とりぶみ
実験小説の書評&実践
【著作権フリー】ペレキアンの父を持つ中高生のための読書感想文サンプル【コピペOK】   (2015/08/14)
 前回の続きです。
 なんか書いてるうちに夢中になってしまい、あんまり中高生らしくない内容・文体となってしまいました。使用する際はくれぐれもご注意ください。先生から「おい田中!おまえの感想文ユニークだな!おまえ、仏文科めざせ!コマンタレブー!!」なんて言われても責任は一切取れません。まあ、前回の小学生用サンプルだってまともに使用できるシロモノではありませんでしたがね。もしかしたら中高生ではなく、文学部の学生なんかは重宝するかも知れない。この感想文をジャンジャン写して、浮いた時間でジャブジャブ呑めばいい。
 学生・生徒諸君。夏休みも余命わずか。あなたがたのために私は、祈っています。核兵器廃絶よりも、読書感想文の廃絶を。
中学1年──ジョルジュ・ペレック『冬の旅』
中学2年──ジョルジュ・ペレック『スティル・ライフ/スタイル・リーフ』
中学3年──ジョルジュ・ペレック『ヴィラン通り』
高校1年──ジョルジュ・ペレック『給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法』
高校2年──ジョルジュ・ペレック『ぼくは思い出す』
高校3年──ジョルジュ・ペレック『リポグラムの歴史』

全学年向け・原稿用紙5枚版
     ──ジョルジュ・ペレック『給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法』




──中学1年──
 父にすすめられてジョルジュ・ペレック著
『冬の旅』を読んだ。
 これはジョルジュ・ペレックというフラン
ス人作家が、珍しく真面目に書いたミス
テリ仕立ての短編小説だ。
 だから私も、今回の読書感想文は真面目に
書こうと思う。もう中学生になったし。
 あらすじはこうだ。第2次大戦中、ある教
授が同僚の別荘で『冬の旅』と題された1冊
を手にする。その中に書かれた詩や謎めいた
格言の混淆に、教授は違和感を覚える。どこ
かで読んだことのあるような既視感を感じた
のだ。それは思い違いなどではなかった。文
章のほとんどが著名な詩人たちの詩句と同一
だったのだ。つまり、「19世紀末の詩人た
ちの驚くべき盗作本、他人の作品の途方もな
い寄せ集め、ほとんどあらゆる断片が他人の
作品からなるモザイクにほかならないものに
見えた。」
 これは私の父が試みた文学的マッシュアッ
プ「阿蘭陀Language
阿蘭陀Launguage 2」と同じ手法だ。
 しかし、教授は驚くべきことに気が付く。
『冬の旅』の刊行年だ。実は『冬の旅』
人たちを剽窃していたのではなく、『冬の旅』
詩人たちが剽窃していたのだ。
 教授は世紀の大発見に沸き立ち、本格的
な調査に乗り出すが──
 これはペレックが(死後の現在も)所属して
いる文学サークル「ウリポ」が提唱していた
「先取りによる剽窃」を題材にした小説である。
過去の作家たちが発明した手法を「あいつら、
俺のまねしやがった。俺が考えたのに」と喝破
する、冗談半分の文学的主張である。
 ペレックらしからぬボルヘスらしい傑作短
編なので、まともな文学が好きな先生方にも
自信をもっておすすめできる一作である。
 それから、この作品が収められた本を出版
した水声社はとてもえらいと思った。どう考え
ても大して売れそうにないペレックの著作を
たくさん出版してくれている。また、水声社
は現在、某通販会社のポイントサービスに
反対し、某密林への商品出荷を停止してい
る。このインターネット隆盛時代にあの会社
と手を切るのは大きな痛手だろうが、信念を
貫き通す真に尊敬できる出版社だ。
