とりぶみ
実験小説の書評&実践
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創作談話<2007年下半期>   (2007/12/27)
 いつも『週刊とりぶみ』をご覧いただきありがとうございます。いつもじゃねーか。たまにか。そうか。そう? ふざけんな!
 というわけで、いつもの方もたまにの方もこんにちは。当ブログの更新を頑張っている大塚晩霜のうちの一人です。今回は趣向を変えていっちょ創作談話でもやらかそうと思います。
 2007年7月12日のスタート以来、週1で文芸作品を公開してきました。その数、現在までに25作品。色々な作品がありました。駄作・失敗作・駄ボラ・ゴミクズ…。実に様々な作品がありました(涙)。その創作過程や制作秘話、文章技法や作品の意図などを、ここらでドドンと語ろうと思います。それじゃースタート。




ブログの説明 (07/12)

 「このブログは創作系ブログですよ。日記や情報系ブログではないんですよ」っていう、宣言というかお断りというか、そういう説明書きが最初は必要だろうと思って書いたもので、いわば本ブログの序文。「こんな人に不すすめ!」の行動列挙は、天久聖一/タナカカツキ『バカドリル』の影響が顕著。




 (07/19)

 やれやれ、実質的な第一作がこれでは先が思いやられる…。
 題名ありきの作品。「カッコ閉じるの記号だけっていうのは、相当に刺激的なんじゃないかい」と無茶なことを思い付き、挙げ句の果てに実行してしまいました。
 しかし題名の『)』に見合うプロットはなかなか考えつかなかった。そこで、未完成作品の山から『遭難救助(仮)』という小品を掘り出して来ました。この『遭難救助(仮)』は死体を主語にしてどこまでもゴリ押ししていくというコンセプトの元に起稿されましたが、イマイチうまくいかず放置されていた作。
 『遭難救助(仮)』自体めちゃくちゃなメタフィクションだったので、題名を『)』に定めてからもやりたい放題。葬式の場面に力を入れる(黒澤明『生きる』を目指した)という当初の予定もおざなりに、カッコ閉じるをめぐる立派な駄作となりました。




寄せ書き (07/26)

 『)』を書き上げたあと、何を書こうか思案していたら、突然着想して見る見るうちに出来上がった作品。あまりにすんなりと書けたため、どういう精神状態でこういう物語を思い付いたのかは今となっては思い出せない。(難産であればあるほど執筆にまつわる思い出も多くなりますが…)
 自分が書いた物としては、かなり上出来の部類に入る作だと思います。おすすめ。




公開処刑 (08/02)

 私のパソコンの中には、アイディアの断片や書き途中の作品がそれほど腐るほどストックしてあるのですが、これもそのうちの一つ。刑執行の直前まで書いたところで長らく(一年くらい)放置されていました。今回『とりぶみ』用の新作を仕上げなければいけないということで、急遽ストックから引っぱり出し、刑執行やリプレイの模様を書き加えて完成させました。〆切があるっていいですね。怠慢な私でも義務感に迫られて、否応なく動かされます。(と言うかむしろ、未完成作品を完成させるためにこのブログを立ち上げたのでした)
 「死刑を一般公開制にする」という過激な案は、それこそ何十年も前からたくさんの人が(冗談にせよ本気にせよ)提唱しているもので、決して斬新ではありません。斬新ではありませんが、具体的に書けているという点で他より抜きん出ていると思います。私はこの作品の出来映えに非常に満足しています。
 人の死をも食い物にするマスコミへの痛烈な諷刺。1986年、アイドルの岡田有希子が飛び降り自殺した際に、非人道的な取材を敢行したある芸能リポーターに捧ぐ。




不良。雨の日。捨て犬。 (08/09)

 『寄せ書き』同様ある日いきなり思い付いた作品。が、たいして面白くはない。面白くないということは読む価値がないということ。
 思い付いた部分だけでは短すぎて鑑賞に耐えなかったので紋切り型の問答を冒頭に配しました。




One More Day (08/16)

 トッド・ラングレン作詞作曲の同名ポップソング(無為の日々を過ごす人々について歌った曲で、反復的に繰り返される同じフレーズが退屈な毎日をよく表している)に触発されて書いた作品。同一文の繰り返しによって、読むのが億劫になるような倦怠感を目指しました。兵士と同じ気持ちを読者に味わわせようと思ったのです。実際読むのが苦痛なので目論見通りとも言えますが、完全に駄作です。トッドの曲は同じフレーズを繰り返していながらも決してダレていない、うまいとしか言いようのない佳曲だけど、この小説はただ単にダレただけで粗雑。私は自作小説を読み返すのが好きですが、本作はろくに読み返してもいません。
 元々はかなり長くなるはずだった作品で、長らく温めておいた(『遭難救助(仮)』『公開処刑』『言葉狩り』と兄弟)のですが、終戦記念日前後に発表しようと慌ただしく完成させました。細部の書き込みが行き届いていないのはそのためで、性急な結末部分は特に不本意な出来です。さっきは〆切の存在を誉めたが、場合によっては考え物。




1997/8/13 (08/16)

 ちょうど10年前、小さなノートの切れ端に感情むき出しで書いた実話。何かの因果だと思い、記念に公開。




先生にほめられる良い読書感想文の書き方(以下略) (08/23)

