とりぶみ
実験小説の書評&実践
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    大塚晩霜
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金色の宵   (2007/09/06)
 暑い夏だった。
 空は青く、高かった。カンカン照りの太陽に照らされた町は、まぶしく光っていた。家々の屋根が、ひとつひとつ、ギラギラと輝いていた。夏の日差しは町全体に行き渡り、隅々まで届いていた。
 町の背後、ゆるやかに隆起する小山は、鬱蒼と茂った森に覆われていた。強い陽光に曝された世界で、こんもりと盛り上がったそこだけが黒い。太陽の干渉を見事に撥ねつけていた。
 森の中には小さな神社がある。木々に天を覆われた、冷涼たる空間。少年たちはそこに居た。
「もーいーかぃ」
「まーだだよ」
 セミの声がすさまじい。まるで森全体を天ぷらにしている真っ最中なのではないかと思えるほどの大音声だ。森の中は日陰だから涼しいが、外は大変な暑さなのだろうな。
 夏休みにこのメンバーで集まるのは初めて。普段は学校の休み時間を一緒に過ごすメンバーだけど。
 夏休みがもう終わる。
「もーいーかぃ」
「まーだだよ」
 ジャンケンで負けて鬼になったよっちゃんを狭い境内に残し、ぼくたちは森に散る。ぼくは崖の近く、町を見渡せる場所にひそむ。
「もーいーかぃ」
 よっちゃんの張り上げた声は、消え入るほど小さくなっている。
「まーだだよ」
 よっちゃんの声よりもさらに遠い声で誰かが返事をする。──ぼくは黙っている。声を出せば居場所がわかってしまうから。
「もーいーかぃ」
「……」
 ついに誰も返事をしなくなる。ぼくは大きくひとつ息を吐き、おとなしく木の幹に寄り掛かって座る。木の葉がなく、眺望のひらけたこの場所で、町を見下ろす。
 決して大きくはないこの町。大好きだ。色とりどりの屋根。町役場。通学路。本町通り。ぼくたちは放課後、あの辺りを一緒に歩く。
 太陽は町や道その他天下にあることごとくに光を塗りたくる。余った光は反射して、また別の場所をまぶしく塗る。その別の場所を塗ってなおも余力があれば光は反射する。──日の光は自らの身を各所にこそぎ落としつつ、縦横無尽の跳ねっ返りを続ける。そうして徐々に薄められた日の光が、ぼくの眼下からこの森の中に滑り込んでくる。下から上に向けて光を放つ太陽。
 はるか向こうの低山の上、山より高く入道雲がそびえている。まるで絵本に描かれた雪山のようだ。凍てつくような白さで、陰になっている部分の灰色は寒々しい。そうして少しも動かない。手の届かない彼方にどっしりと存在している。とてつもない標高。見ているだけですがすがしい気分になる。
 あの雲に登れたらな、なんて妄想してみる。きっと爽快だろう。ズブズブと足がのめり込むほど柔らかくて、中はシャリシャリで、ひんやりと冷たい。妄想は深まる。ああ、あの遠い雪山の頂上で、登山隊の幻がテントを設営している。巨大な峰。無性にかき氷が食べたくなる。かくれんぼが終わったらもう一度みんなで駄菓子屋に行こう。
 あいかわらずセミの声がすさまじい。夏の終わりの到来を恐れ、刹那を懸命に生き抜こうとする声。陽気に思えるその歌声は、裏返せば悲愴だ。
 ぼくはかくれんぼに参加していることも忘れ、不快ではないさみしさに心ゆだねてしんみりとする。
 セミの一生について考えをめぐらせる。セミの命は短い。って、本当だろうか。ぼくは問う。セミの命は短いって本当だろうか。ぼくの心の中の、友だちの像が、それぞれ意見を述べる。
