とりぶみ
実験小説の書評&実践
【書評】柳瀬尚紀『猫舌三昧』『言の葉三昧』   (2014/11/07)
猫舌三昧猫舌三昧
(2002/09)
柳瀬 尚紀

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言の葉三昧言の葉三昧
(2003/10/17)
柳瀬 尚紀

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 ひさしぶりに書評でもするかぁ。前回の『猫』つながりで言えば『牡猫ムルの人生観』を取り上げるのが妥当だけど気が進まない……。『猫』から他作品へつながる回路が意外にも少なく、己の読書量の乏しさに愕然としてしまう。
 と、ここでハッと思い当たりました。猫と言えば柳瀬尚紀でしょうよ。柳瀬先生からは筒井康隆につながるし、筒井御大からは南米文学にも飛べる。すごい!ナイス!書評家としての寿命伸びた!
 というわけで今回の書評対象は柳瀬尚紀『猫舌三昧』『言の葉三昧』の2冊です。




 著者・柳瀬尚紀氏は、読書界においては大変有名な方ですが、本稿では「皆様ご存じでない」という体で進めさせていただきます。失礼をばお許しください。
 この2冊のエッセイ集は、朝日新聞での連載「猫舌三昧」3年分をまとめたものです。2000年4月から2004年9月(?)まで、毎週木曜日の夕刊に掲載されていました。連載1回分は原稿用紙2、3枚ほどの分量。毎回1つの言葉を取り上げ、その言葉にまつわる由来やエピソードをあらゆる回路から書き出します。
 個人的な話をさせて下さい。私が『猫舌三昧』を読み始めたのは、連載第2回「コーヨー語」の挿絵(槍を振るシェイクスピア)を目にしたのがきっかけです。2000年当時の私は夏目漱石にどっぷりハマっており、それで興味を持ったのですね(漱石は明治時代におけるシェイクスピア研究の第一人者)。
 第一印象は「なかなか面白いな」くらいの感想でしたが、毎週読んでいるうちに「今日は木曜日。『猫舌三昧』の日だ!」と楽しみにするくらい愛読するようになりました。90年代の私なら「今日は木曜日。『とんねるずのみなさんのおかげです』の日だ!」だったのに。
 1回1回のクオリティーが非常に高く、氏の教養の深さや旨味をたっぷり含んだ言葉選びのセンスに毎週感嘆したものです。こんなこと言うと怒られるかも知れませんが薄田泣菫の『茶話』よりもずっと素晴らしい。私の中では例の三大随筆と並ぶ──否、『徒然草』を省いて三大随筆に新たに加えたいくらい極上のエッセイ集となっております。
 エッセイでありますから当然、作者の趣味や日常が色濃く反映され、それによって作者の人となりが浮かんできます。酒・競馬・将棋──柳瀬氏の趣味は実にオッサンっぽいですが、それは格調高い文章のために上品で高尚な趣味となっており、ハズレ馬券の散らばった地べたでワンカップ大関を飲んでいるような風情はありません。音楽・辞典に関する話題もしばしば取り上げられます。
 そして、猫・美食に関する記述も多い。たとえば『言の葉三昧』に所収の「はたはた」。

 肌理が一味細かい、と猫舌に感じた。兵庫県香住産だそうだ。秋田産の美味も有名だが、これも実に乙である。
 はたはたの丸干し。
 はたはたという名称の由来は古語の「はたたく」。雷鳴が轟くの意で、竹取物語にも見える。冬の霹靂神(はたたがみ)、つまり雷が鳴る頃によく獲れるからという。国字では鱩もしくは鰰。鰰も神鳴りから作られた。秋田地方では雷魚(かみなりうお)ともいうようだ。
 はたはたでビールを飲み始めると、早速に愛猫トロがやってきて、むろん嬉々として一緒に味わう。掌にのせ、ふーふー息をかけて常温にして、いそいそ差し出し、はたはたと、いや、はたと気づく。
 この心境こそ「ほたほた」なり。(後略)

 それから、「白魚」もいい。

 唐津産の白魚(しろうお)を女房が買ってきた。「創業天保九年」と印刷されたビニール袋の中で数十匹泳いでいるのを、ガラスの器に移して眺める。透けて見える鰾(うきぶくろ)の赤が文句なしに美しい。
 見とれて情が移っては味わうことができなくなるから、そうならないうちにビールの栓を抜き、まず酢醤油で躍り食い。日本人に生れてよかった。
 唐津といえば、苦沙彌先生宅へ入った泥棒は多々良三平君持参の唐津産山芋も盗んでいった。「唐津の山の芋は東京のとは違つてうまかあ」という自慢の品。
 それで思いついて、唐津産ではないけれど山芋の薄めのとろろに泳がせて味わう。「青きほど白魚(しろうお)白し苣(ちさ)の汁」(松江重頼)という句があるが、白きほど白魚白しとろろ汁。これもなかなか乙なものだ。
 シロウオは白魚(シラウオ)と区別するためか素魚とも書かれる。シロウオはスズキ目ハゼ科、シラウオはサケ目シラウオ科。しかしシラウオは「国俗のとなへ異にして、しろ魚ともしら魚ともいへり」(横井也有『鶉衣』)。シロウオはシロウオとしか呼ばれないのに、シラウオはシロウオとも呼ばれるからややこしい。(後略)

 これぞ半猫人たる著者の真骨頂。特に寿司などの魚介類に関する記述は、文章の巧さが功を奏して本当に旨そうです。あと、ダジャレがそこらじゅう大量にまぶされています。
 本業は英文学者。ルイス・キャロルやロアルド・ダール、そしてジェイムズ・ジョイスの翻訳で高い評価を得ています。特にジョイス『フィネガンズ・ウェイク』の個人全訳は世界初の快挙であり、当時ちょっとした事件でした。『フィネガンズ・ウェイク』は、ベースとなる英語に世界中の言語を溶かし込んだダジャレの大伽藍であり、柳瀬氏が最適任──というか、世界でただ一人柳瀬氏にしか成し得ない仕事だったと言えます。なにせネイティブスピーカーにもまともに読めない作品です。翻訳どころか原書を完読できる日本人はほとんどいないと言って過言ではありません。この作品を翻訳するには、英国の大学教授をも凌ぐほどの英語力と、相当な変人であることが必要条件といえましょう。
 柳瀬氏はかなりの変人です(誉め言葉)。いろは歌やアクロスティックへの凝りようはジョルジュ・ペレック並の常軌を逸した物であり、一般人にはちょっとついていけません。同業者である他の翻訳者に対する批判も苛烈なもので、かなり過激な批判文も書いています。
 私は『猫舌三昧』でファンになって以来、柳瀬氏のエッセイ集をいくつも読んでいますが、他のエッセイではちょっと本気を出し過ぎています。過剰な言葉遊びは私のような変態読者でなければ少し辟易するかも知れません。
 衆目に触れる新聞連載であり字数も限られていた『猫舌三昧』はちょうど良い温度の随筆だったと言えます。一般読者にもわかりやすく書かれ、なおかつ凝縮洗練された隙のない文章。さまざまな制約のある新聞連載は、ともすれば孤高になりがちな柳瀬氏を地上へと引き戻す、実に打ってつけの媒体だったと言えます。
 残念ながら柳瀬氏のエッセイは軒並み絶版です。『猫舌三昧』と『言の葉三昧』は古本屋やネットオークションで探してください。あと、文庫化もされた『日本語は天才である』もすばらしいエッセイなのでおすすめです。おしまい。



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