とりぶみ
実験小説の書評&実践
プロフィール

  • 執筆陣紹介

    大塚晩霜
    原作/草稿担当。

    大塚晩霜
    推敲/編集担当。

    大塚晩霜
    昼寝担当。



過去記事



最新記事



最新コメント



RSSフィード



検索フォーム



リンク



将棋中継   (2008/01/31)
「ちびっこ将棋巌流島。今日は永世名人と虻亡冠の対局を中継します。実況はわたくし大橋九段。解説は競馬ジョッキーの西騎手です。西さん、よろしくお願いします」
「よろしくお願い申す」
「西さん。本日の見どころを教えて下さい」
「うむ。将棋史上初めて『なびと』の称号を獲得したナガセ棋士と、冠の亡いアブ棋士。どちらも斬新な棋風で知られておるからまともな対局は望めん」
「ちびっこ将棋巌流島なんて言ってますけど、二人とも三十代なんですよね」
「そうなの?」
 先手、5六歩。
「さあキックオフ直後の初手、先手の永世名人、ど真ん中の歩兵を匍匐前進させました」
「中飛車にするつもりだろうか。後手の虻亡冠はどう動く」
 後手、5四歩。
「お、出ました鏡戦法」
「よくわからないから相手と同じ行動をしておこう、という。小学生がよくやる戦法である」
 先手、5五歩。
「永世名人さらに詰めましたね。いわゆる玉砕戦法。敵の目の前にその身を投げ出しました」
「一番槍はこのわしぞっていう、目立ちたがり精神旺盛な歩兵による、中央突破をもくろむ無謀な一手。これでは相手にタダで歩を献上するようなものだ」
 後手、同歩。
「そりゃそうですよね。虻亡冠、難無く歩を取りました」
 先手、5八王。
「王将みずから御出陣」
「歩兵を捕られて逆上したのか、もはやヤケクソの単騎駆けが始まったのう」
 後手、5七歩打ち、王手。
「後手の虻亡冠、さきほど取った歩を王将の目の前に打ちました。奇襲作戦です」
「でもこれって二歩だよな」
「二歩ってなんですか」
「将棋のルールでは、同じ縦ライン上に歩を二つ置いてはいけない。二歩は反則行為である。問答無用で後手の反則負けである」
「つまり」
「たった六手で勝負あり、だ」
「えー」
 先手、同王。
「……と、あらら。勝負続いちゃってます」
「対局している当人同士も、立会人も、誰も二歩に気が付かない」
「まあいか、番組の尺の問題もあるしこのまま続けさせるとしますか。先手、歩を取り返しました」
 後手、5六歩、王手。
「後手さらに攻め立てます」
「旧日本軍スピリッツにあふれた特攻作戦である」
 先手、同王。
「当然犬死にです」
 後手、5二飛、王手。
「相手王将の暴走を食い止めるべく飛車が5筋に顔を覗かせました」
「おお助さん」
「助さんて何ですか」
「将棋通の間では、角行を『角さん』と呼ぶのに対し、飛車は『助さん』の愛称で親しまれておる」
「へー」
 先手、6五王。
「王様、飛車の睨みをひょいと避けてさらに敵陣へ攻め入ります」
「フットワークが軽快だね」
 後手、8二飛。
「王将のあまりにもすさまじい突撃に恐れを成したのか、飛車は元の位置におとなしく戻りました」
「王将の貫禄勝ちである」
 先手、5四王。
「王様ひたすら北上」
「まさしく裸一貫」
 後手、パス。
「パス? 将棋にパスってありなんですか」
「なし」
「いいんですか」
「別にいいんじゃない」
「そ、そうですか…」
 先手、5三王成り。
「え、成った!? 王将って成れないんじゃなかったっけ!? 先手、駒をひっくり返します。でも王将の裏には何も書いてないはず…あ、書いてある。自在天王って書いてある。西さん、自在天王って一体何ですか」
「我々のよく知っている将棋・本将棋ではなく、大昔の将棋・摩訶大大将棋に使う駒だ。どこにでもワープできるっていう、無敵の駒」
「んな無茶苦茶な」
 後手、5二玉、王手。
「後手の虻亡冠、よもやの自在天王降臨にも頓着せず、玉将みずから迎え撃ちます。ついに王同士の一騎打ち。首脳会談実現。でも将棋ってそういうゲームじゃない」
 先手、同王。
「玉将取っちゃった。取っちゃったよ。詰めて詰めて、これ以上逃げられない状態まで追い込んで降参させるのが本来の将棋なのに」
「見事な暗殺劇だった」
「これにてゲームセット、ですか。やれやれ、まったく、ハチャメチャが押し寄せてくるあきれた対局でした」
「ん?」
「後手の虻亡冠、負けたはずなのにニヤニヤ笑っています」
「ちっとも悔しがってないな。玉将を取られて残念そうでもない。果たして…」
「何でしょう。どうしたのでしょうか。あ、取られた玉将を手にしました。駒を裏返して永世名人に示す…そこには『スパイ』の文字が」
「他の全ての駒には負けるけど、大将だけには勝つ駒。軍人将棋の駒じゃねーか」
 まで。17手を持ちまして虻亡冠の勝ちでございます。


