とりぶみ
実験小説の書評&実践
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    大塚晩霜
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    大塚晩霜
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【小説】人工太陽と月   (2015/06/15)
意欲作だったが出来上がってみたら完全に失敗作
読む価値なし
原稿用紙314枚



【第一日】
 君はあの時、京都にいた。確かに、そこにいた。おまえはあの時、一緒だった。私たちは心の底から旅を楽しんだ。楽しかった。最高の一週間だった。あの旅行を思い出すと墓前に佇んでいる気持ちになる。過ぎ去った幸せな日々をなつかしむような、そんな気持ちに。
 牛の目をした女神の月。あの日、ちょうど正午を回った所で、携帯電話が鳴動した。君の友人、桂太蔵からの着信だった。君はにやにやしながら電話に出た。
「おう」「今日ヒマ?」「ヒマ」「今どこ?」「京都」「京都!?」
 その早朝、君は思い立ったように東京駅から新幹線に乗った。事前に指定券を購入もせず、宿の予約もせず、旅の期間も特に決めず、ふらりと京都の地に降り立ったのだった。
 桂は君と遊べないことを軽く残念がると共に君の突飛な行動を笑いながら賞賛した。再会の暁には土産話を肴に酒を呑むことを約束し、通話を終了した。
 腹が減った。新幹線車内でお茶を飲んだくらいで、君は朝食以来何も食べていなかった。まずは腹ごしらえをしなければならない。しばらく駅前を徘徊したのち、最終的には、勝手知ったる外食チェーン店「なか卯」につま先を向けた。せっかく京都まで来たのに、とりあえずカレーライスを食べることにした。
 事前の予習も無しで臨んだ旅行だったのでこの地は異国同様。文字通り、右も左もわからない。不安ではある。しかし藤原が一緒なので君が先行きを心配することはなかった。突然連れ出したが藤原は文句も言わず同行してくれた。買った経験のない新幹線の切符を購入してくれたのも藤原だった。行動派の君と慎重派の藤原は役割分担の明確な良いコンビだった。君も藤原も二十歳。君は大学をサボり、藤原はバイトを休んで京都に来た。いつまで滞在するかはちょっとわからないが、一週間ほど遊ぶつもりだった。
 君は航海の船出に似た気持ちを感じながらカレーライスを食べ終え、店を出た。初夏の京都は茹(う)だるような暑さだった。晴れ渡った空の青は目に快いが、肌にまとわりつくこの湿度はたまらなく不快だった。長袖のシャツを脱いでも蒸し暑さで汗の流れが止まらない。Tシャツがべたりと胴回りに貼り付く。あまりに堪えがたいので、君は駅のトイレの個室で着替えた。鏡の前で身だしなみを確認した。
 目的地を定めぬ気楽な旅。──厳密に言えば目指す場所は京都のどこかにあるのだが、この段階ではわからなかった。必然的に、どこに行こうか、という相談になる。葦影(あしかげ)が駅のキヨスクで地図帳を求めた。現地まで来て、現地の地図を買う。あまりと言えばあまり。おまえは旅の計画性の無さにやや呆れながらも、次にどうなるか、何が起きるかわからない期待で心を躍らせた。葦影は無謀とも言える己の行き当たりばったりな態度を恥じるでもなく、真面目で綿密な性格のおまえを連れ回すにはこれくらいが丁度良いと考えた。
 地図帳の市街地全体図を見て、おまえは右下に宇治の二字を発見した。京都の地理には不案内だが宇治茶の名ぐらいは聞いたことがある。十円玉にデザインされていることで馴染み深い平等院鳳凰堂もあるはず。深い考えも無くただそれだけの理由で最初の目的地はここに決めた。地図帳の九十三ページ宇治周辺図をひらくと、どうやら宇治駅へはJR奈良線を利用するべきであることが知れた。乗り場を探す。すぐにおまえが見つけた。十三時八分発の電車を待つ。
 名目上、今回の旅行はおまえの失恋の痛手を癒す自由気ままな放浪と位置づけられていた。失恋の顛末に責任を感じている葦影が、おまえを元気づけるため無理に引っ張ってきたのだ。不慮の出来事とは言え、おまえの恋人がおまえの浮気を疑って激怒したのは葦影に直接の原因があったのだから。
 ただ、失恋旅行の舞台として提案されたのがどうして京都だったのか、おまえには疑問だった。もしかして葦影には、親友の傷心を慰める以外に何か別の目的があるのかも知れなかった。おまえはそこに女の影を嗅ぎ取っていた。葦影は色恋沙汰の大好きな奴だから、本命の彼女の他に浮気相手がいる可能性は充分に有り得る。
 お互いに隠し事ができない間柄なので、おまえは葦影の本来の目論見を微かに理解している。葦影も葦影で、おまえが不審に思っていることを察知していた。けれどおまえらは今、そういった感情を努めて心の底の方に沈めて置き、電車を待つ間は地図を見て今後の旅程を話したりした。日常の煩雑な些事を東の方にすっかり忘却し、若さに任せた向こう見ずな一人旅を満喫しようと思っていた。
 電車が来た。昼日中(ひるひなか)であるからか乗客は少ない。ゆったりと座ることができた。東福寺・稲荷・JR藤森(ふじのもり)・桃山・六地蔵・木幡(こはた)・黄檗(おうばく)と、駅を通過するごとにいよいよ乗客の数は減じていった。その間、葦影は期せずして眠りに落ちた。──葦影がおまえに起こしてもらったのは宇治駅に着く寸前だった。
 おまえの普段の電車内での過ごし方はもっぱら読書だったが、せっかくの見知らぬ土地での初めての電車なので、おまえは景色を楽しむことにした。そして車外を眺める振りをしつつ、正面に座っていた親子を意識もした。若いお母さんと小学校低学年の兄妹。子供二人の頭の上には大きな矢印が浮かんでいて、その矛先は共にお母さんの方に向いている。地元の人たち。僕が東京からやって来たことなど知る由もないだろうな。子供は二人とも比較的大人しかった。やや大きな声でお母さんとおしゃべりをするが全くの許容範囲内である。ただ、妹の方がおまえを遠慮なくじろじろ見た。おまえはその視線をうるさく感じ、車窓の向こうを流れる風景に意識を集中させた。
 窓の景色に寺や墓場が多く混じることでようやく京都らくしく思われるようになってきた。けれどまだまだ、全国のJR沿線の例に漏れず、住宅地も目に付くし、駅周辺にはビルや店舗が密集している。規則的に右から左へ流れる電柱と、電柱に吊り上げられることで幾度と無く波を打つ電線に対し、おまえはケミカル・ブラザーズのプロモーションビデオを思い出した。真に古都の空気を吐呑するのはもう少し先のことになる。
 宇治駅に着き、改札を抜ける。駅前には茶壺型の郵便ポストが設置されている。周辺案内図を確認してからさっそく平等院を目指し、交通量の多い道路を東へ進んだ。
 しばらく歩くとまず水の流れる音が聞こえてきて、次いで川が見えてきた。宇治川だ。欄干に木を用いた風情のある橋が架かっていて、左手には奈良線を渡す別の鉄橋が見える。橋の上から川面を覗くと怖くなるくらいの水量だ。雄壮であり、見ているだけで涼しくなる。
 川に沿って歩いた。お土産屋や茶屋がいくつか、強い自己主張をせずに建っている。
 相変わらず暑い。これが京都の初夏の標準気温だとすればこの旅に長袖は不要だったとおまえは悔やむ。宿に落ち着いたら長袖シャツはリュックの一番奥に押し込めようと葦影も同意する。
 しばらく歩くと平等院に着いた。
 有名な観光地だが人影はまばら。庭園には白い小石が敷き詰められており眩しく清浄な印象だ。藤棚が濃い影を地面に落としていてそこだけがやたらと暗い。人工池の向こうに鳳凰堂が翼を広げているのが斜(はす)に見える。おまえは、ゆっくりと、歩く。砂利を散らかさないように、そして、この雰囲気を丹念に味わうために。
 修学旅行の中学生六名が鳳凰堂をバックに記念撮影しようとしていた。そこへ現れたおまえの姿を見て彼らはなんだかそわそわとしている。きっとシャッターを切って欲しいのだろう。おまえは得意の今忙しいから話しかけないでオーラを放射し、中学生の前から足早に去る。その態度に葦影は苦笑したが、おまえは「今は世界遺産を逍遙する悦びに存分に浸りたいのだ」とほざいて恥じる素振りも見せなかった。まったく、おまえらしい。
 中学生たちのシャッターチャンスを見事に打ち砕いたおまえは、行く手に妙な物があるのに気付いた。砂利道の真ん中になんだか黒い石が鎮座している。然るべき場所に据えられた石などではなく、全く以て邪魔な場所に位置を占めていた。不審に思っていると、後ろから来たおばさんがその石に近付き、持ち上げた。それは亀だった。どうやら平等院の従業員らしいそのおばさんは「甲羅干しのために池から上がって来たんでしょうね」と笑った。おばさんはそっと亀を池に戻した。
 おまえは鳳凰堂を正面から望んだ。堂自体は両翼を広げるように左右対称を成し、人工的な「完全」を体現している。堂の周囲を取り囲む山水──池や草木などは、天然的な不整合つまりは「自然」を成している。両者の調和かつ拮抗が美しい。おまえも葦影もいたく感心し、その素晴らしい構図をしばらく眺め続けた。
 堂内には阿弥陀如来坐像が安置されているようだが改築工事中のため見学することは叶わなかった。しかしちっとも残念ではない。建物外観の威容を堪能してこれだけの豊饒の時間を得ることができたのだから。
 鳳凰堂を飽きるまで眺めたあとは、鳳翔館という博物館に入って展示物を見学した。大量の菩薩像に圧倒された。その他にも見事な展示品が大量に飾られており、時代を超えて来た宝物(ほうもつ)の数々に悠久の時を想った。往古の天才仏師が彫心鏤骨して造り上げた芸術品。作品はこうして現代にも残っているが、その作者は今では碌に名も残していない。妙にうら寂しくなる。人間の、名状し難い感情を想起させる、営み。
 平等院は鳳凰堂と博物館だけではない。他にも様々な歴史的建造物が現存している。しかし先ほどまでの感動があまりに強烈なので印象に残りにくかった。書院と階段を隔てる塀がまるで時代劇で見る武家屋敷の外壁そっくりであり、映画のスタジオセットを前にしたような倒錯した興味をそそられたおまえがインスタントカメラで写真を撮ったくらいだった。敷地内に足を踏み入れて二時間が経過していた。見るべき物は見たので平等院をあとにする。
 相変わらず暑い。激しい渇きを覚えたおまえは冷たい飲み物を欲した。丁度良く目の前に赤門茶屋という名の店があった。掲げられた札には宇治清水百円と書かれている。さっそく一杯注文し、店の外で立ったまま飲んだ。口中をゆっくり湿らせるよう大事に大事に口へ運ぶ。冷やした宇治茶に砂糖を加えたもの。酷暑に痛めつけられた身体に沁み渡り、上品な甘さが疲れを癒す。
「暑いでしょうから。どうぞ」
 女将さんに促されて店内へ入り、遠慮がちに腰を掛けた。女将さんは店の奥に引っ込み、代わりにおばあさんが話し掛けてきた。強い京都訛りで内容は七割ほどしか理解できず、おまえは適当に相槌を打った。おまえは手鏡を見た。どこから来たかという問いに「浅草からです」と君が答えると、それは東京よりこっち側か向こう側かと重ねて訊く。面食らって「東京です。東京の東です」と答えると、じゃあ東京の手前か奥かと続けるので「奥です。千葉寄りです」と応じたが、おばあさんは千葉県がよく判らず要領を得ない。しかし君だって京都大阪奈良の位置関係をよくわかっていないのだからお互い様だ。京都府に海があることも、地図帳を買って初めて気が付いた事実だ。君はおばあさんに合わせた優しい会話を心掛ける。旅について話したり、京都はどうだ東京はどんな所だと訊かれたり、男のくせに手鏡をちらちら見たりして東京の人はやっぱりオシャレだねと言われて照れたりした。
 宇治清水はとうに飲み干してしまったがおばあさんのお話が終わる気配は無い。君が空の容器を持て余していると、女将さんからお猪口に入った茶水をサービスされた。砂糖を入れてない宇治清水を薄めたような物でこれも大変結構。お土産としても売っているので購入を勧められたが旅の初日から荷物を増やしても困るので君は丁重に断った。いざ東京に帰る際にまた寄ってほしいと言われた。そうしたいのは山々だが、君は請け合うことができなかった。
 閑散としていて他に客が来ないからなのか、はたまたこれが京都の当たり前の持てなしなのか、たった百円で随分のんびり休ませてもらった。現地の人々との触れ合いは旅の醍醐味の一つであり、心がほんのりと暖まった。感謝の言葉を述べて君は席を立つ。おばあさんは女将さんと一緒に店の外まで見送りに来てくれた。
 どこへ行くか決めていないので君と藤原は次の行き先を相談した。地図帳を見ると平等院のすぐそばに大きな文字で「宇治上神社〔世界遺産〕」とある。聞き慣れない名前だが期待が持てた。さっそく向かうことにした。
 宇治上神社は宇治川の向こうにあるので川を渡らねばならない。川の中央に浮かぶ、中洲と呼ぶには立派すぎる小島を経由し、朱色の眩しい朝霧橋を渡って対岸へ向かう。
 対岸には青々とした緑が繁っており、日陰のベンチで高校生カップルや中年男性が休んでいた。川の傍で森の中だから、日なたよりよっぽど過ごしやすい。
 すぐ宇治神社に着いた。名前は似ているが宇治上神社ではない。世界遺産でもないし、東京にある神社と大差がないので足を止めずに通過した。
 石段を上って小さな山門を抜け、目当ての宇治上神社へと到着した。君たちは絶句した。あまりにも期待はずれだった。平等院の感動の余韻が残っているからか、それとも地元東京にも立派な神社があるからか、何の感興も湧かない。君も藤原も必死に良い所を探そうとする。拝殿前には白砂が円錐状に盛られていて、それが紙垂(しで)付きの綱で囲まれている。背後に「清め砂」と書かれた高札が立っている。なんだかよくわからない。拝殿の後ろに隠れているのが本殿のようだが、屋根に苔が生えていてすごいですね、という程度。せっかく世界遺産に来たのだからよく見学しておこうとする藤原とは対称的に、君はすぐに飽きてしまった。たったの十分間しか滞在せずに立ち去った。
 陽はまだ高いが時刻はすでに四時を回っていた。これから他の観光地へ移動するには遅すぎるし、かと言って宿に落ち着くにはまだ早すぎる。中途半端になってしまった。とりあえず宇治川に浮かぶ塔の島へと向かった。
 塔の島にはその名の由来となった十三重石塔が建っている。その周囲を子供たちが走り回っている。君も藤原も興味が無いので塔には近付かない。宇治川の激流を眺める。壮烈である。東にはこんもりと森に覆われた山が重なっており、下流はカーヴしつつその山間に消えて見えなくなる。
 藤原が今後の予定を提案した。京都中心部に戻るという案もあったが、陽が落ちてからどこの宿にも泊まれませんでしたでは困るので結局は近場で旅館を探そうということになる。右岸に何軒か旅館らしき日本家屋が見えたのでそちらへ向かう。しかし事前予約も無しで宿泊できるものなのだろうか。一泊十ゴールドで泊まれるロールプレイングゲームじゃあるまいし、コンビニ感覚で入れるものなのだろうか。何の予備知識もなく、旅慣れしているわけではない君たちは少し不安を感じた。飛び込みでの交渉はもちろん君が行なう。君だって別に率先してやりたくはないのだが、十数年来そういう役割分担なのだから仕方がない。
 一軒めの匂宮館は若い仲居が笑顔で迎えてくれた。さっそく君が交渉してみると仲居は少し困惑し、予約の有無を尋ねる。君が予約していない旨を告げると仲居は表情を一変させ、上がり框に並んだスリッパを示して「今日は団体さんの予約が入っていますので……」と無碍に断った。君は食い下がらず簡単に引き下がった。しかし藤原に愚痴をこぼした。
「用意されたスリッパの分だけ客が来たからといって何だってんだ。それで満室になるものか。あきらかに身なりを品定めしての門前払いだろ」
 二軒めの静山荘は女将が皺くちゃの笑顔で出迎えてくれた。最初から駄目かもと思っておけば断られた時に受ける精神的ダメージが少ないので、ここも駄目かも知れないと覚悟して、君は交渉を始める。分不相応の高額な宿泊料だったが、転がり込めるなら文句はない。交渉成立。ほっと安堵してこの旅館に今夜の寝床を定める。次いで夕飯はどうするか尋ねられた。素泊まりと飯付きの値段の差に驚かされたが、せっかくの旅であるし、今回は金に糸目はつけず豪遊するつもりだったのでお願いした。君は宿の台帳に萩原姓の氏名と住所を記入した。
 二〇四号室の柴舟(さいしゅう)という部屋に案内された。沓脱(くつぬぎ)から次の間を通って部屋に上がると、右には掛け軸と生け花が配された床の間、左にはテレビや金庫が設置されている。部屋の奥は障子で隔てられるようになっていて、敷居の向こうはカーペットを敷いた板の間で、煙草盆の載ったテーブルを挟んで座椅子二脚が向かい合っている。その奥はすぐ窓になっている。標準的な和室だった。
 今日は宿泊客が少ないらしく、君と藤原の他には中年女性四人組しか居ないそうだ。従業員も女将の他に二人しか出勤していないようだった。
 女将が電気ポットから熱いお茶を注いでくれた。君は高級旅館に不慣れではあるものの、こうしたサービスに対してはチップを払うのが常識だと聞いていたので、慣れている風を装って心付けを渡そうとした。すると、女将はきっぱりと断った。遠慮しているわけでも無さそうな、迷惑の色も多少含んだ強い拒絶だった。宿泊費にサービス料を含むシステムなのか。はたまた、若造には三十年早い生意気な所作だからか。それとも、心付けは既に廃れていて、撲滅すべき旧弊な風習とされているのか。理由は定かではないが、知ったかぶった君は心底恥ずかしい気持ちになった。
 「お食事は六時頃ご用意いたします。ごゆっくり」と言い置いて女将が襖を閉めると、布団を敷いてない畳の上に君は大の字に伸びた。厳しい暑さに予想以上に消耗していた。天井を見つめたまましばらくぼんやりとする。鏡が光る。葦影はそのまま眠ってしまった。
 おまえはのそのそと起きあがり、リュックの中身をほぼ全て取り出した。長袖のシャツを丁寧に畳んでリュックの底にしまい、中身を元通り戻す。疲れてはいるが、葦影のように夕飯まで寝ているのも勿体ない。貴重品だけ携えて川沿いをぶらぶら散策することにした。
 五時前なのでまだ明るい。そしてまだ暑い。おまえは見知らぬ土地に独りであることの寂寥感を愉しんだ。釣り人が流れに向けて竿を振るっていたり、お姉さんが犬を散歩させていたり、観光地らしい騒々しさもなく、のどかな雰囲気。川べりに粋な日本家屋と船着場があって、屋根付きの和船が何艘か停泊している。掲げられた看板から、どうやらここで鵜飼いのショーが行なわれるらしいことがわかる。催されるのは日没後だろう。葦影が興味を示すようだったら誘ってみよう。
 おまえはとぼとぼ上流へ歩きながら、春先の失恋を思い出す。相手の名は山本こだま。おまえはまだ彼女のことが忘れられなかった。毎日あの娘のことを考えてしまう。むこうはもう、一日に一度たりともおまえのことを意識しない、そんな日も多いだろう。のみならず新しい彼氏を作っているかも知れない。でもおまえはあの娘のことが片時も忘れられない。未練たらたらだ。
 おまえは携帯電話を取り出し、彼女宛てのメールを作成した。「宇治川のほとりより」という件名で、本文は以下の通りだった。
「正午、新幹線にて京都着。平等院鳳凰堂(十円玉)や宇治上神社などの世界遺産を遊覧し、宇治川の激流を望む旅館へ宿を定めました。何の予約もなしに旅立ったため宿泊できるか些か不安でしたが、無事転がり込めました。
 こう書くと優雅なようですが、実際はなかなか骨が折れます。うだるような暑さ、以前遊びに行った沖縄より暑い。かなり体力を奪われました。
 なおかつ、何の計画も立ててないのでとっても心細いです。ひとり旅はのんびりできると思ってましたが現実は甘くありません。
 まあ、そのうち慣れます。楽観視してます」
 おまえは返事が来ることを期待してはいなかった。そして実際、返信はなかった。しかし、「まったく期待していなかった」といったら嘘になる。送信後すぐにではなくても、しばらくしてからでも、返事がもらえることをほのかに期待していた。和解へのきっかけになればいいなと思っていた。しかし返事は永久に来なかった。
 男はいつまでも昔の恋に執着する。ふったふられたに区別なく。たとえば、交際中の彼女がいたとしても、元カノから連絡があればたちまち浮気する。また、自分から別れ話を切り出しておきながら、しばらくして独り寝の寂しさに後悔しながら復縁を迫ったりする。ふったのは自分なのにやり直してくれと泣きつくのだから勝手なものだ。
 女はその点意外とさっぱりしていて、新しい恋愛にすぐ踏み出せる。破局の際にはわんわん号泣したのに翌日になったらケロッとして違う男とデートしていたりする。気持ちを切り替えるのが早い。男と違ってウジウジしない。女は過去を振り返らない。
 おまえと山本が復縁する可能性は無い。そう言い切れる。だからこそ、おまえは観念し、新しい恋に踏み出し始めた。だが、その新しい恋が成就する見込みは大して大きくないし、山本との楽しかった日々が頭の中に折々思い浮かぶ。もう一度付き合いたい。叶わぬ願いであると得心したつもりなのに、あきらめ切れない。頭では理解しているのに、心が降伏するのを拒む。誤解によって愛に終止符を打たれたことが、この心にいつまでも消えぬやるせない爪痕を残していた。おまえは、涙こそ出さないけれど、顔をしかめて忌々しい気持ちを噛みつぶした。
 夕暮れの中を戻ってくると旅館の前にワゴン車が一台停まっていた。
 部屋に入ると中央にテーブルが用意されており、すぐに食事の準備が始まる。「ごゆっくりお召し上がり下さい」女将は次々に料理を運び込む。
 贅を尽くしたメニューである。海老・雲丹・キャビアの添えられた豆腐。瓢箪型に切ったピクルスなど、お洒落な漬け物数種。そば。わかめ酢で和えた鮑。茄子と鴨の煮物。ヨーグルトのような酢をつけて食べる鮎の塩焼き。鰻の押し寿司。天ぷら。鯛や海老などの各種刺身。米粒の塊を浮かべたすまし汁。シャーベット。以上のおかずに、お櫃に入ったご飯とお茶が供される食卓だった。おまえも葦影も感激し、代わる代わるかぶりつく。魚嫌いの君は鮎の塩焼きを藤原に譲ったが、その他の刺身や寿司は美味しく味わう。あっと言う間に平らげてしまって、楊枝をくわえる。そうして腹を愛しげに撫でていると、女将が絶妙のタイミングで食器を片付けに来た。
 君は、満腹して眠気を覚えた藤原をそのまま眠らせ、今度は自分が独り散歩に出かけようと思った。藤原は「鵜飼いを見るなら一緒に行く」と眠たげにつぶやいたが、君は鵜飼いに格別興味も無かったし、今の時期に行なわれているのか疑問だったので、藤原のことを眠らせるままにした。君の知識によると「鵜飼いは冬の季語だった気がする」とのことだった。──実際にはむしろ、今の時期しかやっていない、夏しか見られない風物詩だったが。
 宇治の名物をみすみす見逃したことには少しも気付かず、君は塔の島で一服ついた。午後七時、辺りはすでに薄暮。闇の籠もった空気で周辺の山も黒々とした夜に沈む。そんな中、川の畔(ほとり)に鶴のような鳥が降り立つのが見えた。波が光を微かに反射させる以外は黒い水が轟々鳴っている傍ら、そこだけがやや白い。詩的な光景に心を奪われた君は、煙草を吹かしながら俳句でも詠みたい気分になった。しかし季語もよく知らないくらいなので何も浮かばない。暑さも和らいで過ごしやすくなってきたな、『枕草子』の「夏は夜」というのはまさしくその通りだな、ただそう思うばかりだ。
 失恋の痛手をあれやこれや考えた藤原とは対照的に、君は京都旅行への期待感を無邪気に膨らませ続ける。
 一週間で京都全域を回れるだろうか。回れるといいな。一週間後には多分あれだろうから。有名な寺社をいっぱい訪れたい。うまい和食に舌鼓を打ちたい。芸術的感興を刺激する日本的情緒に自我を埋没させたい。美しい静寂に包まれて、精神を研ぎ澄ます。この国に生まれて良かったと思える大和文化に触れよう。平凡で単調な日常を完全に忘れ去って。旅から帰ったあとの生活なんて考えたくない。旅から帰ったあとの生活? 俺にはそんなものはない。しかしまあ、宿泊拒否されなくて良かった。泊まれなかったらどうしようかと心配だった。自由闊達、誰にもスケジュールを定められず、何者にも縛られず気の向くまま行動できるのはこの旅の大きな魅力だけど、何の計画も立ててなかったのでその点はやっぱり心細い。のんびりできると思っていたけど現実は甘くなかったし。知らず知らず効率的に観光しようとしちゃうのは悲しき日本人の性(さが)か。云々。
 そして君は、東京に残してきた女のことも申し訳程度に思い出した。名は東郷。五つ年上の女で、器量はそれほどでも無いが優しくて面倒見も良い。君に対してだけでなく、職場でも細かい気配りができると評判で、周囲の友人たちからも頼られる存在だった。そんな気丈な東郷だったが、いつも気を張っているのが緩むのだろうか、二人切りになると泣き言を漏らすこともあり、君は少し億劫に感じ始めてきていた。
 君は煙草を立て続けに二本吸った。鶴はまだ去らない。飛び立つまで見守る覚悟だったが、根負けして宿へ帰る。
 玄関の前にワゴン車がまだ停まっていて、同じ服装をした二三人の若い男女が何かを積み込んでいる所だ。どうやら仕出し屋だったらしい。さきほど堪能した豪勢な晩餐はこの人たちが運んできたようだ。宿の厨房で調理したものとばかり思っていたが、考えてみれば、よぼよぼの従業員がごく少人数しかいないのにあれだけの料理を作るのは至難の業だ。暗くてよくわからなかったが、閑散期にわざわざ駆り出されたのはこいつが夕飯を注文したせいかと言わんばかりにじろりと睨(ね)められた気がしたので君はそそくさと中へ引っ込む。
 ちょうどフロントにいた女将が「よろしければお風呂どうぞ。大浴場はあちらになります」と勧めてくれた。君は女将以上にサービス満点の笑顔でうなずく。一旦部屋へと戻るために階段を上ると、二〇四号室とは反対の廊下の奥から関西弁の馬鹿笑いが聞こえてきた。紛うことなき熟女たちの嬌声。君は微かな緊張に背筋を涼しくし、「ナンパでもされたらおっかないな。どうか会いませんように」と胸の前で十字を切る。
 おばさんたちと遭遇することもなく無事に辿り着いた二〇四号室、鍵を開けて中に入ると部屋にも夜気が漂っていた。電灯を点け、広縁の障子を立てる。君はさっそく風呂へ下りていこうとするが、浴衣のまま廊下やロビーを歩き回って良いものなのか判断しかねた。宿によっては客室外での浴衣の着用を禁ずる所もあるから。
「宿泊客も少ないし、仮に禁止だとして、従業員に見つかっても多分お咎めは無いだろう。おばさん連に見つかると危険かも知れないが」
 少し逡巡したのち、風呂から上がったら着替えるつもりで浴衣は携えていくことにした。入浴のために脱ぎ捨てた服を再び着て部屋に戻るというのも気持ちの良い話ではない。貴重品を金庫にしまい、藤原を起こし、手拭いとバスタオルと新しい下着を浴衣に包むようにして提げ、部屋を出る。
 裸足にスリッパ履きで大浴場へ。男性の宿泊客は他に居ないので事実上男湯は貸し切りだ。広い脱衣所の明るい照明の下で丸裸になると、姿見に映った肌は首周りと肘から下がほんのり赤い。今日だけで少し日に焼けたようだった。
 浴場への硝子戸をガラリと開けると、庭に面した大きな窓が鏡代わりとなって、おまえの茫漠たる裸体が足を踏み入れる様子が反射していた。窓のすぐ手前は小さなプールほどもある浴槽で、湯船の縁(ふち)は白いタイル張り。ピラミッド型に積んである風呂桶の山から天辺のやつを一つ取り、浴槽の湯を直接汲んで、身体を流し、股間を洗う。ざぶりと首まで湯に浸かるとああいい気持ちだ。疲れた筋肉にじんわりと熱が伝わる。頭に手拭いを乗せ、漂うように仰向けになって大きく溜息を吐く。
 栓の無い蛇口から絶えず湯が供給されており、水位は常に湯船の縁を越して溢れている。自然天然の温泉を滾々(こんこん)と湧き出るままに任せているなら格別だが、たったこれだけの客を持てなすために沸かした水道水を補充しているのなら勿体ない。
「女将に湯浴(ゆあ)みは部屋付きの浴室で済ませますと言えば良かったかな「ここまで来て遠慮するなってば、どうせなら豪勢な気分を味わおうぜ「そうだな。いくら勿体ない勿体ないと念じてもこのお湯はどうせ止まる物でも無し「そうだよ」
 くよくよ気にするのはやめた。頭に手拭いを乗せたまま器用に背面泳ぎ。十人入っても窮屈に感じぬ浴槽を独り占めする愉楽に心を沈める。辺りは静かでさらさらと湯の零れ落ちる音しか聞こえない。甚だ閑(かん)だ。
 一度上がって洗い場で石鹸を使う。水を含ませた手拭いに泡立つまで石鹸を擦(なす)り付け、左腕から洗い、順次右腕・首・胸・腹・袈裟懸けに背中・腰・下腹部・臀部・左脚右脚・足の裏を擦(こす)る。一度湯を使ってから、充分に濡らした頭髪をシャンプーで洗う。今日の疲れが汚れごと床に流れ落ちる。鏡を見て髪を後ろに撫で付ける。
 手拭いは縁(へり)に置いて、再度、君は風呂に浸かる。窓の外の夜を透かし見ると、庭にはライトアップされた松の木が風雅な曲線を描いて闇に浮かんでいる。庭の向こうは宇治川である。明るいこちらが通行人から見えないだろうか。別に見られてもいい。君も藤原も入浴の気持ちよさに鷹揚な心持ちとなっている。
 川の向こうを、パトカーの赤く光ったサイレンが走っていくのが見えた。日中高校生カップルが居た辺りに停まった。そういえば宇治橋に至る途中で「暴走行為禁止」という看板が電柱にくくり付けられているのを見掛けた。思ったより閑静な土地でもないのかも知れない。
 風呂から上がって脱衣所へ戻る。大きな姿見の前、火照った身を扇風機の風にさらしながらバスタオルで膚(はだえ)を拭う。ああさっぱりした。君はボディービルダーのようにポーズを取って筋肉の隆起を確認し、おまえは体重計に乗る。高校の身体測定以来だが目方は増えても減ってもいなかった。君は目に見えた体重を量るよりも網戸の傍に設置されたフィットネスマシンに興味を示す。左右の足でそれぞれの踏み台に乗り、両手で二本のレバーをそれぞれ前後させることでウォーキングの効果を得られる竹馬のような器具。汗をかくほど本格的にやると入浴したのが台無しになるので少しだけ試した。藤原も好奇心をそそられて君と交代してもらったがすぐに飽きた。
 新しい下着を穿いて浴衣を羽織って帯を締める。ロビーを通る時女将さんに目撃されたが先方は目礼するだけで何も言わない。
「きっとこの旅館は浴衣姿でうろうろしても許される旅館なんだろう「いや、僕たちしか居ないから黙認しただけじゃん?」
 階段を上る。上り切る途中で悪魔除けの十字を切る。窺うように二階の廊下に出ると今度は静かだった。彼女らも湯に下りたのだろうか。
 部屋に入るといつの間にか床(とこ)が延べてある。監視カメラがあるわけでもないのによくぞ客の行動を把握しているものだ。まさしくかゆい所に手が届くサービスで感服せざるを得ない手際の良さ。感動や感謝を感じるでもなく、ただただ感心した。
 掛け布団の上にあぐらをかき、テレビを点ける。東京とはチャンネル番号が違うのが面白い。リモコンでいつも親しんでいる番号を押しても予期せぬ放送局に切り替わったり砂嵐が表示されたりする。一から十二まで一通りチャンネル巡りをしたあと、せっかくだから普段は観られない京都ローカル局に落ち着く。季節柄かホラー番組を放送していた。葦影は心霊現象を信じていたが、おまえは幽霊の存在に懐疑的で、従ってあまり真剣に観ない。
 おまえと葦影は番組を観ながら雑談をした。もっぱら今日一日の出来事のおさらいだ。日常生活を脱却した非日常としての観光を賞賛し合う。無計画で、とにかく若さに任せた勢いだけの旅程、失敗を恐れずチャレンジ精神に満ち溢れたエネルギーに基づく行動。やんちゃな葦影はともかく、おまえは若者のくせにすっかり精神が老成していて、平生は保守的な暮らしを送っている。だからこそ知らない土地での逍遙は目の覚めるほど新鮮だった。京都への熱烈な賛辞を呈したのは葦影よりもむしろおまえだった。
 おまえは歯を磨いた。心は浮き立っているが、身体はぐったり疲弊していた。平時は夜更かしの君と藤原が二十二時には消灯して就寝する。君がクーラーを嫌がるので、障子と窓を開け放って網戸から外気を呼び込む。
 しかし暑い。寝入りばなにそのまま深く夢へと落ちていった藤原とは対称的に、君はなかなか寝付けず、一時間はまんじりともしなかった。その後も二時間毎に目が覚めた。たとえ寝冷えしようとも冷房を入れれば良かったと悔やみながらも、疲れに捕縛されているため起き上がるのが億劫で、そのまま熱帯夜に苦しむ。
 遠くで鳥の鋭い声がすることもあるが、辺りは静かで、虫の声も聞こえない。夜具を下から蹴飛ばす衣擦れの音しかしない。しかし、熱を含んだ空気が耳元でうるさく鳴るような錯覚がしょっちゅうして、いらいらと焦りながら、明日への活力を養うための睡眠を貪ろうと懸命に努力する。それでもどうしても眠れないから、君は布団から抜け出してリュックから携帯ラジオを取り出した。藤原を起こすといけないから電源は入れない。
 君には、他の人が聞けない音を聴く能力があった。と言っても聴力が異常に発達しているのではなく、「電源の入っていないラジオから放送を聴取する」という特殊な能力だ。君の耳は、普通の人には聞くことのできないラジオ放送をキャッチすることができた。君の聴いている音を聞くことは藤原でもできなかった。何も音の流れていないラジオのスピーカーに耳を傾けるのは傍から見れば不気味でしかないので、人前ではイヤホンを耳に突っ込み、さも何かを聴いているように装った。
 君がこの異能力を身に付けたのは、まだ藤原と出会う以前、孤独を慰めるためラジオ番組に逃げ口を求めていた幼少のころだった。ある日ラジオの電池が切れてしまい、何も聴けなくなった。親から電池をねだるなどできず、幼い君は途方に暮れた。泣いた。自室で耐え難い孤独に苛まれて打ちひしがれた。何時間にも渡る残酷な静寂の後で、突然、音の出ないはずのラジオにノイズが混じり、次第に明瞭な音声が流れ始めた。最初驚き、次には怖くなったが、馬鹿馬鹿しいまでに楽しいこの放送は可哀想な男の子の顔を次第にほころばせ、いたく喜ばせた。それ以来、誰にも聞くことのできないはずのラジオ放送を聴くことができるようになった。
 君が聴取するラジオ放送は、現実世界には存在しないBNSラジオという局からの放送に限られていた。BNSラジオは二十四時間放送で、午前中はニュースや電話相談、午後はビジネス講座や英会話教室、夜は野球中継や音楽番組が流れているようだった。おふざけの番組が多いらしく、君は頻繁にニヤニヤしたり、著しい時になると我慢できず噴き出した。特に興味深いトピックは委細漏らさず藤原に報告した。
 京都のローカルテレビ局同様、BNSラジオでも深夜番組でホラー特集を放送していた。聴きながら寝入ることを期待し、耳を傾ける。じわりと汗を滲ませながら、京都での第一日が終わっていく。

【第二日】
 枕元の携帯電話が鳴動して君は不愉快な眠りの底から引きずり上げられた。前夜にアラームを設定した通り午前五時。早めに床に就いた分だけ早起きをしようと考えたのだ。寝過ぎるのも身体がだるくなるだろうという気遣いもあった。窓の外は少し明るくなっている。雀の声が聞こえる。
 君は寝苦しさのために熟睡できなかった。やっと意識を失ったと思ったら無遠慮なアラームに中途半端なタイミングで叩き起こされた。これはたまらないと思い、さっそく藤原を起こす。鏡を見る。ぐっすり眠れたおまえは爽やかな朝に向けて身体をうんと伸ばす。おまえは半睡状態の葦影を放って置いて洗面所で顔を洗う。朝食はいつ運ばれて来るか知らないが、宿の人が戸を叩くまでにある程度は身支度を整えておこうと思う。ヒゲを剃り、髪をとかす。浴衣を解き、新しいTシャツを着る。ジーンズは一本しか無いので旅の間はずっと同じ物を穿く。
 電源の入ってないラジオが枕元に置かれていた。「葦影は昨夜きっと眠れなかったのだな。気の毒に」とおまえは思う。ラジオを片付け、布団を三つ折りで畳み、宿の人にいつ踏み込まれても大丈夫な体勢が整った。乱れた睡眠を二度寝で補った葦影も今度こそは自力でしっかりと目覚め、以後は眠気を訴えることもない。おまえと葦影は今日の大まかな旅程を相談する──
