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【小説】殺さんでするロサンゼルス観光①   (2017/03/18)
連載第1回
 イントロダクション
 車を手に入れる
 はじめての仕事




イントロダクション
 カリフォルニア州ロサンゼルス。そこはアメリカ西海岸の大都市。「西のロサンゼルス、東のニューヨーク」と言えば、そのメトロポリスぶりが容易に想像できるだろう。

 範囲。ロサンゼルスは「Los Angels」と書く。日本では最初の「Los」を取って「ロス」と省略して呼ぶことがあるが、これは「ザ・ビーチ・ボーイズ」を「ザ」と呼ぶようなもので、現地では「LA(エルエー)」と短縮する。
 一般的にはロサンゼルスと言えば「ロサンゼルス群」「ロサンゼルス市」ではなく、周辺地域を含む「大ロサンゼルス」を指す。これは関東平野に匹敵する大きさである。千葉県にあるのに「東京ディズニーリゾート」「新東京国際空港」「東京ドイツ村」を名乗ったりするのと似ている。

 気候。アメリカ西海岸は風光明媚な土地。高緯度のニューヨークと比べ、1年を通じて温暖な気候である。冬は朝晩が冷える程度。日本のように明確な春・秋はないが、かと言ってハワイのような常夏でもない。夏は日焼けするほど強い日差しが降り注ぐものの、湿度は低く、過ごしやすい。

 観光。太平洋の波が打ち寄せる長大なビーチは世界中のサーファーの憧れの地。海岸沿いは天候に恵まれていて、1年のうち300日が晴れる。観覧車やジェットコースターなどの遊園地がある「サンタモニカ・ピア」は世界一有名な桟橋である。
 内陸には超高級住宅街「ビバリーヒルズ」や、高級ブランドが立ち並ぶショッピング通り「ロデオドライブ」を擁し、世界的なセレブが暮らす地でもある。
 そして、映画の都ハリウッド。エンターテインメント業界の功績者を讃える星型のプレートを埋め込んだ歩道「ウォーク・オブ・フェイム」や、映画スターの手形足型が埋め込まれている映画館「チャイニーズシアター」、映画スタジオとテーマパークが一体化した「ユニバーサルスタジオ・ハリウッド」が特に有名である。また、山の頂上近くに掲げられた巨大なハリウッドサインは、ニューヨークの自由の女神像、パリの凱旋門、ロンドンのビッグベンと同格の、ロサンゼルスを代表する世界的なランドマークだ。

 商業。観光地としての側面が否が応にもクローズアップされてしまうが、商業的にも大きな発展を遂げており、ダウンタウンには高層ビルが立ち並ぶ。世界的なビジネス街であり、西海岸の金融・経済の中心地である。

 交通。公共交通機関はあまり便利ではない。地下鉄や電車などの路線は都市全体を網羅していない。バスも本数は限られており、乗り換えがうまくいかないとだいぶ時間が無駄になる。
 反対に、自動車道は非常に発達している。幹線道路は片側3車線+左折用センターラインの7車線だったり、高速道路(無料)に至っては片側だけで6車線+側線が3車線の計9車線あったりもする。ただし、これだけ道路が広くても、場所によってはひどく渋滞する。映画『フォーリング・ダウン』でマイケル・ダグラス演じるDフェンスが狂うのも、この渋滞がきっかけであった。
 主要な道路の両脇には、ハワイでもお目にかかれない高さのヤシの木が街路樹として細長く伸びており、陽気な雰囲気の並木道を形作っている。
 左ハンドル、右側通行。距離に関する表記はキロメートルではなくマイル。法律により、赤信号でも右折(日本で言うところの左折)ができる。スクールバス乗降中は対向車線の車も一時停止しなければならない。一方で、踏切で一時停止してはならない。

 治安。観光地はいざ知らず、地区によってはお世辞にも良いとは言えない険悪な雰囲気。ダウンタウンの至る所にホームレスが背を丸めている。彼らのそばを通り抜ける高級車のハイビームは、格差社会の光と闇をくっきりとあぶり出す。
 また、ロサンゼルス市の南に隣接する都市「コンプトン」はストリートギャングが跋扈するアメリカ屈指の危険地域。ギャングスタラップで一世を風靡し、ロックの殿堂入りも果たしたヒップホップグループN.W.A.の出身地でもある。
 1992年のロス暴動も、いまだ強烈な印象を残している。人種差別に対する黒人の鬱憤が爆発したこの暴動は、2つの事件に端を発した。まず、スピード違反で捕まった黒人が、白人警官から不当な集団暴行を受けた事件(警官は全員無罪)。そして、黒人少女が万引きの冤罪で店主から射殺された事件(殺人罪としては前例のない軽い判決)。
 黒人たちの溜まりに溜まった怒りは一気に噴出し、彼らは暴徒と化した。警察も手をつけられないほどに彼らは暴れ回った。店から商品が略奪され、住宅が放火された。
 信号待ちをしていた白人トラック運転手が引きずり降ろされ、半殺しにされた。その様子はヘリコプターからテレビ中継されたが、報復を恐れた警察官は誰一人として現場に駆け付けなかった。