「水声社に足を向けて寝ることはできない」
と、父は涙ながらに語っていた。
 そんな父であるが、先日アマゾンでアダル
トビデオを注文していた。軽蔑した。
 そして、世の中にはまだまだ読んだことの
ない、色々な文章があるのだなと感じ、読書
がますます好きになった。が、相変わらず読
書感想文は嫌いだ。読書感想文は死ねばい
いと今でも思っている。いつまでも思っている。



──中学2年──
 父にすすめられてジョルジュ・ペレック著
『スティル・ライフ/スタイル・リーフ』を
読んだ。
 これはジョルジュ・ペレックというフラン
ス人作家が、自身の物書き机を細密描写して
見せた観察文だ。
 作品は「ぼくが書きものをしているデスク
は宝石職人が使っていた古い机で、」から始
まり、机の上にある事物が遺漏なく徹底的に
観察される。その描写はニコルソン・ベイカ
ーばりの微視的なハイパーリアリズムによっ
て為される。たとえば、こうだ。
「机の左端には、厚いガラス製の、矩形の小
物入れが二つ並べて置かれている。初めの
ものには、黒で「ステッドラー・マース・プ
ラスティック」と書かれた白っぽい消しゴム、
鏡面仕上げのスチール製爪切り、オレンジ・
イエロー地にヴァザルリ風の赤いデザインの
描かれたマッチ・ブック、315308の数がさ
かさまに読むとBOETIEという語を綴ってい
るカシオ製の計算機、交差した二頭のごく小
さな鰐からなる装身具のようなもの、目がガ
ラスでできた真鍮製の魚、腹鰭がクランクに
なっており、先端がその魚の動く尻尾に他な
らない、体内に隠された縫い子用メートル尺
を伸ばしたり巻き戻したりすることができるも
の、……」
 ペレックのデビュー作『物の時代』でも見
られる事物の徹底描写だが、この作品で特
に注目すべきは文章全体のちょうど中間地
点、作品の中心紋となっている一文。
「前景では、机の黒いクロスにくっきりと浮
かびあがって、21×29.7センチ判の罫線入
り子葉が1枚あるが、それは過度に目の詰
んだ文字にほとんど全面が覆われ、こう書
かれている。すなわち、」
と断ったうえで、作品の冒頭「ぼくが書きも
のをしているデスクは宝石職人が使ってい
た古い机で、」から、作品の前半に書かれた
文章をほとんど同じように繰り返す。机上の
様子を描写した紙、それすらも描写してしま
うことによって入れ子構造と化しているのだ。
ペレックの中編小説『美術愛好家の陳列室』
のテーマである、絵の中に額縁入りの絵画を
描いた「ギャラリー画」を彷彿とさせる現象だ。
 世の中にはまだまだ読んだことのない、い
ろいろな文章があるのだなと感じた。読書が
ますます好きになった。しかし相変わらず読
書感想文は嫌いだ。死ねばいいと思っている。



──中学3年──
 父にすすめられてジョルジュ・ペレック著
『ヴィラン通り』を読んだ。
 これはジョルジュ・ペレックというフラン
ス人作家が、自身の育った通りについて書い
たものだ。
 ナポレオンは名画『アレクサンドロス大王』
を風呂に飾っていた。この絵の作者アルトド
ルファーは西洋美術史上初めて人物の現れな
い絵画──風景画を描いた。
 では、人物の登場しない絵画──風景画が
存在するように、人物の登場しない小説はあ
るか?──ここで言う「人物」とは必ずしも
人類に限定されるものではない。ロボットや
擬人化されたネズミや幽閉される山椒魚も登
場人物としてカウントが可能である。
 人物の登場しない小説は、ある。たとえば
マ ーク・サポータの『ばば抜き』がそうだ。
その作中では、ひっくり返った腰掛けが描写
され、そ こで自殺の行われたことが示唆さ
れている。
 『ヴィラン通り』も(ほんのちょっと人が
出るが)人物の登場しない小説である。6年