 宇治は地図帳の最南端に位置し、これより南下したところで京都観光は望めそうもない。必然的に、北へ赴く流れになる。奈良線を京都駅へと戻る途中に何か見所は無いか物色すると、稲荷駅のすぐ近くに伏見稲荷大社がある。世界遺産ではない。何の予備知識も無く、地図上の文字だけではそこがどういう場所か見当も付かないおまえと葦影にとっては、やはり世界遺産に登録されているかの是非が大きな判断材料となる。宇治上神社に失望した前例もあるがどうせなら世界遺産を多く訪れたい。おまえが宇治の北方に醍醐寺を発見した。こちらは世界遺産だ。ここを見て回ってからそのまま北上して清水寺や銀閣寺へ向かうのも良さそうな気がした。醍醐寺の最寄り駅は地下鉄東西線の醍醐駅だが、宇治から行くなら奈良線の六地蔵駅でバスに乗り換えるのが最短ルートのようだ。おまえと葦影の意見が一致し、次の目的地は醍醐寺に決まった。旅行代理店の企画したツアーでは味わえぬ、何物にも縛られない、自由を謳歌する旅。
 八時ごろ朝飯が届いた。和室らしく和食。焼いた鯛・湯豆腐・芋や豆の煮物・蒟蒻・酢の物をおかずに、ご飯と味噌汁が御膳に並ぶ。おまえも葦影も朝は洋食派、すなわちトーストと目玉焼きと牛乳を口に運ぶのが常であるのでこのメニューは少し重たい。
 歯を磨き、トイレを済ませ、テレビで天気予報を観る。台風六号が発達接近しているらしいが、京都は晴れで明日も晴れ。予想最高気温を見てげっそりした。東京はおろか那覇よりも高い。
 葦影は去年、桂太蔵たちと一緒に真夏の沖縄に遊びに行った。その時より、この京都は暑い。沖縄の方が日射しが強く気温も高いのだろうが、空気がカラッとしている分それほど不快な暑さは感じなかった。京都は湿気の籠もる盆地だからか、たとえ太陽が大人しくても蒸し暑くて敵わない。葦影は断言する。沖縄より京都の方が暑い、と。たとえ沖縄の方が高気温でも、京都の方がなお暑い、と。それなのに今日は気温すら沖縄に勝ってしまっている。これはちょっと困った。
 九時半にチェックアウトをした。受付はやはり前日と同じ女将。結構な額の宿泊料を払ったが、ゴージャスな気分が堪能できたので全く惜しくない。おまえは恭しく感謝の言葉を述べ、領収書を受け取る。タイプされた領収書は室名が「〇二〇五」で、日付は「六.一五」。両方間違っている。おまえは腹の底で笑いをこらえた。女将は玄関まで見送ってくれた。
 川沿いの道を行き、平等院の表参道に入る。木曜日の朝であるせいか人影は少ない。商店の主が店の前を掃除している。どうせなら昨日訪れた赤門茶屋の前を通れば良かったなと軽く後悔するが引き返す気にもなれずそのまま宇治駅を目指した。
 十時ちょうど発の京都行き各駅停車に乗った。車内は昨日ほどではないがやはり相変わらず空いていて容易に座ることができた。六地蔵駅までは所要時間十分。すぐに到着した。六地蔵駅は通過点に過ぎないので駅周辺を散策はせず、案内板を頼りにまっすぐバス停へ向かった。駅前にバスロータリーはなく、少し歩くことになる。辺りは田舎の市街地といった風情。日射しがきつい。
 バス停は容易に見つかった。おばさんとおばあさんが口を聞かずに待っていた。他人同士なのだろう。日光を避ける物が何も無いのでめちゃめちゃ暑い。おばさんは団扇代わりのハンカチを動かしている。おばあさんは低い塀に凭(もた)れて置物のようにじっと固まっている。渋滞した車の列が目の前のかなり近い場所をゆっくり流れていく。排気ガスの臭(にお)いが鼻を衝(つ)く。おまえの額に玉の汗が浮かぶ。
 十時半にバスが来た。整理券を取って左側の席に座る。身体がビショ濡れになっているのに気が付く。バス停で十分待つ間に汗が噴き出したのだ。たったの十分じっと立っていただけで。
「それほどの酷暑なのだな。地球温暖化が叫ばれる昨今だがそれも宜(むべ)なるかな。汗まみれの自分こそが生きた証拠だ」
 おまえはこの日の気候を改めて思う。タオルで額と首筋を拭い、胸元と背中にも突っ込む。バス内を満たす冷房の心地良さが汗の流出を後押ししたようでもある。火照った肉が鎮められると同時に、発汗によって体温の上昇を抑えようとする作用。
「涼気恋しさに目的地で降りるのが嫌にならなければ良いけど」
 道路は車でいっぱいだ。大胆な都市計画を打ち立てられない古都の宿命なのだろうか、道幅は決して広くない。バスは窮屈そうに、澱んだ道を流れていく。いくつかのバス停を停車したり通過したりしたのち、醍醐の名の付くバス停が連続する。おや、着いたかな、いや待てよ、次かな、葦影は内心浮き腰になるが、おまえは落ち着き払って醍醐三宝院でブザーボタンを押す。バスが停まった。運賃箱に小銭と整理券を一緒に投入して下車。時刻は十時五十分。
 醍醐寺の長い表参道に歩を進める。足下は砂利、両側は苔に覆われた盛り土で、そこに植わった無数の広葉樹が青い葉の生い茂った枝を参道の半ばまで伸ばしている。往時のローマも斯くあるやと思われる幅の広い道。十メートル以上はあるだろう。そしてその幅に相応の長さで、折り重なる木々の梢遙か向こうに屋根だけが微かに見える山門までは何百メートルあるか判らない。不調和なマンホールが設置されているのだけは興醒めだが、主題たる寺院に対して実に見事な序曲の役割を果たしている。事前知識の無いおまえらはまだ知る由もなかったが、立派な寺社仏閣の多い京都でも醍醐寺のスケールは並外れており、この立派な参道は醍醐寺のその壮大な規模にぴったりだった。
 山門に至った。堂々たる朱塗りの仁王門で、門の左右には頭でっかちの奇妙な金剛力士像が立っている。仁王様であるからしてもちろん迫力は充分なのだが、漫画のキャラクターのような頭身であり、そのバランスの悪さは滑稽だ。しかし得も言われぬ威圧的な不気味さがあり、見る者に生理的な違和感を与える。葦影は単純に笑っているけどおまえは不思議な感動に包まれて神妙な態度で見入っている。
「真面目な奴だな。こういうのは素直に笑っときゃいいんだよ「いやいや、無理だよ。僕にはとても笑えない。君よく笑えるよな、こんな崇高な像を前にして。罰が当たるぞ「ああ、阿、吽、っつってね。うん」
 仁王門を抜けるといよいよ醍醐寺の境内。広々とした空間に巨大な堂宇が建っていた。非常識なまでに馬鹿でかい。特にその屋根は、半ば呆れるくらいな豪壮さだ。立派な瓦葺きで、切り妻屋根の裾に庇(ひさし)が反っている。この見事な勾配はサイクロイド曲線であり、雨が最も流れ落ちやすい曲線である。
 感嘆しながらおまえは堂宇に歩み寄る。土台からして二メートル近い。百人の集合写真が楽々撮影できるほど幅の広い階段を上ると、一階部分の扉は二枚合わせて約六畳もある。そして建物を圧迫するごとく被さる屋根、その天辺は……四階建てマンションと大体同じ高さではなかろうか。とにかく何もかも規格外だ。広闊な参道に相応しい巨大な金堂であり、おまえも葦影も大満足だ。
「来て良かったな「ああ、さすが世界遺産「宇治上神社とは比べ物にならないな「この寺には他にも見るべき所があると思うけど、この御堂のあとでは全て消化試合になるだろうな「そうかもね」
 境内を奥に進むと樹木が密になってきた。頭上には青々と葉を茂らせた枝が張り巡らされ、厳しい太陽の光を遮ってくれる。青みがかった空気となる。肌を囲繞する湿気は変わらないが気分的に暑さは和らぐ。しばらく歩くと、天然の日除けが途切れた場所に土色の古池が見えてきた。太陽が容赦なく照らしている。とは言え、木々は池の大半を覆ってその枝は水面に届きそうなほどだ。高く盛り上がった小島に大陸風を思わせる小振りな朱塗りの弁天堂が建っていて、小島へは同じく朱塗りの反り橋が架かっている。橋は渡れぬようになっているが、池畔からの美しい眺めにしばし心を奪われればそれで充分だ。次から次へと一級品の景色が現れて飽くことがない。
 池を離れ、見物していない方角へぶらぶらと歩くと、古い山門に行き当たった。遠目に見れば立派な建築だ。だが。近寄って見れば一目瞭然、その朱塗りの柱には至る所に落書きがあった。サインペンで黒々と、あるいは刃物で深々と。傷つけられた箇所は朱が落ちて生木が剥き出しになっている。修学旅行生か地元のバカか何かが訪問の記念に彫りつけていったのだろう。日付と名前、誰それ参上とか、某と某の相合い傘などなど。御利益でもあると思っているのだろうか。よじ登ったり肩車をしなければ書けないような高い所にまで落書きがしてある。縄張りを示すマーキングか、もしくは落書き競技と思ってるのだろうか。胸が痛む。
 山門は「上醍醐寺登山口」の看板を掲げていた。葦影が言う。「なるほど、今までは下醍醐寺だったんだな。この先に──おそらくちょっと登った所に、辻堂とかがいくつか建ってるんだろ」資料を全く持っていない葦影は上醍醐寺を丘の上のおまけ程度に考える。醍醐寺本体つまりは下醍醐寺の付属品みたいな物だろう、と。それはおまえも同様だった。せっかくだからちょっと寄っていくか、くらいの軽い気持ちで歩を進めた。
 鬱蒼と繁った森の中となる。日の光も容易に届かない。今までの蒸し暑さを払拭する冷涼たる空気が満ちている。大変涼しくて気持ちが良い。気持ちが良いどころかむしろ物凄いくらいの雰囲気だ。おまえは霊や妖怪の類を認めていなかったが、天狗くらいは出てもおかしくないな、と常になく戯(おど)けた。それほどまでに神秘的な空気が四辺に漂っている。
 細い丸太で段を作った山道をずんずん登っていく。幾人かの登山客とすれ違う。
「こんにちは」
「こんにちは」
 昼のあいさつを交わす。正午が近付いていた。だいぶ長いこと歩いているが祠や地蔵すら見掛けない。行けども行けども森、森、森だ。食事にありつける場所は当然ありそうにもない。かと言って今さら引き返すわけにも行かないので上醍醐寺に辿り着くまでは昼飯抜きも覚悟しなければならない。
「あとどれくらい登れば着くんだろ「山麓のなだらかな土地に申し訳程度にお堂が数棟建っている様を想像していたが「もしや頂上じゃあるまいな」
 しばらく進むと、南無音羽魔王大権現の社とやらがあった。魔王とは思えない小振りな社で、他の参拝客は気にも留めない詰まらない物だ。おまえが当初想像していた上醍醐寺の姿はこういう代物の点在であって、それらを適当に拝めば醍醐観光は終わりだと思っていた。そして今想像通りの辻堂に到達した。が、この辻堂は事実上単なる通過点に過ぎなかった。殺風景な廊下に設けられた絵画と一般だ。踏破はまだ先だ。
 豊臣秀吉が花見の席を設けた跡地を通った。いわゆる「醍醐の花見」として有名な宴で、なんでも、一日限りの盛大な花見をするためだけにこんな山の上にわざわざ桜の木を何百も植樹したらしい。
「馬鹿じゃなかろか」
 葦影がつぶやいたこの「馬鹿」は誉め言葉だ。天下人となった秀吉の、当時絶頂を極めていた権勢を示す贅沢極まりない豪遊。ただ、往時を偲ばせる記念物はどこにも見当たらない。初夏のことでもあり、草木に疎いおまえはどの木が桜なのかすら判らない。醍醐の花見についても詳細はよく知らない。
 かすかに水の落ちる音が聞こえてきて、その音量は登るに従って段々と強まる。滝だ。白い流れが目に見えたころ、水音に子供たちの嬌声が混じり始める。登山途中の休憩だろうかはたまた遠足の目的地なのだろうか、小学生がたくさんたむろしている。おまえは静かな旅を望む。うるさいのは勘弁だと思った。滝をゆっくり眺めたい気持ちを抑え、水で喉を潤したい衝動もこらえ、はしゃぎ回る子供たちの間を縫って急ぎ足で上りへ向かう。そこへ突如として女の子二人が、おまえのあとを追いながら「こんにちは!」と大きな声であいさつをしてきた。元気いっぱいだが恐る恐るの態度、返事をしてもらえる期待と無視されてしまう不安とが上目遣いの笑顔に入り混じっている。この年頃の女の子はませているので年上の男性に対する逆ナンパのつもりなのかも知れない。頭の上の矢印がおまえの方を指している。おまえはほんの一瞬どぎまぎする。驚くおまえを葦影は腹の中で冷やかす。「こんにちは!」おまえはでかい声であいさつを返し、それ以上は構わずに背中を見せてぐいぐい登る。おまえの顔はやや紅潮したようだった。可愛いほど照れ屋なおまえ。振り返ることもせず、傾斜のきつい坂道を逃げるようによじ登る。女の子たちはどんな顔をしておまえの背中を見つめているだろう。葦影は遠慮なく笑い、旅路を急いだおまえを冗談半分に責める。おまえは強がって、女の子たちと会話できなかったことを残念がった。
「俺年下好きだからさ、東京で会ってたら、逮捕されるくらい相手をしてあげたんだけどなあ。いっぱい喋って、しまいにゃあんなことやこんなこともさ「さあ、それはどうかな。やっぱり同じように逃げたんじゃないか。おまえは本当に奥手だよな。女となれば、ガキ相手でも尻込みをする。だせえ」おまえの言い訳に、葦影は辛辣な嘲りを加えて容赦なく笑い者にした。葦影の言う通りだろう。おまえは確かに年下の女が好きだが、問題は引っ込み思案なその性格であり、殊に異性との対話ではコミュニケーション能力がガクンと低下する。良い出会いの機会を自ら潰してしまっている。おまえは葦影に反論しなかった。ただ赤くなっていた。
 気づかぬうちに本格的な登山となっている。行く手は崖道となる。崖の下は木のたくさん生えた急斜面。険しい斜面から垂直に伸びた木々は高く、いくら見上げてみても遙か天辺は見えない。カメラを縦に構えたもののフレームに全然収まり切らないので撮影を断念したくらいに高い。杉木立の間から見える向こうの山に寺らしき屋根が認められる。まだまだ遠い。正午も三十分を経過した。
 神秘的な空気は一層濃くなる。単に山深く緑繁くなったゆえの錯覚かも知れないが、お天道様から隠蔽された秘密めいた涼気が肌を包む。おまえも葦影も口を利かなくなる。うまい空気を胸いっぱい吸って、その感触を皮膚で大事に味わうことに集中したいと思った。二十分ほどは静かに歩き続けた。やがて板塀に囲まれた寺務所の横を通る。僧坊や庫裡が建っているのだろうが人の気配はしない。人工物の近くにも関わらず依然として周囲は厳かな空気で満たされている。
「こういう所で修業するお坊さんは本物だろうな「まるで他の僧侶が贋物みたいな口ぶりだな「そうだよ坊主なんて大体いんちきだよ」
 寺務所を行き過ぎると汚い便所が建っていたのでおまえは用を足した。小用を済ませてしばらく歩くとひらけた場所に小さな社があり、醍醐水と呼ばれる井戸水が湧いている。「醍醐味」という言葉の由来の一つとされている。飲料水の等級として「一に山水。二に秋の雨水。三に川水」などと言うから、よっぽど美味いに違いない。ここまでまったく水分補給をしていないのでさっそく口に含む。ゴクリ。
「まずい!」
 どれほど甘い物かと期待したが、金属の味がし、水道水よりも不味い。とても飲めた物ではない。汲み置きをしてある器が金盥だったせいかも知れないがおまえは心底がっかりした。充分に喉を潤すことは叶わず、地面に唾を吐いて離れる。
「醍醐味の語源の最有力は醍醐という名の乳製品であり、こんな不味い水が由来であってたまるものか」
 十五分ほど石段を歩くとようやく人臭い所に出た。緑青色の屋根の軒先に提灯が並んだ准胝堂。札所であり、お土産やお守りを売っている。退屈そうなおばさんが受付に座っている。時刻は十三時。しかし飯は食えそうにもない。自動販売機でジュースを買って喉を潤すのがやっとだ。隣の休憩所に入っておまえは久々に手鏡を見る。君はタバコを吸う。壁に貼ってあるポスターを眺めることでようやく醍醐寺の全貌が知れた。上醍醐はもうすぐ周りきれそうだが、下醍醐が実はもっと広大だったことに思わず嘆息を漏らす。あの金堂でさえ一部に過ぎなかったのだ。開いた口が塞がらない。驚く君を傍に座っていた参拝客のおじさんが不審そうに一瞥した。
 おじさんは君に話し掛けたくてうずうずし始めている。それを嗅ぎ取った君は目を伏せてまずそうにタバコの煙を吐き出す。
「このおっさん、なんか話し掛けてこようとしてるな「『どちらからお越しですか』とか「『ここは初めて?』とか。ちょっとでも油断すると自慢話が始まるぞ。『私は週に一度ここに来る。すげえだろ』みたいな。初心者に対する上から目線な偉そうな口調で「でも有益な情報を教えてくれるかも知れないよ。保証はないけど「いずれにせよ、おっさん、話し掛けてくんなよな」
 君の無愛想な態度におじさんは接触を断念したようだった。君はタバコを吸い終える。ジュースの残りをちびちびと貧乏たらしく口にする。これ以上座っていても腹は膨れない。空腹に突き動かされるように休憩所を出る。踏破は目の前だ。ここまで来ればあとは消化試合。上醍醐の残りをぶらぶら回って、さっさと下界に戻って腹を満たそうと思う。煩悩まみれの君は所詮食欲には打ち勝てないしむしろそういった欲望の下僕だ。
 急坂の多かった山道に比べて上醍醐一帯は起伏も少なくなり格段に歩きやすくなる。薬師堂・五大堂・如意輪堂を経て、開山堂に至った。休息する登山客の姿も多く、見回してみても他に高所は無い。ここが醍醐寺のゴールに違いない。素晴らしい眺望で、遙か彼方の下界に糸状の輝きが見える。おそらく宇治川だろう。藤原は君をにこやかに労う。君も満足そうに笑う。
「成り行き任せで山頂まで来てしまった「やったな「予想外の展開だったけど、達成感ハンパないね「開山堂っていうくらいだから、ここが醍醐寺の根源なんだろう「茅葺きだか藁葺きだか知らないけど美しい屋根だね「維持するのには金掛かるだろうな「金網を張って縁の下に潜れないようにしているのは野良猫や何かが棲み着くのを防ぐためかな「浮浪者?「浮浪者は住まないだろ、こんな食べ物に乏しいとこ」
 見るべき物は全て見終わった。少し見くびっていた。普通に山だった。しかも霊場といって差し支えない素晴らしい空間だった。醍醐寺の圧倒的なスケールにただただ感嘆の念を抱く。来て良かったとつくづく思う。下醍醐寺だけ回って踵を返していたらこの風光明媚の思い出はついに獲得できなかった。君と藤原は山頂を極めた達成感に浸って静かな感動をしばし味わった。
 休憩を取り終え、下山を開始する。准胝堂を打ち過ごし、渇すれども醍醐の水を飲まず、汗をかいているので便所にも寄らず、早足に山を下った。
 山頂から三十分、滝の音が聞こえてきた。
「さっきの滝だ「今度こそゆっくり見よう」
 だが別の団体が占拠していた。さっきは小学生だったが今度は幼稚園児だ。非常にかまびすしい。仕方ないので下山を続ける。
「くそ。ガキのくせしてよくここまで上ってきたな「さっきの小学生どもよりはマシだが、やっぱうるさい「そういやおまえ逆ナンされて顔真っ赤になったっけな「うるさいよ」
 上醍醐寺登山口の山門を潜って下山完了。登頂の喜びに比べたら何ほどの感慨もない。見物をせず機械的に下ってきたせいもあるだろうが、会話の内容が単一でしかも下世話じみていたせいもあるかも知れない。
「せっかくだからこの山門に落書きをしていく「え。嘘だろ「いや。マジ「軽蔑するわ「へへへ」
 藤原の抗議は強い口調ではない。君は鉛筆を取り出し、目立たない場所に「葦影葦光(あしかげよしみつ)はここにいた」と書いた。その字は読めないほどに薄く小さかった。「Kilroy was here」のパロディだったが、今から思うと実に興味深い文章だ。君は確かに、あそこにいた。
 下山中はどうせ食事にありつけないことは知れていたので努めて意識しないようにしていたが、平地に来て君はようやく空腹を覚えた。喉も乾いていた。上醍醐の大部分が日陰の多い森に覆われていたから助かったがこの酷暑で飲み物を携えないのは全く迂闊だった。汲み置きの醍醐水は吐き出すほどまずく、不動の滝は子どもだらけで近寄れず、まともに胃に収まったのは准胝堂のジュースのみ。さっそく食堂の類を探すと木々の向こうに梢を抜きん出た塔が見える。そちらへ引き寄せられる。
 金堂の境内と同じく白い砂利でまぶしいほどに明るい広場へと出る。人は誰も居ない。屹立する大五重塔。屋根が広く、相輪の大きな立派な塔だ。平安時代の建立で、京都最古の木造建築である。応仁の乱によって下醍醐の大伽藍のほとんどが焼失した中この塔だけは戦火を免れたそうだ。こんなすごい物を見せられては腹を空かせている場合ではない。君は気を引き締め直す。
「一般的な五重塔と言えば細長い痩身のイメージだけど、この塔はでっぷりとして堂々たる体躯だな。京都で一番古い建物か。そんなに古めかしい感じはしない。京都でってことは……ああ、法隆寺は奈良か。平安時代と言えば藤原氏ら貴族が隆盛していた頃だろ。源氏物語とかの。あとは竹取物語とか。どんだけ昔なんだよ。もはや昔話の世界じゃないか。そんな悠久の昔からここに在る、建造物の前に、俺たちは立っている……」
 しみじみと考えて立ち尽くす。近寄って感慨深げに見上げる。軒の木組がマッチ棒の軸を思わせる。円柱を突き出している瓦はビニール線のぶつ切りのようだ。君の連想は安っぽいが、この塔の美を貶めるものではない。プラモデルのように細やかで複雑な屋根の形状に対する現代人らしい賛辞だ。ふと視線を落とす。塔を囲む生垣に数珠が引っ掛かっているのを君が発見した。プラスチック製である。妄想が膨らむ。年寄りとしては標準的な信仰心のあるおばあさんが忘れていったのだろう。妄想の中のその老婆は紫色のけばけばしい洋服を着ていて、胸元に人工真珠のネックレスをこれ見よがしに垂らし、オレンジ色の大きなサングラスをかけた観光客のババアだ。きっと今ごろ、数珠と一緒に御利益も落としてきたと悔やんでいるに違いない。
 五重塔を離れると途端に人臭くなった。豪華絢爛な伽藍が建ち並び、その華やかさは上醍醐寺の地味な堂宇とは比較すらできない。
「商売の臭いがするな。これがほら、いわゆる贋物の坊主だよ「そんなことはないだろう。上醍醐寺と同じお坊さんたちだよ。厳しい修行を修めてきた人たちだよ「同僚、か。シフト制? 今週は下醍醐で来週は上醍醐、みたいな。あー上るの億劫だな下界がいいよー、みたいな。じゃあ上醍醐寺もいんちきだ!」
 右手に仁王門が見えてきた。仁王像を君はまたも笑う。醍醐寺を踏破した充実感からか今度は藤原も微笑む。ようやく戻ってきた感じがする。とりあえずは腹ごしらえだ。
 駐車場に観光バスが停まっているのが見え、その前に雨月茶屋という軽食屋があった。五大力うどんを注文し、遅い昼食を取る。時刻はすでに三時。上醍醐寺があんなに「上」だったとは知らなかったため、と言うより完全になめていたため、こんな時間になってしまった。クーラーの効いた店内には団体客の一部と思われる初老の男が三人いて、集合時間までの暇つぶしをしている。塀の向こうに醍醐小学校が見える。うどんが空きっ腹を優しく癒す。
 うどんを食べ終わったあと、下醍醐寺の諸施設のうち、三宝院だけ見学することにした。靴を脱いで大玄関から上がる。葵の間・勅使の間・秋草の間の前を通り過ぎて勾欄を繞(めぐ)らした渡り廊下を歩いていくと、あきれるほど見事な庭園が目の前に広がった。室町期の枯淡閑寂な趣は無く、安土桃山の華やかさに満ち満ちている。庭の中央大部分を占めるのは透明度の低い池で、池には松の木に覆われた二つの島があり、橋で繋がっている。池の手前側は白砂の枯山水。奥側は木が生い茂っており、深い森を思わせる。池の左には質素な茶室が建ち、その背後では滝が落ちる。庭に直接下りることはできない。そして撮影は禁止されている。よって記憶に焼き付けるため表書院の縁側に立って必死に目を凝らす。傍らには説明係のおばさんがパイプ椅子に座っている。写真を撮る不届き者が居ないかどうか監視役も兼ねているのかも知れないが、立ち上がり、にこやかな笑顔で話し掛けて来た。
「こちらは太閤豊臣秀吉公が自ら設計したお庭です。さまざまなアイディアが凝縮されています」
 あまりに壮麗な庭園なので他の武将の名が出たら眉唾物だが、あの知恵者ならば有り得る話だ、と、妙に納得してしまう。アイディアマン秀吉の面目躍如たる庭。こんな才能もあったとは驚きだ。
「こちらの石は賀茂川を表しています」鴨川は京都を流れる川だ。おばさんは枯山水に配された三つの石を示して説明する。「左の石は、流れの速い状態を。真ん中のは流れが澱んでいる様子を。右の石は下流で水が砕け散る感じをそれぞれ表しているんですよ」続いて右を指し、「あちらの広場は太平洋を表しています」と教えてくれた。君は素直に「なるほど」と思った。──鴨川は桂川に合流し、やがて淀川となって大阪湾に注ぐ。よっておばさんの説明は少し怪しいのだが、君は全く気付かない。
「じゃああの木は何を表現しているんですか」
 広場には大きな木が一本植わっていて、それに対して君が率直な疑問をぶつけた。おばさんはややためらいながら「桜の木なんですが……何でしょうね」返答に窮して苦笑いをする。
 話題は池の方に移る。「あの二つの島は、左が亀島、右が鶴島です。鶴は千年、亀は万年、なんて言いますが、とっても縁起がいいですよね」なるほど亀に見え鶴に見える。左の島は松の葉に全体を覆われていてまるで甲羅のようだ。同じく松が茂る右の島は亀島に架かる石橋が鶴の首を表しているそうで、確かに鳥のようである。
 おばさんはとても親切で、持ち場を離れて付き添ってくれた。予習をしていない新参者には知る由も無い、自力で気付くのは不可能な情報をたくさん提供してくれた。表書院・純浄観・奥宸殿の三軒の建物に囲まれた狭い中庭に縁起を担いで松竹梅が植えてあることや、奥宸殿の然るべき場所に座り、表書院と純浄観を繋ぐ渡り廊下の下の空間から向こうを眺めると、池の向こうの藤戸石がちょうど見えることを教わる。藤戸石は源平合戦の悲話に由来し、爾来権力の象徴として代々時の実力者たちの手に渡ってきた、天下の名石として誉れ高い巨石だ。秀吉の絢爛豪華な公邸であった聚楽第からわざわざここまで運ばせたそうで、作庭への彼の並々ならぬ情熱が窺い知れる。
「俺が権力者だったらなぁ。国宝のこの表書院に何日か住むのになぁ。毎日毎日飽きもせずこの庭を眺めるんだけどなぁ「いいねえ。必要最低限の世話だけ頼んであとは人払いして。肘枕でごろり横になって「そう。涼しい気候で、聞こえてくるのは虫の声だけ。夜になると月が出る「昼間と同じ肘枕の体勢で、持ってこさせたお銚子を手酌で注いでお猪口を舐める「手下が必死こいて害虫退治をするから蚊は寄って来ない「ほろ酔いの肌を微風が撫でる「最高だろうなぁ「最高だろうねぇ」
 三宝院を辞し、醍醐寺を去る。地下鉄東西線醍醐寺駅へと向かう。
「もしかしたら二日目にして旅のハイライトを迎えてしまったんじゃないか。最高の一日だった。三日目四日目がこの日よりも充実する確率は低いと言わざるを得ない「いや、二日目にしてこれくらい楽しめるなら三日目以降はもっともっと面白くなっていくんじゃないかな」
 藤原は右肩上がりの期待をする。一方の君は、今のうちに楽しんでおこう、思い出は作れる時にたくさん作っておこうとやや消極的だ。
 太陽は西に傾き始め、初夏の京都を熟れた柑橘色に染めていく。山科駅で琵琶湖線に乗り換え、京都駅へと戻る。
 京都駅に到着。この先どうするか、君は思案する。もう、あまり歩きたくない。当てもなくビジネスホテルを探して夜の街を彷徨うというのは気が進まない。自分がどこにいるのかわからなくなるのが不安だし、京都駅に戻る道すらも見失ってしまうのはなお嫌だ。紅灯の巷に迷い込んで怖い思いをするのはいよいよ御免だ。本当にカラオケボックスに転がり込むべきか。あまり軟らかくもないソファに横たわって夜の去るのを耐え忍ぶべきか。本当にそれもいいかも知れない。どこでも良いからへたり込みたいと思っている現状からすればソファは上等だ。だが、それで疲れが取れるのか。充実し過ぎるほど充実した、勢い余って山登りさえしてしまった今日の疲れを、そんな仮の寝床で振り落とすことができるのか。どうしよう。見当も付かない。
 君は今後の処遇を藤原に一任することにした。情けない顔で手鏡を覗くとそこにはおまえの顔が映っている。おまえは不承不承引き受けて、地図帳に頼る。京都駅周辺の詳細図の上に指先を這わせてみる。ホテルを示す記号をそれからそれへと人差し指に巡回させてみるが、なんだかよくわからない。値段は問わないとしても、バックパッカーのような風体のおまえを泊めてくれるのはどのホテルなのか、空室はあるのか、知れるはずが無かった。地図帳を閲(けみ)するのはこの際無駄な行為だった。無駄だということにすぐには気付かなかった。葦影同様落ち着きを失っていた。
 藁にもすがる思いで駅の案内サービスに立ち寄る。おずおずと宿の案内を請うと初老の男性係員は驚くほど親切に対応してくれた。こういった手合いに慣れているのだろう、予算や希望場所からてきぱきと候補を挙げてくれる。
「とりあえず近場がいいです。予算はいくらでも」「では京都第2タワーホテルで」
 係員は迅速に紹介状を認(したた)め、駅前周辺のガイドマップへ道順を記入してくれた。案ずるより産むが易し、あっけに取られるほど簡単に今晩の寝床が決まった。どうも宿紹介は業務の一環らしい。詳しいことは分からないがおそらく各ホテルから紹介料を徴収したりするのだろう。今後もこの案内サービスに頼れば旅館を探す心配は無くなる。安堵した。さっそくホテルのある方へ向かう。
 空はすっかり暗い。今や電気による白々しい光が地上を照らしている。街灯。自動車のヘッドライト。ネオンサイン。電飾看板。太陽が置いていった昼のなごりや、それに取って代わるべき月や星の光は、人工の光によって払拭されている。もはや東京を歩いているのと変わりはない。
 白い外観の地味なホテルに到着し、チェックインの手続きを済ませた。ツインルームを一人料金で借りる。陰気なエレベーターで四階に上がり、四〇六六号室に入る。広くはない。純然たるビジネスホテルだ。おまえは荷物を放り出し、掛け布団をめくらずそのままベッドの上に横たわる。綺麗に整えられた二台のベッド。室内照明の操作盤も兼ねたナイトテーブルがベッドの枕元とベッドの枕元の間に挟まれるように設置されていて、その上には内線電話が載っている。葦影はもう一方のベッドに頭から飛び込んでみたい誘惑に駆られる。
 おまえは寝転がったまま、前日同様、山本こだまにメールをした。件名は「京都駅前ビジネスホテルから」で、本文は以下の通り。
「無理して効率良く旅をしてました。地図を見つつ、明日はここに行くから今日はここの宿へ泊まろう、てな具合に。
 でも、いちいち京都駅まで帰ってきてそこを起点に行動した方が楽で安心。今後はこの戦術で行こうと思います。
 本日は醍醐寺を参拝してきました。清水寺か銀閣寺にも行こうと画策していたのですが、気付けば本格的な登山をしていたのでタイムオーバー。まさか京都まで来てあんなに汗ダクになるとは思わなんだ。」
 返事が来るとは思っていない。なのにメールをしてしまう。しかもメールにそぐわない遠慮がちな丁寧語。おまえは忸怩たる思いから逃れるためシャワーを浴びることにした。ユニットバスに入り、シャワーを使った。全身を膜のように覆った乾いた汗を落としながら、今日一日の充実を思った。そしてある種言葉にできぬ類の寂しさも同時に感じた。
 湯を止め、バスタオルで身体を拭う。脱いだばかりの下着をもう一度着用する気持ち悪さにちょっぴり我慢しながら、昼間と同じ服装に戻る。着替えは荷物になるから多くは持って来ていない。贅沢はできない。
 おまえは晩ご飯を求めて京都駅地下のレストラン街へ赴き、食べたい物を食べることにした。ラーメンがうまそうだったのでラーメンを食べることにした。おまえは無心で麺をすすった。その後は結局、ぶらついたりせずまっすぐホテルに戻った。
 疲れているので早めに就寝するのも良かったが、まだ午後の八時だった。化粧台の前に座って読書をすることにした。
 葦影に幻聴の気があるように、おまえにも幻視と評せる特殊な素質があった。今では表紙が手垢じみてきた一冊の本。背表紙には「白浪(しらなみ)」と書かれている。どこをひらいても真っ白なページしか無く、従って何も書かれていないのだが、おまえの目には、その純白の紙の上に文章が浮かび上がる。おまえは紙の上に何か字を追う。その様子は普通の書物を読むのと全く同じで、没頭して頁を繰(く)る仕草も通常の読書に等しい。常に同じ内容ではなく、時に小説であったり実用書であったり、おまえの気分次第でジャンルは変じる。SFが読みたければSFの記述が浮かび上がるし、泣ける物語に浸りたい時にはノンフィクションを謳う難病物に更新される。
 一度(ひとたび)おまえが黙読モードに入ってしまうと、葦影にとって「白浪」は文字も絵も無いただの紙の束であるし、話相手もなく、大抵は退屈で寝てしまう。おまえは申し訳なく思うものの、読んでいる内容に集中したいので眠るままにさせる。それに、たまには一人になりたいのでそれもいいかなと思っている。
 なぜこのような読書法を身に付けたか。元来おまえは読書家であったが、書物から得る感興に本ごとに大きくばらつきがあるのが前々から不満だった。内容の薄さにガッカリしたり、自分が吸収したいと考えていた知識がほとんど含まれていなかったり、物語が自分の予期していた展開と異なる結末を迎えてあっけに取られたりすることがよくあったのだ。その点この妄想的な読書法ならおまえの嗜好にピッタリ合致した文章が現れることは確実だった。なぜなら紙の上に躍る文字はおまえの脳内からの反映に他ならず、既存の作品がどこか遠くから手元の書物の中に飛び込んでくるのではないのだから。
 しかし「白浪」に浮かぶ文字列は単なる即興の創作ではなかった。おまえが都合良く生み出した妄想ではなかった。試しに朗読させてみるとあまりにもスラスラと、まるで目の前に本物の書物があるように読み上げるし、会話ではあまり使わないような単語が頻出するし、そして極めつけは、同じページを何度読ませても完璧に繰り返してみせることである。おまえにとってこの本は現実であり、浮かび上がってくる文字列は厳然と実在していた。
 今おまえは『文体練習』という本を読み始めている。随分と変わった小説で、一種類の内容を百種類の形式で繰り返し語る奇書だ。ちなみに、おまえは本家のレーモン・クノー版は読んだことがない。目の前に現出している本は「田舎で雨に降られた男が老人から傘を借り、後日返そうとしたら傘泥棒と言われた」というのが梗概で、この簡単な筋を手紙文や万葉仮名や女子校生言葉などの多彩な文体で何遍も繰り返す。たとえばこうだ。
「(6)武者/鷹狩りが催される前日その支度のため洛外の平野に赴いた折りの話でござる。拙者は唐突な甚雨に見舞わせたのでござるが固より雨なんぞ気に掛ける男ではござらん。笠簑もそのまま打ち遣って鷹場をば鷹揚に闊歩しておった。/道中一人の爺に出会した。爺は拙者に畏れもせずこれ風邪を引くぞと忠言を申す。そうして己の粗末な傘を傾けて寄越すのでござる。要らぬ要らぬと制したのでござるが頑として聞かぬ。はて困った爺じゃ。拙者を倅か何かと思っておるのでござろう。仕方なく借りたわい。/その時から数えてみつとせ後の事でござる。参詣のお伴をした折り彼の爺のあばら屋の前を通り掛かった。そこで拙者は以前の礼を述べようと草戸を叩いた。すると如何でござろう、爺は気が違っておった。拙者をコソ泥と信じて責め立てよるのでござる。うぬ。あまり面食らったので刀も抜けずほうほうのていで辞去した。いや何ともお恥ずかしい話でござる。」
「(17)赤ちゃんことば/いなかでちゅ。あめダァダァ。ばぶばぶ。/ワンワン、じいじ。/「こんにちわ、あかちゃん。かぜひきまちゅよー」/かさかりたでちゅ。ぴっちぴっちチャプチャプらんらんらん。/もういくつねんねして、ブーブで、じいじんち。かさかえしましゅ。/「めっ。ひとのものをとるなんてわるいこだ」/あーん。あぶー。びえーん。えーん、えーん。あっぷっぷ。」
 おまえは二時間掛けて『文体練習』を半分読んだ。寝るには丁度良い頃合いだった。部屋の灯りを消した。

【第三日】
 朝七時、おまえは自然と目を覚ました。全身を覆う布という布が湿っている。Tシャツ・パンツ・掛け布団・敷き布団。汗汗汗。しかしぐっすり眠れた。葦影のようにラジオを聴いて夜の去るのをじっと待つこともなかった。意識ははっきりしている。山登りによる筋肉痛を予期していたがそれも無い。万事快調。おまえは携帯電話を確認する。受信・着信なし。山本からの返信はない。万事快調とは言えなかった。ほぼ万事快調。
 山本からメールを最後にもらったのは、もう一ヶ月ほど前のことだ。件名は「Re:誤解だよ!」で、おまえの送ったメール「誤解だよ!」に対する返事だった。文面は以下の通りだった。冒頭におまえのメール本文をそのまま引用していた。
「>> 浮気なんてしてないよ!