 この回顧録は、そんなロサンゼルスでの思い出話。もう今後、俺の人生において、あんなに外国人とコミュニケーションを取ることは、まずないだろう。「もう一度訪れたい。あの場所に。」そんな強い欲求がありながら、それを叶えられないフラストレーションから、この回顧録は書き始められた。
 どう書くべきわからないが、とにかく書いてみるしかない。俺が実際に体験した、約半年間の出来事を。今でもロサンゼルスはそこにあるが、あの半年間は、2度と戻ってこない。




車を手に入れる
 借りた車でストリートレースに勝利した俺は、その後どう行動して良いかわからず、サンセット大通りで途方に暮れていた。
 まず、辺りの景色を漫然と眺めた。大通りの両脇には街路樹のヤシの木が一定間隔で立ち並んでいる。まるで樹齢800年のモヤシ。小ぶりのビルほども伸びた先っちょにだけ葉が茂っている。それから、ゴージャスなビルボード看板に目を移し、書かれた英文を必死に読み取ろうと努力した。よくわからなかった。最後に、車道を行き交う車の列をうっとりと見つめた。
 ロサンゼルスは車社会だ。自家用車を持っていないと移動もままならない。魅力的な観光地が多過ぎるため、手持無沙汰にバスや鉄道を待っているのは時間がもったいなさすぎる。それに、路地などを自由に移動することもできない。観光客として数日ふらふらするだけならまだしも、住人として暮らすなら自分の車は絶対に必要だ。
 俺は車を手に入れることにした。と言っても、車を購入できるような大金は用意していない。短絡的な発想だが、その辺を走っている車をカージャックして自分の物にすることに決めた。
 3車線も4車線もある大通りは交通量が多いが、人目がつく上、信号ごとに大渋滞している。カージャックに成功しても速やかに逃走できない。1車線でそこそこ車も通る通りに狩り場を定め、カーブの先に横断歩道があるために車両がスピードを落とす地点で獲物の物色を始めた。
 運転席に注目し、なるべくケンカが弱そうなドライバーを探す。同乗者はいない方がいい。そして、同じリスクなら出来るだけ高級な、かっこいい車が欲しい。俺は慎重に愛車オーディションを開始した。
 これでもない、あれでもない。緑色のセダンはかっこいいけどドライバーが屈強な黒人だ。白いクーペはおしゃれなフォルムだけど家族連れ。グレーのSUV、初老の男が一人で運転しているのは好都合だけど車種が俺の趣味ではない。運送用トラック、論外だ。
 そうして10分ほどヒッチハイカー然として路傍で佇んでいると、赤いスポーツカーが音も立てず滑ってきた。俺の目は釘付けとなった。あれはいわゆるハチロクというやつではないか。『頭文字D』に出てきた。藤原とうふ店の。しかも目を凝らせば上品そうなマダムがハンドルを握っている。俺は色めき立ち、これぞ天啓とばかりその車に飛びかかった。
「バンッ」
 普通に撥ねられた。当たり前だ。速度を落としたとはいえ車は時速40キロメートルほどで走行中だもの。俺はふっ飛ばされ、路面を二転三転して大の字に伸びた。
 車は急ブレーキをし、10メートルほど先で路肩に寄せて停車した。運転席から慌ててマダムが降りてきて俺の方に駆け寄ってきた。俺は粘着テープにからめとられた人のように重々しく上体を起こし、右手で踏ん張ってよろよろと立ち上がった。
 そして、ロサンゼルスの地での初めての会話。
「大丈夫ですか!?」
「いいえ」
 中学レベルの英会話なら、俺にも聞き取れるし受け答えもできる。
 心配そうにオロオロするマダムを無視し、俺はゆっくりとハチロクに近づいた。マダムは気の毒なほどうろたえながら俺の後に従う。開け放たれたままの左ドアから運転席に無言で座った。無言でドアを閉めた。マダムは状況が理解できておらず、助手席側に回ろうとした。
 俺はアクセルを思いっきり踏み込み、一気に加速してその場から逃走した。ルームミラーの中のマダムの姿は見る見る小さくなっていった。
 俺が奪取した赤いスポーツカーは、信号待ちの列を回避するために対向車線を逆走し、赤信号の交差点に進入した。四方からけたたましく鳴り響くクラクションの波の中を通り抜け、高速道路に上がった。ひた走った。前方を走る車を次々に抜き去った。
 相当な距離を走った時点で、カーナビに自動車修理工場が表示されたので、高速の出口を降りた。ジャンクションの高架下、陽の差さない暗所、いかにも治安が悪そうなガレージに速度を落として入庫した。
 俺は整備士に、身振り手振りで車の塗装と、ナンバープレートの変更を依頼した。料金は不明だったが、足りなければ踏み倒すつもりだった。
 作業は1日掛かるかと思われたが、整備士の仕事は迅速かつ完璧で、赤かったハチロクは青空を思わせるさわやかな青色に変貌。ナンバープレートも全く別の英数字に偽装された。保険にも加入した。さらに、発信器をとりつけてもらったのでスマートフォンのGPSにこの車の位置がいつでも表示されるようになった。そのうえ、料金も格安で、手持ちの現金で充分にまかなえた。
 こうして俺は自分の愛車を手に入れた。前の持ち主が気付く可能性はもはやゼロである。