 力作であります。完全なる新作・過去作・未完成作のパッチワークです。「サボリ屋の学生が実際に引っかかってくれたらいいな」という悪意に満ちた意図から、夏休みのうちに頑張って書き上げました(題名がやたら長いのは検索エンジンを考慮して。手の込んだイタズラです)。
 冒頭はまたもや、天久聖一/タナカカツキ『バカドリル』からの影響が感じられます(私ゃあの本がホント好きだよ)。
 各レベル別の対策は完全なる新作です。頑張った。
 読書感想文のサンプルは、「小学生(低)用」が新作、「小学生(高)用」「高校生用」が過去作、「中学生用」が宙ぶらりんのまま放置されていたアイディアをカタチにした物です。
 脱稿後、試しに「読書感想文 サンプル」で検索したところ、質・量ともにこの記事より何百倍もすばらしいサイトを発見してしまい、軽くガッカリしましたが、今さら悔やんでも仕方ないので潔く公開。




Latex Solar Beef[censord] (08/30)

 まず、冒頭の「…ではなく」尽くしを書きました。これは長編『トリストラムに恋をして(仮)』に組み込む予定でしたが、この長編は執筆を途絶したため、使用できない素材として残ってしまいました。(これをAとします)
 その後、「伏せ字だらけでほとんど読めない小説」というコンセプトを思い付きました。で、過去作のクズ山に18禁小説『Latex Solar Beef』(2004年10月20日に書いたもので、ごく親しい友人2名に読ませたのみで一般公開はしていなかった代物)が埋もれているのを思い出し、伏せ字満載で復活させました。(これをBとします)
 AB両者を合体させて『Latex Solar Beef[censord]』のできあがり。なお、題名はFrank Zappaの同名曲とRhymester「Big Mouse2[censord]」から拝借しました。




金色の宵 (09/06)

 Gorky's Zygotic Mynciというバンドの楽曲群(「Freckles」「Face Like Summer」「How I long」「The South Of France」など)に触発されて書いた作品。ゴーキーズの作品は夏の終わりのさみしさを感じさせる曲が多くて、執筆当時はヘビーローテーションで聴いていました。
 ゆったりとした気分で丹念に書いていたので執筆期間は長かった。しかし最後には〆切に追われて仕上げました(当初は8月30日公開を目指していた。間に合わなかったので『Latex Solar Beef[censord]』をお手軽に仕上げた)。無理に書き上げたゆえ、脱稿直後は「自分が伝えたかった雰囲気が充分表現できただろうか。夏の終わりの空気を作品に込められただろうか」と心配でしたが、しばらくしてから読み返してみると意外とよく書けていたので一安心。
 題名は『散文ブログちりぶみ』に掲載の『鈍色の昼』と呼応させました。登場人物の名前は『灌腸亭日乗エピソード腕』という過去作から。
 余談ですが、主人公の少年時代を「ぼく」、主人公の現在を「俺」で書きました。その使い分けはあまりうまくいっていない(笑)。




特別講義「Nについて」 (09/13)

 冒頭の説明文そのまんま。




ポーラ (09/20)

 文体・内容ともに非常に不気味かつ理不尽な作品。
 一番に「別の夕暮れ」の部分を着想しました。川沿いを歩いていたらいきなり情景が頭に浮かび、文章も頭の中で勝手に出来上がりました(自分の精神状態を疑うが、わたしは元気です)。
 「別の夕暮れ」部分だけでは発表に耐える長さではないと思い、例によってアイディアの断片をガサゴソ。『ポーラのアパート』と題された一編を発掘。これが「夕暮れ」部分となりました。ちなみにコレ、Pink Floydの楽曲「Poles Apart」のブリッジ(回転木馬BGMっぽいメロディー)にインスピレーションを得た物で、題名はその曲名を読み間違えたものです(ハズカシー)。
 その後すぐ、「どうせなら序破急の構成にしよう」と思い、「また別の夕暮れ」部分をでっちあげました。「別の夕暮れ」が読点無し、「夕暮れ」が名詞濫用だったので、このパートは句点無しのスタイルを採用することがすんなりと決定。
 



○ Mr.XⅩ××× × (09/27)

 これはヒドイ作品ですね。題名も変だし。正気を疑う。
 『ポーラ』以降、ストックもいよいよ材料払底になってきて(いや、実を言うとまだまだストックあるのですが)、〆切前日に短時間でやっつけ仕事をすることが増えてきました。この作品もそう。しかも毎月末は定例の飲み会があります。多分その影響で充分な執筆時間が無かったんだと思います。すみません言い訳です。
 この作品、作者の心情をありのまま吐露したように思われるかも知れませんが、実はアイディアの断片をコラージュしたものです。相当な数の断片を実にうまく編集しています(わからないでしょうが)。それにしても、まともな小説を書けない時すぐ座談会形式に逃げるのは私の良くない癖だ。
 なお、作中に、執筆途上作品として『環状線』『恋人と別れる5の方法』『言葉仮』『金婚式』の四つが挙げられています。『恋人と別れる500の方法』『言葉狩り』は書けたけど、『環情線』『銀婚式』はまだ書けない…。




1/6629722083 (10/04)