>> あれは中学校の時の同級生で、
>> たまたまバッタリ会っただけだって!
>> 信じてくれー頼むー
>> っていうかお願い機嫌直して
>> ね?
(一行空白)
すっかりメールしなくなっちゃったのに
急にあんなメールしてごめんね。
でも、なんだかすっごく悲しくなったの。
(一行空白)
わたしと藤原くんとは自然消滅だと思ってた。
でも、はっきり別れたってわけじゃないから(形式的には、って話…)
あんな場面を見るのはショックだった。
(一行空白)
あのペットショップ、ふたりでよく行ったね。
マルチーズかわゆかったね。なつかしいな。。。
(一行空白)
あの人てっきり新しい彼女かと思ったんだけど、ちがうんだ。
でも、どっちでもいい。
わたし、わかったの。
やっぱりわたしは藤原くんの隣にはいられない。
つきあってるとき、息苦しかった。
つきあいはじめた時からそう。
ずっと緊張してたんだよ。今だから言えるけど。
藤原くんは、普段は楽しい人だったけど、
気むずかし屋さんだったね。
すぐ機嫌わるくなるし、怒らせないように、
わたしはいつも気をつかってたんだよ。
(一行空白)
わたしとよりも同級生さんと楽しくデートした方がいいよね。
今日の藤原くん、わたしに見せたことないくらい笑顔だった…。
(一行空白)
もうこんな迷惑なメールはしないつもり。最後まで嫉妬深くてごめんね。
(一行空白)
さよなら。」
 おまえの言い訳「あれは中学の時の同級生」というのは嘘だった。おまえが「あのペットショップ」で一緒に居た「あれ」は東郷だった。つまり、葦影の彼女だった。おまえは葦影の彼女と仲良くペットショップでデート中、その姿を山本に見られたのだった。もしかしたら、そのあとラブホテルに入った場面も目撃されたかも知れない。しかし、おまえの言う「浮気なんてしてないよ!」は事実だった。おまえは、浮気はしていなかった。たとえあの日おまえの肉体が東郷の肉体を抱いたからといって。
 おまえは布団をはね除け、さっそくTシャツとパンツを脱ぎ捨ててユニットバスへ向かう。シャワーを浴びる。乾き切っていない汗を洗い流す。バスタオルで身体を拭い、新しい下着を身に付け、ジーンズを履く。腹が減った。朝飯を調達しにホテル一階のロビーへと向かう。ソファーに宿泊客が幾人か座っているが誰も何も喋っていない。自動販売機でインスタント焼きそばを買う。部屋に戻り、お湯を注ぐ。
 お湯を注いでからやっと気が付いた。「しまった箸が無い。どうしよう。もう一度ロビーに降りて割り箸を取ってくるべきか……」困った。ちょうど葦影も眠りから醒めた。
「焼きそばを買ってきたんだけど、箸がないんだ。どうしよう「あはは。珍しくおっちょこちょいやりやがったな「面目ない「しかし困ったな。手づかみで食うわけにもいかんし「それでもいいとは思うんだけどね「よかないだろ。熱くてたまらんわ「仕方ない。この応急キットのピンセットで食べよう「マジかよ「他に仕方がないだろ「おまえ全部食べていいよ「ああ。責任持ってね」
 トゲ抜き用のピンセットをよく水で洗い、念のためライターで炙って消毒をし、麺をつまみあげて口に運ぶ。何を用いて食べるかなど味には関係がない。箸で食おうがフォークで食おうが手で食おうが焼きそばは焼きそばだ。味は変わらない。医療用のピンセットだと思うからいけないのだ。焼きそばは本来こうして食べる物なのだ。そう思うことにした。思い込みの持つ力は非常に強い。本物の祈りは理想を現実にする。鶏肉だと思えば蛙も食べられる。願えば叶う。空を飛べると思えば空を飛べるようになる。なりたい自分を繰り返しイメージすれば、いつかそうなる。かくしておまえは焼きそばを食べ終える。
 おまえと葦影は今日の予定をざっと相談した。葦影には京都に会いたい人が居たが、その人からはまだ連絡が無かった。葦影はその話題には一言も触れず、「おまえのための旅行だから、おまえの行きたい場所に行こう」と言う。
 おまえは地図帳を取り出してめぼしい観光地を探す。京都周辺図に赤字で示された地名は鞍馬寺・三千院・神護寺・修学院離宮・御所・南禅寺・伏見稲荷・醍醐寺・長岡天満宮・平等院の十だけ。きっとこれらは京都を代表する観光地なのだろう。京都の南東・宇治から旅は始まり、二日目はその北の醍醐に遊んだ。醍醐からさらに北上するとすれば、次の目的地は南禅寺が妥当だった。こうして本日の予定は「南禅寺に赴き、そこから哲学の道を経由して銀閣寺を参拝。そのあとは成り行き任せ」ということになった。そうと決まれば身支度だ。歯を磨き髭を剃り排便をする。鏡の前で髪をセットする。
 朝九時。廊下がにわかに騒がしくなる。何組かの客がどやどやと出掛けて行く一方で、メイドのおばさんが無遠慮に掃除機を転がし始める。業務用の強力なやつ。朝っぱらから大変な騒音である。さも出て行けと言わんばかりの不愉快な雑音。もう少し滞在していても良いはずだが、この環境下でゆっくりしていく方が苦痛だ。君は荷物をまとめ、ほうほうの体でチェックアウトをした。
 九時三十五分発の地下鉄に乗車し、蹴上駅に到着。速やかに目的地方面へと進む。
 南禅寺でまず目につくのはどっしりとした重厚感のある門。「三門」と呼ばれる有名な門で、ここの二階の勾欄から石川五右衛門が「絶景かな絶景かな」と叫んだという伝説があるそうだ。もちろん、後世に作られた歌舞伎の中での話だが。君は、若者にありがちな稚気を発露させて、日本一有名な大泥棒の真似をしてみようかと思った。しかし上層階に上るのは有料だったので微塵の未練も無く中断した。
 境内には修学旅行生が多い。君には、幾ばくも歳の変わらない生徒たちが完全なる別世代に感じられ、異質な集団の中を逆流する居心地の悪さを覚えた。ほんの数年前まで学ランを着ていたのが今では遠い昔のことのように思える。生徒たちはこちらの存在を気にも留めないが、君は妙に生徒たちを意識してしまう。四面楚歌の心境になり、なんだか気疲れをしてしまった。こういう明るく活気がある場所は、今の君の気持ちにはそぐわない。立派な三門を撮影し、法堂を簡単に詣で、たった十分間ほどの滞在時間で早々に南禅寺を立ち去った。
 南禅寺のすぐそば、聴松院の前を通り過ぎた時、君は「おい。狛犬が犬じゃなくて豚だぞ」と物珍しそうに笑った。狛犬の代わりに猪の像が置いてあった。風変わりである。それから、東山学園という高校の前を通り掛かった。校舎の目立つ場所に「全国大会出場」の横断幕が掲げられている。どの部が出場するのか子細に見てみれば、テニス部・卓球部・写真部。なんとなく校風が窺える。
 そこから歩くこと程なく、君は永観堂門前で五人組の女生徒グループに写真撮影をお願いされた。君は藤原とは違う。女の子が大好きだ。女生徒グループの要望を快く引き受けた。平等院での藤原とは大違いである。君は女生徒の一人からカメラを受け取ってファインダーを覗き込む。
 こういった見ず知らずの他人同士の交流は、端から見ていても気持ちの良いものである。面倒がらず撮影してあげる人は親切な人だなと思う。
 君は被写体の構図に気を配りながら「いきますよ。はい、チーズ」シャッターを押す。女生徒の一人が「ありがとうございます」とお礼を言い、君からカメラを返してもらう。そのそばから別の女生徒が「わたしのもいいですか?」と便乗する。君はもう一台のカメラを受け取ってファインダーを覗き込む。
 こういった見ず知らずの他人同士の交流は、端から見ていても気持ちの良いものである。撮影してもらう側は楽しそうだし、撮影して下さる方に感謝の念を表明する。
 君は被写体の構図──永観堂と女生徒たちとのバランスに気を配りながら「はい、チーズ」シャッターを押す。女生徒の一人が「ありがとうございます」と言ったと同時にまた別の女生徒が「わたしのもお願いします」と便乗する。君は三台目のカメラを受け取ってファインダーを覗き込む。
 こういった見ず知らずの他人同士の交流は、端から見ていると気持ちの良いものである。しかし実際には、撮る側は撮った事実を覚えていても、撮られる側は撮られた記憶を案外すぐ忘れるものだ。両者の間には温度差がある。君はあの時、強く意識したわけではないものの、「いいことしたな」と自己満足をした。確かに君は親切だったに違いない。だが彼女たちは今や誰一人として君のことを覚えてはいないだろう。「この写真って誰に撮ってもらったっけ?」君は彼女たちにとってプリクラの機械と同じ存在だったのだ。
「はい、チーズ」「ありがとうございます」「わたしもお願いします」「はい、チーズ」「じゃあ、わたしも」「はい、チーズ」「ありがとうございましたー」結局君は全員分のカメラのシャッターを押すはめになった。
 君が女生徒たちを撮影している間、藤原が心の中で呟く。「女たちよ、おまえたちは美しい。俺にはおまえたちに触れる資格がない。おまえたちはあまりに美しすぎる、俺のこの手にとっては。──たとえおまえたちの腹の中が、毒で満ちていようと」君に悟られないくらい小さな声。失恋から立ち直れない藤原はいまだにウジウジしていて、いい女とすれ違っても特別な感興をいだかなかった。君にはそれがもどかしかった。「早く山本さんを忘れられたらいいのになあ」と君は思った。
 君は被写体の女生徒たちをその場に残し、哲学の道へ向かう。この辺りは寺町だ。小規模の寺が群を成す。しかし寺社よりも住宅の方が風情がある。由緒ある家々なのだろう。表札を一つずつ点検していくと服部姓が多いことに君は気が付いた。安易に連想されるのは「忍者ハットリくん」であり、忍者の末裔が住んでいるのかも知れないという妄想が働く。
 いつの間にか哲学の道に入る。小川に沿った小道で、木々が多い。哲学者の西田幾多郎がしばしば散歩をしたことからこの名があるそうだ。が、君にはあまり哲学的とは思えなかった。どんな霊感を授けてくれる道かと期待していたが、自堕落なおじさんたちが昼寝をしているだけで、歩いていてもとても高尚な思想など生まれそうもない。一方の藤原は、君の失望に対してこう意見した。「夕方や夜に歩けば違った印象を受けるかも知れないし、今のように酷暑の季節でなければ哲学的な気分になってくるんじゃないの。それに、この人たちは現代のディオゲネスかも知れないよ」君にはディオゲネスが何かよく分からない。ギリシアの哲学者っぽく思えたが、違っていたら恥ずかしいので特に何も言わなかった。
 哲学の道と併走する清らかな流れの中に、錦鯉などが泳いでいる。君も藤原も生物学には詳しくないので本当は何の魚かわからないがハゼのようなのも見える。ビールの空き缶も見える。空き缶。こういう美しい川にもゴミを投げ捨てる人がいるのは信じられない。
 百メートルほど歩いた所で、川底に立つ人影が見えた。何をしているのだろうと思うと、老人がゴミを拾っていた。
 地元東京の道路に、汚い側溝がある。そのドブは長大なゴミ箱と化していて、ありとあらゆる物が捨ててあった。ビニール袋・ペットボトル・新聞・タイヤ・エロ本・電子レンジ・人形・医療器具・猫・自転車・テレビ。緑色をした水の表面をガラクタが埋め尽くしていた。近寄るのも憚られる醜いドブだが、たまにきれいになっていることがある。もっとも、すぐにまた汚されるのだが、それでも一時的にサッパリする。それが不思議だった。今、ここ京都の哲学の道で、きれいになる原因がわかった。当たり前と言えば当たり前だが、ドブがゴミを勝手に消化するわけでもなく、神が浄化するわけでもなく、人知れず骨を折って処理している人がいたのだ。駅に設置してあるゴミ箱にしろ町内のゴミ捨て場にしろ、自動でゴミが消えるわけではないのだ。その裏では、日夜汗を垂らしてゴミを片づけてくれる人がいるのだ。社会は上っ面だけで動くのではない。世の中は水面下で流れているもの。縁の下の力持ちが生活を支えている。それは君や藤原の人生にも言えることだ。
 やがて銀閣寺前の参道に着いた。閑散期の京都とは思えない活気である。たくさん並ぶ土産屋のそこここに修学旅行生の団体が群れている。いくつもの学校が入り混じっているのが女子の制服の違いから判然とする。男子はどいつもこいつも皆そっくりなワイシャツを着ているが、スラックスの色が微妙に異なるのでやはり別々の学校なのだと判別できる。この時点で少し嫌な予感がした。
 立派な総門を抜けると、広くはない道の左右に生垣が要塞のように高くそびえている。L字型の道は右に折れる。建造物は全く見えない。この先に待ち構えている名所への期待がいやが上にも高まる。しかし、拝観料を払って境内に入るとハイ残念、修学旅行生だらけである。君や藤原のような一般参拝客も居るには居るが、割合にしたら五パーセント以下だ。もの寂びた幽玄の世界が楽しめると思って訪れたのに、空気感は場末の遊園地と変わらない。ただ観覧車の代わりに古めかしい日本家屋が建っているばかりだ。小さな中門を潜るとすぐ目に付くのが銀閣寺観音殿である。あまりにあっけない邂逅。教科書で見た通りの銀閣が教科書通りに建っている。そして、辺りの空気を満たす修学旅行生のはしゃぎ声。ぴーちくぱーちく鳴きやがるヒヨコどもの雑音。おかげで感動は一切ない。
 普段の君は陽気で愉快な男だった。だからこそ渉外担当として、真面目だが内気な藤原に代わって、初対面の人間の相手を努めたりもした。しかし今は──良好な人間関係を築く必要がない今は、キャラクター作りをせず、よそ行きの笑顔を消して藤原とあまり変わる所がない。
 白砂を盛った向月台(こうげつだい)や、波紋を表現した銀沙灘(ぎんしゃだん)など、見所も多いが、落ち着いて鑑賞していられる雰囲気ではない。平等院を眺めた時のような心持ちとなれることを期待していたのに。団体旅行者に出会すと個人旅行者はつらい。静かな旅を望んでいる身としては、仲良さそうに騒ぐ渦中に放り込まれると居たたまれなくなる。それでも折角来たんだから足早に立ち去ることはせず、なんとか閑寂な趣を少しでも味わおうと踏みとどまる。君のそばではボランティアの老人が修学旅行生相手にガイドを努めている。その解説が君の耳にも自然と入ってくる。
「金閣寺に金箔を貼ったように、銀閣寺にも銀箔を貼る予定だったのではないか、と言われています。貼ったけど剥がれてしまったんだとか、貼るつもりだったけど予算が無かったんだとか、色々な説があるんだけど、私は最初から貼る予定はなかったと思います。月の光に照らされた銀閣寺が池に映るとき、それだけで銀色に輝いていたと思うんです……」
 御説ごもっともだが、今の君には枯淡の風情を味わう精神的な余裕がない。
 石畳の山道を上る。細い滝が池に落ちていて、「洗月泉」とある。うまい名付けだ。きっと夜には水面に浮かぶ月がすすがれてるような景色なのだろう。老人の話といい、向月台といい、随分と月を大々的に取り上げている。月は太陽の快活な明かりを照り返している存在に過ぎない。昔の人はそれを知っていたのだろうか。そして、甲は乙の人格が放射する光の反照に他ならない。甲はそれを知っているのだろうか。
 山道の最も高い地点に来ると、木々が無く視界がひらけている。銀閣寺の全景を見下ろす。向月台はいかにも作り物めいている。その形状から藤原はPINOというアイスを連想し、君はさらにピノの名からファミスタに出てくる韋駄天を連想した。
「てめえら全員くたばりやがれ」前途ある若者たちを呪いながら君と藤原は銀閣寺をあとにした。
 ある日を境に、君は藤原と出会った。それ以来、君は藤原といつでも協力し合ってきた。それまで君が一身に受け持っていた苦痛や屈辱を藤原と分かち合った。やりたくもないお稽古事を分担した。君がピアノと英語を担当し、藤原が剣道と水泳を担当した。トマトときゅうりは君が食べ、グリーンピースは藤原が食べた。食卓に並ぶ魚料理は藤原が片付けた。君と藤原は真の信頼によって結びつけられていて、決してお互いを裏切ることはなかった。
 君たちの意志疎通は、口頭での会話ではなく、テレパシーで行なわれた。声を出さなくてもお互いの思っていることが解った。君には藤原の心の声が聞こえたし、藤原には君の心の声が聞こえた。藤原が頭の中で思い描くイメージが君には見えたし、君が思い描くイメージが藤原には見えた。君たちの考えることはお互いに全て筒抜けで、だからこそ相手に隠し事などは一切しなかった。できなかった。この能力が君たちに備わっていたのはある種当然だと言えた。以心伝心。心の中のつぶやきが相棒にも伝わるのは、当たり前と言えば当たり前だった。
 君は藤原さえ居れば他に友達はいらないと思っていた。それは藤原も同様で、現に藤原には彼女も友達もいない。君たちは孤独だった。しかしそれは自分から望んだ孤独だ。君も藤原も、他人を真に信用できない。君が信用できるのは藤原だけ。藤原が信用できるのは君だけ。友達も、恋人も、信じられない。肉親? もっと信じられない。信じて裏切られるより、最初から信じずに裏切られる方が反動は少ない。そう、他人は裏切る。信用できない。てめえら全員くたばりやがれ。
 あと十五分ほどで正午となるが、本格的な昼食はひとまず置き、君はすぐそばのぷんぷく茶屋にて、体にこもった熱を和らげてくれる和菓子を注文した。髪の乱れを直す振りをして、藤原と冷やし飴を分け合う。店の前のベンチでおじいさんとその孫が遊んでいる。犬がおじいさんの足下でじゃれている。
 君は今朝来た道を逆に辿って蹴上駅に戻ろうとした。その途中、急坂の上に位置する法然院に寄った。何の期待もせず、ついでの気持ちで。坂は一種の試練となっていて、銀閣寺から軽い気持ちで流れてくる人間を阻んでいる。
 法然院は甚だ静閑。静寂は孤独な旅路の伴侶である。君は初手からこの寺に魅了された。門をくぐってまず目に入るのは通路両側に配された見事な枯山水だ。縦の長方形に砂を盛って、その上にいくつかの波紋を広げている。左と右とでは紋様が違う。実に美しい。そして、境界線となるロープは張り巡らされていない。竹製の柵で囲まれているが極めて低い。不躾な乳幼児が踏み入って暴れ回ることなど考えもしないのだろう、放任主義的な寺だ。開放的で、参拝者を野放しにしている。人を信じればこそ出来る計らいである。
 心ゆくまで枯山水に見取れたあと、君は石畳を進む。敷地内の大部分が日陰で、所々に無造作な木漏れ日が差している。奥に至ると落ち着いた佇まいの堂宇が建っていたが、観光客どころか関係者の気配すらしない。この世ならぬ雰囲気と言えば言い過ぎだが、心地よい孤独に身を浸したかった今の君にとって、この場所ほど打ってつけの場所は他に無かった。少なくとも地球上には。君は堂宇の濡れ縁に座り、ラジオから伸びるイヤホンを耳に突っ込んだ。BNSラジオの報道番組が聞こえてきた。
「……現場は銀閣寺から東におよそ四百テラメートル、東山慈照寺で起きました。修学旅行生の一人が監視員の目を盗んで国宝の観音殿をナタで破壊、器物損壊罪と目玉窃盗罪で現行犯逮捕されました。警察の調べによりますと、『このナタは同級生を殺すために持ってきた。しかし、国宝を壊す方が人殺しより重罪だと思った。法律による罰は、殺人より軽いけどね』と犯行動機を供述しているようです。以上、現場から伊藤が……」
 我が意を得たりとばかりに、君は汚い笑いを浮かべた。一方の藤原は、遠慮がちに君に問う。「どうした。また何か面白いことでも言ってたか「いや別に」君は黙ったままラジオをしまう。そして法然院を後にした。
 哲学の道の木陰では、土木作業員の格好をしたディオゲネスたちが各々休憩中だ。弁当を食べたり、顔をタオルで覆って昼寝したり、ビールを飲んだりしている。
 ぷんぷく茶屋を後にしてから一時間が経過。いよいよ本式に腹が減ってきた君は、蹴上駅へのルートを外れ、目についたうどんとそばの店「まゝや」に入る。店内は狭い。梅肉もずく入りうどん・かやくおにぎり・夏野菜と海藻のサラダを食べる。美味であり、かみさんの接客も気持ちよい。満足に腹を撫でながら、君は藤原に提案をした。
「蹴上駅へ戻るつもりだったけど、ここらへんを適当に散策してみないか「そうだな。特に今すぐ行きたい所も無いしな「せっかくの自由な旅だ。脱線も必要だぜ」
 腹ごなしついでに周辺をうろつくことにした。
 住宅地をいい加減に歩いていると、真如堂というお寺に行き当たった。どっしりとした木組みの屋根を持つ三重の塔や立派な本堂があるが、しかし、印象に残ったのは境内に掲げられた看板だった。書かれている内容から察するに、犬や鳩の糞に悩まされたり賽銭泥に遭ったりしているらしい。確かに、本堂の屋根には鳩が偉そうに鳩胸を反らしているし、瓦はペンキをこぼしたように白い。鳩とお坊さんの問答が聞こえてくるようだ──
「これ、ハトよ。堂宇の屋根にクソを垂れるでない」
「どうしてだいお坊さん。だってこんなに古くて汚い建物じゃないか。今さらちっとやそっと汚れたって構わないじゃないか」
「歴史ある、由緒ある建物なんぢゃ。後世にまで伝えてゆかねばならぬ。おぬしらのクソで痛んだら大変なのぢゃ」
「ハトに歴史は無いよ。ハトの後世には無くても困らないよ」
「一応聴いておくが、いかに無知なおまえでも、阿弥陀様は知っているだろう」
「バカにするな。知っているさ」
「その堂宇は、阿弥陀様のお住まいぞ。阿弥陀様の頭上めがけてフンを垂れるとは何事ぢゃ。恥じ入れ」
「へえ。阿弥陀様がこの下に居るのかい?」
「そうだ」
「はは! 俺の下に居るのかい。俺はてっきり、俺より上に居らっしゃると思ってたよ!」
 ──立派な寺なのに貴ばれていなくてなんだか可哀想である。しかし鳩の言い分も尤もだ。
 気の毒な真如堂を見捨てて三十分ほど寺町「浄土寺」をさまよう。そして迷う。現在地が全く分からなくなってしまった。完全なる迷子。地図を見てもさっぱり。しかしこういうのも旅の醍醐味だ。目的地を定めぬ気楽な旅である。君が不安を感じることはなかった。
 偶然にも「新撰組発祥の地」を標榜する寺に行き当たった。しかし、「私有地につき通り抜けを禁ず」とあり、見学して良いやら悪いやら。君はまごつく。進むべきか退くべきか。いささか逡巡した後、結局「ブームには躍らされまい」という理由をこじつけて、去る。今から思えば、多分、大河ドラマの影響で訪れるミーハーな観光客を追っ払うために敷居を高くしていたのだろう。別に新撰組のファンではない君は、この但し書きの格好の標的。安易な気持ちで足を踏み入れなくて良かったのだ。
 この辺りはタクシーの往来が非常に熾烈で、しかも狭い道なので車輛同士のすれ違いはギリギリだ。すれ違いの際は二台のタクシーが道幅一杯を占領するため通行人も足を止める。君も何度か足止めを食いつつ、気の向くままに寺町を彷徨する。
 やがて交通量が減じてくるに従って、寺町は再び住宅街へと様変わりする。低所得層と思しき家々。家の壁に共産党のポスターが大いに貼られている。
 なおもいい加減に歩き続けると小学校が見えてきた。錦林小学校。グラウンドでは体育の授業中である。一般道を挟んで両側に学校の敷地があるが、これは別々の施設なのか、それとも君の通う大学のように一般道が構内を貫いているのか──よく分からなかった。その一般道を向こうに抜けると一挙に都会めいた雰囲気となった。
 大きな道路の青看板に「平安神宮」と表示されている。君は「何か聞いたことがあるな」と思ったので行ってみることにした。たぶん君は平安京と勘違いしていたのだろう。横断歩道を渡り、入口へと向かう。
 少し大袈裟な表現になるが、天国かと思った。息をのんだ。朱塗りの柱に翡翠色の屋根を頂いた門を潜ると、真っ白だ。圧巻だ。広大な敷地に白砂が敷き詰められている。しばらく立ち尽くして見取れた。日本の上空に天国があるとしたらきっとこんな景色なのだろう。真っ白な広漠たる地面と、朱と緑の対比が美しい大陸風建築。まぶしい白色光の中を観光客が所々ゆらゆらと動いている。
 人だかりができている場所では神前結婚式を執り行なっていた。平安神宮のショーの一部となっていた。和服姿の新郎新婦と、アイドルを撮影するように遠慮なくカメラを向ける他人たち。君は少し嫌な気分になって本殿に進んだ。賽銭は投げず、手も合わせず、ただ芸術的な彫刻に見入った。
 他の見所として、「神苑」と呼ばれる広大な庭園が裏手に存在するらしい。君は普段、お金を取るおまけには手を出さない。しかし、平安神宮の天国のような雰囲気に加えて「神苑」という名が気に入り、入場料を払うことにした。入ってみると、単なる植物園に思えた。植物が特別好きではない君も藤原もあまり感心しなかった。西神苑の喫煙所で一服する。一口吸って、軽く後悔した。喉が渇いているので何か飲みたいと思った。近くに喉を潤してくれる物はない。煙が喉に絡み付いた。人に見られないように痰を吐いた。
 中神苑で臥龍橋を渡る。こういうネーミングセンスにはいちいち感心せずには居られない。単なる飛び石が臥せた龍に変わり、石化したその背を渡っているような風雅な気持ちにさせてくれる。蓮植物の多い濁った池も神秘的な湖面へと変貌する。
 東神苑泰平閣・橋殿。遠き平安の時代を偲ばせる景色だ。ただの橋ではなく、立派な屋根の覆い被さった堂々たる一建築である。観光客たちは思い思いの場に座を占めて水面を眺めたり談笑したりしている。鏡となった水面では、倒立した建物が風に揺れている。
 神苑を後にし、君と藤原は自動販売機そばのベンチで休憩をする。喉がカラカラだ。ポカリスエットを流し込みながら視線を三メートル先に移すと、ハトが数羽、腹を地べたに着けて座っている。ハトにとっても京都の夏は暑いのだろう。その中に仲睦まじいハトの番いがいて、夫らしきハトが頻りに妻らしきハトの首周りをつついている。妻らしきハトは時に目をうっとりと眠らせて一歩も動かず黙然としている。数分くりかえしている。君は東京に残してきた東郷をちらりと思い出した。
 動物的な、生存本能に基づく性行為を「愛」と呼べるなら。君の東郷への愛は確かに「愛」だろう。欲望剥き出しの、淫猥なる悦楽の希求。それが愛と呼べるなら。しかし、極めて人間的な、崇高で神聖な情を「愛」と呼ぶなら……? 君の東郷への愛は「愛」ではない。君は真情から東郷を愛してはいない。年上の女。母性の代替品。面倒見の良い、都合の良い女。肉欲の発散の場としての。
 君の恋愛は、魂の自然な発熱ではない。快楽を貪るためのある種の人工的な技術。女を魚に見立てた漁法だ。餌を撒き、釣り針は見せない。何度も根気よく餌を与えて、少しずつ油断させ、しかるのちゆっくりと網ですくう。すなわち、かわいいを連発する。しかし、かわいいかわいいと連呼しても興味のあるそぶりは示さない。釣り針を見られないように、下心があると思われないように、「確かにかわいいけど、別に好きではない。かわいいっていうのは主観的な感想じゃなくて、客観的な観察だよ」などと言い添える。これが君の撒き餌だ。しばらくは興味の無い振りをし、じわりじわりと餌を与える。かわいいと言われて悪い気はしない女は、次第次第に君に惹かれ始める。惹かれている・もしくは見えない糸に引かれていることに気づかない女は、冗談の類に過ぎないと思っていた君の言葉を段々とおいしく感じ始める。そこを一撃、ここぞというタイミングで仕留める。君は複数の女に──広範囲の漁場に撒き餌をし、養殖をし、お世辞をたらふく食べて肥えて来た魚を選んで、頃合いを見て見事に釣り上げる。
 君は愛の言葉を軽々しく口にする。大安売りのバーゲンセール。しかしそれは本心ではなく、かつて誰のことも衷心から愛した経験はない。完全に信じると言うことは誰に対してもできない、藤原以外には。どこか冷めた自分がいる。信じなければ、裏切られてもダメージが少ないわけだし。自分の全てを擲って相手に身を委ねたとき、もしも裏切られたらそのダメージは計り知れない。
 君は生まれ付いての道化だった。演技の達者な役者だった。人を騙す詐欺師だった。人はそれぞれ自分の中に複数の人格を有している。状況や場合に応じて、いろんな自分を使い分ける。友達に対する時と他人に対する時とでは、同一の性格ではない。上司の前と家族の前とでは言葉づかいが違う。一人の時と大勢の前とでは演じるキャラクターが異なる。誰だって仮面をかぶっている。心に仮面をかぶせている。時と場所と状況と相手に応じて、仮面をすばやく取り替えている。川劇(せんげき)に於ける変臉(へんれん)と同じく、一瞬で外面をチェンジしている。本心は仮面の奥に秘められたままだ。
 その仮面が何で形成されているか。木や鉄などの、一目瞭然で作り物と判ってしまう素材なのか。それとも、被っていることが誰にも見破られない、人工皮膚なのか。胡散臭い演技では裏に潜む悪意がすぐに露見する。生身の表情に近い精巧な仮面を着ければ、よもや素顔を偽っているとは思われないで済むだろう。それは心持ち次第で変えられる。センスの無い詐欺師などは上っ面だけの笑顔を作るが、腕のあるのは違う。表面上の優しさではなく、本当に優しい。動物に手ずから餌をやるには警戒を解く必要がある。まず自分の心を偽り、真心から獲物に尽くす。その仮面は透明で、従って仮面であることは決してバレることがない。いかに人を見る力がある者でもその仮面に気付くことはない。対象がひどい人間不信でさえなければ、十全に騙(だま)し果(おお)せる。その仮面を作るのは精神の修養次第だ。思い込むこと、それが肝要で、真の詐欺師は邪心をすっかり隠して役に成り切る。──役に成り切る、ではまだ不十分か。演技の域を軽く超越した振る舞い。腹に一物蓄えた本人でありながら、自身がその本心を忘れてしまうような成りすまし。自我を喪失するくらいに性根を矯めることで初めて、万人をペテンに掛けられる嘘吐きとなる。おぞましい本音は、どんな親しい身内にも漏れ聞こえることがなくなる。君は第一級の詐欺師だ。君は本当に人を愛した経験がない。
 君はなぜ他人を愛せないか考えたことがある。藤原も交えてかなり真剣に、原因を自己の深層に探った。母親のせいかとも思った。あの母親の。あの教育。現世では二度と顔を合わすことはないであろう肉親。親父がいれば、現状は違ったかも知れない。しかしそれもあくまで仮定の話だ。現実はこうだ。君が居て、藤原が居る。ただそれだけだ。母親との関係も影響しているかも知れないが、やはり、あの子の喪失が一番の原因だと、君は結論付けた。東郷には申し訳ないが、君はあの子が忘れられない。あの初恋が。君は本当に人を愛した経験がない。ただ一人を除いては。
 休憩を終え、君は平安神宮を出た。日没にはまだ時間がある。あまりにスケジュール過密となるので予定すらしていなかったが、二条城にまで足を伸ばそうかと思った。
「どうする」藤原と相談をする。「間に合うか「何時までだろう「まだ入れると思う「そうかなあ「ちまちま小さいこと考えず即行動だ。勢いが大事なんじゃないか。この旅の始まりからしてそうだっただろ「そう「イエス「ノー「いえっス。って結局どっちだよ。イエスかノーか「じゃあ行こう「行こう!」
 徒歩で東山駅へ向かい、そこから二条城前駅へ移動する。城には十五時四十分に到着した。入城は十六時までで閉門は十七時。ギリギリ間に合った。幅の広い水堀を渡り、十メートルほどの高さの門を抜ける。右手の番所に裃姿のマネキンが詰めていて、こちらを窺っている。
「当時の守衛だな「IDのご呈示お願いしまーす、ってな感じか「ちょんまげ姿が可愛いぜ」
 築地塀に沿って敷地内に進むと、黄金の装飾が随所に施された壮大な唐門が見えてくる。実に豪華な門だ。それでいて黄金は嫌味になっていない。そして門の向こう側には二の丸御殿が見える。巨大な唐門が画した空間に小さく収まる二の丸御殿、両者の調和。
 二の丸には十六時以降入れない。君は滑り込みで入れてもらった。順路に沿って六棟の建物を巡る。部屋数は総計三十三、畳は八百畳にも及ぶ。廊下の床は鴬張り。歩く度に鴬が鳴くような可愛い音がする。侵入者の存在を報せる役目を果たしている。決して床の木材が壊れ掛かっているわけではない。
「『ヒットマン』の日本ステージにもこういうトラップ、あったなあ。きしむ床「ああ、あったね。うっかり踏んじゃうとキイって鳴って、近くにいる忍者が気付いて襲って来る、っていう「あれって外国人が作ったゲームだけど、開発者、多分ここに来てヒントを得たんじゃねーか?「あの忍者がまた最高だったよな。字幕では『とまれ!』って出るんだけど、音声は日本語で『ヤメー! ヤメー!』だもん。『Stop!』の誤訳なんだろうけど、間違いの度合いが絶妙でよ。笑えてしょうがない「ヤメーって。柔道じゃねえんだから「ヤメー! ヤメー!「『バカー!』ってのもあった「あのゲームの開発者がここに来てたのかと思うと、何か感慨深いね」
 大広間の一の間は大政奉還が行なわれた歴史的な部屋。一段高くなっている上段の間に将軍が座るわけだが、すぐそばに小さな飾り扉が設えられている。武者隠しの間と呼ばれる小部屋だ。
「誰かが将軍と謁見する時は、有事の際に備えて、あそこに何人か侍が潜んでたわけだ「将軍に斬りつけようとする不届き者が居たら、あの小さな戸から、凄腕の用心棒みたいなのが飛び出してくる「浪漫を感じるぜ。考えるだけでテンション上がる「僕たち男子はああいう忍者屋敷的な仕掛けが大好きだからな」
 将軍の居間兼寝室である白書院は、これまでの豪華な部屋とは違った趣。諸大名を迎える部屋は、徳川家の権勢を示すために豪華な襖絵に彩られていたが、白書院は落ち着いた山水画の襖絵だ。「ゆっくり寛ろぐためだな」
 二の丸御殿の廊下を右回りにぐるりと一巡りし、入口から外に出る。次は二の丸庭園を歩く。江戸期の天才庭師・小堀遠州の造園。池泉回遊式庭園で、どの方向から池を見るかによって庭は様々に表情を変える。池の東・大広間からの眺めは、訪れた大名たちの見た角度。石の配置が豪華で迫力があり、実に画的である。池の北・黒書院からの眺めは、寛ろぐ将軍の見た角度。大小の石によって遠近感を出し、さらに石橋が奥行きを表現している。池の南・かつて行幸御殿が建てられた場所からの眺めは、後水尾天皇の見た角度。丸みを帯びた石の目立つ柔らかな庭。
