とりぶみ
実験小説の書評&実践
プロフィール

  • 執筆陣紹介

    大塚晩霜
    原作/草稿担当。

    大塚晩霜
    推敲/編集担当。

    大塚晩霜
    昼寝担当。



過去記事



最新記事



最新コメント



RSSフィード



検索フォーム



リンク



基礎ビートルズ講座   (2017/04/29)
 今月、更新してないな。
 『99人の最終電車』がらみで『街 ~運命の交差点~』を書評しようと思ったけど、内容をほぼ失念したので書く気が起きないな。
 というわけで、2002年に書いたビートルズ講座を転載しておきます。もう15年前か。あのころまだ6歳だったんだな。




第1回:導入
第2回:前期
第3回:中期
第4回:後期
第5回:歿後





第1回:導入

 この講座は「デビューから解散までの歴史をたどりつつ、ビートルズの魅力を伝えていこう」という趣旨のもとに開講します。マニア向けではなく、初心者・中級者向けの講座です。


   ビートルズとは
●イギリス・ロンドンの北西300kmに位置する港町“リヴァプール”出身の四人組から成るロック・バンド。
●活動時期:デビュー(1962年10月)から解散(1970年4月)までは7年半。案外短い。
●地球上で最も偉大なグループとして評価されています。この評価は、これからも変わることがないでしょう。かれらは20世紀最大の音楽家です、一つの文化です。今現在も強い影響力を有しております。知っておいて損はありません。


   偉大な理由
 もちろん、ビートルズだけがバンドではありません。他にもいいバンドはたくさんあります。しかし、どういった訳だかこのバンドだけが抜群に偉大です。異常なほど、です。その理由を挙げると、<個々の楽曲の質の高さ> <多彩な音楽形式> <魅力的な人間性>の三つだと思います。

  一つ一つの曲が非常に完成度が高く、何度聴いても飽きにくい。代表曲を選ぶのが困難なほど、個々の曲がいい。「一番好きな曲は?」というアンケートを取っても、相当バラけます。「ベンEキングの代表曲=スタンド・バイ・ミー」といった単純さはありません。ビートルズの楽曲群には、その人その人の一番が存在します。ちなみに私のお気に入りは『Sexy Sadie』です(マニアック!)。

 多彩 「元気なビートミュージック・ストレートなロックンロール・泣けるバラード」から、「カントリー・サイケ・童謡・インド」、果ては「ヘヴィメタの原型・アヴァンギャルドな実験曲・讃美歌風の荘厳な曲」まで、ありとあらゆる音楽ジャンルを網羅しています。後々のミュージシャンに様々な影響を与えていて、「全ての音楽は ビートルズの焼き直し」という暴論が出るほどです。(パンクやラップその他には影響していません)

 人間性  忘れられがちな要素なのですが、これもビートルズ人気の大きな要素だと思います。メンバーは皆陽気で、素直で、ジョークもうまく、とても親しみやすい楽しさに溢れています。「コメディアンとしてもそこそこ食っていけたのではないか」と想像できるくらいです。不倫したり麻薬に手を染めたり、話題にも事欠きません。


   メンバー紹介
ジョン・レノン(1940-1980)
 メガネ/思想は左寄り。辛辣な発言が多く、偉大な詩人/鬼才。実質的リーダー。
 現在ではほとんど宗教に近い尊敬を集めている。奥さんは日本人女性ヨーコ・オノ(ジョンはバツイチ、ヨーコはバツニの再婚)、ビートルズ解散後は過激な平和活動を展開。80・12・8、熱狂的ファンによって射殺される。

ポール・マッカートニー(1942-)
 巨大なタレ目、ベイビーフェイス。口がぽかんと開いている事が多い/秀才。
 20世紀最高のメロディ・メーカー。最も売れたアーティストとしてギネスブックに載っている。解散後はウイングスを結成、今もソロとして精力的に活動している。近年に最愛の妻を亡くし、そして再婚した(早っ!)。

ジョージ・ハリソン(1943-2001)
 ハンサム・八重歯/エリック・クラプトンの親友/ビートルズ第三の男。
 クール。上記2名が偉大過ぎてあまり評価されない。バンド内にインド哲学を取り込んだ。名前は地味だが、存在自体も地味。解散後も地味に過ごし、01・11・29、癌で死去。(私が最も愛するビートル)