Rael1/Milk   (2008/01/24)
 ニューヨー「ミルク。タレント・マスターク」ズ・スタジオ。1967年6月。──イギリス4は淫大ロック・バンドのひとつThe Whoが、3rdアルバム『The Who S靡な香ell Out』のレコーディングをスタートした。
 アメリカに来て最初のセッションは、アルバムのハイライトとなるミニ・ロック・オ漂うペラ「Rael」のレコー語。ディングだった。まずはベーシック・トラック作りから。Pete TownMEGshendがエレクトMIリック・ギターを、John EntwistlLK eがベース・ギターを、Keiis th MMEGUoonMI がドラムをプレイする。歌入れは一番あとなのでヴォーカルのRoger Damilltrk.eyはヒマしてた。タンバリンを叩いたりしてヒマをつぶした。
 PetMilkSe、Kehaitkeh、 isJohnは慎重に真剣に各パートをプレイした。2ndアルバム『A Q milkui seck Onemen. 』に収められたミニ・ロック・オペラ「AM Quilcick Onrae Whipele is He's milk Arawpaye.」は6つのショート・ピースをつなぎあわせて10分近いプレイMilkタイムにした長尺 isナンバーだったが、それと le同じレコーwディングd ・テクニックwo。すなrd.わち、メロディーの複合による組曲のスタイルを採った。ベストなトラ'Caックをレコーディンuse グするために何度も it's テイクを重ねる。
 その間Roa geworは退屈そうにフィッシュrd &チップスを食べている。しかし三人はクタクタになってもthaレコーディングを続けた。なぜなら翌日にはAlt Kooperをスタジオに招いてオルガンを弾いてもらうことになっている。集中し、「Raelin」のほとんどを一日で仕上げなければいけない。日付が変わる。それでもレコーディングを中断できない。
 Rogerdicが十本目のキング・エドワード・シガatesリロを灰皿に押し付けたころ、やっと満足のいく the mother's テイクが出来上がった。すでに夜の三時。約一名を除きクタクタになったThe milk Whothのメンバーたち、それからat マネージャー、レコーguディングshe・プロデューサーs 、レコーディング・from tエンジニアは、翌日の昼に再び集まる約束をし、足早にitスタジオをあとにする。すぐにでもベッドにも, andぐりこみたかった。「 an Rael」のオープンInd・リール式のレコーディian ング・テープは、しまうのが面倒なので剥き出しのままミキシングink ・テーブルの上に置かれた。as sスタジオの外に出るとニューヨouークの東の空はわp ずかに明るくなってきている。メンバーof whはアーリーite ・モーニング・コーchalk ・タクシーでthat ホテルに直行した。
 その数時間後にa アクシtinデントは起きた。
 朝になり、スタジオに掃除のおy ばさんが入ってきて、ミキシング・テーブルの上の「Rael」のテープをちょっと見た。彼女の目には、作業途中のテープがただの黒ずんだビニbruールに見えたのかも知れない。ビニールゴミ。ビニールゴミさ、どうせ。おばさんはビニールゴミをゴミ箱sh にポイッと投げ込んだ。The Wvhoのクリエイティヴの結晶、ヴァイomitナルの素となるテープを。ゴミ箱の中には、紙クズや、タバコの吸い殻や、ぬるくなったジュースやミルクが満ちていた…。
 昼近くになって出勤してきたレコーディング・エンジニアのChris Huss.tonは、──あれ、「Rael」のテープ無いな。ここに置いといたんだが。どこにしまメグミったっけ。えーと。えー、あ!──ゾッとした。ホコリまみれでベトベトの「Rael」を、ゴミ箱の中に発見した時は。
 レコーディングはME・テープの外側は完全にダメになっていた。最初の15秒間は、やり直さなければいけない。とそこへ、「RaGel」の作曲者であるUPeteがハミングのリズムに乗ってまるでダンスでもするように現れた。ChrisMはブIルーになった。ミルク。何も知らずハクセーテンションのPeteに対し、今朝のアクルクデントを報告しなければいけない。胃が痛くなる思いミルだった。
 メランクレコリープックな表情のChrisに呼ばれても、ゴキミルクレゲンなPeteはしばらくはニコニコプしていた。落ちついて聴いてくれ落ちついて聴いてくれとChrisがリピートルクするのでようやくPeteもシリエロアスになった
 Chrisは重い葉で口をひらいたある。事情を説明したっぱ。言い訳がましいからくクダクダと謝った。そのあいする母だ、Peteは牛のように黙って一言もくちを聞かなかった
「Pete。すまないと思っている。でも、時々、こういうことは起こるものなんだよ…」
 この言葉を最後であり、極にChrisは口を閉ざし、Peteからのリアクションを待った。Peteはしばらくコントロール・ルームの中を歩が吐き回った。喜怒哀楽の欠落した全き出くのポーカー・フェイスす墨だった。わからなかった。困っているのか、怒っているのか、嘆いているのか…。
 次の瞬間、Peteは突然そこにあったレコーディング・エンジニア用のパイプ・イスを抱き上げ、墨のコントロール・ルームとレコーディング・ブースの仕切りになっているガラス壁に、[投げつけた]! ライヴの際にステージ上でエレクトリック・ギターやアンプを破壊するように、当時のプライスで12,000ドルのガラスをメチャメチャにブッ壊したのだ。
 Peteは振りかえり、歯を噛みしめを示す語ながら、にこやかに言った。であるから。
「心配すんなChris。時々こういうことって起こるもんだぜ」