「天皇のたった五日間の滞在のために、池の南に御殿が建てられたんだって「すげーなオイ「で、その御殿から見た景色もよくなるよう、池の周りの石の配置、変えたんだってさ。非常に計算され尽くした美だね「そこが逆に、鼻について、俺は好きじゃないね「僕は好きだけどなあ。自然を征服している感じがして「そりゃ西洋的な考え方だね。俺は自然と調和した庭が好きだよ「借景って奴?「いや、よく知らないけど。とにかく、あんまり人工的すぎる庭は好きじゃないよ「でも昨日、三宝院の庭園を絶賛してたじゃん。あれなんかモロに人工的な庭園じゃん「じゃあ、この庭も好きだ「なんだよ」
 池の周囲を歩き、本丸の方に向かう。広大で美しい芝生の上に松の木がそこかしこに立っている。樹齢数百年と思われる巨大な松もある。
「気持ちがいいな「開放感やべえな」
 本丸とされる建物は意外と小振りだ。
「これ、本丸じゃないんだって「どういうこと?「本来は天守閣のある立派な城だったんだけど、雷による火事で焼失したんだってさ「あらら「で、今のこの建物は、京都御所にあった旧桂宮御殿を移築したんだって「そっか。しかし移築ってさ、いつも不思議に思うんだけど、どうやって移すわけ?「木材をバラバラにして運ぶんじゃない?「それも凄い話だよな「天守閣跡に行ってみよう」
 巨大な石垣。用いられている石の形は様々だが、隙間なくガッチリと噛み合っている。
「よくこんなバラバラの形の石で崩れないな。ちょっと怖いな「今みたいに重機が無い時代、工事はさぞかし大変だっただろう「ちょっと想像が付かないな。人力で運べるのか、これ「数人掛かりでも……ちょっと無理だよな「運ぶのはまだしも積み上げていったのが。すごいな。ピラミッドみたいに石の形が揃ってるわけじゃないもん「なんだよこの斜めっぷり「切り口を研磨したりして、強固に組み合わさるようにはしてるんだろうけど。不思議だなあ」君は平手で石をぱんぱん叩く。
 見るべき場所は全て見た。君は休憩所で煙草を吸ってから、閉門ギリギリで二条城を出た。駅に戻るため、横断歩道に歩み寄る。
 君は信号機が赤から青に変わるのをじっと待つ。向こう側には母親と小学生くらいの女の子が立っている。車の往来は途絶えている。渡ってしまっても差し支えない。女の子だって判っているだろう。馬鹿正直に機械の命令を遵守する年頃でもないし、友達と下校する時は、安全さえ確認できれば信号を無視して横断歩道を渡っているだろう。それぐらいの軽微なルール破りはする。世の中の仕組み・暗黙の了解事項はとうに認識している。けれど、女の子は母親の手前、いつものように渡ったりはしない。賢いこの女の子は、世の中を渡って行くには演技が必要だということもわかっている。いや、この子だけではない。母親だって女の子と連れ立っていなければ渡っているのに違いないのだ。君はそんなことを夢想しながら親子を見つめていた。するとそこへ、親子の背後から中年男性が歩いてきた。さらにそのかなたからは自転車に乗った若者が走ってくる。前者は優しそうなおじさんである。後者はなんだかガラが悪い。歩行者と自転車とはほぼ同時に横断歩道の前に差し掛かった。そこで君は次の光景を目撃した。優しそうなおじさんは、車の来ないのを確認すると、子供の目の前で、信号を無視して横断した。自転車の若者は、子供がいたからだろうか、停止した。
 女の子は不思議そうな表情をしている。意外の感に打たれた顔だ。「見かけだけで分かるほど、単純な世の中ではない」とでも思っただろうか。見かけだけで──誰が君を二人だと思うだろう。事はそう単純ではない。
 信号が青に変わった。横断歩道を渡り、二条城前駅から地下鉄東西線に乗り、次の烏丸御池駅で地下鉄烏丸線に乗り換える。「ちかてつからすません、って、ちかてつとりまるせん、にしか、見えないよなあ。地下鉄から、すんません!」なんてアホなことを考えながら。
 京都駅に到着。前日同様、駅の案内サービスで今夜の宿を探してもらう。週末に向けて混み始めてきたのだろう、満室の宿が増えている。「値段はいくらでも。でも安ければ安い方がいいです。駅の近くが……」などとやっていると、駅前の松本旅館にチェックインすることになった。どれくらい駅前かと言うと、京都駅前のロータリーをすぐ眼下に見下ろすくらいの駅前である。正面には巨大な駅舎がパノラマで広がっていて絶景である。オフィスで働く人が部屋から丸見え。駅前の騒音もよく聞こえる。今夜は眠れないのではないかと心配になった。
 素泊まりである。君は一時間半ほど身体を休めたあと、夕食を食べに再び外出をする。京都駅前地下街ポルタを一通り歩き回り、とんかつ屋KYKに入る。大原セット(ヘレカツ・海老フライ・帆立貝柱フライ盛り合わせ)を頼む。人の目を気にし、藤原とは一秒たりと交代せず、君は一人でぺろりと平らげた。とんかつ屋を出て、コンビニで翌日の朝飯を調達し、旅館に戻った。
 エレベーターで一階へ下り、地下の浴場へ。他には誰も入っていない。というか、まず、電気が点いていなかった。「今日、もしかして自分しか入ってない……?」初日の大浴場貸し切りを思い出しながら身体を洗い流し、湯に浸かる。そして今日この日を振り返る。平安神宮・二条城も見て回れるとは思わなかった。法然院を辞したあと寺町で迷ったりもしたが、非常に効率良く事の運ぶ日であった。何の計画も立てていない割には万事がスムーズだった。その分、疲れた。今日はほとんど君一人で活動したので疲労蓄積は尚更だった。
 風呂から上がり、部屋に戻ってしばらくすると、君はズボンのポケットに違和感を感じた。ついに来た、と思った。ポケットから携帯電話を取り出し、受話口を耳に当てる。
「もしもし」「 」「うん。今京都だよ」「 」「そうなんだよ。うん。」「 」「言っただろ。必ず見送りに行くって」「 」「いいよ」「 」「いいって。で、今どこに居るの?」「 」「そっかぁ……」「 」「うーん」「 」「でも、必ず見つけ出すから。必ず会いに行くから」「 」「俺はさ、えっと」「 」「うーん。これは会ってから話すよ」「 」「へへへ。楽しみにしておいて」「 」「でももう京都に居るんだから、もう、すぐそばだよ」「 」「うん。じゃあね。あと三日……か? だよね。必ず、見つけてみせる」「 」「うん。それじゃあね。バイバイ」
 君は携帯電話をテーブルの上に置く。藤原が不審がる。「電話鳴ったか? 今、誰としゃべってたんだ?」君はうやむやな返事をして明確には答えない。女の影。藤原は自分の勘が的中したと確信する。「ふざけるなよ!」冷静沈着な藤原が珍しく激昂する。しかも相手は君だ。意志疎通はテレパシーで、思うことは全て筒抜けのはずで、それゆえに隠し事など絶対にできるはずがない唯一無二の相棒。君と藤原は、出会ってから十余年、一度たりとも喧嘩などしたことがない。初めての口論だった。藤原からの一方的な抗議。今回の旅を企画したのは君だ。藤原の失恋の痛手を癒す傷心旅行として、藤原を引っ張り出したのだ。しかしそれは押しつけがましい言い訳で、本当は君自身が京都に来たかったんじゃないか。京都に居る女と会いたいだけだったんじゃないか。
「僕は君の引き立て役じゃない。僕は君の影じゃない。僕は僕だ。僕はいつだって君の……。君ばかりいい目に会う。僕が彼女にふられたのだって、元はと言えば君のせいだろ。今回の旅行、これって僕のための旅行じゃないのか。それなのに。それなのに、やっぱり君は君のために京都に来たんだろ。僕のためではなく。どうなんだ!」
 君はすぐには答えない。しばらく気まずい沈黙が流れたあとで、君はようやく力無くつぶやく。「ごめん」藤原は次第に落ち着きを取り戻し、静かに君の言葉を待った。「おまえの言うとおり、俺はある女の人と会いたくて、旅行先に京都を選んだ。でも、おまえを慰めるために旅行をしたいと思ったのも本当なんだ。わかるだろ?「……「数日中に、ちゃんと答えるよ」
 藤原はおやすみも言わず眠った。君は溜息を吐いた。正直に打ち明けて信じてもらえるだろうか。信じてもらえたとして、藤原は納得するだろうか。真実を知ったら、どういった行動に出るだろうか。君は深く苦悩する。
 君から言わせれば藤原はあまりにも感情の起伏が乏しく、人間味の無い冷たいロボットか何かのように思えることがあった。しかし藤原はロボットではない。私には解っている。君に比べたら人間くささに欠けているかも知れないが、実際には恋にも悩むし、仕事も失敗することだってある。藤原は一個の確固たる人間。独立した人格だった。
 可哀想な葦影と藤原。だが、君たちは大丈夫だ。大丈夫。君たちは大丈夫なんだ。何も心配することはない。
 君はシャツとパンツだけの軽装となり、夜具を腹に掛ける。ラジオの力に頼ることなく、いつの間にか眠りに落ちて行った。汗腺を責め立てる蒸し暑さも、鼓膜を撫でる京都駅前の喧噪も、意識に及ばなかった。

【第四日】
 携帯電話のアラームが鳴る。六時。予定通りの起床。外はすでに明るい。カーテンを開け放つ。駅前はさすがにまだ人通りも少ないが、スーツ姿のサラリーマンが何人か群れずに歩いているのが見える。「観光都市であっても、普通の仕事をしている人もいっぱい居るんだな」当たり前のことを新発見のように感じながら、君は後頭部を掻き、洗面台で顔を洗い、鏡を確認し、昨夜コンビニで買ったパンにかじり付く。おまえは寝起きの頭でのろのろと旅支度をする。
 時間は悲しい記憶を少しずつ漂白していく。決して消えることはないと思われた強烈な思い出も、徐々に経年劣化する。長い年月が経てば印象もいつかは薄まる。雨垂れの一滴一滴が悠久の時をかけて石を穿つように。水滴の一粒一粒が石を分子単位で窪ませていくように、一秒一秒が記憶を削っていく。今のおまえに、昔のおまえの苦痛を感じ取ることはない。今のおまえの意識を支配しているのは昨晩の新鮮な記憶だけだ。葦影との初めての喧嘩。おまえは葦影に謝りたいと思う。しかし、葦影から謝って来るべきだとも思う。だから黙っている。
 過去の自分は自分であって自分ではない。少なくとも現在の自分ではない。一日ごとに新しい自分に生まれ変わるとしたら、一年で三百六十五人の異なる自分・自分の比類無き理解者・親友を得ることになる。おまえは最早昨日のおまえではない。昨日のおまえは、今日のおまえと非常によく似た他人。おまえより一日だけ年の若い別人だ。おまえは昨日のおまえをほんのちょっぴり憎む。昨日のおまえは葦影と険悪な雰囲気になった。十余年に渡る良好で強固な関係性に亀裂を生じさせた。やはり今謝るべきだと思う。自分から、葦影に。──今正しい行動をしなければ明日の自分に恨まれるだろう。人が「あの時なぜ勉強しなかった」とか「どうして目覚まし時計をセットしなかったんだ」などと言って、過去の自分を叱るように。おまえは謝ることにした。明日の自分に怒られないために、そして未来の無数の自分から憎まれないために。
「起きてるか「起きてる。おはよう「おはよう。昨日はごめんな「何が? ああ。あれ。いや、俺の方こそ「言い過ぎたよ。悪かった「悪いのは俺だ。おまえが謝る必要はない「……「気を取り直して、今日も楽しく行こうや」
 少し痼りは残っている感じだったが、おまえと葦影は簡単に和解した。十余年来の親友だから、いつまでも大喧嘩はするわけはないし、四六時中一緒だから喧嘩を継続するのは不都合だった。こういうとき握手を交わせないのは不便だが、とにかく、おまえたちは昨夜以前のおまえたちに戻った。
 おまえは葦影と今日の大まかな日程を相談した。どうせ前三日と同じくその時々で臨機応変に目的地は変わるのだろうが、本日は京都の西を攻めることに決まった。まずは嵐山を目指す。
 八時二十分にチェックアウトし、嵯峨野線のホームに向かう。本数が少ないのでしばらく時間を持て余し、九時三分の始発に乗った。九時二十分に嵐山駅に到着した。嵐山は京都屈指の観光地だが、駅は意外にも田舎を思わせる小振りな駅舎だ。トロッコ電車の駅が隣接しているが、トロッコの行き先はおまえの持っている地図帳からは逸脱している。つまり、掲載されていない。地図に載っていないということは異次元空間も同様で、どこまで連れて行かれるかさっぱり解らない。興味をそそられはしたが上醍醐寺のような始末になってはひとたまりもないので未練無く打ち捨てる。
「大人しく嵐山を散策しよう「世界遺産を優先的に見て回るルールに則り、まずは天竜寺を目指そう「そうしよう」
 案内板を確かめ、一本道をひたすら南下する。十分ほど歩くと桂川に行き当たった。桂川は雄大にして優しく、「母なる流れ」の形容がピッタリ。釣り人が多く、流れの中で長竿を垂れている。ボートが一艘浮いていて、三人の男が勘定に入れない犬を伴って舟遊びをしている。向こうには有名な渡月橋も見える。橋を目指して川沿いを歩く。おまえの期待は橋に近付くに連れ次第に高まる。美しい外観と、美しい名前。その期待は渡月橋前の信号機に至って裏切られる。橋の上は自動車が通行し、観光地らしく人がたくさん群れている。お上りさんで溢れ返る竹下通りのような居心地の悪い活気だ。古雅な雰囲気を期待したおまえは大層ガッカリし、葦影は皮肉な笑いを笑った。沿道では人力車の車夫が客引きをしている。
「人力車に乗ったら多少は風情を感じられるかね「男一人で乗るのもなあ。地元にもあるし「地元の人力車には一生乗らないと思うけど「そうだな。なんか身近な場所にある観光スポットって、不思議と気乗りしないもんだよな。『いつでも乗れる』とか『いつでも行ける』と思うからかな「身近すぎて、有難味を感じないせいかもね「花やしきも行かないだろうなあ。子どもでも出来ない限り「だね「渡月橋はあとで渡ろう「そうしよう」
 まずは世界遺産を優先的に見て回る。天竜寺を目指す。
 食事処・土産物屋が建ち並んでいる。八ッ橋・とろ湯葉丼・コロッケ。土曜日だからか、地元民と思われる若者も多い。非常に活気がある。
 美空ひばり館の前を通過した。「嵐山の観光地化に拍車を掛けている」とおまえは思う。一方の葦影は決して批判的ではない。一から十まで真面目腐った伝統伝統じゃあ、理想化した京都にそういう面のみを求める旅行者はともかく、当地の人々は息の詰まる思いがしてたまるまい、と。
 目的地に近付く。天竜寺もどうやら混雑していそうだ。おまえは人の少ない池の前で一息つく。そして物思いに耽った。おまえは普段演じている真面目で大人しいキャラクターの反動からか、自分と葦影以外の人間はみんな死んでしまえばいいのにと思うことがあった。僕以外全員いなくなってしまえ、と。地球上にたった一人のような感覚に浸りたくなる。人間社会が地上から綺麗さっぱり消滅したような絶望的な孤独を愉しみたくなる。それは大抵、人間関係に疲れた時か、友人たちがおまえ抜きで楽しそうな顔をしている時だ。おまえがいないのに、楽しそうな友人たち。目の前にいる実際の彼らではなく、おまえが頭の中で再構成した彼ら。「あいつら、今ごろ何をしてるだろ」と思うときに、頭の中に浮かぶあいつら。
 他人に必要とされない感覚。たとえば盛大なパーティーが催されていたことを後日知らされた時のような疎外感。みんなが一体感を満喫して盛り上がっていたころ、招待状が届かなかった自分は自室で独り何をしていたか考え込んでしまうときのような、自分の存在意義が根底から揺らぐ瞬間。そんな時、おまえは、世の中の人間全てを「消えてしまえ」と呪う。たとえ一人きりになっても寂しくはない、むしろ望む所だ、と強がる。時には唯一無二の親友・葦影をも「いっそ居なくなればいい」と思ってしまう。──それはもちろん、葦影に知られないように葦影が眠っている時にこっそりと考える。
 誰も彼も居なくなれ。居なくなってしまえ。山本との破局を引き起こした葦影への、おまえ自身も気付くことのない微少な憎しみ。その小さな火種はやがて大きな憎悪の炎へと発展するかも知れなかった。「僕たちはそろそろ離れるべきなのかも知れない。今のように常に行動を共にするのは限界がある。なにしろお互いにもう成人している……」そして。「どちらかが死ぬべきだ」
 陽光を反射する水面を柵にもたれながら眺めていると、亀が柵近くへ這い上がってきた。おまえにエサをもらえると思ったのだろう。おまえが写真を撮影しようと思って携帯電話を取り出すと、亀は驚いて背中から池に落ちた。
 やがて、「大本山天龍寺」と掘られた巨大な石柱が目に入った。総門から長い参道を歩き、室町様式の中門を抜けると、白壁の美しい三角形の庫裡に至った。ここで参拝料を払い、天竜寺に入った。まずは前庭を見て回る。が、美しい前庭を歩きながらも、おまえの心はここにはない。ふとした疑惑が煙となって立ち昇った。
「嵐山、このギラギラした観光地っぷり。どこか、なつかしい。桂川の流れ、渡月橋、立ち並ぶお土産屋……」そうして思い出した。「高校の修学旅行で、一瞬だけ立ち寄った記憶がある」たった二三年前の出来事なのに、その思い出はほぼ風化していた。その記憶は本当におまえの記憶だったのか。葦影の記憶だったのかも知れない。何せうっすらとしか覚えていない。まるで夢のようだ。寝起きで痛む頭に置き去りにされていった残像のようだ。
 最近、記憶が途切れがちになってきた。いつの間にか時間が過ぎていたりする。電車の中で寝過ごしてしまう感覚と似ている。座席上ふと気付くと、それほど時間は経っていないはずなのに下りるべき駅をとっくに通過していたあの感覚と。もしくは、未来へとタイムスリップをしたような錯覚。過去の時点から現在の時点へと至った過程がごっそりと剥落している。その記憶の欠如は最大で一週間の長きに及んだ。全く与り知らぬまま次の月が始まっていたりもした。そんな時おまえは葦影が自分を封じ込めていたのではないかと疑った。
 境内の西、木々に囲まれた階段から望京の丘に上り、ベンチに腰掛ける。足下にミミズが干涸らびていた。ホタテのヒモの乾物みたいな死骸を見て思う。涼しい夜のうちに土から出て、昼の暑さに殺されたのだろう。外界に何かあると思って、それとも必要に駆られて、住み慣れた土中から抜け出したのだろう。馬鹿みたいな死に方だが、見上げた勇気とチャレンジスピリッツだ。無謀? いいや、勇猛果敢だ。思考は飛躍する。祖先のことに思いを致した。見えぬ先に何が待ち受けているか見当もつかず、海や砂漠を渡ろうとした人間のことを。このミミズのような挑戦者こそが、新しい発見や発明をもたらし、進化を促したのだと。コロンブスや、名も無き我ら人類の祖先たち。
 望京の丘を下り、方形の池に近付く。池の名前は「愛の泉」であり、あっけに取られる。世界遺産にも登録された禅寺の本山にそんなポエジーなアトラクションが据えられていることにビックリだ。池の正面には社があり、平和観音が据えられている。この観音像は夢窓国師の念持仏だそうだ。夢窓国師はあの世でどんな気持ちを持て余していることだろう。湛えられた水は地下八十メートルから湧き出す地下水らしく、飲めるらしい。人工的に水の溜まっている場所なら日本人はすぐに小銭を投げ入れたがるがここも例外ではない。水底には無数の一円玉・五円玉・十円玉。馬鹿じゃなかろか。池の名前が「愛の泉」なので恋愛成就の祈願でもしているのだろうか。随分と値切ったものだ。本気で願いを叶えたければダムに札束でも投げ入れればいい。立て札には「これを喫する者は『愛と幸』を受くると伝えられ」とある。恐る恐る一口舐めてみる。味は醍醐寺で飲んだ醍醐水相応の物である。うまくない。
「愛、ね……」
 御利益なんてあるのだろうか。おまえには到底信じられない。
 愛と言えば、おまえには書物を幻視する他に、もう一つ能力があった。それは、人の頭上に半透明の矢印が見えること。特に眼を凝らさなくても、他人の頭の上二十センチほどの場所に浮游する矢印を見ることができた。この矢印が何を指し示しているのか、幼少時にはわからなかった。今ではわかる。矢印の先端は、好きな人のいる方向を指す。矢印の主が誰を愛しているのか、その愛を指し示す矢印。
 ちょうどそこへ二十代のカップルが通り掛かった。男の矢印は女を指している。女の矢印は男を指している。「見て見て愛の泉だって」女が泉に近寄ってしゃがむと、男の矢印はやや下方に傾いだ。方位磁針が常に北を指すように、この矢印は常に好きな人のいる方角を指す。各人それぞれが想っている人に向けて、矢印は向きを変える。
 なぜこのような能力が備わったのか、おまえにはわからない。葦影だって知らないし、まず葦影には矢印なんて見えやしない。この能力は中学高校で重宝した。恋愛相談の窓口として絶大な効果を発揮したからだ。誰かから恋の相談を受けた際、「両想いだよ」とか「あの娘は○○先輩が好きだから、あきらめな」とか「あいつは他に好きな娘がいるよ。誰とは言えないけど」などと答えた。精度は百パーセントだった。みんなから感謝された。超敏腕の情報屋として尊敬され、一部からは超能力者のように崇められた。
 山本こだまの矢印がかつて自分を指していたことをおまえは想い出す。おまえは自分の頭上を見ることはできなかったが、きっと矢印は山本を指していただろう。彼女がおまえの浮気を疑った時、彼女の矢印は消滅した。愛の消滅、おまえへの幻滅だった。
 おまえは自分の異能の皮肉をつくづく想う。自分の矢印は見えない。そして葦影の矢印も見えなかった。しかしこの能力こそが、この二日後、葦影の探し求めていた人物への道標となった。漠然と「京都のどこか」としか手掛かりのないその所在地を、果たして葦影一人の力で見つけられただろうか。おまえの異能があったからこそ、あの子の居所は判明した。大いに有効な能力だったのだ、二人を死へと導いてくれたのだから。あの子の死、そして、二人自身の死へと。
 愛の泉を離れ、様々な草花の植えられた百花苑を適当に歩き、大方丈に上がる。順路の通りに歩き、西に面した廊下から、夢窓国師の創作庭園として名高い曹源池庭園を望む。庭の手前側には枯山水風の白砂を配置し、庭の中央には曹源池を中心とした立派な池泉庭園、そして背後には小倉山の緑がこんもりと盛り上がっている。縁側に観光客がたくさん座っている。歩き回って楽しむことは許されていないのでこの場から眺めるしかない。
「それほど感心しないな「有名な庭だし、立派じゃないか「なんつうかこう、作為を感じるっていうか。二条城の庭園を気に入らなかったのと同じ理由だよ「自然そのままの庭がいい、ってか。自然そのままの加工されていない石を配置してあるらしいぜ「そうなの?「そうなのじゃないよ「しかし、立派すぎる感じがする。どこを見てもあまり面白くないじゃん。やっぱり「これがいわゆる借景ってやつだよ。背後の小倉山と調和させて、どこからが自然でどこからが庭なのか、境界線を曖昧にしてある、っていう。君の望み通りの庭じゃないか「じゃあ撤回するわ。やっぱり三宝院庭園みたいなのが好きだわ「何だよもう「だってさあ。ただぼんやりと眺めていても散漫な観察となるし。完全なる観賞には、昔の人らしい視力と、並ならぬ余裕が必要だよ「並ならぬ余裕ってのは?「並ならぬ余裕ってのはつまり、この地への隠居。数日掛けてじっくり見なければ真価は味得できないだろうよ「じゃあ出家するっきゃないね「やだよ」
 大方丈から沓脱に下り、天竜寺を後にした。
 路傍に立つ航空観音を拝す。昭和五十五年の開眼。全世界の航空機無事を祈願するらしく、十字架を首から捧げ、胎内に般若心経を納めている。横に歌碑があり、短歌二首。百六歳の清水寺貫主と、十九歳の学徒による競演。おまえは名状しがたい気分に襲われ、その場にしばらく立ち尽くす。短歌の意味する所は会得できない。しかし、超高齢にして尚短歌を詠む意気のある僧侶と、自分とほぼ同年齢で死地へ赴いた若者の、運命の相剋を思う。
 渡月橋まで戻ってきて、橋の上から上流を一望する。川の低い段差が幅広の滝を形作り、白く泡立っている。遙か向こうに渡し舟の発着場が見える。あれに乗った記憶がある。やはり高校時代に来たのだとおまえは確信する。
 橋を渡り切り、中ノ島に上陸する。十一時を回った。朝はパンを二個、葦影と分け合って食べただけなので空腹がひどい。嵐山亭という食事処に入り、肉うどんを注文した。正午前ではあるがそれなりにお客さんは多い。店の外の広場では家族連れなどが思い思いの休日を過ごしている。犬を散歩させているお父さんと女の子。彼らの頭上の矢印は正(ただ)しく向かい合わせだ。──うどんを待つ間、おまえは嵐山を見直した。嵐山は完全に観光地だが、なごやかな活気に満ちている。客層に家族連れや中高年が多いせいかも知れない。学生相手の銀閣寺通りとは一線を画している。うどんが来た。すする。腹に染みる。
 早めの昼食を終え、次はどこへ向かおうか、おまえは葦影と相談する。周辺にめぼしい観光地が無いか、地図を参照する。南に世界遺産・苔寺を発見。最良の交通ルートを練り上げる。嵐山駅から松尾駅に移動し、松尾駅から苔寺へ歩くよりも、バスを利用した方が効率が良いようだ。さっそく最寄りのバス停を目指して歩く。
 しばらく歩いていると右側に坂道と階段が見えてきた。「法輪寺」の看板が掲げられている。時間の無駄になるかも知れないと思ったが、まだ正午前、時間はたっぷりある。期待をせず、せっかくなので立ち寄ってみることにした。
 古色蒼然とした階段を上ると、参道の入り口から程近い場所に、エジソン・ヘルツ両名のレリーフがあった。京都の古刹に近代の外国人が讃えられているのはどうも奇妙である。少し違和感を覚えたが、この時点ではまだ、おまえも葦影も法輪寺の本当の異常性は味わっていない。
 領内にある電電宮は電気・電波の功労者を祀っていた。電電宮。名前もすごいが、電気を尊敬しているとは随分と仏教らしからぬ所業である。宗教とは、人間の精神性を賛美し、機械文明に疑問を呈するシステムだと思っていた。しかし法輪寺は違った。おまえの持っているお堅い宗教のイメージとは大分異なった。
 階段を登った先にある本堂は輪を掛けて常識外れだ。十三まいり・針供養・うるしの碑など、たいへん無節操である。十三まいりは幼年期から成年期への過渡に御利益があるらしく、うるしの碑は漆と縁が深いらしいが、結局はなんだかよくわからない。電気・十三歳・針・漆、一体どんな御利益に本腰を入れているのか。商売っ気を出して色々な願いを一手に引き受けようとしているのか。いや、おそらくは、ただ単にふざけているのだろう。欲張りと言うより、冗談なんだろう。こういうのは大好きだ。おまえと葦影の中で、「法輪寺は変な寺」という認識が一致する。
 変な寺で共通認識は固まったが、一方で、本堂の扁額「智福山」の金文字、見事である。剛胆な毛筆体で、すこぶる立派である。しかし、そういった一部の例外はあるものの、やはり変な寺は変な寺だ。狛犬の代わりが牛だったり、羊の像が安置されていたり、本堂そばに坐す赤像がなぜか笑っていたり。意味不明である。
 多宝塔という、どっしりとした二層の塔が建っていた。木像建築の二重塔だが、エジソン・ヘルツから始まったこの寺の異様さのせいで、まるで電波塔のように見えた。
「ちょっと代わってもらっていいか。この塔の近くなら、いい電波が受信できそうなんだ「ああ、いいよ。ちょっと待って」
 おまえは手鏡を取り出して覗き込む。おまえが映っている。君が映っている。君は手鏡をしまい、ラジオを取り出してイヤホンを耳に挿す。君にしか聞こえないBNSラジオのお昼の放送が流れ始める。
「……いつもあなたに愛のムチを。こちらBNSラジオ電波電話部だよ。何でも話してごらん。まあ、聴くだけ聴いて最後には『そんな男別れちゃえよ』って答えると思うけどさ。とりあえず聴くだけ聴くから話すだけ話してごらん」
「忍者の彼を持つと苦労するわ」
「ほう……。興味深いね。なんだい、いいじゃないか。忍者なんて。レアだぜ、レア」
「うん。外国人からの評判はいいよ。でもさ、何かと言えばすぐ転がるし」
「どういうこと? 忍者のくせにバランス感覚が無いのか。それとも前方回転受け身?」
「ううん、ちがうの。デートの時とかさ、一緒に町を歩いてたりするといきなりものすごい勢いで横っ飛びして転がったりするの」
「それはエキセントリックですね」
「で、なぜ転がったのか訊くと『殺気を感じた』ですって。もーやんなっちゃう!」
「まあ、忍者だからね」
「でもさでもさでもさ。はずかしいじゃない? 別に何でも無いのに、さも命からがら間一髪みたいな表情でひたいの冷や汗を拭いながら『飛ばなかったら、危なかった』とか言うんだから。一緒に歩く身にもなってよ!」
「(深刻な口調で)そういう悠長なことを言ってるやつが、二十一世紀戦国日本では真っ先に死ぬんだよ」
「そ、そう?」
「もしも彼氏の言う通り、ホントに殺気だったとしたら? 転がらなかったら、スナイパーに狙撃されて死んでたかも知れない。あなたは自分の彼氏の能力を過小評価している。だって忍者なんだよ? 一般人より勘は鋭いさ」
「う、うん……」
「よく聴けラジオネームはなもげら三世よ」
「そんなラジ……」
「(さえぎるように)はなもげら三世、彼氏をもっと信じろ。そいつ、必死なんだろ? 冗談で転がってるんじゃないんだろ?」
「うん。わたしにはバカバカしく思えるんだけど、当の本人はマジみたい。それから言っとくけど、わたしはそんなラジ……」
「(またもさえぎって)はなもげら三世、これからは彼氏がそういう行動を取ったら『死ななくて良かったね』と言ってやるんだ」
「だから! わたしはそんなラ……!」
「わかったね、はなもげら三世。これ以上ない無表情で『死ななくて良かったね』と言ってあげるのがコツだ」
「ちょっと! わかったもなにも、わたしはそんな変な……」
「わかったね?」
「わかりました……。だけど! これだけはハッキリさせ……」
「わかってくれて良かった。でもまぁ、何はともあれ『そんな男別れちゃえよ』ってことで。じゃあね。いったんCMでーす……」
 君はイヤホンを外し、一人で笑った。周りの観光客が不審そうに君を見た。藤原は嬉しそうに君の楽しむ様子を祝福した。「どう。楽しかった?「ああ。さすが法輪寺だぜ。いい電波受信できた!「それは良かったね「忍者が出てきたよ「この寺の風情にぴったりだ「ここ、忍者も祀ればいいのにな「それか忍者を職業とする人たちのための守護神とか「何はともあれ、ありがとう「どう致しまして「じゃあ代わろう「うん」
 君は手鏡を取り出して覗き込む。君が映っている。おまえが映っている。おまえは手鏡をしまう。見晴らしの良い境内でしばらくのんびりとしたが、元々この寺は眼中になかった寺。計画通り、世界遺産の苔寺への道を急ぐ。
 阪急嵐山線嵐山駅の駅前停留所にて苔寺行きのバスを待つ。携帯電話を見ると、十一時五十六分。この旅ではもっぱら携帯電話が懐中時計換わり。時刻表を見る。
「十一時五十二分のバスが行ったばかりだから、次は十二時十二分。ジュースでも買うか……」
 バス停を離れた矢先、乗るべきバスがおまえの横を通過した。あっけに取られた。あとで知ったのだが、京都のバス路線は渋滞に巻き込まれたり、狭い道も頑張って進むため、ダイヤが大幅に遅れることがあるらしい。残念だった。
「でも、ゆっくりできるのは良いかも「ああ。こうして無駄な時間を過ごすのって、この旅で初かも知れないしな「今までは奇跡的とも言えるタイミングで交通機関を乗り継いできたから。たまにはのんびり「すっげー暑いけどな。脱水症状で死んじゃうんじゃね?「確かに……」
 京都の夏は暑い。たとえば『徒然草』に「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へがたき事なり」とあるように、盆地京都の夏の暑さは昔から尋常ではなかった。これで冬は厳しく冷え込むというのだから遣り切れない。夏目漱石も随筆『京に着ける夕』の中でやたら寒がっている。おまえは高校の卒業旅行でクラスメートと札幌辺を周遊したが、冬の京都を訪れれば、葦影の「京都は沖縄より暑い」式に「京都は北海道より寒い」と言うかも知れない。
 次のバスはほぼ定刻通りに停留所にやって来た。おまえを乗せたバスは停留所を四つ通過し、終点には十分ほどで到着した。そこから歩いて苔寺へ。変わった名前の寺だが、一面に苔生しているのだろうか。古雅な雰囲気を味わえることへの期待を抱きながら、他の観光客と足並みを揃えて目的地に至った。門が閉まっている。注意書きが掲示されている。どうやら、少人数参拝を旨としているらしく、事前申し込みをしないといけないらしい。絶句。予約制。無念すぎるが、押し入って交渉することも無理そうなので、落胆する他の観光客らと共に「せっかく来たのだから」と、すぐそばの鈴虫寺へ向かう。かぐや姫竹御殿という建造物のある角を曲がる。かぐや姫竹御殿は単なるお土産屋かと思ったが、名匠が二十三年かけて建造した逸品らしい。この辺り(松尾)は竹の名産地で、竹取物語発祥の地として知られているそうだ。一千百年ほど前この辺の竹が光ったのだろう。
 時刻は十二時半、鈴虫寺への階段を上る。講話を聴いてから見学になるらしく、二十分待ちとなる。
 幸福地蔵という地蔵が佇立し、小さなフィギュアのような地蔵が所狭しと奉納されている。ポップでカワイイ。おまえが座って待っている間に背後で長蛇の列ができ上がっていく。暑い中、立ち尽くして待つ列。女友達三人連れそれぞれの頭の上には漏れなく矢印が浮いていて、ばらばらの方向を指している。老夫婦の矢印は、薄くて消えかかっている。カップルの男女の矢印は向かい合っていて、彼らが密着すると矢印と矢印が重なってアスタリスクになる。つまり、→←が*に。
「人気のある寺なんだなぁ「苔寺狙いだった観光客が仕方なく流れてきているだけじゃなさそうだ」
 十三時、ようやく順番が回ってきた。二百人ほどが部屋に通され、お茶とお茶菓子を出される。本物のスズムシが大量に飼育されていて、美しい鳴き声を響かせている。そこへ若々しい僧侶が現れた。講話の所要時間は三十分ほどで、非常に面白い。僧侶の語り口は軽妙洒脱、寄席で落語を聴いている気分だ。若い人、特に女性に人気のある寺だそうだが、その理由がわかる。講話の内容を列挙すると……