リンゴ・スター(1940-)
 本名リチャード・スターキー/チビで鼻がデカい/指輪大好き/ドラマー/凡人。
 「音楽の才能はない」とか「ポップ史上最も運の良い男」とか、ボロクソに言われているが、その人間的魅力はやはりビートルズ。しかしながら歌は下手で、酷評もハズれてはいない。解散後は俳優としても活躍。何気に一番ファッションセンスがあったのでは。











第2回:前期

   より良い理解のために
 かれらをよく理解するには、かれらの音楽スタイルがどのように変化していったか把握しなければなりません。本講座では、活動時期を3つに分け、時代ごとの事件・発表作を取り上げていきます。今回は前期(デビューからアイドル時代)について。


   ★デビュー (1962年10月)
◆シングル「Love Me Do」でデビュー。 《無名のバンド⇒ いきなり売れるはずがない⇒ マネージャー自ら1万枚買い占め⇒ チャートに登場⇒ 世間が認知⇒ 17位まで浮上》 バンド告知のためのシングルと言えます。
◆次なるシングル「Please Please Me」は曲も良く、発売後1ヶ月で1位に浮上。人気に火が点き、ポップアイドルとして歩み始めます。アルバム『Please Please Me』は5月から11月まで1位の座に着きます。
  アルバム解説① Please Please Me (63.3.22)
beatle1.jpgライヴ感覚を大事にするため、ほとんどの曲が一発録り、全体を通して1日(12時間ぶっ通し)で録音された。元気一杯なアルバムで、ビートミュージックを代表する傑作。(32分31秒)

   ★ビートルマニア/アメリカ制覇
◆ビートルズは一気にスターダムへのしあがりました。ファンの多くは狂信的な10代の女の子たちで、「ビートルマニア」と称されます。コンサート会場では終始金切り声で応援・会場全体が異常な絶叫に包まれて演奏は聞こえず、ジョンが「歌を聴きたい時はレコードで、顔を見たい時はコンサートに来るのさ」と皮肉ったほど。生で観られた感激から失神してしまう娘は数え切れず、ビートルズの歩いた芝生を むしって食べる強者もいました。
  アルバム解説② With The Beatles (63.11.22)
beatle1.jpg 29週間チャートのトップに君臨していたアルバム『Please Please Me』を蹴落とし、21週間1位を維持した。質の上では前作より劣る。このアルバム前後に発売されたシングル曲は最高。(33分6秒)
◆イギリスで絶対的な人気を手にすると、次にアメリカ進出を企てます。成功しないという前評判でしたが、エルヴィスプレスリーに代わるスターとして迎えられました。64年2月、「エド サリヴァン ショー」という人気番組に出演、視聴率72%を記録。同年4月のビルボードシングルチャートでは空前絶後の1~5位独占を達成します。


   ★映画主演 『A Hard Day's Night』(ヒドい邦題:『ビートルズがやって来る ヤァ! ヤァ! ヤァ!』)
◆快進撃を続けるビートルズ、映画主演を果たします。ツアーの多忙さをドタバタ交じりで描いた作品で、実際のツアー風景を撮影したと勘違いされるほど自然な仕上がり。脚本はオスカーにノミネート。ビートルズ自身の演技も素晴らしく、初期の魅力がたっぷり詰まっています。(ちなみに主演2作目『Help!』の評価は芳しくありません)
  アルバム解説③ A Hard Day's Night (64.7.10)
beatle1.jpg1~7曲目は同名映画のサントラ。衝撃的なギターで幕を開けるタイトルナンバーや「Can't Buy Me Love」ほか、アーティストとしての成長をうかがわせる佳作。(30分11秒)


  アルバム解説④ Beatles For Sale (64.12.4)
beatle1.jpg多忙の上、早いペースでの製作。明らかに疲れ気味。前期最低作品。(33分47秒)


  アルバム解説⑤ Help! (65.8.6)
beatle1.jpg1~7曲目は同名映画のサントラ。「Help!」「Ticket To Ride」や、世界一カヴァーされている不滅の名曲「Yesterday」が入っているが、全体的に地味な仕上がり。(34分30秒)