間に渡る定点観測であり、厳密に言えば小説
ではなく「風景文」なのだろうが、通りが徐
々に衰退していく様を描いた謂わば「通りを
主人公にした小説」だと私には思えた。
 再開発計画によってシャッター商店街の様
相を呈しているヴィラン通り。かつて幼年時
代のペレックが暮らしていた24番地は無人の
家屋と化しているが、かつてペレックの母が
営んでいた美容室の屋号「婦人美容」の痕跡
がいまだにある(さかのぼること四半世紀、
ユダヤ人であったペレックの母はナチスの強
制収容所でガス室送りとなっている)。ペレッ
クはその様子をただ機械的に描写するだけで、
何も感想を述べない。他の建物と同等に扱っ
ている。無味乾燥な風景文であるはずなのに、
たまらなくさみしい気持ちにさせられるのは
なぜだろうか。文章によって私たちの気持ち
を揺り動かすのに、お涙ちょうだいな大げさ
な演出は必要ないことの証左。
 この作品はもともと、『場所』と名付けら
れた大作の一部を成すものだった。『場所』
はペレックの思い出の地12カ所を、ひと月2
カ所、12年間定点観測し、合計288の短文を集
積しようというプロジェクト。この計画は頓
挫し『場所』は未完となったが、『ヴィラン
通り』という実り豊かな成果が得られたので
決して失敗ではなかったと思う。
 私もこの試みをしてみようかと思った。家
の周辺や学校、家と学校を結ぶ通学路、通学
路の途中にある2つの交差点、駄菓子屋、ゲ
ームセンター、マクドナルドなどなど……。
日記に近くなってしまうかも知れないが。
 思わずまねをしてみたくなる、そういう気
にさせてくれる作品だった。
 とりあえず、読書感想文は死ね。



──高校1年──
 父にすすめられてジョルジュ・ペレック著
『給料をあげてもらうために上司に近づく技
術と方法』(以下『昇給』)を読んだ。
 ペレックの友人が作成した「課長に近づく
技術と方法、フローチャートによる説明」を
元にした本作は、冗長なタイトルだが、中身
はそれ以上に冗長である。なにしろ、たった
1ページに収まるフローチャート
の、その全
道筋を全て書き出しているのだから。
 課長に会うための手続きは実に複雑で、た
いてい会えない。会えなかった場合はスゴロ
クでいう所の「ふりだしに戻る」であり、初
手とは違った順路を初めからやり直す。途中
からやり直すのではなく、最初の設問「彼は
オフィスにいる?」から再スタートをするの
である。仮に課長がオフィスにいても日月木
金土は種々の事情により面会すべきではない
し、もし会えても椅子をすすめてもらえなけ
れば望み薄、椅子に座れても昇給の話に辿り
着けなければ水の泡、その場合もふりだしに
戻る。つまり「彼はオフィスにいる?」から
再スタートしなければならないのである。こ
れが冗長でなくて何であろう。そのおかげで、
一枚で収まるはずのフローチャートが、101ペ
ージの長文に膨張しているのだ。内容も異様
だが、文体もけったいだ。『ユリシーズ』第
18挿話「ペネロペイア」の如く100ページ句読
点なし。そして人称は、ペレックの第3長編
小説『眠る男』と同じく2人称。これにより、
まるで自動音声機械にはぐらかされているか
のような効果を生み出している。
 『昇給』を出版した水声社はとてもえらい。
どう考えても大して売れそうにないのに出版
してくれたのは他のペレック作品同様だが、
特筆すべきはその体裁だ。無駄に膨張してい
るとはいえ、一冊の本として上梓するほどの
文量ではない。そのため、活字を大きめにし、
上の余白を大きくとって無理矢理160ページの
厚さに仕立てている。そして後半3分の1は
解説で埋めている。
 また、水声社は現在、某通販会社のポイン
