とりぶみ
実験小説の書評&実践
プロフィール

  • 執筆陣紹介

    大塚晩霜
    原作/草稿担当。

    大塚晩霜
    推敲/編集担当。

    大塚晩霜
    昼寝担当。



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「吾輩は猫である。   (2007/11/29)
猫ではないがな…!」
 そう言ってその猫はニヤリと笑った。


書物の国の冒険   (2007/11/22)


まえがき

 アリスは大女優。『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』に主演した子役俳優だと言えば、誰でも「ああ、あの女の子か」とうなずくでしょう。知名度抜群、今もなお現役。世界中から引っぱりダコの売れっこ役者なのです。
 ルイス・キャロルの原作で初舞台を踏んで以来、物語は世界各国で翻訳され、映画化され、その都度アリスはチャーミングな演技で観客を魅了し続けてきました。彼女の出演回数は、おそらく1000を下回らないでしょう。なにせ日本だけでも七十以上の異なった翻訳が出版されているくらいですから。そこに絵本やアニメやレコードなどを加えたら、膨大な作品数になるのは明らかです。
 この本は、そんな大女優の最新出演作。今度はどんな冒険を私たちに見せてくれるのでしょう。
 …見せてくれるのでしょうか?
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あまやどりの歌   (2007/11/15)
 台風が上陸したその夜。仕事帰りの根岸は家路を急いでいた。風にすくわれた雨が横殴りに足下を襲う。傘は上半身しか護らない。靴はもちろん靴下までグッショリと濡れ、スラックスは重く湿った。根岸は傘を前方に傾け、もはや水たまりなんぞに気を留めず、自宅まであとわずかという住宅地をのしのしと進む。濡れた路面を電灯が寒々しく照らしている。アスファルトの上で雨滴がバチバチ弾ける。
 あるアパート、102号室の前で、吹き込む雨に濡れながら、うずくまっている少年がいた。根岸はふと足を止める。不審に思って、ちょっと少年を見つめる。かたわらにランドセルが置かれているところから察するに、どうも学校から帰ってきてそのまま家に入れないでいるらしい。鍵が無くておうちに入れないのだろうか。こんな時間になっても親は帰宅しないのだろうか。根岸は少年をかわいそうに思い、自宅まであとわずかの距離であるが、足を動かせずにじっと佇む。
 不思議なことに少年は笑顔だった。ドアの前、屋根はあるが雨ざらしに近い場所で、やけに晴れがましい冷たい電灯の下、普通の小学生ならば不安に怯える場面。頭上に屋根といっても、実際にはそれは二階部分の通路であり、ひさし程度のものであって、雨を完全に凌いではいない。なのに少年は幸せそうに笑っていた。
 おせっかいな行為かも知れないとは思いながらも、根岸は少年に声を掛けずにはいられなかった。
「どうしたの」
 見知らぬ人から話し掛けられてもさして驚くでもなく、少年は根岸を見上げ、やはりニコニコ笑ったまま、答えた。
「鍵を落としちゃって、うちに入れないんです」
 根岸の心配した通りだった。よく見ると少年は細かく震えている。寒いらしい。だいぶ雨に打たれたようだ。
「傘は?」
「風で折れちゃって。それで。それで帰ってくる途中で捨てちゃいました」
 たまらず根岸は眉をひそめた。自宅に連れ帰って風呂に入れてやりたい気持ちでいっぱいだが、それはできない。未成年者略取になってしまう。それに、利発そうなこの子が見ず知らずの大人に付いていくとも思えない。
「ちょっと待ってて。あったかい飲み物買ってあげる」アパート前の自動販売機で、缶コーヒーを買ってやるのが精いっぱいだった。「はい」
 少年は初めて笑顔を失い、激しく恐縮した。
「いいですいいです」
「いいから」
 根岸は半ば押し付けるようにコーヒーの缶を渡した。少年は申し訳なさそうに礼を言い、頭を下げた。
 少年は両方の掌で包み込むように缶を持ち、さもうまそうに、少しずつコーヒーをすすった。根岸は少年のそばにしゃがみ、無言で寄り添ってやった。
 雨は一向に止む気配がない。風はますます強く吹き荒ぶばかりだ。ほっほっと小さく息継ぎをしながらコーヒーを飲む少年に、根岸は再び問いかけた。
「うまいかい」
 少年はコーヒーをもらってから必要以上に緊張していたが、根岸の優しい言葉に、あの笑顔を取り戻した。ぱぁっと明るい表情で大きくうなずいた。
「すごい台風だね」
「そうですね」
「傘、残念だったね。大変だったでしょ」
「はい」
「俺もほら。見て。ずぶ濡れだよぉ」
「ああ。はい」
 取り留めの無い会話を取っ掛かりにして、さりげなく根岸は訊いた。
「お父さんお母さんは?」
 少年は答えにくそうにちょっと笑顔を消して、またすぐ笑顔に戻り、言った。
「死にました」
 不意を打たれて言葉に困った。どう言って取り繕えば良いのか。聴いてはいけないことを聴いてしまった気詰まりから、根岸は黙ってしまう。
 雨風の音だけが耳にうるさかった。少年も根岸も一言も語を発しない。
「それ、捨ててあげよう」
「あ。ありがとうございます。本当にありがとうございました」
 根岸は立ち上がり、少年が飲み干した缶を空き缶入れに捨てた。そのまま、立ったまま、根岸は問いかける。
「これからどうするの」
 少年は微笑したまま根岸を見つめる。特に何も答えない。
「鍵が無くて、家に入れないじゃないか。どうするの」
 少年は床面に視線を落とし、さみしく笑いながら言った。
「どうにかなります。歌っていれば」
 根岸は一層気鬱になる。気の毒だが、どうしてあげることもできない。これ以上、何も言葉を掛けて上げられない。素直に退散するしかなさそうだった。
「じゃあ。俺は行くよ」
「はい」
 少年は立ち上がり、ペコペコと頭を下げた。
「ありがとうごさいました。ごちそうさまでした」
 根岸が立ち去ろうとすると、少年はニコニコ笑ったまま、またしゃがみ込んだ。根岸はどうしても立ち去れず、屋根から一歩外れた路上で立ち止まり、少年を見つめた。雨が激しく傘を叩き付ける。
 少年は根岸がまだとどまっていることを知りながらも、まるで誰もいないかのように、歌を歌い始めた。それは雨音にも負けない歌唱だった。きっと根岸が来る前にも何度も繰り返されたのであろうと思える歌であった。その歌声は決して悲愴ではなく、むしろ喜びに満ちていた。