 鈴虫寺の由来。本当は華厳寺という名前だが、年間を通じてスズムシの声が聞こえるため、鈴虫寺と呼ばれるようになった。スズムシが四季に関係なく元気なのは八十年前からの研究の成果で、先々代が理想的な温度調節を実現した。
 わらじを履いた幸福地蔵の由来と、鈴虫寺オリジナルのお守りの使い方。「幸福御守」という字の「幸」の部分に地蔵の頭があるが、それを隠さないように包み込んで合掌する。合唱したまま願い事を唱え、お地蔵さんに自らの住所を伝える、そうすればお地蔵さん自らが願い事を叶えに来てくれる。個人的な願いのみ叶えられる。ただし非現実的願いや努力をしないのはダメ。
 鈴虫寺の人気。若い女性に特に人気がある。ゴールデンウィークとかは最悪の混雑である。平日の午前中や雨の日が空いているので、そういう日に参拝するべき。僧侶曰わく、「ディズニーランドちゃいますからな……」寺社巡りは、観光客としてではなく、参拝者としてせよ。
 表情を作ること。笑っている人には人が集まる。人が集まれば、良い事も悪い事も含めて様々な事が起きやすくなる。それと、鈴虫寺を訪れた芸能人の誰彼について。
 大いに笑ったし、ためになった。講話を聴き終えたあとは、こぢんまりとした境内を一通り回り、すぐに出た。バス停にて京都行きのバスを待つ。今日は非効率な待ち時間が多い。だが、それも良い。今までが濃密すぎた。
 バスに乗る。発進。バスはひやひやするほど狭い道路を対向車と窮屈そうにすれ違いながら牛歩で進む。おまえは車中、『文体練習』の続きに取り掛かり、葦影は幼なじみの女の子を思い出した。
 葦影の幼なじみは名を内田伊予といった。葦影がおまえと出会う前に親しくしていた女の子で、おまえは伊予ちゃんに会ったことはない。葦影と伊予ちゃんは小学校に上がる前に近所の公園で知り合った。二人はすぐに仲良くなった。伊代ちゃんは私にとって人生初めての生身の友達であり、そして人生初めての恋人だった。そればかりか人生で初めて顔を合わせた同世代の子どもであり、初めて親しく情を交わした人間だった。伊予ちゃんは葦影にとって初めて出会う他人であり、初めてまともに話をした人間だった。彼女は社交の基準となった。その後の人生における準拠枠、他者との関係性のゼロ座標だった。
 小学校に上がってからも二人は仲良しだった。毎日一緒に通学路を歩いた。「小さな夫婦」は同級生にからかわれ、伊予ちゃんは顔を真っ赤にした。小学男子の熾烈な野次も葦影はおどけた態度でいなし、彼女と並んで歩く登下校を決してやめなかった。ほとんど毎日遊んだ。夏休みも、二学期も、冬休みも、三学期も、春休みも。二年生になっても、二人の仲の良さは変わらなかった。変わらないどころかますます深まっていくようだった。葦影はどんな秘密も包み隠さず話したし、伊予ちゃんも何でも打ち明けてくれた。二人は秘密を共有した。大人の見ていない時にこっそりチューをした。結婚の約束をした。
 大人となった葦影の胸に様々な思い出がよぎり、涙腺を刺激する。しみじみ思う。幸福だった、と。あの日が来るまでは。
 十五時前にバスは京都駅に着いた。鈴虫寺から一時間もかかった。座れて良かった。それにしても、京都のバス路線整備には感心する。たくさんの路線が縦横に張り巡らされ、たいへん便利である。
 妙に腹が減る日だ。おやつの時間、おまえは軽食を求め駅地下街への階段を下りた。喫茶店に入ってカツカレーを注文した。カツカレーを葦影と分け合った。おまえらは視覚聴覚触覚は共有していたが、味覚は共有していなかったから、テーブルに鏡を立て掛け、ちょくちょく交代した。おまえも葦影も、君も藤原も、よほど腹が減ったのか、一瞬たりと咀嚼を止めることなく、ガツガツとカレーを平らげていく。「うまいな「今日はやたらおなかが空くね「おまえ、鈴虫寺、どう思った「面白かったよ「面白かったな「商売っ気がありすぎるかも知れないけど、あれこそ現代の寺だよね「あのエンターテインメント性に溢れたスタイルは何かと批判されてそうだがな「昔の寺だって富籤とかで稼いでたんだから、問題ないでしょ「俺もそう思う。宗教なんて元々インチキなんだから、稼いで何が悪い「講話を楽しんで、馬鹿な若者たちが救われたような気になれたらそれでいいじゃないか「カレーうまいな「おい。カツは一切れ残しておいてくれよ「オッケー「二人前注文しても良かったかな「お店の人に不審がられるぜ」
 おまえらの意志疎通は、口頭での会話ではなく、テレパシーで行なわれた。声を出さなくてもお互いの思っていることが解った。おまえには葦影の心の声が聞こえたし、葦影にはおまえの心の声が聞こえた。葦影が頭の中で思い描くイメージがおまえには見えたし、おまえが思い描くイメージが葦影には見えた。おまえらの考えることはお互いに全て筒抜けで、だからこそ相手に隠し事などは一切しなかった。できなかった。この能力がおまえらに備わっていたのはある種当然だと言えた。以心伝心。心の中のつぶやきが相棒にも伝わるのは、当たり前と言えば当たり前だった。
 おまえは葦影さえ居れば他に友達はいらないと思っていた。現におまえには彼女も友達もいない。おまえらは孤独だった。しかしそれは自分から望んだ孤独だ。おまえも葦影も、他人を真に信用できない。おまえが信用できるのは葦影だけ。葦影が信用できるのはおまえだけ。友達も、恋人も、信じられない。肉親? もっと信じられない。信じて裏切られるより、最初から信じずに裏切られる方が反動は少ない。そう、他人は裏切る。信用できない。
 店を出て、本日の寝床を紹介してもらうため観光案内所へ向かう。さすが週末、大抵の宿が満室。結局、昨日と同じ宿の更に安い部屋への宿泊が決まった。
「宿に落ち着くには早すぎるな「でも疲れたよ「代わろうか?「頼むわ。暑さで大分やられた」
 おまえは憔悴していたので葦影に代わってもらった。手鏡を見た。日没まで近くの有名寺院を訪れることにする。
 まずは東本願寺へ。すぐそばを三車線の道路が走っているとは思えないほど広々とした境内に、世界最大級の木造建築が二軒建っている。阿弥陀如来を祀った阿弥陀堂より、宗祖の親鸞を祀った御影堂の方が巨大である。
「ぼくたちわたしたちは、どっちかっつうと、仏様よりもむしろ、親鸞上人の方を尊敬申し上げております!「仏より宗祖を持ち上げている感じがして、いいね「いいね、正直で。この建物の規模の違いが雄弁にそれを物語っているよ「居るかどうかわからない存在を讃えるより、実在した人間を尊重する態度、いいなあ」
 サービス精神旺盛な現代的寺院。堂宇は再建中のため、世界遺産には指定されていない。君は肉体が疲労していたので注意力が低下しており、二十分ほどウロウロしてから、何も得るところなく東本願寺を後にした。ハシゴを抱えた二人組とすれ違ったが、そのうち一人は幟旗の布をリサイクルした古着を羽織っていた。
 続いて西本願寺へ。ここは東本願寺とは違って世界遺産に認定されている。閉門時間が迫っているためか、それとも経営方針の違いによるのか、東本願寺よりも参拝者は圧倒的に少ない。中学生のグループが所在なげに歩いていたりするが、人の姿はまばらだ。拝観料を取っておらず、自由に見学できる。まず阿弥陀堂で申し訳程度に手を合わせて「南無阿弥陀仏」と唱え、渡り廊下を歩いて御影堂内へ。御影堂内はまばゆいばかりの金で装飾を施されていて非常に優雅だった。しかし、その他に特別注目すべき点はなかった。たった八分間の滞在で西本願寺も去る。何かもったいない気分になった。疲れている時に無理を押して見物するものではない。意味がない。効率良く観光地を見て回ろうとするのは日本人の悪い癖だ。
 だが、まだ陽は高い。世界遺産・東寺に行こうと君は思う。世界遺産を少しでも多く訪ねたい。今のうちに。藤原と一緒に。一緒にいられるうちに。その一心だった。
 西本願寺の門前町は、仏具を売る店の並ぶ数珠屋町。そこを通過し、東寺に向かう途中、お地蔵様の前で手を合わせている人に出くわした。うやうやしく頭を垂れ、眼を瞑って何事か唱えている。超常現象の存在を否定する藤原が、いつになく粗暴な口調で、よだれ掛けをつけたお地蔵様とその崇拝者を蔑んだ。
「まったくヘドが出るぜ。そんな物を拝んで何になるんだ? 地蔵なんて、ただの石をただの人が彫っただけの偶像に過ぎない。人間が人間の造った物を拝んでりゃ世話無い。そりゃ、もともとただの石っころだぜ? ありがたみも何もあったもんじゃない。しかも人の作ったもんだ。人の作ったもんでも書物とかなら功徳もあろうが、そんな石像じゃ、なあ。由来だって曖昧だ。苦抜き地蔵が釘抜き地蔵になったり、雨止み地蔵が目疾(めや)み地蔵になったり、単なる言い間違い聞き間違いじゃないか。時間のむだだね。拝むなら天を仰いで崇めるがいい。地球にひれ伏してくちづけするがいい」
 君はお地蔵様の前を通過した。もちろんお地蔵様には目もくれない。まして頭など下げない。ただし、心の中で何かに祈りを捧げる。何らかの存在に。何らかの存在は、看板に書かれた忍者の姿を借りてこう告げた。
「そうだ。そんな人間の造った物など拝むな。それは侮辱だ。拝まない方がまだマシだ」
 イラストの忍者の方が、気取ってない分、地蔵より尊く感じられた。藤原は現代の若者らしい罰当たりな気炎を上げた。
「そうだ、イラストだってカカシだって地蔵だって、同じようなものだ。材質が違うだけじゃないか。そこに何が宿るかなど、各人の心が決めることだろう。下らない。千葉の有名な寺は交通安全を祈願している。その結果は、どうだ。千葉県は全国で最も交通事故死亡率が高いじゃないか。その寺の初詣からマイカーで帰る途中、交通事故で一家四人全員死亡。こんな事件が実際あった。これより悪い結果って他にあるか? 御利益どころか罰が当たった結果だろ。神様仏様は、人が偶像を祈ることに、腹を立てているに違いない」
 西本願寺から十三分、東寺に着いた。地味な名前の寺だがここも世界遺産だ。グッタリしていたが目の覚める想いがした。講堂の空気がすさまじい。ひんやりとした凄みを放っている。そこに安置されている二十一体の仏像による立体曼陀羅は、この世ならぬ異世界を形成している。誇張ではなく、息を飲まずにはいられない。不動明王像、正直おっかない。ついさっきまで偶像崇拝に対して異議を唱えていた藤原は急に大人しくなる。いついつまでもこの仏像群は守って行かねばならない。一般公開禁止にしてしまえ。自分の所有物でもないのに、誰かに見せるのが惜しくなった。君も藤原も心奪われた。人間が造ったはずの仏像に精神を支配された。
 静かな興奮が鎮まらぬまま講堂を出る。東寺はその他の建造物も素晴らしかった。金堂は神々しさに溢れている。そして五重塔は圧倒されるほど高い。五十五メートルあり、現存する五重塔としては日本一高い塔だそうだ。
「京都の中心街にこんなすげえ寺が現存しているのって、ちょっと信じがたいことだよな「この寺は国宝オブ国宝な寺だね「また来たいなあ」
 日が暮れかけたので東寺を出てホテルへ向かう。チェックイン。閑散期といえど土曜日である。昨日と同じ松本旅館、しかも昨日より各下の部屋への滑り込みイン。昨日は六階の部屋だったが今日は二階だ。弩級の京都駅が窓外上方にそびえ立つ、駅周辺の騒音がアリーナ席で観賞できる格別の部屋。高級宿に泊まった初日を栄華の極みとして、日を重ねるごとにドンドン零落している。
「この調子で行くとカラオケボックスに泊まる日も近いな「遂には野宿になるかも「帝国ホテルに泊まりたいよーなんなら金閣寺でもいいよー「金閣寺! 泊まれたらいいなあ「俺が超お金持ちだったら、金に物言わせてどうにかするんだけど」
 君は一眠りすることにした。鏡。おまえは読書をすることにした。『文体練習』の続きに取り掛かり、「(47)冗説法」まで読み進んだ。おまえは雨ばかり降る内容にちょっと倦んだので『文体練習』を一休みすることにした。が、読書欲を十全に満たせたわけではなかった。一旦「白浪」を閉じる。しばらく目を閉じてから再び表紙をひらく。『文体練習』だった書物は全く新しい別物となり、題名が『人工太陽と月』に変ずる。書き出しは以下の通りである。
「君はあの時、京都にいた。確かに、そこにいた。おまえはあの時、一緒だった。私たちは心の底から旅を楽しんだ。楽しかった。最高の一週間だった。あの旅行を思い出すと墓前に佇んでいる気持ちになる。過ぎ去った幸せな日々をなつかしむような、そんな気持ちに。」
 おまえはちょっと不審に思う。自分の現在いる土地が京都だから、その反映としてこのような文章が生成されたのだろうか。それだけではない気がした。おまえは微かな引っかかりを感じたまま先を読み進める。
「牛の目をした女神の月。あの日、ちょうど正午を回った所で、携帯電話が鳴動した。君の友人、桂太蔵からの着信だった。君はにやにやしながら電話に出た。
『おう』『今日ヒマ?』『ヒマ』『今どこ?』『京都』『京都!?』」
 何か既視感を覚える会話のやりとりだった。いつかどこかで聞いたような。それも最近。確信した。京都旅行の第一日目に葦影が実際に交わした会話だった。新しく現れた幻視の書物はどうやら自分たちに材を取った紀行文のようだった。あるいは、客観的な描写で実体験を記録した日記かとも思えた。
 自分と葦影に関する個人的な記述でありながら、第三者が書いたような距離のある文体が気に入った。自分の記憶が作り出した文章なのに、写真家を雇って望遠レンズで旅を記録してもらったような新鮮な気持ちで読むことができる。おまえは三日前の出来事をすでに懐かしい思いで反芻する。
 しかし、読み進めるうちに違和感を覚えた。記憶が作り出した文章のはずであるのに、おまえの知らない情報まで書かれている。おまえが眠っている間の葦影の行動まで書かれている。確かにおまえと葦影は常に一緒にいた。だが、おまえの与り知らない葦影の秘めた想いまで詳述されている。まるで自分が書いたように克明だ。おまえは戦慄する。パンドラの筺に蓋をするように急いで本を閉じる。
 これは一体誰が書いたのだろう。おまえの記憶を基にして構築されたと考えるのが普通だった。しかし、葦影の心理描写の生々しさは尋常ではなかった。おまえの勝手な想像によって練り上げられた偽りの描写の可能性もあったが、おまえにはそうは思えなかった。葦影でしか知り得ないような心の動きがあまりにも克明に描かれていた。
 では、葦影がこの『人工太陽と月』を書いたのか。おまえには内緒で。密かに書き上げられた葦影の日記。それをたまたまテレパシーを通じて垣間見てしまったのか。そう考えるのも難しかった。葦影には打ち明けていないおまえの秘密までもが書かれているからだ。もしこの書物が葦影の日記だとしたら、葦影にはおまえの心が全てお見通しということになる。とてもではないが認めることはできない。いくら両者の間にテレパシーが存在するといっても、ある程度の制限は必要であって、思ったこと全てが筒抜けだったらたまらない。事実、おまえは葦影の秘密を知らない。なぜ葦影が京都旅行を計画したのか、その真意を葦影がおまえに打ち明けることは決してない。
 仮におまえの心の壁が素通しであり、葦影だけに対しては情報が漏洩し放題だとすれば、ガラスの家に住んでいるようなものだ、しかもマジックミラーの。こちらは向こうのプライバシーを知ることができないのに、向こうはこちらの何もかも把握している──とすれば、不公平過ぎる。二人の友情を揺るがしかねない格差だ。おまえはそう思いたくない。決して認められない。葦影にだっておまえの心の底を浚うことはできないはずだ。
 『人工太陽と月』には、おまえに対する葦影の本音までもが書かれているようだ。この本は危ない。読み進めるのは危険だと直感された。葦影はおまえの秘事を知らず、おまえも葦影の密事を知らない。しかし、おまえはこの本を読むことで葦影の秘中の秘を知ることができてしまうのだ。おまえは「白浪」の扉を両側から強く押さえつけた。再び本は『文体練習』に変じた。
 二十時を回ったところで腹が減ったので葦影を起こした。飯を食いに宿を出た。雨が降っている。超大型台風六号が近付いている。
「野宿じゃなくて良かったな「ホントだよ「安宿だろうと、布団のある部屋に転がり込めたのは幸いだ「ツキがある「ありがとうございます、京都各地の神様・仏様・稲尾様」稲尾は関係ねえ」
 駅地下レストラン街の心斎橋ミツヤにてパスタセットを食べる。たらこイカ入りスパゲティ・ハムポテトサラダ・アイスティー・チョコケーキのセットである。
 二十一時、宿へ戻り、野球中継を見て過ごした。巨人阪神戦。ゼロゲームが続き、延長に突入。面白い試合展開で、ついつい見入ってしまう。
 二十二時半、浴衣に着替え、階段を下り、大浴場へ向かった。高校空手部の団体が二十時から二十一時くらいに入浴するという噂だったので、時間帯をずらしたのである。そうしたら、団体客は、逆に増えていた。廊下に中学校水泳部がウジャウジャ。今さっき旅館に着いたようだ。おまえは特に物怖じする景色も見せず、脱衣場へ堂々と入っていった。しかし内心では心細かった。風呂場で一緒になったらどうしよう。幸いにも風呂場は閑散としていた。ちょうど入れ替わりになったのだ。助かった。風呂桶で股間を洗い、全身に湯を流す。平気な振りを装っていても、心中は穏やかではなかった。軽く動揺していた。
 湯船に浸かっていると、少年が一人入ってこようとしたが、浴場の戸を開け君の姿を発見するなり引き返してしまう。
「アホウめ。ちゃんと友だちと一緒に入らにゃあいけないよ「知らない大人とこの狭い空間で裸の付き合いは、中学生一人にはハードルが高いだろうな「大人の威厳を見せつけてやったぜ!「そんな自慢できるもんでもないだろ「良かったよ。生えてて。剥けてて「それはわかるぜ」
 鏡の前で身体を洗う。と、少年は仲間二人を連れて引き返してきた。君はシャンプーの最中。
「まずい。ここでなんか、今流行ってるカードゲームとかコロコロコミックとかの話を始められたら、相当イヤだ「一対三か。不利だな「形勢逆転だ。居心地悪い!」
 君は尚も大人としての威光を放ちつつ、再度湯船に浸かった。少年たちは君の存在を懸命に無視しながら身体を洗い始める。君は逃げ出したい気持ちだったが、疲弊した肉体の疲れを癒すため、充分に身体を温める。君と藤原は夏目漱石の『二百十日』を掛け合いで暗唱する。
「こいつら、聞いてて嫌になるような話、しないかな「たとえば?「そこで、その、相手が竹刀を落としたんだあね。「お。『二百十日』か。「すると、その、ちょいと、小手を取ったんだあね「ハハハハそこでそら竹刀を落としたんだあねか。ハハハハ。とうとう小手を取られたのかい「とうとう小手を取られたんだあね。ちょいと小手を取ったんだが、そこがそら、竹刀を落としたものだから、どうにも、こうにも仕様がないやあね「ふうん。竹刀を落としたのかい「竹刀は、そら、さっき、落として仕舞ったあね「竹刀を落として仕舞って、小手を取られたら困るだろう「困らあね。竹刀も小手も取られたんだから。そら、そこで、その、小手を取られるんだあね「竹刀も取られるんだあねか。ハハハハ」
 少年たちがやや虚勢を張った声で学校生活について話し始めたのを汐に、君はそそくさと湯から上がり脱衣場へ出た。ドライヤーを使って髪を乾かしながら、鏡に映った自分の姿をボディービルダーばりに点検する。身体の日焼けがすごい。初日より格段に焼けた。顔と首の周りと腕だけが赤く、他は白い。まっちろい。この紅白グラディエーションは、突き刺さるような昼間の日差しの記念だ。
 部屋に戻る。窓の下はすぐ道路。見つめる正面は京都駅、人の歩いているのが見える。顔も見えそうな距離だ。タクシーのクラクションの音。救急車のサイレンの音。雑踏の騒音。飲み会帰り会社員たちのおつかれさまでした交歓。
「こりゃあ眠れそうにねえな」
 おまえは布団を腹に掛けながら、熟睡を半ばあきらめたが、意外と早く意識を失った。疲労が心地よい眠りを提供してくれたのだ。

【第五日】
 六時半に起床した。おまえは朝の支度をしながら替えの下着の枚数を確認する。もしも旅が長引くようだったらコインランドリーで洗濯をしなければなるまいと思う。葦影はどれくらい滞在するつもりなのか。この先の滞在日数は不明だった。
 そろそろ何か起きるのではないか。おまえは虫の知らせで予知している。良い事か悪い事かそれはわからない。人生は望むと望まないとに関わらず何事か起きるものだ。何か起きて欲しいと願っていれば、何か良いことが起きる。何も起きて欲しくないと祈っていると、何か悪いことが起きる。ならば、初めから何かが起きる予感を胸に生きていくべきだ。
 おまえと葦影は本日の予定を立てる。京都の北、地図では飛び地のようになっている鞍馬と大原が気になった。鞍馬と言えば天狗であろう。葦影は好きそうだが、おまえはそういったオカルトめいた物に興味はない。一方、大原には「大原三千院」がある。聞いたことがある。「聞いたことがある」という、ただそれだけの理由で本日一番目の目的地は大原に決まった。その後は南下しながら上賀茂神社や下鴨神社を通ればいい。
 八時前、宿を出るためロビーに下りる。チェックアウトが昨晩の中学生集団と重なった。どけどけどけい。外は台風接近に伴って曇天。シカゴの「近づく嵐」が葦影の頭の中で鳴り始める。曲の出だしはやや不穏だが基本的には陽気なブラスロック。葦影の気持ちは晴れている。無論おまえの気持ちも。暴風雨は心配なものの、分厚い雲のおかげで多少暑さは和らいだ。この不快な気候さえ吹き飛ばしてくれるなら、多少降られても一向に構わない気がする。
 駅前のこじゃれた喫茶店に入り、朝食を取る。ミックスサンド・アイスティー・アップルカスタードを食べる。窓の外をおしゃれな女が歩いて来るので「美人かな」と思ってよく見てみるとおばさんだった。
「京の町の女性って、三十歳から四十歳くらいの人がきれいだな「うん。今の人もおばさんだったけど、きれいだったよ「若い人で可愛い人、あんまり見かけないね「居るには居るが、東京に比べると圧倒的に少ない「ほら。あの娘より山本の方が可愛いよな「それを言ったらあの娘も東郷より大分落ちるよ「へへへ「ふふ」
 八時二十分、大原行きのバスに乗車した。おまえは「白浪」をひらいて『文体練習』の続きを読み、葦影は内田伊予に思いを馳せる。
 小学校二年生の一学期のある日、伊予ちゃんは居なくなった。神隠しに遭ったように葦影の前から忽然と姿を消した。六月下旬、葦影が伊予ちゃんの家に遊びに行くと、そこは空き家になっていた。内田家は急に引っ越していた。翌日、担任の教師は伊予ちゃんの不在を「お父さんの仕事の関係で、遠くに行かなければならなくなり、転校しました」と説明した。葦影はその夜、一人自室で泣きわめいた。裏切られたと思った。黙って居なくなった彼女を恨んだ。あの時の絶望感。忘れられない。
 彼女が居なくなってから葦影はずっと塞ぎ込んだ。彼女の消息は杳として知れなかった。手紙の一枚でも寄越せばいいのに、それもなかった。陽気だった葦影は暗い闇の底に落ち込んだ。葦影の意気阻喪を見かねた母親が「伊予ちゃんから電話が掛かってきたよ」と言った。葦影は少し安心した。どうしているのか、詳しくたずねた。母は「引っ越した先で元気でやってるって」と答えた。どこに引っ越したのか、また会えるのか、もっと詳しく教えてくれとせがんだ。母親は「ちょっと遠い所だよ」と言い淀んだ。葦影は簡単には納得しなかった。母親はしまいには「しつこい!」と叱りつけた。
 その後も葦影が意気消沈した時には、母親は「伊予ちゃんから電話があった」と言った。その度に君は目を輝かせ、新情報をねだった。母親は適当な作り話を並べた。葦影はいちいち喜んだ。少し安心した。しかし、新たな疑念も沸いた。「どうして俺がいるときには掛けてこないのだろう?」
 一時間近くバスに乗っていると、辺りの風景がだんだんと山合いめいてきた。もうすぐ着きそうだ。道端では朝市がひらかれている。紫色のしそ畑・緑色のしそ畑がグラディエーションを成して広がっている。「里山」という言葉がしみじみと思われる風景だ。
 九時十八分、大原に着いた。三千院までの道は予想に反してあまりさみしい道ではない。ここかしこに店が建っている。
 九時半から三千院を参観。客殿の中は暗く、寺院らしい雰囲気である。様々な物が展示されている。
「法具が名称付きで陳列されているのは好感触だな「確かに。わかりやすい「これ、おみくじの仏さんっての、化身の姿がコミカルで可愛いな。しかし。これは頂けないな「何だこれ?「京都各地の有名寺院の住職たちが書いた手蹟、だって「なんだかありがたそうな文言が毛筆で書かれているけど、手蹟って何だ「芸能人のサインみたいなもんだろ。何に閉口したって、展示のみならず販売もされていること。これはいけない。こういうのは、その寺その寺にちゃんと参拝をしてもらうべき物じゃないか。あらかじめハンコで埋め尽くされた朱印帳を買うようなもの。到底駄目だろ「朱印帳ってのは、『私はこの寺に参拝しました』っていう、スタンプラリーみたいな物だよな。集める楽しさがあるだろうね「でもさ、一つの寺で、他の寺に行った証明書が全て手に入ったら、まずくないか。あきらかなルール違反だろ。金で功徳を買えるのだとすれば、お遍路さんは酔狂の極みということになるぜ「まあ、確かにね。でもまあ、そんな怒らず、大目に見てやれよ」
 ブツブツ文句を言っていたおまえは、円融房(えんゆうぼう)で写経体験をすることにする。「無料」という言葉に惹かれたからだ。お経が薄く印刷された紙に正座で対峙し、文字を毛筆でなぞる。経文を写すというより書き取り練習に近い。
「これで精神修養ができるならおめでてーよ。心が落ち着く? プラシーボ効果だ。「今日はまた随分と手厳しいな、おい「だってさ。写経ってのは元来、印刷技術の無かった時代に経典を大量生産するための単純作業だろうが。それを、修業の一貫みたいにしやがって。こんな物いくら書いたって精神が鍛錬されたり人格が立派になったりするわけがない「でも見ろよ、隣の女の子。あんな真剣に写経してるぜ。信じるってのは尊い行為だ。信仰を軽んじてはいけないぜ「宗教……。僕は宗教を信じない。原始宗教は『死に対する理由づけ』から出発したと思う。子どもの単純な問いかけ『なんでおかあさんは死んだの?死ぬとどうなるの?』に対して、『おまえの母は旅に出たのだ。そして、星になったのだ』という作り話をしたり。また、死にゆく者の『私はどうなってしまうんだ。死にたくない、死にたくない!』という不安を消してやるための慰めとして『あなたは天国に行くのだ。そこは一年中温暖な気候で、豊富な食べ物がある。何の心配もしなくていい』という嘘を並べたり。そういう苦しまぎれの言い訳の、徐々に体系化していったその集積が、宗教なんだと思う「つまり、宗教は元々嘘から始まった、と。おまえの考えによると歴代の聖人君子は皆嘘つきってことになるが「日本の仏教だってひどいぜ。仏教って『仏の教え』って書くだろ。極楽にいる仏様が人間に与えた教義である、ってな感じで。でも実際は釈迦の教えを間違えて伝えた成れの果てが日本の仏教だ。仏像を拝んで意味不明のお経を唱えて極楽に行ける? そんなの出鱈目だ。そんなこと釈迦は一言も言ってないよ「釈迦の教えをその時代その時代の天才たちが肉付けして高度に発展させたんだろ「信じる者は、救われる、か。ふん「本来の釈迦の教えと食い違ってても、信徒の悩みが消えて心が晴れやかになれば、それでいいじゃないか。そう邪険に扱うべきじゃないぜ「とにかく、僕は宗教を信じない。神の存在も仏の存在も。幽霊も。UFOも。非科学的な事物すべてを信じない「俺は幽霊とか宇宙人はいると思うけどなあ。絶対にいない、とは、言い切れないと思う。可能性ゼロってわけじゃないだろ。いるかも知れない「宇宙人、というか、地球外生命体は遠く宇宙のかなたにいるかも知れないが、幽霊なんて、いるはずがない。科学で証明できない物は何も信じられない「だけど、科学にも解明できないことはある。確かに、幽霊が存在することを科学的に証明することはできないよ。でも逆に、存在しないことを科学的に証明することができるか。できないだろ「できるね「できない「できるさ。幽霊は存在しない。臆病者の捏造した幻想だよ。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』だ「そんなのは観念論だ「いやに今日は食い下がるな「幽霊は、いる。おまえはすぐに思い知るだろう「君が幽霊を僕の目の前に連れてきてくれるような口振りだな「お望みならそうしてやるよ「へえ。楽しみにしてる「写経して損した気分か?「いや、いい経験になったよ「しっかり満喫してるじゃねえか!「ははは。無料だしな」
 おまえは「藤原五目」と署名をし、写経体験を済ませた。葦影が上醍醐寺登山口の山門に書いたサインとは違って残りはしないだろうが、もうすぐ消えるかも知れない自分の存在を束の間でも現世に示せたことはおまえを満足させた。
「五目並べみたいな名前だよな「五つの目。光を見る右目左目と、矢印を見る第三の目と……「白紙の上に文字を幻視するもう二つの目、か「名は体を表す、ってなもんだ「俺の名前は体を表してないけどね」
 宸殿で台風一過の被害無きように祈念してから、「瑠璃光庭」と呼ばれる庭園へ。杉の木立と苔の海。柔らかく涼しげな神秘を醸成していてすばらしい。
 庭園の中に建つ阿弥陀堂「往生極楽院」に入る。説明を専門にするお坊さんが詰めており、親切だった。堂内は極彩色。大きな菩薩を大きくない室内へ納めるための策として、舟底天井になっている。阿弥陀仏の両脇を固める一番弟子二番弟子は大和座り(正座)で、仏像としては珍しいスタイル。
 往生極楽院を出て、ひらけた広場に出ると、青々とした杉の枝がもっさり大量に組まれていて、その周りに人が集まっている。こんもりと盛り上がった針葉樹の新鮮な葉。キャンプファイアーでも始まるのか。よく観察すれば、どうやら「採灯大護摩供」という、山伏をフィーチャーした大規模な御焚き上げが催されるらしい。なるほど山伏が五人、運動会で使われるテントの下、パイプ椅子に座って談笑している。御焚き上げは十三時半から。開始まであと三時間近くある。そんな時間まで一人さみしく待っては居られない。とっととその場を離れる。
 金色不動堂で不動明王を拝む。おまえは不動明王が大好きすぎて珍しくお賽銭を上げた。
「偶像崇拝は嫌いなんじゃなかったのか「嫌いだよ。でも、不動明王は好きなんだ。物凄い威圧感があるじゃないか。でも、不動明王自体に信仰を捧げるわけじゃない。これを造った仏師への尊敬の表明だ「まあ、確かにひれ伏したくなるわな」
 木々の深く生い茂る坂道を上り、山上の赤い橋へ。閑。涼。傍らには材木が山積みになっていた。これは自然に抜けたのではなく、人間が伐採した物。木の死体だ、などと葦影は不吉なことを思う。確かに葦影の印象通り丸太は骨のようだった。人間の手によって切り倒され、死屍累々と積み重ねられた植物の……。俗塵から離れた無何有の郷で、葦影は全然関係のないことを考え始める。「あの犬は生きてない、なぜって置き物だもの。あの鳥は生きてない、なぜって剥製だもの。あの花は生きてない、なぜって枯れてるもの。あの人は生きてない、なぜって生きてないんだもの。置き物のようなあの人、剥製のようなあの人、生ゴミのようなあの人。あんたは生きてない。おもしろみなく規則的に時計のように動くあんた、休日は家でソリティアをやっている間に終わっちゃうあんた。いいかげんな人生を送りやがって。一緒に居ると気が滅入る。こっちの方まで黒く汚れた臭気が漂ってくるんだよ。早く居なくなれ。死ね。殺してやってもいい。あんたが死ねば、きっと世の中はもっとよくなる。──いや。あんたが死んでも世の中は良くならない。悪くもならない。変わらない。あんたが死んでも、この世に何の影響もないよ。いてもいなくても、時の分子・文明の元素一粒すら動かすことはない。ただ、俺の周りの空気が悪くなる。いくらあんたでも酸素を二酸化炭素にするくらいの力はあるもんな。百年前のポンコツ機械と同等の迷惑な機能は」
 おまえは葦影の毒舌を聴いて嫌な気分になった。自分のことを言われているように感じたのだ。おまえの気分を害したことに葦影は気付かない。葦影に他意はなかったが、おまえはこのとき、葦影に対して他人を感じた。そしておまえの疑念は翌々日に大きく膨らんだ。
 十一時前に三千院を出た。露店でアイスきゅうりを買って食べる。何の事はない、冷やしたキュウリである。スティックに刺してあり、アイスバーのようにかじる。みずみずしく、うまい。
「キュウリには身体に籠もった熱を下げる効果があるんだって「夏の京都に打ってつけだな「まあ、裏を返せばそれしか能がないんだけど「栄養分ないってこと?「ああ。ほとんどが水分なんだぜ。たしか九十六パーセントが水分でできてる「水を飲むのと変わらないな「水だって体温を下げてくれるし、水分なんてどの野菜にも多く含まれてるもんな「あえてきゅうりを食べる意味、あるのかな「無いよ。『体温を下げる効果』ってのはきゅうり農家の苦しい売り文句だろうよ「悲しい食べ物だな「ちなみに牛乳は水分八十九パーセント「マジかよ!「らしいぜ?「信じられない。牛乳よりきゅうりの方が水分が多いだなんて……「バス停着いた「このまま帰るのは勿体ないよな「三千院、すごく良かったけど、せっかく一時間もバスに乗って大原まで来たんだ。他に何か無いか。地図見て「寂光院っていうお寺があるみたいよ「なんて侘び寂びの利いた名前なんだ。よしそこ行こうぜ「よっしゃ」
 周辺の民家からは濛々と湯気が立ち昇っている。モチでもふかしているのだろうか。のどか。背後には山、杉木立。手前にはしそ畑。これこそ「古き良き時代の日本」と称される風景だろう。昔話で語られる、平和で美しい世界である。多幸感に包まれたおまえは「たんば茶屋」という茶屋に寄り、白玉ぜんざいを注文した。汁の代わりに氷が入っていて、冷たくおいしい。
