とりぶみ
実験小説の書評&実践
プロフィール

  • 執筆陣紹介

    大塚晩霜
    原作/草稿担当。

    大塚晩霜
    推敲/編集担当。

    大塚晩霜
    昼寝担当。



過去記事



最新記事



最新コメント



RSSフィード



検索フォーム



リンク



【書評】南米文学10連発!④~⑦   (2017/02/25)
①~③はこちら→ 【書評】南米文学10連発!①~③

⑧~⑩はこちら→ 【書評】南米文学10連発!⑧~⑩



 上
イントロダクション~なぜ10連発か?
南米とは
① アレホ・カルペンティエル 『この世の王国』1949
② フアン・ルルフォ 『ペドロ・パラモ』1955
③ フリオ・コルタサル 「誰も悪くはない」1956、「南部高速道路」1966

 中
④ ギジェルモ・カブレラ・インファンテ 『TTT』1967
⑤ ガブリエル・ガルシア=マルケス 『族長の秋』1972
⑥ ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『砂の本』1975
⑦ ホセ・ドノソ 『別荘』1978

 下
⑧ マリオ・バルガス=リョサ 『世界終末戦争』1981
⑨ サルバドール・プラセンシア 『紙の民』2005
⑩ ジュノ・ディアス 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』2007
バートルビー症候群





④ ギジェルモ・カブレラ・インファンテ 『TTT』1967
 この人はキューバの人です。葉巻が大好きです。かなりエキセントリックで、あんまり友だちにしたくないタイプの人物だったようです。
 原題は『Tres tristes tigers』で、日本でも『3匹のさみしい虎』として知られていました。ウワサだけが先行し、「ことば遊びがうずまいているらしい」「奇妙奇っ怪な大作らしい」「南米版トリストラム・シャンディらしい」などとささやかれるばかりでした。しかし、ながらく翻訳されませんでした。ウワサだけがひとり歩きした「幻の作品」であり、「ぜひ読みたい!」という人があんまりいなかったせいでもありますが、それよりもまず、「翻訳不可能」と言われていたからです。スペイン語のことば遊びを日本語のことば遊びにおきかえるのは常識的に考えて無理だったからです。
 しかし、「日本語は天才である」by柳瀬尚紀。ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』、ペレックの『煙滅』が翻訳されてしまう国です。『Tres tristes tigers』も、ついに翻訳が刊行されてしまいました。
 原題はスペイン語圏における早口ことば。その特色を生かし、邦題は『TTT トラのトリオのトラウマトロジー』になりました。
 およそ600ページあり、旅行用のまくらとしても活躍できる厚さです。初版は1200部しか刷られませんでしたが、重版が出来するとも思えません。
 さて、その内容ですが。超ごちゃごちゃしてます。印象批評にならざるを得ないっスよね。
 最初の章「新参者たち」は群像劇で、さまざまな語り口の語り手が登場します(野口シカばりにひらがなだらけの手紙も登場)。
「ああこれは、カレンてい山下『熱帯雨林の彼方に』式のアレだな。バラバラだった登場人物たちが、徐々に集まり、最終的には一堂に会するわけだな……。がんばって覚えておかねば」
 そう思うじゃないですか。こいつら、これ以降もう出てきません!
 主要な登場人物はいますが、彼らの物語も断片的に語られます。「お、このエピソード、エンジンかかってきたな」と思ったら、別の物語になってしまいます。すでに「新参者たち」でこりているため、集中して読むことができません。
 形式的にも混沌をきわめています。原文では『フィネガンズ・ウェイク』ばりのカバン語になっているのであろうダジャレ。『トリストラム・シャンディ』ばりの黒ぬりページ。ラブレーばりの列挙。ソローキン『青い脂』ばりのキューバ作家7名の文体模倣。戯曲。タイポグラフィ。左右みひらきで鏡あわせになっているページ(左側のページが鏡文字)。──このあたりは奇書好きにはたまりません。
 訳者の解説によれば、『TTT』はレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』を下敷きにしているそうですが、わたしはチャンドララー(チャンドラー者)ではないので、何もいえません。
 キューバ革命前夜の「歓楽街の猥雑さ」を表現したのだといえばそう言えそうですが、まあ、読みにくいですね。ストーリーを追うための読書ではなく、むうんと立ちこめる熱気を感じるための読書──腰をすえて観る長編映画ではなく、ホームパーティーで垂れ流しにしておくミュージックビデオとして、享受すればいいんじゃないですかね。もしくは、一本筋の取った長編としてではなく、こま切れになった短編小説の集合体として。
「なんだか批判的だなあ。そんなに不満タラタラなら、『TTT』はずして代わりにコエーリョとかボラーニョ入れりゃよかったじゃない」
 すみませんその方々の本は1冊も読んだことがないので……。『TTT』、最高! とりあえず寺尾隆吉さんの翻訳は最高です(これはマジです)。