トサービスに反対し、某密林への商品出荷を
停止している。このインターネット隆盛時代
にあの会社と手を切るのは大きな痛手だろう
が、信念を貫き通す真に尊敬できる出版社だ。
「水声社に足を向けて寝ることはできない」
と、父は涙ながらに語っていた。
 そんな父であるが、先日アマゾンでポイン
トを使ってペレックの『エリス島物語』を注
文していた。軽蔑した。
 そんな父だが、『昇給』は某密林でポチれ
ず、発売日に大書店で購った。刊行中のペレ
ック作品をすべて取り揃えている書店にも関
わらず、ペレックの棚に『昇給』は置いてい
なかった。もしやと思い、ビジネス書のコー
ナーに足を運んだ。はたしてそこに『昇給』
はあった。これではますます売れない。私た
ちは水声社に足を向けて寝ることはできない。
読書感想文死ね。



──高校2年──
 父にすすめられてジョルジュ・ペレック著
『ぼくは思い出す』を読んだ。
 これはジョルジュ・ペレックというフラン
ス人作家が、自身の記憶の中から取り分け平
凡なものを頑張って思い出し、それらを「ぼ
くは思い出す、○○を。」というテンプレート
に則った480の短文で列挙したものだ。
 ペレックはあとがきでこう書いている。
「その原理は単純で、ほとんど忘れられた、
どうでもいい、凡庸な、万人にではないにせ
よ、少なくとも多くにとって共通の思い出を
見つけだそうと試みるものだ。」
 この試みはペレックのオリジナルではなく、
アメリカの美術家ジョー・ブレイナードの著
書『ぼくは覚えている』を概念模倣している。
形式に関してはそっくりそのままであり、そ
れは作品冒頭で断っている。
 ただし『ぼくは覚えている』を未読であっ
たペレックは独自に二つのルールを設けた。
それは「述べられる思い出は個人的なもので
はなく、他者と共有されねばならない」そし
て「もはや存在しないものでなければならな
い」である。
 そのためか、固有名詞への言及が多く、フ
ランス人以外には伝わりにくい作品となって
いる。訳者による、大変な労作である注釈─
─本編よりも圧倒的に文字数の多い注釈を読
まねば、日本人にはさっぱり楽しめない。日
本人が注釈なしで読んで充分に楽しめる『ぼ
くは覚えている』より、質・量ともに劣ると
言える。(ジョー・ブレイナード版は項目
1500近くあり、単純計算でペレック版の3倍
近い文章量である)
 『ぼくは思い出す』を真に楽しむには、ペ
レックのファンになること、取り分けその著
書『Wあるいは子供の頃の思い出』を完読し
ていることが必須条件となろう。
 『Wあるいは子供の頃の思い出』は、ペレ
ックが少年時代に着想した小説『W』と、冒
頭「ぼくには子供の頃の思い出がない。12歳
の頃までのぼくの物語は数行に収まってしま
う。すなわちぼくは父を4歳で、母を6歳で
亡くした」で始まる自伝『子供の頃の思い出』
が交互に並べられた作品。この作品の、特に
自伝部分を読んだあとでは、単なる思い出し
ゲームであった『ぼくは思い出す』が、個人
的な記憶を剥離させた異形のメモワールとし
て読者の目に映ることだろう。
 ぼくは思い出す、ペレックの『ぼくは思い出す』を。
 ぼくは思い出す、この本を薦めた父の笑顔を。
 ぼくは思い出す、読書感想文への憎悪を。
 ぼくは思い出す、読書感想文は死んでしまえを。
 ぼくは思い出す、読書感想文を書かせる父の顔を。



──高校3年──
 父の薦めでジョルジュ・ペレック著『リポ
グヲムの歴史』を読みぬ。これ、ジョルジ
ュ・ペレックという仏国の小説製造ロボット
の小論文です。
 リポグヲムって、日本語でいう所の文字落
としです。文字落としって、特定の文字・音
を使用せずに書す言語遊戯のことです。
 実験文藝工房ウリポへと入門してすぐのこ