   ★MBE勲章授与 (1965年10月)
◆女王陛下から「(レコード輸出による)外貨獲得」の功績を認められ、勲章を授与されます(彼らは20円得るごとに19円も税金を払う状態で、恐ろしい額を納めていました)。この賞はお堅い人(政治家・公務員など)が受賞するのが通例でしたから、物議を醸し、「バカと同列に扱われた!」と、勲章を返還する軍人もいました。











第3回:中期

アイドル時代終焉~サイケ期。最強の幻覚剤“LSD”にドップリ浸かり始め、アイドルを演じるのにイヤ気が差してきます。
  アルバム解説⑥ Rubber Soul (65.12.3)
beatle1.jpg評論家からも「芸術」として認められた最初のアルバム。全編「障害のある恋」を歌っている。個々の楽曲が良く、ファズベース・インド楽器シタール使用などの実験精神も垣間見られる名盤。(35分32秒)


   ★コンサート活動の終了
  66年4月から3ヶ月間スタジオにこもって『Revolver』を完成させると、発売までの間ツアーへ出かけます。
日本日本武道館でコンサートを催すのは前代未聞の事でしたので、右翼からの猛反発がありました。かつてないまでの過剰な厳重警備が敷かれ、警察官に囲まれてホテルと会場を往復する まるで囚人のような日々。脱走してもすぐに発見されて連行。ほぼ軟禁状態です。やる気のない演奏を5日間してから、日本を後にしました。
フィリピン:当時人気絶頂のイメルダ・マルコス大統領夫人との会食が(勝手に)予定されていましたが、公演疲れからビートルズ側がこれを拒否 ⇒「国辱行為だ」とし、国民全員の怒りを買います。警備が解かれ、宿泊先や英国大使館には火炎瓶が投げ込まれました。空港では一般客と同じ扱いをされ、民衆によってボコボコにされました。ジョージのコメント「僕がまたフィリピンへ行くとしたら、それは原爆を落としに行く時だね」
アメリカ:ジョンがオフレコで発言した「今やビートルズはキリストよりも人気がある」に対し、敬虔深いキリスト教徒から不満が噴出。ビートルズのレコードなどを焼き払う抗議行動が起き、結局ジョンが謝罪しました。
  アルバム解説⑦ Revolver (66.8.5)
beatle1.jpg一般的には『Sgt.Pepper~』が最高傑作とされているが、個々の楽曲の質ではこのアルバムの 方が勝るとする意見が多い。麻薬の影響色濃い実験的な楽曲群は、まばゆいばかりのキラめきを放っている。1995年に行なわれたアンケートでは、20世紀の最優秀アルバムに選ばれた。(35分01秒)


   ★スタジオ時代へ
◆演奏を聴いてくれないファンに前々から不満を持っていたし、一連の事件にすっかり疲れ切ったため、一切のコンサート活動を停止します。 67年2月、両A面シングル「Strawberry Fields Forever / Penny Lane」を発表、惜しくも2位どまりでしたが(「Please Please Me」以来の連続1位記録は12枚で途切れる)、「ポップス史上最高のシングル」と評される高い音楽性を発揮。そして遂にポップス史上の金字塔『Sgt.Pepper~』を完成させ名声を不動に!
  アルバム解説⑧ Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band (67.6.1)
beatle1.jpgポップミュージックを芸術にまで高めた歴史的作品。「架空バンドのコンサート」というコンセプトを1枚のアルバムを通して表現、「アルバム=シングル曲の寄せ集め」という常識を打ち破った。当時としては常識外れな700時間に及ぶ録音作業で、前作の方法論をより一層進めた実験を展開。ここには書き切れないほどのアイディアが凝縮されている。ジャケットも秀逸。(39分43秒)
  

   ★愛こそはすべて (1967年6月25日)
◆『Sgt.Pepper~』がポップ界全体に影響を与える中、ビートルズは初の宇宙衛星生中継番組に英国代表として出演、新曲「All You Need Is Love」を全世界に向けて披露します。この曲は当時の文化ラヴ&ピースの象徴となりました。