 “〆切前日に短時間でやっつけ仕事”の第二弾。10月3日に着想執筆編集すべてを行なった。しかし、そんな不真面目な制作状況ながら、作品自体は『寄せ書き』『公開処刑』以来の出色の出来栄え。
 スクランブル交差点を歩いていた時にふと湧いた疑問「もしかして俺、このうちの誰かと、大昔に一度会ってんじゃねえか? 有り得ない話じゃないよな」から出発、「小説のネタになるな。でも、主人公本人に過去を確かめる術は無い…。どうしたもんか。神の視点で書くしかないのかな」を経て、「そうだ、超的な存在、たとえば幽霊に語らせればいいんだ」に着地しました。それで、一気に書き上がりました。このようなひらめきは何度か体験していますが、何度体験しても実に爽快なものです。
 ただ、やっぱり時間が足りなくて、内容に即した題名だけはどうしても思い付かなかった。なので、前作に続いて奇抜なタイトル(脱稿した時点での世界人口)をつけてしまいました。




いっぱいいるお母さん (10/11)

 この作品も、〆切前日(10月10日)に着想執筆編集すべてを行なった。起床時間が異常に早くなったせいで家族と朝食を採ることが絶え、まるで電化製品が母親代わり。その印象を書きました。主人公の一連の行動は私の朝の準備ほとんどそのままです。
 ──「悲惨な暮らしをしているんだね」と誤解されるのを恐れて書き添えますが、もちろんかなり多量のフィクションを交えています。めざまし時計は使いませんし、トーストにはイチゴジャムではなく甜菜の糖蜜をかけますし、目玉焼きにはウスターソースではなく醤油をかけますし、松江地方に住んでませんし、ラジオは聞きませんし、アパートに住んでませんし、時間割を確認してランドセルに教科書を詰めたりしません。




言葉狩り (10/18)

(コメント欄からの抜粋)
 この作品、1年以上前に構想していたのですが、内容に見合う文体がなかなか見つからず、ずっと完成せずに放置されてました。ところがつい最近100円ショップのダイソーで『一握の砂』を買いまして、大きな感銘を受けまして、短時間で一気に書き上げました。
 575のリズムを無視して短歌を3行に分けるスタイル、これは啄木の専売特許にしておくのは勿体ない、すばらしい形式です。すばらしい発明。こんな凄い作品をなぜ今まで読まなかったのか過去の自分を厳しく責めたいくらいです。




結婚スピーチ(とりぶみ版) (10/25)

 先に述べました通り、毎月末には定例の飲み会があるわけです。なので新作が間に合いませんでしたごめんなさい。友人に贈った架空の結婚披露宴スピーチを、一般公開用に改作しました。




アズマギク (11/01)

 10月25日のための新作は結局書けなかったのですが、26・27日には一挙に4作品も完成しました。ワッハッハ。これで一ヶ月何も書かなくて済む。遊んで暮らせるぜ。
 さてこの作品。普段はあまり自分自身の感情を作品に出さない私ですが、ここでは珍しくかなりストレートに感情を発露させています。他のコといくら寝ても、おいらやっぱりあのコが忘れられないよ。まあ、そのコの誕生日は11月1日じゃないんですけどね!(やっぱりさりげなく虚構にしてるじゃねえか。この照れ屋さん!)
 ちなみに「アズマギク(東菊)」の花言葉は「別れ」です。




恋人と別れる500の方法 (11/08)

 曲名は知っていたけど長らく聴いたことがなかった『恋人と別れる50の方法』を実際に聴いてみました。延々と「後腐れなく破局する50の奥義」を講義してくれるのを期待して。
 しかし残念ながら歌の中で50の方法が提示されているわけではありませんでした。ガッカリしました。曲も詞も良いんだけど、それより何より曲名が素晴らしすぎる。完全に題名負け。
 しかしサイモンを責めることは出来ません。恋人と別れる50の方法を実際に考えるのは大変なことです。そこで自ら考え出してみようと決意。どうせなら500くらいあった方がバカバカしくていいかなと思い、とりあえず思い付くままに300通り書いてみました。一気に考えたのではなく、徐々に。
 300書いた所で飽きて、プロレス技列記に踏み切りました。楽チンだし、「やっぱダメだったんじゃん」という滑稽感が出るので。これで400。その後ジャンル別に並べ替えて、隙間を埋めるカタチでプラス100。やっとこさ完成。
 この作品は完成までに半月くらい掛かっています。実質的な作業時間で言えば『金色の宵』と同じくらいの時間。──力を入れた割にはその出来はイマイチです。




あまやどりの歌 (11/15)

 私は雨の道中、傘を差しながら歌を口ずさむことがあります。多くはThe Beatles“Rain”だったりJimi Hendrix“If Six Was Nine”だったりの、「気にしないぜ」系ロック。口ずさむと言うより、かなり大きな声で歌う。雨音に掻き消されるので周囲を気にせずの熱唱です。
 台風にいじめられた10月27日、ふとオリジナルの雨ソングを作りたくなり、作りたくなると同時にこの話を着想しました。『いっぱいいるお母さん』の姉妹編です。雨ソングを作る前に小説が出来てしまいましたどうしよう。
 小説本編は仕上がった物の、少年が口にする歌は容易に完成しませんでした。どういう歌詞にすれば良いのか? 形式は? 小説のハイライトなのだから安直な散文詩は避けたい。──迷った挙げ句、その時たまたま読み返していた本(柳瀬尚紀『日本語は天才である』)の影響で、いろは歌方式で作ることにしました。五七調で、漢語は一切使わないという縛りを設けて。
 いろは歌自体はそつなく仕上がりましたが、これを雨の中で放歌高吟したいかと問われれば謎です。そういう意味では失敗です。ちなみに「待って居る」の「居」が「ゐ」で、「笑む」の「笑」が「ゑ」です。きっかり四十八音。