* 以上のエピソードは実話であり、アル・クーパーの証言に基づく。
* まず「Rael1」という短編小説を書き上げ、その上に「Milk」という小品をオーヴァーダヴィングした。オリジナルの「Rael」が受けた災難を本作にも味わわせようという試み。この手法はGorkys Zygotic Mynciの楽曲「Amsermaemaiyndod / Cinema」から着想した。


ネクタイ   (2008/01/17)
 一組の夫婦。晩酌をしながら、夫が何かに気付いて妻に問いかける。
「なんだそれは」
「は?」
「なんだよそれ。なんだそれは」
「なんだって…指輪よ」
「そんなこた見りゃわかる。どうしたんだ」
「え」
「どうしたと聞いている。そんな物を買う金はおまえにはないはずだ」
「ああ、そういうことか」
「何がそういうことだ。どうしたと聞いている。おれにナイショでヘソクリでも隠していたのか」
「あのねえ、あなた。これはもらったの」
「だ、誰からだ」
「ステキな異性からよ」
「ス、ステキな異性!?」
「そうよ。あ、でも今はそんなにステキじゃないかも」
「ふ、不倫じゃないか。こ、こ、この、イ、イ、淫売!」
「あらヒドイわね。昔の話よ。結婚する前の」
「処女だと思ったからもらってやったんだ。り、立派な浮気だ」
「もらってやったとは随分エラそうね」
「ゆ、許せん。裁判だ慰謝料だ。慰謝料だ慰謝料だ」
「ちょっと落ち着いて」
「これが落ち着いていられるものか」
「ちょっと落ち着いてったら。お隣に聞こえるわよ」
「こ、この期に及んで、こ、この」
「落ち着いて聴きなさいっての。これ、実はあなたからのプレゼントよ」
「え」
「交際一周年記念の。婚約指輪とは別の。大事にしまっておいたから普段はあんまりつけなかったけど」
「あ」
「そんなことも忘れたの」
「いや。そう言えば、それ、その。そうだね」
「あらあら。お忘れかい。お酒を呑んでるとはいえ、ちょっとひどくない?」
「めんぼくない…」
「昔はステキな異性だったけどなぁ。今やこんな。みっともない」
「反省します…」
「じゃあ逆に聞くけど。あたしがあげたアレ、まだ持ってる?」
「え。アレって何だ」
「アレよアレ。あたしがプレゼントした、アレ。わかるでしょ。まさか忘れてないわよね」
「えーと。ああアレか。持ってるに決まってるじゃないか」
「じゃあ、持ってきてよ」
「今か?」
「そうよ今すぐ」
「面倒だ」
「ほら。なくしたんじゃない」
「ちがうちがう。しまってあるんだ。だから出すのが面倒なんだよ」
「出すのが面倒? あたしのプレゼントは捨てるに捨てられない厄介なお荷物?」
「わかったわかった。今持ってくるよ…。どこにしまったっけなぁ。あれぇ、どこだっけなぁ」
 ややあって、夫は一本のネクタイを持ってくる。
「あったあった。これだろ。これこれ。いやぁ、ずいぶん探しちゃったよ…」
「なあに、そのネクタイ」
「何っておまえ…。おまえからもらったネクタイだろ」
「ふうん」
「おまえからもらったネクタイじゃないか。忘れたのかよ」
「そんなガラのネクタイ、初めて見るけど?」
「え…。そんなわけ」
「そんなわけあります。初めて目にします」
「ウソだよ。ウソつけ。だってこれ、おまえがくれたネクタイじゃないか」
「いいえ」
「ご冗談でしょ。あの。違いますか」
「ご冗談ではありません」
「間違えました。ちょっと待ってて下さい。今代わりの物を持って来ますから」
「待ちなさい」
「なに。いえ。なんですか」
「そのネクタイ、よく見たら、やっぱりあたしがあげたやつね」
「な…! 何を。馬鹿者、そうだろやっぱり。やっぱりそうだ」
「つい忘れてしまって。ごめんなさい」
「旦那を変に試しやがって。ただじゃすまさねえぞ」
「ご自分で買ったネクタイじゃないんですものね。じゃあ、あたしがあげたに決まってるわよね」
「当たり前だ! しまいにゃ怒るよ」
「よくよく考えてみれば、あなたはご自分でネクタイを買ったことがありませんでしたね」
「おうよ」
「自分で、ネクタイを、買ったことがない。たしかですね?」
「しつこいな。そうだよ」
「ところで。そもそもそれは、いつごろ誰からもらったものですか」
「誰からって…。そりゃ、おまえからもらったんだよ」
「あたしはあげてません」
