とりぶみ
実験小説の書評&実践
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1/6629722083   (2007/10/04)
 仏壇に手を合わせていたらおじいちゃんが声を掛けてきた。
「おい実佐子。おれは今日めちゃくちゃ感動したぞ。」
 やれやれ。ため息が出る。
 私は手を膝に置き、困り顔でおじいちゃんの相手をする。
「なぁに。またデートのぞいたの。」
 今日は坂之上さんと新宿でデートをして来た。その場面を目撃されたと思い、私は叱るような口調でそう言った。
 おじいちゃんは私をよく尾行する。いつの間にか後ろについてきてるから気が抜けない。たとえば友だちとのショッピング。映画。会社の飲み会。果てはデート、温泉旅行まで。いつ見られてるのかわからないけど、うちに帰ってきてから「あの男はやめた方がいいな」なんて言うから、びっくりしちゃう。大事な孫を見守ってくれてるんだろうけど、監視されてるみたいだし、おじいちゃんは大好きだけど、さすがにちょっとやめてほしい。もう慣れたけど。
 私の詰問に対し、バツが悪いのか、おじいちゃんはちょっと言葉に詰まった。うーむ。やはりデートについてきていたらしい。
「いやさ、確かに、行ったけどさ…」
 すぐ白状した。
「そりゃ、実佐子が心配だからであって…」
 私は苦笑いする。いつもその言い訳だ。でも、これ以上、怒るに怒れない。その、心底申し訳なさそうな声は、情けなくて、ぶきっちょで、とても暖かみがあって、しかも少しいじらしい。おじいちゃんは私のことを本当に大切に思ってくれている。
「で、何に感動したの。」
「おまえホラ、駅で待ち合わせしたあと、横断歩道を渡ったろ。」
「渡った渡った。」ここでちょっと違和感、私は目を剥く。「えぇ~っあん時からいたのぉ!?」
「うん。」子どもみたいに無邪気な返事だ。
「それで?」
「すっごく人がいっぱい居たじゃないか。」確かに。
「そうだね。よく私たちのこと見失わなかったね。」
「それでな、そん時な……。あー。ちょっとアルバムを持って来なさい。おまえの七五三の時の。」意味不明な展開だ。
「何それ。何か今日のデートと関係あるの。」
「あるある。大いに。いいから持って来てよ。」
「めんどくさいよ。」
「頼むよ。」
「どうしても今持って来なきゃだめ?」
「だめ。」
「しょうがないな。」
 私は二階に上がり、父の書斎で写真アルバムを探す。
「えーと。これかな。」
 分厚いアルバム数冊あるうちの一冊幼少時代を収めたのを抱いて茶の間に戻る。
「おじいちゃん、これ?」
「ああそれそれ。多分。」多分か。「七五三の時の写真、ある? 七歳の時の。八幡宮の。」
「七歳…。ああ、これね。」着物でおすましをし、千歳飴を手にした、可愛らしい七歳の私。「この写真がどうしたって。」
「その写真、後ろの方に縁日の露店が写ってるだろ。」
「写ってるね。たこ焼き屋さんが。」
「竹串を持ったテキ屋のあんちゃん、いるだろ。」
「いるね。」
「こいつと今日すれ違ったぞ。」
「えぇ~っ!?」私はただ驚くばかりだ。何だって?
「おまえは東口をアルタの方に向かったろ。」
「向かった向かった。」
「そのあんちゃんは、アルタの方から駅に向かって歩いてたんだ。で、お互い、横断歩道を渡る時に、すれ違ったってわけ。最接近時のその距離、なんと、たった15センチメートル。」
「本当に~!?」この写真の男の人と、私が今日、あの横断歩道上で行き交ったってわけ?「何それ。なんかすごいけど。本当なの」
「本当。確かめた。信じるだろ。」私はおじいちゃんを信じる。「ちなみにこの写真のあんちゃん、今では日雇い労働者をやってる。」いらない情報だ。
「でもそれが何で感動するわけ?」
 おじいちゃんは、いつになくまじめに、滔々と述べ立てた。私は終いまでおとなしく聴いた。
「奇跡的な再会じゃないか。作られた再会じゃない。小説みたいに、偶然を装った遭遇じゃない。仕向けられた筋書き通りの邂逅じゃない。こういうさ、お互い見ず知らずの人間がさ、長い年月を挟んで、たまたますれ違う。これってすごいことじゃないか。なぁ。」おじいちゃんは少し言葉を切ってから、また続ける。「知り合い同士、意外な場所で不意に出会うと心地よい驚きを感じる。不思議な巡り合わせに興奮する。でもな、当人同士は全くそれと知らないまま、こういう奇跡的なすれ違いをするっていうのも、すごいことだとおれは思う。しかもな、今日実佐子は元テキ屋のあんちゃんとすれ違ったわけだけど、こういう類のすれ違いって、実は今まで何度も体験してるんだぜ。特に人の多い場所に行くとな。知らなかっただろ。」言われてみれば有り得そうな話だ。「実佐子とあんちゃんの再会、おれはめちゃくちゃ感動した。なんだか不思議な気持ちになった。神のいたずらというか、いいやそんな物じゃない、もっと大きな、何と言えばいいのかな、とにかく、世界の広さと狭さ、その両方を感得した。人はさりげなく接触をしていたりすることがわかる、そこに却って感動がある。実佐子が今日、全然気付かぬまま体験したこの現象、他の人たちも全然気付かぬまま、何度も体験してるんだろうね。毎日、何十年ぶりの奇跡的再会を果たす赤の他人同士が、何人いることやら。しかも当人同士はそういう奇跡的再会に全く気付かないんだ。そういう真理を発見して、おれは戦慄するほど感動した。想像すればするほど、すごいなって思う。世界の人口は今や六十億を超えている。しかしそのうち実地に顔を合わせられる人間の数なんてたかが知れてる。生きている間に、言い換えれば同じ時代・同じ空間の中に活動しているって、これってすごいことじゃないか。ものすごい確率の巡り合わせなんだから。」
 なるほど私は名状しがたい感動に襲われた。それって、すごいことだ、と、思う。おじいちゃんが教えてくれなければ、私は今日のこの運命的なすれ違いをちっとも知る由がなかっただろう。
 でも、それとは全然関係ないんだけど、気になることがひとつある。
「それでさ。」抑制された、しかし強い口調で私は問う。「おじいちゃんさ、私たちを、どこまで尾行したの?」
「そりゃおまえ、そこでさ、うちに帰ってきたよ。」あきらかに落ち着きを失った。
「ウソでしょ。」
「え。ウソじゃないよ。」
「ウソ。見たでしょ。」
「え。見てないよ。」この動揺ぶり。さてはキスシーンを見たな。
「何それ。何を見たか聞いてもないのに、どうしてそんな慌てて見てないよなんて言うの。やっぱり見たんでしょ。」
「う…。」おじいちゃんは少時沈黙する。やがて言う。「ちょっとね。一瞬ね。」やっぱり。
「このエロジジイ!」私は勢い良く立ち上がり、仏壇に向かって、空気が揺れるほど怒鳴りつけた。
 位牌が照れ臭そうに揺れた。