 よっちゃんが言う。本当だ、と。ササが言う。たった一週間で死ぬから、と。そのササに虫博士が反論する。幼虫は土の中で数年間を過ごすんだよと。ミッケがササを援護する。暗い土の中で何年も耐え忍ぶなんてかわいそう、と。ユカピーがミッケに同意する。ようやく明るい地上に出られたと思ったのに一週間で死んじゃうなんて…やっぱりかわいそう、と。立場の無い虫博士はドギマギしながら黙りこくる。
 セミの一生は忍従の一生か。ぼくは違うと思う。地中で暮らす生活は、人間の価値観からすれば悲惨かも知れないが、セミにとっては存外快適かも知れない。
 それに、彼らの最期の一週間は、どれくらい光に満ち溢れているだろう。この、夏という季節。すばらしい季節! 清少納言が讃えた時刻にセミたちはハレの舞台に登場、瞬時に大人へと変身する。古い自分を脱ぎ捨てると舞台には巨大な照明が点灯する。地上に向けて放物線を描く小便がキラキラと輝く。初めて日の目を見るセミたちの処女飛行。
 どこがかわいそうなものか。ヤツら、キラキラとまばゆい幸せに包まれて、傍若無人に贅沢の限りを尽くす。飛び、歌い、恋をする。あれだけ充実した日々を一週間も満喫して、何がかわいそうなものか。──短命? 仮に短命だとしても、夭折上等、一生のうちで最も輝かしい時代に死ねる。零落を知らず絶頂期で世を辞す、その生き方は多くの芸術家の理想とするところではないか。うらやましい。ああセミがうらやましい。彼らの最期は、贅を尽くした絢爛たる一週間だ。
 夏休みはいつまでも続かない。しかし人生は続く。ぼくたちはセミのようには成れない。夏が終わっても日々を過ごしていかなければならない。人生の夏休みが終わり、人生の晩秋が始まっても、容易に死ねない。消費していかなければならない……セミの、まばゆく輝く最期の一週間とは比べ物にならない、暗く濁った千週間を!
 俺は、光に満ちた時代に、光に満ちた景色を見ながら、子どもらしくもない、そんなことを考えていた。
 そのままの状態でどれくらい経ったろう。不意にガサッと草の鳴る音がする。
 ぼくは驚いて後ろを振り返る。目と口をぶざまに開けて。
 相手も驚いたらしく、ぼくの姿を認めて身体をビクッとさせる。
「ザニーくん」
「ユカピーかぁ」
 よっちゃんではなかった。ユカピーだった。ユカピー、俺の…。
「どうしたの?」
「よっちゃんが近づいてくるのが見えたから、逃げてきた」
「え、どこ。どこに隠れてたの」
「道祖神の近く」
「あ、あそこか」
「もうすぐこっちにも来るかもよ」
「え、マジで」
「逃げよ」
 ユカピーは飴のような目でぼくの顔を見てから忍び足で歩き出す。ぼくもユカピーのあとに続く。
 ユカピーのすぐ後ろを、ユカピーの背中を見ながら歩く。その背中にふとした違和感があり、直後、ハッと気が付く。Tシャツの下に透けて見える、ヒモ。ぼくは目をそらせる。顔が熱い。
 ユカピーのかかとを見ながら、何も言わず、歩く。ぼくはユカピーの小さな、しかし大きな変化に、きっと、とまどっていたに違いない。一方のユカピーも何も言わない。どうも緊張しているようにも思える。見られるのが恥ずかしいような、不愉快なような、そんな風な背中。
 ユカピーはどんどん歩いていく。ぼくも同じ歩調で続く。ふたりは一言も発しない。声を出せばよっちゃんに見つかってしまうかも知れない、という理由もあっただろうが、あきらかにふたりはお互いを意識し合っている。ぼくは、ユカピーの背中が見れなくて、どこに連れて行かれるかも知らず、ずっと下を向いたまま後についていく。
 ユカピーはやがて立ち止まり振り返る。ぼくも顔を上げる。そこはかくれんぼのスタート地点、神社のお社だ。
「座ろ」
 ユカピーは大胆にもお社の階段に腰掛ける。どうやら隠れる気が全く無いらしい。ぼくは人ひとり分スペースをあけてユカピーの隣に座る。ひさしぶりに話しかける。そう、ひさしぶり。歩いていたのは数十秒だが、ぼくにはその沈黙の期間がとてつもなく長く感じられたのだ。
「かくれんぼ、飽きた?」
 ぼくの方を見ずにユカピーは答える。