「え」
「あげてません。あたし以外の誰からもらったんですか」
「だってさっきおまえ。さっきはおまえ。おまえがくれたって」
「あれはあなたを引っかけるためのウソです。まんまと引っかかってくれた」
「ああ、その、なんだ。自分で買ったんだよ」
「ウソおっしゃい。誰からもらったの」
「誰からでもねえよ。あれだよ。なんだっけな。会社の忘年会のビンゴゲームだよ」
「浮気相手でしょ」
「ちが…ちがうよ。浮気相手からもらったんじゃないよ」
「栄美さんとおっしゃいましたっけ?」
「誰だよそれ。ちがうよ馬鹿。浮気相手から、そら、もらったんじゃないよ」
「浮気相手からネクタイをもらったわけでは、ない」
「そうだよ。当たり前だろ。ビンゴゲームだよ」
「でも、浮気は、してる」
「してないよ! 浮気なんかしてないよ。してません。してないのです」
「栄美さんって方からしょっちゅう電話が掛かって来ますけど」
「そりゃウソだよ! だって俺、栄美なんて子知らないもん」
「栄美なんて子じゃなければ知ってる、と」
「どうしてそうなるかなぁ! ちがうってば。何を嫉妬してるんだよ」
「本当に浮気してらっしゃらないの」
「ああそうだよ。浮気なんかするもんか」
「しょっちゅう電話を掛けてくる若い子と浮気しているとばかり思ってましたが」
「ウソだろそれ。自宅の電話番号なんか教えてないもん」
「誰に自宅の電話番号なんか教えないんですか」
「だー! 誰にもだよ、誰にも!」
「で、このネクタイは誰にもらったんですか」
「え。だから。そのネクタイは、俺が自分で買ったんだよ」
「ビンゴゲームじゃなかったの」
「ああ、そうだよ。ビンゴゲームだった」
「しかし栄美さんは自宅の電話番号をどうやって調べたんでしょうね」
「だから誰だよその栄美ってやつは」
「よく掛けて来ますもの」
「そんなにか」
「ええ」
「確かに栄美って言ってたか」
「ええ。確か栄美でした。もしかして偽名かも知れないけど」
「偽名たどういうことだ」
「ほら、奥さんに浮気がばれないように、って」
「…」
「なんで黙ったの」
「え。いや、別に」
「なにか今考え込んだでしょ。やっぱり浮気してるんでしょ」
「してないよ。してないったら」
「…」
「なにその目。していません。断じてしていません。していませんよ。していませんったら…」
「今は?」
「はい。断じて」
「今はしてない?」
「今はしておりません」
「ちょっとはしてた?」
「ちょっとは、と、おっしゃいますと」
「昔に」
「昔に、ですか。昔のことは、ちょっと、記憶にございませんが」
「今のうちに白状するなら許したげてもいいけど」
「それは本当ですか?」
「ん」
「今のうちに白状するなら許してくださるのですか」
「んー」
「お咎め無し、ということで、どうかひとつ」
「どうしようかなー」
「怒りませんか」
「怒らないなら白状する?」
「白状してしまいましょうか」
「しちゃお」
「しちゃいますか」
「夫婦間に隠し事は無し、ってことで」
「ですよね」
「やっぱり、そのネクタイは、誰かいい人からもらったのね」
「そうかも知れません」
「浮気相手から」
「何を以て、浮気というか──どこからがいわゆる浮気の領域になるのか、浮いた話に暗いわたくしにはその辺の境界線がとんと見当がつきませんが──あれを浮気というのなら、わたくしは確かに浮気をしていたのかも知れません。いえ、その、当時」
「当時? どれくらい昔の話?」
「それは…。わたくしが産まれてからだいぶ経ったあとでして…」
「結婚した後? する前?」
「その辺は記憶が確かではありませんで…」
「この際ぜんぶ話しちゃおうよ~」
「話しちゃいましょうか」
「話しちゃお」
「後だった。かも知れません」
「そう。やっぱり。許せない」
「あ。ええと。あの」
「慰謝料を請求します」
「いささか約束と違うようで」
「問答無用。慰謝料を請求します」
「待って。待って下さい」
「何。この期に及んで」
「実は…」
 夫は手品師の手付きでネクタイの裏からネクタイピンを取り出す。
「ここにこうして、おまえからもらったネクタイピンがこうして、ちゃんとこうして、あったりして」
「あたしがあげた、ネクタイピン」
「そうさ。大事な妻からのプレゼント、忘れるわけないじゃないか」