   ★マネージャーの死/マジカルミステリーツアー
◆同8月、マネージャーのブライアン・エプスタインが急死。ビートルズは自分たちで仕事を決定せねばならなくなります。
◆製作脚本監督主演編集などを自ら行なうテレビ用映画を9月より撮影、その年のクリスマスシーズンに公開しますが……。カラフルな映像を白黒で放映されてしまった上に内容も弱かったため、酷評の嵐を受けました。
  アルバム解説⑨ Magical Mystery Tour (67.12.8)
beatle1.jpg1~6は同名映画のサントラ。7~11は当時のシングルで、「Strawberry Fields Forever」「Hello Goodbye」「All You Need Is Love」など、超名曲揃い。映画のヒドさを充分に挽回する作品集。(36分52秒)












第4回:後期

成熟期~解散。なかよしだったFab4(いかした4人組)は、マネージャーが亡くなってから急速に友情を崩壊させていきます。


   ★インド (1968年2月)
◆インド哲学にのめりこんでいたジョージの影響で、導師(グル)マハリシ・マヘシ・ヨギを訪ねにインドへ出発します。瞑想の修行などを一二ヶ月間受けますが、マハリシが実はスケベオヤジだった事が判明、失意の内に帰国します。それでも収穫はあって、異文化に刺激を受けたためか、30曲以上の新曲が書き上がりました。

   ★アップル社設立 (1968年5月)
◆実業界にも進出を企み、自分たちの会社「Apple Corps Limited」を設立します。有り余る金を使用して魅力ある企画を展開しますが、事業は見事に失敗。積極的だったポールと他のメンバーとの間には、会社の処理を巡って後々ミゾが生じます。(ちなみに:社名は「リンゴ」の翻訳ではなく、画家マグリットの作品からポールが命名)

   ★不和 (オノヨーコが現れ、ジョンの側を片時も離れなくなります)
  アルバム解説⑩ The Beatles (68.11.22)
beatle1.jpgインドで書きためた曲を中心に収録。<シンプルな曲>と、<様々な形態の曲>とを内包した二枚組。真っ白なジャケットデザインから「ホワイトアルバム」と呼ばれるのが一般的。(46分34秒/47分16秒)
◆このアルバムはメンバーそれぞれのソロを集めたような作品で、ありとあらゆる音楽ジャンルを含んでいます。しかしその作風と呼応するように、(ヨーコの影響もあったのでしょうが)メンバーの結束はゆるみ始めます。

   ★イエローサブマリン (1968年7月)
◆ビートルズを主人公にしたアニメ映画が、約2年がかりで完成。ビートルズは自分たちがアニメ化されるのを極端に嫌い、<駄曲の提供>と<映画の最後に実写で出演>しか関与しませんでしたが、このアニメは中期ビートルズの精神を完全に表現しており、アニメとしても大傑作でした。完成したフィルムを観てメンバーは感嘆したそうです。
  アルバム解説⑪ Yellow Submaline (69.1.17) (注意:99年発売のソングトラックとは別物)
beatle1.jpg同名映画のサントラ盤。1・6は既出、7~13はプロデューサーによるオーケストラ曲。完全な新曲は2~5だけだが、それも駄曲(中期のボツ作品)。映画は最高だがアルバムはヒドい。(40分12秒)


     ★ゲットバックセッション (1969年1月)
◆メンバーの不仲を重く見たポールは、「自分たちの原点に返ろう」と訴え、『Please Please Me』のようなアルバムを作ろうと計画します。多重録音は一切無し、一発録りのライヴ感覚溢れる『Get Back』の製作です。しかし、相変わらずジョンの隣にはオノヨーコ,メンバーの関係もますます悪化、結局アルバムも未完に終わります。

  アルバム解説⑫ Abbey Road (69.9.26) (録音期間は7月~8月末)
beatle1.jpgお互いへの憎悪を抑え完成させた、有終の美を飾る名作。未完成小品をつないだ9~16のメドレーが圧巻。ジャケット写真はビートルズ御用達のスタジオ“アビーロード”前の横断歩道で撮影。(44分9秒)

  
   ★解散 (1970年4月10日)
◆メンバーはみな「もう終わりだ」と感じていましが、ポールだけはまだ続ける気がありました(ひとりよがり)。
◆しかし:棚上げされていた『Get Back』を新たに『Let It Be』としてミックスする事となりました。天才的プロデューサーが起用されましたが、ポールは彼と衝突してさすがにやる気をなくし、一方的に脱退を表明します。こうして60年代をリードしてきたビートルズは、60年代の終わりとともに解散してしまうのでした……。
  アルバム解説⑬ Let It Be (70.5.8)
beatle1.jpgオマケ的アルバムながら『The Long And Winding Road』など粒揃いの楽曲集。日本で大ヒット。(35分13秒)