「おいしい「幸せそうだな、おい「ああ。幸せだ「少しくらい、嫌な気持ちは消えたか「そうだな。苦い記憶は消せないが。段々と楽になってきたよ。この旅は楽しい。楽しい体験は苦しい体験を上書きする。楽しいことが続けば、嫌なことを思い出す暇なんてない「それは良かった「それもこれも、君が旅に誘ってくれたおかげだ。ありがとな「そんな改まって礼を言われても「本当に、ありがとう「よせよ」
 おまえは真心から葦影に感謝を述べた。なんだかんだで、葦影は絶対的な親友だった。苦楽を共にし、どんな困難にも一丸となって立ち向かった仲。おまえはもう、不幸せではなかった。
 たんば茶屋を出て、寂光院行きを再開する。途中、一人で不安そうな女性観光客から「地元の人ですか。道に迷ってしまったんですが」と声を掛けられたが、地元の人ではないのでおまえは力にならなかった。なれなかった、ではなく、ならなかった。
「なんだよもったいない。もっと親切にしてやれば良かったのに「やだよ。めんどくさい「相変わらず冷めた奴だな「クールと言ってくれたまえ「新しい恋が始まったかも知れないのに「それはないよ「どうしてそう言い切れる「だってタイプじゃないし。第一、今は女にうんざりしてる。恋愛はしばらくお休みだ「あーあ。一刻も早くおまえが失恋から立ち直って、女にまた興味を抱くよう、俺は祈るよ「その祈りは無駄だね」
 もうすぐ寂光院に到着しそうな路上にて、木版画はがき売りのおじいちゃんにつかまった。おじいちゃんは手作りはがきを盛んに自慢し、おまえに買わせようとする。
「これは六年前にアタシが書いて、彫って、刷ったハガキです。東京の三越で売っても恥ずかしくないものです。燃える前の寂光院です」
「え?」
 詳しく話を聞くと、寂光院は燃えてなくなったらしい。一斗缶を用いた放火によって全焼したそうだ。ひどい話だ。それで、寂光院へ至る道に建つ店は、ほとんどが閉まっていたわけである。そういう事情を知ると、唯一開いていた「たんば茶屋」に対し、何か物凄い感情を催し、胸が苦しくなる。同情? 憐憫?「いや、敬意だ」
 そうと知れば、寂光院跡地などに用はない。「東京の三越」を符丁のように繰り返すはがき売りのおじいちゃんをふりほどき、後から来た観光客に押し付けつつ、バス乗り場へ引き返す。発車時刻までボケーッと過ごす。バス路線利用の旅は時間を持て余すことが多々ある。無駄な時間。しかし今のおまえたちにはそれが必要だ。四日目までが、濃密すぎた。
 十一時五十分、国際会館前行のバスに乗る。乗客はおまえ一人。
「貸し切りだな「でっかいハイヤーに乗ってる気分だぜ」
 おまえは「白浪」を取り出して読書の続きに専念し、葦影は伊予ちゃんに思いを致す。
 二年生の夏休み、伊予ちゃんから待ちに待った電話が掛かって来た。葦影は最初少し語気を荒くしたが、嬉しさが勝って終いにはデレデレした声になった。
「はい萩原です」「 」「伊予ちゃん! 本当に。どうしたんだよ。なんでいきなり。なんで。なんで急にいなくなったんだよ」「 」「ごめんじゃないよ。だってさ、何も言わずに」「 」「それでも。それでも一言くらい俺に何か言ってくれても良かったんじゃないの。俺は伊予ちゃんの友達だろ。あんまりだよ」「 」「ううん。ごめん。なんか。言い過ぎた」「 」「いや、うれしいよ。すっごく。もう、話もできないと思ってたから。俺んちに何度か電話してきてたんでしょ? お母さんから聞いた」「 」「うん。そう。でもさ、ホント嬉しいよ。今どこに居るの?」「 」「それはどこ?」「 」「そうなんだ」「 」「え」「 」「何? どうして」「 」「うわ。もっと話したいよ~」「 」「次はいつ電話くれる?」「 」「待ってる」「 」「それじゃあね。またね」「 」「バイバイ」
 葦影は受話器を置いた。伊予ちゃんから電話が来たことを興奮気味に母親に報告すると、母親は怪訝な表情をした。
 十二時三十分、バスは終点に着いた。地下鉄烏丸線の国際会館駅から電車に乗り、北山駅へ。葦影は尚も伊予ちゃんのことを考える。伊予ちゃんとの思い出だけを考える。東京に残してきた東郷のことなど、お義理程度にも思い出すことはなかった。
 すぐ北山駅に到着した。駅前からバスに乗ろうと思ったが、乗り場や系統がよくわからないので歩くことにする。上賀茂神社や下鴨神社を詣でるため、歩いて賀茂方面を目指す。しばらくすると有名な鴨川に行き当たった。水の流れを見ながら土手を歩いていると、川の中に鳥が降り立った。しばらく見入る。おまえはベンチに座る。鳥はゆったりとした動作で川の中を歩く。おまえは鳥を見つめたり、空を眺めたり、うれしそうに散歩する犬を横目で見たりした。しばらくして、背後に猫が居るのに気が付いた。
 おまえは猫を見つめた。猫はおまえを見ない。おまえの姿が目に入っていないような、そんなそぶり。ベンチの傍に置いてある自転車に身体をすりつけたり。ペダルとジャレたり。
 そんな気ままなニャンコちゃんだったが、しまいには、おまえの座っているベンチの下に潜った。手を伸ばせば、すぐ届く距離。おまえの真下に居る。それでも、おまえは猫に触れなかった。ニャンコちゃんの心が読めなかった。おまえのことなど気にしていないのか。それとも、おまえにかわいがってほしいのか。
 奥手なおまえにじれたのだろう、猫はおまえの右足と左足の間を通り抜け、おまえの真ん前に来た。そして、ベンチへ飛び乗り、おまえのすぐ隣に座った。
 おまえはそこで初めて猫に触れた。
 猫はおまえのヒザの上に乗った。それでも無関心を装っているニャンコちゃん。おまえの顔をちっとも見ない。
 おまえは猫の身体を撫でた。気持ち良さそうに喉を鳴らし、ジーンズの太股で爪を研ぐ。足を放り出し、身を委ねる。かわいい。
 おまえはじっと猫を見つめていた。すると、ついにあっちもおまえの顔を見た。
 突然、「わっ」とおまえのシャツをよじのぼるニャンコちゃん。おまえの首筋を舐める。そうして、猛烈にその顔をおまえの顔にすりつけてきた。猫の顔は少し湿っぽかった。
 それから十分間ほど、猫はおまえの上に居た。通行する自転車や犬に興味を示すことがあるものの、ずっとおまえに身を委ねてリラックスしている。席をずらしても追うように抱きついてきて、顔をすりつけてくる。クサメされてハナミズをつけられたりもした。なぜこんなにモテたのかは不明だが、おまえは嬉しかった。
 二十分後、猫は来たとき同様の気易さで去って行った。おまえは腹が減った。神社巡りをする前に腹ごしらえをしようと思う。上賀茂神社前のお好み焼き専門店で、牛とじ丼大盛りを食う。非常に陰気な店、陰気な女将さんである。「京都の人は物腰が柔らかい」などとよく言われるが、必ずしもそうではない。感じの悪い京都人が居れば、寒がりの道産子も居る、親切な東京人も居る、ということだ。出された丼自体も大してうまい物ではない。腹が膨れたので良しとし、おまえは唾棄すべき店を出る。
 世界遺産・上賀茂神社に到着した所で、小雨がパラつき始めた。「今日は朝から優れない天気だったが、いよいよ来たか「仕方ないやね。台風が近付いてるし「いつでも折り畳み傘を出せるようにしとこ」というおまえたちの覚悟に反し、雨はすぐやんだ。「ついてるな「降らないに越したことはない」
 大鳥居を抜けて広い参道を歩く。左手には「埒が開かない」の語源となった埒が設けられている。埒とは乗馬用の直線コースのことで、毎年五月五日、この埒の中で二頭の馬が競走する「賀茂競馬(くらべうま)」が開催されるそうだ。なるほど埒の近くでは「神馬」という白馬が小屋に押し込められて人寄せしている。さすが日本の乗馬発祥の地。
 参道を歩き切ると、まるで古代日本にタイムスリップしたかのような、古の社と豊富な木々が現れる。京都最古の寺で、その歴史は京都の歴史より長い。一説によると文字が中国から伝播する数千年前からこの地に存在するとのこと。
 細殿前では子どもの背丈ほどの白砂の山が二つ、料理屋の前の盛り塩のように円錐を成している。立砂(たてずな)という。おまえは旅の初日に寄った宇治上神社を思い出した。立砂と細殿の間の苔を三人の若い神主がむしっている。
「ああいう細かい作業をして、伝統を維持しているんだね「何千年も、何千年も「ああいう縁の下の力持ちの努力を見ると、文化遺産っていうのは本当に尊いと思うよ「そうだな。しかしこの山、いたずら好きな子どもが、たとえばさ、足蹴にしたり、よじ登ったり、したことないのかな「長い歴史ではそんなこともあったかも知れないね。穴掘ったり、おしっこ掛けたりとか「その子どもに天罰が落ちてることを本気で願うよ」
 本殿の入口には朱色の楼門が建つ。鮮やかな朱塗りと繊細な木組みによる素晴らしいその門を抜け、中門から本殿へ。おまえは賽銭を投げずに手だけ合わせる。葦影はおまえに聞こえない小さな声で「内田伊予さんと会えますように」と祈った。消え入りそうな心の声で、しかし、強く、丹念に。
 上賀茂神社には、本社の他に二十四の小さな神社が点在する。本殿の神にゆかりの深い神を祀った「摂社」と、土地の神などを祀った「末社」である。末社の一つ、岩本神社に交通の神が祀られているのは奇跡的な偶然の一致だと思った。君は坂道を上がり、稲荷などの社が三棟建っている場所・二葉姫稲荷神社へ詣る。誰もいないと思ったが、ほどなくしてカップルが来た。彼らの頭の上には燃え盛るような矢印が輝いている。邪魔をして彼らの情熱を消してはまずいと思い、おまえはすぐに去った。
 二十四の摂社と末社を制覇する気は起きず、大鳥居前に戻る。ちょうど、京健労北支部が「国民平和大行進」のデモ行進を始めた所だった。ヒロシマナガサキがらみの平和運動らしい。警察官が引率教師のように付き添っている。
 バスに乗り、下鴨神社へ。ここも世界遺産である。十二の干支それぞれの小さな守護社があり、宮司が賽銭箱の鍵を開けて集金している。
「こういう仕事もしなきゃならんのよね。下世話な感じの「この人残念だね。見栄えがさ。上賀茂のあの苔をむしってた三人と比べると、ちょっと格好悪いよな」
 十五時、大炊殿拝観。拝観券を買うと、河合神社拝観拳もくれる。河合神社は十五時半閉門である。貧乏性のおまえは急いで大炊殿内を観覧する。行幸図や、明治天皇由来の木馬などが陳列されている前を通り、「描かれた神」のテーマで集められた画の数々を観賞。その後、神への供え物を調理したといわれる大炊殿を覗く。
「国語便覧の図説でこういう食器や調度品、見たことあるよ「昔の人はこういう食器で、粗末な食べ物を食べてたんだな。俺はヨーロッパの陶磁器の方が好きだぜ「今でもお稲荷さんとかに、こういう食器供えてるよね「ヤマトタケル! って感じがする「どういうこと?「いや、特に意味はないよ「せっかくだけど、急がなきゃ。河合神社の閉門時間が迫ってる「おう。急ぎ足でゆっくり見てられなかったのには憾みが残るな」
 同十五分、下鴨神社の摂社である河合神社を拝観した。閉門まであと十五分。しかし、参拝者はおまえ一人だったので、神主は丁寧に扱ってくれた。鴨長明因縁の神社で、方丈記関連資料や、資料に基づいて忠実に再現された方丈庵が展示されている。文学部の葦影にとって、実に興味をそそられる展示物だった。特に方丈庵は、隅々まで観察した。
「こういう小屋の中で鴨長明は随想に耽ったのか「暇なときにはあの琵琶とか琴を弾いたんだろうな「ギターが趣味の引きこもりって感じで、親近感湧くね」
 河合神社の拝観は叶った。もう一度下鴨神社を丁寧に観て回ろうと思い、引き返す。糺(ただす)の森を歩く。この森は紀元前からの原生林で、様々な古典に登場する有名な森である。道の傍らに瀬見の小川という、本当に小さな川が流れている。この川から流れてきた丹塗りの矢に玉依姫命(たまよりひめのみこと)が感じ、別雷神(わけいかずちのかみ)(上鴨神社に祀られている神)を産んだという神話がある。
「イエスの出生と同じだ。精霊に感じて子どもを産んだ、ってね「神の死に絶えた現代からするとなんだかほほえましく思えてしまうな「こういう神話に対し、清純よりもむしろ密通を連想するのは僕だけだろうか「みんな、言葉にはしなくてもそう思ってるだろうよ」
 木々が頭上を鬱蒼と覆う長い参道を行き、上賀茂神社と同じ造りの楼門に至った。上賀茂と異なるのは辺りに非常に木々が多いこと。濃い緑色と鮮やかな朱色のコントラストが美しい。
 下鴨神社各所にある立て札によって、京の七不思議について知った。ただし、三つしか立て札を発見できなかったので紹介する七不思議も三つである。
 一、なんでも柊(ひいらぎ)。「下鴨では、どんな木を植えてもいつのまにか柊になってしまう」という不思議。ウソくさい話だが、本当らしい。本当なのだ。おまえも葦影も植物学に詳しくないので本当ということで合点した。
 二、御手洗川(みたらしがわ)。「この川は普段は涸れていて水がないが、土用丑の日が近付くとなぜかその時だけ水が湧く」という不思議。
「これは掛け値無しに本当らしいよ「いやいや。眉唾物だ。きっと水は普段から湧いている。それを普段は堰き止めておいて、土用丑の日だけ開放して水を満たすというのが真実だろう「なるほどそうかもね」
 伝説に素直に従うならば、土用丑の日だけ、水が湧き出る。その際に水泡がこぽこぽ出るのだが、その水泡を象った団子がいわゆる「みたらしだんご」なのだそうだ。この川はみたらし団子の由来の地なのである。
「みたらし団子の『みたらし』をひらがなで表記する理由、ようやっと理解できたよ。『御手洗団子』じゃバツが悪いもんな。『おてあらいだんご』みたいで食欲減退だ」
 三、連理(れんり)の賢木(さかき)。縁結びの御利益があるお社「相生社(あいおいしゃ)」のすぐ隣に植わっている。相生社の神通力で、二本の木が一本になったと伝えられる。ただし現在の木は四代目、糺の森から移植されたもの。糺の森にはこのような木が何度も生えるそうだ。
「なるほど、たしかにくっついてる。シャム双生児みたい「ここ、女性に人気がありそうだな「女は占いやら恋愛運やら恋の御利益が大好きだからな。非科学的な力によく頼る「でも女が非現実的かと言えば、実はそうでもない。女の方がロマンチックなイメージがあるが、なんのなんの、男の方がずっとロマンチックだ「言えてる。女の方が現実を見ていて、男の方こそ夢見がちだ。男は思考回路が子どもだ。空想癖がなかなか抜けない。夢の呪縛から容易に逃れられない。いつまで経っても夢をあきらめきれない「女は現実世界を直視し、認識する。夢は夢として、いつまでもこだわらずある時点を境にすぱっと割り切る。実現できそうもない夢想はバッサリ斬り捨てる「経済観念にしたってそうだ。家庭でも財布の紐を管理するのは女の役目であることが多い。男は女より賭博に溺れやすいし時々バカみたいにドカンと大きな買い物をする。男から見たら女も化粧や小物に無駄な出費をしているようにも思えるし洋服を衝動買いしているようにも思えるけどあれは彼女たちには必須の品々であって、案外しっかりした計画や理由に基づいて購入されている「そうだ。だが、男は、馬鹿だ「俺たちは馬鹿だ「バーカ「バーカバーカ」
 そろそろ今日の観光タイムはおしまい。糺の森停留所から京都駅行きのバスに乗車する。車内は満員。途中下車をするとなると大変骨が折れる。車両後部に座っていたりしたらなおさらで、「降ります! 降ります!」を絶叫しながら人ごみを掻き分けて車両前部の降車口に辿り着かなければならない。「足を踏むな!」ソフト帽にリボン代わりの編みヒモを巻いた首の長い男が鋭く叫ぶ。車内は殺伐としている。
 そんな中、中学生二人組が途中下車をしようとした。小声で「降ります……」と言いながら、申し訳なさそうに降車口へ向かう。その気持ちは、わかる。「もっと大きな声で言わな。聞こえへんよ」おばさんが促す。「この子たち、降りるってえ!」親切である。
 暑い。早く発車してくれと車内中が祈る。午後の暑さに冷房は完全に押し負けている。そんな中、マイクを通じて運転手の声が車内に聞こえてきた。
「もらいすぎやわあ」
 中学生のうちの一人が、一刻も早く降りようとしたのだろう、本来は一律二百円のはずの運賃を五百円玉で払おうとしたようだ。
「そんな儲けられへん」
 中学生は早く降車したがっているが、運転手は引き留める。
「きみ、お金持ちやなあ」
 運転手の軽口で車内が穏やかな笑いで充満する。
「焦らんでええ。両替したったらええ」
 停車時間は却って長くなった。中学生は居たたまれず気まずかったろう。しかし、車内は逆に和んだのだった。おまえも人知れずニコリとした。バスは発車する。歩道に中学生が二人、生きた心地のしない表情で目を泳がせていた。窓際の乗客たちは彼らを微笑ましく好ましい目つきで見送った。
 バスは市街地へ入る。国民平和大行進の行列が、警察に見守られながら行進しているのが見えた。それから、おまえも葦影も気付かなかったが、初日に顔を合わせた親子が沿道を歩いていた。京都に来た初日、JR奈良線の車内で向かいに座っていた若いお母さんと小学校低学年の兄妹である。世界は狭い。人生は偶然の連続。たとえ当人同士が気付かなかったとしても、奇跡的な再会を繰り返している。
 十六時四十分、バスは京都駅に着いた。さっそく慣例通り観光案内所で今夜の宿を紹介してもらう。
「ご予算は」
「いくらでも結構です。金なら唸るほど余ってますから」
「豪遊するなら祇園はいかがですか。舞妓さんと遊べますよ」
「いや、それは別に。興味ないです」
「では、お若い方々には、この、木屋町の方はどうですか。繁華街があります」
「これはアレか。暗に風俗とかを勧めてるのか「そうかもね「おまえ、興味あるか「いや僕は別に「俺も別になあ。すすきのに来たわけじゃねえからなあ」
 結局、京都駅にほど近いホテルを紹介してもらった。駅から西の方角に十分ほど歩き、リーガロイヤルホテルへ。
「高級感溢れるいいホテルだ「ドラマのロケーションに使われそうだね」
 十七時ちょうど、チェックインの手続きをする。書類に必要事項を記入する。「萩原……二十歳……東京都台東区……と。」怪しい風体だからだろうか、宿泊料金は前払いとなった。しかも上乗せ料金である。全く信用がない。ベルボーイがおまえのリュックを背負い、部屋へ案内をする。おまえは人生初めての経験に面食らい、どうも落ち着かない。六階のツインルームに案内される。エレベーター前の部屋なのでドアスコープから他の宿泊客を観察できる。自動販売機でビールを買うおっちゃんや、うろつく外国人たち。おもしろい。
 部屋備え付けの風呂に入る。地球環境に気を遣ったエコホテル。なるべくタオルを使わないよう心がける。鏡の前で身体を拭う。
 飯を食おうと思い、ホテル地下のレストラン街へ。
「高い「高すぎる「五ケタ当たり前。最安値でも四千円だよ「まあ仕方ないリッチにいくか」意を決し寿司屋に入る。……が、混んでいる。混みすぎている。君は叫ぶ。「高い金払ってわざわざ落ち着かねー食事ができるかー!「バカバカしい。出よう「ああ!」
 結局、心のふるさと・京都駅地下レストラン街ポルタへ。海老フライハンバーグ定食とチョコパフェを注文した。君は少し食べると、手鏡を見て藤原と交代した。おまえは少し食べると、手鏡を見て葦影と交代した。藤原と交代した君は少し食べると、手鏡を見て藤原と交代した。葦影と交代したおまえは少し食べると、手鏡を見て葦影と交代した。
 君は葦影。おまえは藤原。君とおまえは、二つの人格だった。
 藤原は葦影が七歳の時に誕生した。伊予ちゃんと離れ離れになった絶望的な孤独感の中で、藤原は葦影の中から生まれた。葦影と藤原は同じ二十歳だが、藤原の方が葦影より後にこの世にデビューした。
 葦影は最初、ひとりぼっちだった。一人であの暗黒の時代を生き抜いていた。しかしその奮闘も、限界が近くなっていた。一人では生きていけない局面に立たされていた。葦影は、つまり君は、友達を熱烈に欲した。友達と言うより戦友と言った方が正しい、誰かを。この耐え難い日常を癒してくれる、何者かを。
 君はある日、手鏡を取り出し、中を覗き込んだ。鏡には当然、君が映っている。その姿をじっと凝視していると、やがて鏡の中の人間は自分ではないように見えて来た。君はそれが、他人であるように錯覚し始めた。何十分も見つめていると錯覚は強まり、次第に現実味を帯びていった。死にたくなるような孤独と苦痛の中で、君は鏡に映った君に話し掛けた。
「どうして俺だけ。俺だけこんな目にばかり遭うんだ? 俺はどうしてひとりぼっちなんだ?」
 その問いに、君は答える。
「君は一人じゃないよ。僕がいる」
 自問自答。君は自分で自分を慰めた。
「そうだ。俺は一人じゃない。おまえがいる」
「そうだ。僕がいる」
「そうだ。おまえがいる。そしておまえには俺がいる」
「僕たちは、一人じゃない」
「俺たちは、二人だ」
 君は鏡の中に他人を醸成していった。もう一人の、自分。斉藤緑雨の「何人か鏡を把りて、魔ならざる者ある。魔を照すにあらず、造る也。即ち鏡は、瞥見す可きものなり、熟視す可きものにあらず」という言葉はこれのことかと思う。君は鏡の魔力に魅せられ、鏡の中に別の人格を見出した。
「俺は葦影。おまえは?」
「僕は藤原。よろしくね」
「こちらこそよろしくな」
「はじめまして」
「ああ。はじめまして」
 君は鏡の中の君をおまえと呼び、鏡の中の君は君を君と呼ぶ。こうして君と藤原は分離した。君と藤原の人格はそれぞれ独立した。
 君が一人では辛いときは、必ず鏡の中の藤原とお話をした。生きていくには辛すぎるこの現実から逃避したくなったとき、必ず藤原を呼び出した。
「ねえ。俺は辛いよ。もう嫌だよ。痛いのも、疲れるのも、嫌なんだ」
「じゃあ、僕が代わってあげるよ」
「本当?」
「うん。君の苦しみも痛みも、僕が代わりに受けてあげる」
「いいの?」
「いいよ。僕は君の苦痛を半分もらってあげる」
「本当にいいの?」
「これからは、嫌なことは、二人で半分個にしよう」
 藤原は君に代わって君の人生を肩代わりするようになった。人生の苦しい局面にぶち当たったとき、君は藤原に人格を代わってもらい、自らは心の奥底に引っ込んだ。痛神経と感覚を藤原に委ね、一時の休息を得た。視覚と聴覚は常時共有していたので、君は君の代わりに苦痛を受け止める藤原を傍観した。藤原も君と同じ度合いで痛みを感じた。藤原は歯を食いしばって折檻を耐えた。君は申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、生き延びるにはそうするしかなかった。藤原は君が元気になるまで頑張った。君は元気になるとまた、藤原と人格を交代し、自分が矢面に立った。
 人格の交代には強い自己暗示が必要で、初めは時間が掛かった。鏡を数分間睨み続けていないと、藤原は表に現れてこなかった。しかし一週間が経ち、一ヶ月が経ち、一年が経つと、その交代速度は徐々に早まっていった。人格が分離してから十三年を経た今では、鏡を少し覗いて「他人だ」と思うだけで瞬時に交代できるようになった。この旅でも君と藤原は、葦影とおまえは、鏡を凝視することで、頻繁に人格を入れ換えた。
 君たちは表裏一体のわけではなかった。皮を裏返せば葦影から藤原に、藤原から葦影になるわけではない。一つの入れ物に二つの魂が入っている。単に多重人格という言葉では片付けられない。君たちは別々の人間だった。それぞれに独立した、二人の人間だった。
 味覚を共有していない君たちは、仲良く代わりばんこで、海老フライハンバーグ定食を平らげた。店を出た。
 京都駅からホテルへ戻る際に君はローソンでパンを買った。明日の朝食である。この街はローソンが多くセブンイレブンが少ない。ローソンは駅前に少なくとも三店ある。しかも、それほど距離を置かずに。一説によれば、セブンイレブンの京都進出をローソン側が全力で潰すそうだ。熾烈な縄張り争いが想像される。
 部屋に戻ってきた。君はベッドに横になり、電灯を消し、ラジオに耳を傾ける。BNSラジオでは朗読劇が放送中だった。こんな──
「『おはよう。朝だよ。もう起きなさい』
 これがぼくのお母さん。
『おはよう。朝だよ。もう起きなさい』
 ぼくは眠い目をこすってのそのそと布団から抜け出す。ぼくは朝に弱いからお母さんに起こしてもらわないと寝坊してしまう。ぼくは寝起き特有のかすれ声で『おはよう』と返事をし、お母さんを押して、子ども部屋を出る。洗面所で顔を洗い、うがいをし、口をすすぎ、台所へ。
 台所にはお母さんがすでに朝食を準備して待っていた。作るのが早すぎたのか、ぼくの起きるのが遅かったのか、目玉焼きとベーコンは冷めてしまっている。けれど問題ない。お母さんがアツアツに再加熱してくれる。トーストもお母さんが焼いてくれる。
 お母さんが今日の天気を教えてくれる。『関東地方、今日の天気は晴れです』
 ぼくはお母さんの言葉に寝ボケまなこでうなずき、半睡状態で食事の準備を続ける。湯気の立つ目玉焼きとベーコンの皿をお母さんから受け取る。焼き上がったトーストにたっぷりのバターとイチゴジャムを塗る。お母さんから牛乳を取り出し、コップに注ぐ。デザートにバナナ。それらの食事をおぼんで食卓に運び、『いただきます』。
 まず、きつね色に焦げたトーストをいただく。角っこをガブリとかじり取り、ニチャニチャと噛む。イチゴの酸い甘味。牛乳を一口含む。渾然一体となる食パン・ジャム・ミルク。牛乳で溶かしながらパンの破片を飲み込む。またガブリ。クチャクチャ。ゴクリ。その作業を繰り返し、トーストを飲み下す。
 そろそろ胃が起きる。少し重めの肉と卵に取りかかる。目玉焼きの上にウスターソースをかける。右端からハシで白身を切り分けて、カリカリに焼いたベーコンと一緒にいただく。胃が驚かないよう、少しずつ、食べていく。左端の白身は黄身と一緒に。噛み締めると卵のうまみがお口いっぱいに広がる。
 台所に立ち、沸騰したお湯で熱い紅茶を淹れ、ソースの風味が残る口中を洗い流す。身体が芯から温まり、目覚めた細胞が活動を始める。バナナを食べ、紅茶の残りをすすり、飲み下す。『ごちそうさま』をして食器を流しへ片づける。
 トイレに入る。歯を磨く。パジャマを着替える。朝の準備が着々と進む。時間割を確認してランドセルに教科書を詰めたところでちょうど、お母さんが七時を告げる。
 ぼくのお母さんはいっぱいいる。
『いってきまぁす』
 返事はない。
『いってきまぁす』
 ぼくはお母さんたちにあいさつする。
『いってきまぁす』
 返事はない。
『いってきまぁす』
 靴を履く。一〇二号室のドア。鍵を掛ける。学校に出かける。」
 BNSラジオは笑える番組ばかり放送するはずだった。君の笑いのツボをぐりぐりと指圧する番組ばかりを。然るに、この朗読劇は君をとても嫌な気持ちにさせた。だからもしかしたらラジオ放送ではなく、君の見た悪夢だったのかも知れない。
 君は思い出す。君の少年時代。めざまし時計・冷蔵庫・電子レンジ・ラジオに向かって「いってきまぁす」と声を掛けながら学校に出掛けたあの記憶。家庭電化製品に囲まれた生活。家電が母親代わりだった日々。家電が母親だとすれば、君は家電の子どもだった。君は家電だった。母にとって君は家電と同様だった。電動の小姓だった。
 人間だった前世の記憶を持たずに地獄に生まれた者どもは、炎の他に光があることを知らない。彼らはきっと、太陽を拝んだら幸せすぎて眼が潰れてしまうだろう。
 この世に生は無く、有るのはただ苦痛のみ。かつて私は地獄の亡者も同然だった。人生の構成要素は百パーセント苦痛だけ。それが当然だと思っていた。人生の喜びに憧れることはなかった。そんな物があるなんて知らなかったのだから。激しく殴打されると解っていながら、それでも空腹に耐えかねて吸わずにはいられなかったマヨネーズの容器。火傷。ゴミに埋め尽くされた床。物心ついた頃には私は膿汁の中で這い回っていた。諧謔や道化だけが苦痛を緩和する手段だと学習した。誰からも教えられず蜘蛛が巣を張るのを覚えるように。自分の影武者を仕立て上げ、表舞台に立たせた。屈辱を進んで浴びることによって生き延びた。

【第六日】
 君は五時半に一度目が覚めたが、二度寝をして、結局七時に起床した。顔を洗い、鏡を見て藤原と交代し、おまえは昨夜買っておいたパンで朝食を摂った。トイレに入って朝のお通じを済ませた。
 ドア下の隙間から京都新聞が差し入れられていた。せっかくなのでそれを読んでみる。
「あちゃー「どうした?「一面に載ってる写真、見てよ。昨日鞍馬で面白いイベントがあったみたいだよ「なになに。『大蛇に見立てた青竹を切り落として災いを払う『竹伐り会式』が二十日、京都市左京区の鞍馬寺で営まれた』……って、鞍馬は昨日行こうと思ったよな?「うん。候補に上がってた。天狗が居るだけだろうって理由で却下されたけど「あちゃー。『豪快な刀さばきで青竹を切り分ける速さを競う僧兵たち』か「すげえ迫力だっただろうね。見たかったなあ「過ぎたもんは、しょうがない。行かなくて良かったかもよ。この人の笑顔を見てみろよ。邪悪そのものじゃねえか「失敬なことを言うヤツだな「破戒僧って感じで、すごくいいね。信長に刃向かった僧兵とか、こんな顔してたんだろうね」
 新聞に一通り目を通し終え、歯を磨こうとした時、今まで見たことのない現象がおまえの目に飛び込んだ。鏡の中の自分の、その頭上に、矢印が浮かんでいた。鏡の中の自分、正確には葦影の頭上に矢印が見えたのだ。恋心の向かう先を指し示す矢印。おまえは他人の矢印を見る能力は有していたものの、自分の矢印も、葦影の矢印も、見えたことがなかった。この時初めて、急に自分の頭上に矢印が見えた。
「どうした?「いや。すげえ。これは「だからどうした?「矢印が見えるんだ「矢印って、あの例の矢印? 好きな人の方向を指す「そう。それが僕の……いや君か。君の頭上に見えるんだ「本当か。どうしてまた今になって「わからない。なぜ今になって君の矢印が見えるようになったか、理由は全然わからない「で。矢印はどうなってる?「君にはやっぱり、好きな娘がいるんだね。東郷の他に「どうしてそう思う「だってこの矢印は、東京の方に向いてないもの「ああ。そうか」
 葦影は言葉を切った。少しだけ黙って、そして続けた。
「こうなったら白状しよう。そう、俺は好きな人に会いたくて、京都に来た」
 おまえと葦影の間に沈黙が横たわる。おまえは黙り、葦影の次の言葉を待った。
「あの電話の相手は──おまえは信じないかも知れないが、伊予ちゃんなんだ。内田伊予。俺の初恋の人「内田伊予って……。おまえが小学校一年生の時に好きだった?「そうだ。俺がおまえと会うそれ以前に、ずっと一緒に遊んでいた子だ「だってもう、十三四年前のことだろ? 今でも好きなのか「そうだ「嘘だよ。おまえ。だって。そんな昔の初恋を、今までずっと引きずっていたっていうのか?「男は馬鹿だからな。過去を引きずり、その呪縛から逃れられない。いつまで経っても昔の恋愛をあきらめ切れない「東郷よりも、その、十年以上会っていない子の方が好きだと?「そうだ「信じられない。だってずっと会ってないんだ。ろくに連絡だって取ってない。顔だって忘れてるだろ「顔は確かに、もうあやふやだ「小学校二年と二十歳の今とでは全然違ってるはずだ。それでも好きだと言うのか「そうだ「連絡も取れてないのに、どうしてその気持ちが持続できるものか「毎年八月になると電話が掛かってきてたんだ。覚えてないか? 俺が、おまえには聞こえない電話を、誰かとしていたのを「いや、覚えてない。いや。そう言えば……」
 おまえはあまり覚えていない。しかし葦影は確かに毎年お盆の時期に誰かと電話をしていた。それはおまえが眠っているときだったり、おまえを眠らせているときに掛かってきた電話だった。
「その、伊予ちゃんは、今京都に居るのか「そうだ「どの辺に?「それは知らない「知らないって。それで、会おうと思ってるのか。相手の居場所も知らずに?「そうだ「無理だろ。不可能だろ。会えると思ってるのか本当に「わからない。でも会わなきゃならない「わからんなあ。だって相手の居る場所がわからなくて、どうやって会うってんだ「どうにかなると思う「どうにかって……。どうして電話で聞いてみない「番号を知らない「馬鹿。番号を知らないって。どういうことだよ「向こうから掛かってくるのを待つしかない「掛かってくる保証はあるのかよ「掛かってくる。と思う。実際三日前に掛かってきたし「で、なんでそのときに住所を聞かなかった?「わからないって言ってた「は?」おまえはちょっと面食らう。「わからないって。めちゃくちゃだなオイ。その伊予ちゃんってのは、自分の住所も知らないのかよ「そうだ。京都に居るのは確かだが、詳しい場所まではわからない。俺が自力で探し出すしかない「君さ。本気で言ってるの。新宿駅前で指名手配犯を捜すようなもんだよ。無理に決まってるだろ「でも丁度いいよ。おまえが俺の矢印を見えるようになったってのは、一種の天恵だ。その力を使って伊予ちゃんを探し出せる「……「頼む。協力してくれないか「都合良く利用されている気がしてならないが「お願いだ。一緒に伊予ちゃんを探してくれ。このタイミングでおまえの能力が進化するっていうのは、きっと神か何かの思し召しなんだよ。超越的な力が俺を伊予ちゃんと会わせてくれようとしているんだと、俺は思うんだ「昔っからのことだが、君は僕に頼りすぎる「それは認める。どうだ。俺の頼み、断るか?「僕が君の頼みを断ったことが、今まで一度だってあったか?「恩に着るよ」
 おまえは鏡の中の自分の頭上に目を見張る。葦影の頭の上の矢印は北北西を指していた。「これはどっちの方角だ?」方位磁針を持っていないおまえには判別できない。葦影が「どっちだ」と訊ねた。おまえは矢印の方向を指して「あっち」と言う。
