仕事を続けていた。
 彼の興味深い話を忘れてしまうともったいないので、備忘としてその内容を簡便に記録しておく。
 謂れのない批判コメントが来ると億劫なので「これは小説です。僕の妄想です」ということにしておく。

(なお、タイトルは「マグロ漁師」ですがこれは比喩であり、実際には飛び込み自殺が頻発する駅の駅員です。)



 彼は鉄道に興味はなかった。元駅員から「駅員なんて第4の改札だよ」すなわち「3レーンある自動改札をスムーズに通過できなかった客(清算などが必要な降車客)を対応するだけのクソ楽チンな存在」とそそのかされ、駅員への転職を決めた。
 鉄道に興味がないため、当然、好きでもない路線図を頑張って覚える必要があった。

 彼の話を聞くまで駅員の勤務体系なんて知る由もなかった。朝昼晩のシフト制だと思っていた。
 まず朝10時ごろ出社。昼・夜と働き、終電が終わると仮眠室で仮眠。夜明け前に始発の準備。そして退社は、10時ごろ。ほとんど24時間勤務なのだ。で、丸1日休んでまた出社、と。タクシーの運転手と同じような勤務体系である。

 入社式。右端に座った新入社員から順に、配属駅が告げられていく。
「○×くん。□△駅配属。がんばってください。」
「∇○くん。△□駅配属。がんばってください。」
 待てよ……。この順序は……。管轄の駅、上りから下りに向けて、順番に指名されて行っているのか……?
 彼は指折り数え、自分が何駅所属になるのかあらかじめ予測してみた。考えたくもなかったが、飛び込み自殺が頻発するあの駅に当たる可能性があった。「ふおおおおおおおお!?」彼は心の中で絶叫し、■◆駅だけはやめてくれー!とのたうち回った。彼の左右3軒両隣に座っている同期たちも同じ気持ちだった。誰もが■◆駅に当たらないよう神に祈った。しかし誰かが当たるのだ。ここにいる誰かが必ず地獄行きになる……逃げ場のないロシアン・ルーレットだった。
「×△くん。▽○駅配属。がんばってください。」
 だんだんと、彼の順番に近づいてきた。そして、その1歩手前……。
「△×くん。■◆駅配属。がんばってください。」
 彼はぱーっと明るい笑顔になり、右隣の男の肩をポンと叩いて「がんばれよ♪」とささやいた。
 そして、彼の名前が呼ばれた。
「■○くん。■◆駅配属。がんばってください。」
 彼の顔は驚愕で上下に引き伸ばされた。ムンクの叫びのような表情になった。日本屈指の残念駅・■◆駅には新入社員が2名配属された。

 この駅は3重苦を背負った駅だった。1.乗降客が多い。2.自殺が多い。3.飲み屋が多く、酔っ払いが多い──ロシアン・パブや、台湾マッサージ、韓国エステなど、外国人が働いている飲み屋が多く、非常に治安が悪いことで有名で、たとえ10駅離れていても「■◆駅? ああ、あそこヤバイよね……」悪名が轟いていた。

 自殺が有名だが、酔っ払いもすごい。
 ある日、彼は酔っ払いに顔面を殴られた。酔っ払いはその場でお縄となった。翌日、その客は詫びを入れに来て、示談を申し出た。
 それに対する彼の対応。「駅員を見下してるよな、何をしてもいいって。これで示談にしたら、また結局、酒に酔って俺たちを殴るんだろ。示談になんか絶対しねえからな。しっかり告訴して前科者にしてやるよ」

 酔っ払いもすごいが、酔っ払い以外のサラリーマンの態度も悪い。
「なんで電車が遅れているんだよ!大事な会議に間に合わねえじゃねえか!どうにかしろ!早く動かせ!」
 それに対する彼の対応。「おまえのようなヤツが駆け込み乗車するからじゃねえか!ボケ!!」

 ある日、彼は上司にこう命じられた。
「様子のおかしいお客さんがいるようだから、きみ見てきて」
 行ってみるとホームの端に、なんとネグリジェ1枚、はだしの女がしゃがみこんでいた。手首にはリストカットのあとがいっぱい。
「どうしたのーお嬢さん。どうしたのー」
「わたしもう死にたい」
 おっふ。こんなにわかりやすい自殺志願者っているのか……。
「どうしたのー。ダメだよ死ぬなんて簡単にくちにしちゃあ。何があったのか、よかったら話してごらん」
 駅のすぐそばの精神病院から退院したばかりだったそうだ。粘り強く説得に当たった。ただでさえ人手不足なのに、この女のせいで業務が長時間ジャマされた。──いっそのこと飛び込んでくれと思った。死体拾うから。その方が早い気がした。

 激務にも関わらず、給料は驚くほど安い。





 そして、みなさまお待ちかね!
 ここから飛び込み自殺の話です。お待たせしました。

 彼の担当時間に飛び込み自殺が発生した回数はのべ9回。彼の運の悪さは相当なもので、入社2年目にも関わらず、飛び込み自殺を対応した回数は■◆駅トップクラスだった。

 駅員室に、非常停止ボタンのアラームが鳴り響く。
 ──みなさんはこう思うだろう。「ホームから誰かが飛び込むと、それを目撃したお客さんが『間に合ってくれ……!』と願いながらこのボタンを押す」と。実際には、常駐している整列乗車のバイトが鳴らすのである。そして、間に合っていないのである。