はじめての仕事
 整備工場から出庫し、「このあとどうすっかなー。服でも買おうかなー」と思案したが、とにかく俺には金がない。ひとまず仕事をして日銭を稼ごうと考えた。悪戦苦闘しながら、スマートフォンでバイト募集のサイトに個人情報を登録した。
 しばらくぶらぶら歩いていると、見知らぬアドレスから英文のメールが届いた。ビジネスか何かの勧誘のようだった。スパムメールかも知れなかったが、金策に困っていた俺は、仕事の内容をよく理解せぬまま即「ok」とだけ返事をした。
 時を置かず2人の男が現れた。1人はサングラスをかけた白人で、髪は茶色の短髪、アディダスのジャージに身を包んでいた。もう1人はドレッドヘアーの黒人で、ラスタカラーのTシャツを着ていた。
「何が始まるんだろう。俺の英語力、中学卒業程度だけど、どうにかなるのかな」
 不安がっていると、深紅の4人乗りセダンにサングラスが乗り込んだ。ドレッドヘアーも助手席に収まる。これに乗るべきなのかどうなのか。ためらった俺は薄ぼんやりと歩道に突っ立っていた。するとクラクションがけたたましく鳴り響いた。パパンパパンパパーン。どうも乗れということらしい。仕事の現場まで連れていってくれるのだろう。しぶしぶ後部座席のドアをあけた。
 車内でドレッドヘアーにピストルを渡された。本物の。そして予備の銃弾も。
 車は南へ。アクセルべた踏みで次々に他の車両を追い越し、時には対向車線を逆走し、坂道でジャンプし、信号も無視した。道なき道に進入し、植栽や芝生や歩道や階段を走破した。何をそんなに急ぐのか、ものすごいスピードだった。だからといってサングラスは運転がうまいわけではなく、何度も衝突した。ガードレールに、道路標識に、建物の壁に、電柱に、他の車に、そして歩行者に。車は徐々にダメージを蓄積していった。バンパーはぶらぶらと揺れ、フロントガラスが大破し、助手席のドアがもげた。ドレッドヘアーは車外に腕を突き出し、中指を立てている。俺は座席に深く座って腕組みをし、車の後方にすっ飛んでいく景色に物憂げに視線をさまよわせた。
 やがて車はトラ縞のゲートをくぐり、未舗装の道路を下り始めた。通行する車は他に無く、周囲に人の気配もない。いまだ目的地は不明なものの、この先ゴミ処理場にでも通じているのだろうか。荒っぽい運転をして車をオシャカにする仕事か?
 突き当たりに人がたむろしているのが見えた。今にもギャングスタ・ラップでも始めそうな風貌の黒人集団だった。本物のギャングかも知れなかった。
 廃車寸前のセダンは集団から少し離れた場所で停車した。サングラスとドレッドヘアーが車を降り、中腰の状態で小走りに駆け始めたので俺も後に続いた。これからギャング集団と商談でも行なうのかと思ったが、2人とも手にピストルを携帯している。決して友好ムードではない。
 サングラスはギャング集団から30メートルほど離れた木箱の前でしゃがみこんだが、ドレッドヘアーはそのまま突進していった。と、突然ギャングの1人が倒れた。ドレッドヘアーが走りながらピストルを乱発して仕留めたのだ。
 蜂の巣を突ついたような騒ぎとなった。ギャング集団も武装しており、応酬した。やつらの武器はピストルは言うに及ばず、連射できる片手持ちの銃火器さえあった。サブマシンガンというやつだろう。相手は10人近い人数であり、こっちは3人。しかも俺はピストルを持つのも初めてで、ろくな戦力にはならない。
 激しい銃撃戦が始まった。サブマシンガンから発射された数発の銃弾が俺の手足に当たった。血が噴き出たが、不思議と痛みは感じなかった。痛みはなかったが、ただ死への恐怖だけがあった。「このまま撃たれ続けたら死ぬ」という確信だけが。怖くなって壁沿いに隠れた。何も出来なかった。