⑤ ガブリエル・ガルシア=マルケス 『族長の秋』1972
 レペゼン・コロンビア。『百年の孤独』の作者です。百年の孤独の作者といっても、焼酎の職人ではありません。ノーベル文学賞作家です。愛称は、「ガブリエル」を短くちぢめて「ガボ」。
 短編集『エレンディラ』を書評するつもりでしたが、「短編はコルタサルやボルヘスにまかせておけばよい」と思いなおし、『族長の秋』にしました。
 『百年の孤独』につづく長編小説であり、執筆にはだいぶプレッシャーを受けたみたいですね。ピンク・フロイドが『狂気』の大ヒットのあとで「次はどうしようか」おおいになやんだのと似ています。
「世間に迎合して、おなじようなものを書くか? それとも、まったく正反対のものを書くか?」
「次作で失敗したら、一発屋だと思われてしまう。『やっぱり前作こえられなかったね』って言われるのヤダなあ……」
 『百年の孤独』発表から、『族長の秋』発表まで、8年の歳月がかかったそうです。
 『百年』も濃い小説でしたが、『族長』もとてつもない密度になっています。「よくもまあ、次から次へとヘンテコなこと思いついたな、たったひとりの人間が。」そう思わずにはいられません。どのページを読んでも、1カ所くらいは異常な場面がえがかれています。数ページにわたって、ではありません。1ページに1カ所くらいは、です。とてつもない密度であり、豊饒な小説世界ですが、読むのも疲れるというもの。
 さて、内容。スペイン語圏につきものの「独裁者」をえがいています。南米文学は「独裁者もの」の小説がいっぱい書かれており、たとえば、カルペンティエール 『この世の王国』、アストゥリアス『大統領閣下』、リョサ『チボの狂宴』、ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』などは、すべて「独裁者もの」です。
 ガボは独裁者について徹底的に調べあげ、執筆は準備万端ととのいますが、どうやって書くべきか非常になやみました。ありのまま書くだけではやつらのとほうもない残忍性は表現しきれない。そこで、マジック・リアリズムの手法によって、その残忍性をきわだたせました。すべてが滑稽なまでに拡大誇張されています。
 主人公の「大統領」は、名前が不明です。大統領自身は「自分の名前はサカリアスである」と紙に書いてみますが、くりかえし読みかえすうちに他人の名前に思えてきて(ゲシュタルト崩壊?)、紙をちぎり捨てます。臨終のまぎわ、夢のなかで「ニカノル」と呼ばれますが、それは瀕死の人間全員に対して死神がいつも使う名前でした。
 年齢もさだかではありません。「100歳まで背が伸び、150歳のときに3度目の歯の生えかわりがあったといううわさ」や、「福引会では80歳、公式のレセプションでは60歳、そして祭日の祝賀の席では40以下にさえ見えた」とのことですが、死亡時の年齢は107歳から232歳と推測されています。これは、抑圧された民衆が独裁政権に対して感じる、永遠にも思える支配の長さをあらわしているともいえます。
 また、彼の肉体は『北斗の拳』に出てきても役不足ではないほどの巨体であり、睾丸は牡牛の腎臓ほどの巨大さです。
 そのほか、大統領にまつわるエピソードはすべて過剰なまでに過剰です。
 宝くじが大統領本人に当たるよう、八百長につかわれた2000人の子どもは、証拠隠滅のため、セメント満載の荷船に乗せられ、ダイナマイトで吹っ飛ばされます。命令を遂行した士官3人に対しては、2階級特進の措置をとると同時に階級章を剥奪し、犯罪人として銃殺します。「出すのはいいが、実行してはならん命令もある」
 反乱軍の兵士に対しては、「このミルクは、閣下から皆さんへの贈り物」として差し入れた火薬樽によって爆殺されますが、そのすさまじい爆風は、市内から市外にかけた全家屋の、結婚用のガラス食器(だけ)をこなごなにします。反乱軍の将校たちは、弾薬節約のため二人ずつ重ねて銃殺されます。
 将軍がクーデターを起こすのではないかと疑った大統領は、親友でもあるその将軍を、「カリフラワーや月桂樹で飾った銀のトレイに長ながと横たえられ、香辛料をたっぷりかけてオーブンでこんがり焼きあげられた、かの有名なロドリゴ・デ=アギラル将軍が現れた。礼装に5個のアーモンドの金星、袖口に値のつけようのない高価なモール、胸に14ポンドの勲章、口に1本のパセリをあしらったこの料理は、それを切り分けるボーイによって同僚たちの宴会の馳走に供されるものだった。」丸焼きにして食べてしまいます。
 大統領の母親は生きながら腐る奇病によって死にます。死後は、腐らない聖なる遺骸として国中をまわります。が、実は剥製にされていました。
 外債が払えなくなり、外国から「海」を譲渡するようせまられます。この国にはめぼしい産業が何もなかったからです。「海」といえば、領海権のことなのかと思ったら、「海」すべてです。海水・魚・気圧、すべてです。唯一の財産ともいえる美しい海が消えてなくなり、沈没船があらわになります。
 ──独裁者がいかに冷酷で、子どもじみているか。これくらい誇張しないと、独裁体制を経験していない我々には伝わらないのかもしれません。
 傑作『百年の孤独』の後続作として、なみなみならぬ気合いでもって書きあげられた本作。結果、「スーパーマリオブラザーズ」の大ヒットをうけて発売された「スーパーマリオブラザーズ2」みたいな感じの長編になりました。前作からの正当なパワーアップを達成していますが、その過度なパワーアップが難易度をあげてもいます。