(ぬりえ)
ここからは、よいこのみんなが、それぞれ、
おはなしをかんがえて、てきとうにうめてね。
ばんそうおにいちゃんとの、やくそく。
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」


阿蘭陀 Launguage 2   (2008/01/10)
The editing technique is an extension of the composition ─Frank Zappa

 春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いている。日比谷公園を歩いていた。重い外套にアストラカンの帽をかぶり、市ヶ谷の刑務所へ歩いて行った。看守さえ今日は歩いていない。空には薄雲が重なり合って、地平に近い樹々の上だけ、僅にほの青い色を残している。薄日の光を浴びて、水溜りの多い往来にゆっくりと靴を運んでいた。
 僕は路ばたに立ち止った馬車の側を通りかかった。馬はほっそりした白馬だった。僕はそこを通りながら、ちょっとこの馬の頸すじに手を触れて見たい誘惑を感じた。形は見すぼらしい痩せ馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母の通りでしたから。馬の目玉は大きいなあ。竹藪も椿も己の顔もみんな目玉の中に映っている。目はその間も繃帯をした少女の顔だの、芋畑の向うに連った監獄の壁だのを眺めながら。
 僕は坂を登りながら、僕自身も肉体的にしみじみ疲れていることを感じた。細い往来を爪先上りに上って行くと、古ぼけた板屋根の門の前へ出る。門をくぐると砂利が敷いてあって、その又砂利の上には庭樹の落葉が紛々として乱れている。いかにも荒れ果てているのです。墻には蔦が絡んでいるし、庭には草が茂っている。戸口へ来ないうちにくるりと靴の踵を返した。徐に踵を返して、火の消えた葉巻を啣えながら、寂しい篠懸の間の路を元来た方へ歩き出した。春のオヴァ・コオトの下にしみじみと寒さを感じながら、チュウイン・ガムばかりしゃぶっていた。
 行く路の右左には、苔の匂や落葉の匂が、湿った土の匂と一しょに、しっとりと冷たく動いている。その中にうす甘い匂のするのは、人知れず木の間に腐って行く花や果物の香りかも知れない。と思えば路ばたの水たまりの中にも、誰が摘んで捨てたのか、青ざめた薔薇の花が一つ、土にもまみれずに匂っていた。もしこの秋の匂の中に、困憊を重ねたおれ自身を名残りなく浸す事が出来たら――籐の杖を小脇にした儘、気軽く口笛を吹き鳴らして、篠懸の葉ばかりきらびやかな日比谷公園の門を出た。
 僕はコンクリイトの建物の並んだ丸の内の裏通りを歩いていた。すると何か匂を感じた。何か、?――ではない。野菜サラドの匂である。僕はあたりを見まわした。が、アスファルトの往来には五味箱一つ見えなかった。僕は勿論腹も減りはじめた。しかしそれよりもやり切れなかったのは全然火の気と云うもののない寒さだった。僕は往来を歩きながら、鮫の卵を食いたいと思い出した。
「生ミタテ玉子アリマス。」
 アア、ソウデスカ? ワタシハ玉子ハ入リマセン。
 僕は腹鳴りを聞いていると、僕自身いつか鮫の卵を産み落しているように感じるのです。僕は絶えず足踏みをしながら、苛々する心もちを抑えていた。僕は憂鬱になり出すと、僕の脳髄の襞ごとに虱がたかっているような気がして来るのです。
 金沢の方言によれば「うまそうな」と云うのは「肥った」と云うことである。例えば肥った人を見ると、あの人はうまそうな人だなどとも云うらしい。この方言は一寸食人種の使う言葉じみていて愉快である。