この記事に対するコメント

■ 
うーん、確かに凄い確率なんですね。
今私が乗ってるバスの中にいる人達も、いつか街中ですれ違ってると思うと…うわぁ~頭に鳥肌が!
すご~く変な感じ。
(まぁうちは田舎なので確率的にはかなり高くなっちゃうけど)
おじいちゃんが何とも言えず可愛かったです☆
私も仏壇のじいちゃんと、こんなふうに会話したいなぁ♪
【2007/10/04 17:57】 URL | arty. #-


■ 
 artyさんのおっしゃった「今私が乗ってるバスの中にいる人達も、いつか街中ですれ違ってると思うと…うわぁ~頭に鳥肌が!」は、まさに私の言いたかったことを端的に表しています。そうですそうなのです。そういう想像力を働かせると世界はガラリと変貌します。味気ない通行人Aたちが突如として人間くさくなります。
 今までの人生で時空を共有した、何百何千万の通行人Aたち。何百何千万人! もう二度と会わないだろうナっていう一期一会の考え方もステキですが、それだけの数がいたら、そりゃどっかで知らない間に再会してますよそのうちの何人かとは。再会のその瞬間は、実佐子さんのおじいちゃん(生前は大泉逸郎の『孫』を愛唱)のように、仏様にならないと知るすべはありませんが。

 とても珍しい偶然、小説や芝居なみに劇的再会なのに、当事者たちは何気なく素通り。その場面を想像すればするほど不思議な気持ちになります。
【2007/10/05 22:43】 URL | 大塚晩霜 #-



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