 サングラスは顔と銃口を木箱の陰から出したり引っ込めたりしながら、的確にギャングを撃っていった。ドレッドヘアーは遮蔽物から遮蔽物へと移動し、ピストルを持った手だけを物陰から出し、闇雲に銃弾を発射していた。俺はただじっとしていた。1度も引き金に指を触れることなく。
 サングラスもドレッドヘアーも何発か被弾していたが、相手の被害の方が甚大であり、残り3人ほどがフェンスやワゴン車の後ろに隠れているのを残すのみとなった。サングラスは敵の隠れている辺りに手榴弾を投げ込んだ。ワゴン車が爆発炎上し、その爆風はフェンスを吹き飛ばした。
 辺りは静かになった。敵は全滅したようだった。
 敵陣に湧いた血の海にドレッドヘアーが走り寄り、ハンドバッグほどの大きさの包み紙を拾い上げた。脱兎の如き勢いでサングラスがセダンに飛び乗り、俺とドレッドヘアーも続いた。車は大慌てで発進した。エンジンルームから白い煙がほくほく立ち昇る。
 車内でドレッドヘアーからすごく叱られた。英語に暗いので何と言っているのか詳しくわからないが、すごく怒られた。俺がまったく攻撃をしなかったことに怒り狂っているようだった。かろうじて「もっと働け、まぬけめ!」だけは聞き取れた。サングラスは無言だった。しかしその運転は相変わらずズボラだったので通行人を何人か撥ねた。
 車はいかにも治安の悪そうな地域を無遠慮に爆走し、やがて一軒のボロアパートの塀に突っ込んで停止した。車から降り、アパート1階の一室の呼び鈴をドレッドヘアーが押すと、ゆっくりと外を窺うようにドアがひらき、中から色眼鏡をかけた黒人のデブが顔を出した。戦利品である包み紙をドレッドヘアーが渡すと、デブは無言でそれを受け取り、俺たちに報酬を支払った。何もしていないが俺は800ドルを受け取った。
 ぼんやりと立ち尽くしていると、ドレッドヘアーがピストルを構え、銃口を俺に向けた。そして躊躇することなく俺の顔面を撃ち抜いた。俺の後頭部から脳漿と鮮血が爆ぜた。
 真っ赤に染まり薄れゆく意識の中で、ドレッドヘアーが走り去るのが見えた。
 視界が真っ暗になった。
 暗闇。
 次の瞬間、まぶしい光を感じ、雲の中にいるような気がした。
 誰かが話しかけて来るのがわかった。宙に浮いている。
 神……?
 神は英語を話しており、何と言っているかは聴き取れなかった。
 話し終えると、神らしきオヤジは空の中に消えて行った。
 気が付くと、殺害現場から100メートルほど離れた場所に立っていた。顔面は何事もなかったかのように復元していた。サングラスが向こうから駆け寄ってきた。ドレッドヘアーの姿はすでになかった。
 サングラスは右手で自らの顔をおさえ、残念そうに首を左右に振った。俺は何もせず彼を見守った。ピストルでギャングを撃ち殺していたが、根はいい人そうだった。俺は彼に敬礼をした。
 すると突然、何か気に食わなかったのか、サングラスは鉄拳制裁をお見舞いしてきた。俺のことをしこたま殴りつけたのだ。しかも、1発だけではなく、2度3度。わけがわからなかったが自己防衛のため応戦した。俺の放った右ストレートがサングラスの側頭部をとらえた。彼はいよいよ頭に来たのかピストルを手にし、俺の頭蓋骨を銃身でかち割った。頭の中で、プラスチックが砕けるような骨の音がした。
 ふたたび暗転。



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