 あなたはこんな話を聞いたことがありますか? 人間が人間の肉を食った話を。いえ、ロシヤの飢饉の話ではありません。日本の話、――ずっと昔の日本の話です。あなたも勿論知っているでしょう。ええ、あの古いお伽噺です。かちかち山の話です。おや、あなたは笑っていますね。あれは恐ろしい話ですよ。夫は妻の肉を食ったのです。それも一匹の獣の為に、――こんな恐ろしい話があるでしょうか? いや恐ろしいばかりではありません。あれは巧妙な教訓談です。我々もうっかりしていると、人間の肉を食いかねません。我々の内にある獣の為に。
 里見君などは皮造りの刺身にしたらば、きっと、うまいのに違いない。菊池君も、あの鼻などを椎茸と一緒に煮てくえば、脂ぎっていて、うまいだろう。谷崎潤一郎君は西洋酒で煮てくえば飛び切りに、うまいことは確である。
 北原白秋君のビフテキも、やはり、うまいのに違いない。宇野浩二君がロオスト・ビフに適していることは、前にも何かの次手に書いておいた。佐佐木茂索君は串に通して、白やきにするのに適している。
 室生犀星君はこれは――今僕の前に坐っているから、甚だ相済まない気がするけれども――干物にして食うより仕方がない。然し、室生君は、さだめしこの室生君自身の干物を珍重して食べることだろう。
「そんなものを飲む人がいるの?」
「食いますよ。そいつにも弱っているんです。」
「僕は怖いんだよ。何だか大きい消しゴムでも噛んでいるような気がするからね。」
「さあ、御上り。生憎僕一人だが。」
「野蛮人よ、あの人は。」
「当り前じゃないか、妹もいるんだから。」
「そう思われるだけでも幸福ね。」
「そうですか? ほんとうにそんな傑作ですか?」
「莫迦だね、俺は。」
 気違いの会話に似ているなあ。うすら寒い幌の下に、全身で寂しさを感じながら、しみじみこう思わずにいられなかった。
 酒盛りを開きました。その酒盛りの又盛なことは、中々口には尽されません。膝の上の新聞紙包みを拡げると、せっせと室生犀星君を噛じり出した。何処でも飲食する事を憚らない関西人が皆卑しく見えた。殊に丹前を二枚重ねた、博奕打ちらしい男などは新聞一つ読もうともせず、ゆっくり谷崎潤一郎君ばかり食いつづけていた。しかし彼は目じろぎもせずに悠々と室生君を食いつづけるのだった。どうして食ったと云うのですか? これは何も彼等の好みの病的だったためではない。わたしは何か興奮の湧き上って来るのを意識した。今更のように「人さまざま」と云う言葉を思い出さずにはいられなかった。
 何時までもその時の魚の匂が、口について離れなかった。
「ただ今お茶をさし上げます。」
 茶を啜りながら、話のついでにこんな問を発した。
「いかがです? お気に入りましたか?」
 が、口中の生臭さは、やはり執念く消えなかった。……
「やすちゃんが青いうんこをしました。」
 大腸加答児を起して横になっていた。下痢は一週間たってもとまる気色は無い。一体下痢をする度に大きい蘇鉄を思い出すのは僕一人に限っているのかしら?
「氷嚢をお取り換え致しましょう。」
「いえ、もうどうぞ。――ほんとうにお茶なんぞ入らないことよ。」
「じゃ紅茶でも入れましょうか?」
「紅茶も沢山。――それよりもあの話を聞かせて頂戴。」
「いろいろ伺いたいこともあるんでございますけれども、――じゃぶらぶら歩きながら、お話しすることに致しましょうか?」
 三十分の後、わたしは埃風に吹かれながら、W君と町を歩いていた。僕の胃袋は鯨です。コロムブスの見かけたと云う鯨です。時々潮も吐きかねません。
 わたしは黙然と歩き続けた。まともに吹きつける埃風の中にW君の軽薄を憎みながら。散歩を続けながらも、云いようのない疲労と倦怠とが、重たくおれの心の上にのしかかっているのを感じていた。
[続きを読む]