第5回:歿後

解散後。まだまだ発売されるアルバムには、珠玉の未発表マテリアルが封入されていました。

  アルバム解説⑭ Past Masters VOL.1 (88.3.7)
beatle1.jpgオリジナルアルバムに収録されなかった曲(シングル・EP)をまとめたアルバムで、ヴォリューム1は前半期(62年~65年)。ストレートなビートミュージックが多いが、「I Want To Hold Your Hand」「She Loves You」のドイツ語ヴァージョンや、隠れた名曲「Yes It Is」なども聴き所。

  アルバム解説⑮ Past Masters VOL.2 (88.3.7)
beatle1.jpgヴォリューム2は後半期(65年~70年)。ただし、アメリカ独自編集の『マジカルミステリーツアー』がCD化の際に“準オリジナルアルバム”として認められたため、サイケ期のシングル曲はごっそり抜け落ちている。既発曲のヴァージョン違いや、あの「Hey Jude」が聴けるのが売り。

  アルバム解説⑯ The Beatles Live At The BBC (94.11.30)
beatle1.jpg英国BBC放送でビートルズが演奏した“ライヴ”のベストテイクを集めた2枚組企画盤。ビートルズはラジオ番組に出演した際、オリジナル曲だけでなく、デビュー前に演奏していたスタンダードナンバー(他人の曲)も取り上げた。ファンにとっては未発表曲の宝庫だが、音はショボい。


   ★アンソロジープロジェクト('95~'00)
 ポールが中心となり、ビートルズの歴史を包括しようとする計画が持ち上がります。それが“アンソロジープロジェクト”で、「未発表曲集」「ドキュメンタリー番組」「伝記書籍」の三本柱によってビートルズの歩みを俯瞰しようとする試みです。また、海賊盤(流出した音源を違法に商品化した物)の横行に歯止めをかける狙いもありました。
 ヨーコもジョンの代役と等しい扱いでこのプロジェクトに参加し、ジョンのデモテープ(宅録音源)を持ち寄ります。その音源に他のメンバーがオーヴァーダヴィングする事によって、ビートルズは架空の再結成を果たす事になりました。「こう考える事にしたんだ。『ジョンは僕らに曲の仕上げを任せ、休暇に出かけたんだ』ってね」(ポール談)
  アルバム解説⑰ Anthology 1 (95.11.22)
beatle1.jpg架空再結成曲「Free As A Bird」を冒頭に配した、未発表曲集第1弾。デビュー前の貴重な演奏(音質最悪)・デッカレコードのオーディション(結果は不合格)に臨んだ時の音源から、前期に当たる時期のアルバム没テイク・ファンの生々しい奇声がやかましいコンサートの模様を収録。

  アルバム解説⑱ Anthology 2 (96.3.18)
beatle1.jpg架空再結成曲「Real Love」を含む第2弾。中期の未発表曲や没テイクを収録。なお、一連のジャケットのアートデザインは『Revolver』のカヴァーイラストも手がけたクラウス・フォアマン(ビートルズのデビュー前からの友人)で、3枚並べると1枚絵になる。

  アルバム解説⑲ Anthology 3 (96.10.30)
beatle1.jpg第3弾は、ディスク1が68年・ディスク2が69年のアウトテイクを収録。68年ホワイトアルバム制作期の楽曲群はアンソロジーシリーズの白眉。のちにアビーロードB面メドレーに組み込まれる事になる曲やソロアルバムで取り上げられる曲などが収録されており、非常に興味深い。


   ★総括
 ビートルズは魅力的です。ゆえに、金の成る木でもあります。ヒドイ企画盤(『Yellow Submaline Song Track』『1』『Let It Be... Naked』など)が続々と発売されていますが、そういう物を買って「案外ヘボいな」と思わず、オリジナルアルバムを聴いて彼らの魅力を感じて下さい。まずは自分の趣味に合いそうなアルバムを選んでみましょう。
 それでは「基礎ビートルズ講座」はこれにて閉講です。長らくのご静聴ありがとうございました。



この記事に対するコメント


お気軽にコメントをお書き下さい











«  | ホーム |  »