「あっちは……北西か?「北西って言うと、地図で言えば六十一ページ・五十五ページ・四十九ページか「めぼしい観光地は何がある?「ええと。一番近いのは二条城だけど「二条城じゃない「二条城じゃない、って?「伊予ちゃんは、二条城には居ない「当たり前だ。二条城に住んでてたまるか「いやでも、どっかの観光地の近くだと思うんだよ「その根拠は?「伊予ちゃんが言ってた。『自分の居る場所は、どこか有名な観光地の近くだ』と「なんだよそのクイズみたいなのは「彼女曰わく、どうも観光客が多いらしいんだ。そこ「そんな頼りない手掛かりで探してくれって、難易度高過ぎやしないか「いや、俺は必ず会えると信じてる「豪儀なもんだなあ。僕は会えないと思うぜ「それに、伊予ちゃんを捜すだけでなく、京都の観光地を見て回りたいっていうのもある。浅草界隈と大して変わらない寺町を当てもなく彷徨うのも、おまえに悪いしな「僕のことは気にすんなよ。しかし、住所どころか顔さえ解らないのに、本当に会えると思ってるのか。すれ違っても気が付かないんじゃないか?「近くまで行けば、感じると思う。伊予ちゃんの存在を「感じるて。どこまでも思い込みが激しいね「で、二条城の他に何がある? 北西に「少し離れて妙心寺・仁和寺・竜安寺「どうだろう「さらに離れて高山寺・西明寺・神護寺「おまえの能力、距離は判らないの?「距離まではちょっと。その人の好きな人がいる方角を指し示すだけで「確かにあっちの方角を指してるんだな?「ああ。決して東を指しちゃいない「それ、皮肉か。確かに俺は、東郷を心の底から愛してはいないけどさ「なんで伊予ちゃんとやらは、自分の現在地を自分で把握してないんだ? 漠然と京都に居るってだけで、どうして詳しい場所を知らないんだ? 監禁でもされてんのか?「うーん。監禁。監禁ねえ。それに近いかも知れないな「なんだよ、それ。まさか僕たち犯罪に巻き込まれたりしないよな。嫌だぜ「それは無いよ。保証する「とりあえず、今日は神護寺とかがある高雄を目指そうか。で、時間があれば仁和寺とかを回って「悪いな。つきあってくれて「別にいいよ「俺は、伊予ちゃんに会いたい。だが、おまえにも楽しんでほしいんだ。大丈夫か? おまえが楽しくないなら、俺は無理強いしたくない「君の気持ちは痛いほど伝わってるよ。僕も楽しむよ「悪い「なんで謝る。楽しく行こうじゃないか「藤原……」
 新しいシャツに着替え、リュックを背負い、ロビーに下りる。フロントでチェックアウトの手続きをする。チェックインの際の前金で、上乗せされていた分はお釣りとして返してもらった。八時四十分、ホテルのシャトルバスで京都駅へ。天候は不安定で、画に描いたようなどんよりとした曇天。
 九時、駅前のロータリーから高雄行きのバスに乗車した。待ち時間はほとんどなくタイミングが良い。車中、おまえは『文体練習』を繙き、高雄に到着する前に読破した。葦影はまた、内田伊予ちゃんのことを思い出す。二人で話した電話の内容を。
 二年目。一九九四年。
「はい萩原です」「 」「もしもし。ああ久しぶり」「 」「ありがとう」「 」「うん。そっちは」「 」「だよね。どう、暮らしぶりは」「 」「友だちはできた?」「 」「そう。良かったじゃん」「 」「うん。ぼくにとっても君が一番の友だちだよ」「 」「うん。ずっと一緒」「 」「え、もう」「 」「そっか。遠距離電話だもんね」「 」「待ってる」「 」「バイバイ」
 三年目。一九九五年。
「はい萩原です」「 」「もしもし。ああ久しぶり」「 」「いいよ。くれるだけでも嬉しいよ」「 」「元気元気。そっちは。もう慣れた?」「 」「友だち増えた?」「 」「そう。良かったじゃん」「 」「そっかあ。ぼくもいつか行くからその時はよろしくね」「 」「習った習った。そっちの学校でもやってるの」「 」「大変だったあ」「 」「だね」「 」「え、もう」「 」「そうだけど……。うん」「 」「うん。バイバイ」
 四年目。一九九六年。
「はい」「 」「もしもし。待ってた」「 」「電話が掛かってくるの」「 」「うん。夏休み始まる前から楽しみで楽しみでさ」「 」「こちらこそありがとう、だよ」「 」「ぼくもだ」「 」「しょうがないよ」「 」「もうちょっと長電話できないの?」「 」「こっちから掛けられない?」「 」「そっか。残念だな」「 」「え、もう」「 」「ははは。でも、声を聞けただけでうれしいよ」「 」「こちらこそ」「 」「うん。また来年」
 五年目。一九九七年。
「伊予ちゃん?」「 」「もしもし。待ってたよ」「 」「だよね。だよだよ」「 」「中学一年になって……自分でも大人になったと思うよ」「 」「でも、君がいないのがすごくさみしい」「 」「本当に」「 」「なんだか、やっぱり切ないね」「 」「え、こっちに来られるの?」「 」「絶対?」「 」「やった!」「 」「楽しみにしてる。いつまでも待つよ」「 」「いつものことながら、話し足りないね」「 」「あ、こちらこそごめん。じゃあね」「 」
 その後も毎年夏の時期に伊予ちゃんからの電話が掛かってきた。その度に葦影は嬉しそうにおしゃべりをした。通話は大抵おまえの寝ている時間に秘密裏に行なわれた。伊予ちゃんとの電話は徐々に通話時間が長くなっていった。葦影は懐かしく思い出した。
 十時前、高尾バスプール(栂尾(とがのお)停留所)に着いた。最後まで残った乗客はおまえ一人だった。裏参道から世界遺産・高山寺へ上がる。途中に詰め所があったが、人は居ず、扉のガラス窓部分に神将像の写真が貼ってあった。驚いた。笑った。
「おっかねえな「侵入者に対する威嚇か?「いやあ、ウケるわ「でもこの番所に忍び込もうって勇気はちょっと起きないわ「効果覿面だな」
 石水院と呼ばれる建物へ。呼び鈴を押すとおばさんが出て来て中に案内された。この建物は国宝だが、おまえも葦影もその事実を知らない。他に観光客は誰も居ないので気楽に展示品を見て回る。
「鳥獣戯画だ「うおーすごい「あら。残念ながら複製品です「なんだよ「オリジナル絵巻は東京に出張中、だってさ「俺たちと入れ違いだったな「観て。『伝・運慶作の犬の彫刻』だって「ほほう……。本当に運慶の作品なら凄いが、あくまで『運慶作。かも知れない』だ。『かも知れない』っていうのは大体違うんだ「でも素晴らしい出来映えだね「じゃあ運慶の真作だな」
 ゆっくり室内の陳列品を観察していたが、オヤジ軍団ツアー御一行様が到着してどやどやと入ってきた。おまえは彼らに先んじて退出する。外に出ると、ついに降ってきた、雨。傘は差さず、急ぎ足で聖観音像や開山堂を見て回り、金堂に向かう。鏡を見る。あとから来たオヤジ軍団が訝しげに君を見る。雨がますます強くなる。オヤジ軍団が去ったので君は雨宿りをする。
 雨は弱まらない。悪あがきをせず折り畳み傘を差し、高山寺を出た。出てしばらくして、君は高山寺内にある「日本最古の茶園」を見逃したことに気付いた。完全に失念していた。これは無念だった。今さら戻るのも気が引けるのですっぱりとあきらめ、山の中の道路を歩き始める。
 十一時、楓が視界を遮る朱色の橋を渡る。石段を上る。西明寺、なかなかに立派なお寺である。殊に、楓や松の枝垂れ具合がなんとも秘匿的。この寺は紅葉の名所として名高いらしい。秋になると大勢の観光客が訪れるそうだ。しかし今は秋ではない。しかも台風が接近している。拝観受付には誰も居ない。この時期この辺鄙な場所へしかも大雨の中で来訪するバカが居るとは、悟りを開いた和尚でもさすがに予知できまい。境内を勝手に見て回って、ある程度満足したところで西明寺を辞した。帰り掛け、朱色の橋でおばさん二人組とすれ違った。酔狂を演じる人種は、君と藤原の他にも、居た。
 清滝川を右に見ながら神護寺の方へと歩く。喉が渇いたので自動販売機にて日本茶を買う。日本茶ではなくジャワティーが出てきた。やるせない。雨はますます強くなり風も出てくる。あちこちに木が揺れていて不安そうに騒ぎ立てている。上から枝が降ってきた。やるせない。
 朱塗りの橋を渡る。階段が見える。階段の隣には昏睡状態のように元気のないホテルの喫茶室。ホテルというより立派な山小屋のようだ。急勾配の階段は一段一段奥行きがあり、下方にやや傾いでいる。三百段ほど上ると硯石亭という茶屋があったが、ここも閉まっていた。
 神護寺に着いた。楼門の手前左、拝観券を求めるよう但し書きがあるが、売っていない。誰も居ない。観光客どころか、係が居ない。境内を歩く。
「説明板が無くてよくわからないな「いい加減に歩き回ろう「あそこ見て。楓がさ、まるで扉みたくなってて、情緒豊かじゃないか「そうだな。でも、そんなことより、君のこの有り様を心配しろよ。ズボンが半分以上ずぶ濡れになったぜ「ああ。布が足にまとわりついて気持ち悪い「雨強い「つらい」
 かわらけ投げ名所を望む。目の前にドカンと山があって、杉が立ち並んでいる。眼下は錦雲渓という谷。すさまじい。そして風景は強烈な風雨に煙っていて、恐ろしいくらいの雰囲気が立ちこめている。
「その昔、かわらけを投げて占いでもしたんだろう「かわらけって何だ?「俺の文学的素養が確かなら、皿みたいなもんだ「天下の絶景を謳っているが、確かに絶景だ「谷底は陶器の破片だらけだろうな」
 堂宇にて雨宿りをすることにした。
「ちょっと上がって雨宿りをしよう。そこの濡れ縁でさ「五大……庵? かな?「読めないな」
 五大堂だった。君は靴を脱ぐ。靴下までビショ濡れだ。板敷きの床に足跡が付く。堂宇の内部には入れないが、雨を凌げるだけでありがたい。腰を掛け、向こうを眺めると、西明寺ですれ違ったおばさん二人組が悄然として歩いているのが見えた。
「あの人たちはレズの心中か何かか?「よくもまあ、こんな悪天候でこんな辺鄙な場所に来るよな「それを言ったら、僕たちも同じだけどね「いや、俺たちには目的がある。俺たちというか、俺か。伊予ちゃんに会うという、使命が「ここじゃないか?「ちょっと矢印、見てくれるか」
 君は手鏡を取り出し、中を覗き込む。君は藤原に交代する。おまえは葦影から交代した。手鏡の中に映っている葦影の頭上を見てみる。
「この手鏡じゃ、小さすぎてよく見えないな「角度を変えてみろ「角度を変えると、矢印が平たいせいで、よく見えなくなるんだよ「姿見っていうのかな、そういう大きな鏡じゃないと駄目ってことか?「そうかも知れない「そうかも知れないって。頼むよ。おまえにしか見えないんだから。頼れるのはおまえだけなんだよ。もっと頑張ってくれよ「だって今日初めて見えたんだぜ。自分の頭の上、っていうか君の頭の上に矢印。僕だって慣れてないんだよ「そうか。すまん。じゃあ仕方ないな」
 この辺りに目標の人物は居ない。君は神護寺を出ることにする。拝観受付には誰も駐在していなかったが、君は「すばらしいお寺でした。ありがとうございました」という書き置きと一緒に拝観料五百円玉を置いてきた。
 腹が減った。高雄にある店はほとんど閉まっていた。この台風下、しかもシーズンオフの平日、客など来ないと思って当然だろう。西明寺・神護寺には受付すら詰めていなかったし。君は高雄から脱出することにし、傘を傾けて旅路を急ぐ。
 ようやくバス停に着いた。雨は依然として強く降っている。バスの発車時間まではかなりある。せめて屋根のある場所はないかと辺りを見回すと、バス停の手前二十メートルほどの場所にバスが停車している。
 近寄り、乗れるかどうか運転手に訊ねてみたが、運転手は申し訳なさそうにバス停の方を指差した。バス停で待てということらしい。仕方ない。渋々バス停に移動し、タバコでも吸おうとポケットをまさぐっていると、バスが動いた。乗せてくれた。多分、濡れた子犬のような君に同情して早めに発車してくれたのだろう。
「ありがたい……!「ありがたいありがたい」
 君は冷えた身体を震えさせながらバスの座席に座った。二十分ほど乗って、御室仁和寺というバス停で下車した。世界遺産・仁和寺の目の前だ。
「この寺、古典の教科書にも、よく出てきたよなあ「説話物だったっけ「いや。たしか徒然草だったと思う。法師がアホばっかりなんだよ。山の上の寺を見物しに出掛けたのに山に登らず帰ってきたり、鍋をかぶったら抜けなくなったりさ「今も変な坊さんいっぱい居るのかな「どうだろう。あの、電電塔みたいな寺だったらいいね「嵐山で行った法輪寺ね。あんな風に変な寺だったら楽しみだな」
 まずは腹ごしらえ。寺のすぐ目の前にあるうどん屋「松風」に入る。天ぷらうどんときなこアイスを食べる。冷えた身体にうどんが温かい。そしてアイスで余剰体温を発散させるこの食べ方。胃には優しくないだろうが、大変美味いものだ。二十分後、店を出ようとするものの、さらに激しい暴風雨となる。留まらせてもらう。この暴風雨に晒されていたらと思うとゾッとする。白く煙るほどの激しい雨。坊主が仁和寺の門を閉めているのが店から見える。強風の吹き込みを防ぐためだろう。閉め出された修学旅行生が、傘も役に立たず、ビショ濡れとなって路頭に迷っている。
 うどん屋のおばさんは生徒たちを不憫に思い、店に招き入れた。生徒たちはお金が心配なのだろう、初めは渋っていたが、店の人たちが是非にと勧めるので遠慮がちに入ってきた。彼らは何も注文せず、申し訳なさそうに小さくなっていたが、店の人たちはどこまでも温かい。冷房を弱め、タオルを用意してやる。ちょっと心温まるエピソードだった。そして、招いても店に入らず何十分も律儀にバス停に立っていた頑固なおじさんは、見ているだけで気の毒であった。
 三十分後、多少雨が弱まったので君は世界遺産・仁和寺への拝観を決行する。南に位置する山門は閉められてしまったので東から回る。拝観受付所に張り紙がしてある。「台風接近の為各書院は見られませんので係員に従って下さい。仁和寺(印)」と墨で走り書きしてある。
「無念すぎる……「ああ。残念で残念でたまらんな「でも入っちゃおうぜ「いいのかな?「いいよいいよ。大丈夫だろ。怒られたら出りゃいい「そうだな。せっかくだから」
 雨は止みつつある。君は仁和寺を見て回る。五重塔や、立ち並ぶ桜の低木など、見所の多い、完成度の高い寺である。そのどん詰まりにある御影堂で、弘法大師御影を拝む。ここだけ開いていた。しかも、空海の命日である毎月二十一日にしか開かれない場所らしい。不運の中に運があった。しかし暗くてよく見えない。何となくありがたい気分にだけなって、君はその場を離れる。
 境内に参拝客の姿はない。存在する生身の人間は君だけだ。山門を閉めて修学旅行生たちを追い出していたくらいだから、立入禁止なのかも知れない。とそこへ、眼鏡の若い坊さんとすれ違った。怒られる前に先手を打とうと、君は進んであいさつをする。
「こんにちはー」
「こんにちは」
「あのー、拝観中止みたいですけど、ここに居てもいいんですかね」
「はい。本堂などは開かれていませんが、境内を見て回る分には問題ありません。申し訳ございませんね、本堂が閉まっちゃってて……」
「いえ。そんな」
 お坊さんは大変感じの良い人で、軽く会釈をして急ぎ足に去った。
「逆に謝られちゃったな「ああ。感じのいい人だった」
 そのままうろうろしていると、五重塔付近を坊主の行列が通過しているのが見えた。
「なんだろう。なんかイベントでもあんのか。観光客もいないのに?「弘法大師の供養でもするんじゃない「ああ、そうかも「お寺は元来、観光地じゃないからな。観光客がいないからって、休業するわけではない「ああ。こうして毎日、雨の日も風の日も、お坊さんたちは修業をしているんだ」
 一通り境内を回り終え、君はトイレに入った。鏡がある。ようやく矢印を確認できる。つまり、内田伊予の居る方向を調べることができる。君は藤原に、矢印を見てもらうことにした。君は藤原になり、葦影はおまえになる。おまえは葦影の頭上に段々と矢印の形が明瞭となってくるのを見る。
「矢印は……あっちだ「あっちってどっちだろう。北東か? 何がある「竜安寺だな。世界遺産の「ああ。石庭で有名な「いや、そこまで知らないが」
 おまえは仁和寺を出て、蓮華寺を抜け、竜安寺の方向へ向かう。このあたりは店の名がおもしろい。「エクセレント竜安寺」とか「株式会社キヨワ」など。パトカーが猛スピードで君の脇を通り過ぎる。
 十五時に、世界遺産・竜安寺に至った。林に囲まれた参道を抜けると、まず目に付くのが鏡容池である。池の中央の小島に三名の外国人旅行者が居た。
「この台風の中ごくろうなこった「悪天候でもスケジュールをこなさなければいけないんだろうな「邪推かも知れんが、そうかもな」
 雨は弱まってきたが天気はまだまだ悪い。せっかくの鏡容池もどこか陰気だ。おまえは池を眺めるのをすぐに中断し、本堂に移動する。天竜寺の庫裡そっくりの方丈に入り、廊下に上がるが、足がビショ濡れなので靴下も脱ぐ。
 世に名高い石庭を眺めた。いわゆる枯山水庭園で、熊手で砂利を掻いて水の流れを表現している。教科書で見た通りだが、庭自体は意外と狭い。悪天候にしては数の多い参拝客が縁側に思い思いに座り、黙って庭を見つめている。庭に配置された十五の石は、同時に十五個は見えない。見る角度によってあちらの石が隠れ、あちらの石を見ようとするとそちらの石が隠れる。石は常に十四個しか見えない。何を表したのか、誰が作ったかも謎。「永遠に新しき庭」とはよく言ったもので、いくら眺めていても飽きない。
 葦影は没自我について瞑想する。
 人は、自分の事ばかり考える。自己を主張せずには、いられない。人は、特に大人は、少しでも自分を良く見せようとする。自分の弱点を覆い隠すために他人をあざむく。人の恥は好きだが、自分の恥は嫌い。体面ばかりを気にする。
 三年前にさかのぼる。高校生だった葦影は、あらゆる反抗的高校生と同様、教師が嫌いだった。特に、自尊心を保とうとしてウソをつく教師が、大嫌いだった───
 期末テストの時期。点を取ることに興味が無かった葦影は、採点する教師を陥れようと考えた。それは退屈しのぎに思い付いたいたずら。成績劣等の葦影だったが、漢字には強かった。そこで、難字だらけの答案を提出した。「採点作業に手こずるだろう、読めない漢字は辞書を引くだろう」と、教師どもが苦しむのを期待しながら。そして、どんな反応を返してくるかが楽しみだった。「バカ」の烙印を取り除いてくれるだろうか、はたまた畏敬するだろうか(葦影の中にも「少しでも自分を良く見せようとする」気持ちは存在したのである)。残念ながら英語の試験ではこの嫌がらせを実行しようがなかったが、ほぼ全教科の答案用紙にこの嫌がらせを施した。「やつらの化けの皮をひっぺがしてやる」
 試験が全て完了し、後日、答案が返却された。葦影の嫌がらせに対する反応は様々であった。社会科担当の教師は感嘆と共にこれを迎え、葦影に一目を置いた。物理の教師は苦々しい顔をしながら、「まちがいではないが、なるべく常用漢字を用いた方が良い」と、消極的な否定を述べた。そして中でも傑作は、保健体育の教師である。その出題には「喫煙と健康」が設けられていて、煙草が健康に与える影響を論述しろとか指図してあった。そこで葦影は、「煙草」という漢字を全て「莨」と書いた。すると後日、教師は葦影を職員室に呼び出した。「なんだこれは、この漢字は」と傲然と言う。葦影は黙ったまま近くの机上にあった漢和辞書を引き、この字が「たばこ」と読めることを証明した。教師はムッとしながら、「莨」という字に下されたバツをマルに改めた。「莨」が全て正解となっても惨憺たる点数だったが、それでも完全勝利を収めた気持ちだった。
 生物の担当は三十歳の美しい女教師だった。彼女の試験には、最も悪質ないたずらを仕掛けた。──ありもしない漢字をでっちあげたのである。
 テスト返却日、彼女は解答用紙を普通に配り終えた。葦影は解答用紙を眺めながら「なんだ、普通だな。張り合いがない」と思っていた。
 すると意外なことに、彼女は授業後葦影の所へ来た。そして、アッケラカンとしてこう言った。「萩原くん! ゴメン、この漢字なんて読むか教えてくれないかな? 他の漢字は調べたんだけど、この漢字だけわからなくってさ~」
 わからぬことを潔く「わからない」と認める美しさ──葦影はすっかり面食らった。そして、デタラメの造字であることを告白した。彼女は笑いながら教室を出て行った。
 現在の葦影は、当時のことを回想し、こう思う。「あの時の教師の美しさを思うと、今でも抱きしめたい気持ちがする」と。「むしろヤリたい」と。
 あれくらい、「私(わたくし)」を捨てた態度を取れたら、立派だ。葦影は石庭と対することで我を忘れた。
 「『永遠に新しき庭』とはよく言ったもので、いくら眺めていても飽きない」と書いたが、やはりいつかは飽きるもので、おまえは若干の名残惜しさを感じながらも立ち上がった。庭を後にし、トイレに入った。トイレに姿見があった。おまえは葦影の頭上の矢印を見た。矢印はなおも北東を指している。
「まだ北東か? 北東には何がある「金閣寺「よし。決まりだな「ああ。次の目的地は金閣寺だ」
 おまえは矢印を確認し、そして葦影と交代をした。君は唇を噛む。内田伊予の存在を近くに感じ始めていた。「金閣寺に、居る」そう信じた。「ぎりぎり間に合った」そう安堵した。
 十六時、竜安寺をあとにし、この旅初のタクシーにて金閣寺へ──と思ったが、タクシーの運転手によると、今日は金閣寺も二条城も閉まっているらしい。
「台風でね、やらないってのは、私は反対ですよ。今日しか来られない修学旅行生だって居るのに……」
「そう言えば仁和寺も門を閉めてましたよ」
「そうですか」
 運転手は憤っているが、賢明な処置だろう。仕方ないので京都駅に向かってもらう。
「一時間ほど前に、タクシー乗り場の目の前でひどい事故がありましてね」
「そういや、さっき俺の横をパトカーが猛スピードで通り過ぎたっけ。あれがそうだったのかも。そんなにひどい事故だったんですか」
「それはもう。ひどかったです」
「それは大変……「ぐちゃぐちゃかもな「おいよせよ「ぐちゃ。ぐちゃっ」
 車内は沈黙する。このまま京都駅まで会話がないのは気まずいので君は運転手に話題を振る。
「俺、京都のこと何も下調べせずに遊びにきたんですが、どこかお勧めの観光地ってありますか」
「人気ベストスリーは、清水寺、金閣寺、二条城ですかね。特に清水寺はリピーターも多いです」
「二条城には行きました。すごく良かったです。清水寺は行かないかも知れないけど、金閣寺には行こうと思ってます」
「金閣寺はあれ、綺麗だけど、話のタネに一度見たらもう充分って感じですかね。建物は一回放火されて全焼したでしょ。あれ、昭和期の再建だから歴史的意義も無いし」
「なるほど。じゃあ京都御所ってどうですか」
「京都御所? あそこは一般の人は入れませんよ。もともと天皇の土地ですから。宮内庁に許可を取らないと。年に数回、一般公開もされてますけど」
「そうなんですか。ほんとになんにも知らなくて。──今の時期って、混雑状況どうなんですか。すいてるんですかね」
「そうですね。この時期はすいてますね。京都はやっぱり春と秋が混みますよ。春は桜が見事ですから。家族連れなどが多くて、忙しいですね。四月五月は修学旅行シーズンです。で、六月から八月は暇ですね」
「夏休みもですか?」
「うーん。夏休みも暇ですね。大学生みたいのがチョボチョボ来るくらい」
「俺もそうです。大学生です。でも、今の梅雨時はともかく、どうして夏休みも暇なんですかね」
「夏は海、ってことなんですかね。で、秋はもう、大混雑。どこも紅葉が素晴らしいですから。でも、混むだけの価値があるんですよ。どこも素晴らしいです」
「へえ。見てみたいですね。冬はどうですか」
「冬もまあ、暇ですね。意外と女性が一人旅をしてたりしますが。京都の冬は寒いですから。観光都市ですからね、お客さんが来ないと困るから、冬は市が率先して企画旅行を誘致するんですよ。いくつかの寺に協力を仰いで、『この仏像は今しか公開しません!』とか、『百二十年ぶりのお目見え』みたいな企画をするんです」
「なるほど。京都市とお寺がガッチリ協力して、閑散期をどうにか盛り上げるため、お客さんを呼び込む、と」
「そういうことです。しかしね、市と仏教会なんかは、私はあんまり……」
「と言うと?」
「市役所前に巨大な京都ホテルが建設された時にね、仏教会が反対したんですよ。で、『京都ホテル宿泊客には参拝させません』とか、『京都ホテル建設に反対し、しばらく閉門する』とかの騒ぎになった」
「ああ。俺が高校の修学旅行で京都に来たときも、たしかに閉門していた寺がありましたよ。そういう『京都ホテルの宿泊客は立入禁止』みたいなのが書かれた立て札が立ってた憶えがあります「景観破壊なんちゃらってやつだよな。マクドナルドの看板も、京都では派手な赤色じゃなくて渋い赤色なんだよな」
「どうでもいいと思うんですけどねえ……。結局、うちの寺から東山が見えなくなるとか、自分の所の話じゃないですか。お寺のそういう裏の部分を見ちゃうと、なんだかねえ……。あとね、京都市が修学旅行生から五十円ずつの税金を取ろうとしたことがあるんです」
「ああ、お金を少しでも多く落としてもらうためですか。観光税? すごいゲスい発想ですね」
「その時は仏教会が猛反発してね。京都中の全ての寺が実際に門を閉めた。寺が開いていなければ、京都には何も無い。観光客が激減して、京都市全体の産業が打撃を受けました。で、結局、京都市側が折れて和解しました」
「ふうん。妥当な振る舞いですね。仏教会もやりますね」
「まあ、その時はね。──お客さん、他にはどんな所に行きました? どこか面白い所ありました?」
「まず最初に宇治の平等院に行きました。それから、醍醐寺。良かったなあ。あと、銀閣寺、平安神宮、二条城。あと、嵐山。天竜寺より法輪寺って寺が良かったです」
「法輪寺?」
「変な寺でした。で、鈴虫寺っていう所に行きました」
「インチキ坊主だったでしょ」
「ははは。面白かったですよ「本気とも冗談とも取れない言葉だな「やっぱりインチキ坊主だったのかね」
「あそこね、最近人気が出始めたんです。住職とその息子が交代で講話をしているんですけどね。お客さん、年取ったのと若いのと、どっちの講話を聴きました?」
「俺が聴いたのは若いお坊さんですね」
「じゃあ息子の方ですね。あいつらは親子でBMWとベンツを乗り回している、商売っ気のあるインチキ坊主です。鈴虫を年中飼育するというアイディアは先代が考えた物でね、あんなの仏教と全然関係ないじゃないですか。で、しあわせ地蔵ってあったでしょ。あれは現住職が考えた。あんなの由緒もへったくれもなく、最近造られたインチキ地蔵ですよ。私らなんか、ちっちゃい頃から、親やばあちゃんが毎日毎日一所懸命仏像を拝んでるのを見てきてるわけでしょ……。だから、ああいうのは……」
 運転手の口調は穏やかだったが、しかし確実に憤慨していた。不快感を隠し切れないようだった。その時、京都駅に着いた。運賃は二千八百円。高くついたが、暴風雨の中を移動する煩わしさを差し引くと順当な値段と言えた。嵐を避けられたのだから、もっと払ってもいいくらいだった。それくらい、助かった。君は丁寧にお礼を言い、タクシーを下りた。
 駅の路線ダイヤは大幅に乱れていた。新幹線は台風の影響で本日絶望的とのことだった。君は恒例となった駅の案内サービスで今夜の宿を探してもらう。昨日と同じ、リーガロイヤルホテルへの紹介状を書いてもらった。
「少し早いが夕飯にしよう「晩飯、じゃなくて、夕飯、なら、罰は当たるまい。まさしく夕方だ「庶民の味方ポルタに行こう「ホテルの高いだけの飯は食えねえ」
 階段で駅地下街ポルタに下り、「銀座四川」にてガーリック豚とチャーシューメンを食べた。
「京都で銀座で四川。結局の所、一体どこなんだよ「それを言ったらおまえ、東京ドイツ村だってすごいぜ「何それ?「千葉にできたテーマパークだよ「ディズニーランドみたいなもんか。あれも東京ぶってるけど実際は千葉県だよな「ディズニーは東京に近いからまだしも、東京ドイツ村は千葉市のさらに奥にあるから、東京なんて名乗るのもおこがましいぜ。もろに千葉だよ「東京でドイツなのに、千葉「もう訳が分からないよ」
 ホテルに向かう途中ローソンに寄り、明日の朝飯としてのパンと、暇潰しのための青年漫画誌を購入した。
 十七時半、リーガロイヤルホテルにチェックイン。今日は最奥の角地に陣取る。物音一つしない。まるでこのフロアには君と藤原しか居ないような静けさだ。濡れたシャツとズボンをハンガーに掛け、靴下を捨て、部屋備えつけの風呂に入る。台風に痛めつけられた身体に心地よい熱がじんわりと伝わる。鏡の中の君は疲労の色が濃く、鏡の中の君はおまえになる。
 風呂から出て、おまえは台風でビチョ濡れとなった荷物を確認する。一番被害を被ったのは書籍。取り出しやすいように、リュックの外付けポケットに入れて置いたのだ。布一枚を隔てていただけでは、あの豪雨は防げるはずがなかった。良き師匠としてお世話になった地図本。そして、おまえが家から携えて来た座右の書、中には何も書かれていない「白浪」。二冊とも惨憺たる有様で、なんだかみっともないシミとともにふやけている。取り分け天の部分がひどい。平行なページの地層を走らせていたはずの上側面は、暴れた活断層のように波打ってしまっている。いくら頑張って水気を絞っても、ブヨブヨした状態は直らない。
 おまえは心底困った表情で「白浪」をひらいた。中はどうなっているのか心配だった。紙面も湿っていた。おまえが白紙のページに目をこらすと、いつも通りそこに活字が浮かび出した。おまえは少しホッとした。そこには『あまやどりの歌』という短編小説が書かれていた。おまえの目の前に現前した、最後の小説。おまえは最後と知らず、それを読み始めた。
「台風が上陸したその夜。仕事帰りの浅間は家路を急いでいた。風にすくわれた雨が横殴りに足下を襲う。傘は上半身しか護らない。靴はもちろん靴下までグッショリと濡れ、スラックスは重く湿った。浅間は傘を前方に傾け、もはや水たまりなんぞに気を留めず、自宅まであとわずかという住宅地をのしのしと進む。濡れた路面を電灯が寒々しく照らしている。アスファルトの上で雨滴がバチバチ弾ける。
 あるアパート、一〇二号室の前で、吹き込む雨に濡れながら、うずくまっている少年がいた。浅間はふと足を止める。不審に思って、ちょっと少年を見つめる。かたわらにランドセルが置かれているところから察するに、どうも学校から帰ってきてそのまま家に入れないでいるらしい。鍵が無くておうちに入れないのだろうか。こんな時間になっても親は帰宅しないのだろうか。浅間は少年をかわいそうに思い、自宅まであとわずかの距離であるが、足を動かせずにじっと佇む。
 不思議なことに少年は笑顔だった。ドアの前、屋根はあるが雨ざらしに近い場所で、やけに晴れがましい冷たい電灯の下、普通の小学生ならば不安に怯える場面。頭上に屋根といっても、実際にはそれは二階部分の通路であり、ひさし程度のものであって、雨を完全に凌いではいない。なのに少年は幸せそうに笑っていた。
 おせっかいな行為かも知れないとは思いながらも、浅間は少年に声を掛けずにはいられなかった。
『どうしたの』
 見知らぬ人から話し掛けられてもさして驚くでもなく、少年は浅間を見上げ、やはりニコニコ笑ったまま、答えた。
『鍵を落としちゃって、うちに入れないんです』
 浅間の心配した通りだった。よく見ると少年は細かく震えている。寒いらしい。だいぶ雨に打たれたようだ。
『傘は?』
『風で折れちゃって。それで。それで帰ってくる途中で捨てちゃいました』
 たまらず浅間は眉をひそめた。自宅に連れ帰って風呂に入れてやりたい気持ちでいっぱいだが、それはできない。それに、利発そうなこの子が見ず知らずの大人に付いていくとも思えない。
『ちょっと待ってて。あったかい飲み物買ってあげる』アパート前の自動販売機で、缶コーヒーを買ってやるのが精いっぱいだった。『はい』
 少年は初めて笑顔を失い、激しく恐縮した。
『いいですいいです』
『いいから』
 浅間は半ば押し付けるようにコーヒーの缶を渡した。少年は申し訳なさそうに礼を言い、頭を下げた。
 少年は両方の掌で包み込むように缶を持ち、さもうまそうに、少しずつコーヒーをすすった。浅間は少年のそばにしゃがみ、無言で寄り添ってやった。
 雨は一向に止む気配がない。風はますます強く吹き荒ぶばかりだ。ほっほっと小さく息継ぎをしながらコーヒーを飲む少年に、浅間は再び問いかけた。
『うまいかい』
 少年はコーヒーをもらってから必要以上に緊張していたが、浅間の優しい言葉に、あの笑顔を取り戻した。ぱぁっと明るい表情で大きくうなずいた。
『すごい台風だね』
『そうですね』
『傘、残念だったね。大変だったでしょ』
『はい』
『俺もほら。見て。ずぶ濡れだよぉ』
『ああ。はい』
 取り留めの無い会話を取っ掛かりにして、さりげなく浅間は訊いた。
『お父さんお母さんは?』
 少年は答えにくそうにちょっと笑顔を消して、またすぐ笑顔に戻り、言った。
『死にました』
 不意を打たれて言葉に困った。どう言って取り繕えば良いのか。聴いてはいけないことを聴いてしまった気詰まりから、浅間は黙ってしまう。
 雨風の音だけが耳にうるさかった。少年も浅間も一言も語を発しない。
『それ、捨ててあげよう』
『あ。ありがとうございます。本当にありがとうございました』
 浅間は立ち上がり、少年が飲み干した缶を空き缶入れに捨てた。そのまま、立ったまま、浅間は問いかける。
『これからどうするの』
 少年は微笑したまま浅間を見つめる。特に何も答えない。
『鍵が無くて、家に入れないじゃないか。どうするの』
 少年は床面に視線を落とし、さみしく笑いながら言った。
『どうにかなります。歌っていれば』
 浅間は一層気鬱になる。気の毒だが、どうしてあげることもできない。これ以上、何も言葉を掛けて上げられない。素直に退散するしかなさそうだった。
『じゃあ。俺は行くよ』
『はい』
 少年は立ち上がり、ペコペコと頭を下げた。
『ありがとうごさいました。ごちそうさまでした』
 浅間が立ち去ろうとすると、少年はニコニコ笑ったまま、またしゃがみ込んだ。浅間はどうしても立ち去れず、屋根から一歩外れた路上で立ち止まり、少年を見つめた。雨が激しく傘を叩き付ける。
 少年は浅間がまだとどまっていることを知りながらも、まるで誰もいないかのように、歌を歌い始めた。それは雨音にも負けない歌唱だった。きっと浅間が来る前にも何度も繰り返されたのであろうと思える歌であった。その歌声は決して悲愴ではなく、むしろ喜びに満ちていた。
  風立ちぬ雨降りの夜を
  待って居る……
    けど気にしない
    我は笑む
      越えろ暗闇!