書物の国の冒険 (11/22)

 一時期web上の脱出ゲームに熱中したことがあります。密室に閉じこめられたプレイヤーが、部屋の中にある様々な道具や仕掛けを操作して脱出を目指すゲームです。
 この脱出ゲーム、Flashによる物が主流ですが、中にはhtmlで作られている物もありました。「じゃあ、文章のみによる脱出ゲームがあってもいいんじゃないか、かつてのゲームブック方式でさ」というわけで2006年初頭に制作を開始しました。
 脱出ゲームの多くは外部に通じる扉の鍵を探すのが最終目的。密室で鍵を探す…で思い付いたのが『不思議の国のアリス』です。そこから段々と創意工夫が膨らみ、「不思議の国」「鏡の国」「論理の国」の三通りの順路をプレイヤー(読者)が自由に選べる形式に逢着しました。(論理の国って何だよって感じですが、『アリス』の作者ルイス・キャロルの本職は論理学です)
 しかしこれが…。実作中でも言い訳がましく弁解してますが、これが大変にしんどい作業でして。「論理の国(迷路)」は完成したけれど他の二つの国を自分なりにアレンジして書くのがどうにも億劫になってしまいました。なので永久に未完成のまま中絶です。無念至極ですが仕方ありません。
 では、ダブレットと論理の国の解答を書いておきましょう。
 まずはダブレットから。最速の解法は「きっぷ→きっと→生糸→黄色→水路→捨てろ」もしくは「きっぷ→マップ→末期→魔笛→すてき→捨てろ」です。一手多い「きっぷ→きっと→カット→カイト→カイロ→水路→捨てろ」でもオーケーです。
 次に論理の国。この迷路は以下の表のように構成されています。正解の順路を一回くらい踏み外しても大丈夫なように造られた親切設計。

   88    153
057 104 113 042→058
   ↑    132 ↓
157 040 143 051←010
   ↑    ↓
006 092 107 071→094 081
   ↑    100 ↓
036 165 ←←←068←076 024
   065    117 015

 各問題の答え。(10と76の問題が同一なのは仕様です)
「東西?北」→東西南北から「南」
「NE?S」→NEWSから「West=西」
「朱雀」→方角を表す四神(朱雀・玄武・青龍・白虎)から「南」
「373」→三つの「み」七つの「な」から「南」
「そのまんま」→東国原知事の芸名「そのまんま東」から「東」
「吾妻」→あずまから「東」(古事記の故事にちなむが、説明は長くなるので省略)
「古今?西」→古今東西から「東」
「LM?OP」→アルファベットの並び「…LMNOP…」から「North=北」
「回文」→上から読んでも下から読んでも同じ言葉「みなみ」
「東奔?走」→東奔西走から「西」
「B?H」→Bバスト・Wウェスト・Hヒップから「West=西」
「SMT?TFS」→曜日Sun, Mon, Tue,Wed,Thu, Fri,Satから、「West=西」
「No.14」→アルファベットの14番目Nから「North=北」
「~a」→Higashi・Nishi・Minamiではなく、「Kita=北」
「共産主義」→東西冷戦、東側。
「4」→地図上で北を示す矢印マーク。「北」
「BC?OFNeNa」→元素周期律表(№5~11に相当)から、「North=北」
「左京」→京都府左京区は東側に位置
「狄」→北狄から「北」
「譜面台」→外国人には「東」という漢字が譜面台の象形に見えるそうです。
「OTTFFSS?」→One Two Three Four Five Six Seven Eightから「East=東」
「?UCCE??」→穴埋め問題。「SUCCESS」から「South=南」

 各問題を手がかりに、正しい順路を抜けていくと、最後にパラグラフ28の部屋にたどりつきます。ここは大変。問題が3つもありますし、リンクを行ったり来たりするズルも出来ません。
 問い「1・2・A・1・4・3・7・4・11・7・18・11・29」は、知能指数を測定するテストなどでもお目見えする、数列の法則性を推理する問題。1+2=A、A+1=4、4+3=7、7+4=11という具合に並んでいるので答えは「3」です。(制作当時なぜわざわざ29まで数列を並べたのか、今となっては作者本人にも不明)
 問い「1・4・B・2・3・5・7(地球=月)」は、太陽系の惑星と曜日を関連付けて考えると答えが出ます。つまり、太陽系の並び順「太陽・水星・金星・地球・火星・木星・土星」にそれぞれ、曜日の順番「日=1/月=2/火=3/水=4/木=5/金=6/土=7」の数字を代入すると上の数列となります。Bに入る答えは6です。
 問い「4・1・2・C・8・10・8」は、これは難問。伊東温泉ハトヤホテルの電話番号、そのゴロ合わせ「ヨイフロハトヤ」です。正解は6。




「吾輩は猫である。 (11/29)