と、ウリポの中心人物レーモン・クノーに
「文字落としの歴史を研究してみてよ」と指
示を受け、三月(みつき)の時をつぎこんで
書物の渉猟に没頭。希国ヘルミオネの詩人こ
そ記録上最も古く文字落としを作っている者
という事実を突き止め、その弟子の詠唱によ
るオード、ホメロスの『イーリオス』を漸増
式文字落としで変奏してみせるネストル、ネ
ストルと同様の手法を用いてホメロスの『オ
デッセイ』を翻字しようと試みるエジプト出
身グリークのトリュピオドーロス、1章でa
を使用せず2章でbを消し4章でdを除去し
5章でe消滅の論説を著すフルゲンティウス、
聖書を文字落としの韻文へと転ずるピエール、
『ギョズビー、Eの文字を使用せず50千以上
の語を用いしストーリー』を物し、文字落と
しの領域でのみ有名人と言える米国水夫ヴィ
ンセント、それに、ペニョ、セルトン、オッ
トー・ネーベル、ド・クール神父等々(とう
とう)の無名文人をも、文字落としの歴史に
遺漏のねえように、徹底的に先人どもを列挙
するのです。
 ペレックこの小論文を公表し、そして、自
分自身文字落とし小説を著す。それこそ『煙
滅』で、十しちの2乗以上のページ数の長編
ですのに、そこでの文章って仏文で最も使用
頻度のすごいeの字を一文字も使用してねえ
のです。一見インポッシブルにも思える厳し
い制度ですけど見事してのけている。それと、
日本語に変更するとき「い」の音を抜いてい
る塩月秀一郎もすげーの一言。
 僕の父も文字落としに挑戦している。
熱目漱雪『夢十夜』の変奏』って小説で、
例の『夢十よる』の2章めを、二個の音を落
としつつ類似の文章で提示してる。
 純文好きの先生どもの言うに、「こういう
実験に意味って存するの?」と。うん。存す
るよ。読んでて面白いもん。そういう言語遊
戯に文藝的魅力を覚える人種とそうでねえ人
種といるってことです。エフ・U・C・K。
 僕も父も実験小説好きです。でも読書印象
文は嫌悪しています。読書印象文死ねよと思
っています。12年もの年月、本当に苦しい思
いを受けり。でも、とうとう今年を以てこの責
め苦とも別離できる。そう思うととてもスッキ
リする。読書印象文、永久に死んでろ。
 先生に言うこと一つ。小1よりずっと僕自
身の筆を使用せず、父のレビューをコピペし
てるし、今年提出する分もそうです。ごめん。
 この読書印象文、A(エー)の音を使用せ
ずして著しぬ。



──おまけ──
 じっくり考えたあげく勇気をふりしぼって
父にすすめられたジョルジュペレックの給料
をあげてもらうために上司に近づく技術と方
法を読みましたペレックの友人が作成した課
長に近づく技術と方法フローチャートによる
説明を元にした本作は冗長なタイトルですが
中身はそれ以上に冗長ですなにしろたった1
ページに収まるフローチャートのその全道筋
を全て書き出しているのですから課長に会う
ための手続きは実に複雑でたいてい会えませ
ん会えなかった場合はスゴロクでいう所のふ
りだしに戻るであり初手とは違った順路を初
めからやり直す必要があります途中からやり
直すのではなく最初の設問彼はオフィスにい
るから再スタートをするのです仮に課長がオ
フィスにいても日月木金土は種々の事情によ
り面会すべきではないしもし会えても椅子を
すすめてもらえなければ望み薄で椅子に座れ
ても昇給の話に辿り着けなければ水の泡でそ
の場合もふりだしに戻るつまり彼はオフィス
にいるから再スタートしなければならないの
ですこれが冗長でなくて何でありましょうそ
のおかげで一枚で収まるはずのフローチャー
トが101ページの長文に膨張しているのです内
容も異様ですが文体もけったいです事態を簡
潔にするためにというのも何事も簡潔にすべ