  風立ちぬ雨降りの夜を、待って居る…
    けど気にしない
    我は笑む
      越えろ暗闇!
      オゾン燃ゆ、日差す方へね


 少年は笑顔だった。なぜか泣けてきた。こんなに明るい顔をしている少年を見て、なぜか気持ちが沈んだ。根岸の目から涙が一粒こぼれた。
 少年がもう一度同じ歌を繰り返そうとしたとき、傘を差した女がひとり、アパート前にやって来た。スカートやハンドバッグを雨にやられたせいかひどく不機嫌そうだった。どうやらアパートの住人らしい。根岸は一歩退いて道を譲った。
 女は傘を閉じる。少年は歌を中断する。今まで笑っていた少年の顔にほんの少し緊張の色が走ったのを根岸はおやと思った。女は少年の前まで来ると、ヒステリックに叫んだ。
「おまえ。何やってんだよ」
「鍵、落としちゃった」
「バカ!」
 女は右手に持った傘を一瞬振り上げようとしてからそれをやめ、ハンドバッグを掛けた左手で少年にビンタをした。根岸はたまげた。慌てた。
「ごめんなさい…」謝る少年に対し、女は無言で102号室のドアノブに鍵を挿す。「ごめんなさいお母さん…」
 根岸には物を言う暇も無かった。あっけに取られた。少年の母親は死んでいなかったのだ。少年は詫びるような目で根岸をちらと見た。きっと、家庭の事情を説明するのが億劫で、「死にました」なんて適当なことを言ったのだろう。少年の顔は、陳謝するような、また、見られたくない場面を見られたような、バツが悪そうな表情だった。その顔はもはやちっとも笑っていなかった。
 ドアが開いた。少年は母親に急かされて室内に引っ込んだ。母親はすぐには家に入らず、じっと根岸を見る。その目は誘拐犯か何かを見るような光で睨んでいた。特に弁明する気も起こらず根岸はそそくさと家路に戻った。
 雨は依然強いままだ。根岸は家までの残りわずかの道を、少年の歌を口ずさみながらトボトボ歩いた。筆舌に尽くしがたいやるせなさに全身を濡らしつつ…。


恋人と別れる500の方法   (2007/11/08)
 つきあっているオンナと、別れたくてしょうがない。
 どうにか穏便に今の関係を終結できないものか。穏便に終わらせたい。逆恨みされたり、自殺されたり、ストーカーされたり、秘密をバラされたりしたら困る。後腐れなくオサラバしたい。永久に。
 そこで俺は、ポール・サイモン『恋人と別れる50の方法』を聴いてみた。何かヒントがあるかも知れないと思ったからだ。
 しかし、聴いてみてガッカリした。『~50の方法』と言いつつサイモンは、具体的な方法については