「ワッハッハ。これで一ヶ月何も書かなくて済む。遊んで暮らせるぜ」
 しかし一ヶ月なんて短いもので、完全に油断していました。一挙四作品を完成させた十月末には「かつての旺盛な創作欲が復活か」とも思ったのですが、その後は遊んで暮らしてしまったためほんのちょっとも創作をせず…。一ヶ月のブランクで完全に筆も錆び付き…。しかも毎月末には定例の飲み会があるわけで…。そんなわけで超いいかげんな更新。かててくわえて、この「猫ではないがな!」というアイディアは、今年の花見の席で大学時代の先輩が口にした言葉。なかったことにしたい作品。




術長生短 (12/06)

 妹尾河童『河童が覗いた「仕事場」』の「須田剋太さんのアトリエ」を読んで着想。題名はラテン語「Ars longa, vita brevis」の直訳。短編小説として非常にこなれている。その代わり特筆すべき点も無し。つまり凡作。『ブログの説明』に書いたいわゆる「あまり手の込んだ言語遊戯に耽る余裕も無く、まともな小説が多くなると思います」の体現。




パパと結婚するんだよね? (12/13)

 前半はパパとミムちゃんの会話の録音。通常、複数名の会話はカギカッコで区切ります(たとえば、「このカギカッコ内は乙の発語で」「ここから、甲の発語です。ここまでは」という風に)。しかしここでは句点で区切ってみました。この試みにより、まるでパパ一人の独り言のような効果が生まれました。モテない男がおにんぎょさんか何かと話しているような気味の悪さ。実験成功。
 しかし、それだけの作品であります。数年前に書いた『ナナコン』というショートショートの焼き直しではないか、と、脱稿してから気付いても詮無し。




亀ちゃんのニュースエンタメ(アウトテイク)

 文章自体は以前『22世紀日記』というニュース系ブログに書いた記事を寄せ集めて整合したものです。件の『BNSラジオ』には、自分が書いた過去のあらゆる文章(小説・ブログ・コメント・掲示板の書き込み・メールetc...)から、笑えるものだけを厳選して収録。それらの断片的素材をラジオ放送形式でまとめあげるという壮大なプロジェクト。
 今回放出したボツ部分は原稿用紙23枚分の文量。それだけの文章を未練無くバッサリ斬り捨てたという事実からも、高い完成度を目指す並々ならぬ熱意が窺えると思います。私のアホ思考の集大成『BNSラジオ』は、きっと、ブラックジョークの大伽藍、ナンセンスギャグの金字塔になると思います。(と、勝手に意気込んでいて何年かかっても完成しない)




──終わりに──

 過去作の流用品を含む物の、およそ半年で25作品。なかなか頑張った方であります(うまいこと更新が続けば年50作品は堅い。頑張れ俺!)。しかし、少しでも読む価値があるのは『寄せ書き』『公開処刑』『先生にほめられる良い読書感想文の書き方(以下略)』『金色の宵』『ポーラ』『1/6629722083』『言葉狩り』くらい。いやはや…。──いや、これだけ収穫があればまあいい方かな。少なくともゼロよりは。やってて良かった苦悶式更新。
 それではどうぞ良いお年を。来年も当ブログ『週刊とりぶみ』をよろしくお願いします。