⑥ ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『砂の本』1975
 レペゼン・アルゼンチン。刊行年の順にならべたら、ボルヘスが6番目になってしまった。6番目だからといって6男坊かといえばそうではなく、生年順にならんだ『ラテンアメリカ十大小説』の筆頭をつとめていることからもわかるとおり、一番年上です。
 『砂の本』はボルヘス76歳のときの刊行。これ、なんの疑問もなく書きましたが、本当なんでしょうか。すごいですよね。しかもボルヘスは56歳のときに盲目になってますから。ものすごい創作エネルギーです。私のおじいちゃんなんて、76歳のときにはとっくに墓の下でグータラしてましたよ。
 南米の小説を1冊えらぶならば『百年の孤独』ですが、南米の作家を1人えらぶならばこの人です。
 長編は1作も書いてませんが、短編1作1作が長編1本と同じくらいの重量を持っているのが特徴です。
 ボルヘスの3大短編集は『伝記集』『エル・アレフ』『砂の本』ですが、『砂の本』はもっとも軽い読み口であり、初心者におすすめです。
 あと、読み終わってしばらく経つと「どういう話だっけ」忘れるので、『砂の本』1冊もっていればだいじょうぶです。初読の新鮮な気持ちで何回も何回も読むことができるのでとっても便利。
 熱心なボルヘジアンでもないかぎり、「ねえねえ、『恵みの夜』ってどういう話?」 「『隠れた奇跡』ってどの短編集に入ってるの?」 「『ドイツ鎮魂歌』は?」 どうせ答えられませんので、ほかは気にしなくていいです。
 あ。ボルヘスのなかで1番有名な短編「バベルの図書館」は 『伝記集』に収録されてますのでお気をつけください。
 ようやく「寸評」が書けた!




⑦ ホセ・ドノソ 『別荘』1978
 レペゼン・チリ。代表作は、身体障害者がいっぱい出てくる『夜のみだらな鳥』ですが、すみません未読です。だって高いんだもん。(『夜のみだらな鳥』の概要については、筒井康隆の書評『漂流 本から本へ』をご覧ください。Webでも読めます。)
 『別荘』はながらく翻訳されてなかったのですが、その筋の人たちから「『夜のみだらな鳥』とも並ぶ傑作」と評されてました。ついに刊行されました。『TTT』とおなじく、寺尾隆吉氏の翻訳です。もう、南米文学愛好家は寺尾先生を拝むしかないですよね。
 さてその内容。ある一族が夏のバカンスを楽しむ別荘、そこが舞台になっています。おとなたちに加え、その息子や娘であるガキがウジャウジャ。日本的にいえば、「お盆の時期に、親戚が田舎に集まった。どいつもこいつも大家族だった」みたいな場面を想像していただければよろしいかと思います。
 で、おとなはハイキングに出かけて不在となります。別荘に残された33人のくそガキどもは、自由奔放に暴れ出します。別荘を荒らしまわったり、別荘に幽閉されていた狂人(おとな)を解放したり、いとこ同士でセックスして生まれた赤ん坊を井戸に投げ捨てたり、人肉食を試みたり。かなりグロテスクな小説世界が繰りひろげられます。これは、チリの軍事クーデターを戯画的に描いているそうです。
 登場人物がやたら多く、物語も奇想天外。500ページの大長編。邦訳は1500部しか刷られなかったのであわてて買いましたが、たぶんそんなに売れない。で、絶版のあとに古書価格が高騰する、と。南米文学らしい末路がひしひしと感じられます。
 ドノソは私生活も破天荒だったらしく、精神を病んだ時期もあるそうです。そういう人が書くにはピッタリの作品ですよね!




 今回はこれまで。『砂の本』だけやたらアッサリしててごめんなさい。内容にふれてないし……
 さ~て、来週の書評さんは~?
 マリオ・バルガス=リョサです。わたしの『世界終末戦争』と、サルバドール・プラセンシアの『紙の民』、ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の3本です。
 来週もまた、見てくださいねー! んーわっくっく。



この記事に対するコメント


お気軽にコメントをお書き下さい











«  | ホーム |  »