1.裏からこっそり出て行く
2.新たな計画を立てる
3.内気になる必要はない
4.バスに飛び乗る
5.鍵を降ろす(捨てる?)
6.議論を重ねる必要はない

これしか歌っていない。50の方法を聴き手に想像させる、非常にすぐれた歌詞ではあるが、解決の道すじはほとんど示していない。
 救済策を与えられず想像力だけを刺激された俺は、よせばいいのに、恋人と別れる50の方法を自分で考えることにした。
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アズマギク   (2007/11/01)
 11月1日。1が3つ並ぶ日。
 10月が終わり11月が始まるその瞬間。午前0時0分0秒。1人室内でそっとつぶやく。「お誕生日おめでとう」と。
 目を閉じてきみの顔を思い浮かべる。きみの顔はぼんやりとしていて輪郭がはっきりとしない。記憶の中のきみは半透明。まるで水で薄められたかのように色彩が柔らかくなっている。たしか、大きな目だったよね。いつも表面が濡れていて、瞳の黒が光っていた。こんな目だっけ? それとも、もう少し細長いレンズ型だったっけ。よくわからない。あんなに長いあいだ覗き込んだのに──鏡の中の自分と目を合わせるよりも長いあいだ見つめ合ったのに。
 閉じた目を開けるとそこは自分の部屋。きみの姿は消える。もう1度つぶやく。「お誕生日おめでとう」と。11月1日。今日はきみの誕生日。数字だけははっきり覚えている。ため息が腹から漏れる。
 部屋の照明を消す。壁も天井も電灯もベッドも本棚も机もテレビも何も見えなくなる。雑念を取り払う。きみの姿を思い出すことだけに専念する。視野にあるのはきみの姿だけ。心の中できみの名前を繰り返す。何度も呪文のように繰り返す。記憶。きみと過ごした掛け替えの無い日々。忘れられない。決して忘れられない。その、確固とした記憶。確固とした記憶を頼りに、きみの姿を想起する。暗闇の中にぽうっと浮かび上がるきみの青白い半身像。きみは笑っている。ゆらゆらと揺れてピントが定まらない。笑っているのはわかる。きみの笑顔を想像しているのだから、想像上のきみは笑っているに決まっている。だけど表情が読めない。どうして。底知れぬ心の海底から、なにか、じりじりと胸を焼くような焦りが、おそろしい勢いで浮上してくる、そんな予感がする。不吉な予感。それは恐怖に近い、不穏な感情。ハッと気付く。きみの半身像がゴボゴボと音を立てて闇に引きずり込まれていく。
「待ってくれ。行かないでくれ。何かの間違いなんだ。もう少し待ってくれ。」
 暗闇の中できみの名を呼ぶ。何度も。何度も。より一層ぼやけるきみの姿。もはや誰だかわからないくらいあやふやだ。まぎれもなくきみなのに。目の前に漂う女の顔は絶対きみの顔であるはずなのに。色と形が溶けていく。
 慌てふためいておべんちゃらを使う。きみの容姿にはっきりとした形を取り戻すため、ほめながら思い出しながら描写していく。
 目鼻立ちがとても整っていたよね。スッと伸びた鼻筋。あれくらい均整の取れた鼻は、きみと最後に会って以来、一度もお目に掛かっていない。どんな鼻だったっけ? そう、そういう鼻だった。あれ。そうだっけ? そういう鼻だったっけ。そうか。そうだよね。それにその唇。最高の唇だった。最高だった。その唇。その唇。その唇? どの? どの唇だ? 思い出せない。あれ。おかしいな。思い出せないぞ。数え切れないくらいキスした唇を。色も形も艶も感触も、何も思い出せやしない。あんな、すばらしい唇を! きれいすぎたから、記憶に残っていないのか。もっと面白い目鼻口をしていれば。換言すればブサイクなパーツをしていれば。それならば憶えていたというのか。いいや、それでもやっぱり憶えていなかったはずだ。美人だったから記憶に残りにくかった? そんなのは言いわけだ!
 もう、認めるしかない。あれほど愛したきみの姿を、この脳は、忘れ始めている。何という恐ろしいことだろう。別れてから、たった数年間しか経っていないと言うのに!
 鮮烈な記憶はいつまでも美しさを損なわずその姿を保つと信じて疑わなかった。しかし、残るのは数字だけだった。数値化できない甘い記憶は時の流れと共に次第に劣化し、色褪せていく。あれほど鮮明だった掛け替えのない記憶が古ぼけていく。ひさしぶりにひらいたアルバムの、写真を貼り付けているセロテープが茶色く変色していたように、古びていく。ただ厳然として残っているのは数字のみ。
「過去の愛が忘れられなければ、新しい恋は出来ない。恋愛をしなければ子孫を残せない。子孫が繁栄しなければ種は滅びてしまう。だから…」
 だから、防衛本能が働いて、古い恋愛の記憶は徐々に削除されていく、とでもいうのか。甘い昔に束縛されないよう、全て無かったことにされるとでもいうのか。ふざけんな。
 初めてキスをした時のことしか憶えていない。デートした思い出・ケンカした記憶がゴッソリ抜け落ちている。別れたつらい記憶もどこかへ消し飛んでいる。その他かろうじて憶えているのは数々の夜伽だが、しかしその記憶の中の裸のきみは、やはり顔が消えているし、乳首の形状も曖昧だ。もはや日記に残っている記述でしか、脳内であの子とのデートを再現できないというのか。毎日いっしょにいたのに、たまにしか会っていなかったことになってしまうというのか。お互いの誕生日とクリスマスイヴと年末年始とバレンタインと七夕にだけ?
 それって、悲しすぎる。切なすぎる…。
 お誕生日おめでとう。11月1日。今日はきみの誕生日。数字だけははっきり覚えているのに。



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