きですから例を挙げますとユリシーズ第18挿
話ペネロペイアよろしく100ページ句読点なし
そうまるでこの読書感想文のようにそして人
称は事態を簡潔にするためにというのも何事
も簡潔にすべきですからまた例を挙げますと
ペレックの第3長編小説眠る男と同じく2人
称でしてこれによりまるで自動音声機械には
ぐらかされているかのような効果を生み出し
ていますそして内容も人を食っています上司
に昇給の話を切り出すにはたった2種類の経
路しかなくそれ以外の選択は全てふりだしに
戻るのですそしてようやく昇給の話に辿り着
いて次の設問成功を収めた大規模なリサーチ
に最近参加したかではいの場合もしくはいい
えの場合でもエンジニアとの関係が良好なら
ばようやくゴール地点あなたの希望をくり返
し主張してくださいに到達できますしかし希
望は決して叶うことはないでしょうなぜなら
あなたの希望は叶ったの分岐はいいえのみで
ありその先のステップ期待を持たされたはは
いいいえいずれも6か月待ってくださいに繋
がるからですそして結局は最初の設問彼はオ
フィスにいるに回帰するのですからならば無
駄ではないか賃上を求めて上司に近接するな
どそれはなぜか事態を簡潔にするためにとい
うのも何事も簡潔にすべきですからその理由
を述べますとどうせ昇給の望みが叶う事は決
してないのだからそうですね少なくとも給料
をあげてもらうために上司に近づく技術と方
法の中ではこの話はペレック畢生の大作人生
使用法の第98章に続きます給料をあげてもら
うために上司に近づく技術と方法のヨランド
嬢も登場するこの章ではモーリスレオルとい
う若い社員が給料をあげてもらうために上司
に近づく技術と方法ではグザヴィエという名
を与えられていた課長はアルマンフォーショ
ンという名前になりますが名前などはどうで
もいいので事態を簡潔にするためにというの
も何事も簡潔にすべきですからただ単に課長
としましょうその課長を相手に給料をあげて
もらうために上司に近づく技術と方法同様の
四苦八苦を繰り広げます増給を課長に申し立
てる決意をしたレオルは原則として毎日10時
と11時半の間に編集会議と呼ばれているもの
の開催中にその課長に会いましたがかれの問
題を話すのにかれが声を掛けることを望みう
るのはどうみてもそうしたおりではなく課長
はみなと同じように月曜には機嫌が悪く金曜
にはみなと同じようにうわの空でしたので火
曜日に会いに行くと課長はウインタースポー
ツで足を折ったために会見は延期され数か月
後ようやく会うことができても昇給に関する
申し出は11月に人事課で審査されることにな
っておりその時期までにそれを勘案すること
などは論外であるはずだと答えられ結局昇給
の話は半年近く後に回されてしまいますこう
してずるずると引き伸ばされる賃上げ交渉は
課長が昇進して新しい課長が就任することで
完全なるふりだしに戻りますレオルの生活は
不安定なものになっていき借金も膨れ上がり
ます家賃が払えなくなりますガスと電気が止
められ家具は差し押さえられますしかし動産
が競売に掛けられる寸前レオルは副課長に任
命され待遇も一気に改善するのです差し押さ
えを回避し光熱費を払い滞納していた家賃も
3か月後には払い終え翌年にはほとんどの借
金を完済し3年後には課長に就任するのです
給料をあげてもらうために上司に近づく技術
と方法の中であなたが苦心する一切の手続き
は全くの徒労ですだがその結末には別の作品
の中でハッピーエンドが用意されていたので
す私も早々に出世して初めっから上司になっ
てしまおうと思いましたくたばれ読書感想文
死ね。



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