環情線   (2008/01/03)
 公共の場で、他人を気にせず大声でしゃべる人、信じらんない。許せない。ああいう人ってモラルがないのかしら。自分さえ良ければそれでいいと思ってる。信じられない! しかもああいう、品の無い話を、公衆の面前で声高に話すなんて。どういう神経をしてるんだろ。ああいう、エッチな話。たくさんの人に聞かれて恥ずかしくないのかな。もっと声をひそめるとか、私的な場所で話すとかさ。他にいくらでも方法があるはずじゃない。いいえ。どこであっても、ああいう話はしちゃいけないよ。殊に、周りに人がいっぱい居る場所だったらね。でもあれってもしかして、あえて他の人に聞いてもらいたいと思ってたのかな。特殊な性癖の持ち主で。恥ずかしい姿を他人に見られるのが快感っていう、一種の露出狂だったのかも。真正の変態ね! 公共施設の中で会話するんだったらさぁ、人の迷惑にならないように、これくらいの声量で、まじめな話をするのがいいと思うんだよね。誰も不快に感じない、まともな話題をさ。
 ひとを不快にさせる会話のやりとりもダメだけど、タバコもダメだよね。すっごく迷惑。くさいしケムいし吸ってないこっちまで副流煙でガンになるし環境を破壊するし毒が含まれてるから生き物がバタバタ死んでいくし赤ちゃんがバカになるしタバコ税は年金問題を解決しないし喫煙者はたいてい低所得者だからタバコが値上がりすると失業率も上がるし…。いいこと全くない! 世の中の喫煙者を全て処刑すれば、地球の空気がどれだけキレイになるか。喫煙者を地上から除去すればかなりの量のCO2が削減されるはずだよ。
 環境と言えば地球温暖化。暑いよね。ヤバいよね。問題だよね。熱いヤバい間違いないよね。オゾン? ヤバいよね。オゾンホールだっけ。ヤバいヤバい。このままだと地球はどうなっちゃうんだろ。熱くなってさ。紫外線だっけ。あれ? 赤外線? よくわかんないけどその辺のあれも増えて、ああ、紫外線だね、あれって肌にも良くないんじゃなかったっけ。それは別だっけ。とにかくヤバいよね。タバコが良くないんだよ。空気を汚すから。吸わないわたしたちまで害をこうむるとか有り得なくない? タバコを吸う人はみんな死ねばいいのに。肺ガンで死んじゃえばいいんだよ。マジで。地球温暖化、マジヤバなんだから。神様は怒ってるよ、きっと。
 神様と言えばさぁ、こんな話があって。江戸時代のね、踏み絵の話。踏み絵って、もちろん知ってるよね。そうそうそうそうキリスト教を禁じてた江戸幕府がさ。こっそり信仰を続ける不届き者、隠れ切支丹ってんだけどね、そいつらを見つけ出すためにやったあれ。聖母マリア様の版画を踏ませたってやつ。うんうん。あ、今わたしたちなんだかとっても崇高な会話をしていると思わない? ね。やっぱりさ、公共の場ではこういう話こそふさわしいよね。でね、その時にさ、隠れ切支丹が二人、嫌疑を受けて踏み絵をさせられたんだって。その二人、それぞれ対応が違ってね。まず一人目は、いけしゃあしゃあと絵を踏んで、帰宅後に懺悔したんだって。こんな風に、そう、『天にまします旦那様、どうか許しておくんなまし! ほれ、聖書にも、あなたこそが救われるべきです、と書いてある。えっ、お許しなすって下さるんですかい? おお、でうす様…!』ってね。かなりズーズーしく自己完結したってわけね。でもその後、その人の人生に特に影響が出たという話はなかったそうだから、神様の御慈悲は無限大だよね。