 ある整列乗車のバイトは、バイト初日に「目の前」で飛び込み自殺に立ち会った。防犯カメラが録画した映像には、事故発生の瞬間の彼の姿が克明に捉えられている。
 映像のなかで彼は、すぐさま柱の陰に隠れている。凄惨な光景がおそろしくて逃げ隠れたのではない。身体の破片(腕など)が飛んでくるから身を隠したのである。電車に跳ね飛ばされた人体がすごい勢いで吹っ飛んでくれば、巻き込まれて死ぬこともあるのだ。
 仕事初日のバイト君は、衝撃的な瞬間を目に焼き付け、柱の陰に身を縮こませ、しかるのち、非常停止ボタンを押した。電車はすでに非常停止しているが。

 駅員室に非常停止ボタンのアラームが鳴り響くと、駅員たちは怒りにも近い呪詛を唱えながら、大急ぎでゴム手袋を装着しながらホームへ駆け上がっていく。防護服のような物を着るのかと思いきや、普段の制服姿に、ゴム手袋だけ。なんと軽装、なんと軽装備。防御力2。イヤすぎる。(一度、作業が終わってから同僚に「なんかついてるよ」と指摘された。ズボンのお股のあたりに、ピンク色のなんだかわからない肉片が付着していた。)

 ホームでは人だかりがしている。野次馬だ。彼は野次馬を客とは思わない。ただの障害物として認識する。「どけよ。どけどけ」手順ではハシゴのある場所から線路上に下りるらしいが、彼はホームから飛び降りる。

 彼の話を聴くまでは、飛び込み自殺は轢死が多いと思っていた。レール上で車輪に蹂躙される、と。
 実際には、電車がホームに進入してくるタイミングに合わせて「体当たり」しにいくケースが多いとのこと。電車のフロントとぶつかり稽古!って感じ。

 そのため、死体はグチャグチャのデロデロになるわけではないらしい。衝撃で裂けたりするらしいが、原形を留めている。その状態を彼は「マグロ」と呼んでいた。たまに顔がぱっくり真っ二つに裂け、アーノルド・シュワルツェネッガーの『トータル・リコール』みたいになっているそうだ。

 キャバクラの多い駅ゆえか、早朝には、下着かと思われるほどセクシーな、薄着の若い美女がマグロになることもあるらしい。
「なんでこんなかわいいコが……」水商売の闇と言えよう。
 服は破れ、おっぱいやおパンティーなどが露出する。そのあまりのセクシーさに「俺、勃起すんじゃないか」と彼は恐れたが、どうやら大丈夫だったらしい。屍体愛好症の気がなくて良かったとしみじみ語っていた。

 死体袋を載せた担架を持ってきて、死体をそこに乗せる。死体袋のジッパーを半ばまで閉めてから、散乱物を拾って死体袋に追加する。散乱物とは、ホトケ様の遺留品──携帯電話や財布やバッグ、そして腕や目玉などの肉片。
 免許証があった場合、本当はダメらしいが、すばやくメモを取る。

 轢死ではない。電車の正面とぶつかり稽古。それでもその衝撃は計り知れず、人体は一部が引きちぎれる。2番線で飛び込み自殺があったが、どうしても右腕が見つからない。はるかかなた、4番線まで吹っ飛んでいた。そういうこともザラだそうだ。

 自殺の名所と化している上、乗降客が非常に多いこの駅では、死体処理が地球トップクラスの超高速。最速10分ほどで、何事もなかったかのように運行が再開される。これは他の駅での死体処理の、3倍にも及ぶスピードである。

 現場を清掃中に鉄道警察や救急隊が到着してしまうと厄介。ダイヤの乱れを最小限に食い止めようと、一刻も早くマグロを片付けたい駅員。建前上、お片付けの前にいろいろとしなければならない鉄道警察・救急隊。

 鉄道警察は駅員の作業を邪魔をする。管轄の警察が到着するまで現場を保存しようと、作業をやめさせようと試みる。「検視するまで動かしちゃダメです!」「うるせえ、いつ来るんだよ!」「10分ほどで到着します!」「おせえんだよ!」

 救急隊は、医者が死亡判定をするまで、無意味な人工蘇生を試みる。医者が到着するまで心肺マッサージを続けねばならないのである。「いや、あきらかに死んでんだろ」「いや、でも……」「脳が見えてんだよ。どう見ても死んでんだろ。どけよ」「いやでも、そういう決まりですから……」やりきれない。

 死体処理をすると、臨時ボーナスが出る。「慰労金」ではなく「報奨金」という名目で、その日のうちに、現金手渡しで。その値段……なんと、1万円! 安っ!
 雨だと+5000円、夜だと+5000円、最高2万円になるらしいが、雨はカッパが着れずビショ濡れ、夜は暗くて作業難航(人体のパーツが見つからない)のため、割には合わないそうだ。
 その1万円で、嫌な記憶を払拭するため仕事終わりに飲みに行く。

 ここまで過酷な職場にも関わらず、離職率は低いらしい。ただ、鬱病になる人はめちゃめちゃ多いらしい。

 さまざまな自殺防止策が講じられたがどれも効果は薄かった。ホームドアの設置が検討されたが、「どうせあいつら飛び込むだろ。その時マグロを拾うのに支障をきたすから、ホームドアないほうがよくね?」今のところ見送られている。あまりに自殺が多いため死生観がマヒしている。




 おしまい。以上の話はフィクションです。(と書いておけば防虫剤になるかな)





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