亀ちゃんのニュースエンタメ(アウトテイク)   (2007/12/20)
 このブログ『週刊とりぶみ』は、(一部の例外を除き)重くて暗い作品が多く、昔なじみの読者にとっては期待外れかも知れません。
「大塚さん、昔はあんなに楽しい人だったのに。何があったんだろ。明るく陽気な文章を書く、とってもひょうきんな人だったのに。笑える文章たくさん書いてた(笑える文章しか書けなかった)のになぁ。どうしちゃったんだろ。最近の晩霜作品、さっぱり笑えないや。何か悩んでんのかな。金銭トラブル? 人間関係? それとも抜け毛? ああ、大塚さんの才能も枯れ果てたか。年取ったな。世間の俗塵にまみれて老け込んだんだな。ユーモアのわからない大人になっちまった。もう、知るか。晩霜のバカ。二度と読まねえよ」
 こんな風に思っている人もいるかも知れない。誠に申し訳ない。うるせーボケ。申し訳ない。だけどそれは、私の滑稽的傾向を900枚超の大作『BNSラジオ』に濃縮している最中だからなのです。過去のユーモア作品のことごとくを一本にまとめ上げている最中だからなのです。今さら新しい滑稽物を書くとただでさえ難航している編集作業がさらに収拾つかなくなるから書かないまでです。ごめんね。そんなわけで、みんなが大好きだった昔の私の作風とは趣を異にするのです。あしからず。
 ここまでは前置き。
 今回の記事『亀ちゃんのニュースエンタメ(アウトテイク)』は、『BNSラジオ』午前6時から9時までの時間に放送されるワイドショーの、そのボツ原稿です。ボツの理由は「当時の社会問題に即しすぎていて不偏性が無い」「ブラックユーモアがキツすぎる」「笑えない」などなど。内容は「未成年の喫煙/禁煙法/人権擁護法案」「津波復興支援の裏で」「反日ブーム」の三本立て。長いです。長い上にボツ原稿です。読む価値ありません。なんか、ここ以外に発表する場がないので公開してしまいます。
 初めに断っておくけどそれほど笑えないよ! 無理して読まなくていいです。
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パパと結婚するんだよね?   (2007/12/13)
「ミムちゃんは、大きくなったら何になりたいのかな。お嫁さん。そう、お嫁さんか、無邪気でいいね。あのね、ミムはね、大きくなったらね、あのね、パパのお嫁さんになるの。そう、パパのお嫁さんになってくれるのかい。そう、パパと結婚するの。うれしいなあ。パパとね、結婚して、ウエイングドレスを着るの。はははははウェディングドレスかい、きっときれいだろうなあ。ミム、パパのことが大好き。ありがとう、パパもミムのことが大好きだよ、ほら、キスして。うん。おくちにも、ほら。うん。ミムちゃんは、本当にお嫁さんになりたいかい。うん。絶対に、パパと結婚したいかい。うん、そうだよ。どんなことがあっても、そう? うん。じゃあ、あと十年したら、結婚しよう。 。どうしたの、いやなのかい。今。え。今。今? お嫁さんになりたい。今お嫁さんになりたいの、そうか。うん。でも、ミムちゃんはまだ子どもだからダメだよ。えー。いいかい、十年経って、ミムちゃんが十六歳の誕生日をむかえたら、そしたら結婚しよう。ミムそんなに待てない、十年したらおばさんだよ。ハハハませたクチを聞くね、だいじょうぶ、ミムちゃんがおばさんになってもパパはミムちゃんのことが大好きだよ。ほんとうにー。本当だよ、ミムちゃんも、パパをいつまでも好きでいてくれるかい。うん。約束だよ。やくそく。じゃあ、指切りげんまんしよう、ゆーびきーりーげーんまん、うそついたらハリセンボン飲ーます、ゆーび切った、さ、これで約束だからね、ちなみにこれ、録音してるから。ろくおん? そう、録音、動かぬ証拠ってやつだよ、もしもミムちゃんが途中でイヤになっても、もう、未来は動かすことができないんだ。ん。ミムちゃんはまだちっちゃいからよくわからないかも知れないけど、契約を破棄されないように証拠を掴んでおく必要があるんだ、わかるね。よくわかんない。そうかもね、でも、これでもう、パパとミムちゃんが結ばれることは保証されたわけで、もし万が一ミムちゃんが他の男を好きになっても絶対にパパと結婚しなきゃいけないんだよ、ミムちゃん、パパと結婚したいんでしょ。うん。パパのお嫁さんになりたいんだよね。うんそうだよ。絶対だね。そうだってば、なんで何度も聴くの。後悔しないでね、ふふ。こうかい? あとになって、あんなことやめておけばよかった、やらなきゃよかったって思うことだよ。ふうん。パパ以外の男を好きになるのは許さないからね、ミムちゃんはパパが世界で一番好きだろ。ミム、パパが一番好きだよ。いい子だ、よしよし、ほら、おくちにキスして、よしよし、ミムちゃんは本当にかわいいね、ずっと一緒だよ、後悔したってもう遅いからね、録音したからね、念のためもう一度聞くよ、ミムちゃんは、十六歳の誕生日に、パパと結婚します、返事は。うん。よし、もしもそれを拒絶するようなことがあったら、何をされても文句は言えません、返事は。うん? うんて言ったね、うんて言った。うん…。よしよし、録音したからね。」
 観夢。十六歳の誕生日おめでとう。このテープ、覚えてるかな。観夢とパパは、今でも血のつながった親子だけど、法律的にはもう親子じゃないから、結婚することができる。観夢はパパのお嫁さんになるんだろ。夢をかなえてあげるよ。結婚しよう。
 怖がることはないよ。観夢はパパが世界で一番好きなんだろ。観夢はパパが大好きなんだろ。パパも観夢が大好きだよ。大好き同士なんだから、もっと言えば愛し合ってるんだからさ、きっとうまくいくよ。うまくいかないはずがないよ。大好きだよ、観夢。観夢もパパが大好きだね。じゃあ問題ないね。愛し合ってるふたりが結婚するのは当然だもんね。心配することは何もないよ。何もないじゃないか。ふふ。どうしたの。怖がることはないったら。何も。何も怖くない。パパ、絶対に観夢を幸せにしてみせる。観夢もパパを幸せにしてよ。ね。いいかい。すてきなパートナーシップの始まりだよ。パパ、今までとっても不幸せだったんだ。さびしかったんだよ。さびしいんだ…。観夢、パパを幸せにしてよ。幸せにしてよ!
 今日はおまえの十六歳の誕生日。この日をどんなに待ち望んだことか。待ち侘びたよ。この十年間、おまえは知らないだろうけど、パパ大変だったんだぞ。おまえに悪い虫がつかないかどうか必死に見張ってたんだ。雨の日も風の日も、雪の日も。ずっとおまえの後ろ姿を見守っていた。その苦労も、すべて今日のためだと思えば、わけはない。お礼を言う必要はないよ。いいっての。そんな照れなくていいっての。だって、観夢とパパは恋人同士だろ。このくらい当たり前だって。しかしなあ、おまえ、中学の時、おまえがおかしな男になびいた時はパパびっくりしたぞ。ひやひやした。正直嫉妬したよ。いいいい何も言うな何も言うな。たぶらかされたんだよな。一時の気の迷いだったんだよな。別に本気で好きになったわけじゃないもんな。観夢が好きになる男はこの世でパパ一人だけだもんな。わかってるよ。わかってるわかってる。何も言わなくていいよ。あいつと観夢を引き離すのはそりゃあ大変だった。観夢も完全にあいつにだまされてたからなあ。でも、安心して。あいつは、悪魔はもういないんだ。パパが退治してあげたんだよ。安心して。とっても大変だったけどね。感謝してほしいなあ。でも、しなくていいからね。当然のことをしたまでだから。だってパパには観夢を一生守る義務があるんだからさ。観夢はパパのお嫁さんなんだからさ。
 喜んで。パパは観夢をずうっと離さないよ。離さない。決してね。観夢もパパから離れちゃダメだよ。ね。わかってるよね。もし逃げようとしたら…まあ、逃げるわけないだろうけど。だって観夢はパパと結婚するって誓ってたもんね。絶対に約束を守るって言ってたもんね。証拠もあるもんね。ね。でもまあ、万が一にでも逃げようとしたら、わかってるね。中学の時のあのおかしな男と今さら一緒になりたくないだろ。な。あの糞野郎と。文句は言えないよ。だって、十年前にほら、もう一度テープを聞いて、こうしてしっかり約束してるんだからさ。確認しておくよ。拒否したりしたら、わかってるよね。いい子だ。