「ううん。でも、よっちゃんみんな見つけられないよ。かくれんぼだけで一日終わっちゃうのなんだかもったいない」
「そうだよね」
 これ以上、特に話は弾まない。
「みんな早く戻ってこないかな」
「うん」
 それ以上、特に話は弾まない。
「……」
「……」
 ユカピーはぼくのことが好きかも知れない。わからないけど。
 ぼくもユカピーのことが好きかも知れない。わからないけど。
 たぶん、ぼくとユカピーは、お互いに、好きだったと思う。でも、ぼくはそれを隠したがる。その感情を否定する。ユカピーもそうだろう。認めようとしない。自分の気持ちにすなおにならない。バカだ。ぼくたちはバカだ。ていうか子どもはバカだ。バカ? それともまじめなのか。クソまじめなのかも知れない。とにかく損してる。ぼくたち子どもはセミのように鳴かない。鳴こうが鳴くまいが、夏は終わってしまうのに。鳴かないうちに季節が変わってしまい、季節が変わってから初めて鳴く。冬になってから夏の終わりを嘆く。俺たちはあの時、何も話さなかった。
 そこへタイミング良くよっちゃんが現れ、意外そうな顔でぼくたちを見つける。ぼくたちはクスクス笑い、よっちゃんがどういう反応をするのか見守る。
「ザニーとユカピー見っけ。って、あれ? なんだよ隠れる気ないじゃんよー」
 よっちゃんは結局誰も捕まえられなかったらしい。
 ぼくたち三人は大声でみんなを呼ぶ。ササ・虫博士・ミッケ・アイちゃんがそれぞれ茂みからのそのそ出てくる。再会を果たしたぼくたちは笑う。嬉しそうに、実に楽しげに。そうしてみんなお社の階段に座る。一段目に男子三人。最上段にぼくとユカピー、そこに女子二人が加わる。ユカピーはおしりをずらしてぼくの方に詰める。肩が触れる。
 ぼくたち七人は他愛もない話をする。
 宿題の自由研究の話。学期初めの席替えの話。虫博士が私立中学を受験するという話。夏休みにどこに行ったか。などなど。その他、このメンバーでいつか海に行きたいね、なんて。
 直射日光を遮断する木の葉のドーム、緑色が目に濃厚だ。ぼくたちは穏やかな時を過ごす。アキばあちゃんの店にかき氷を食べに行くのも何だかもったいない気がしてくる。ここでこうしているのが、今一番幸せ。
 夏が大好きだ。あと何回、この季節を愛でられるだろうか。この太陽を拝めるのだろうか。大人になっても、この素晴らしい気持ちになれるだろうか?
「このままこの時間が永久に続けばいいのに…」
「本当に、そうだね」
 このメンバーで、この場所で、この季節に会うのは、おそらくこの夏が最期だろう。最期であると、なんとなくわかっていながら、誰もそれを言葉には出さない。また逆に、「いつまでも友だちだ」とか「いつでも会えるじゃん」なんていう気休めも言わない。みんな、子どもながらに感じ取っている。この夏が終われば掛け替えのない人生の一季節も終わることを。
 セミの声が、やむ。
 トンボが目の前を横切る。
 この夏は、今日、終わる。
 学校が始まれば毎日顔を合わせるようになるが、今日という日は、今日しかない。替えが利かない。来年の今日にも同じような幸福が味わえる保証は、全くない。
 みんな、黙る。刻一刻と今日が終わっていく切なさを、それぞれの胸の内に抱いて。
 世界は金色に輝き始める。盛夏に比べるとだいぶ日も短くなっている。だがそれでも、黄昏には早すぎる。まだまだ、今日は終わらない。今日は終わらない…。
 すると突然、電子音が鳴った。
 ササの腕時計のアラームだった。
 ササは気まずそうな顔をしながら腕時計を見やり、申し訳なさそうに、つぶやくように言った。
「そろそろ帰らなきゃ…」
 ぼくたちは現実世界に戻された。それはあまりにも唐突だった。あっけなく、夏は終わってしまった。
 俺は今でもササと交友があるが、今でもあの時のササを少しだけ恨んでいる。




