とりぶみ
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【小説】たぶんコッペパンだと思う   (2017/03/16)
失・敗・作。
書き直す気も起きないのでヤケクソで公開。


 学校に行く道すがら。通学路。国道ぞいの、歩道。
 アスファルトのこの道を、僕は毎日あるいていた。行きは、左側が国道。帰りは、右側が国道。国道が北だとすれば南側には物流倉庫が軒をつらね、境界線の金網のむこうには、雑草が生い茂っていた。陰気な歩道で、何もおもしろいところはなかった。道幅はせまく、人が3人ならべば歩道いっぱいになった。ゆずりあって人とすれ違うのも嫌だったし、前を歩く人を追い抜くのはもっと嫌だった。
 ある朝、登校するとき、この歩道に黒い物体が落ちていた。なんだかわからなかったが、とにかく気持ち悪かった。巨大なイモムシの死骸かと思った。まじまじと観察することなく、学校へ向かった。
 下校するとき、黒い物体はまだそこにあった。朝よりももうちょっとゆっくり見た。カビが毛のように生えた、腐ったコッペパンだと思われた。
「あれを食べたらどうなるのだろう」
 次の日、黒い物体はまだそこにあった。前の日と同じ風采だった。
 その次の日もその次の日も、一週間後も、黒い物体はそこにあった。
 誰もが避けて通るだけで、誰もそれを処理しなかった。ますます黒くなり、腐った食べ物とも思えない容貌となった。
「あれを食べたらどうなるのだろう」
 その存在は化石と似てきた。トンボを閉じこめた化石があったとして、それを空飛ぶ生き物と認定できるだろうか。人はトンボの化石をトンボではなく石だと思うだろう。琥珀を甘い樹液と思うことができるか。一般人にとって琥珀は宝石でしかない。
 それと同様、たぶんコッペパンだったと思われる物体も、時間を経るにつれ、有機質とは思えない存在になってきた。
 毎日成長を見守ってきたからか、しだいに愛着がわき、名前をつけた。「コッペちゃん」と。
 その物体に愛着がわいたのは僕だけではなかった。黒い物体はその通路の名物となった。アイドルみたいな存在になった。あいさつをする人。エサを与える人。おがむ人。おそなえ物をする人。
「あれを食べたらどうなるのだろう」
 誰もが一瞬そう考えたが、誰もふれることさえなかった。
 3週間ほど経って、コッペちゃんは変色した。急に白くなった。誰かと交代したのかと思われるほどの激変だった。
 通称「死体農場」という場所が、アメリカにある。どのように人間の死体が腐乱していくか、その経過を観察するために作られた研究施設だ。季節・温度・湿度・環境(砂地・草地・沼など)によってどのように腐敗が進んでいくのか、死亡推定時刻を割り出す法医学に役立てるため、献体された本物の死体が広い敷地のあちこちにぶっ倒れている。死体がどのように育っていく(腐っていく)のか早回しの動画で観たことがあるが、白骨化手前では死体の肌が銀色になり、黒目が白く濁り、口元が笑う。コッペちゃんも白骨化のステージに進んだのかも知れない。
 さらに1週間が経ったとき、コッペちゃんの場所がわずかに変わった。動いた? いや、動かされた。強風か、夜に誰かが気付かずに蹴飛ばしたか、野良猫の仕業かも知れない。
 それ以来、コッペちゃんは急にゴミになった。道にはゴミが落ちるようになった。空き缶、コンビニのレジ袋、おにぎりの包装ビニール、パンツ、路面にこびりついた湿布、エロ本の切れ端、盗難に遭った自転車丸ごと……。散在するゴミの一部になった。
「あれを食べたらどうなるのだろう」
 ある日、現れたときと同じようにいきなり、コッペちゃんはいなくなった。他のゴミと同様、忽然と路上から姿を消した。西の空に、コッペちゃんの代理を務めるつもりなのか、大きな黒い雲が立ち上がった。雲は、快晴の予報の日も執念深くそこに居座った。本当にコッペちゃんの生まれ変わりなのかも知れない。
「あれを食べたらどうなるのだろう」
 ある日の学校の帰り道。雲は覆いかぶさるように身体を伸ばし、国道に倒れ込んだ。天水桶をひっくり返したような紫色の雨が降り注いだ。傘を持ってなかった僕はまともにその飛沫を浴びた。
 そして。
 最初は気のせいかと思った。見知らぬ美女が手を振ってきたのだ。後ろを振り返っても誰もいない。確実に私に対してのアプローチだった。しかし恥ずかしくてもう一度美女の方を向くことは出来なかった。自分の奥手を呪いつつ足早に立ち去る。
 その後も、まさか僕のことだとは思いもしなかったのだが、すれ違う人ことごとくが僕に手であいさつしたり、好意的な微笑みを投げかけてきたり、時にはあいさつの声をかけてくることさえあった。
 理由が思い付かない。もしかして、なんらかの原因で変身してしまい、その姿が、有名人であったり動物だったり赤ちゃんだったりに変貌しているのではないか。みんなの人気者の、何かしらに。
 急にそわそわし、近くに鏡はないかと探し回った。鏡はなかった。信号待ちをしている車の窓ガラスに自分の姿を映して見てみた。
 不透明な窓ガラスに、黒い物体が模糊として映っている。たぶんコッペパンだと思う。
 こわくなって、僕は走り出した。家に帰り、オナニーをしてから寝た。



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