術長生短   (2007/12/06)
 冬になると人が死ぬ。季節の変わり目、寒さが厳しくなる時候、体力の衰えた病人は容易に命を落とす。
 私の尊敬する芸術家たちもこの季節に多く亡くなっている。特に十二月上旬に集中している。四日、フランク・ヴィンセント・ザッパ。五日、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。八日、ジョン・ウィンストン・オノ・レノン。九日、漱石夏目金之助。……
 そして、六日。「尊敬する芸術家」ではないが、それどころかプロのアーティストですらないが、やはり一人亡くなっている。ある画家──正しくは画家志望の男。私の高校時代の同級生である。他界してから日も浅いので特に名は秘す。
 私と彼とは大して親しい間柄ではなかった。が、よく芸術の話をした。高校当時の私は漱石に心酔し、それを端緒として文学以外の芸術にも傾倒した。いっぱしの文学青年を気取って背伸びをし、黴臭い古典作品を無闇に有り難がった。母親と歌舞伎を観に出かけたり、銀杏の枝を盆栽にしていじってみたり。片っ端から有名な交響楽を聴き、自らもオルガンを弾き、水墨画の真似事をし、読めもしない南宋画の賛を苦み走った顔で詠唱して悦に入ったりしていた。かなりイヤな子どもである。
 彼も同じだった。二人は印象派・後期印象派の絵画についてよく論議した。我々は妙に老成していて、お互いにどこか畏敬し合っていた節がある。私は彼の絵画を讃え、彼は私の文章を誉めた。
 私は一枚だけ彼の作品を所持している。M1号サイズの小さな作品で、高校卒業時に本人から贈られたものだ。『来世への望遠』と名付けられたそれは原色の渦巻く抽象画で、派手な色を贅沢に塗ったくっているにも関わらず、絵の具の重ねすぎでむしろ暗く濁っていた。どぎつい極彩色でありながら画面は暗澹としており、得も言われぬ不安感を煽る。『来世への望遠』という題も、なんとなくそうと思われなくもない。高校生が描いた物ゆえ技術的にはまだ稚拙だが、人の心を力強く惹き付けてやまない何かがある。
 高校を卒業すると、私は文学部に入学し、彼は一浪して美術大学に進学した。それから酒が飲める年齢になってただ一度再会した。
 その時のことは、忘れられない。
 地元の友だち四五人で遊んでいて、何かの弾みで彼の下宿先のアパートに押し掛けたのであるが、その時彼はカーテンを閉め切ったリビングで創作に没頭していた。彼はあからさま気の進まない様子ながら「アトリエ」に私たちを招き入れた。
 室内は一見しただけでそれと知れるほどの異様な雰囲気で満たされていて、私たちは軽々しく来訪したことを各々心の中で悔やんだ。切れかかった蛍光灯が時々点滅する一方で、部屋の四隅に燭台が置いてあるのだから遣り切れない。本人曰わく、深夜など、興が乗ってくると実際に蝋燭を立てるのだそうだ。まるで悪魔でも召喚しそうなリビングだ。
 部屋のその乱雑さたるや形容に尽くしがたい。部屋を埋め尽くす紙片の海。文字通り足の踏み場もない。しかもその海は、あらゆる塗料──たとえば絵の具やペンキや墨汁やニス、それから卵テンペラというやつだろうか、無秩序な色でドロドロに染まっている。シンナーのにおいもする。二三の画架のみが、波濤の上に突出する岩礁のように平静だ。
 ベッドやソファーの上には雑誌が積み上げられてさながら前衛芸術の作品のようだった。もちろん絵の具まみれである。私たちは腰も下ろせず、かと言って押し掛けたばかりですぐお暇を乞うわけにもいかず、立ち尽くした。まあ座りなよと彼が勧めた段ボール紙の上に尻を据えてようやく落ち着いたが、はや私たちの靴下は汚れていた。
 部屋同様、彼の衣服もひどかった。元はシャツとジーンズだったのだろうが、どす黒く染まっていて上下の区別がつかない。板金工のつなぎのようだ。顔にも手にも絵具が付着して罅割れている。きっと何日も風呂に入っていなかったのだろう。彼は明らかに異常を来たしているように見えた。そして実際その当て推量は外れてはいなかった。
 よく見ると彼の左手首には自傷の痕が無数に刻まれていた。白目は黄色く澱み、口角には唾のあとがカサカサと乾燥していた。かゆいのだろうか、彼は汚れた人差し指の腹で無遠慮にゴシゴシ白目をこすった。
 友だちのうちの一人が心配になって不衛生を諫めた。けれど彼はにたにた笑うばかりで一向に頓着しなかった。時々は爪をも立てて目玉を掻く。どうやら結膜炎らしく、しかも本人はそれを自覚していた。にも関わらず彼は目をこすり続ける。ばっちい手で、直接。