この記事に対するコメント

■ 夏も終わりましたね
子供の頃は夏が一番楽しかったなぁ…でも何で大人になると、こんなにダルくて胸苦しいんだろうか。
きっと子供の頃の楽しかった思い出と今の現実にギャップがありすぎるんだなぁ。
アミを片手にセミを追いかけたり、釣れもしない魚を釣りに行ったり、もう一度キラキラした目で楽しめる日はこの先あるのかなぁ…
【2007/09/06 19:25】 URL | arty. #-


■ 秋が始まりますね
 本日は台風が来日しましたが、artyさんはご無事? 私の地元では電車各線が死に絶えて大騒ぎ☆ 仕方ないから風を背負い走り幅跳びの真似事をしてみたら、いわゆる追い風参考記録ながら、普段の倍くらい跳べました。普段は膵臓さえ調子が良ければ7メートルくらい軽々と跳べるので、その倍ですから、ざっと14メートル。世界記録樹立です。
 自慢話はさておき。台風は洗車ブラシのように回転し、列島を荒っぽく磨き上げ、こびりついていた真夏を掃いて行ってしまいました。いよいよ夏も終わりです。秋が始まりますね。

 ──私はふと、思う時があるんです。晩夏の夜に満ちる虫の涼しい声を聞いたり、初秋のすばらしい色の夕日などを見たりした時に、思うんです。「この季節が、毎年、ほんの少しだけ見せてくれるこの表情、生きている間に、あと何回、拝めるのだろうか…」と。ざっと考えて余命は百年もありませんし、命尽きるその前にモーロクしてしまえば自然との対話は不可能。とすると、この季節の素晴らしさを楽しめるのはせいぜいあと五十回というところでしょうか。そう数えてみると、とても悲しくなったのです。その悲しみを作品化しました。はっきり言って意図した空気感はさっぱり書けていませんが(笑)。時間不足準備不足そして実力不足です。あぁ…。
【2007/09/07 21:49】 URL | 大塚晩霜 #-


■ お久しぶりです。
お久しぶりです。
奇しくも、(忘れたくても)忘れられない思い出となってしまった
あの2月のライヴぶりですね。

あの時には「筆欲が落ちた・・・。」と嘆いておられましたが、
本ブログでは全盛期を彷彿とさせる
“読者の読む気を削ぐほどの文量と実験に満ち溢れた作品”が、
毎週更新という怒涛の勢いで放たれていますね。
何の連絡もしなかった自分が言うのもなんですが、大いに溜飲が下がりました。
よかった。

さて、この場を借りてお願いしたいことが1つあります。
実はあのライヴの後、携帯のメモリが全て消えてしまい、
大塚さんの連絡先が分からなくなってしまいました。

私の寡作癖のせいで、頓挫寸前の“コラボ企画”、
また、もうご存知かと思いますが、アメリカツアー解散、
そして、単純にまた大塚さんと会って話したいなぁ、
あわよくば遊びたいなぁ、という気持ちもありまして、
是非とも連絡を取りたいです。
つきましては一度携帯の方にメールをいただけないでしょうか。

何かここまで馬鹿丁寧に書くと、
「会ったら最後。幾多に枝分かれしたトーナメント表のようなものを見せられて
やたら高い浄水器を大量購入させられるのではないか?」
と勘違いされるかもしれませんが、どうぞご心配なさらぬよう。

とにかく、連絡お待ちしてます。
【2007/09/12 00:27】 URL | 悪魔 #-


■ おしゃぶりです。
 もとい、お久しぶりです。こさめ嬢が指輪を紛失した、あの思い出のライヴ以来ですね。あの時会場で配布された付け鼻、今でも所有してますよ!(一度も付けてませんがね!)(ライヴ当日にも付けなかった。ごめん…)
 この度はバンド解散ということで、驚くこと頻り、謹んでお悔やみ申し上げます。アーメン。

 さて、「読者の読む気を削ぐほどの文量と実験に満ち溢れた作品」という勿体nowお誉めの言葉を頂戴しましたが、私としましては「読む気を削ぐほどの拙い完成度で読む価値の無い駄作揃い」と認識しており、ありがたいやら有り得ないやらこそばゆいやらとても複雑な心境でございます。マシなのは『寄せ書き』と『公開処刑』くらいで、その他は出来映えに納得がいってません。現在のところ10作品が掲載されていますが、そのうちの大半が未定稿を無理矢理カタチにした物で、純粋な新作と呼べるのは3作品のみだったりして…(照れ笑い)。筆が思うように走らず、ちょっと全盛期のコンディションには程遠いです…(爆笑)。
 このブログを立ち上げたそもそもの理由は、「未完成のまま放置された作品が腐るほどある。実際腐り始めている。勿体ない。──なまけ者の晩霜も〆切が設定されていればイヤでも完成させるだろう」という目論見によります。すっかり筆力の衰えたおのれに対しての自虐的課題。言ってみりゃ『大塚晩霜のリハビログ』です。しばらく(あるいはずっと)イマイチな作品が続くと思いますが、復調するまで気長にお待ち下さい。頑張ります!(って言ってるそばから明日公開の作品はさっそく過去作です。すみません)

 閑話休題。コラボレーションプロジェクト、ありましたねぇ。スクールライフをテーマにしたポップソングにミーがラップでフューチャリングするという、アメリカツアーバイオグラフィーナンバーワンのヴァイオレント・ドゥー(=暴挙)。実現する日は来るのでしょうか。おそらく来ないでしょう。謹んでお悔やみ申し上げます。

 では、さようなら。ごきげんよう。
(連絡先うんぬんについては最後まで触れず)
【2007/09/12 21:11】 URL | 大塚晩霜 #-



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