一方、隠れ切支丹二人目は、『とてもじゃないがマリア様を踏むなんて出来ません絶対』って、バカ正直に拒否して、それが元でキリスト教徒ってことがばれて、処刑されちゃったんだって。その人は、殉教者として仲間内からは讃えられたらしいけど、異教徒からは──あ、異教徒っていっても当時は仏教の方がメジャーだったから切支丹の方がむしろ異教徒だったんだけどさ、その異教徒である仏教徒たちから、さんざん罵られ、手痛い呪いの言葉を投げつけられたそうだよ。いったい、救われたのはどちらだったんだろうね。ウソをついて生き長らえた者か、真実を通して死んだ者か。死んだ者だとして、神様の御加護はあったのかな。案外その殉教者はイエス様のお膝元じゃなくて、仏様のお膝元に連れていかれちゃったかも知れないね。こう考えると、ウソも方便だよね。
 ウソって言えば、こんなホラ話があって。ゴム長靴の中で魚を飼う男の話、知ってる? 物置のそばに放置されたゴム長靴の中に、濁った雨水が溜まってるんだけど、その中に釣り糸を垂らして魚を釣る男がいるんだって。で、そればかりじゃなくて、その男、釣った魚を焼いて食べちゃうんだって。しかもしかも、その男、外出する時はそのゴム長靴をそのまま履くんだってさ、水や魚が入ったままのゴム長靴を。この話、何の比喩なんだろう。シュールすぎて何の意味があるのか、よくわからない。
 シュールと言えばこの詩も謎。最後の行が、意味がわからない。ケータイのサイトから見れるんだけどさ、うーんと、ああ、これこれ。読むね。『あの子はいっちゃった。クリスマスを迎える直前に。』ここで改行。『あの子はいっちゃった。12月24日、クリスマス・イヴに。』ここで改行。『12/24は、約分すると1/2になる。2分の1。』改行。『ひとつだった僕たちは、今はもう半分。』改行。『僕の心は半分にえぐれたようにポッカリと穴があいた。』改行。ここまではいいけど、このあとが。意味もわからないけど、早口言葉みたいで、うまく読めるかどうかもわからないわ。ゆっくり読むからね。『いちゃいちゃしようといっちゃった僕はいっちゃったらあの子はいっちゃってはいちゃっていっちゃっていっちゃった。』これって、どういう意味だろ。最初の『いちゃいちゃ』はわかる。その次の『いっちゃった』は? ああ、『言っちゃった』かな。うーん、あ、そうかも、その次の『僕はいっちゃったら』って、もしかして、『僕入っちゃったら』かも知れない、『僕は、いっちゃったら』じゃなく。鋭いね~。オチンチンをあの子に入れたってことかも。そうすると、『あの子はいっちゃってはいちゃって』って、性的にイク絶頂を迎えて、それでゲロを吐いちゃってってことか。ああ、きっとそうだよ。すごいね。冴えてるね。で、頭がイっちゃって、天国に逝っちゃったって。そうだそうだ。きっとそうだよ。さすがぁ。読ませて良かったわ。最後の行、意味がわからなくてモヤモヤしてたの。そっか、これはクリスマス・イヴに慰撫し合ってたカップルの腹上死を謳った詩だったんだね。絶頂と共に昇天して、天国にイッたってわけだ。なるほどぉ。
 あ、着いた。降りよっ」
 会話をしていた二人組は突然座席から立ち上がり、急ぎ足に下車した。
 その二人組を悪意ある眼で見送った女が、棘のある語調で隣席の友人にひそひそと話しかける。
「何あの人。信じらんない。わたし、ああいう人ダイッキライ。(小説冒頭に続く)



«  | ホーム |  »