 あまりに不快な光景だったので、もう一人別の友だちが大きな声を出して制止を試みた。彼は少し驚いて指の動きを止めた。笑いを止めた。しかるのち嫌悪感を露わにした。抑制された声で反発する。「君の目じゃない。俺の目だ。君に迷惑をかけてるわけじゃない。ほっといてくれ。」
「だっておまえ。白目が。白目が爛れているぜ。」
「そうだよ。放っておくと大変なことになるぞ。」
「医者に行け。眼科に。どうして行かない。」
 私たちは口々に彼を責めた。彼の健康を心配する気持ちからだが、今から考えると、その中には幾分か抗議の気持ちも混じていたに違いない。
 私たちの勧告に彼は、さも不思議そうに首を傾げて、事も無げにこう言った。「だって、俺が死ねばこの目は用済み。残らないだろ。」
 あまりのことで呆気に取られた。
 一瞬の沈黙のあと、私たちは何とか気を取り直して言葉を継ぐ。「そりゃ死んだらおしまいだよ。でも、死ぬまで使う、生きている間はずっと使う、文字通り一生モノなんだよ。」
 常識的すぎる言葉だったからか、彼には全く通じなかった。
「そんなのは関係ない。俺の死と共に滅する物になんか興味ない。俺は、俺の死後もずっと、そう、恒久に残る物、それこそを大事にしたい。それしか大事にしたくない。それ以外は大事だと思わない。この目も、見えなくなったって構わない、どうせ死んだら使えなくなるんだから。大事にしていたって、俺が突然死ねば、この目は、残りゃしないんだ。」
 私たちは黙ってしまった。彼は続ける。
「俺は俺の作品にしか興味がない。俺は自分の身体にも興味はない。」
 彼は突然ナイフを手にした。次の瞬間、左手の動脈を深々と傷つけ、血をグッと絞り出した。その血をパレットの上で捏ねて絵の具にする。私たちは呆れ返って声も出せず、この異様な光景に目を剥くしかなかった。
「頭がおかしいと思うか。そうだろ。そりゃ誰だってそう思うよなあ。でもな、血液を使わないと表現できない色味もあるんだ、君たちにゃわかるまいが。それに、俺の遺伝子を作品の中に封じ込める一種の儀式でもある。後世の人間が真贋を確かめる時に、DNA鑑定さえすればすぐ俺の真作だと知れるようにな。鶏の血で代用しようと思ったこともある。しかし俺の身体に畜生の血が流れていると思われちゃかなわん。」
 彼のリストカットは自死への憧れからではなく、文字通り心血を注いで絵を描くためであった。作品に己の遺伝子を刻印する一種の落款だったのだ。
 彼は明らかに異常を来たしているように見えた。そして実際その当て推量は外れてはいなかった。しかし今にして思えば彼は正気だった。ただ芸術への狂的な情熱に駆られた一個の可哀想な若者だったのだ。
 ナイフの代わりに絵筆を執った彼は私たちに背を向けて画架に向かった。画架の一つには描きかけの画板が支えてあった。
 それは見るからに傑作であった。制作途中でさえ見る者を圧倒せずには措かない。燃える太陽の周りを様々な記号が浮遊している構成である。この作品には永遠という言葉を与えても惜しくない気がした。彼は天才ではないかも知れないが、この絵だけは確かに天才の仕事だった。こういう作品を後世に残すことが出来るのならば、確かに命も惜しくはないのかも知れない。そんな風にも思えた。
 しかし私には、彼のように、健康を犠牲にして自分の身を削る真似は出来ない。傑作と呼ばれる作品を産むためにはそこまでしなくてはならないのならば、傑作なんぞ産み出せなくても構うものかという気もしてくる。彼の芸術至上主義は、うらやましいような、うらやましくないような、得心しにくい違和感を私に与えた。自分には決して彼のような覚悟は決められないだろう。
 彼は自らの血で絵筆を湿らせ、画板の太陽の上に毛細血管のような模様を丁寧に重ね描きする。左手から赤い汁がボタボタこぼれる。私たちはそこでついに我慢ができなくなり、急によそよそしい態度で辞去のあいさつをした。彼は振り返らずただ簡単にああとだけ言った。画面に没頭し始めていた。私は靴脱ぎから外に出て、怖気に震えながらドアを閉めた。ドアを閉める瞬間、ドアの隙間から垣間見た、彼が振るう筆の色。黒みがかった赤色。いまだに頭に残っている。
 ──その数年後の冬、彼は死んだ。死因は栄養失調だったと聞く。あの描きかけの絵がその後どうなったか、今となってはもう、わからない。
 私は毎年12月6日になると、この畏友の遺した『来世への望遠』を納戸から引っ張り出してきて、供養のつもりで眺めている。



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