      オゾン燃ゆ、日差す方へね
 少年は笑顔だった。浅間はなぜか泣けてきた。こんなに明るい顔をしている少年を見て、なぜか気持ちが沈んだ。浅間の目から涙が一粒こぼれた。
 少年がもう一度同じ歌を繰り返そうとしたとき、傘を差した女がひとり、アパート前にやってきた。スカートやハンドバッグを雨にやられたせいかひどく不機嫌そうだった。どうやらアパートの住人らしい。浅間は一歩退いて道を譲った。
 女は傘を閉じる。少年は歌を中断する。今まで笑っていた少年の顔にほんの少し緊張の色が走ったのを浅間はおやと思った。女は少年の前まで来ると、ヒステリックに叫んだ。
『おまえ。何やってんだよ』
『鍵、落としちゃった』
『バカ!』
 女は右手に持った傘を一瞬振り上げようとしてからそれをやめ、ハンドバッグを掛けた左手で少年にビンタをした。浅間はたまげた。慌てた。
『ごめんなさい……』謝る少年に対し、女は無言で一〇二号室のドアノブに鍵を挿す。『ごめんなさいお母さん……』
 浅間には物を言う暇も無かった。あっけに取られた。少年の母親は死んでいなかったのだ。少年は詫びるような目で浅間をちらと見た。きっと、家庭の事情を説明するのが億劫で、『死にました』なんて適当なことを言ったのだろう。少年の顔は、陳謝するような、また、見られたくない場面を見られたような、バツが悪そうな表情だった。その顔はもはやちっとも笑っていなかった。
 ドアが開いた。少年は母親に急かされて室内に引っ込んだ。母親はすぐには家に入らず、じっと浅間を見る。その目は誘拐犯か何かを見るような光で睨んでいた。特に弁明する気も起こらず浅間はそそくさと家路に戻った。
 雨は依然強いままだ。浅間は家までの残りわずかの道を、少年の歌を口ずさみながらトボトボ歩いた。筆舌に尽くしがたいやるせなさに全身を濡らしつつ……」
 おまえは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。部屋が見えなくなる。何も聞こえなくなる。暗闇。光も音もない世界。全方位百光年の周囲に一つも星のない、宇宙の果てのような、静寂。やがてそこに針の穴ほどの小さな白い点が現れる。白い点は徐々に大きくなり、おまえの視界を完全に支配し、強烈な閃光で眩惑する。おまえは目を開ける。そこはさっきと変わらぬホテルの一室。そしておまえはその目ではっきりと見た。今読んだばかりの小説が、消え失せていくのを。おまえの頭が白紙に投影した空想の文字が、水に滲んでいく。──水盤にインクを数滴垂らすと、インクは煙のように溶けていくが、それと似ていた。普段は本を閉じないと更新されないはずの内容が、目の前で薄れていった。ついには消えた。その後、「白浪」に文字が浮かぶことは、二度と、なかった。
 「白浪」も地図帳も、捨てたりせず、ずっと大事に取っておこうと思った。だから今でも、この二冊は手元にある。「白浪」は今では不思議な力を発揮することは無くなってしまったが、地図帳はこの旅行記を書くのに当たって大いに役立った。
 「白浪」が魔力を失ったのは雨で濡れたせいなのか、それとも自分の身に何か起きたのか。おまえは管状の不安を背骨に突き刺したまま、眠りの世界に落ちていった。

【第七日】
 六時半に起床した。窓からの眺望はほがらかに照らされた線路。京の空は晴れ渡っている。台風は去ったようだ。おまえは顔を洗い、君はトイレに入る。頭上の矢印は昨日と同じ方角、北北西を指していた。
 青年漫画誌を読みながら昨晩買いためておいたローソンの菓子パンを食す。パンを飲み下したあと、雑誌のグラビアを飾る水着のアイドルを相手取り、君は久しぶりに自慰をした。
「この娘は、使い捨てられる何万人もの自分を思うとき、一体どんな気持ちになるんだろう」
 人は自分の写った写真に感情移入をする。写真を破られたら悲しみ、踏みつけられたら怒る。写真に感情移入をしてそこに自我を投影するとすれば、グラビアアイドルはどうなるのだろう。雑誌は何万部も発行される。その表紙を飾るのは自分の写真だ。雑誌はいつか有価物に出される。グラビアアイドルが自分の写真一枚一枚に感情移入をするとすれば、有価物となる何万人もの自分を不憫に思って魂が千々に裂かれるであろう。
 この考えは君にとって、何か象徴的な意味合いを持つように思えた。君はグラビアアイドルを白く汚し、ページを閉じ、雑誌をくずかごに投げ捨てた。
 今日は金閣寺に行く。その後の予定は無い。その後の予定は、と言うより、その後は、無いかも知れない。葦影も藤原も、言葉には出さずとも、心の中でしっかりと感じていた。
 葦影と藤原はこの六日間を振り返る。
「一日目。宇治に行った「ああいう京都らしい宿に泊まること、その後なかったなあ」
「二日目、醍醐に行った「いやぁあそこは本当に良かったね「京都はどこも見所満載だけど、あそこは別格だったよな「本当だな」
「三日目は左京に行った「南禅寺・銀閣寺・法然院、それから、平安神宮……「その前に真如堂に行った「ああ、鳩の糞に悩まされてる「そうそう。それから、二条城ね「鴬張りの廊下「ヤメー、ヤメー」
「四日目は嵐山スタート「天竜寺・渡月橋・法輪寺「法輪寺! 変な寺だったよなあ「苔寺に入れなくて鈴虫寺「タクシーの運ちゃんはボロクソにけなしてたけど、二十一世紀対応って感じで俺は嫌いじゃないけどね「で、京都駅周辺の東本願寺・西本願寺・東寺。この辺は疲れがたまっていたのに強行軍で回ったからもったいなかったね。本願寺も、もっと心に余裕のある時に行ったら、また違ったかも知れないね「それでも東寺は素晴らしかった「あそこは凄かったね」
「五日目のスタートは大原三千院「絵はがき売りのおっさんが印象的だったな。それから上賀茂神社と下鴨神社「良かったね。未だにどっちが『賀茂』でどっちが『鴨』かよくわかってないけど「下鴨の方がダックの鴨だよ」
「六日目は台風直撃。訪れたのは高雄と右京「特に神護寺は……。人がほとんど居なかったのも手伝って、すさまじい雰囲気だったね「遭難するかと恐怖したくらい孤独感が半端なかったぜ「で、仁和寺と竜安寺。石庭は評判通り。考えさせられたよ「女教師のこと?「なんだ知ってたのかよ」
「こう振り返ってみると、京都のほぼ全域は回れたな「あとは金閣寺と……清水寺「清水寺は高校の時に行ったからいいよ「でもタクシーの運ちゃんが、何度行っても良い所だ、って言ってたろ「あとは祇園とか伏見稲荷とか長岡天満宮とかか「それから、鞍馬寺や比叡山延暦寺なんかも「まあ、まだまだ京都の魅力は尽きないってことだな「あと何日滞在する?「いや、今日会えたら今日で終わりだ。内田伊予ちゃんに、会えたら「……「でももちろん、おまえがもっと居たいなら、もっと居たっていい「僕はもっと居たいよ。もっと旅したい。今挙げた場所を、全部回り切るくらいは「おまえのための、失恋旅行だからな「ははは。嘘だったじゃないか。君のための旅行だろ「いや何。おまえのための旅行だよ「どっちでもいいや。なにしろ駆け足の旅だったから、もっとゆっくりしたい。寺社の境内で昼寝したいし、醍醐山にはもう一度登りたい。だろ?「うん「赤門茶屋にももう一回行って、お土産を買わなきゃ「ああ。そうだな」
 葦影はあまり乗り気ではない。藤原もそれ以上強く望まない。二人とも、今日が旅の最終日になることを薄々感じ取っている。
 八時半にチェックアウトを済ませた。今回は前金を取られず、料金も後払いだった。「信用を得た、ってことかな」ホテルのシャトルバスで京都駅に移動し、バスターミナルで金閣寺行きの路線バスを待つ。バス停に立つ客は女子中学生が多い。長い休日を満喫中の旅人には曜日感覚が無くなってくるものだが、本日は火曜日である。
 八時四十五分、バスは発車した。車中、葦影も藤原も黙ったまま、お互いに気持ちを腹蔵していた。
 藤原は勘付いている。今日という日が、二人の永遠の別れの日になるであろうことを。
「葦影は幼い頃、悲恋の末、心に傷を負った。伊予ちゃんと離れ離れになり、途方もない絶望感を味わった。そして僕を呼び出した。つらい現実を直視したくなくて、自分の中にもう一つの人格『藤原』を、つまり僕を、生み出した。──その葦影が、今日、伊予ちゃんと会って、過去のトラウマを払拭しようとしている。想い人と会って本懐を遂げ、心の傷を治癒し、トラウマを克服しようとしている。孤独の原因を取り除こうとしている。孤独の原因さえ取り除けば、もう一つの人格がなくても、僕が居なくても、葦影はさみしくなくなるのだろうか。──葦影は伊予ちゃんと会おうとしている。もちろん、純粋に『伊予ちゃんと会いたい』という欲求があるのかも知れないが、過去を忘れるために、心の傷を消すために、会うのだろう。心の傷が消えたら、僕は必要なくなってしまうのだろうか。葦影が伊予ちゃんと会おうとしてるのはつまり、僕の存在を消すためではないか。これからは僕が居なくても、一人だけで生きていけるようにするための、行動。葦影は、僕を、殺そうとしている」
 一方の葦影は、確信している。今日という日が、二人の永遠の別れの日になるであろうことを。
「俺は伊予ちゃんと会う。実地に会って、十二年間続くもやもやしたこの気持ちに終止符を打つ。俺と伊予ちゃんの関係をはっきりさせ、次に向かうため。未来のため。俺のため。そして藤原のため。効率良く旅をしようとしたのも、伊予ちゃんに早く会いたいためだった。──俺と伊予ちゃんは、今日、十二年ぶりに再会する。そして、俺と藤原は、今日、十二年ぶりに別々になる。俺と藤原は分離する。成人したこの肉体に、二つの人格は必要ない。人格が二つあるせいで、山本に誤解させるような結果となるのだ。山本は、俺と東郷のデートを目撃し、藤原が浮気しているのだと勘違いした。無理もない。見た目は、一緒だもの。同じ風貌だもの。双子だとか瓜二つだとか、そんなレベルじゃない。外見から言えば俺と藤原は全くの同一人物だ。性格や能力こそ違うが、同じ肉体に宿った人格だから、見た目だけじゃ判断できない。──この先も人格が別々なら、致命的な不具合が生じ続けるだろう。このままでは、俺も藤原も、決して結婚できないだろう。俺たちはもう、どちらかが退くべきなんだ。それが今日なんだ。今日、俺が伊予ちゃんと会うことで、俺と藤原は訣別する」
 九時半、金閣寺前でバスを降りた。入口の黒門には、「境内禁煙」という札が立っていた。
「当たり前だよな。さんざん火災で痛い目に遭ってきてるんだから「放火されたのも当然だけど、応仁の乱のときも戦火に見舞われてるんだよね「また火事でも起きたら笑えないぜ」
 長い参道を通り、総門を抜け、受付に並ぶ。参拝料を払うと、パンフレットとおふだをもらった。
「なんだこのおふだは。台所の勝手口にでも貼れっていうのか?「金閣寺に帰依したつもりはさらさらねえぞ「あ。これが拝観券なんだって「え、そうなの。しゃれてるな「なんか得した気分だね「別に実用としては使わないけどね」
 庭園に入ると、まず目に飛び込むのはやはり金閣の黄金色である。けばけばしいまでに美しい。金閣自体が夏の強い日射しで輝いているのもさることながら、池の水に反射した陽光もさらに金閣をまぶしく光らせている。庇の裏にゆらゆらとした煌めきが観察できるのは、そこに水面の照り返しが投げ掛けられているからだ。金閣の金箔と、静かに波打つ池水と、互いに光を跳ね返し合って壮絶な煌めきを放っている。
「すごい「すごいな「すごい。きれい「そして、胡散臭い「そうなんだよ。この世のものとは思えないほど豪勢なのに、成金趣味っていうのかなあ、なんか嘘っぽく感じるよな「おまえもそう思ったか。なんだろう、贋物ではないってわかってるんだけど、どうにもこうにも拵えられた感が……。昭和初期の再建、って意味じゃなくてさ。放火される以前のオリジナルと対峙しても、同じ気持ちになったと思うよ」
 足利義満が建てた当時は、現在のように金箔がふんだんに使われていた。しかし、放火される頃には金箔の大半は剥がれ落ちていた。たとえば三島由紀夫の『金閣寺』にはこういう記述がある。
「威厳にみちた、憂鬱な繊細な建築。剥げた金箔をそこかしこに残した豪奢の亡骸のような建築。」
 放火したくなるほど美しかった金閣は現在の金ぴかとは趣を異にしていた。藤原も葦影もそれを知らない。
「見ろよ。雨樋までもが金箔加工されている「本当だ「昔、日本は金の産出地として有名だった。かのマルコポーロも『東方見聞録』で『黄金の国ジパング』って紹介してるしさ、金をふんだんに利用できたっていうのは理解するよ。でもなあ「誰でも感じるだろうけど、金閣には何か違和感がある。日本の美と合致していない「そうだね。日本人の美意識は銀閣寺によって確立されたわけであって、銀閣寺以前のこれは、いわゆる日本の美とは懸け離れている気がするね「一応『わーキレイー』と喜んではみるものの、たいして嬉しくないな「豪勢は白人の専売特許、きらびやかな美は西欧の宮殿に任せておけば良い。日本人は古色蒼然とした風流を愛している。物寂びた古都に涙落とすために京都を訪れる「多くの旅行者が金閣を再訪しないのは当然の現象だな。たとえば谷崎の『陰翳礼讃』なんかとはことごとく反りが合わない建築だよ「しかし、金閣の違和感は笑いを誘うよ。苦笑しながら『よくやったな』と誉めたくなる「金閣自体は高度な美的・機能的建築だ。しかしそこへ黄金を貼って台無しにしている。わざわざ高価な黄金を使って日本的な美を損ねている。馬鹿馬鹿しい感興が起きる。それは例えば、一万円札を燃やして煙管に火を点ける酔狂と似ているかも知れない。贅沢だ。と同時にイヤミだ。そして何より何の得もない。すさまじいまでに無駄であり、なおかつ、無駄でありながら万人を驚かせる凄まじさがある「金閣を建立したのは足利義満(あしかがよしみつ)。武士なのに天皇の位にまで登り詰めようとした無茶な御仁だ。切れ者の氏のことだから、多分計算通りだ。バビルの塔に匹敵する傍若無人ぶり。『美しい物を貴重な物でコーティングしたらこんなことになりました。ひどいでしょワッハッハ』という、人を小ばかにした高笑いが聞こえてくようだよ「こんなひどいことはなかなかできない。そこに、栄華を極めていた足利義満のでっかい自信を感じるね。他の武将どもは度肝を抜かれたろう。器が違う」
 一通り驚き終わったあと、藤原は歩き始める。見所はたくさんあるのに、葦影と藤原は気もそぞろだ。葦影は伊予ちゃんの姿を探し、藤原は矢印を探している。葦影と藤原は視野を共有しているが、矢印が見えるのは藤原だけだ。身体のコントロールが藤原の支配下にある時だけだ。だから今、藤原が肉体を動かしている。藤原は自分の方に向いている矢印が無いか、すれ違う女性全員の頭上を子細に点検する。
「足利義満(あしかがよしみつ)と葦影葦光(あしかげよしみつ)。名前が似ているのを一種のヒントにして、伊予ちゃんは金閣寺を再会場所に指定したのかね「いや、関係ないと思うよ。伊予ちゃんの居る場所の近くに、たまたま金閣寺があっただけだろう「しかし、居ないな「そうだな「君、だまされたんじゃないか「そんなことはないよ「でも、いないじゃないか。何時に待ち合わせとか、ちゃんと確認したのか?「もう居るはずなんだ。金閣寺のどこかに」
 仕方なく、庭園を見て回る。金閣の放つ黄金色の光に目が眩み、ついつい見落としがちな庭園。しかし庭園も一級品である。抹茶色の鏡湖池、その水面に映った逆さの金閣も模糊として煌めいている。
「竜安寺も鏡だったな「そう、鏡容池。池の名前に鏡ってつけるのはセンスいいよな「ただの汚い水たまりが急に神秘的な雰囲気を帯びるよ」
 池に浮かぶ無数の島は石で囲まれている。護岸石組といい、島の地盤を固める役割をしているが、美学的にも非常に効果的だ。島それぞれに松の木が植わっている。
 方丈のそばに威容を誇る「陸舟の松」をじっくり観る。樹齢六百年の数本の松の木に細工を施し、つっかえ棒をし、スケール一分の一の舟に似せてある。遠くから見たら「なんだ下らない」と思ったが、地面が枯山水になっていた。なるほどと感心した。
 池の周りを順路に沿って歩く。景観は様々に変化をする。これぞ池泉回遊式庭園の楽しみ。金閣の背後には小舟が停泊していた。「あの舟で鏡湖池を回れたらさぞかし愉快だろう「だなあ。で、和歌を詠む真似事をしたり、お猪口で酒をちびちびやりながら釣り糸を垂らしたり。優雅だろうなあ」
 池から外れ、二人は林の中へ。木々の間に「龍門の瀧」という小さな滝があった。鯉が滝を昇ると龍になるという、中国の伝説を踏まえた滝。「登竜門ってやつだな「完全に名前負けだね「あの、滝の水が降り注いでいる石。あれが鯉魚石ってやつなんだろうな「どう贔屓目に見ても鯉には見えないな」
 龍門の瀧の隣には石仏が鎮座ましましている。石仏の前には椀が据えられている。賽銭を投げ入れろということらしい。が、歩道からは柵を隔てて遠めにあり、ほとんど入ってない。
「もしも入ったら御利益がありそうだ「しかしほとんど入ってない。ざまあみろ「僕が投げてみて、それがみごと入ったら、ここに群れ成す女生徒どもはうらやましがるだろうか「投げてみよう投げてみようってきゃあきゃあ言ってるが、結局誰も投げないな。小銭すら惜しいのか。修学旅行生ってのは総じて貧乏でケチだよ「大人の経済力を見せつけて、銭形平次ばりに投げ銭しまくったろか「ヒーローになれるかも!「しかし投げない。ざまあみろ」
 投げ輪コーナーを立ち去り、夕佳亭という茶室を観る。茅葺き屋根の古雅な建物だがここで茶を飲む気にはなれない。長居をせずに通り過ぎ、不動堂へ。数人の参拝客が香炉を取り囲み、そこから立ち昇る線香の煙を頭にまぶしたりしている。
「浅草寺もそうだけど、これほど馬鹿げた迷信もないよな。身体の悪い部分に煙を浴びせると快癒する、っていう「だいたい頭にしか掛けられないし。痔の人は何だ、パンツを脱いで逆立ちしろってか「ははは「こんなの逆に身体に悪いだけだろ。煙を大量に吸えば肺ガンが治るってんなら、お医者様はいらねーよ「それにしても、頭に煙を掛ける人の多いこと多いこと「こいつらの身体で一番悪い場所が『頭』っていうことは間違いなさそうだな」
 そのとき、葦影は慌てて携帯電話を取り出した。今は藤原が主導権を握っていて、藤原が身体を動かしているはずなのに、葦影の手が携帯電話を掴んだ。こんなことは、今までなかった。一度もなかった。藤原は驚いた。鏡を見て人格を交代しない限り、身体を動かす主導権が相手に渡ることは、有り得なかったのだ。藤原は、身体に対する自治権が剥奪されたのを感じずには居られなかった。
「来た」
 着信はしていなかった。しかしそれでも葦影は受話口を耳に押し当てた。
「もしもし」「 」「うん」「 」「え。もう居るの」「 」「わかった「わかった、って何だよ。僕には何も聞こえないが「しっ「……」「 」「うん」「 」「うん」「 」「わかった。このまま金閣寺を出るのね」
 葦影は伊予ちゃんと話したまま、出口に向かって歩き始める。藤原は黙っているしかない。一般道に出て、東の方向に歩き始めた。
「はい。出ました」「 」「うん。近くに感じるよ」「 」「そうだよね。明日だもんね」「 」「もう、法要は済ませたんだ?」「 」「そっか。ええと、一昨日か。俺、一昨日は大原とか下鴨上賀茂神社に行ってたなあ。参列したかったな」「 」「昨日は高雄の方に行ったよ。すごい台風でね。参ったよ」「 」「ああ、うん。この道をまっすぐ行けばいいのね?」「 」「じゃあまた近くなったら連絡ちょうだい。じゃあね」
 葦影は携帯電話をズボンのポケットにしまう。そして東の方角に向かって何のためらいもなく歩く。
「どういうことだ? やっぱり伊予ちゃんとやらは金閣寺に来られなくなったのか?「いや、来てたよ。待っててくれた「でも会えなかったじゃないか「いや、会えたよ。今もそばに居る「なんだそりゃ。伊予ちゃんっていうのは幽霊か何かか?「まあ、そんな感じだな「ちゃんと説明してくれよ。なんだか電話というより君一人で喋ってるみたいで……まるで独り言のようだったぜ「いや、おまえには聞こえなかっただろうがちゃんと通話してたよ「伊予ちゃんっていうのは何だ、君のもう一つの人格か何かか。僕とはまた別の。それとも脳内だけのお友達ってやつ? 妄想彼女っていうか「そんなんじゃないよ「今もそばに居るのか「居るよ。隣にね「じゃあ話せよ「いや別に「ずっと会いたかったんだろ?「会いたかった「じゃあ、話せよ。僕なんかに構わず。僕はいないもんだと思ってくれていい」
 藤原は少しすねたような口調になって「なんなら消えようか。しばらく眠ったっていい「いや、そのままでいいよ「眠らせればいいだろ。いつもやっていたように「何のことだ?「君が僕をいつも封じ込めていたように「何の話か、さっぱりわからないな「嘘だ。知ってるはずだ。君は君の都合で、僕の存在を精神の真っ暗な海底に押し込めた。まるで電化製品のスイッチを切るように「そんなことはしたことがない。女と寝るときは別だが。でも女と寝るときはおまえから進んで協力してくれたし、おまえが山本さんと会ってるときは俺だってそうした「女と会ってないときもだよ「そんなはずはない。俺はおまえとずっと一緒だった」
 藤原は高まる興奮を無理に押し殺した声で「僕はね、最近、記憶が途切れることがあるんだ。気が付くと、日付が二日も三日も進んでいる。最長で一週間だよ。一週間も記憶が途切れたことがあったんだよ「一週間も?「そうだ。そのあいだ、君は一人で人生を楽しんだ。僕に不都合な何かを隠しつつ「わけのわからないことを言うな。そんな長いあいだ、おまえと離れ離れになったことはないぞ「じゃあ僕が記憶喪失になったとでも? あれは記憶の喪失なんかじゃない。体験の喪失だ。覚えていないというレベルではない。数日間、僕は人生を生きていなかったという実感を味わった。それは君が、僕を精神の暗闇に沈めていたからだと、最近思い始めている「誤解だ。何かの間違いだ。急におかしなことを言いやがって。おまえ、いかれちまったのか「そうかも知れないな。しかし、本当のことだ。記憶の欠如。体験の欠如。人生の欠如「なんでそんな大事なこと、俺に相談してくれなかったんだ「だっておまえは。僕が数日間居なくなっても、何事もなかったかのように僕に接したから。まるで僕がずっとそこに居たかのように「実際居たんだよ、おまえは」
 藤原はついに激した声で「一週間だぞ! 一週間も、意識不明の状態になっていたんだぞ!」と叫ぶ。
 葦影はやや驚きながらなだめるような口調で「とにかく何かの間違いだよ。俺はずっとおまえと一緒だった。おまえの記憶が無くなったのって、最近だといつ?「最近だと、六月の頭だ。六月最初の土日の記憶がない「六月の第一土曜日……。いや。おまえは普段通りだった「嘘だ「本当だって「嘘だ。僕はあのとき確かに、昏睡したようになっていた。世界から逸れていた。存在しなくなっていた「どういうことだ「だからさ。何度も言うけど、君がやったんだろ。それとも、自動的に僕のスイッチが切れたとでも?「わからない……「僕はしょせん、君をサポートする機械に過ぎないんだ「そんなこと言うなよ「だって。君にこの気持ちはわからない。わかるはずがない。世界から追放される気持ち。絶望的だぜ? そして、僕をこの世界から追放する、なんてことをできるのは君しか居ないんだから。それしか考えられない「俺はそんなことはしない。誓って本当だ。信じてくれ」
 葦影と藤原は少し押し黙る。
「まあいいさ。とにかく、伊予ちゃんと話したらどうだ? 隣に居るなら、電話を使わなくてもしゃべれるだろ「俺はおまえと話したいよ「なぜ?」足影は言いにくそうな悄然とした声で「伊予ちゃんとはこれから先もずっと一緒だから「それは何だ、僕とはこれっきりということか「……「否定してくれよ「……「否定してくれっ!」
 ギスギスした気まずい感情が二人の心に充満した。
 金閣寺が遠ざかるに連れ周りの景色から京都らしさが薄らいでいく。東京の下町とあまり変わりのない風景に私は取り囲まれる。京都の寺は、観光名所としての寺院だけではない。日本全国の檀那寺同様、地元の檀家のための寺も多数存在する。道路突き当たりの塀の向こうに墓石や卒塔婆の頭が見えてきた。墓地だ。
 葦影が詫びるような口調で藤原に説明する。
「伊予ちゃんは。内田伊予ちゃんは、俺が小二の時、どこかに引っ越した。お袋からはそう説明された。でも実際は……」
 葦影は喉に引っ掛かった言葉を一旦飲み下し、再度しゃべり始めた。
「でも、実際は亡くなったんだ。交通事故で。で、お骨はお父さんの実家の墓に引き取られた。つまり、ここ、京都の、この寺のこの墓に」
 藤原は唖然として何も言えなかった。その時、葦影はまた携帯電話を取り出した。
「もしもし」「 」「うん。ここでいいんだよね」「 」「ああ。お別れなんだね。これで、本当に」「 」「もちろん。行くよ」
 私は墓地に足を踏み入れ、端から順に墓石を見て回る。藤原が悲しそうに訊ねる。
「つまり君は。初恋の人の死が忘れられなくて。それで新しい恋愛もできず、藻掻き苦しんでいた、ということか「そうだ。黙っててすまなかったな「君が電話で話していたのは幽霊ってこと?「そういうことだ。幽霊の存在を認めないおまえには、ちょっと信じられないだろうが「ああ。あんまり信じられないな「無理もない「仮に幽霊からの電話だとして、どうして頻繁に電話をして来ない?「力を消耗するから、だそうだ。彼女が亡くなって最初の数年間は、ほんのちょっとしかしゃべれなかった。それもお盆の時期に限っていた。修業の成果で、その後は長く話すこともお盆以外の通話も可能になったけど「胡散臭い。到底信じられないね。たとえ他ならぬ君の言葉だとしても「……「納得いかないこと、聞きたいことは他にもたくさんあるぞ。なぜ今日なんだ。なぜ今日金閣寺で会う約束をした?「彼女は十二年前のちょうど明日、亡くなった。明日が命日なんだ「それでどうして今日会うんだ。なんで明日会わない?「法要はきっかり命日に合わせてやるっていうものでもないんだ。命日よりも前に営むのが通例だ。参列しやすい土日とかにね「どうしてこのタイミングで、京都に来たんだ? もっと早めに来ることだってできたし、僕の失恋の痛手が癒えてからでも良かったはずだ「伊予ちゃんは十二年前に死んだ。亡くなった人の魂は、いきなり極楽浄土に旅立つわけではなく、下界に留まって修業をするそうだ。修業を十二年こなし、十三回忌を迎えると、悟りを開いて本格的に仏になる、らしい。生きている人の小中高、六三三で十二年みたいな感じだな「義務教育を終えて、仏様として独立するってわけか。糞下らない「俺が大学生になったとき、『葦影くんにちょっと先を越されちゃったな』って言ってたよ「で、なぜそれを僕に黙っていた?「それって?「初恋の相手が居たこと、その子がすでに亡くなっていたこと、だよ。僕たちはそんなことを隠し合うような仲だったか。ちょっと他人行儀過ぎやしないか「そうかも知れない。悪かった。おまえが怒るのも無理は無いと思うよ「本当のことを言ってくれ「本当のこと?「君が今まで伊予ちゃんの存在を隠していた本当の理由だよ「本当の理由って言っても。別に進んで話したくなるような話題でも無いし。それに、伊予ちゃんが死んだのは俺とおまえが出会う前だ。伊予ちゃんは、おまえが出現する以前に、俺の前から居なくなった。おまえは伊予ちゃんを知らない。だからおまえに伊予ちゃんのことを一々教える必要はない。おまえに余計な心配をさせたくなかったし。違うか?「違うね。僕は確かに、伊予ちゃんのことを知らない。だけど、僕と伊予ちゃんは、面識はないが、無関係の他人ではないはずだ。僕が誕生した背景には、伊予ちゃんが大きく関わっているはずだ「と言うと?「しらばっくれるなよ。君にとって、僕は。僕は。僕は代わりだろ? 伊予ちゃんの代替品だろ? 知ってるんだ。僕が。僕という存在が。君の心の中に芽生えたきっかけは、伊予ちゃんの死だ。僕が存在する理由、それは、伊予ちゃんの不在だ。だから君は、僕にその事実を隠し続けた。お見通しだ「……「図星か。嘘でもいいから、『そんなんじゃないよ』って、言ってほしかったな「ごめん「謝るなよ「ごめん……」
 ある墓の前で私の足は止まった。墓石には「内田家之墓」と彫られている。
「あった。ここだ「なるほどね。本当に伊予ちゃんとやらが眠っているかどうかは怪しいが。確かに内田家の墓だね「間違いない。ここだ」
 私は墓前にしゃがみこみ、手を合わせ、目を閉じる。藤原の世界が真っ暗になる。
「伊予ちゃん。聞こえるかい。──約束通り、会いに来たよ。──好きだった。ずっと。きみのことを忘れられなかった。──他の娘は愛せなかった。きみが居たから。──愛だ恋だっていうのは、人間よりも仏様に近い存在になっているきみには、もう無用の感情かも知れないが。──だけど今日、俺はお別れを言いに来た。きみへの想いを無くすために。──俺はきみが好きだった。ずっと好きだった。──だけど今日、この感情を断つことにする。あきらめる。未来のために過去は忘れねばならない、場合もある。──さようなら。──ご冥福をお祈りします」
 葦影はしばらく黙祷を捧げたあと、やがて目を開け、立ち上がった。私の視界もひらける。
「済んだか? これで伊予ちゃんのことはあきらめがついたか?「ああ。すっきりした。悔いはないよ「それで、僕のお役も御免ってわけだな「どうして「もう必要ないだろ。君に僕は。僕は伊予ちゃんの身代わりだったんだろ。孤独を慰めるための装置に過ぎない存在だったんだろ。でも今、君は伊予ちゃんへの未練を断ち切った。だから僕が居なくても、もう寂しくはないはずだ。君はこれから一人で生きていく。僕の力を借りずに」
 葦影は深刻な口調で話題の矛先を転換する。
「俺は藤原が山本さんに振られたことに関しては、かなり責任を感じている。本当に、心から、謝るよ「もう充分謝ってもらったよ。あの夜に「いや、でも、謝っただけじゃ足りないんだ。俺は……おまえに幸せになってもらいたい「葦影……「ちょっと言いにくいことだけど、俺とおまえってさ……」
 葦影は少し言い淀む。藤原は葦影の次の言葉を待つ。葦影は心を決めて、言い退ける。
「この際はっきり言うが、今までは俺が主で、おまえは従だった。俺が中心だった。おまえは俺の影で、嫌な仕事は大体こなしてくれた。おまえは俺に尽くしてくれた……」
 藤原は泣きそうになるのをこらえる。
「もう充分だ。俺の分身である必要は、もう無い「わかったよ」
 何もかも悟ったというような諦念の声で藤原は答える。葦影は少し焦る。
「何がわかった?「何って、要するにもう、お別れってことだろ「……「な? ここで僕たちは、もう訣別するってことだろ「わかっていたのか「わかってたよ。僕はもう必要ない。僕はもう邪魔だ。いいよ。運命を受け入れるよ「ちょっと待て。何を言ってんだ「元はと言えば僕は、君の中に生まれた虚構の存在だ。作り物の存在だ。だから、いつお役御免になっても、文句は言えないよ「待った。おまえは全然わかってない「わかってるさ。さあ」
 藤原は恐ろしく冷静な言葉で言い放つ。
「殺してくれ」
 葦影は茫然とし、立ち尽くす。
「おい藤原「何だ「おまえは全然わかっていない。消えるのは俺の方だ「何?「おまえは今まで、充分すぎるほど耐え忍んだ。耐え忍んでくれた。俺の身代わりとなって、嫌なことは一手に引き受けてくれた。だから俺は幸せだった、おまえのおかげで。でももうそろそろ、おまえが幸せになってもいい頃じゃないか?「は? 何を言ってるんだ「おまえも鈍感だな。俺とおまえは常時心を通わせ合ってるから、察していると思っていたが「わからない。全然わからない「俺は、おまえに、この身を譲る。俺は精神の深奥に引き籠もる。これからはおまえが本体となって、おまえが人生を謳歌する番だ。おまえが主だ。俺は消えるよ「馬鹿。そんなの無理だ。君は……君はどうするんだよ。消えるって、どういう意味だ「文字通り、消え去るよ。この世から去る。あとはおまえが、好きにすりゃいい「そんなの勝手すぎる。東郷はどうするんだ「もう、いいんだ。東郷のことは別にそんなに好きじゃないし、いつ別れたって悔いはない。俺が今まで女性を本気で愛せなかったのは、幼少時の初恋が執念深く俺の心にこびりついていたせいだ。しかし今日、ようやく正式にお別れができたし。俺は俺の心の傷を修復したぞ。俺の受け持ち部分を、責任持って元通りにした。これからはおまえの時代だ「本気で言ってるのかよ「ああ本気だ。だからもう、ここでお別れだ「冗談だろ「本当だ。俺は今、すがすがしい気分だよ。人生に何の後悔も無い「嘘だ「嘘じゃない。突然だが、俺はおまえにもお別れを言うよ「唐突すぎる。ふざけるな「ずっと考えてたことなんだ。京都に来る前から「急にそんなこと言われても。僕はどうすれば「おまえは一人でも大丈夫さ。今までありがとう「やめろ「俺はもう、消えるよ。今すぐにだ「やめろ「元気でな「やめろ!「幸せに、なってくれ「やめろー!」
 墓石の上に矢印がくっきりと現れた。矢印は天空を指し、そのままゆっくりと上昇していった。ゆっくりと、ゆっくりと。藤原は空に向かって叫んだ。叫び続けた。実際に声を発して葦影の名を呼んだ。葦影は応えなかった。葦影はもう、この身体の中から去っていた。この世から消え失せていた。あまりにもあっけなく消滅した。そして二度と戻ってくることはなかった。「白浪」に今でもその機能が残っていれば、きっとこんな詩が浮かんでいたことだろう。
「道。連れだって歩くのはとてもうれしい。手をたずさえ、いっしょの方向を見つめ、おんなじ地面を踏む。
 ずっといっしょに。こうして共に歩きたい。だけどちがう場所へ行きたい人に、道連れを強いることはできない。バスに乗る人と電車に乗る人は途中で別れる。
 右の道と左の道。上り坂・下り坂。海へ通じる舗装道路、山へ到る農道。人にはそれぞれ、目的地がある。十人いたら十通りの目的地が。
 岐路に差しかかり、おたがい別々の道を選ぶ。俺は俺の、おまえはおまえの道を。ここで、さよならだ。おまえはおまえの道を行き、俺は俺の道を行く。
 隣の道を併行し、手を振り、笑顔を浮かべるおまえ。おまえの姿は先に進むにつれ、やがて見えなくなるだろう。もう会えなくなるんだろうか。
 いいや。また、会える。たとえどちらか片方が道を踏み外そうと、行き倒れようと、これまで、俺とおまえは同じ道のりを共に歩いてきたんだから。
 俺の行く道は、ここからは見えない地平線の向こうで、おまえの道とつながっているかも知れない。
 おまえの行く道は、離れるように見えながらも実は大きく迂回し、俺の道の上に橋を架けるかも知れない。
 俺たち。ちがう道を異なる速さで進んでる。けど。同じ地平にいる」
 藤原は見ず知らずの墓の前に立ち尽くし、茫然とする。これから先、どうすればいいのか。長らく影として生きて来た自分に、この世の中を渡っていく能力はあるのか。一気に不安が襲ってきた。藤原は元気なくつぶやく。
「葦影……。僕は一人で、どうすれば」
 藤原の独り言に応答する人間はいない。失恋の傷を癒すための傷心旅行のはずだったのに。まさか親友まで失うはめになるとは。二重のショック。
「これじゃあ、かつて葦影が味わった状況と変わりないじゃないか。愛の欠如と、孤独と」
 藤原はそう思った。新しい人格を誕生させる必要があるのではないか、とさえ。一人で生きていかなければならないのならいっそ死んでしまいたい、とまで。
 そのとき、自分の中に、自分とは別の人格がのそりと起き上がるのを、藤原は感じた。葦影に違いないと思った。居なくなったのはたちの悪い冗談であり、言うなればドッキリカメラのようないたずら企画であり、実際にはすぐに戻ってきた、と。
 しかし実際には違った。藤原がにこりとほほえんだ瞬間、彼は跡形もなく消し飛んだ。たびたび体験していたような存在の喪失。彼が驚く暇も無く、彼の存在は消失した。断末魔の叫びなどなく、煙のように溶けることもなく、電灯のスイッチを切るようにパッと消えた。葦影を追うように藤原は逝った。君は昇天し、おまえは永遠の眠りに沈み込んだ。
 君はあの時、京都にいた。確かに、そこにいた。おまえはあの時、一緒だった。私たちは心の底から旅を楽しんだ。楽しかった。最高の一週間だった。あの旅行を思い出すと墓前に佇んでいる気持ちになる。過ぎ去った幸せな日々をなつかしむような、そんな気持ちに。
 葦影、藤原、ありがとう。君とおまえを、私は忘れないよ。

 さて。葦影と藤原が消えたあの日、私は新幹線で東京に帰った。そしてすぐ、東郷と会った。一週間の不在を真摯に謝り、そして朝まで一緒に過ごした。
 あれから数年が経過した。架空のラジオ放送を聴いたり白紙の上に文字を念写するような異常な能力は失ったが、私はその代わりに、私が葦影に放送した幻のラジオと、私が藤原に書いた幻の書物を、膨大な量の文字に起こした。そしてその作業に続き、私は葦影と藤原の居たあの頃のことを、なつかしく思い返し、ここに書き記した。これは私の物語ではない。君とおまえがかつてこの世に存在した記録としての物語。私が私でなかった最後の一週間、君とおまえが紡ぎ出した冒険記。君の旅行記・おまえの紀行文だ。
 葦影は私が五歳の時に生まれた。新生児としてではなく、初めから五歳の男の子として現前した。私が五歳の時、母によって誕生させられた。以来、十五年もの間、私の影武者を努めてくれた。
 こんな実話がある。
 ある少年に腫瘍ができた。それは年月を追う毎に大きくなった。とうとう切除することになり、開腹手術をしたところ、体内から奇形の胎児が発見された。
 体重約二キログラム、脳はほとんど発達していなかったものの、髪の毛が生えており、歯も二本だけ生えていた。何より、生きていた。
 もちろん少年が妊娠したわけではない。その胎児は、本来は少年と一緒に生まれるはずだった双子の兄弟だったのだ。『ブラックジャック』のピノコと同じ、胎児内胎児と呼ばれる症状。
 葦影。君は私のことを忘れていた。全く、完全に。しかし私は、精神の深奥でただ黙っていただけ。こうして確かに生きていた。君は私の存在を奇形の胎児のような物だと思っていたかも知れない。君の中で干涸らびたミイラ、と。しかし、私こそが本体だった。君の方が胎児内胎児だったのだ、精神の。母からの攻撃を防ぐ傘。虐待を退けるための盾。俺や僕──つまり、葦影や藤原が本体ではなく──私が主で、君やおまえは従だったのだ。
 藤原。おまえは私のことを忘れていたどころか、初めから知らなかった。私はおまえの何もかも知っているが、おまえは私のことを知らなかった。葦影以前に私という存在が主人格だったことを、おまえは全く知らない。ただし、名前は知っていたんだよ。おまえたちがテストの答案や書類に書き込む「萩原葦光」というのは、おまえたち藤原と葦影の便宜上の名前などではなく、私の本名だったんだ。
 私は五歳のとき以来、十五年ぶりに表に出た。しかし十五年間ただ眠っていたわけではない。葦影を矢面に立たせた一九八九年以来成長の止まった五歳児ではない。私は私だ。葦影と藤原の経験や知識が、私の中には蓄えられている。私は、君ではなく、おまえでもない。葦影ではなく、藤原でもない。二人分の人格を統合した存在。私は萩原葦光だ。

(完)



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【2015/08/08 00:25】 | #



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